私と彼女と桜49偵号 |
今は何年って…何年だったっけ、有井、覚えてる…?…え?ああ…2972年…だったっけ。西暦で?
…西暦って?あー……アメリカとかヨーロッパなんてのが成立してた時に決めたって奴、だよね。
年号?っていうのは…タイショウとか、ショウワとかへ、ヘイセイ?…とか……?
そういえば何時からだったっけ。そういうの、決めなくなったよね、確か。
私が生まれるよりずっと前。200年か、300年か……もっと前だったっけ?戦争があった…ってね。
それも世界大戦!戦艦は宇宙で戦ってるわ、レーザービームは飛び交ってるわ…。
月に軍事基地があったなんて信じられる?SFの世界だけだよねえ、そんなの。
で、私らの国…日本も巻き込まれちゃって、ただでさえちっちゃなこの島国の3分の2も、すごい爆弾で吹っ飛んじゃった……。
残った土地も焼け野原になっちゃった…なんて言うけど…あはは、にしてもよくここまで持ち直したよね。
人間って逞しいというか、なんて言うか…ねぇ?こうしてダラダラ生きれるんだから。
やかましくセミが鳴き、アスファルトは焼き肉でも焼けそうなくらい熱くなる夏休み、私…青島と数少ない友人の有井は町の図書館で涼んでいた。
町で涼しいところといえばスーパーの食品コーナーか、図書館か…あとはプールくらいかな。
涼んでいると言ってもそこは図書館。一応は本を読んでないと白い目で見られそう、と言う事で適当な歴史書なんかを見てみてはいるのだが…。
なんせ相当な戦いだったようだ。列強諸国のほとんどは消し飛んじゃって、データも書類も全部燃えて消えてしまったようで。
残ってるのは……うーん…。戦いがあったって言うことと、その前に色んな国があったって言うこと。あとは…なんだろう。
あー、そうそう。こういう兵器が使われてた…なんて言うのだけ。詳しいことはわからないみたいで…。
ねえ?有井さ、あの海にあるでっかい壁もその時のなんでしょ?
「……そうみたいね、壁の上にいくつか乗っかってるの。あれがその時代の高射砲ってやつなんだって。」
片方のレンズにヒビの入った細いフレームのメガネをかけた彼女は有井。私が読むのをやめた歴史書を興味深げに見つつ、呟いた。
有井とは小学校からの友人で、腐れ縁的な付き合い。中学、そして高校と一緒に上がってきた。
と言ったって小学校も中学校も…高校も。この辺じゃ1つずつしか無いんだけど。
「へー。反重力エンジンで宙に浮く戦車、なんてのもあったんだって。」
うっそだあ、戦車なんていかにも重そうじゃん。浮くわけ無いよ!そう言って笑うと、有井は私を馬鹿にするような笑みを浮かべ。
「いやいや、力の強いエンジンさえあればなんだって飛ばせるって爺ちゃんが言ってたよ。」
彼女の爺ちゃんは昔、飛行機の整備士だったらしい。今は模型の飛行機を飛ばしたり、
畑で好きな野菜を育てたりなんかして遊んで暮らしてるようだが…。腕は確かだったようで。
そ、その爺ちゃんがそう言うなら、悔しいけどそうなの、かなあ。
「だってほら、戦車だって飛行機で運べるようになったんだよ?戦車自体が浮く時代があったっておかしくはないでしょ?」
私が少し考えこむと、ニヤニヤとした笑みのままそう続けた。確かにね。
有井の家は代々技術屋で、彼女のお父さんも整備の仕事をしている。…有井も昔っから夏休みの工作、凝ってたっけな。
「ねえ、どうせ暇なんだし、あの壁さ…見に行ってみない?」
本を読んで何か感じるものでもあったのか、普段は家にこもりがちな有井が珍しく、そんな提案をした。
小学校、中学校の歴史の授業でさんざん見たじゃない、そう言うと有井はちょっとだけだからさ、と強く願い出た。
有井が珍しくそこまで言うなら、と折れると。これまた珍しくジュースを奢ってくれた。
高い山と、海に挟まれ爆弾の影響も比較的少なかったらしい私達の町。え?攻撃する目標としては価値がなかったって…?失礼な事言わない。
山にはいくつかのレーダーと呼ばれる物が、そして海には高さ何メートルあるかわからない、防波堤のようなものがある。
私達はそれを壁、と呼んでいる。しかし昔のその大戦があった頃には日本本土を守る要塞として使われていたらしい。
日本の太平洋側にずらっと…3000キロ!?そんなにあったっけ。…ああ、3000キロくらいずーっとつなげて作られていたようだ。
かなり頑丈に作られているみたいで、今の技術じゃとてもじゃないかもしれないけれど、解体は出来ないらしい。
そんな頑丈な壁でも、大戦でほとんどが壊れちゃったみたいで…運がいいのか悪いのか、私の町の範囲にはバッチリ残っている。
レーダーは……?ああ、天気予報に使われてるらしいよ、あれ使い始めてから予報的中率が跳ね上がったってさ。
「あっついわねぇ。あーあ…車はいいなあ。右足でペダル踏んづけるだけで100キロで走れるんだよ?」
そりゃそうだけどさ、あんな高いの買えないよ…。この町にだってそんなに走ってないんじゃない?
