紙の月3話 ルナボマー 2/3
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「懐かしいな。昔、両親と演劇を見に行ったことがあったっけな。ボクは退屈ですぐに寝ちゃったけど!」

 デーキスとウォルターは周囲を見回し、声の主を探す。不意に舞台の目の前に並ぶ観客席の列、その影から外で会ったスタークウェザーが姿を現した。

「ボクにも使わせてよ。 僕も仲間に入るからさ!」

 スタークウェザーが舞台の上に上がる。デーキスとウォルターは互いに近くに寄って、侵入者を警戒する。

「どうしてここに? フライシュハッカーの所に行ったはずじゃあ……?」

「ああ、ちょっと気になることが出来たから、すぐ引き返してきたんだ。それより君、髪を整えるならちゃんと最後までやらないとね」

 デーキスははっと気づいた。ここに来る途中で髪型を整えていた時、人の視線を感じたのは思い込みではなかったのだ。スタークウェザーが、自分の後をついて来ていたのだ。

「おいてめえ、何のつもりでここに来やがった! とっとと出て行きやがれ!」

 ウォルターが怒鳴りつけるが、スタークウェザーは一瞥すらせず、その視線はデーキスに注がれていた。ウォルターを無視して一方的に話を続ける

「そういえば君、まだ自分の超能力がわからないんだろう? だから、ボクが手伝ってあげるよ」

 スタークウェザーがさっと右手を上げる。その人差し指はデーキスを指しているが、その動きがあまりにも自然なため、デーキスは彼が何をするつもりなのか分からなかった。

「馬鹿! 逃げろ!」

 ウォルターの声が聞こえた一瞬の後、デーキスの脇腹に鈍い痛みが走った。ウォルターに横から蹴り出されていた。ウォルターに蹴り飛ばされたその刹那、スタークウェザーの指先が、一瞬光ったかと思うと、デーキスの背後で何かの弾ける音が響いた。

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舞台の床の上に倒れたデーキスが、背後を振り向くと、舞台の壁に飾ってあったペーパームーンの縁が、無残にもはじけ飛んでいた。下地の木材がむき出しになっており、その月がハリボテで出来ていることを再認識させる。

 呆然としたままハリボテを見つめるデーキスに、再びスタークウェザーが指先を向ける。

「何やってんだ! 早く逃げろって!」

 今度は突風が吹いて砂埃が舞い上がった。ウォルターが超能力で風を起こしたのだ。舞台の上はたちまち砂埃で視界は塞がれ、呼吸すらも満足に出来ない。

「こっちだ! 隠れるぞ!」

 ウォルターはむせて怯んでいるデーキスの腕を掴むと舞台を飛び降り、近くの観客席の影に隠れた。デーキスの口をふさぎ、必死で声を潜める。

「げほっ、うざったいなぁ……せっかく超能力の使い方を教えてあげてるってのに、邪魔するなよな」

 砂埃が晴れた後、スタークウェザーは舞台から降りて、見失ったデーキスとウォルターを探し、超能力で近くの壁や観客席を破壊して歩き出した。

 デーキスとウォルターはスタークウェザーの歩く音や物を壊す音を頼りに、見つからないように物陰を這いまわっていた。

「デーキス、だっけ? 超能力ってのは何か起きた時に発現しやすいんだよ。例えば、死にそうなほど痛い傷を負った時とかさぁ! 超能力を使いたいんだろう? 早く出てきなよ!」

 スタークウェザーの叫び声が響く。元々、建物の中はあまり光もなく薄暗い。唯一の明かりといえば、天井に開いた穴から入る外の光程度だ。物の影に隠れていれば、そうそう見つかることはないのだ。

「よく言うぜイカレ野郎め……」

「ごめん……また助けて貰ったね……」

 デーキスはまず、スタークウェザーに聞こえぬよう、声を潜めてウォルターに謝った。

「へっ、目の前で死なれたら夢見が悪いからな。それより、どうにかここから逃げないと……」

 二人の隠れているところから、出口まではおよそ十数メートルの距離があった。走れば十数秒で着く距離だが、スタークウェザーにばれないようにしている今、その十数メートルが果てしなく長い距離に感じられた。

