レッテルアクター
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   01

 

 心に穴が空いた。

 愚か者は、失ってから大切な物の大きさに気付くという。

 俺は愚か者そのものだった。

 そこに埋まっていたのは、かけがえのない少女だった。

 この穴はもう二度と塞がらない。

 確かな痛みが胸を締め付ける。

 どうして助けられなかったのだろう。

 どうして何もしてやれなかったのだろう。

「後悔先に立たず」

 なんて言葉があるが、もし今誰かにその言葉を掛けられても、

「だからどうした!?」

 と、突き返すだろう、みっともなく。

 後悔は後悔だ。

 起きた後で悔やむ物だ。

 今更どうしようもない。

 もう二度とあの笑顔を見る事は出来ない。

 失敗を繰り返さない様にして、人々は生きている。

 ならば起きてしまった過ちはどうしているのだろう。

「起きてしまった事は仕方がない」

 と、割り切る事は出来ない。

 俺にとって、彼女がどれだけ大切な存在だったのか、今更気付いてしまったのだから。

 そして失ってしまった。

 自己嫌悪に陥り、自己愛を失い、自暴自棄になった。

 生活がどうでもよくなり、誰に声をかけられても、見向きもせず、泣き叫んでばかりいた。

 そんな俺を、家族は見放した。

 元はといえば、お前のせいだというのに。

 お前が彼女を追いやったんだろう。

 ソイツを恨みたい気持ち以上に、ソイツと同じ名を背負って生きていく事が嫌になった。

 だから俺は名を捨てた。

 家を捨てた。

 しかし、血を捨てる事は不可能だった。

 一生纏わり付くのだろう。

  どこに逃げたって。

 彼女との思い出が呪いに変わりそうだった。

 そして俺は空っぽになった。

 自己防衛のために。

 自分自身も、大切な物も、生きる意味も捨てて、何も残らないようにして。

 人生をリセットしたかった。

 そんな事は出来やしないと、わかりきっているのに。

 俺は愚かだった。

 彼女に許しを乞う事も、自分を責める事も、血を恨む事も忘れ。

 空っぽのまま生きる事に、何の意味もないというのに。

 

 

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   02

 

 「ねえ、ツギハギモンスターって知ってる?」

 晴天の霹靂、なんて呼ぶには些か大袈裟だとは思うが、突然ではあった。

 二時間目と三時間目の間の休み時間、教室を移動する必要がなかったため、自分の席で暇を持て余していた俺に、ショートヘアーの似合う爽やかな女子生徒が、突然話しかけてきた。

「悪い、君の名前覚えてないんだけど、まず名乗ってくれないかな」

 話しかけられた相手に見覚えはあったが、名前は覚えていなかった。

 我ながら失礼な言い方をしたかもしれないが、

 話しかけられた緊張が妙な形で出たのだ、多少は許して欲しい。

「ご、ゴメンね、突然。去年違うクラスだったもんね。小早川希望(こばやかわのぞみ)だよ。希望って書いてのぞみ」

 端的に言えば、俺に友達はいない。

 高二の五月で、これは結構ヤバイかもしれない。

 クラスでは勿論浮いている。

 いや、沈んでいる?

 自分から積極的に友達を作ろうともせず、部活動にも所属しておらず、人付き合いというものから避ける様に暮らしてきた。

 クラスメイトの名前も顔も覚える気がなかった。

 だから希望さん、君は全然悪くない。

 目の前の死んだ魚の目をした男が一方的に悪い。

 口には出さないけど。

「悪いけど、知らない」

 返事をした後で、気付く。

 これではどっちに対する回答なのかわからない。

 一つ目の質問に答えたつもりだったが、わざわざ名乗ってくれた事に対してだったら、相当冷たいヤツに見える。

「そ、そっかー」

 小早川は残念そうに呟いた。

 どちらだと思ったのだろうか?

 制服のポケットからキーホルダーが出ているのに気付いた。

 俺は座っていて、彼女は立っているから、自然な目線の高さだ。

「それ」

 一瞬戸惑った小早川だが、俺がキーホルダーを見ている事に気付き、ポケットから取り出した。

「あ、うん好きなんだー」

 キーホルダーは家の物らしきの鍵に付いていた。

 十年ほど前、教育番組でやっていたアニメのキャラクターだったはずだ。

 キグルミを着た主人公が、困っている人々を助けるというヒーロー物。

 何故正体を隠して、キグルミで活動しているのか、作品内では語られていたはずだが、今となっては覚えていない。

「ツギハギモンスターっていうのも、アニメのキャラクターか何か?」

 幼い頃はアニメやヒーロー物も見ていたのだが、成長するにつれ興味が薄れ、最近では何が流行っているのかも知らない。

 友達のいない暗いヤツは、アニメが好きだと思われたのかもしれないが、生憎俺は同類ではない。

 「ううん、そういうのとは違うんだ。あ、ゴメンね。授業始まるから戻るね、変なこと訊いてゴメンね!」

 勘違いだったらしい。

 ポケットにキーホルダーを戻した彼女は、

小走りで自分の席に戻っていった。

 なんだか不思議な子だった。

「ん?」

 彼女が立っていた辺りに、何か落ちている事に気付いた。 

 拾ってみると布だった。

 眼鏡クリーナー?

 いや、かけてなかったな。

 じゃあ携帯クリーナーか?

