主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜 |
2話 千砂(2)
「さて、章人様がどこに降り立って誰を味方にするのかとても楽しみですね。間違いなくその勢力が最大の敵となりますから」
「何度も聞くけど、彼のところに寝返ったりはしないの?」
「それは絶対にありません。彼も同様でしょう。互いが互いを知り尽くしているからこそ、私は彼の弱点が分かる。どうなるかとても面白いです」
「彼に弱点なんてあるの?」
聞いた話と、自分の会った感覚、それを総合しても、武にせよ、知にせよ“無敵”という言葉が章人には最も相応しく思えていた。弱点がわかる、と言われても、そんなものがあるのかといまいち想像のつかない妲己であった。
「一つだけ。“計算”で動くことです。全ては彼の掌の上。それはとても大きな弱点になり得ます」
「“計算外”が起きたときに脆く、崩れやすいってこと?」
「いいえ。それならばとても楽なのですが、危機管理の基本“最悪の事態を想定する”をきちんとしている彼が崩れるなどということは考えられません」
「それじゃ“強み”にしかならないじゃない……」
「“強み”は“弱み”でもあるのですよ。とはいえ、特別にヒントをあげましょう。“信頼”です」
ごくまれに千砂は同じ話をするが、返ってくるのは「それは強みでしかない」という言葉だけ。ただ『ヒント』を教えたのは妲己に対してだけだった。千砂から見る章人にとって唯一の弱点、欠点となりうることが何なのか、それは妲己も直に知ることになるだろうと思っていたから、あえて教えたのだった。
「わかんないわね……。ちなみに、千砂が自分について考えたときはどうなの?」
「私ですか? 控えめなところでしょうか。もう少し自己主張できれば良いと思いながらできずにいます」
そう言って苦笑いした千砂であった。我先に、我先に、という性格ではないため、それによって得をしたこともあるが損、といっていいものをしたことも少なからずあるのだった。
「なるほどねえ……。ところで、私はそもそも“戦国時代”に詳しくないのよ。そこで、“スペシャルレクチャー”をお願いしたいのだけど、どう?」
「困りましたね……。この世界に降り立つにあたって最大の問題がここで出てきました」
「え?」
「これはおそらく章人様もなのですが、戦国時代に特段詳しいということはないのです」
そもそも日本、という国自体が狭すぎる、ということもあるが、仮に信長が本能寺の変で死なずに織田が日本を統一したところで、この国が大きく変わっていたかは謎だと考えていたのだった。明治維新しかり、戦後統治しかり、日本は外圧がないと劇的に変わることはないのだろう、それがある種国民性だろうと捉えている面もあった。「日本史」として学ぶのはもちろん必須だとは考えていたが、戦国時代に超絶詳しいことが果たして必要なのだろうかという話でもある。それに加え、多忙を極めることもあり、趣味で戦国時代に触れる時間を取れなかったことも、もちろんあった。
「日本史なのに?」
「はい。私は中世の経済史を多少かじった程度で、他は大学入試でやった教科書と論述レベルのものしかないですね。分国法――当時の法律です――を判別して暗唱したりはできますが、マイナーな戦争や武将の話になるとお手上げです。武田晴信の主要な部下を挙げよ、とかね」
「だって“面白い”とか言ってたじゃない!?」
「“異世界”に行って帰ってこれて、滞在しているときは無限で歳もとらず、しかも身の安全は確保されているとなれば面白くないわけがないでしょう?」
「それで来たの!?」
妲己をしても、それはかなりの驚きであった。武田の地を迷わず選んだにもかかわらず、武田の武将を挙げることすらできない、というのでは、武田で本当に上手くやれるのかを疑問に思わせるのには充分だったのだ。千砂が果たしてこの旅をどう捉えているのか、敢えて今は聞くときではないと思ったが、一種のゲーム性を持ったものでないかとすら思ってしまっていた。
「ええ。戦国時代といっても、結局は信長が上洛して、戦争をする前に信玄、謙信が病気で死に、その信長が光秀に殺され、それを秀吉が討って一つ終わり。秀吉が死んだ後に家康が動いて江戸時代の始まりです。この大まかな流れを抑えることが肝なので……。私が詳しいのは欧米の革命史からと明治以降でしょうか。趣味で読むのも、妲己さんに預かってもらっているような思想書が主ですから……。歴史小説を読むしても、明治を描いた坂の上の雲あたりです」