スタークウェザーの能力。それはどうやら遠くの物を破壊できる超能力のようだった。思い切って出口まで走ってもすぐに気づかれ、逃げ切る前に超能力の餌食になるかもしれない。

スタークウェザーの力は舞台の客席やコンクリートの瓦礫すら、やすやすと破壊している。一撃でも受けたら無事では済まないだろう。

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「飛んで逃げられないかな?」

 デーキスはホールの天井を見上げた。ウォルターのエアーボードで天井まで飛び、そこの穴から逃げ出せないかと考えたのだ・

「こんな狭い所じゃあエアーボードで飛べるほど風は起こせない。さっきみたいに砂埃を巻き上げるくらいだな」

 二人の隠れているところから、そう遠くない位置にある観客席が吹っ飛んだ。スタークウェザーがこちらに向かってるようだ。

「しょうがない、次にあいつが何かを壊したら、それを合図に外まで全速力で走れ。さっきみたいに超能力で砂埃を起こして目眩ましをするから、気をつけろよ」

 デーキスは静かに頷いた。その一方で緊張のあまり、スタークウェザーに聞こえてしまうんじゃないかというほど心臓が高鳴った。

 ふと、観客席の陰に何かが光る物があるのをデーキスは見つけた。ガラスの破片の様な物らしいが、デーキスにはよくわからない。

 覗きこもうとした時、デーキスのすぐ後ろの観客席が吹っ飛んだ。

「行くぞ!」

 ウォルターが立ち上がって出口までかけ出した。デーキスは慌ててその後を追う。

「見ぃつけた!」

 悪魔の声が聞こえる。スタークウェザーが二人に気づいたようだが、確認している暇はない。出口まで必死で駆ける。

 ウォルターが超能力で風を起こし、辺りに砂埃を巻き上げる。これで、スタークウェザーに直接狙われるのを防ぐための煙幕だ。

「ひっ!」

 デーキスのすぐ近くの観客席がはじけ飛び、その残骸がデーキスに降りかかった。それでも、デーキスは走り続けた。

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「こっちだ!」

 前から伸びてきたウォルターの腕がデーキスを引っ張った。二人は出口からホールの外の通路へと出た。

「待て、逃げるなよ!」

 スタークウェザーの走る音が聞こえる。

「まだ安心はできないぞ! 早く!」

 デーキスは再び走りだそうとするが、既に息が上がっていた。朝から瓦礫の中を動き回っているのだ。その上、全力疾走したばかりで慣れていないデーキスはすぐに体力を消耗してしまった。

「ちっ……だらしがないやつだな……!」

 ウォルターはエアーボードを地面の上に投げ出し、その上に飛び乗った。

「俺に掴まれ。振り落とされるなよ!」

 デーキスは言われるとおり、エアーボードの僅かなスペースに乗って、ウォルターの腰に手を回した。

 僅かに身体が浮いたような感覚がした後、エアーボードが動き出した。

「流石にこんな狭い所で、しかも二人じゃあ飛べないか。バランス崩して落っこちないよう気をつけろよ!」

 二人はエアーボードで瓦礫や段差にぶつからないように注意しながら、地面の上を滑るように走った。これなら体力を使わずに外まで出れるだろう。

「逃さないぞ!」

 背後からスタークウェザーの声が聞こえた。どうやら、スタークウェザーもホールから通路に出たようだ。しかし、距離も離れているし、スタークウェザーの超能力もそう簡単には当たらないはずだ。

「もうすぐ外だ! どうやらにげきれそうだな……」

 前方から外からの光が差し込み始めた。ようやくあのスタークウェザーから逃げ切れたと、二人が安心したその時、突然通路の壁から炎が吹き出した。

「わっ!」

 驚いたデーキスは反射的に炎から逃げようと上体を大きく逸らすと、ガクンと強い衝撃が走った。身体を逸らしたことでバランスが崩れ、その拍子に、落ちていた瓦礫にぶつかったのだ。

「うわあああ!!」

 エアーボードで加速した勢いのまま、二人は空中に投げ出された。

 

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