真恋姫無双幻夢伝 小ネタ11『2人きりの食事会』 |
真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ11 『2人きりの食事会』
「どうにもねえ」
「うむ……」
真夏の朝日が完全に登り切った後、許昌城の一室で桂花と秋蘭の考え込む姿があった。彼女たちの悩みの種は彼女たちの主君のことである。
「華琳さま、やっぱり元気がないわね」
「ぼんやりと窓を眺められることも多い。やはり赤壁のことを気にかけていらっしゃるのだろう」
華琳の責任感が強いことは部下なら全員理解しており、何万もの兵士を失ったあの戦いの衝撃を心に受けていることは想像がついた。冥琳や雛里たちに良いように騙されたことも彼女の誇りを傷つけたと考えられる。
赤壁の戦いの事後処理をしている現在、その仕事を通して受ける精神的痛みは尋常なものではないだろう。こうした状況の彼女を励ます目的から、普段はあまり仲が良くない2人がこうして相談しているのである。
「励まして差し上げたいのだけど、その方法がどうにも思いつかないわね」
「ああ。他の者には聞いて回ったか?」
「回ったけど、大した答えは無かったわ」
「そうか……」
彼女たちは彼女の心痛を癒す方法を見つけるために、他の部下にも聞いて回っていた。
まず桂花が答えを求めたのは、軍師仲間である稟と風である。
『華琳さまを励ます方法、ですか。そうですね……すみません、ぱっとは思いつきません。真名を与えられたとはいえ、まだ新参者ですから』
『体を差し出したらどうですか、稟ちゃん?一番喜んでくれるかもしれないですよー』
『えっ?!いや、そんな』
『自分の身体を紐で包んで、好きにしてくださいって言ったら……』
『熱帯夜…汗ばむ身体…冷たい眼差しで責めたてられて……ふ、ふひゃ〜!』
『煽りすぎましたねーごめんなさいねー。ほら稟ちゃん、首をトントンしましょー』
稟の鼻血で赤く染まった部屋を、桂花は肩を落として出ていくしかなかった。
その頃、秋蘭は季衣と流琉に質問していた。
『確かに華琳さま元気ないよね。流琉、思い出さない?』
『そうだね、昔の兄さまみたい。でも私たちの方が励まされていたし、何か月もしてやっと夜に泣くことが出来なくなったぐらいだよ』
『華琳さまも夜泣くのかな……そうだ!あの時も兄ちゃんに添い寝してもらったから、華琳さまも兄ちゃんと一緒に寝た方がいいんじゃないかな!』
『ね、寝る?!で、でも、兄さまも忙しいし、そんなに長く居られないと思うけど』
『兄ちゃんなら大丈夫だよ!頼んだら助けてくれるって!そうしたらボクたちとも一緒にいられるし!』
『ああ〜!季衣ってば、それが目的でしょ!』
『でも流琉もそうしてほしいでしょ!』
『そ、それはそうだけど……』
兄弟喧嘩のようにやいのやいの言い始めた2人の元を、秋蘭は苦笑いを浮かべて去って行った。
そして2人が最後に聞いたのは、桂花たちと同じように昔から行動を共にした春蘭である。
『華琳さまを元気にする方法?それなら簡単だ。こうして一心不乱に槍を振るって汗を流しさえすれば、悩みなど吹き飛ぶ!それでも悩むのは鍛錬が足らない証拠だ!華琳さまも鍛練を……って、おいおい!2人して何も言わずにどこに行くんだ?!ダメか?これじゃあダメなのか?ちょっと待っていろ!すぐに思いつくから!』
『そうだ!飯をたらふく食えばいいのだ!確かに訓練だけでは腹が減ってしまうからな。たくさん食べて、ゆっくり昼寝でもすれば、万事解決だ!……あれ?これもダメか?おい、置いていくな!こんなに良い案を出してやったのだから、感想ぐらい言え!おい、秋蘭?しゅうらーん?!』
彼女の元から去っていく時、秋蘭は「あのような姉で申し訳ない」と謝り、桂花は「しょうがないわよ。あんたも大変ね」と慰められるという珍しい場面があったそうな。
ともあれ、これで万策が尽きた彼女たちは腕を組んで考え込むことしかできなかった。そんな時、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「おい桂花、いるかー?この問題について聞きたいのだが」
赤壁から華琳を守ってここまでついて来た彼の存在を忘れていた。彼女たちは顔を見合わせる。
「……頼るほかないようだな」
「しゃくだわ、本当に」
ため息を漏らす桂花が扉を開くと、アキラが書類を持ってそこに立っていた。
その日の夜、夕立が降りやんだ頃に庭の一角に呼び出された華琳は、辺りをキョロキョロと見渡した。
「来てあげたわよ、アキラ。どこにいるの?」
「ここだ」
声がした方向を見ると、暗がりの向こうに小さな屋台がぽつんと構えられていた。屋根に吊るされた提灯の明かりが、彼女をいざなう。
彼女は誘われるままに屋台の暖簾をくぐり椅子に座る。そしてこの屋台の主人であるアキラに文句を言うのだった。
「私も忙しいのよ。こんな酔狂なことに構っていられないわ」
