艦これファンジンSS vol.26「笑みこぼれれば春遠からじ」
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 きびきびとした歩調で彼女は鎮守府の敷地内を歩いていた。

 目はまっすぐに前を見据え、迷いの色は微塵もない。

 最終的な目的地がはっきりしているわけではなかったが、目星はついている。

 なにより、迷いやためらいというものを表に出すのが、彼女は苦手だった。

 サイドポニーに結わえた髪、弓道着に似た衣装、青い袴。

 その色が連想させるように、自身に冷たい印象があるのは自覚している。

 現に、すれちがう者が緊張した顔で敬礼をしてくるではないか。

 軽く返礼しながら、彼女は無言のまま、歩いていく。

 相方のあの子のようにひと声かけようか――たまに、そう思わなくもない。

 だが、口にすれば言葉足らずなものになることも、また彼女にはわかっていた。

 つまり、不器用ということね――自分でそう確認して、心中でほっと息をつく。

 一迅の風が吹き抜ける。春が間近なのだ。

 乱れた髪を手でかきあげる。その髪は潮風に灼けていた。

 見る人が見れば、それだけで彼女がただの女の子ではないことを確認できたろう。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 ひとたび海上にでれば、鋼の艤装を身にまとい、戦いに赴く乙女たち。

 ここは仲良し女学校ではなく、艦娘がつどう基地なのだ。

 そんな場所だから、自分のような者がひとりぐらいいてもいいだろう。

 後輩たちの畏敬の目にさらされるたびに、彼女はいつもそう思うのだった。

 航空母艦、「加賀(かが)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 先のトラック泊地空襲における防衛作戦を無事に切り抜け、新しい仲間も迎えて鎮守府はひとときの平和の中にあった。依然として海上護衛をはじめとする遠征任務、各海域への緊急出撃と、決して緊張感から解放されるわけではないが――それでも、彼女たちが、来たりし道を振り返り、行く手を見透かすには充分に平穏であった。

 

 煉瓦作りの建物が立ち並ぶ一角に、その施設はあった。

 白いのっぺりとした作りでひとつの窓もないその建物に、ちょっとした薄気味悪さを感じる艦娘は少なくない。彼女もまた、どちらかというとここに来るのは苦手だった。

 工廠。艦娘の装備を開発する場所であり――そしてなにより新しい艦娘が生まれる場所でもある。艦娘は鎮守府内の大抵の施設には立ち入りができるが、ここだけは厳重に制限がなされていた。中に入ることができるのは、ごく一部の艦娘か、あるいは特別に許可を得た者のみ。その名称に反して、病院や研究所のような印象を与える。

 彼女がわざわざここに来たのは、相方を探してのことだったが――

 代わりに目に留まったのは、別の艦娘の姿だった。

 癖のある白い髪。露出の多い軽快な衣装。そしてどこか物憂げな面立ち。

「――雲龍(うんりゅう)さんじゃない。どうしたの、こんなところで」

 近寄ってもいっかな気づかない様子だったので声をかけてみると、ようやく雲龍は振り向き、あわててぺこりを頭をさげた。

「こんにちは、加賀さん――あの、ですね。妹を待っているんです」

 雲龍の言葉に、加賀は表向き、表情を変えないまま、

「天城(あまぎ)さんね。工廠の中なの?」

 加賀がそう訊ねると、雲龍はこくりとうなずいてみせた。

 天城はトラック泊地防衛戦の後で鎮守府に迎えられた艦娘である。

 種別は航空母艦。加賀や雲龍と同じタイプの艦娘だ。それも軽空母ではない、正規空母の扱いだったから、航空機運用能力も高い。とはいえ、鎮守府に来た当初は充分にその能力を発揮できず、姉の雲龍と同じように大規模な改装が予定されていたはずだ――そんなことを、加賀は頭の中の備忘録から拾い出していた。

「もしかして、いま改装作業中なのかしら」

 加賀の問いに、雲龍がふたたびうなずいてみせる。

「はい。練度も充分だろうと提督が前倒しでお決めになって――でも、工廠に入って、もう三時間は経つんです。あの子、だいじょうぶかしら」

 そう言って、雲龍は白いのっぺりとした壁を、不安げなまなざしで見つめた。

 そんな雲龍を見て、加賀は短く言った。

「練度は足りているのでしょう。心配いらないわ」

 かけた声はいつもどおりだったが――振り返って、こちらを見やる雲龍の表情を見る限り、そっけなく聞こえてしまったらしい。不安の色がいや増している。

 加賀にとって――正確には、加賀の相方にとっては、「天城」という名前は特別な響きを持つものだった。おそらく、相方が工廠の方へ向かったのも天城が関係しているだろうし、実際に工廠まで来てみると肝心の姿が見当たらないのもまた天城がらみだろう。

 普段の相方らしからぬ振る舞いに、自分もナーバスになっているのか。

 加賀が、いささか愉快ではないそんな推測をしていると、

「――ああ、いたいた。雲龍、様子はどう?」

「あら、加賀さんまで。こんにちは」

 気安い調子で明るい声が二つ、加賀たちに投げかけられた。

 見ると、二人の艦娘がこちらへ歩いてくる。片方は橙色を基調とした弓道着に、頭に日の丸をかたどった鉢巻。もう片方はより小柄で緑色の地の弓道着。顔立ちは、どちらも素朴な可愛さの中に、快活な表情が印象的だった。

 航空母艦の、飛龍(ひりゅう)と蒼龍(そうりゅう)である。二人コンビで通称「二航戦」と呼ばれていた。加賀とその相方に次ぐ、この鎮守府の空母陣の精鋭である。

「すみません、先輩がた。わざわざお越しいただけるなんて」

 雲龍がぺこりと頭をさげるのに、飛龍がひらひらと手を振って、

「いいっていいって。わたしたちは雲龍と天城の教導役だもの。こういう時は駆けつけてあげないと――ごめんね、提督から急に聞かされたもんだからさ」

「だいじょうぶ、雲龍さん。顔色、ちょっと暗いよ?」

 そう言って蒼龍が恐る恐る雲龍の顔をのぞきこむのに、加賀がふうと息をついて、

「心配要らないわ、って言ったのだけれど」

 その言葉を聞いて、飛龍と蒼龍が顔を見合わせ、ついで苦笑いを浮かべる。

「だめだよ、そんな言い方じゃあ。まるで石ころに向かって言ってるみたい」

「赤城(あかぎ)さんなら、そっと手をとって、優しく言うところだよね」

 ねー、とうなずきあう二人を、加賀は憮然として見やった。

 表情は変えてないが、憮然としているのである。蒼龍が口にした赤城というのが、加賀の相方の名前だ。練度は高く、指導力もあり、そしてなにより人格者でもある。空母陣のリーダーとして他に代える者のいない存在だ。

 加賀にとって、赤城は、頼りになる相方であり、誇れる戦友であり、そしてかけがえのない何かである。それでも、赤城と引き比べてどうこう言われるのは、表には出さないものの、愉快なものではない。ただ、二航戦の二人も加賀の性格がわかった上での言葉だ。それぐらいのやりとりが許される程度には、加賀と飛龍たちは気安い仲である。