 にしては、繋ぎ目がボロボロで、服の一部をちぎったみたいに見える。

 なんだろう? 正直ゴミに見えるのだが、彼女に必要な物だったら、無断で捨てるのも悪い。

 今は授業が始まりそうなので、後で返そう。

 それと、気になる事がある。

 気は進まないが、後でアイツに会いに行こう。

 

 

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   03

 

「お困りの様ですが、何か私(わたくし)が力になれる事は御座(ござ)いませんか?」

 七ツ洞学園には、四泉市に住む名家の子息令嬢が多く通っている。

 特別優れた授業を受けられるわけではないが、ここ一帯で設備の整った高校となると、七ツ洞学園ぐらいしかない。

 名家が集まっている町とはいえ、所詮は田舎だ。

 より良い施設に通いたければ、都会に出る他ない。

 そんな訳で、廊下を歩けば育ちの良い顔とすれ違う事は、日常茶飯事なのだが、名門階級の中でも特に異例の家系の令嬢が、現在この高校に通っている。

 人呼んで聖人君子。

 神子戸天(みことたすく)は、四泉市で実質トップに立つ神子戸家の長女で、次期当主になる事が決定している。

 だが、彼女を彼女たらしめる要因は、彼女自身にあった。

 容姿端麗、成績優秀、欠点などない様に見える完璧さ。

 されどそれ以上に、聖人君子と呼ばれる由縁は、異常な慈愛の持ち主だという点にあった。

 その奉仕精神は、自己犠牲と呼ぶに相応しいほどの物だった。

 聞く所によると、詐欺師を説得して出頭させたとか、彼女のおかげで地域の年間犯罪件数が一桁になったとか、資金不足に困る養育施設に多額の寄付をしたとか、ホームレスに家を建ててあげた上に仕事を与えたとか。 

 例え作り話だったとしても、信じてしまいそうな程の人格を、彼女は持ち合わせていた。

 現に今、俺が声をかけられているコレ。

 次の授業で使う教材を、運ぶ役目を担当していたのだが、教材が重くて難儀していたところ、声をかけられた。

 以前見かけた事はあったが、間近で見ると、美人なんて物じゃない。

 女神、なんて呼ばれているのを聞いたことがあるが、それが大袈裟な表現ではない様に思える。

 長く艶やかな黒髪、純白な柔肌、細く女性らしい四肢。

 その上この菩薩スマイルだ。

 並大抵の男なら、いとも容易く惚れてしまうだろう。

 だが、神子戸天(みことたすく)に男は寄り付かない、寄り付けない。

「失礼します」

 後ろに控えていた、ポニーテールで、凛とした女子生徒が、俺に歩み寄る。

 神子戸天(みことたすく)には有能な右腕がいた。

 護守騎隷(ごのかみきれい)、護衛のスペシャリストを養成する護守家で、現在最強と謳われる、弱冠十七歳。

 彼女は神子戸家に雇われており、本来の仕事は天の護衛なのだが、護衛よりも天の奉仕活動に力添えをする事が多い。

 というよりも、伝説に昇華されてしまいそうなほど、聖人君子の名が広まっているのは、騎隷の功績だと言える。

 聖人君子に近付こうとする輩は、従者によって追い返されていた。

 当然、危険人物が主に近付かない様にするためだ。

 護守は、俺の手から教材を受け取った。

 男子生徒が持つのに苦労する重量を易々と。

 呆気にとられる俺に、聖人君子は菩薩の様に微笑みかけるのだった。

 三蔵法師と孫悟空かよ。

「ご立派ですね」

 思わず悪態を突いてしまった。

 完璧な人間は気に入らない。

 従者が睨んできた。

 女子高生の放つ殺気じゃない……。

 しかし、従者とは裏腹に聖人君子は微笑んで、

「いいえ、私(わたくし)は褒められた人間では御座(ござ)いません。いつだって自身の未熟さを噛み締め、もっと人の役に立てないか、と歯痒く感じている次第で御座(ござ)います」

 と、皮肉を言った事に恥を覚える程、徳に満ちたお言葉を返された。

 この時俺は押し黙ってしまった。

 正直に言おう、惚れてしまった。

 こんな人間には会った事がない。

 彼女はきっと、俺がどんなに矮小な人間であろうと、受け入れてくれる。

 真っ盛りの中学生は、女子に優しくされた瞬間に、好きになってしまいがちだが。

 こんなの中学生じゃなくとも好きになってしまう。

 これ程完璧で、且つ嫌味のない女性は金輪際いないだろう。

 教室まで教材を運んで貰い、教室に帰ろうとした聖人君子に手を伸ばした。

 こんなチャンスは二度とないだろうと考えたからだ。

 具体的な案はなかった、恋愛に疎い俺が、どうこうしたところで、きっと上手くはいかないだろう。

 そんな俺でも、今後会うキッカケに、連絡先を聞くぐらいなら出来ると思った。

 だが、それは叶わなかった。

 声をかける事すら出来なかった。

 従者に手首を掴まれた。

 彼女の目には敵意が宿っていた。

「お嬢に害を加える可能性のある者は、指一本触れさせません」

 女子高生が男子高校生に言う様な台詞ではないと感じた。

 聖人君子だって浮世離れしてはいたが、彼女は彼女で歳不相応だった。

 幾つもの死線を潜ってきたかの様な貫禄。

 この四泉市は、多少は特殊な街とはいえ、流石に命を狙う云々等は聞いたことがない。

 だが護守騎隷(ごのかみきれい)は、暗殺者が神子戸天(みことたすく)の前に現れる前提で行動していた。

 遠い世界だ、と感じた。

 同じ学校に通っていながら、住む世界が違った。

 俺の手を放し、踵を返した護守は、神子戸の後を追い、自分の教室に戻っていった。

 多くの生徒はこの時点で、聖人君子への恋心を諦めるのだろう。

 美しい容姿の彼女は、多くの男子を魅了してきたのだろう。

 つい先程俺がされた様に、親切をされた時に惚れた者も多いのだろう。

 だが、この余りにも硬すぎるガードを前にしたら、諦めた方が賢い。

 決して手の届かない所にいる相手にする恋というのは、アイドルに対するそれに近いかも知れない。

 それでも俺は、彼女を慕い続けようと思う。

 彼女は、あの子に似ているから。

 