「でも、背景知識とかは分かるのよね?」
「勿論。近現代以前の歴史におけるキーワードの一つに“土地制度史”というものがあります。説明はとてもややこしいのですが、大ざっぱに言えば、明治維新における地租改正条例まで“私有地”という概念は存在しませんでした。土地は天皇のもので、地代である年貢を払うというものですね。そこで、天皇に代わって土地の支配をするのが“守護”です。ところが、領地の中でも有力な寺院などでは守護の介入を禁止されていました。“守護使不入権”といいます。これを否定して富国強兵策をとって領地を支配したのが戦国大名です。
面白いのが、“今川仮名目録”という今川家の分国法です。今川氏は元々守護大名で、それがそのまま戦国大名になったのですが、この分国法には守護使不入権を否定したことがそのまま出てきます。戦国大名の特質を示す史料としてとても有名ですよ」
守護使不入権を認めたのは1368年に出した「応安の半済令」である。鎌倉以来、甲斐国、源氏の御家人、あるいは守護をつとめる名門から戦国大名へとなったのが武田である、という程度の知識はあったが、では武田の主要な部下を列挙せよ、そう言われてできるか、と聞かれれば、それは不可能なのだった。知っているのは第四次川中島合戦で啄木鳥戦法を提案したとされる山本勘助がせいぜいである。
「あんまり詳しくないんじゃなかったの?」
「今の程度はわかります。“オタク”レベルに詳しいのは先ほども言いましたが、近現代史。西洋各国の革命以降でしょうか。そちらが私の“専門”に近いので」
「恐るべき知識量ね……」
「“知識”はあくまで“知識”でしかありません。重要なのはそれを使いこなす力です。さて、どうやってこの世界の布、もしくは服を手に入れるか、それを考えましょう。とりあえず村に行きましょうか」
「場所分かるの?」
一応、人の気配を探ろうと思えば探れるため、それを使って村までの案内が必要と思っていた妲己は拍子抜けしたようにそう聞いた。
「人間がどこに集まるのか、それを考えればなんとなくは分かりますよ。異世界とはいえ、幸いにして日本ですから、地理は把握しています。――まあ、欧米でも変わりませんが――よって、川がどこにあって自分が今どこに居るかもわかる。あとは星の位置から東西南北を割り出すだけです。天から降りてきたお陰で地理が分かったのはとてもありがたかったですね」
恐るべし。妲己はそんな感想を抱いた。千砂が自ら言うように、知識を生かす(活かす)力が凄いのだと確信してもいた。そんな千砂がこの世界で何を成すのか、それを間近で見られるというのは妲己にとっても楽しいことだった。千砂にとって、村の場所を割り出すなどというのはさほど難しいことではなかった。
「ちなみに、千砂が“これだけは誰にも負けない”ものってある?」
何となく気になった妲己であった。
「元の世界ではありません。自分より優れた人なんて山ほどいますから。ただ、この世界において“料理”だけは誰にも負けないでしょうね」
「料理?」
「ええ。私は、僅か6年ではありますが日本の老舗料亭やレストラン、あるいは海外のトップシェフの厨房に入って修行をすることができました。“早坂”の特権ですね。章人様が“神の舌”をもっていることも大きいのでしょうが……。そのお陰で、様々なものを学べました。この世界で全てを再現するのは不可能ですが、それでも私に敵う料理人はいないでしょう」
稀代の美食家、章人はそう言って差し支えない人物なのであった。自分たちに3食作らせるために、日本屈指の料理人を招いていたが、千砂はその者たちの元で修行を積んでいたのである。
「どうして“不可能”で“いない”の?」
「一言で言えば、料理は素材が命なのです。私は、世界中から金に糸目をつけずに選び抜いた世界一の素材を使って作る料理の味を知っています。それはこの世界では再現不可能です。野菜や米にしても、品種改良が進んでいるわけではありませんし、例えばフランスから空輸した仔牛をここで再現するのは不可能ですからね。
逆もまた然りでしょうが」
「逆?」
「農薬や殺虫剤、化学調味料など人工物のない、天然の世界です。鴨などの野鳥といった、この世界のほうが美味しいものもたくさんあると思います」