「……そりゃそうだけどさ……」
基本的に私達の足は自転車だ。しかもいつのか分んない重たくてボロボロの………しかも今日は2人乗り。
ちょっと余裕のある人は速そうなスポーツ用自転車。それよりもうちょっとお金のある人は小さなエンジンのついたスクーター。お金持ちは自動車…。
どれも私達の町で工場があるみたいだけれど、ほとんど全部どこか、他の町に輸出されていくようだ。
有井が無言で、悔しそうに下唇を噛み、ペダルに力を入れる。ガチャガチャといかにもボロなペダルの音が響く。
舗装されていない道に金属製の荷台。あ、あまりスピード出されちゃお尻が痛いんだけど。
でも彼女の悔しさはよく分かる。涼しい顔して気持ちよさそうに飛ばす車の運転手を見てるとどうしてもむっと来るよね。
「いや、はは……青島、ごめんね。変なことに付きあわせちゃってさあ。」
悔しそうな表情を見られた照れ隠しなのか、彼女はケラケラ笑いながら私に言った。
いいんだよ、いつかは自分で車作ってやる、なんて言ってたじゃない。絶対作ってね?どこかにドライブ連れてってよ。
有井を元気付けるように私は言った。すると有井は。
「うん、カッコ良くて速いの…。高速道路でだってサーキットでだって…山道でだって。誰にも負けないようなのを、ね。」
変わらずガチャガチャと立ってペダルを蹴り落とす有井。ぜえぜえと荒い息をしながらもそう答えた。
頼もしいじゃない、きっと有井なら出来るよ。
…なんて将来の夢を話しながら自転車で飛ばすこと30分ほど。砂浜と共に、例の壁がその全貌を現した。
コンクリートのような、金属のような…未だ解明されてない、分けわかんない素材で出来た、大きな壁。
その上にはフェンスの忍び返しのトゲのように一定間隔で並んだ大砲が、ずっと長い間手入れされず、しかしながら未だに空からの敵を待ち構えるように天を仰いで聳えている。
「何時見ても凄い。まさにSFって感じだよねえ。あれ見てよ、さっきの本に載ってた高射砲。ビームを撃てたんだって!」
さっきのしんみりとしたムードはどこへやら、機械好きらしい反応を見せながら波打ち際まで駆けて行く有井。
目の前の青く澄んだ海も、昔は戦車や戦闘機、戦艦の残骸でドロッドロに汚れていたらしい。
今でも新しい建物を作ろうと地面を掘ってみたら昔の兵器が。なんて言うのはザラにある事みたい。
航空写真を見てみれば、海の底に今でもたくさんの残骸が沈んでいるのが分かる。
で、有井さん?わざわざここに何しに来たの?
「えっ……あー…なんだろうね。海水浴。じゃなくて…。」
サンダル履きの彼女はぱちゃぱちゃと海に足を付けて、涼んでいるが…。
あんた泳げないでしょう。こないだだってプールの一番浅いとこで溺れてたじゃない。
「あー……その、青島にちょっと見てもらいたいものがあるの。」
見てもらいたいもの?怖いなあ…改まっちゃって。変なもの。見せないでよ?
