真恋姫無双幻夢伝 第七章1話『刺客』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第七章 1話 『刺客』
今日も江陵の蒸し暑い一日が終わる。遅い夕暮れの光が窓から入りこんでくる部屋で、一刀たち劉備軍の重臣たちは晩飯を食べながら、今後のことについて話し合っていた。
赤壁で大勝したことで、当面の危機が去ったと見て間違いはない。桃香は話を切り出した。
「これからどうしよう、ご主人様?」
「予定通りで良いんじゃないかな?もう軍は蜀との境界に配置してあるんだろ?」
「はい。すぐに戦えますよ」
と答えたのは、荊州で仲間になった紫苑である。彼女たち荊州南部勢が蜀攻めの先鋒となる。
しかし桃香は違うことを考えていた。
「私は他の道もあると思うけど……」
彼女が暗に尋ねているのは、このまま平和に過ごしたいということである。彼女はこの機なら曹操との和睦もありうると考えていた。
しかしその考えを朱里があっさりと否定する。
「桃香さま、曹操はきっと復讐してきます。同盟に応じるとは思えません」
「でも、曹操さんだって平和を望んでいるはずだよ」
「彼女は合理的な人です。まだこちらの力が劣っている以上、対等な関係は望みません」
雛里も小さな声だがはっきりと桃香を諌めた。すると箸を置いた愛紗が、頬をふくらませてすねる彼女をなぐさめる。
「仕方ありませんよ、桃香さま。事実、我々はまだ弱小。こちらが強くなれば彼らも聞く耳を持ちましょう」
「そうなのだ!…もぐもぐ……あいつらを倒せるくらいに強くなったらいいのだ!…むぐむぐ……」
「鈴々、食べながら話すものじゃない。また愛紗に怒られるぞ」
口一杯に食べ物を放り込んだ状態で器用にしゃべる鈴々を、星がたしなめた。案の定、愛紗に睨み付けられて、鈴々は首をすくめることになった。
義妹の態度にふうとため息を漏らした愛紗は、ここで懸念を示した。
「ただ、相手もこちらの意図に気が付いたようですね。宿敵であった漢中の張魯と手を組みました。予想以上に時間がかかるかもしれません」
「紫苑、蜀の軍は強いの?」
「そうですねえ。厳顔さんと魏延さんはお会いしたことがありまして、なかなかの武将でした。でも兵の質はこちらの方が上ですよ。大将である劉璋は暗愚と噂されていますから、漢中が味方に付いても勝てる相手でしょう」
「もともと蜀と漢中は仲が非常に悪いことで有名でした。私と雛里ちゃんで仲違いさせますから、大丈夫ですよ。ね、雛里ちゃん?」
「う、うん……」
「さすがだなあ」
一刀は自分が知っている史実通りに孔明たちが策を立てて事が運んでいることに、非常に満足した。
ところが、彼らが警戒すべき点はまだ存在していた。雛里がまた小さい声で発言する。
「でも、時間がかかることは本当です。曹操軍をくい止めないと……」
「くい止める?」
「我々が蜀に攻め入ったら、荊州が空っぽになる。その隙をつかれる恐れがあるということですな」
星が雛里の言葉を代弁して、彼女はコクリと頷いた。短時間で済ませるためにも全力を投入したい。しかし赤壁の戦いで大敗したとはいえ、詠の素早い判断のかいもあって、陸地にいた三分の一の兵士は無事に帰還してしまった。汝南軍も軽傷で済んでいる。彼らがわずかな留守兵だけが残る荊州に進行する危険性は十分ある。
考え込んでいた桃香が、表情を急に明るくさせて言った。
「孫権さんに頼むのはどうかな?援軍とか」
「それは無理だと思います。呉軍は半壊しているようなものですから」
火計に使用したために船の大半を失った呉軍は、例えるなら手足をもがれた形となっており動くことが出来ない。さらに冥琳が戦死して穏がその後を継いだばかりで、しばらくは内治に徹する必要がある。とてもじゃないが、劉備軍のために働くとは思えない。
一刀と桃香は眉をひそめて心配する。
「難しいな。でもこの機会にすぐにでも攻め込みたいし」
「ど、どうしよう、朱里ちゃん?」
朱里は帽子を直して2人を見た。軍師の座が板について来た彼女は、主君を安心させるため、堂々と自分の考えを示した。
「私に策があります」
「華琳が倒れた?!」
許昌から汝南に帰ってきたアキラが驚きの声を出したのは、セミが鳴く夏の昼下がりのことであった。まだまだ暑い日は続いていたが、大きく開けた窓から入りこむ風に時々、秋の匂いが交じってきた。
目を丸くして驚く彼に、使者としてやってきた風が冷静に説明する。
「休みなく仕事なさっていたのが祟りましてー、お医者さんを呼びましたところー、過労だって言われました」
「あの戦いからまだ数か月しか経っていない。やっぱり無理していたか」
華琳の責任感が強い性格を考えると、この結果は予想できたはずだ。あの時、もっと頑張るように仕向けてしまったことを、アキラは後悔した。
詠が代わって風に質問した。
「ならお見舞いに行かないといけないわね。私が行ってこようかしら」
「いえ、出来ればお2人と、董卓様にもお越し頂きたいですねー」
「なんだって?」
アキラが耳を疑い、詠は怪訝な表情を浮かべた。アキラは戻ったばかりであり、まだ赤壁で傷ついた軍が回復していない。汝南の主君と頭脳である2人が離れることが出来ないことは、風も分かっているはずである。
彼女は2人の質問を先回りするように、頭を下げて頼んだ。
「いわゆる緊急事態ということでしてー、どうかお願いします」
“緊急事態”という言葉を聞いたアキラは、声を落として風に聞く。