 

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   04

 

 俺は部活に所属していない。

 中学では天文学部に所属していたが、七ツ洞学園にはなかったからだ。

 創部という手も、なくはないのだが。

 星なんて、部活じゃなくても見れる。

 というか星が見えるのは夜なんだから、帰宅してからの方が見える。

 ちょうど今が見え始める時間帯だ。

 まあ、中学の時は、学校に残って流星群を見る、というイベントも体験したのだが。

 今では部活に所属する事そのものが面倒くさい。

 必然的に人付き合いに繋がるからだ。

 それに一人暮らしの身では、家事を自分でこなさなければならないので、放課後は洗濯や掃除に時間を費やしている。

 そして今は食材の買い出しの帰りだ。

 道は七ツ洞学園の通学路だが、俺は裏路地を通っている。

 ワイワイ帰宅する生徒の近くを、あまり通りたくなかった。

 しかし裏路地は人気が少なく、街灯も怪しく光って不気味で、極端だった。

 こんな夜道で、ひったくりでも現れたら物騒だな、と考えていた時だった。

 俺の前に現れたのは、チープな化け物だった。 

 ソイツは、チグハグな体をしていた。

 顔の右半分は紫、左半分はオレンジ。

 瞳は深い闇の様で、口は歪に笑っている。

 体の不自然な所に繋ぎ目があり、キメラを彷彿とさせた。

 概ね人の形でありながらも、尾が付いていたり、耳の位置であったり、頭髪が無い事等、人間とは異なる点も見受けられる。

 暗闇に浮かぶ幾何学模様(きかがくもよう)に、現実感を喪失する。

 明らかに、自然界に生息する生き物ではない。

 悪夢でも見ているのかと、我を疑ったが、意識は確かだ。

 まるで映画やゲームに登場するクリーチャーだ。

 殆どの場合、ソイツらは人間を襲う。

 買い物袋しか所持品の無い俺は、襲われでもしたら、抗う術がない。

 叫んで助けを呼ぶか?

 呼んだところで、ここは住宅地だ、抵抗出来る者など、そうそういないだろう。

 自分の身を守るために避難するだけだ。

 そう、逃げれば良いのに。

 どうしてそうしない?

 どこからともなく現れて、助けてくれるヒーローを待つのか?

 それこそ馬鹿馬鹿しい。

 化け物以上に非現実的だ。

 世界には、理不尽と不条理が溢れている。

 物語は感動的な展開を迎えず、悲劇のまま幕を閉じて、人々の心に傷を残す。

 俺は抵抗する事もなく、立ち尽くしていた。

 殺してくれとでも言わんばかりに、自暴自棄に。

 しかし、化物は俺を傷付ける事もなく、その体躯からは想像も付かぬ速度で逃げ出した。

 今の出来事が現実だとしても、人に話せば作り話だと笑われてしまいそうだ。

 化け物は何の為に俺の前に現れたのだろうか。

 何か悪い事が起きそうな、言い知れぬ不安だけが、夜道に残った。

 

 

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   05

 

 化け物が逃げ去った後は、何も起こらなかった。

 俺は通報も逃亡もせず、真っ直ぐに帰宅した。

 警察に連絡したところで、妄言だと思われる。

 それに俺は被害を被っていない。

 そのまま帰ったって問題はないだろう。

 住宅街の隅の方にある、飾り気のない、少し古めの小さなアパート。

 一階の奥、表札のない103号室の鍵を開ける。

 当然、出迎える者もいない。

 室内は整理整頓されているが、掃除が行き届いているのでなく、単に物が少ない。

 唯一、趣味といえる望遠鏡も、押入れの中で埃を被っている。

 生活感がない、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、人間性が見えないというのは、気持ち悪くも見えるかもしれない。

 思い出を捨て、執念を捨て、好みを捨て、人付き合いを捨て、名前を捨てた今、空っぽのこの部屋こそが俺自身だった。

 日々がつまらないのなら、俺自身がつまらないのと同意義だ。

 携帯電話のバイブ音が鳴った。

 友達がいないので殆ど使っていないソレに、連絡してくるのなんて殆どいないのだが。

 確認してみると、母親からのメールだった。

 こうして一人暮らしを出来ているのも、唯一の味方である母親のおかげだ。

 メールの内容は、俺を心配する言葉と、仕送りに関する物だった。

 母親に迷惑はかけたくない、高校を卒業したら、就職するつもりだ。

 大学なんてどうせ、モラトリアムの延長を求め、遊びたいヤツが通う場所だ。

 退屈な日々を送る俺が、通う意味はない。

 大金が必要だしな。

 家にお金はあるとはいえ、母親に甘えていては、逃げてきた意味がない。

 とにかく俺は、アイツのおかげで生きてると思いたくないだけだった。

 そうやって逃げて来て、退屈な、無意味な日々を送っていたのなら、どちらにしろ笑いものなのかもしれなかった。

 そんな俺の日常にも、些細な変化があった。

 変わり者のクラスメイト、手の届かない想い人、そしてチープな化け物。

 穴を埋めるには至らなくとも、少しは退屈しのぎになるかもしれない。

 

 

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   06

 

