IS〜歪みの世界の物語〜
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15.暗い過去とISの授業

 

「………な、なぁ結羽?」

「何ですか、シグさん」

 

 ニコッと微笑む結羽。その笑みからは威圧感が感じられる。怖い。綺麗だけどその笑顔は怖いよ、結羽さん……!

 

「何ですか、シグさん?」

「い、いや。そろそろ手を離してくれないかな〜と」

「……嫌です」

 

 小さく頬を膨らませてそっぽを向く結羽。……何か様子がおかしい。簪と一緒に食事をとり始めたあたりから。まるでなわばりを取られた猫のような――――。

………………え、もしかして、それが原因?

 いつも夕ご飯を一緒にしていたのに、そこに簪が入ってきたから?

 

「………(ギュゥゥゥッ)」

 

 頬を膨らませながらも、俺の腕を離したくないと言っているように強く抱きしめている。柔らかさと体温が服越しに伝わってきて、どうしても意識してしまう。………は、離れてほしいなぁ!いろいろキツイ!女子のような見た目でも男子ですよ?

 相当頭がパニックしているのか、気づけばあちこちに視線を動かしていた。………そして、視界の端に、結羽の耳が赤くなっているのが見える。

 その時、ふと頭の中で、自爆特攻にも近い案が思い浮かぶ。

 ………仕返し。そう、俺が苦労している仕返しに、少しくらいいいよな?

近くにいる結羽にも聞こえているんじゃないかと思うほど鼓動がうるさい。

―――――それを、結羽に聞かせてやることにした。腕で絞めて逃がさないように。

 つまり、結羽の頭を抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 え、ええぇ、ええぇええ?

 抱き寄せられた結羽は、とっさの事に思考が上手く整理できなかった。

 大事そうに、けれど力の篭った腕が、私の頭を離してくれない。

 う、腕に抱きついてはいましたけど……上半身がほとんどシグさんと接していて……?

 必死で離れようとしても、太すぎず、細長い腕が離してくれない。生身でISと戦っただけあって、いくら力を入れてもピクともしませんでした。

 

(あ、あわ……あうぅぅ〜〜………!)

 

 顔が赤くなるのが自覚で来て、それをシグさんに見られたくなくて、胸に顔を埋めた。

 ………落ち着くのは意外と速かったです。シグさんの心臓が、強く、うるさいほどになっていたのが聞こえました。

 

(シグさんも……ドキドキしてる……)

 

 力強い鼓動は、聞いているうちに少しずつ頭を冷静にさせてくれました。

 それに……ドキドキしているのが私だけじゃないってわかったら、少し嬉しくて……。

 

――――離れたくない。ずっと、このままで居たい。

 

そんなことを思っている自分がいることに気づいて、少し落ち込んだ。

 

 

 私は、弱い。

また、誰かの温もりが欲しくなる。

生まれたての赤ん坊のように、一人では立てない。

 

「………強いですね。シグさんは」

 

 自然と、そんなことを言ってしまいました。

 けれど、シグさんは本当に強い。一人で何でもできる。

 ISに頼らなくてもISに勝つほど。今までできないと言われていたISの作成もしてみせた。

誰かに支えてもらわないと、どうしようもなく不安で、何もできない私とは、正反対な存在。

 ……けど。

 

「俺は弱いさ。結羽」

 

 シグさんの声には、自虐に近いような、傷ついた声でそう言いました。

 

 ……震えてる。僅かに、シグさんの手が。そして、鼓動が乱れてる。

 まるで、何かに怯えているように。

 

「シグさん……?」

「……………………………」

 

 嫌なことを思い出したのか、さっきまで平気そうな顔をしていたのに今は青ざめた顔のまま、子供の用に体を震わせていた。

 私は…………知っている。

 何かを失ってしまった、不安と恐怖と絶望。

 

 

「――――私の親は、私が10歳の時に死んでしまったんです」

「……え?」

 

 シグさんの驚いた声。

 その声は、私が突然話しだしから?

