真恋姫無双幻夢伝 第八章2話『運命の場所』
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   真恋姫無双 幻夢伝 第八章 2話 『運命の場所』

 

 

 白帝城。長江上流沿岸の小高い山の上に建築され、川との境は切り立った崖になっている。城に入る道は一本に限られており、そこに至る道すら、山間の細い街道を通る必要がある。天下屈指の不落の要塞であった。

 この城が蜀と荊州の境である。一刀は城の庭で、夜空を眺めていた。

 桃香がやってきた。彼女はまるで妻のように、彼の傍に寄ってくる。彼もまた、夫のような口ぶりで聞いた。

 

「鈴々は寝たか?」

「うん。『愛紗を早く助けるのだ!』ってずっと言っていたけど、添い寝してあげたら寝ちゃいました」

「それは良かった」

 

 一刀は微笑む。その優しい眼に、彼女は思わず本音を漏らした。

 

「ご主人様。私ね、怖いの」

「怖いって?」

「私は戦いが起こらなければって、ずっと願っています。でも、そうしなきゃいけない状況に、いつも追い込まれている気がして……まるで誰かに操られているように」

「………」

 

 一刀はそっと彼女の肩を抱いた。お互いのぬくもりを感じる。

 

「桃香、愛紗を絶対に救い出そう。そして曹操と李靖を倒すんだ。それでやっと平和が戻ってくる」

「ほんとうに…?」

「ああ、一緒に夢を叶えよう」

 

 桃香は頷いた。一刀は安心して、また夜空を見上げた。彼の中で徐州のことが蘇える。

 

(もう逃げない。あの時みたいに愛紗を見殺しにしないんだ、ぜったいに)

 

 星が流れた。2人は満天の星空に祈る。

 

 

 

 

 

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 ちょうどその頃、アキラたち汝南軍も襄陽城に到着していた。劉表時代の荊州の首都ではあったが、20万という大軍はこの城の収容能力を上回った。城の内外に兵士が充満している。

 アキラと汝南軍の幹部たちは、その雑踏をかき分けて、宮城へと向かう。その途中で、風が彼らを出迎えた。

 

「お待ちしていましたよ、お兄さん。華琳さまは、地下の牢獄でお待ちですー」

「牢獄?」

 

 アキラは1人、魏軍の兵士に連れられて地下へと下りていく。牢獄に続く薄暗い廊下は、体の芯から凍るほど寒い。こちらの侵入を拒むような風が、奥から吹き抜ける。

 その時、アキラは立ち止まった。その先から聞き覚えのある、いや、忘れたくても忘れられない声が聞こえてきたのだ。

 

「七乃!寒いのじゃ!痛いのじゃ!どうにかするのじゃ!」

「どうにかって…私も手枷がはめられていますから、どうにもできませんよ。とほほ……」

「わたくしをこんなところに閉じ込めておくなんて、どうにかしているのではありませんか?!こらっ!だれか、聞いていますの!この無礼者!」

「ひ、ひめ〜。そんなに挑発的なことを言ったら」

「あのー、牢番さん。これは冗談ですから、気にしないでくださいね」

 

 5人は、一緒の牢屋に閉じ込められていた。手足に枷を付けられて、さらに縄で体を縛られている。だが、猿轡を口にはめておくべきであったろう。鳴りやまない彼女たちの要求や罵声に、その牢の前で立っている牢番はうんざりとした顔をしていた。彼はアキラの顔を認めると、緩慢な動きで錠前を開けた。

 ガシャンと牢の扉が開き、アキラが入ってくる。彼女たちはアキラに対して面識はない。しかし彼の方は、洛陽にいた頃の諜報活動の折に、彼女たちの姿を確認していた。

 無表情でこちらを見つめる彼に、その身なりから身分が高いと判断した麗羽と美羽は、早速要求した。

 

「あなた、どちらの方?ま、誰でもいいですから、早くこの縄をほどいて下さいまし」

「わ、妾のもほどくのじゃ!」

 

 彼は黙って見つめるだけである。その彼の後ろから、カツカツと廊下を歩く音が聞こえた。

 

「どう?関羽を捕えた際に、一緒に捕まえたようなのだけど。まさか袁術に加えて、麗羽もここにいたなんてね。劉備は噂通りのお人好しであることがよく分かったわ」

 

 華琳がアキラの後ろから姿を見せると、麗羽はさも当たり前のように要求した。

 

「あら、華琳さん。来るのが遅いんじゃありませんこと?さ、早く、ここから出して、温かいお茶でも入れてほしいのですけど」

「だから姫!そんなことを言っちゃあダメだって!ほんとうにすみません。すみません」

「……相変わらず胆が太いのか、頭が足りないのか」

 

 猪々子が謝り、華琳が呆れている。その隣で、斗詩は疑問を感じていた。

 

(曹操さん、まるで対等な口ぶりでこの男の人に話しかけていた。この人はいったい何者?)