 だから、続いて加賀が発した言葉がそっけないのも、いつものことだった。

「赤城さんを探しているの。あなたたち、見なかった?」

「ああ、赤城さんをおさがしでしたか」

 雲龍がかすかに目を丸くして、答える。

「天城がここに入って、ちょっとしてから来られたんですが――なんだかそわそわしてらして、ほどなくしてどこかへ行かれてしまいましたよ」

「赤城さんか。そういえばさっき五航戦の二人が話してなかったっけ?」

 飛龍の言葉に、蒼龍がうなずく。

「うん、『あんなもの持ってどこに行くのかしらね』って」

 五航戦、と聞いて加賀の眉がぴくりと動く。飛龍も、蒼龍も、そしてもちろん雲龍も気づかない動きだ。だから、続く加賀の問いは平静そのものに聞こえた。

「じゃあ、その五航戦の二人はいまどこにいるのかしら」

 

 工廠の隣には倉庫が立ち並ぶ。こちらは煉瓦造りの建物だ。

 中には様々なものが保管されているが、中でも重要なのは艤装だ。

 艦娘を守る鎧であり、そして敵を討つための武器でもあるそれらの保守点検は、艦娘が鎮守府に来てまっさきに教え込まれることである。そして、ベテランであるほど、基本を大事にするものだ。

 五航戦の二人が、いままさにそうだった。肩から腕につける飛行甲板、艦載機に変じる矢を入れる矢筒、そして武器となる弓を、自分の周りに広げて、手入れに余念がない。

 そんな彼女たちに近づいてくる加賀をまっさきに見つけたのは、妹の方だった。

「あら、加賀さんじゃないの。一航戦となると、さすが余裕ね」

 ツインテールに結わえた銀の髪を揺らして発する言葉に、いささか険がある。

 航空母艦の瑞鶴(ずいかく)である。片眉を吊り上げた表情は、挑戦的にも、気負っているようにもみえる。

「どういう意味かしら」

 加賀はというと、手慣れた調子で受けてたった。いつものことなのだ。

「限定作戦が終わって気が抜けているんじゃない? 真昼間にふらふらと歩いて」

 瑞鶴が腰に手を当てて加賀をねめつける。

 加賀はというと、瑞鶴の挑戦的な視線を真正面から受け止めた。

 二人の視線が絡み合い、一瞬、火花が散るかとさえ思えたそのとき。

「こら、そんなこと言わないの――ごめんなさい、加賀さん。どうかされました?」

 加賀と瑞鶴の視線に割って入った者がいる。妹とお揃いの、長く伸ばした銀の髪。より穏やかで物腰の柔らかい面立ち――航空母艦の翔鶴(しょうかく)である。

 瑞鶴と翔鶴は、通称「五航戦」と言われる。やはり空母陣の一員であり、その実力は決して低くはない。とはいえ、赤城と加賀の「一航戦」に比べると見劣りするのは事実で、加賀が何かの折には「五航戦の子なんかと一緒にしないで」というものだから、五航戦としては――というより、妹の瑞鶴としては、それがはなはだ面白くない。

 出くわせば、瑞鶴が加賀につっかかり、それを翔鶴か、さもなければ赤城がなだめるのがいつもの光景だった。

 加賀が一瞬だけ目を閉じ、ふうっと一呼吸すると、その場に立ち込めた緊張感がほっとほどけた。続く加賀の言葉は、凪のように穏やかな声だった。

「赤城さんを探しているの。あなたたちが見かけたと聞いて、訊ねたのだけど」

 その言葉に、瑞鶴がふと天井を見上げながら記憶を探る。

「ええっと――たしか、双眼鏡もってたわね。そのへんできょろきょろして……ああ、そうだわ、鐘楼の方に向かったんじゃないかしら」

 懇切丁寧に思い出しながら答える瑞鶴に、加賀がかすかに目を細めた。

「わかったわ。ありがとう」

 端的に述べられたお礼の言葉に、見る見るうちに瑞鶴が頬を染める。

「べ、別に加賀さんのためじゃなくて、困ってる人いたら助けるのは当然だし……」

 ぶつぶつと口ごもる瑞鶴を見て、かすかに笑みを浮かべながら翔鶴が言う。

「そういえば、そろそろですね。今年の“演習総仕上げ”」

 その言葉に加賀がうなずいてみせる。

「ええ。提督が日程を決められたから、ほどなく通知があるはずよ」

 加賀の言葉に、瑞鶴が身を乗り出して、

「ほんとに? いつなの?」

「まだ教えられないわ」

 さっと答えた加賀の言葉に、瑞鶴がほほをふくらませた。

「いいじゃないのよ! 知ってるんでしょ、教えてくれたっていいじゃない」

「規則は規則だもの」

「このケチ!」

「こら、瑞鶴。それぐらいになさい」

 翔鶴がなだめると、瑞鶴がふんと息をついて、加賀を指差した。

「見てなさいよ。今度の演習総仕上げでは、絶対にあなたたち一航戦に勝って、五航戦の腕前を認めさせてやるんだから!」

 指差された加賀はというと、まじまじと瑞鶴を見つめたあと、

「……そう。それじゃ、おはげみなさい」

 それだけ言い置くと、くるりと背を向けて、すたすたとその場を後にした。

「なによ! 見てなさいよ! ほんとにほんとなんだから!」

 背後で瑞鶴が地団太を踏む音が聞こえたが、これまたいつものことであった。

 

 鎮守府の一角には鐘楼がある。火の見やぐらとして、また非常時の警鐘として作られたものだが、普段使われることはあまりない。駆逐艦の中には度胸試しと称してここに登るというものがあるらしいが、そんな子供っぽいことは、より大人びた空母陣の艦娘ならやらないことだ。そうでなくても、放った艦載機を通じて、より天空の高みからの視界を手に入れる空母の艦娘にとっては、鐘楼で度胸試しなど児戯に等しい。

 加賀が鐘楼に登ってみると、果たして尋ね人はそこにいた。

 長く艶やかな黒髪。温和そうな面立ち。弓道着に似た衣装に、赤い短めの袴。

 その手にはいま双眼鏡が握られ、真剣な表情でレンズを覗き込んでいた。

「――何をしているのよ、赤城さん」

 ため息まじりに加賀がそう言うと、赤城は、双眼鏡を覗いたまま、

「――野鳥の会です」

 そう、ふてぶてしく開き直ってみせた。

「うそおっしゃい」

 加賀はぴしゃりとそう言った。内心あきれているが、うれしくもある。

 赤城がこんなふうに駄々をこねてみせるのは自分の前だけなのだから。

 隣に立って、赤城の視線の先を追うと、やはりというべきか工廠が目に入る。

 肉眼では小さく見えるが、あそこにいるのは、雲龍たちだろう。

「演習総仕上げの日程が決まったわ。来週の金曜日よ」

「そうですか」

 加賀の言葉に、赤城は双眼鏡を目に当てたままだ。

「――いっそ彩雲でも飛ばしたらいいんじゃないかしら」

 加賀が口にしたのは偵察機のことである。それを聞いて赤城が肩をすくめた。

「そんなことをしては気づかれてしまいます」

 それを聞いて、加賀は黙りこくった。

 しばし無言の時が流れ、ややあって言葉を発するのに加賀はずいぶんと苦労した。

「――そんなに天城さんのことが気になるなら、じかに出迎えればいいのに」

 そう言ってみせる加賀の声に、ため息の色がまじる。

 そこでようやく赤城が双眼鏡をはずし、加賀の方を振り返った。

 顔には、照れたような苦笑い。それを見て、加賀はやれやれと首を振り、

「いつもどおりのあなたで接すればいいのよ。なにをためらっているの」

 それは、天城が鎮守府に来てから、何度となく赤城に言ってる言葉だった。

 艦娘は、元になった軍艦の記憶を持つ。赤城と加賀も例外ではない。

 赤城はもともと巡洋戦艦として建造されたが、後に空母に改装されることになった。そのとき、赤城と共に同じく空母に改装されることになった艦の名前が、「天城」である。ところが、建造中の震災で天城は損傷し、使い物にならなくなってしまった。そこで代わりの空母として白羽の矢が立ったのが、廃艦予定だった加賀であった。