 聖人君子、そしてチープな化け物と出会った事で忘れていたが、俺は昨日人に会おうとしていた。

 出来れば会いたくないヤツなのだが、知り合いが極端に少ない俺が、話を聞ける数少ない相手なのだ。

 ソイツは昼休みでもないのに食堂にいる。

 渡り廊下を通り、扉を開くと、案の定目立つ生徒がいた。

 ソイツはテーブルの一角を占拠し、タブレットでニュースを読みながら、五段パンケーキを食べていた。

 設置されたテレビにも目を配っている。

 早弁しに来ている他の生徒も、ソイツには近寄らない様にしている。

 けれど従業員とは顔馴染みなのか、エプロンを着けたおばちゃんと談笑していた。

 何故こんなヤツと幼馴染みなのか……。

 嫌々ながら、俺はその銀の長髪の生徒に話しかける。

「おい、さや、聞きたい事があるんだが」

「何々? さやちゃんに質問? 良いよー、何でも訊いてー。今日のさやちゃんのお昼ご飯かな? それとも今朝の占いの結果かな? パンツの色は恥ずかしいから訊かないでっ! でも後でこっそりなら……」

「うぜえ……」

 話しかけた瞬間から、テンションが高過ぎたので、思わず邪険に切り返してしまった。 

 コイツが学校内の事情に詳しくなければ、話しかけるどころか、顔も見たくなかったのだが。

 虫も殺せないみたいな純粋な笑顔しやがって。

 パンツには毛ほども興味がないし、占いの結果はもっとどうでもいい。

「というかパンケーキって食堂のメニューにあったか?」

 最近の食堂はお洒落になったのかと錯覚したが、そんなわけはない。

 さっきおばちゃんと仲良くしていたから、特注したのだろうか?

「パンがなければパンケーキを食べれば良いじゃない」

「何言ってるんだ?」

「あの有名な台詞を言ったのは、実はマリーアントワネットではないらしいよ」

「お、おう……」

 質問に対する返答になってないし、会話が成立してない。

「俺のクラスに小早川希望(こばやかわのぞみ)って女子なんだが」

「えー、知らないよそんな子なんか。さやちゃんの前で女の子の話なんかしないでー」

「会話をしろ」

「あはは、冗談だよ」

 テレビの電源を消し、タブレットをしまう。

 俺は向かいの席に座る。

「希望さんね、のぞみさん。こないだ陸上部を辞めたんだよねー」

「部活を辞めた? 怪我か? って、さっき見たときは健康そうだったな」

「理由はわからないよ。周りも知らないみたい。知りたければ本人に聞けば良いんじゃないかな。希望さんがどうかしたの?」

「いや、さっき話しかけられたんだが」

「うっそ! 友達のいない、暗い男子生徒に話しかける女子生徒なんかいる!?」

「黙れ」

 否定出来ないのが尚更気に障る。

「”ツギハギモンスターって知ってる?”って言われたんだ」

「ツギハギモンスター?」

「アニメかゲームのキャラか?」

「違うよ、最近流行りの噂」

「噂……?」

 都市伝説というヤツだろうか、胡散臭いな。

「なんでも、見た者を不幸にする化け物らしいよ。継ぎ接ぎだらけの体で、毎回見る度に色が違うみたい。四泉市内で目撃されてるんだけど、特にここの生徒が多数被害に遭ってるみたいだよ」

「……被害?」

「見た者を不幸にするって言ったでしょ? ツギハギモンスターを見た後に、怪我をしたとか、忘れ物をしたとか、告白に失敗したとか、被害報告を聞くよ」

 引っかかる事もあるが、まず最初に思い出しても良さそうな事に気付いた。

「昨日見たのはソイツか……」

「えっ!? 見たの? どうだった?」

 食い付きが良いな、まあ俺から情報が聞けるなら、引き出しておきたいのか。

「昨日の、六時前後、スーパーに買い物に行った帰りだな。日が暮れていたからハッキリと姿は見えなかったが、お前の情報と一致する、継ぎ接ぎだらけの体だった。襲われたりはしなかった、すぐに逃げたからな」

 俺ではなく、ツギハギモンスターが、だが。

「大きさは?」

「え? お前よりは背が高かったと思うが」

「それじゃ参考になんないでしょ」

 さやの身長は小学生並みだ。

「……俺と同じか、やや低いって感じだ」

「ふーん、なるほどね」

「どうした? 探偵ごっこでもするか? それとも珍獣ハンターか?」

「それはさやちゃんの仕事じゃないけどねー」

 なら誰が? と聞き返そうかとも思ったが、そういうのは警察の仕事か。

 ふと、壁掛け時計を見ると、次の授業まで時間がなかった。

「そろそろ教室戻るわ、お前もそれ片しちゃえよ」

 と、パンケーキを指そうとしたが、既に皿は空だった。

 いつの間に……。

「じゃあ最後に一つ、何か不幸な目に遭った?」

「他人に不幸を押し付けられる感性は持ち合わせていない」

 

 

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   07

 

「ねえ、聞いた? C組の絢香、見たらしいよ」

「見たって何を?」

 ツギハギモンスター。

 女子生徒は話し相手を怖がらせたいのか、凄みを含めて言う。

「ああ、例の噂ね。あんた好きよね、そういうの」

「何よ、信じてないの? 目撃者結構いるんだよ。被害も出てるし」

「被害?」

「鳥のフンが鞄にかかったとか、部活で怪我したとか、告白したらフラレたとか、公園のトイレが使えなくて大変だったとか」

「それがツギハギモンスターの仕業だっていうの?」

 話し相手の女子生徒は、嬉々として話す女子生徒に対し、苦笑い。

 古今東西、悪い噂は広まりやすい。

 朝会が行われる体育館へと向かう途中、

近くを歩いていた女子生徒の話しに耳を傾ける。

 なるほど、これくらい流行しているならさやに聞くまでもなかったか?いや、おそらく数日前より悪化している。

 所謂一人歩きしている状態なのかもしれない。

「ね、ねえ、ちょっと良いかな」

 体育館に入り、クラス毎に列を作り、もうすぐ朝会が始まるというのに、俺に話しかける声があった。

 このクラスで俺に話しかける生徒なんて、唯一人。

 小早川希望(こばやかわのぞみ)だった。

「今、ちょっと良いかな」

 朝会が始まりそうだから、良くはないのだが、よほど急ぎなのだろうか?