「もしや、涼州のことか?」
「……さすが、お耳が早いですねー…」
それから3日後、アキラたちと風は許昌に向けて出立する日となった。さすがにアキラの代役を務められるのは詠しかおらず、彼と一緒に行くのは月と恋の2人になった。
汝南の城門内の広場で馬と馬車を待機させている彼らに、留守組が口々に見送りと恨みがましい声を出す。
「隊長!お気をつけて!」
「なあ〜、うちらも行ったらあかんの?アキラ、この通りや!連れてってくれ!」
「隊長、うちも行かせてえな!」
「わたしもお願いしますなの!」
「駄目だ!呉が動くかもしれない。しっかり留守を頼んだぞ」
ぶーぶーとアキラに不満を吐き出している一方で、こちらでは詠が月に対して惜別の言葉をかけていた。
「月!体には気を付けるのよ。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、それから…」
「大丈夫だよ、詠ちゃん。アキラさんも一緒だから」
(それが一番心配なのよね……)
こっちでも音々音が涙をこぼさんばかりに恋との別れを惜しんでいた。
「恋殿。本当に、ほんと〜うに残念ながら、ねねは行くことが出来ません。……このメガネがうるさくなかったら…」
「ねね〜!聞こえているわよ!」
「うっ!と、ということで、ねねはこの遠い汝南からご武運をお祈りしております!」
「…ねね…行ってくる……」
優しく音々音の頭を撫でている恋に、華雄が近づいて話しかけた。
「恋、しっかりやってきてくれ。アキラと月の傍を離れないようにな」
「……うん…」
「くれぐれも頼むぞ。特にだ、その……魏の女がアキラに近づきすぎることにも注意しろよ。分かったな」
「…?……分かった…」
「ご心配なくー」
オッと驚いた華雄の近くには、いつの間にか風がいた。
「お兄さんには手伝ってもらうだけですからー、何もしませんよー」
「いや、別に疑っているわけでは」
「でも」
風はニヤリと笑みを浮かべる。
「お兄さんから手を出されるかもしれませんけどねー」
「なっ?!」
「…アキラは、怖くないよ……?…」
意味が分かっていない恋と比べて、華雄は苦々しい表情でくすくすと笑う風を睨んでいた。
こうして一通りの見送りを終え、出発の時が近づいてきた。これから汝南の町を抜けて、許昌に向けて北上していく。
「さて、そろそろ行くとするか」
と言って、アキラが馬に乗ろうとしたその時、城門の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「こらっ!貴様!なにをする!」
「侵入者!侵入者です!」
皆が振り向くと、小さな影が門番を振り切ってこちらに駆け寄ってくる。2つの円形のものを両手に持って、目を血走らせている。
そして一番城門の近くにいたアキラの姿を見つけると、高く宙に舞って飛び掛ってきた。
「お姉さまの仇!!」
皆が唖然とする中で、少女は2つの輪を振り回してアキラに襲いかかる。
しかしこのようなことに動揺するアキラではない。サッと一回避けると、地面に降りた彼女の腹部を間髪入れずに蹴り飛ばした。
「がはっ!」
地面を転がっていく彼女を、はっと我に返った凪と霞があっという間に取り押さえた。
「隊長に何をする!」
「お前、誰や?!」
うつ伏せの状態で腕と背中を押さえつけられた少女は、わめき声を上げながらもがき続けている。ゆっくりと近寄ってきたアキラは、彼女の髪の色を見て驚きの声を上げた。
「お前、孫家の者か?!」
顔をバッと上げた彼女はアキラを睨みつけて大声を上げる。
「違う!あたしの名前はシャオ!孫家とは何の関係も無いわよ!」
しかしその顔を見たアキラは確信した。あの2人とそっくりだった。
詠が近づいて、じっと彼女を眺めていたアキラに話しかける。
「確か孫家の姉妹にはもう1人妹がいたはずよ。彼女がそのようね」
「違うって言っているでしょ!放しなさいよ!」
放すどころか、ますますきつく押さえつけた凪と霞は、彼女を尋問した。
「どうして隊長を殺そうとした!答えろ!」
「おね…孫策さまの仇よ!こいつが先に殺したんだから!」
「アホなことを言うな!アキラがそんなことをするはずがないやろ!」
「うるさい!冥琳だって殺した!2人の仇をとるの!放して!」
“お姉さま”・“冥琳”。彼女が孫家の末の妹、孫尚香こと小蓮であることは間違いなさそうだ。
詠はアキラに対応を問う。
「どうする?牢にぶち込んでおきましょうか?呉との捕虜交換に使えそうだわ」
「何言っているのよ!ただのシャオなんだから、呉とはむ・か・ん・け・い!」
「黙っていろ!」
アキラが傷つけられそうになって本気で怒る凪に呼吸が苦しくなるほど強く拘束されて、小蓮は唸り声を出しながら彼を睨むことしかできない。そんな彼女の態度とは裏腹に、アキラはその殺意が籠る瞳にどこか懐かしさを感じていた。
「凪、もう少し力を抜け」
「しかし!」
「いいから」
彼はしゃがみ込んで小蓮の顔を見つめた。そして憎むべき敵を目の前にしてかみ殺さんばかりの殺気を向けてくる彼女に、声をかける。
「おい」
「なによ!」
アキラは彼女に言った。優しい目をしながら。
「俺と一緒に涼州まで付いてこい」
説明 | ||
新章スタート!舞台は再び涼州へと戻ります。 | ||
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