 艦の記憶を自らの記憶として受け継ぐ艦娘にとって――つまり、赤城にとっては、天城は生き別れになった姉であり、そして加賀は天城の代わりの相方となったわけである。赤城にしろ、加賀にしろ、「天城」という名前は因縁浅からぬものがある。

 しかし、新しく鎮守府に来た天城は、赤城の知る天城ではない。名前が同じというだけでまったく違う艦、いや、異なる他人だ。かつての戦いの末期に作られた、悲しい運命を持つ空母。もっとも、あの頃の記憶で悲しくないものなど、どの艦娘も有してはいないのだが。

 とはいえ、同じ名前でしかも空母となると、意識せざるをえないのか、赤城の天城に対する態度は、加賀から見ていてもどかしいものがあった。

「――距離をとらないと、不必要に肩入れしそうなんです」

 再び双眼鏡を手に取りながら、赤城がぽつりとつぶやいた。

 加賀はふうと息をつくと、赤城の肩をぽんぽんとたたいて、言った。

「わたしに遠慮はしなくてもいいのよ」

 そう、声をかけたものの、加賀は内心で複雑ではあった。かつて雲龍を迎えた際に、姉妹艦でそのうち天城が来るだろうことはわかっていた。そのときは、赤城は加賀に向かって自分が何か特別に思いを募らせることはないと言っていた。

 それが、実際に天城が来てみると、このていたらくだ。我を忘れて天城にべたべたするのは困りものだが、よもや火傷を恐れて手を伸ばしかねるとは。およそ闊達さが長所の赤城にしては、感情の泥沼に足をつっこんでいるように見えて仕方がない。加賀は、そんないまの相方が正直ふがいなかったが――とはいえ、赤城の心情を慮ると、平静でいられないのも理解できる。

(いっそあの子のように正直に不満をぶつけられたら楽なのに)

 加賀の脳裏には、いましがたつっかかってきた瑞鶴の顔が浮かんでいた。

 生意気だが可愛い後輩であり、およそ感情を素直に出すという一点においては、瑞鶴は加賀よりもずっと上手だった。しゃくだから本人には言わないが、そんな瑞鶴が、加賀はときどきちょっとうらやましくさえ思える。こんなときは、特にそうだ。

「あっ、出てきたわ」

 赤城が不意に声をあげる。

 加賀が目を向けると、工廠の扉が開き、誰かが出てくるのが見えた。

 遠目には、その人物は着物を身にまとっているように見えた。

「変ね……本当に改装したのかしら」

 赤城は不審そうな声でそう言った。加賀が目をこらしてみる限り、天城の姿は改装前と変わらないようにみえた。

「本当ね。どうしたのかしら」

 相槌を打つように言ってみせた加賀だったが――こちらを向いた赤城の顔は心配の色でいっぱいだった。

「どうかしたのかしら。だいじょうぶかしら。平気なのかしら」

 おろおろとしながら、赤城は加賀の肩を掴んでゆすってくる。

「だいじょうぶじゃないと工廠から出てこないわよ」

 加賀はかすかにうんざりとした声でそう答えた。されるがままに揺さぶられながらも、加賀はこの相方が普段どおりに戻るにはどうすればいいか、真剣に考えた方がいいとひそかに心に決めていた。

 

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「結果から言うと、天城の改装は『不成功』だ」

 翌日。提督執務室に呼ばれた加賀と赤城が言われた事実がそれだった。

 マホガニーの扉。青い絨毯。重厚な書斎机。

 そこに座っているのが、鎮守府の主にして、艦娘たちの司令官たる提督である。

「『不成功』とはどういう意味でしょうか」

 訊ねあぐねている赤城に代わって加賀が質問すると、提督はふうと息をつき、

「失敗したわけではない。改装に必要な措置はすべて滞りなく完了した。本来なら成功してしかるべきはずだ。だが、天城の能力は改装前と変わっていない。つまり、彼女の中では完了しているはずのプロセスが出口手前で止まってしまっている」

 腕を組みながら提督は天井を見上げて、言った。

「改装というのは、艦娘の魂に負荷をかける措置でもある。ここからは推測になるが、彼女の中で自分が変化してしまうことへの恐れやためらいがあったのかもしれない。そのことが、改装プロセスを無意識のうちに止めてしまうことになってしまったのではないだろうか――ひな鳥が卵の殻を突き破る行為のようなものだからな」

「つまり……天城さんはまだ殻の中に閉じこもっていると?」

 赤城が恐る恐る訊ねると、提督はうなりながら答えた。

「術式に立ち会った明石(あかし)の話の感じでは、むしろ殻を突き破ったんだが、出るのが恐ろしくなって、まだ殻をかぶっている状態、と言う方が近いがね」

 提督が名前を出したのは工作艦の艦娘である。その彼女の言うことであれば、むしろそちらの推測の方が的確なのだろう――心配そうな赤城の顔を横目でちらと見ながら、加賀はそう思った。

「まあ、そこで、だ。君たちを呼んだ用件ひとつめなんだが」

 提督は、加賀と赤城の顔をじっと見つめた。

 その眼差しに、二人とも思わず背が伸びる。そんな二人に、提督は、

「天城のフォローを頼みたい。このまま改装が完了しないのではあれば、実戦に出すのもおぼつかない。俺はせっかくの空母をこのまま永久ベンチにしたくないし、それは君達も同じはずだ。彼女が改装を受け入れられるように、手助けしてやってくれないか」

「それはわかりましたが――」

「具体的にどうすればいいとお思いですか?」

 加賀が言いよどみ、赤城は眉をひそめてみせるのに、提督は答えた。

「まかせる。雲龍を立ち直らせた実績があるだろう。その経験を活かしてほしい」

 その言葉に、赤城がうつむく。加賀は横目でそれを見ながら、考えた。

 雲龍のときは赤城が積極的に関わって彼女の意識を変えるきっかけを作った。

 だが、今度はどうだろうか。雲龍のときとは状況が異なるし、なにより、相手があの天城だ。普段どおりの赤城ならあるいはうまくやってのけるかもしれないが、こんなていたらくでは提督の期待通りの動きができるとは思えない。

 加賀は心の中でため息をついた。

 内心の気落ちを表にはださず、淡々とたずねたのは違うことである。

「それで、もうひとつの用件はなんでしょうか」

「ああ、それだ。来週の演習総仕上げのことだよ」

 提督は机の上に積まれた書類の山から器用に何枚か抜き取ると、二人に差し出した。

「これまで正規空母の演習は三チームに分けての総当り戦としていただろう。だが雲龍と天城が加わって、正規の航空母艦は八人となったわけだ。綺麗に割り切れる。そこで時間の兼ね合いもあるので、今年からは四対四の紅白戦で練度を見せてもらおうと思う」