 心なしか顔色も悪そうに見える。

 「大丈夫か?」と訊こうとした俺は、別の患部に気が付いた。

「手、どうしたんだ?」

 彼女の指先には包帯が巻かれていた。

 自分で巻いたのか、少し不格好だった。

「え、えっと、こ、これは料理のときに……、あ、朝会始まっちゃうよね、また後で!」

 自分から話しかけておいて、逃げる様に列に戻って行った。

 昨日と今ので、彼女の印象が不思議ちゃんになりつつあるが、本来彼女はあんなに挙動不審に喋る子ではないはずだ。

 それとも俺相手だから話しづらいのだろうか。

 確かに俺は孤独なうえ不愛想だから、話しかけるのに勇気は要るかもしれない。

 ところで何の用だったのだろう。

 昨日も用事らしい話ではなかったが。

 さやに彼女について聞いても、特に俺との接点はなさそうだったが。

 司会役の教員の声で、朝会が始まる。

 まあ、用事があるならそのうち向こうから話しかけてくるだろう。

「……あ」

 こないだ彼女が落とした布を返し忘れた。

 それにしても、このボロ布、

見覚えがある気がするのだが、どこで見たんだったか。

 

 

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   08

 

 どうしてこうも、校長の話は退屈なのだろうか。

 退屈どころか、睡眠導入効果さえあるのかと疑ってしまう。

 あちこちから欠伸が聞こえる。

 一方的に興味のない話しをされ、しかも説教臭いのが理由だろう。

 中には、生徒に興味を持ってもらう工夫をしている者もいるだろうが。 

 日夜見ている物が違うと、感性も違ってくるのだろう。

 話しを終え、舞台から校長が降壇する。

 代わりに生徒会長が登壇する。

 誰にも気付かれない様に、顔を歪める俺。

「我々生徒会は、ツギハギモンスターを捕獲するために動きます」

 長身で黒髪短髪、いかにも優等生風な男子生徒が、マイク越しに言った言葉は、大勢を前にするには相応しくなかった。

 騒めく体育館。

 失笑する教師達。

「幼稚な噂程度なら放っておいても良かったのですが、本校の生徒にも被害者が出ています」

 冗談を言っていると思った者もいる中、ソイツは至って真剣だ。

「ツギハギモンスターは、都市伝説ではありません。何者かが何かしらの悪意を持って行動しています。それを放っておけば、秩序は乱れるばかりです」

 壇上で演説するソイツが、俺は嫌いだった。

「割れ窓理論というものがあります。些細な事件でも、放っておけば更に問題を引き起こします。警察はこの程度の被害では動きません。だから我々が動くのです」

 コイツが生徒会長に選ばれた時の挨拶で、こんな事を言っていた。

「向上心のないヤツは馬鹿だ」

 有名な小説の台詞だ。

 確かにその心意気は立派なのかもしれない。

 向上心を失った人間は、自然と腐っていくのかもしれない。

 しかし、小説内でもそうだった様に、いつかその言葉は発言者の首を締める。

 正論は正しい言葉だが、正論を言った人間が正しいとは限らない。

 誰もが正しく生きられる訳ではない。

 例え先人に道を示されていても、自分の足で確かめて、時には間違って、苦しみながら正しい道を見つけるのが人間だ。

 それを忘れたヤツの言葉は、上辺だけに聞こえる。

「何か情報を掴んでいる生徒は、生徒会までお知らせ下さい」

 そう締めて生徒会長は降壇した。

 体育館は未だにざわめいていた。

 教師達は苦い顔をしている。

 学園内にも不穏な空気が蔓延(はびこ)ってきた。

 ツギハギモンスターの噂は数日前より悪化しているが、本当に被害者がでているのだろうか?

 実際に目撃した俺は、何の被害も受けていない。

 そもそもツギハギモンスターとは、一体何なのか。

 

 

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 体育館から教室に戻る際、聖人君子とその従者を見かけた。

 生徒と話していた様だが、残念そうな顔をすると頭を下げた。

 頭を下げられた生徒は、申し訳なさそうにしながらも、自分の教室に戻るため歩き去って行った。

 聞き込みでもしていたのだろうか。

 彼女が俺に気付く。

 自然と胸が高鳴るが、表情には出ない様に気を引き締める。

「こんにちは、お久しぶりですね」

「ど、どうも」

 顔を覚えていてくれたのだろうか、素直に嬉しい。

「あの、貴方はツギハギモンスターについて何かご存知ですか?」

 またそれか、と言いたくなったが、生徒会が動いているのだ、この人が動かない訳がなかった。

「あの、聖人君子……、じゃなくて神子戸さんも、ツギハギモンスターを捕らえて、警察に……?」

「いいえ、そのような事は致しません。おそらくその方も、何か都合があってこんな事をしているのでしょう。ですから私は直接会ってお話を伺いたいのです、何故このような事をするのかと。そして何か私(わたくし)に力になれる事はないかと」