「まあまあ、良いじゃないか。久し振りにこういうことがしてみたかったんだ。付き合ってくれよ」
手ぬぐいで頭を覆い、腕をまくって鉄板に向かう格好は、様になっていた。汗をかいて炭を起こす手つきも慣れたものだ。ただし、今日は串焼きではないようである。
「急に思いついたから、良い肉を調達できなかった。だから今日は、焼きそばを作ってみようと思う」
「やきそば?」
彼は熱々の鉄板に油を敷くと、まずは麺から炒め始めた。ヘラを動かすたびに、鉄板から油の湯気とジューと言う音が上がる。華琳が初めて経験する料理を興味津々で凝視していた。
しばらくした後、彼はその麺を他の皿に移した。そして油を敷き直すと、今度はバラ肉を炒めはじめる。さらにキャベツやもやしを加えて炒めると、野菜の甘い香りと肉汁の匂いが漂ってきた。
その後、先ほどの麺を再び入れて絡め、大きな円状の蓋で全体を覆って蒸らす。数分後、その蓋を空けると、蒸気と共に食欲をそそる香りが辺りに漂う。
そして最後に、塩を適度に振りかけて皿に移し、客である華琳の前に出された。皿の上で白い麺が輝いているように見えた。
「いただくわ」
「どうぞ」
箸で掴んで口に運ぶ。その瞬間、塩に引き立てられた肉と野菜の甘みに舌が踊り、適度にやわらかい麺の感触に歯が喜んだ。
「おいしいわ…!」
「それは良かった!その岩塩は西方から来た商人が持っていてさ、なかなか良い代物だろ」
「ええ!」
杯に酒が注がれ、料理と共に口に運ぶ。気が付けば焼きそばはすっかり無くなり、彼女の顔は満足げにほころんでいた。
やがて酒を片手に色々なことを思い出してきた彼女は、酒のつまみを作っている彼に話しかけた。
「ねえ」
「うん?」
「私ね、最近、夢を見るのよ」
アキラは作り終えたつまみを彼女に出しながら、その顔を上げた。
「夢か」
「ええ。とても怖い夢よ。ずっとね、死んでいった部下たちが私を見つめているの。何も言わずに、ずっと」
自分で言いながらその恐怖を思い出したのか、彼女は身をすくめた。アキラは彼女の気持ちがよく分かった。
「俺も昔、経験したことがある。何かの眼差しを感じていた。何もいるはずがないのにな」
「私も分かっているのよ、あれは夢だって。でも、私のせいで死んだ部下のことを思うと、本当に見つめられている気がする。その目に常に怯えていろ、そう言っている気がするのよ」
全ての責任を持つ大将にしか分からない感覚。自分の判断で、部下の人生を左右してしまう。華琳はそれを改めて思い知っていた。
アキラは彼女のために1つ、思い出話をし始めた。
「俺が汝南に帰ってしばらくした頃、若い少年が訪ねてきたことがある。『俺も兵士に加えてくれ』ってな」
「その子の歳は?」
「聞いてみるとまだ13歳だった。すぐに断ったよ。でも『兄の頼みだ』って聞かなくて」
「兄?」
「俺の部下の一人だったやつだ。前の汝南の役で死んだ」
アキラは自分の杯を取り出して酒を注ぎ、それを一気にあおった。そして再び、話し始める。
「そいつの枕元に兄が出てきたらしい。『あの人を助けてやってくれ』と言っていたそうだ。最初は半信半疑だったそうだが、俺が帰ってきてやったことを見て確信したらしい。この人に仕えるのは正しい、兄の言っていたことは正しい、って」
「………」
「結局、数年後に仕えることを約束して帰って行ったが、あの時ほどホッとしたことはなかったな。汝南に帰ってきたことは間違いじゃなかった。報われた気がした」
アキラは華琳の瞳をまっすぐ見つめた。そしてこう言った。
「華琳、前を向こう。それしか死んでいったやつに報いる術は無い。あいつらが残した思いを、生き残った俺たちがやり遂げる。それが最善の道だ」
「……そうよね、そう…」
まだ憂鬱そうにしている華琳の姿に、アキラは肩をすくめた。
「これを教えてくれたのはお前だと思っていたけどな」
「私が?」
「ああ。『私のために生きなさい』って。もっと貪欲になれよ。もっとわがままになれ。そんなお前の姿に、お前の部下たちはついて来たのだから」
華琳は視線を落としてしばらく考えた。そして彼に聞いてみた。
「ねえ」
「なんだ?」
「私が迷ったら、あなたはそばにいてくれる?」
アキラは微笑む。そして答えを返した。
「こうして屋台でもやってやるさ。落ち込んだ時は、美味い料理を作ってやる」
「あなたらしいわね。ふふふ、楽しみにしているわ」
彼女は朗らかに笑い、ようやくおつまみに出されたほうれん草のおひたしを口にする。品の良い香りが口いっぱいに広がった。
アキラは杯を持ち上げ、机越しに腕を伸ばして言った。
「これからもよろしくな」
華琳も杯を持ち上げる。
「ええ、よろしく」
2つの杯が合わさり、音が鳴った。
薄暗くなる夏の夕暮れを提灯が照らす。彼らは前に進んで行く。
説明 | ||
久々のアキラの料理シーンです。 次話から新章に入ります。 |
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