 そう言われて、書類に目を通した加賀は、組み分けを見てかすかに眉をつりあげた。

「ひとつ質問があります」

「なにかな?」

「この組み分けを考えられたのはどなたですか」

「もちろん、俺だ」

 赤城と加賀の顔を見比べながら、提督は眉をしかめた。

「なんだなんだ、二人とも微妙な顔をして。艦載機の搭載数的に妥当な組合せだろう。君たち一航戦と飛龍たち二航戦の紅組、瑞鶴たち五航戦に雲龍と天城の白組。それとも何か問題があるのか? あれば言ってくれ」

「――ほかの意図があるようにも思われるのですが」

 加賀がじとりとした目で提督を見やると、はたして彼は肩をすくめて言った。

「では訊ねるが、君と瑞鶴が同じチームを組んでうまく行くと思うか?」

「――いいえ」

「……まあ、実のところ、それ以外にも、一航戦対五航戦は、観戦する艦娘たちにとっても盛り上がる組合せなんだよ。おもねろうという気持ちはないが、演習総仕上げは一種のお祭りみたいなもんだ。魅力のある組合せがあるなら、それを活かしたいところでね」

「提督、演習総仕上げは娯楽ではありません」

 加賀がぴしゃりと言ってのけるのを、提督は涼しげな顔で聞き流した。

「やるからには楽しんだ方が人生は得だって、恩師が言っていたなあ」

 その言葉に、加賀はふうと息をついて、赤城の方を見やった。

 赤城はというと、おとがいに手をやって、考え込んでいたが、ややあって、

「――あの、よろしいでしょうか」

「ふむ、言ってみなさい」

「天城さんは先ほど改装が不成功だとおっしゃいました。そんな状態の彼女を演習総仕上げに出すとおっしゃるのですか?」

 赤城の声はどこか硬かった。提督は赤城をじっと見つめながら、言った。

「であればこそ、できれば試合前にフォローが完了するのが望ましい」

 その言葉に、赤城が目を閉じて、大きくひと呼吸した

 次いで、目を開けて、赤城が言ったのは、

「雲龍さんと天城さんをはずして、空母戦は昨年と同じ形式ではいけないのですか。不安定な状態の艦娘を大掛かりな場に出すことはわたしは反対です」

 その言葉に、提督がずいと身を乗り出して、低い声で言った。

「――天城のことを君が扱いかねている件、俺が知らないとでも思ったのか?」

 提督の言葉に、赤城は目を丸くした。提督は椅子に腰掛けなおすと、

「彼を知り己を知れば百戦すれども危うからず、だ――戦うのではあれば、いやでも相手のことを知らねばならない。一度、きちんと向き合ってみたまえ。このままは、君にとっても、天城にとってもよくない」

 そう言われ、赤城が唇をかみ締め――それを見やる加賀は、ほっとしていた。

 提督はちゃんと気づいて、考えてくれていたのだ。

 さすがは鎮守府の主というべきか――あるいは、艦隊総旗艦の知恵かもしれないが。

「用件はこれまでだ。二人とも、さがってよし」

 その言葉に、加賀が、少し遅れて赤城が、敬礼して応えた。

 

 加賀と赤城が二人連れ立って歩くときは、どちらが前ということはない。

 必ずといっていいほど、肩を並べて歩く。

 お互いに認め合い、お互いに尊重しあう、対等のパートナー。

 それが一航戦の二人の関係というものだった。

 強いて言うなら、赤城が空母陣のリーダーとして発言するときのみ、加賀が一歩引くことがあるが、その場合でも往々にして赤城は加賀が隣にいることを望んだ。

 だからこそ、と加賀は思う。この状況は普通ではない、と。

 あろうことか、目下、加賀が赤城の手を引いて歩いているのだ。

 違和感からだろうか、すれ違った艦娘が振り返って見ているのが感じられる。

 加賀はというと、かすかに眉をしかめていた。恥ずかしいのだ。

「本当に行くんですか、加賀さん」

 手を引かれながら赤城が、困ったような声で言う。

「日を改めて、そう、よく対策を検討してから――ね、そうしましょう?」

「そう言い出してかれこれ三日よ」

 加賀の声が冷たくなったのは、いつものことだとは今回は言えない。

「いつまで部屋でのの字を描いているつもりなの」

「そうは言っても――」

「――いました」

 視界に緑の着物を身にまとった艦娘を捉えて、加賀は言った。

 振り返ると赤城が口を半開きにしてあわあわしている。

 加賀がじとりとした目で見つめると、赤城は咳払いをし、ひと呼吸おいた。

 ほんの数瞬で、その顔に、一見したところでは、いつもの温和さと凛々しさが戻る。

 即座に態勢を整える意思の強さはさすがだと感心しつつも、加賀はぽんと赤城の肩に手を置いて言った。

「いける?」

「――ここまで来たら行くしかないでしょう。女は度胸です」

 赤城がふんと息をついて、加賀の横に並ぶ。そうして歩き出した。

 ――物思いにふけっていたのか、天城はほんの近くまで近寄っても気づかなかった。

 天城はベンチに座りこんで、ぼうっとカモメがたわむれる姿を眺めていた。

 身を包む緑の振袖。長い茶色の髪。そこに挿した花飾り。

 艤装を身に着けていなかったが、そうしてみると艦娘とは思えない。

 まるで人間の女の子、そう、良家の子女がまぎれこんだようである。

 なぜかと思い、加賀は、すぐに気がついた――まるで覇気がないのだ。

「えっと、天城さん、ちょっと、いいかしら?」

 束の間、逡巡したものの、赤城が声をかける。

 呼ばれても天城はすぐに反応しなかった。

 ややあって、ようやく加賀たちにきづき、ぺこり、と頭を下げた。

「――あら、こんにちは。赤城さん、加賀さん」

 そう答えて、天城がまた海に目を転じる。

 やがて、その口から、ほーっという深いため息が漏れ出た。

 赤城が、加賀の顔をちらと見る。加賀がうなずいてみせると、赤城は天城の顔を下から覗き込むように近づき、そっと声をかけた。

「元気、少ないですね。悩みがあったら、相談してくれませんか?」

 その言葉に、天城が、赤城に目を向ける。その瞳は、光が消えたかのようだった。

「――わたし、失敗作の艦娘なんでしょうか」

 ややあって、天城の口から出た言葉はそれだった。

 そうして、また深いため息をつく。

「どうして――そんなことを思うの?」

「……記憶にある“わたし”はせっかく作られたのに、空母として使われず、浮き砲台として港に留め置かれて、そのまま終わりを迎えた艦です」

 天城の口から流れ出す言葉は、落胆と失望で彩られていた。

「そんなわたしですから、艦娘としてでも満足に戦えるわけがないと思っていました。でも、雲龍姉さまのように改装を受ければ、一人前の艦娘として戦場に立てると――その思いで、厳しい訓練にも耐えてきたつもりです。けれども、改装が失敗してしまって、私自身、何か強くなったという実感もなくて……明石さんの話だと、こんな例は初めてだそうです。わたし自身になにか問題があって、改装できなかったんでしょうか。それとも、もともと改装なんて、無理な話だったんでしょうか」

 そこまで吐き出して、そして、天城はみたびため息をついた。

 きっと――この子はここで海を眺めながら、何度もため息をついていたのだろう。その一息ごとに、積み上げてきた頑張りや勇気が少しずつ漏れ出ていったのかもしれない。艦娘として生まれて、やり直そうと決めて、振り絞った勇気が、少しずつ、だが確実に。

