真・恋姫†無双〜比翼の契り〜 二章第十二話
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 物心ついた時から、私の世界は色褪せていた。

 ある時、色あせた世界に一筋の光が射した。

 なんとなしに興味を惹かれた私は、光を目指して歩き出した。

 それなりに長い道のりを進んでいくと、突然、光が消えた。

 驚いた私は周囲を見回して、すぐ側に何かがいることに気付いた。

 

 虎だ。

 私の足元には虎がいたのだ。

 

 恐怖で満たされた私は大きな声を出した……はずだった。

 けれども予想していた大声は響かず、私の喉からは何も音が出ない。口は開いている気はするがそれだけだ。

 

 虎が口を開けた。

 まるで今にも私を飲み込むのではないかと思った。

 冷静に考えれば、虎が人を丸呑みにするなど出来るわけがないのだが、まだ幼かかった頃の私にそこまで冷静な心は出来上がっていなかった。

 身の凍るような恐怖を感じた私は、即座に虎から飛び退いた。

 

 なぜだか一瞬、虎が悲しそうな顔をした気がした。

 

 虎は一度手を振り上げ、その様子に私は再度後ずさった。

 私の様子を観察していたのかは分からないが、後ろを向いた虎は忽然と姿を消した。

 

 以来、私の世界は成人するまで色褪せたままだった。

 

 

 結局、父が男を産ませることは叶わなく、私は成人するとともに婿を迎えることになった。

 司馬に見合った家柄でいて、司馬を大きくするための男。

 私と婚約するこの男が、司馬家の次期当主となるのだ。 

 

 婚約を翌日に控えた夜、色褪せた世界に再び光が射し込んだ。

 あるとは思っていなかった二度目の光。

 私は勇気を持って光に向かって歩いて行くと、やはり過去の記憶通りで、そこには一頭の虎がいた。

 記憶にある時より、私も虎も、大きく成長をしていた。

 

 虎が口を開けた。

 以前は恐怖しかなかったが、今はまるで何かを話しかけているように見えた。

 それからは身動ぎせず、私を待っているかのようにじっと目を見つめるだけ。

 意を決して虎に手を伸ばすと、突如として虎は光に包まれて、成人した男性へと変貌していた。

 私は両手で彼の右手を握り、彼は空いた左手で私を抱き寄せこう言った。

 

『ただいま』と。

 

 以来、私と彼の手は繋がれていた……はずなのだ。

 なのに今、彼の手は私の手の平からすり抜けていこうとしている。

 縋り、手繰り寄せようともがこうと、どんどんと彼の背は遠ざかっていく。

 光が遠くなっていく。

 

 行かないで!

 

 私を一人にしないで!

 

「…………兄さん!」

 

 

 茉莉は勢い良く上体を起こして起き上がった。

 しばらく周囲を見回し、ようやくここが天幕の中であることに気付いた。

 そして、目の前の女性が手にしている、おそらく自分が起き上がった拍子に飛ばしたであろう手拭いを見て、寝かされていた事、自分が倒れた記憶を思い出した。

 外は薄暗く、天幕の中央に置かれた蝋燭が灯されていることから、今は夜なのだと思った。

 今までのものが夢だと頭では理解していたが、ならばなぜ、この胸の不安は消えないのか疑問だった。

 

「すごい汗だ。何か拭くものを持ってくるね」

 

「……私は、どれぐらい気を失っていましたか?」

 

 手拭いを取り出そうとした華煉は、茉莉の声に手を止め応えた。

 

「だいたい半日ぐらいだね……っとあった。身体は私が拭こうか?」

 

「半日も……。いえ、自分でやります。……華煉さん。出来れば倒れていた間の状況も教えて下さい」

 

 茉莉は受け取った手拭いで軽く額の汗を拭うと、華煉の上着の裾を掴んで懇願した。

 起きる前に酷くうなされていたこと、普段とは明らかに違う茉莉の様子から華煉は何かを察したのだろう。

 病人に余計な心配事を与えるわけにはいかないと思いつつも、頷きを返していた。

 

「……愛李ちゃんを呼んでくるよ」

 

「お願いします」

 