 眩しいお方だ。

 生徒会長とは比べ物にならない素晴らしい精神だ。

 しかし生徒会長と同じ様に、ツギハギモンスターを人為的な事件と見做している様だった。

「そうですか、申し訳ないですけど、手がかりになりそうな事は知りません。あの、くれぐれも気を付けて下さい。あまり危険な事に首を突っ込まない様に」

「ありがとうございます。けれど私には騎隷がついておりますので」

 存知(ぞんじ)てます。

 でも俺は、隣にいるその人が好きじゃないから言ってるんです。

「ところで、失礼なのですが、私貴方のお名前を存知(ぞんじ)ておりませんでした。

お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「匿名希望です」 

 

 

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 ホームルーム終了後、希望に落し物を返そうとしたのだが、声をかける前に教室を出て行ってしまった。

 急用があったのだろうか。

 明日で良いか、俺も帰ろう。

 心なしか今日の放課後は人が少ない気がするな。

 部活動は通常通りあるのに。

 まあ、気のせいかもしれない。

 別に普段から観察しているわけではないしな。

「おーい」

 階段を降りる俺を引き止める声があった。

 可愛らしいその声は、俺にだけは憎たらしく聞こえた。

 聞こえなかったフリをして足を進める。

「待ってって言ってるでしょー! あいた!」

 パタパタと走り寄って来たソイツは、勢い余って俺にぶつかった。

「何の用だ人畜有害」

 振り返り、小柄なソイツの顔を見下す。

 視線の先では幼馴染みが首を傾げていた。

「無害の間違いじゃない?」

「ただの言葉遊びだ」

「ふーん?」

 一呼吸置いて、悪戯に笑う。

「知ってる? 生徒会と聖人君子が、ツギハギモンスターを捕まえようとしてるんだって」

「知ってる」

 踵(きびす)を返し下駄箱に向かう。

「ちょ、ちょっと」

 服を摘まれる。

「なんだよ? 帰りたいんだが」    

「いいの? 助けなくて」

「は?」

 思わず振り返り、顔を見つめる。

 冗談を言っている訳ではない様だ。

「意味がわからないんだが」

 都市伝説の化け物を助けるってのは、どういう意味だ。

 しかもなんで俺が。

 助ける義理なんてないし、第一何を助けろというのだ。

「また見殺しにするの?」

「?っ!!」 

 いつもと変わらないはずのさやの目が、鋭く、冷たく、残酷に見えた。

 思い出したくない顔を思い出す、だからコイツには会いたくなかったというのに。

 逃げる事を許さないと暗に言っている。

 今も、そうなのか?

「気付いてないの? ツギハギモンスターは都市伝説なんかじゃなくて――」

 

 

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 どうしてこうなったんだ。

 汗で、服が肌に張り付き、気持ち悪い。

 普段運動しないため、急激に運動に体が付いていけてない。

 息が切れ、体力は限界に近い。

 吐き気すら覚える。

 されど立ち止まれない。

 怒声が背中に刺さる。

 俺は、ツギハギモンスターの手を引き、裏路地を走っていた。

 更に具体的に説明すると、逃げていた、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)から。

 ――数十分前、人畜有害なる幼馴染みを振り払い、帰路を歩いていた俺は。

 ツギハギモンスターと再び遭遇した。

 だが今回はまだ陽が落ちておらず、あろう事か、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)に追われていた。

 本格始動した彼らに、早くも発見されてしまったのだ。

 何故ツギハギモンスターは、彼らに捕獲されるリスクを負ってまで、この時間に出現したのだろう。

 疑問が浮上した束の間、目があった、暗闇の様な目と。

 顔を見ても、感情は読み取れない。

 歪な口から、言葉は聞こえない。

 けれど、明らかに化け物は助けを求めていた。

「いいの? 助けなくて」

 先程の言葉が、脳裏を掠める。

 なんで俺が?

 俺は無関係で、ツギハギモンスターとかいう、馬鹿らしい都市伝説の化け物が、どうなろうと知ったこっちゃなくって、巻き込まれるのなんて御免で、百害あって一利もなくて。

 そんな事を理性的に考えていたのに。

 俺の手は、化け物の手を掴んでいた。

 化け物の手は、暖かかった。

 

 

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 人気のない公園には、妙な物々しさがある。

 子供の無邪気さを、闇で覆い尽くしてしまう様な、言い知れぬ残酷さが、そこにはある。 

 七ツ洞学園の近所の公園、時刻は黄昏を過ぎ、子供の姿はない。

 ここにいるのは、ぐっしょりと汗をかき、ぜえぜえ言ってる男子高校生。

 そして継ぎ接ぎの化け物。

 おまわりさんが通りかかったら、確実に職質されてしまう。

 近隣住民に見つかっても、通報されてしまう。

 正義感に溢れた生徒会役員と、聖人君子の忠実なる下僕から逃げた結果、ここに行き着いた。

 いや、来るべくして来た事を、俺は既に知っている。

 この化け物の正体を、俺は既に知っている。

 化けの皮を剥がす事が、俺に与えられた役目なのだろうか?

 そんな結末に行き着くのか?