 もっと早く来るべきだった。加賀はひそかに悔やんだ。

 赤城の心情を慮る前に、まず天城のことを気にかけるべきだったのだ。

「――あのね、天城さん。いいかしら?」

 そうっと様子をうかがうように赤城が声をかける。

「失敗作の艦娘なんていないわ。あなたの演習はみせてもらったけど、立派なものだったわよ。艦載機を展開する速さもどんどん良くなっていったし、水上機動だって見違えるくらいに上達したわ。あなたに実力は確実についている。だから、失敗作だなんて簡単な言葉であなたのこれまでの頑張りを否定してはいけないわ」

「……それじゃあ、どうして」

 赤城の言葉に、天城は目を潤ませながら、言った。

「どうして、わたしの改装はうまくいかなかったんですか」

 その一言が、厳然たる事実が、天城たちに重くのしかかる。

 赤城は、何か言おうとして、しかし、黙りこくってしまった。

 天城は、目を潤ませたまま、肩を震わせている。

 あるいは――この子はもうだめなのかもしれない。

 加賀がそう思った、その時。

 ふと、天城の手が碧い一枚の紙を握っているのが、目に映った。

 よく見ると、ただの紙切れではない。和紙を何かの形に切り抜いてある。

「それは……なに?」

 加賀が訊ねると、天城は自分でもそれを握っていたのをようやく気づいたように持ち上げ、ああ、と嘆くような声をあげて、答えた。

「雲龍姉さまに頂いた式神です。特別な艦載機だから、わたしが改装されたら、一緒に飛ばそうって……」

 天城は、手にした式神をくしゃっと握り締めた。

「でも、約束は果たせそうにありません。こんなもの、持っていても、もう……」

 そう言って、天城は、式神を投げ捨てようとして――しかし、手を持ち上げたまま、ふるふると身体を震わせて、かすかに嗚咽した。

 ああ、やはりそうだ。加賀は思った。この天城はなによりも雲龍の妹なのだ。

 赤城や加賀の記憶にある天城ではない。記憶の中の天城は幻影でしかないが、この天城はいま艦娘という身体をもった存在となって、必死にもがいている。

 まだだ――雲龍への思いが、まだ、この子の魂をつなぎとめている。

 であれば、救ってやらねばなるまい。誇り高き、先輩の一航戦としては。

 加賀は赤城の顔を見た。本来なら、赤城が言うべきところだ。

 だが、いまの赤城の様子ではそこまで思い至らないのだろう。

 わずかな逡巡の後、加賀は、言った。

「――あなたには覚悟が足りないのよ」

 その言葉は、自分でも驚くくらい冷淡に響いた。

 赤城がぎょっとした目で加賀に振り返り、天城が潤んだ目を大きく開く。

 その反応に、加賀は内心でひるみながらも、続けた。

「改装される覚悟がなかったから、自分でそれを押しとどめてしまった。違うかしら」

「覚悟なら、わた、わたしだって――」

「それだけじゃないわ」

 加賀は心を鬼にして、言葉を紡いだ。

「仲間を守りきる覚悟。戦い抜く覚悟。そして――いざとなれば再び沈む覚悟」

 どんな形でもいい、萎えた天城の心を再び打ち鳴らすことができれば。

「その覚悟がない艦娘が、改装して強くなれるはずがないでしょう」

「――どうやって、覚悟を決めろって言うんですか」

 天城の声は震えていた。それは嘆きなのか、あるいは、怒りなのか。

「呉の港につながれて、外洋に出ることさえできず、なぶられるままに横転したわたしにどうやって覚悟を決めろって言うんですか!」

 かすれた声で、天城は叫んだ。

 加賀は、表情を変えない。冷たく、言い放つ。

「ほら、そこに逃げ込むのね。自分が失敗作ではないというのなら、練度が足りていたのか、まずは確かめてみるはずよ。こんなところで海を眺めている場合ではないわ」

「だってわたしは――かつてのわたしは、こうして眺めることしかできなかった!」

「それは記憶の中の天城であって、いまのあなたではないわ」

 ぴしゃり、と加賀が言ってのけると、天城はぐっと息を詰まらせ、口ごもった。

「――今度の演習総仕上げ、あなたと雲龍の組はわたしたちと当たるわ。もしわたしの言葉に少しでも腹が立ったのなら……あなたにいくばくかの意地が残っているなら、その場でわたしたちに証明してみなさい」

 そう言い残すと、加賀は赤城の手を引いて、その場を後にした。

 碧い式神を握り締めて、嗚咽する天城を残して。

 

「――加賀さん」

「…………」

「あの、いいですか?」

「…………」

「あれは、ちょっと言いすぎじゃないかしら……」

「……しゃべりすぎました」

 赤城の呼びかけに開口一番、加賀が答えた言葉がそれだった。

「あんなふうに言葉を重ねるのはわたし向きじゃないわ」

 そう言って、加賀が立ち止まる。赤城が、たたらを踏んで同じく足を止めた。

 既に天城の居た場所からは遠く離れている。立ち並ぶ倉庫の影だ。

「普段なら赤城さんが言葉を尽くして説得して、わたしが寸言を刺す役目よ」

「それは、まあ、そうですけれども……でも!」

「いつもの赤城さんなら、あれぐらいの厳しい言葉は言えたはず。そして、あの子を再び立ち上がらせるには、どんな形であれ、心に火をつけること――それもわかったはず」

 加賀の言葉に、赤城がはっとした顔になり、ついで、うなだれた。

「そうね……加賀さんのいう通りね。いつものわたしなら、たぶん……」

 赤城は、ふるふると首を振った。

「記憶の中の天城に囚われて、本当のあの子を見てあげようとしていなかったのね――だめですね、自分ではもっとうまく記憶と折り合いがつけられると思っていましたが、まだまだのようです……つらい役回りを、ごめんなさい」

 消え入りそうな赤城の声を聞いて、加賀はふっと息をついた。

「あなたはもっと勁いと思ってましたけど――そんなところもあったのね」

 そう言うと、加賀は赤城の両肩にぽんと手を乗せた。

 顔をあげて見つめる赤城を見つめ返し、言った。

「雲龍さんの時に言ってましたね。一航戦の誇りを、次の世代の子に託していきたいって――その言葉に、今でも変わりはない?」

 加賀の問いに、赤城の瞳に強い光が宿る。

「もちろんです。わたしたちが最精鋭と思っていてはだめ。その栄光は、新しい子たちにちゃんと引き継いでいかなければ」

「それなら、そのために憎まれ役になる覚悟はある?」

 真剣そのものの加賀のまなざしに、赤城もまた見つめ返し、こくり、とうなずいた。

 

 快晴の空に、誰が用意したのか、花火がいくつも打ち上がる。

 鎮守府を擁する湾内は、艤装を身につけた艦娘がずらりと並んでいた。

 敷地内のスピーカーがキーンと音を鳴らすと、ややあって艦娘の声が流れてきた。

『あー、あー、本日は快晴なり、あめんぼあかいなあいうえおっ』

 からっとしたいささか陽気な声である。

『どもーっ、重巡の青葉(あおば)です。普段は取材させてもらってますが、今回は、なんと演習総仕上げの司会進行を務めさせていただきます。なお、戦艦のどなたかがマイクチェックだけはさせろと言って大変でしたが、そこはそれ、戦艦だけに派手にどかーんと見せてもらわないといけないので、遠慮させてもらいました――ああ、すみません、にらまないでください、霧島(きりしま)さん。なにせ、提督のご意向ですので』