千砂は学食で“千砂スペシャル”なるサンドイッチを提供している。食べた誰もが驚嘆し、あまりの美味しさに言葉を失う存在であるが、それが美味しいのは、世界中のトップシェフから和・仏・伊・中など様々な料理の技法を学んだ千砂が、世界中から自らの眼で選び抜いた素材を使い、採算度外視で作っているからに他ならない。それでも千砂は、心の底から自らを“修行の途中”だと思っているから“自分はまだまだで、優れた人など山ほどいる”などという言葉が出てくるが、実情は世界のトップシェフと肩を並べる存在である。
「それにしても、南禅寺にいつ行けるかとても楽しみですね」
「南禅寺?」
「ええ。その近くに室町時代――今頃――から現代まで400年続く老舗料亭があるのです」
「400年!?」
「ええ。当時は茶店だったそうなので、その茶店時代に行ってみたいものです。“瓢亭”という店ですが、あの“くずや”がこの時代にどうなっているのかとても楽しみです。」
京の歴史を見続けてきた、章人も千砂を連れてよく行く老舗であった。この時代から京都にある、他にも訪れたい名店も何店が存在していたが、そこまで言う前に、千砂の眼光が鋭くなった。
「そういえば、“仮”の名を授けておきましょうか。『貴妃』と。これからはそう呼びます。周囲に本名を触れ回る必要はありませんからね」
「はーい。ところで、気づいてる? 気配を隠したつもりの人たちがこっちへ向かってきてるわよ」
「ええ。それもあって名前を変えたのです。おそらく“たまたま”ではないでしょうから」
「どういうこと?」
「彼らが賊なのか正規の兵隊なのか、それが重要です。」
『妲己』という神仙としての名を触れ回る必要はないと思っていた千砂は、『楊貴妃』からとった名を妲己に授けたのだった。賊ならば、殺して物を奪い取り、正規兵ならば、武田の部下に入るためには殺すわけにはいかず、率いる将を見て今後の行動を決める指針とするつもりなのだった。真夜中に降り立ったにもかかわらず、“たまたま”賊なり兵なりから襲撃されるなどということはありえないと思っていたのである。
と、突如声が聞こえた。
「久々の獲物! しかもデカイ! 外せねえぜ! こっちだ! 俺の勘が告げてる!」
「おう!」
賊の会話は千砂たちには筒抜けであった。この会話で全てを察した千砂は「貴妃、心臓を一突きして、全員殺してください」と告げた。おそらくは、正規兵を統率する将がけしかけたのだろう、千砂はそんな印象を持ったのである。
「オッケー!」
秒殺。襲撃者たちは一瞬で10の死体へと変わった。
「では服を貰いましょうか」
「えー。こんな汚いの嫌ぁ〜」
そうおどけて言いながら、妲己は冷や汗をかいていた。「殺せ」と命じた声はこれ以上無いほど冷たく、死体を見る目も同様で、服を脱がせるのも極めて機械的だったからだ。常人であれば慌てふためき、吐くであろう事態にもかかわらず、である。
「あなたしか居ないのに、演技をする必要はないでしょう?」
「そ、そうね……」
何もかも見抜かれていて、一つの嘘が交じったその言葉には笑うしかなかった。
「で、どういうことなの?」
「川へ移動しましょう。こちらです」
「その必要は無い!」
“一つの嘘”それはあなた『しか』である。
妲己の力をもってせずとも、ある武将が部隊を率いて自分たちのほうへ向かっているということに気づいていない2人ではなかった。千砂と妲己は、必要と認めればいつでも念話で話せる。そこで千砂が出した命令は「気づいていないフリをする」というもの。この場に現われた将は馬場信房。真名は春日という。主である武田晴信が最も信頼する人物の一人であり、降り立った2人を本拠地まで連れて行く任務に就いていた。
妙な技をつかうこの「貴妃」とも自分ならば余裕でやりあえるだろうという確信もあった。勿論、千砂の命で妲己が力を抑えているからそう確信するに至っているのだが、この場での主導権は自分にあると、この2人は何故かすら分からず、自分の言うことに強制的に従わされるのだ、馬場信房はそう思っていた。
「手を上げろ!」
馬場信房はそう言った。
「拘束するのですか?」
「口答えするな!」
千砂はあっさりと手を上げ、妲己にも従うように言った。妲己も、何か思惑があるのだろうと考え、従った。
後書き
「瓢亭」は実在のお店です。くれぐれも問い合わせの電話などなさらぬようにお願い致します。ここ(TINAMI)ならばセーフだろうと思っているのですが、アウトな場合は修正しますので感想でお知らせ下さい。
恋姫忘れてませんからね!! 大丈夫です。ただ、ちょっとスランプ入ったかもしれません・・・。
説明 | ||
第1章 千砂(1) ようやく少し進みます。 |
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