それとも―――――私自身が自覚するほど、手が震えだしたことに驚いたから?

そんなことを考えて落ち着こうと思ったけど、体はシグさんを強く抱きしめたまま、力を緩めない。そんな自分に苦笑しながら、私は話を続ける。

 

「……親には、いつも何かを教えてもらったんです。勉強だーって言われて、家事や機械の事、マナーとか様々な事を覚えましたね」

 

 

 

 名門だからとか、裕福だからとかではなかったので強制はされた記憶は無い。

 けど……お父さんとお母さん、渡すができた時に見せてくれた喜ぶ顔は、今でも忘れないし、今でも大好き。

 

 事故で二人が亡くなった時、もう大好きな笑顔を見られないことが、何よりも悲しかった。

 何とか生きていこうとして、天国に行った二人を安心できるように必死に努力して……。私は、誰かといないと、覚えたことができないって、死んだ後に気づきました

 

 支えてくれる人がいない。見守ってくれる人がいない。間違いを正してくれる人がいない。

 やっている事の何かを間違っている。何かを忘れている。何かを勘違いしている。

 

 被害妄想だってわかっていても、いくら頭の中でシュミレーションをしても、体は動いてくれなかった。

 まるで、一人ジャングルの中にいるような、この先の不安と恐怖。

 一人で行動ができない。誰かと一緒でないと、怖くて小さなことでさえ勇気が出せない。

 

 ………変わりたい。

 そう思っている。誰かに支えられないと――――誰かに迷惑をかけないと生きられないのは、嫌だ。なのに、ふと気づいたらシグさんと一緒に行動している。

 

 ……シグさん。私は………どうしたら変われますか?

 どうしたら、強くなれますか?

 

 

 

 話が終わる。シグさんの顔を見るのが、少し怖くて、目を閉じている。

自分で解決しなければいけないという事はわかっている。けど、私にはできない。

 そして、また誰かに――――シグさんに頼ってしまっている。

 

 ……シグさんに嫌われるのかな?

 面倒な人だと思われて、もう一緒に居てくれなくなってしまうのかな?

 

 そんな恐怖におびえていると、額に弾くような衝撃が走った。同時に、すぐ傍から苦笑が聞こえた。

 

「……シグさん?」

 

 気になって目を開けると、まるで子供の失敗を見た親のような、複雑そうな笑みをシグさんは浮かべていた。

 そして―――――体を抱きしめられた。

 先ほどのような頭を抱くような態勢ではなく、本当の意味で抱きしめられた。

 

「え、あ。え?し、シグさ」

「――――――――辛かったな」

 

 戸惑う中、耳元から聞こえた声。

 自然と、頭の混乱が収まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は苦しんでいる。それでも、努力している。

シグは結羽を抱きしめながら、小さく頭を撫でていた。

 大切な人を失った苦しみは、俺にもわかる。だからこそ、親の死という苦難を乗り越えて努力していた彼女は凄いと思う。

 それにもかかわらず、その努力が報われないのはどれだけ怖いか、想像しただけでも悪寒が走る。

 だからこそ、彼女に言ったのだ。「辛かったな」と。

 

「なぁ、結羽。無理に頑張る必要は無いと思うぞ?」

「…………え?」

「無理に慣らそうとするから上手くいかない。なら、少しずつ慣らした方が良いだろう?」

 

そう言うと、腕の中で結羽が戸惑っているのがわかる。

 

「支えがないと立てない。なら、結羽はどんな自分を望んでいるんだ?」

「そ、それは誰にも頼らずに一人で生きられるように」

「それが望みなのか?誰にも甘えず、助けを必要としない完璧な人間にか?