 華煉は足早に天幕を出て行き、半刻も掛からない内に愛李を連れて戻ってきた。

 おそらく愛李も近くに待機していたのだろうが早い。

 それほどまで皆に心配を掛けてしまったことに茉莉は心を痛めた。それを表情には出さずに感謝の気持ちを、華煉からは労いを込めて、頭を一撫でされた愛李は満足気に頷いてから報告を始めた。

 

「現在、劉備軍は三部隊に分け行軍中。先鋒は関羽殿、諸葛亮殿が率い、中央、つまり私達がいる場所は、しばらく続いてる行軍に疲れが見える者も出て、やや間延びした形になってる。北郷殿、劉備殿を筆頭に、公孫賛殿、鳳統殿、梟の半数ぐらいが兵とともに慰安に向かってるおかげで何とか進んでる状態」

 

「曹操はまだ?」

 

「後方にはまだ砂塵は上がってない。でも、隼がそろそろ策に気付いた先行部隊と接敵するかもしれないって」

 

「…………なら、おそらく長坂橋で事態が動くでしょうね」

 

「長坂橋?」

 

 二人の話を聞きながら茉莉のために((白湯|しらゆ))を作っていた華煉が、聞きなれない言葉に反応した。

 普段はずぼらな彼女だが、一通りの家事スキルは備えている。

 本人曰く、やれる人がいるなら任せたほうが楽だそうだが、さすがに病人の前ではきちんとするらしい。

 

「愛李の話から、明日の昼頃には前方に橋が見えてくると思います。崖の上に一つだけ、それほど幅がない橋です」

 

「なるほど。防ぐなら絶好の場所か」

 

「ええ。下?城、彭城を見た曹操なら、私達の他に難民が多くいることは分かっているはず。先頭ならいざしらず、比較的に難民の数が多い後方で仕掛ける可能性は限りなく低いでしょう」

 

 愛李から得られた情報と見舞いに訪れた梟から得た情報を元に、茉莉はいくつかの予想を立てては消してを繰り返していた。

 華煉は邪魔をするべきではないと、また明日の朝に来ると言い残し自分の天幕へと戻っていった。

 愛李も心配そうにしてはいたが、茉莉から仕事に戻って欲しいと言われれば断ることはできず、後ろ髪を引かれる思いで天幕を後にした。

 

 一人になったことで、先ほどの言い知れぬ不安が再び茉莉を襲った。

 何か見落としていることはないか。

 尽くせる手はあるか。

 色々な思考が何度も頭の中を駆けまわる。

 考えれば考えるほど不安が増していく中で、天幕の外から声を掛けられた。

 

「……司馬懿殿、少しよろしいだろうか?」

 

 それは、先ほどまで隼と話をしていた趙雲であった。

 

 

「体調の方はもう大丈夫なのですかな?」

 

「ええ、心配されない程度には回復しました。こちらこそ、いきなり呼びつけてしまって申し訳ありません」

 

 趙雲を呼んだのは、紛れもない、茉莉の命を受けた愛李である。

 少し前、情報の整理を終えた茉莉が、最後の確認の一つとして趙雲を呼んでもらったのだ。

 

「なに、見舞いもしようと思っていたのですから、呼んで頂いたのは丁度良かった」

 

 部屋に入るなり良薬だと言って酒を出した趙雲だが、茉莉は丁重に断っている。

 見舞いに酒を出すのもどうかと思うが、茉莉はこれも彼女なりの善意として悪く捉えなかった。

 多少、先ほどの思考の渦で弱気になっている面も否定はできないが。

 

「……腹の探り合いは好みませんし、本題に入っても構いませんか?」

 

「……もちろん」

 

 愛李に呼ばれた趙雲は、これから何を話されるのか、仔細を聞いていない。

 ただ、司馬懿から話があると聞かされているだけで、見舞いに行くつもりであったのも相まって呼び出しに応じたに過ぎない。趙雲の中ではまだ隼との会話が渦巻いているのだ。

 茉莉も夢のことが尾を引いている。

 不安を解消したいがため、趙雲の真意を問い詰めたかった。

 

「貴方は兄を……いえ、劉備と司馬朗、どちらを信用していますか?」

 

 実に危険な問いかけだった。曹操に追われている状況でするような話ではない。

 下手をすれば内部から瓦解する可能性だってある。

 ただでさえ、旧董卓軍と劉備軍の一部とは少なからずの軋轢があるのだ。そこに客将同士がギクシャクしてしまえば連携などなくなってしまう。

 