 違う、そんなに仰々しい話ではない。

「もう、こんな事終わりにしようぜ、ツギハギモンスター、いや……」

 俺はただ、クラスメイトの、少し変わった女の子の名前を呼んだ。

「小早川希望(こばやかわのぞみ)」

 着ぐるみの手が、自らの頭部に伸び、覆面を脱がす。

 正体を暴かれ希望の顔には、諦めと疲労が滲んでいた。

「あの、ごめんなさい……。こんな事になるなんて、思わなくて」

 逃げる際、顔は見られていないはずだ。

 もし見られていたら、俺がツギハギモンスターを匿った事が知られたら、結構面倒くさい事になる。

 警察に引き渡される事も、充分あり得るし、停学も想定の範囲内だ。

 そのリスクを負いながら、都市伝説の化け物に手を差し伸べたのは、例の戯言を間に受けたからじゃあない。

 化け物だったら、助けない。

 人を不幸にする化け物なんて、捕まってしまえば良いと思う。

 だが俺は、ツギハギモンスターの正体が、希望だという事を知っていた。

 さやの戯言に影響されたから助けた訳ではない。

 さやに教えられる前から、ツギハギモンスターの正体が着ぐるみだと気付いていた。

「これ、落し物だ。その着ぐるみの一部だろ?」

 制服のポケットから布を取り出す。

 希望は布に目をやるが、受け取りはしない。

 今や不要なのかもしれないが、俺も要らないのだが。

 改めて着ぐるみを見る。

 それは見れば見るほど、不細工な造りだった。

 キメラの肌に見えたのは、縫い合わされていた異なる色の布だった。

 前に見た時と、あちこち色や縫い目の位置が違う。

 きっと造りが甘く、着る度に崩れていたのを、何度も直していたのだろう。

 見る度毎回色が違うというのは、補修する度に違う色の布を使っていたためだろう。

 不器用なりに頑張ったんだと察せられる。

 手の怪我はその時に出来たのだろう。

 今も、走ったせいか、縫い目が解けそうになっている。

「部活を辞めたのも、着ぐるみを着るためだったんだろ。部活を辞めれば時間が出来るし、帰宅する生徒に目撃されるのも、一足早く帰っていればタイミングが合う」

 わざわざ部活を辞めてまで、こんな事をする理由までは解らなかったが、後で他の疑問と纏めて訊くとしよう。

「着ぐるみを着て、あんなに早く走るのも、元陸上部の君なら可能だろ?」

 逃げている時、俺が足手纏いになるくらいだった。

 運動部でもなければ、体を鍛える機会なんてないからな。

 現代っ子ってヤツだ。

 希望と同年代だが。

「俺の推理はこんなとこだ。今度は俺に教えてくれ、なんでこんな事したんだ?

なんで助けを求めたのが俺だったんだ?」

 推理、なんて言葉を使ってしまったが、俺は自分で証拠を集めたわけではない。

 成り行きでヒントを渡され、巻き込まれただけだ。

 彼女は俺にSOSを出していた。

 なんなら学校で俺に自白するつもりだったのかもしれない。

 しかし、何故俺に?

 話したのはこの間が最初だというのに。

「あの、ごめんなさい。本当は、こんなつもりじゃなかったの」

 再び頭を下げる希望。

 俺は無言で、言葉の続きを促す。

「本当はこんな事がしたかったんじゃないの。私ね、去年エミちゃんと同じクラスだったの」

「!!」

 その名が、希望の口から出るとは思わず、動揺を隠しきれなかった。

 脳裏に、あの笑顔が蘇る。

 呪いの様に。

「私ね、去年までひとりぼっちだったんだ。人付き合いが苦手で、クラスで孤立して。でも、エミちゃんの笑顔に助けられて。エミちゃんは、私にとってヒーローだった……」

 その笑顔を、俺はよく知っていいる。

 嫌になるくらい。

 嫌なのは自分自身だが。

「エミちゃんがいなくなっちゃって、私はとてもショックだったけど、でも、いつまでも俯いてはいられないから、今度は私がヒーローになろう、エミちゃんの代わりになろうって、思って」

 苦しそうに言葉を紡ぐ希望。

 誰にも言えずにいた事を、今吐き出そうとしている。

「本当は人助けがしたかったんだ。困ってる人を助けたかったんだ。勇気のない子を力付けたかったんだ。着ぐるみのヒーローになろうとしたんだ」

 しかし、現状は、まるで逆で。

「誰が言いだしたのかはわからないけど、私がしようとした事は逆効果になって。見た者を不幸にする化け物なんて言われちゃった。仕方ないよね、私裁縫苦手で、こんな歪になっちゃって、化け物に見えるよね……」

 着ている継ぎ接ぎを見て、自虐気味に笑う。

「悪戯に見えても仕方ないって思う。やり方を間違えちゃったって気付いた。

でも私わかんなかったんだ。あの子みたいな人の助け方。

ねえ、私どうすれば良かったんだと思う?」 

 子供地味た悪戯に見えた着ぐるみも、彼女からしてみたら、悩んで必死になった結果だったのだろう。

「ゴメンね、話した事もなかったのに、こんな役目押し付けて、勝手に頼っちゃって、巻き込んじゃって。誰かに終わらせて欲しかったんだ、私の間違いを。助けてって、素直に言えなかったから」

 人に見付かる時間帯に行動したのは、捕まりたかったからではなく、助けて欲しかったから。

 されど、化け物を助ける者などいない。

 化け物はいつだって、人間の敵で、人間を害する存在で、

人間に倒される宿命だ。

「噂ってのは、誰かの不幸を願う物の方が広まりやすいものだ。そしてその責任を正体不明の誰かに押し付けられるなら、その方が気が楽なんだろう。噂に関しては気にしなくて良い、君は悪くない」

