真・恋姫†無双 4話 成都掃討戦
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 冷たい汗が背中を流れる。息苦しいくらい空気が重い。

 一刀は城内の片隅に出た。空が煮詰まったように赤暗くなっている。

 

「おい、俺ひとりを殺すのに何人必要なんだ?」

 

 がさり、と葉ずれの音がした。どこからかはわからない。一刀は息を整えて、懐の短戟を取り出した。戟の刃に巻いていた皮を剥がしてもう一度言った。

 

「今は、俺だけだ。取り巻きもいないよ。それなのに、まだ決心がつかないのか。ずいぶんと臆病だな」

 

 遠くから兵たちの歌が聞こえてくる。無邪気で、楽しげな歌だ。戦がない間は、兵たちだって人間だ。物じゃない。物になって死ぬのは戦の時だけでいい。

 またがさりと音がした。戟を肩に背負って後ろを振り向くと、いつの間にいたのか、顔を布で覆った男が立っていた。

 

「司空の北郷様ですか?」

「あぁ、そうだけど」

「ご同行願いたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 低い声だった。黒で塗ってある布から覗いている目は細く、殺気走っている。

 

「どこの人? 魏か呉か」

「知る必要はありません。ご同行下さい」

 

 一刀と同じくらいの背丈だったが、身体は筋肉質でいかにもそれ用に作り上げられた体だった。右手に握られた短刀が鈍く光っている。

 

「悪いけど、皇帝に黙って国を抜けたら死罪になる。期待には添えそうにないな」

「そうですか。残念です」

 

 男がじりじりと近寄ってくる。一刀は素早く身を反転させると戟を振り切った。湿った布を叩いたような感触がして、後ろで刀を振り上げていた男の首が飛んだ。

 噴出した血を浴びながら、首のない身体を蹴り倒してそのまま後方に走った。横から二人、黒で全身を塗った人間が飛び出してきた。

 初めから生きて捕らえようとする気なんてなかったのだろう。全員濡れた刃物を持っている。毒を塗るのは常套手段だ。カスっただけでも命を奪える。

 一刀は苦笑いをしながら「やっぱ俺には荷が重かったかなぁ」と呟いた。

 

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 強い臭いがした。多分、油だ。油の臭いだ。

 愛紗は目の前に広がっている光景を見て、愕然とした。百畳ほどの一室が血の海になっていた。

 殺されているのは、桃香の補佐をしていた文官が六人と、各人を守っていた護衛たちだった。全員討死していた。

 騒ぎなんて、なかった。それどころか、物音すらなかった。こんな事が可能なのか、ひどい目眩がした。

 兵たちはほとんど好き勝手なことをさせているが、こういった重職についている者たちを守っている護衛は精鋭だった。一隊を率いるには向かないが、個人の能力は高い。そんな者たちだった。

 それが全員討死。伝令を出す暇もなく、十数人が。可能なのか、こんなことが。

 愛紗はふらつきながら部屋に入ろうとして、襟首を抑えられた。

 

「だめだよ、愛紗ちゃん」

 

 桃香は雌雄一対を抜くと大剣を愛紗に渡して、小剣を肩にかけた。

 

「血溜まりの何人か、生きてるよ。多分敵。左側はお願い。シャオちゃんは私についてきて」

「桃香様、これは」

 

 桃香は嬉しそうに微笑んだ。場にそぐわない、無邪気な笑みだった。

 

「曹操さんだったら、うれしいね。片付けたら助けに来てね。お願い」

 

 そう言うと、桃香は通路の右側を走っていった。

 小蓮は戸惑っているようで、愛紗を不安気な顔で見上げていた。

 

「大丈夫です。いざとなったら、桃香様をお願いします」

「わ、わかった」

 

 小蓮を桃香を追っていった。桃香より、小蓮のほうが武達者である。

 愛紗は慣れない剣を二、三回素振りして構えた。左廊下のかがり火が落ち、何人かの黒ずくめが動いた。

 不意に目の前に迫った針を剣で払い落として、愛紗は踏み込んで剣を振り切った。壁に剣が擦れてひどく不快だったが、目の前の男の肩から胴を真っ二つに切り裂いた。

 赤黒い中身を吐き出しながら崩れる死体を踏み越えて、更に剣を振り上げ、後ろの者の顎から頭蓋をかち割った。流石宝剣である。切れ味は鳥肌がたつほど良い。

 後ろで火が揺れる気配がして振り向くと、松明を持った男が剣を構えていた。その後ろに部屋から飛び出してきた血まみれの者たちが小太刀を構えながら並んだ。

 

「流石、関羽と言ったところか」

 