『そこで俺に振るな。いいから早く始めろ』

『じゃあ、早速ですが、我らが鎮守府の誇るビッグセブン、艦隊総旗艦の長門(ながと)さんから開会の挨拶を頂きたいと思います。ささ、どうぞどうぞ』

『ご紹介にあずかった、長門だ――この日については、さんざん聞かされてきただろうから、いまさら詳しい説明は必要あるまい。新人は鍛え上げた腕前を先輩に認めてもらえるように、先輩は後進に更なる進歩を見せてやれるように、お互いに切磋琢磨し、その磨き上げた練度を遺憾なく披露してもらいたい。なお――』

 長門が、わずかに言葉を切ると、続けて、言った。

『――成績優秀者には、提督が鎮守府の外で“回らない寿司”をごちそうしてくださるそうだ。外の空気を存分に吸って、たらふく食べるチャンスだぞ!』

 その言葉に、艦娘たちからいっせいに「おおーっ」と声があがる。

『ちょっと待て、長門。一応、料金の目安というものがだな』

『かたいことを言うな、提督。艦娘が食べる量などたかが知れている』

『いや、食べるよね? 君たち結構食べるよね?』

『がたがた言うな――それでは諸君、健闘を期待するぞ!』

 そう言って、長門の41cm連装砲が、祝砲の轟音を響かせた。

 

「飛龍さんっ、蒼龍さんっ」

 赤城がらんらんと光る目で声をかける。

 声をかけられた二人は顔に苦笑いを浮かべて、それに応じていた。

「赤城さん、よだれよだれ」

「そんなにお寿司食べたいんですか……」

「だって、回らないんですよ――ああ、一度でいいから中トロをたらふく……」

「ちょっと失礼」

 食欲の世界に意識を飛ばしていた赤城の肩を、加賀がむんずと掴んだ。

「ほら、目を覚ましなさい」

 そのままつよく揺さぶる。ややあって、赤城がはっと我に返り、頬を赤らめた。

「あら――ごめんなさい、つい、うっかり」

 そう言うと、赤城はきりと表情を引き締めた。

 それだけで先ほどまでトロがどうこうと言っていた顔とはまるで別人になる。

「飛龍さん、蒼龍さん」

 再度の呼びかけには、二人も思わず背筋を正した。長門が艦隊総旗艦なら、赤城は空母陣総旗艦だ。かつてのMI作戦では連合艦隊を率いて三倍の敵に勝利した指揮官なのだ。その赤城が紅組の指揮をとることに、二人とも異存があるはずがなかった。

「お願いがあるのだけれど、いいかしら?」

「なんですか? 赤城さんなら、きっと勝つための作戦ですよね」

「だいじょうぶです、一航戦と二航戦なら敵なしですよ」

 勢い込む二人に、赤城はちょっと困った笑みを浮かべつつも、言った。

「そうじゃないのだけれどね。これには、二人の協力がどうしても必要なの」

 赤城のその言葉に、飛龍と蒼龍はそろって顔を見合わせた。

 

「ふっふっふ……見てなさいよ、五航戦の練度、見せつけてあげるんだから」

 白い鉢巻を締めた瑞鶴が不敵な笑みをうかべてみせる。

「気持ちが盛り上がるのはわかるけど、平常心よ、瑞鶴」

 たしなめる翔鶴も白い鉢巻である。

「わかってるわよ、翔鶴姉。立ててある作戦どおりにいきなさい、でしょう?」

 瑞鶴の言葉に翔鶴がうなずいてみせる。

 瑞鶴がふっと目を細めると、後ろに控える二人に声をかけた。

「そっちはだいじょうぶ? 手はずは分かってるわよね?」

「――はい、頭にたたきこんできました」

「だ、だいじょうぶ……です」

 答えたのは雲龍と天城である。雲龍は静かな面立ちながらも凛とした戦意を漂わせているのに対し、天城はというとどこかおぼつかない表情をしていた。

 それを見て、瑞鶴が眉をひそめる。

「結局、天城は改装できないまま来ちゃったのか……足、引っ張らないでよね」

 瑞鶴の言葉に、天城が悲しげな顔をする。それを見て、瑞鶴が顔をしかめて、

「あーっ、ごめんごめん、そんなつもりじゃないから。作戦通りの役割を果たしてもらえればそれでいいから、お願いしたわよ」

「はい――わかりました」

 答える天城の声は、どこか硬かった。それを気合の表れだと思って、瑞鶴はひとまずうなずき、手のひらに拳を打ちつけて、蒼空をにらみつけた。

「さあ、目にもの見せてやるんだから」

 天城も、蒼い空に目をやる。

 雲龍は、妹のその目になにかの決意をみてとったが、それが具体的に何なのかまでは思いもよらなかった。

 

-3ページ-

 

 天空に花火が打ち上げられる。

 空砲が轟き、青葉のアナウンスが海上を駆ける。

『空母紅白戦、試合開始です――!』

 それを合図に、紅組、白組、それぞれからおびただしい数の艦載機が放たれた。

 

 蒼空の彼方から飛来する猛禽の群れ。

 それを迎え撃ったのは、瑞鶴と翔鶴の放った艦載機だった。

 上空で巴戦が始まり、やがて白組の艦戦がじわじわと押し始める。

 その様を見て、瑞鶴がぱちんと指を鳴らした。

「やっぱりね! 一航戦のことだから、これまでの限定作戦の戦訓をふまえて、まず艦戦多めで制空権を取りに来るに決まってるのよ。こちらもそれに合わせて、艦戦と爆戦中心の編成にしておいたんだから!」

 得意げにそう言う瑞鶴のかたわらで、翔鶴は眉をひそめて巴戦の様子を見ていたが、やがて、はっと目を見開き、声をあげた。

「ちょっと待って、瑞鶴! 相手の艦戦をよく見て!」

「えっ、どうしたのよ、翔鶴姉」

 きょとんとした顔の瑞鶴が目を凝らして相手の艦戦を見つめる。

 緑の塗装に――青い識別マーク。その意味するところは。

「うそっ、二航戦の艦載機なのっ?」

「間違いないわ。いま戦っているのは飛龍さんと蒼龍さんのものよ」

「それじゃあ……一航戦の艦載機はどこに――」

 言いかけて、瑞鶴はすぐに思い当たった。

「まさか、あの子たちを!」

 瑞鶴は背後を振り返る。

 自分の後方では、雲龍と天城が攻撃隊の準備をしているはずだった。

 

「対空電探に感――なるほど、そうきたのね」

 目を閉じていた雲龍が静かにうなずく。

「敵が来るわ。おそらく相手は一航戦の艦載機」

 その言葉に天城はごくりと唾を呑んだ。

 緊張した様子の妹に、雲龍はふっと目を細めてみせた。

「瑞鶴さんたちほど艦戦の数があるわけじゃないけど――精一杯やりましょう」

 当初の作戦では、瑞鶴たちが敵の艦戦を押さえ込み、その隙に雲龍と天城の艦載機で相手の本体に攻撃をしかけるというものだった。紅組が制空権の確保を見送ってさえ、一航戦の部隊をこちらに向けてきたのは予想外だったが――逆に言えば、ここで雲龍たちが持ちこたえれば反撃の隙も生まれる。