「大丈夫よ!別に死体があるわけじゃなし、エッチなものでもなし…。」
妙にマセたことをたまに言うのは有井が小学校からインターネット、なんてのをしてるから…なのか。
「こっち来て!なーにビビってんの。いっつも私の事引っ張り回すくせに。」
今日の彼女は妙に行動的だ。何?そんなに凄いものなの?
彼女に手を引かれ、連れられたのは海沿いの、砂浜から少し離れた岩場。
「ほら、ここにこんな物が…知ってた?」
ほんとだ、これには気が付かなかったな。防空壕だ…。
戦争中いくつも作られたらしい防空壕。大体は山に掘られてるのをよく見たけど…。
引き潮の時にだけ出てくるのか?小じんまりとした洞窟のような防空壕。
確かに海沿いにあるのはここじゃ珍しいかもしれない、でもわざわざ見に来るようなもの?
「ち、違う!こんな洞穴見に来たんじゃないの!問題は中!」
ポケットから取り出した小さなライトで防空壕の中を照らす有井。ひんやりとした空気が不気味さを強調する。
危なくない…?誰かに怒られない?
「入ったら危なくて怒られるとこはみんな塞がれてるの、青島も知ってるでしょ?ここは塞がれてない。良いってことよ。」
そんな理屈通るのかな…なんて考える暇もなく、有井に手を引かれ、防空壕の中へ。
防空壕の中は、入り口だけ波に削られて道が悪かったが、奥に行くにつれ上り坂になっているためか、海水の影響は少ないらしい。
有井のライトの小さな光だけの薄暗い中、この冷たい空気…正直、直ぐにでも出たい気分だったが、有井の目は輝いている。
防空壕の中を数分歩くと、何かを保管しておく荷物置き場になっていたところなのか、少し開けたスペースが現れ…。
その隅に、厚手の布を被せられた何かが置かれていた。
「これよ、これ…有井に見せたかったの。」
そう言いつつライトでその“何か”を照らしながら、被せられていた布を引っぺがす。
これって……何?
色は…緑だ。みりたりーちっく、なんて言われるような、アレ。
形は四角くて…うまい具合に格納されたシートに、折りたたまれたハンドル…って、これ、バイクなの?
「これ、きっと戦時中の軍用バイク…だと思わない?」
そう言われればそんな気もする。よく分からない警告ステッカーが幾つも貼られ、いかにも頑丈そう。
薄い鉄板で出来たボディには、型を使ってスプレーで描かれた桜のマークと“49偵”の文字が。
「ほら、こうして、こうすれば…ほらほら、完全にそうでしょ!」
だんだんヒートアップする有井。テキパキと折りたたまれたハンドルを起こし、シートを引っ張りだす。
目を輝かせながらまたがって見せて。最後にそこで大きなため息をつく。
「…でも、動かないのよねえ。」
普通のバイクや車であれば、キーを差し込むところがあり、電源オフ、オン、そしてエンジンを始動するためのイグニッションスイッチがある。そう彼女は説明する。
しかし、このバイクにはキーは存在しないようだ。緊急時に直ぐに発進できるように、かな?
「うん、そうみたい…。多分イグニッションスイッチはこれ、なんだけど…仕組みがさっぱりで。」
有井はそう言うと、ハンドルの間に取り付けられたノブ式のスイッチをひねる…が、うんともすんとも言わない。
そして次に箱型折りたたみバイクの横っ腹についたフタを開けた。ゴチャゴチャとした動力部(なのだろうか?)が見える。
「家にある救援用電源をつないでみたりなんかしたんだけれど……。」
有井の言葉が詰まる。どうしても動かなかった、ということだろう。
あー…、はいはい、もしかしてこれ、直して走りたいんでしょ。
「………ご、ごめんね……」
どうして謝るの?あんたがこんなに行動的になるのめったに無いんだから、私嬉しいよ。
「あ、いや……わざわざこんなとこまで連れて来ちゃって、私の趣味に付きあわせちゃって…。」
何言ってんの!もしそれが直ってみな?ずっとずっと楽になるじゃない。汗ダラダラで自転車こぐことも無いんだから。
シャツまでびしょびしょになってブラが透けることだってなくなる、涼しくて気持ちいい。良いことばっかりじゃん。
「そう言ってもらえて嬉しいよ…でもこれ、私達じゃ直せない。多分、自衛隊の技術者だって無理だよ…。」
しゅんとする有井。何?こんなトコまで連れて来といて勝手に諦めるの?