 松明を持った男が、呟いた。布から覗いた目しか見えないが、笑っているようだった。

 

「どこの刺客だ? 何故今更暗殺など」

「俺を追い詰めることができたら教えてやる」

 

 男は松明を部屋に放った。油に引火した火が、すぐに回り始めた。

 

「劉備はもう助からぬ。北郷もな。例え剣を交えようと話になるまい」

「き、貴様ら」

 

 愛紗が斬りかかろうとすると、後ろの左廊下にいた男が斬りかかってきた。愛紗はそれをいなして腹を刺しぬいた。

 そのまま横に凪いで腹を切り裂き、次の女を袈裟に切り落とした。

 肩で息をして、血まみれの剣を構える。すると男が低く笑った。

 

「お前は我らを足止めしているつもりだろうが、我らがお前の足止めをしているのだ。もう遅い」

 

 人肉が焼ける悪臭が漂ってくる。火が勢いを強めながら広がりだしていた。

 

「貴様らも、死ぬぞ」

「死ぬのはお前だ」

 

 男は小太刀を掲げた。他の者たちは小太刀を構え直した。

 後ろに三人、前に五人。

 

「やれ」

 

 男の声と共に、全員が突っ込んできた。前後からの一斉攻撃だ。愛紗は舌打ちをし後方に飛び退いて、体制を低くして迫ってきた短剣をかわすと一人目の足を斬りつけた。斬られた男が呻き声を上げながら床に膝をつける。返す刀でその横の男の胸を切り裂いて体を反転させて残った女の首を掻っ切るとその体をすり抜けて前に構えた。倒れ行く死体というのは、本当に邪魔なものだ。愛紗自信、何度も経験している。

 愛紗は間髪入れずに剣を振るった。一瞬の立ち往生を食らってしまった男二人を死体ごと同時に切り伏せ、足を斬りつけた男の首を跳ね飛ばす。素早く前に出て女の鳩尾を蹴り上げた。男が振るってきた剣を大剣で打ち返して振り下ろす。女は嘔吐すると同時に頭を二つに割られて床を転がった。

 返り血で体中が赤く染まる。髪から服の内側まで、鉄臭い粘液に侵食される。

 愛紗は剣を一度振るってこびり付いた血を飛ばした。あと二人。

 

「道を開けろ。貴様らも死にたいか?」

 

 怒鳴ると、剣を打ち払われた男がひるんだ。そして、無意識だろうが首領格の男に目を移し――次の瞬間、首が飛んだ。

 ぐしゃっと血溜まりの中に男の体が倒れ伏し、首が壁に一度ぶつかって落ち、他の死体と混ざった。

 

「俺の兵に臆病者はいらん」

 

 首領格の男は血の付いた短剣を袖で拭いながら言った。

 広がってきた熱気で全身が炙られはじめる。

 愛紗は剣を握り直した。

 

「貴様は何者なのだ」

「ふん、どうせまた会うことになる」

 

 男は懐に手を入れ、包帯で包んだ玉を取り出した。

 

「俺の名前は張衛だ。関羽、首はしばらく預けておいてやる」

 

 男は玉の包を解くと地面に叩きつけた。途端に目の前を多量の煙が覆った。

 火の熱気と煙に混じって、視界が悪くなる。愛紗は目を拭った。男の気配が遠ざかっていく。

 愛紗は咳き込みながら怒鳴った。

 

「貴様、部下を殺されて自分だけ逃げる気か!? 人非人が!」

「こんなところで死ねるか。貴様らには、もっと手痛い思いをしてもらうぞ」

 

 愛紗は走りだそうとして、死体につまずいて臓物の中に体を叩きつけた。焼けた肉の臭いと死体から漏れ出した糞尿の臭い、血や内容物の生臭い臭気で廊下は地獄絵図そのものだ。

 何度か胃の中身を吐き出して、目眩を抑えて歩き出す。

 

「桃香様……一刀殿……」

 

 もし二人に何かあったら、自分の責任だ。自分が近くにいながら。

 愛紗は奥歯が砕けてしまいそうになるほど歯を噛みしめて壁に拳を打ち付けた。

 

「どうか御無事でいてくれ……!」

 

 いくら急ごうとしても白い靄が視界をふさぎ、悪臭が鼻を鈍らせる。

 己の愚かさに苛立を感じながらも、愛紗はひたすら桃香の下に足を進めた。

 

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 死の気配を感じたことは、今まで何度もあった。そして、暗殺者に狙われることも初めてではない。