「艦戦を出してちょうだい、天城。迎え撃ちましょう」

 その言葉に、天城はこくりとうなずき、展開した飛行甲板に式神をすべらせる。

 宙を滑空する式神は次々と艦載機に変じて飛んでいく。

 やがて、蒼空の彼方に銀の光点がちかちかと光りだした。

 雲龍が、その光点をじっと見つめる。

 そして天城は――そんな雲龍を見つめて、そして、ぼそり、と言った。

「姉さまはわたしが守ります」

 唐突に言われた言葉に、雲龍は目をぱちくりとさせた。

 それに構わず、天城は続けて言った。その言葉は雲龍に向けているようで、その実、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

「だから、わたしに構わず、雲龍姉さまは敵の隙をついてください」

 そう言い残すや、天城は主機を目一杯にあげた。

 着物のすそを翻して、雲龍を後に残して、一航戦の艦載機の方へ突っ込んでいく。

 なにごとか雲龍が叫んでいたが、天城はひそかにこれでいいのだ、と思っていた。

(わたしは満足に戦えない失敗作。けれども、囮ぐらいならできるはず)

 演習総仕上げに自分が出ると知った時から、ずっと考えていたことだった。

 銀の光点が徐々に大きくなり、自分に迫ってくる。

 それにまっすぐに向かいながら、天城は叫んでいた。

「ここよ! わたしをねらいなさい! ほら、いい的でしょう!」

 これでいいのだ。練度が足りていない自分が――かつての戦いであんな無様な最期を迎えた自分は、艦娘としてもこんな戦い方しかできないのだ。

 魚雷を腹にかかえた艦攻が、爆弾を提げた艦爆が、高度を下げて迫ってくる。

 次に来るであろう、衝撃と爆風を覚悟して、天城は目を閉じた。

 その時を待つまで――長い時間に思えて、しかし、それは数瞬のことだった。

 天城の耳は、自分のそばをすりぬけていく艦載機の音をとらえていた。

 そして、その音が自分を置き去りにして、飛び去っていく。

 はっとなった、天城は目を開け、振り返った。

 一航戦の艦載機は、まるで天城など目に入らないかのように、無視して飛び去っていった。そして、その目指す先は。

「――雲龍姉さま!」

 天城は悲痛な声をあげると、必死の思いで舵を切った。

「どうして!」

 その叫びに、落胆と、衝撃と、そして怒りが満ちている。

「どうしてわたしを狙わないの!」

 

 弓矢を放ち終えた空を見ながら、赤城と加賀は静かに顔を見合わせていた。

「わかってくれるかしら、あの子」

 加賀がぽつりと言うと、赤城が深くうなずいてみせる。

「わからなかったらそれまでの子です。そして――」

 赤城の口元に、ふっと笑みが浮かぶ。

「――そうではないことを、わたしは信じています」

「それは、天城の名を継ぐ者だから?」

 加賀が訊ねるのに、赤城はかすかにかぶりを振ってみせた。

「いいえ。雲龍、天城。どちらも――かつての戦いでは一航戦を継ぐはずだったから」

 そう口にする赤城は、泰然としていて、それでいて、目に躍るような光がある。

 その顔を目にした加賀は、うれしそうに目を細めて、言った。

「ようやく、普段の赤城さんらしい顔になったわね」

 加賀は、そっと目を閉じた。

 仕向けた艦載機から、天城たちの様子が伝わってくる。

 きゅっと拳を握り締めながら、加賀は願う。

 どうか、天城が正解にたどり着けるようにと。

 

 雲龍も天城も艦載機の数では決して見劣りするものではない。

 だが、さすがは一航戦、艦載機の練度は数段上だった。

 直掩の艦戦の網を食い破り、猛禽の群れは雲龍ただ一人を狙っていた。

 雲龍が必死で弧の字の回避機動をとるところへ、艦攻が魚雷を放ち、艦爆が急降下爆撃をしかける。いくつもの航跡が海面を走り、水柱が次々に立ち上って、しぶきが雲龍をしたたかに打ちつける。まるで、なぶっているかのようだ。

 その激闘の外に、天城は置かれていた。

 艦載機を差し向けるが、一航戦の放った猛禽たちはひらりひらりとかわしてしまう。

 もっと数があれば――そう思い、天城はぎりと歯噛みした。

 飛行甲板から式神を放とうとして、身にまとった着物の振袖が絡まる。

 海水に濡れた着物は、じっとりと重く天城の身にのしかかっていた。

 これがなければ、もっと速く動けるのに。

 そもそも、なぜ自分はこんな振袖をまとっていたのだろうか。

 そう自問し、そして答えはすぐに心の中から返ってきた。

 着込むことで、敵から隠れているつもりだった。

 隠れられるつもりだった。

 そうして、自分の身を守りたかったのだ。

 かつての艦としての天城も、擬装をほどこして敵の目を欺こうとしたのだ。

 それと同じことを、艦娘の自分もやっていたのだ。

 だがそれでは――隠れているだけでは、戦うことはおぼつかない。

 自分の身は守れても、仲間を守ることはできない。

 そして、いま自分がなすべきは、姉である雲龍を守ることだ。

 そう思ったとき、天城の胸でとくんと鼓動が高鳴った。

 鼓動が熱を呼び、その熱が脈打って指先まで伝わっていく。

 天城はまなじりを決して――しゅるりと着物の帯をほどいた。

 風に乗せて帯を投げ捨て、そして、身にまとっていた着物を脱ぎ捨てる。

 その下から現れたのは、雲龍のものに似た、露出の多い、軽快な装束。

 天城が両手を大きく広げた。

 飛行甲板が光りながら展開し、準備を整えた式神が次々に現出する。

 その先頭に、肌身離さず持っていた、あの碧い式神の姿があった。

「――行って、みんな!」

 天城の号令と共に、式神が次々と飛行甲板から飛び立っていく。

 先頭を駆ける碧の式神が、艦載機の編隊に変じた。

 緑の塗装、赤い日の丸。そして尾翼に描かれた三桁の数字。

 烈風、六〇一空。

「あいつらを追い払って――雲龍姉さまを助けて!」

 天城の叫びに呼応して、目覚めた猛禽は見違えるような機動で、雲龍に群がる艦載機たちに襲いかかっていった。

 

 加賀は、ゆっくりと目を開けた。

 ふうっ、と自分でも思ったよりも深いため息が出てしまった。

「わかってくれたようですね」

 赤城が、嬉しさを隠せない声でそう言ってくるのに、加賀はすっと目を細めた。

「わかってくれないと困るわ。ここまでやったのに」

「意地悪な先輩と思っているでしょうね、あの子」

 そう言いつつも、赤城は少しも困った様子ではない。

 加賀は肩をすくめて、蒼空を見やった。

 銀の光点がまたたいたような気がして、思わず息を呑む。

「これからが、本当の勝負ね」

 そう、加賀が言ってみせると、赤城がうなずいて応える。

「ええ。二航戦の守りを突破した五航戦の艦載機に――」

「――こちらの艦載機を追い払った天城さんたちの攻撃隊」

 加賀と赤城は顔を見合わせた。赤城が目を輝かせて言う。

「どう、いけるかしら?」

「ええ。一航戦の相手にとって不足なし」

 加賀と赤城は長弓に矢をつがえた。

 その狙う先で、銀の光点がいくつも瞬く。

 赤城は不敵な笑みを浮かべ、加賀は涼しい顔で、つがえた矢を放った。

 