 気休めになるかはわからないが、不要な罪悪感を拭ってやる事ぐらいはしたかった。

 噂を広めた者に利用された形になるのだから、そこは彼女の罪ではない、冤罪とまでは言えないが。

 とはいえ、結果的に彼女は決して褒められはしない行為を犯した。

 この事が露呈すれば、警察や教師に咎められる事は、間違いない。

「誰かの真似なんかする必要なんかない、人間は自分にしかなれない。そもそもアイツは誰かを救おうなんて考えてなかった。俺達が勝手に救われてた、それだけの事だろ」

 こういう時、気の利いた言葉が言えないのは、普段から喋る事になれてないからかもしれない。

 自分では励ましてるつもりだったが、突き放した様にも聞こえてしまったかもしれない。

「とりあえず、着替えてきたら? そこのトイレでしょ?」

 園内片隅の公衆トイレを指差す。

「そうだけど、なんでわかったの?」

 怪訝な顔をする希望。

 照れ隠しの様に話題を逸らしたが、あらぬ疑いをかけられてしまった。

 覗いた訳じゃない。

 ツギハギモンスターの被害のひとつに、ここのトイレが使えなくなっていた、というものがあった。

 七ツ洞学園の通学路からも近いここで、ツギハギモンスターが着替えていると俺は推測した。

 ここに逃げてきたのも、着替えるためだと結論付けるのも、容易な発想だ。

「じゃあ、着替えてくるね」

 小走りでトイレに向かう希望。

 トイレに入り、姿が見えなくなったところで、俺は踵を返し公園から出ようとした。

「それがお前の選択か」

 

 

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「ちっ」

 声で言葉の主を特定した俺は、姿を確認する前に舌打ち。

 公園の出口で待ち伏せしていたのは、生徒会長だった。

 生徒会役員は巻いたと思っていたのだが。

「なんでここが分かった?」

「俺だけヤツを追わず、怪しい場所に目星を付けていただけだ」

 俺達は互いに目を合わせない。

「捕まえる気か?」

「今回は見逃してやろう。他の役員にも、見付けられなかったと報告しておこう。だが見逃す事が優しさだと、俺は思っていない」

 一々気に障る事を言うヤツだ。

「一度レールを踏み外したヤツは、もう道には戻れないとでも言うのか?」

「それは極論だ。規則を破った者に、それなりの措置を施すのは、常識だろ?」

 それが気に食わねえんだよ。

 どうせ素行不良のレッテルを貼られる羽目になるんだろ。

「正論が正しいのは誰だって知ってる、その通りに生きれないから誰もが苦悩するんだろ」

 俺の言葉を、鼻で笑う生徒会長。

「お前には説得力がない」

「生憎お互い様だ」

 皮肉の笑みを浮かべる俺達。

 水掛け論だとは気付いている。

「日色笑花(ひいろえみか)を忘れるな」

「そっくりそのまま返すぞ」

 ついに顔を合わせる事なく、生徒会長は立ち去った。

 口を出たその言葉は、言われるまでもなく、自分の首を絞めていた。

 

 

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「おはよう」

 何事もなかったかの様に、希望が声をかけてきた。

 いや、それで良いのか。

 腫れ物が取れた様な、爽やかな笑顔だ。

「待ってくれてるかと思ってたのに」

 あの後、希望が着替え終わるのを待たずに帰った。

 なんで一緒に帰る事になってるんだ。

「冷たいなあ、色々話したかったのに」 

 俺は特に用事なかったからな。

「夜道は危ない人がいるから、女の子を一人にしちゃいけないんだよ」

 君が言うな。

 ツギハギモンスターの噂は、生徒会の力を借りずとも、徐々に収束していくだろう。

 見た者を不幸にする化け物が現れなくなったって、悪い事はなくならないが、そんなの自然の事だ。

 嫌な事の責任を擦り付ける捌け口なんか、なくたって良い。

「部活、なんで辞めたんだ?」

 そんな事を言われるとは予想外だった様で、キョトンとする希望。

「怪我したわけじゃないんだろ?」

「えっと、他にやりたい事が出来たから?」

「着ぐるみで夜道を徘徊するとか?」

「……」

 指摘されるとわかっていたのか、気まずそうに黙ってしまう。

「なんでわざわざあんな着ぐるみなんか着たんだ? 人助けがしたいなら、あんな物着なくたって良いだろ」

「コレだよ」

 前にも見たキーホルダーだ。

 アニメの真似事だったのだろうか?

「このアニメの主人公はね、学校じゃダメダメの子だったんだ。でも着ぐるみを着ると、人が変わったみたいに、勇気が出て、なんだって出来ちゃう、そういうヒーローだったんだ」

「勇気、ねえ」

「誰だって、本当の自分を知られるのは怖いでしょう?」

「……そうだな」

 案外、人は弱い。

 それを誰もが自覚していて、他人に知られない様に、必死で隠して生きている。

 素顔のまま英雄に祭り上げられると、以降もその人物は英雄としか認識されず、特別な人間としてのレッテルを貼られる。

 聖人君子の様に。

 人を助ける事もそうだが、そんな生き方は、中々出来るものではない。

 レッテルを貼られ、わかりやすいキャラクターを演じる様な生き方は、苦痛だろう。

「だから君も名前を隠すの?」

 その質問に答えられないのは、俺が弱いからだろうか。

 立ち向かえないからだろうか。

「ねえ、好きな人いる」

「は?」

 どうしてそうなる。

「私君に気があるかも」

 勘弁してくれ。

 ここは俺の理想が高い事を教えてやって、諦めてもらおう。

「俺は聖人君子こと、神子戸天(みことたすく)が好きだ」

「高嶺の花だねー」

「……」

 逆効果だった。

「じゃ、ホームルーム始まるからまた後で」

 希望は小走りで自分の席に戻っていった。

 代わり映えもしない俺の日常は、少し変わったクラスメイトの、ヒーローに憧れる少女によって変えられた。

 厄介事に巻き込まれるなんて御免だが、化け物に襲われるのに比べれば、悪くない。

 

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