紙の月3話 ルナボマー 1/3
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 デーキスは自分の頭を触った。直しきれなかった寝癖とは別に、何箇所か毛が跳ねているのを手で感じた。

「ああ、また毛が跳ねてるや。恥ずかしいなぁ……」

 ウォルターのいる劇場跡に向かう途中、自分の髪型が気になったデーキスは、手櫛で直そうと試みた。

しかし、鏡もないこの場所では、本当に直せたのか確認すらできない。心なしか誰かに見られてる様な気がし始め、一人恥ずかしくなったデーキスは、直すのを諦めて走りだした。

「きっと、あの子にも見られたんだろうな。ついてないなぁ……」

 デーキスは先ほどのブルメとのやりとりを思い出したが、気分が沈んでいく一方なので、すぐに止めた。まずはウォルターに会って、今後の予定を立てよう。まだ知らないことはたくさんある。そう自分に言い聞かせ、気分を変えさせた。

 

 

 

「遅い! どれくらい待ったと思ってんだ!」

 デーキスは劇場跡の廃墟に着くなり、ウォルターに怒鳴られた。時間にしても、そんなに待たせたつもりはなかったが、ケンに会ってからウォルターの機嫌は目に見えて悪くなっていた。ケンの事はあまり、話題には出さない方が懸命だとデーキスは思った。

「アラナルドの奴には、この場所を教えてねーよな? ほらさっさと入るぞ」

 辺りを警戒しながら、劇場跡に入っていくウォルターの後を、デーキスはついて行く。それにしても、ウォルターは何故この劇場跡の存在を秘密にしたがるのだろうか。デーキスは少し不思議に思った。

 狭い通路を抜けた先はホールがあり、その舞台には、『ペーパームーン』と呼ばれる大きな月の飾りが立てかけられていた。その月の飾りはデーキスにとって特別なものだ。

どうしてかは不明だが、超能力者のセーヴァには空に浮かぶ月は緑青色に見える。その緑青色の月を見る度に、デーキスは自分が人間でなくなったのだと不安にさせられていた。

 しかし、この月の飾りはセーヴァの自分でも、普通の人間が見るような、黄色い月に見える。その御蔭で、デーキスは安心することができる。

「おい、何ボケっとしてるんだ。こっち来て手伝え」

 ウォルターは舞台上に、壊れた無線機やロボットの腕の残骸などの、様々なスクラップをばらまいた。ここ数日、ウォルターが外で集めていたものだ。デーキスも手伝わされたことがあるが、何に使うのかは全く分からなかった。

「このスクラップ、一体何に使うの?」

「そうか、デーキスにはそろそろ教えてやろうかな。実はこういう機械の屑を、色んな物に交換してくれる所を知ってるんだよ。他のやつには内緒だけどな」

「色々って?」

「食い物とか服とか、都市で手に入る物なら何でもだよ。他の奴らはまた別の手段で集めているが、俺のはまた特別なところさ」

 セーヴァの子どもたちは、フライシュハッカーから渡される食料や、都市から捨てられた物を拾って、お互いに交換しあっている。セーヴァになり、都市から出たばかりのデーキスにはお金で物を買う以外に、物を手に入れる手段は思いつかなかった。

「こんな物で本当に手に入るの? 僕には信じられないや」

「いらないなら別にいいぜ。全部俺が貰う」

「いや、頼むよ! 僕にも分けて!」

 もしこれらのスクラップが、都市にあるものと交換できるなら、身だしなみを整える物や、新しい服も手に入れられる。既に同じ服を数日間着続けているデーキスには、願ってもないものだ。

「まあ、お前には少し手伝って貰ったし、一個くらい分けてやるよ」

 ウォルターは適当にスクラップの山から物を引っ張りだすと、それをデーキスに投げ渡した。デーキスの小さい手に収まるほどの大きさしかない、個人用端末だ。ディスプレイは割れて、中の電子機器がむき出しになっている。

「これだけ……?」

「当然だろ? そもそもお前、俺に助けてもらった借りがあるんだから、次からはお前が集めた機械の屑や食料を俺に渡せよ。いいな?」

 デーキスは現実の厳しさを学んだ。都市から外に出て何も分からなかった自分を、ウォルターに助けられたのは無償の善意ではなく、このためであったのだ。デーキスは肩を落として落ち込んだ。