「…………」

 

 趙雲も、それが分かっているからこそ、答えに慎重になっていた。

 もうすぐ夜明けである。人に聞かれる可能性が最も低い時間でもある。

 だからといって迂闊な発言はできないし、偽りを述べるつもりもなかった。

 

「……桃香さま、劉備殿は信頼している。彼女の掲げる理想に、私も強く惹かれたのは確かだ」

 

 耳を傾けながらも片時も趙雲から目を話さない茉莉。

 本音を見透かされているようで居心地が悪いのか、何度も居住まいを正す趙雲。

 

「……だが信用できない者もいる。逆に、貴公らかつて董卓軍であった面々は司馬朗殿の下、一枚の岩で成り立っている。が、今ひとつ行く先が見えない。……何を目指しているのか到底理解に及ばない」

 

「信頼しているが信用できない、信用しているが信頼していない、その違いですか。だがそれは、我々と劉備軍全体を見た考え。私が聞きたいのは、真に貴方が将として付くならどちらなのか、それだけです」

 

 今度こそ、趙雲は苦虫を潰したような顔をした。

 いくら考えても答えは出てこない。どちらも趙雲にとって比較できるような対象ではないのだ。

 

「正直に言って、二人を比較することなど私にはできない」

 

「……そうですか、わかりま―――」

 

「……ただ」

 

 茉莉の声を遮り、趙雲は自身の結論に一文を加えた。

 

「劉備殿は変わらないままが良いが、司馬朗殿であれば、例え何かが変わってしまったとしても、付いていこうと思える……やもしれぬな」

 

 この回答は茉莉をいくらか満足させるものであったらしい。

 最初、天幕を訪れた時とは比べ物にならないほど丁重に返された趙雲は、少なからずのモヤモヤを抱えたまま自身の天幕に戻っていった。

 茉莉はというと、天幕の中で一人、口元に微笑を浮かべていた。

 

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【あとがき】

 

 皆様こんにちは!

 九条です。

 

 大変遅くなりましたが本編更新です。

 毎度の事ながら自分の意志の弱さが酷いですね……。

 

 前回の話の裏のような形になったのでサブタイトルも被らせました。

 なので区別するために今回を「茉莉side」前回を「隼side」と明記しておきました。

 小さな変更点ですけど、一応報告だけ。

 

 真・恋姫†英雄譚のほうでは登場人物の更新などがありましたね

 まだの方はぜひちぇっくりっく!←

 なんとなく絵のタッチというか彩色?が変わった感じが……

 個人的には以前のほうが好きです。表情とか結構違う感じがするんですよねぇ

 

 

 関係ない話

 ・あけべぇそふとすりぃさんから発売されている「できない私が、くり返す」をプレイし号泣。

 ・上記にめっちゃ影響されて、オリジナルのタイムリープ小説書き始める(停滞中

 ・PSO2でサイキユニット3箇所揃ったぞ!

 

 なろうのURLですが、とても為になったので勝手にご紹介(まずかったら消します)

「書籍化作家に聞いてみた。面白いものを書くための15の質問+1」

 http://ncode.syosetu.com/n3654cm/

 

 現在、なろうから書籍化を果たした方に著者がアンケート形式で質問してみたらしいです。

 書き方の参考になったりもするので

 これから書こうと思っている方、既に書き始めている方も一読の価値はあると思います。

 

 

 相変わらずあとがきに時間掛けまくってますが

 次回も気長にお待ちを!

 それではまた(#゚Д゚)ノ[再見!]

説明
二章 群雄割拠編

 第十二話「夜語りー茉莉sideー」
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コメント
>観珪さん 次回辺りに分かるかなー? おそらく原画は雛太先生でしょうけど、彩色(?)色を塗る方が変わったのかもですね。泣きゲーはハッピーエンドなら良いんですけどね…(九条)
趙雲さんがなにやら微妙な立ち位置に……これからどうするのかな、星ちゃん。 英雄譚の絵は今のも好きですねー 雛太先生が描いたのではないのかもしれません。 色の付け方がどことなく悠ちゃんっぽく感じますん。 泣きゲーなら鍵だけでなく、素晴らしい日々とかもオススメです←(神余 雛)
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