 

 

無理だな。人間はそこまで強くない」

 

「――――――?」

 

 怒気を感じる。当たり前か。今の言葉は彼女の目標……努力している事を否定する言葉になる。

 

「結羽。一人で自分を支えるのは無理だ。

――――けど、誰かを支えることはできるだろ?」

「…………?」

「結羽、お前も言っただろ?誰かに支えてもらわないと生きられないって。

なら、誰かに支えて生きてもらえ。そのかわり、結羽も支えてくれた人を支えればいい」

「…………え?」

「つまり、だ。

―――――自分が誰かに助けてもらったら、その分その人を助けてやれ」

 

 人は一人では生きられない。逆に言えば、お互いを支え合えば生きていける。

 何も完璧を目指す必要なんてない。人間は不完全な生き物なのだから。

 結羽には、それができる。一人で行動ができない。けどそれは、誰かと一緒に居れば力を発揮できるということだ。

 

 結羽が俺の言った言葉の意味を理解したのか、顔を歪ませていた。嬉しそうに、けど、まだ悩んでいる様子で。

 ま、そう簡単には決められないよな。と心の中で苦笑をする。

 

 ……結羽は自身の過去を話してくれたのに、俺が何も話さないのは不公平に感じた。

 だから、結羽を抱きしめたまま昔話をした。

 とある、実験台にされた、傷ついた少年の話を。―――――俺の過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑兄弟、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 

 代表戦のドタバタが過ぎて数日、授業も進んで実践へと入っていった。

 ISを使えない俺は、見学者に等しい立場になっていて、言うなれば織斑教師と山田教師の雑用になっていた。………何もしないで過ごすのも嫌だから、別にいいけど。

 そんなことを考えているうちに、専用機持ちである三人がISを展開させる。セシリア、隼人、少し……一秒ほど遅れて一夏が展開を完了した。

 すでに三つの機体は、少し前の試合での傷は無くなっている。織斑教師の指示と同時に三人が上昇。そして順番はやはりセシリア、隼人、一夏の順番だった。

 

「………不安だなぁ」

 

 この世界が俺たち男を消そうとしている。神様の言葉だから、それは間違いないとみていた方がよいだろう。

ただ、才能なのか神様が隼人の体を弄ったのか、知識の吸収が速い隼人。そんな弟とは違い一夏はかなり苦労している。これから先何が起こるのかはわからないが、それを除いても、もう少し強くなってくれないと安心できない。

 

「三人とも、急降下と完全停止をやってみせろ。目標は地表から十センチだ。(プチンッ)――――シグ。お前は降りてくる三人に対して衝撃波か何かの攻撃を仕掛けろ」

「え?」

「早くしろ。降りてくるぞ」

 

 見ると、セシリアがもう降りてくる。……気のせいだと思うが、通信回線を切っていないか?抜き打ちテストのようなものなのだろうか?相変わらず人が悪い。

 

「――――――“空連覇槍(ソラヲサスモノ)”」

 

 少しずつ姿が大きくなるセシリアに向けて衝撃波を放つ。

 しかし、さすが代表候補生と言うべきか、驚きながらも無駄な動きを見せずに衝撃波を避け、見事十センチあたりで止まった。周りから感嘆の声が漏れる。俺も、思わず拍手を送りたくなった。一発だけしか放ってないとはいえ、本気で当てる気だったのに。

 

(シグさん、いきなりなんですか?)

 

 もちろん、セシリアからは非難の目で見られる。そんな彼女を見ながら黙って織斑教師を指さす。

セシリアが察したのと、俺の頭に出席簿が落ちたのはほぼ同時だった。

 

「本人の目の前で『人が悪い』などと思うな、馬鹿者」

「普通『思うな』ではなくて『言うな』だと思うのですが?」

 

 確かに思うだけでも悪いことだけど……超能力者ですかあなたは。

 

「ボーっとするな。二人が来るぞ」

 

 言われた通り、今度は二人が同時に降りてくる。

 セシリアにしたのと同じように、隼人に衝撃波を放つと即座に反応して大きく避けた。……が、そのせいで態勢を崩し、目標よりも倍の高さで止まドォォォォォォンッッ?