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「元気出せって、ここに隠しておけば他のやつに盗まれることはないだろうし、沢山集めりゃこのエアーボードみたいな物とでも交換できるんだぜ?」

「そういえば、そのエアーボード、いつも乗っているけど、どうやって飛んでいるの?」

 エアーボードは風に乗って飛ぶことができるという、都市では有名な子供の乗り物だ。だが、空をとぶといっても強い風が常に吹き続けていることが前提で、実際には通常、地面スレスレを滑ることしか出来ない。

一方で、ウォルターはエアーボードを使い、自由自在に空を飛んでいる。デーキスはウォルターの超能力が関係しているのではないかと考えている。

「どうって見れば分かるだろ?」

「エアーボードだけじゃあ空をとぶことなんて出来ないじゃないか。多分ウォルターの超能力で飛んでるんだろう? 教えてよ」

「オレの超能力か……まあ確かにそうだな。こういうやつだぞ」

 ウォルターがエアーボードを無造作に放り投げると、エアーボードは意志があるかのように、ひとりでにウォルターの周りを回り出した。

「ウォルターも、念動力っていうのを使えるの?」

「いや、オレの超能力は、自分の周囲に風を起こせるんだ。その風を利用して、エアーボードを動かしてるんだよ」

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 そういえば、廃墟の中なのに風の音が鳴っている。ウォルターがエアーボードに乗る時は、いつも強い風が吹くのをデーキスは思い出した。

「風を起こせるなんて凄いや!」

「外ならもっと強い風を吹かせることができるんだが、ここじゃあエアーボードに乗って、飛ぶのは無理だな。ところで……」

 ウォルターはエアーボードを手に取ると、不機嫌そうにデーキスを睨みつけた。

「さっき『ウォルターも、念動力が使えるの』かって言ったが、アラナルドの奴から何か聞いたな?」

 心の中でデーキスはしまったと思った。ウォルターはケンの事を嫌っている。極力話題には出さないようにしていたのだが、うっかり口を滑らせてしまった。

「ご、ごめんよ……僕、まだ自分の超能力の使い方が分からなかったから、ケンからコツを教えてもらって、それで……」

「けっ、あのお坊ちゃんなんかの話なんかアテにするもんじゃねえよ」

「ウォルターは何でケンの事が嫌いなの?」

「ふん、初めてあいつとあった時聞かされたが、あいつは元々住んでた都市の、都市議員の家の生まれなんだってよ」

 都市議員は都市の政治を担う人のことだ。ケンはその家の生まれらしい。デーキスとそう変わらない歳にも関わらず、どこか気品を感じたのはそれが理由だったのだろう。

「つまり、金持ちってことだ。オレは、金持ちってやつは信用ならないんだよ!」

 ウォルターが何故ケンを嫌っているのか分かったが、それが何故信用出来ない要因になるのか、デーキスには理解できなかった。元々、価値観や住んでる環境が大きく異なる人間が、身近にいなかったからだ。

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「どうしてお金持ちは信用出来ないの? それに、ここにいるって事は僕達と同じだし、お金持ちかなんてもう関係ないんじゃ……」

「うるせぇ! そんなことより、他に何を話したんだ? まさか、この場所の事を……?」

「いいや、この場所のことは話してないよ。超能力を使うコツを聞こうとしたけど、スタークウェザーって子が来て、あまり聞けなかったんだ」

 スタークウェザーの名前を聞いた途端、ウォルターが顔をしかめた。どうやら、ウォルターもスタークウェザーの事について知っているようだ。

「お前、あいつに会ったのか?」

「ケンと話してる時、突然現れたんだ。でもすぐいなくなって、その後にケンから彼について色々聞いたんだ」

「おいおい、まさかこの場所について聞かれたりしてないよな……?」

 ウォルターが出口の方へと振り向いた。スタークウェザーが来ていないか心配しているようだ。しかし、ここはウォルターとデーキスしか知らない秘密の場所だ。

「大丈夫だよ。スタークウェザーはフライシュハッカーに呼ばれて、ほら貝塔に行ってるし、ここは僕達しか知らないんだ」

「うん、知らなかったよ。こんな所があるなんて」

ウォルターとデーキスはお互いに顔を見合わせた。さっきの声は二人のどちらのものでもなかったのだ。背筋が凍りつくのをデーキスは感じた。

 

説明
続き物。やっと主人公の超能力が何なのか書けた
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少年 小説 SF 超能力 

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