『――タイムアーップ! ここで試合終了! 試合終了です! 結果は引き分けに終わりましたが、さすがに一航戦のお二人! 五航戦と雲龍さん天城さんの猛反撃を見事に凌ぎきりました! 制限時間ぎりぎりまでの白熱した試合、お見事でした! 皆さん、帰投してくる空母の方々に、盛大な拍手をお願いいたします!』

 青葉の熱のこもったアナウンスが鎮守府に響き渡る。

 天城も、雲龍も、そして、加賀も赤城も――もちろん、飛龍と蒼龍、瑞鶴と翔鶴も――激戦の末に汗だくとなった額を汗でぬぐいながら、それを聞いていた。

 

 岸壁沿いに設けられた休憩スペースに先に着いたのは白組であった。

 用意された椅子に瑞鶴がどかっと座りこむ。受け取ったラムネを一口あおってから、彼女は顔をしかめながら、悔しそうに言った。

「ああ、もう少しで一航戦を追い詰められたのにっ――あんな作戦で来ると分かっていたら、もっとうまい手があったのになあ」

「それは後知恵よ、瑞鶴。引き分けにまで持ってこれた、それでいいじゃないの」

「そうだけどさ、翔鶴姉。やっぱりチャンスがあれば、勝ちたいじゃないの」

 口をとがらせる瑞鶴に、おずおずと天城が声をかける。

「あの、すみません――わたしがもっと早く思い切っていれば、あるいは……」

 そう言う天城を、瑞鶴はまじまじと見つめた。頭の先から、足元まで。

「――なんというか、本当に思い切ったわね」

 瑞鶴の遠慮のない視線に、天城がかすかに身をよじらせる。

「あの、あまり見つめないでください。まだ慣れてなくて――」

「ちょっと、何を顔を赤くしてるのよ、そんな趣味ないわよ」

 頬を染める天城に、あきれ声の瑞鶴。

 そんな二人を、翔鶴と雲龍が穏やかな笑みで見守っている。

 そこへ――

「いやあ、引き分けかあ、惜しかったね」

「あ、ラムネ飲んでる。わたしにも頂戴」

 飛龍と蒼龍が、からりと明るい声をあげながらやってきて、そして。

「おつかれさまでした」

「皆さん、良い戦いぶりでした」

 加賀と、赤城が、姿をみせた。

 それを見て、天城がはっと顔をこわばらせ、雲龍をかばうように前に立つ。

 その様子に、思わず瑞鶴も飛龍たちも押し黙る。

 束の間、張り詰めた緊張感は――しかし、長くは続かなかった。

 加賀と赤城は顔を見合わせると、揃って深々と雲龍と天城に頭をさげた。

「――ごめんなさい」

「いじめるつもりでは、なかったの」

 あっけなく非を認めた一航戦の二人を見て、ぷっと吹き出したのは雲龍である。

「あは――なんだ。お二人とも、そういうことでしたか」

 わだかまりのない雲龍の声を聞いて、天城が不審そうな顔で振り返る。

 そんな妹の肩を、ぽんぽんと優しく雲龍はたたいてみせた。

 天城が、まだ頭を下げ続ける加賀と赤城を見て――はっとした表情になり、次いで顔を真っ赤にして、か細い声で言った。

「その、あの――謝るのは、わたしのほうです。どうか顔をあげてください。お二人とも――ごめんなさい。そして、ありがとうございます」

 その言葉を聞いて、加賀と赤城が面をあげる。

 加賀はふっと優しげに目を細め、赤城は顔に温和な笑みを浮かべていた。

「改装おめでとう、天城さん」

「あなたの覚悟、見せてもらったわ」

 一航戦の二人の言葉に、天城は顔をうつむけてもじもじとしてみせる。

 そんな妹の髪を優しく雲龍が撫でるさまを、赤城が穏やかな表情で見つめている。

 それを目の当たりにして、加賀は内心で安堵のため息をついた。

 荒療治だったが、結果として赤城のわだかまりも解決できた――これで、いつもの泰然とした相方が戻ってくるだろうし、そして、天城ともうまくやっていけるだろう。

 そう考え、加賀はふと思った。あるいは――自分たちはようやく、この天城という艦娘を仲間として受け入れることができたのかもしれない、と。

 加賀は、天城の衣装をまじまじと見つめた。

 それまでまるで鎧のように着込んでいた着物とは打って変わって、露出の多い、軽快そうな衣装は、それだけで天城という艦娘を、より明るく、華やかに見せていた。

「――ひとつ、言っておきたいことがあるわ」

 加賀がぽつりと口にすると、天城が緊張の面持ちで見つめてくる。

 そんな天城に、加賀は、いつもの淡々とした調子で、言った。

「着物姿も似合っていたけれど――いまの姿の方がずっと素敵よ」

 何の気なしに、ごく自然に、思ったことを口に出したつもりだった。

 だが、加賀の言葉を聞いて、飛龍蒼龍が目を丸くし、瑞鶴が口をぽかんと開け、翔鶴が口元に手をあて――そして赤城が口元をふっとゆるめた。

「口説いてる! あの加賀さんが天城さんを口説いてるよ!」

 蒼龍がびっくりした様子でそう声をあげると、

「わたしが改装で衣装の色を変えたときは『ふうん』ですませたくせに!」

 なぜか瑞鶴が頬をふくらませて不満げに言い、

「加賀さん、だめです。天城はわたしの妹です。まずはわたしに話を」

 雲龍が天城を抱き寄せながら、口調自体は平静そのものでそう告げる。

「あらまあ、加賀さんもそんな台詞がいえるんですね」

 赤城が愉快そうにそう言うのを聞いて、加賀が耳が熱くなるのを感じた。

 何事か反論しようとして、口ごもってしまう。

 そんな加賀を見て、天城がぷっと吹き出し、ついで、くすくすと笑い出した。

 やがて、次から次へと笑い声がこぼれだす。

 加賀もいつの間にか、つられて笑っていた。

 春を間近に控えた鎮守府の空の下、艦娘たちの笑みがさざめきあう。

 一迅の風がさっと吹き抜け、その笑い声を蒼空の彼方へと運んでいった。

 

〔了〕

説明
ひゅんひゅんして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで、艦これファンジンSS vol.26をお届けします。

冬イベントで天城という艦娘をお迎えすることができたので、
天城を軸に加賀と赤城の話を再び書きたい、というのは前から思っていました。

ただ、そこで登場人物を絞ってドラマを掘り下げるか、
はたまた空母陣全員出してお祭りエピソードにするか、悩んだ挙句に
書いたエピソードが「足して二で割らない」という感じになって今回長めです。

なお、本エピソードで独立したお話になっておりますが、
一航戦の二人と雲龍の話については、vol.15「受け継がれる誇り」をお読み頂けると、
またぐっと味わい深いのではないかと思います。

最後に、いつものお約束ですが、「うちの鎮守府シリーズ」は各エピソード単品で
お楽しみいただけるよう描写や説明には気を使っております。
本作からでもお読みいただけますし、気になったら過去エピソードも
つまみぐいして頂けると作者冥利につきるところでございます。

それでは皆様、ご笑覧くださいませ。
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