 

「馬鹿者。誰が地面に衝突しろと言った」

「………すいません」

 

 一夏が凹んだ穴から顔を出す。ちなみに俺は一夏に衝撃波は放っていないので、この結果は本人の責任だ。

 

 あとは武器を展開し、そのまま授業が終わる。

 なんてこともない、いつも通りの時間だ。

 

 

 

 

「――――ってことがあった。楯無からも一夏を強化するのを手伝ってくれないか?」

 

 時間は流れ放課後。

 授業であった一件を伝え、一応この少女にも頼んでみる。

 この変態生徒会長とは何度か訓練と言う名の模擬戦闘をやってきたが、代表候補生であるセシリアよりも格段に強い。

 一夏の命が危険な以上、この人に頼むしかないんだけど……

 

「面倒♪」

 

 笑顔であっさり言われた。

 

「何が面倒だ!散々人をからかいに部屋に上がりこむか戦うかしかしない奴が!」

「それが人に物を頼む態度なのかな、シグ君?」

「あ、悪い……じゃなくて!いつも迷惑をかけられているんだから、少しは恩返ししろ!」

「しているじゃない。手作りのお弁当を食べさせてあげたりね」

 

 ……その時、結羽が棘のような視線で俺を見ていたことに気づいていないのだろうか、この人は。

 

「とにかく、お姉さんも近々ある大会の事で忙しいから、少なくとも今は無理かな〜。

それに、応用を教えるならともかく、基礎に関しては自分で慣らしておかないと何もできなくなるわよ?」

「う………」

「勉強ならいいけど、飛ぶ、移動、停止、武具の展開に関しては一人一人やり易いやり方があるから、下手に感覚を植え込もうとしたら変なことになるから、今はダメ」

「………なら、応用を知れるレベルに入ったら、お前が教えてくれるか?」

「ん〜。どうしようかな〜?」

「この女……!」

 

 今度の模擬試合の時“拘束魔法”を完全に開放してやろうか……。と、思っているうちに、楯無が、猫が笑ったような顔で俺の顔を覗きこんできた。

 

「そ・れ・よ・り。例の件、考えてくれた?」

「………お前の妹の手助けしろ、だっけ?」

 

 少し前に、楯無が頼んできた事。何でも、少し関係がよくない妹を手助けしてほしいとかなんとか……。

 

 ……そもそも、こいつの妹ってどんな人なんだ?

 髪の色で言うなら簪……だけど、「簪」の部分が姓名だよな?そこしか名乗ってくれなかったし。

 でも、セシリアのような金髪や、山田先生のような緑髪や、結羽のような赤髪もこの世界にはいるんだ。色で決めつけるのは説得力に欠ける。なにより、性格が真反対と言っていいし、強引に人を巻き込む楯無が不安になるような要素もないと思うのだが…………。

 …………だめだ、妹の姿が想像できない。

 

 

「とにかく、それに関して俺は関わらない。むしろ、楯無が解決するべきだろ」

「うっ……そうなんだけど、あの子私には少しね………」

 

 困ったな〜というように頬を掻く楯無。

 

 そんな楯無に「頑張れよ」と伝え、シグは自室に戻る。

 

 

 

 

―――――――楯無の妹が簪という事をシグは知らない。いや、深く考えようとはしなかった。

それが、後に大変な事を巻き起こす事を――――――歪んだ世界が、シグを排除するために起こす行動の引き金になる事を、予測できるはずもなかった。

 

説明
15作目です!
現在進行形でテスト中です。早く終わってほしいです(泣)
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コメント
そのあたりの設定を書いてない事に気づきました……突っ込み感謝です!さっそく訂正を……!(闇傷)
髪の色で簪が楯無さんの妹だと気が付かないのかな?(竜羽)
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