 

 勘の鋭い七乃が「あっ」と気が付いた。

 

「お嬢さま!李靖です!李靖ですよ、この人!」

「ほ、ほんとなのか、七乃?!」

「李靖?誰ですの?」

「曹操さまの同盟者で、汝南の君主ですよ!」

「あたいたちのことをすっごく恨んでいるって噂ですよ」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた牢内で、華琳はアキラに挑発的な笑みを浮かべてみせた。

 

「どうしたい?この者たちを処刑する?」

「華琳が決めることじゃないのか?」

「私はどうだっていいわ。あなたが決めて。牛裂きでも、はりつけ獄門でもいいわ。そのくらいのことをあなたにしてきたもの」

 

 ひぃぃぃと悲鳴がこだまする。一方では、

 

「ちょっと華琳さん、わたくしを誰だと思っていますの?!そんなこと許しません!」

「それは相手が決めるんだってばー」

「ごめんなさい。ごめんなさい。私たちはどうなっても構いませんから、麗羽さまだけは!」

 

と、愚かな主君に対する美しい忠誠心を見せた。もう一方では、

 

「ななの〜、しぬのはイヤなのじゃ!」

「美羽さま〜!」

 

と、体を寄せ合って震えている2人の姿に、ある種の主従愛を見た。

 アキラはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。

 

「この戦いが終わった後、どこかに追放してくれ」

 

 それだけを言って、彼は部屋を去った。ぽかんと口を開けて驚いている5人を残して、華琳は彼の後を追う。

 

「いいの、それだけで?」

「俺のところにもお前のところにも、やつらに仕えていた武将が多い。ここで妙な騒ぎを起こしたくない」

 

 まっとうな意見だ。それだけに、華琳は意外だ、という感想を持った。

 

「あれほどこだわっていたのに、もう復讐はいいの?」

「目の前のことに集中したい。それに、奴らの顔を見た途端、どうでもよくなった」

「あなたも大人になったってことかしらね?」

「いや…」

 

 彼は淡々と言った。

 

「俺もあの事件から、ようやく解放されたってことだよ」

 

 地下の廊下を戻っていく2人の前に、秋蘭が現れた。

 

「お二方とも、軍議の準備ができました。こちらにお越しください」

「行きましょうか」

「ああ」

 

 彼らはこれから待ち受けるものに向かって、進み始めた。

 

 

 

 

 

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 地図が広げられた机の周りに、武将たちが集まる。桂花が咳払いをして、さっそく本題に移った。

 

「蜀軍は現在、白帝城にいます。ここから東に向かい、江陵城に入ると思われます」

「江陵城は荊州の中心。呉との距離も近いわ」

 

 襄陽の真下に位置するのが江陵である。河川も多く、食糧も豊富であり、ここに入られると攻め落とすことは事実上不可能だ。詠はその点も指摘した。

 桂花も頷く。

 

「ええ、その通り。我々としては江陵城に入ることを防ぎ、そして呉軍との連携を妨げなければなりません」

「江陵城を守る武将は?」

「伊籍と霍峻です、華琳さま。2人とも忠誠心が篤く、調略は出来ないかと」

「となると、俺たちは江陵城に警戒しながら、蜀軍を迎え撃たないといけない。呉軍の動きにも警戒しないと」

 

 厳しい戦いを強いられることになる。誰かがつばを飲み込む音がした。

 桂花は机に乗り出すと、持っていた棒で指し示す。

 

「蜀軍が荊州に侵入することを妨げ、かつ大軍が展開できる場所は…」

 

 その頃、蜀でも軍議が開かれていた。朱里が司会役をしている。

 ところが、アキラたちの軍議と異なっていることがあった。武将たち全員が憤然としている。桔梗がバンッと机を叩いて、その口火を切った。

 

「孫権め!江夏を攻め取るとは、どういう了見じゃ!」

 

 この軍議の直前に、伊籍から《呉、江夏を襲撃》の情報を受け取っていた。江夏城にいる魏への内通者を殲滅することが目的と呉から連絡が来たが、実際は侵略に他ならない。

 桃香が彼女を宥める。

 

「で、でも、この戦いが終わったら、返してくれるって言っているそうだし」

「それがいったい何の保証になりましょうか?!実際にわが軍の守備隊を蹴散らしているのですぞ!」

「そうなのだ!信用できないのだ!」

 

 星と鈴々が憤る。しかしながら、今はそれに構っている時ではない。雛里は良いように考えた。

 

「…江夏は長江の要衝。これで、汝南の船団は荊州に入ってくることが出来ません」

「呉軍が協力しないと、この戦いは勝てない。みんな、我慢してくれ」

 

 一刀の言葉に、全員が不承不承に黙り込む。朱里は改めて今後のことを説明した。

 

「私たちの第一目標は江陵城です。ここから襄陽城に攻め込む機会をうかがいます」

「ここで後から来る紫苑の水軍と呉軍と合流するんだな」

 

 朱里は一刀に頷いた。しかし、と彼女は続けた。

 

「敵もそれを防ぎたいでしょう。彼らは私たちを江陵城に入れる前に、戦いを挑むはずです。それを考えますと、決戦の場所は…」

 

 桂花が示す。

 

「ここしかありません!」

 

 朱里が示す。

 

「ここです!」

 

 2人が指し示した地図の上に、『夷陵』の文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

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決戦直前
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ここで夷陵の戦いか。(5963)
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