「ああっ……あ、や、違うの。ただ…。」
ただ?
「このゴチャゴチャした変なの。今のエンジンに換えられないかな…って。」
今のエンジン……って言っても、今のエンジンも、戦争してた時代の超高性能エンジンも私には分んないよ。
「お巡りさんとか、診療所のおっちゃんが乗ってるスクーターのだよ。」
あー、あのパンパンうるさくて煙たいアレ。
「そうそう、それにね。」
でもこれ、自転車みたいな…チェーンもついてないし、微妙に仕組みが違うようだ。それをどうやって…。
「そこが問題なんだけど……。ほらここ、見て…?」
ん…?あれ、サビが浮いてる。
「ってことは、安直だけれどこのバイクの骨格の素材は…私達が今使ってる金属と殆ど変わらないってこと、よね」
まあ…そういう事、ではあるね。
「ということは、加工が効くってこと…よね。」
確かに、それはそうだけど…。
「じゃあさ、今のスクーターの部品、くっつけちゃえばいいのよ。」
じゃ、じゃあさあ、今のスクーターに乗ってもいいんじゃない?
「う…それは言わない約束よ。しかも、今作ってるスクーターって、みんなデザインが一緒で面白く無いって青島も言ってたでしょ。」
それはそうだ。私と有井でバイトをして、割り勘でスクーター、“国民普及用小型自動二輪車”なんて言ういかにも役人が付けそうな名前のモノ。
それをを1台買おう。そのような計画を立てた事があるのだが…。
そのスクーターはみんな同じ見た目。普及型と言うだけあり、出来る限り安く作ることが目的なんだそうだが、あまりにも味気ない。
それに比べればこの小さな軍用バイクは、味があるというか、見ていて楽しいユニークなデザインだ。
「どう?後ろのタイヤからエンジンまで、今のスクーターのエンジンと取っ替えちゃうのよ。」
は、はあ……?私には何がなんだか…なのだが、彼女の頭のなかにはしっかりと完成予定が組まれているみたい。
兎にも角にもこの軍用バイクを、有井の家まで運ばないことには話は進まない。
有井はおそらく、1人では運べないために私を呼んだのだろう。
「多分軍人さんはこれ、1人で担いでたんだろうね。」
申し訳無さそうな笑みを浮かべながらそう呟く有井。一般的なスクーターよりも小さいながらも鉄の塊。ずっしりと重たい。
数分で歩いてきた道のりを、休憩を交えつつ倍以上の時間をかけて防空壕の出入口へ。
なんだか久しぶりにも感じる外の空気。思わず深呼吸してしまう。
「いやあ、ありがとう。青島くらいにしかこんなこと、頼めなくって…さ。」
いいよいいよ、まあこの御礼はまた…そうだな、コーヒーでも奢ってよ。
「もちろん、青島の好きな……なんだっけ。甘い缶コーヒーでしょ。一ケースでも買ってあげるから。」
有井の……厳密に言うと有井と私の、初めてのエンジン付きの乗り物。それも味気ないスクーターとは違う、変わったマシン。
そんなものがほとんど無料で手に入った。彼女がいつも以上に気前が良くなるのも仕方がない事。
……ちょっと待って?有井さあ、家までこれ、押して帰るつもり?
「あぁーっ!?………しまった…………。」
この炎天下、アスファルトに焼かれながら1時間以上、バイクを押して家まで帰らなければいけない。
目の前の、未来の愛車に気を取られ、家までの道のりの事をすっかり忘れていた。私も、有井も。
だらだらと、額から溢れる汗を腕で拭おうとしていた有井は、その事実を思い出すと、悲鳴のような声を上げてどさ、と砂浜に倒れこんだ。
もう、頭良いくせにツメが甘いんだから…。
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遠い未来での古臭い話 ごめんなさい、再投稿です。 良かったら読んでいただければと…。 元気があれば続きも書きたいと思います。 |
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