 だから、ある意味慣れが生じてきたのだろう。もうすぐ死ぬかも知れないというこの状況ですら、頭は冷静に働いている。

 一刀は走って走って、追手を追わせた。時折強くなる殺気を読んでは振り返って飛んできた毒塗りの針や投擲された刃を払い落とす。

 追手は全部で五人のようだ。最初に現れた男と首を跳ねた男、横から飛び出してきた二人、そしてぴったりと自分を追ってくる気配が一つ。ただそいつだけは姿を表さない。

 例え失敗しても正確な情報を伝えられるように配置しているのだろう。手回しの良いことだ。

 

「もう少し、もう少しだ」

 

 一刀はあてがあった。麾下が見回りをしている場所まで、もう僅かの地点だったのだ。

 それに遭遇すれば、相手だって逃げるしかないだろう。そうすればこちらが追撃する番だ。ここは成都のど真ん中。逃げきれはしまい。

 

「北郷」

 

 低い声が耳に入った。とっさに振り向いて戟を振ると重たい何かを弾いた手応えがあった。

 また走りだそうとして、がくんと手を引かれた。戟に鎖が巻きつき、拳ほどの分銅が戟の下で揺れていた。

 しまった。

 

「くそっ」

 

 一刀は舌打ちをして鎖を剥がそうとしたが、間髪入れずに飛んできた短刀がそれを許さなかった。

 体を仰け反らせて一本を避け、更に飛んできた一本を仕方なく戟で打ち払うと横から男が斬りかかってきた。

 

「死ね!」

 

 鎖を引かれて戟が動かせない。一刀は太刀筋を読んで紙一重で避けると男の顎を蹴り上げた。

 そして戟から手を離して距離を取る。姿を見せなかった一人が後方に立ちはだかり、退路を絶っていた。

 一刀は周りを見渡して、苦笑いした。

 間違っても、自分は刺客三人の攻撃をカスリ傷一つ負わずに捌ききる能力などない。しかも丸腰だ。その上取られた陣形もまたまずい。三方向からの同時攻撃に対応できる奴なんてかなり限られている。

 一刀はため息をついて座り込んだ。三人は輪を狭めるようにして近づいてきた。

 

「好きにしろ」

「……それでは」

 

 目の前の男が短剣を振りかぶった。一刀はまた深い溜息を付いた。

 悪い、皆。俺はここまでだよ。天人とかなんとか言われてるけど、蓋を開ければこんなものだ。

 一刀は顔をあげた。振り上げた短剣が、振り下ろされる。それがやけにゆっくりに見えた。

 頭頂に一撃。頭を割られてさようならだろう。

 一刀は自嘲気味に笑って目を閉じた。

 次の瞬間、ゴッという鈍器で硬いものを叩いたような音が鳴った。

 やられた。俺は死んだ。死ぬのって意外と痛くないんだな。

 そう思ってるとゴンと頭に何かがぶつかって、一刀は仰向けに倒れた。

 痛い。凄く痛い。何事だ。

 目を開くと目の前で短刀を振り上げていた男が一刀を押し倒すように倒れていた。側頭部に矢が突き立っていた。

 横にいた男が遠くを睨んでいる。一刀も同じ方を見ると、城の城壁の縁に弓を持った少女がいるのが見えた。

 小蓮だった。横で桃香が拍手をしているのが小さく見える。

 それを認めた瞬間に、横の男が吹っ飛んだ。見てみると、胸部に矢が突き立っていた。

 物凄い強弓である。距離だって八十メートル以上はある。

 

「……運はいいみたいだな、俺」

 

 一刀は自分にのしかかっている男から短刀を奪うと小蓮に気を取られていた男の喉元に突き立てた。男は血を吐き出しながら転がった。

 小蓮は更に一本、矢を放った。遠くの草むらを走っていた刺客が、足に矢を受けて転倒した。百発百中である。

 

「小蓮! 桃香!」

 

 一刀が手を振ると二人とも振り返してきた。

 

「敵だ! 近いぞ!」

 

 二人はハッと横を向く。城壁を走ってきた賊が六人。二人はさっさと逃げ始めた。

 一刀は兵を動かすために、旗本に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

説明
 この話は
 恋姫ベースに演義+正史+北方+横山+妄想+俺設定÷6
 で出来上がった奇怪なものです。
 半オリキャラも出てきます。他の作者様と被っているかもしれません。
 桃香と一刀はキャラ崩壊するほどにステータスが上昇しています。
 百合分が含まれております。
 お読みくださる方、どうぞよろしくお願いします。
 感想や意見、矛盾や誤字へのツッコミもよろしくお願いします。
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タグ
真・恋姫†無双 オリジナルキャラクター 百合 

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