レッテルアクター |
01
心に穴が空いた。
愚か者は、失ってから大切な物の大きさに気付くという。
俺は愚か者そのものだった。
そこに埋まっていたのは、かけがえのない少女だった。
この穴はもう二度と塞がらない。
確かな痛みが胸を締め付ける。
どうして助けられなかったのだろう。
どうして何もしてやれなかったのだろう。
「後悔先に立たず」
なんて言葉があるが、もし今誰かにその言葉を掛けられても、
「だからどうした!?」
と、突き返すだろう、みっともなく。
後悔は後悔だ。
起きた後で悔やむ物だ。
今更どうしようもない。
もう二度とあの笑顔を見る事は出来ない。
失敗を繰り返さない様にして、人々は生きている。
ならば起きてしまった過ちはどうしているのだろう。
「起きてしまった事は仕方がない」
と、割り切る事は出来ない。
俺にとって、彼女がどれだけ大切な存在だったのか、今更気付いてしまったのだから。
そして失ってしまった。
自己嫌悪に陥り、自己愛を失い、自暴自棄になった。
生活がどうでもよくなり、誰に声をかけられても、見向きもせず、泣き叫んでばかりいた。
そんな俺を、家族は見放した。
元はといえば、お前のせいだというのに。
お前が彼女を追いやったんだろう。
ソイツを恨みたい気持ち以上に、ソイツと同じ名を背負って生きていく事が嫌になった。
だから俺は名を捨てた。
家を捨てた。
しかし、血を捨てる事は不可能だった。
一生纏わり付くのだろう。
どこに逃げたって。
彼女との思い出が呪いに変わりそうだった。
そして俺は空っぽになった。
自己防衛のために。
自分自身も、大切な物も、生きる意味も捨てて、何も残らないようにして。
人生をリセットしたかった。
そんな事は出来やしないと、わかりきっているのに。
俺は愚かだった。
彼女に許しを乞う事も、自分を責める事も、血を恨む事も忘れ。
空っぽのまま生きる事に、何の意味もないというのに。
02
「ねえ、ツギハギモンスターって知ってる?」
晴天の霹靂、なんて呼ぶには些か大袈裟だとは思うが、突然ではあった。
二時間目と三時間目の間の休み時間、教室を移動する必要がなかったため、自分の席で暇を持て余していた俺に、ショートヘアーの似合う爽やかな女子生徒が、突然話しかけてきた。
「悪い、君の名前覚えてないんだけど、まず名乗ってくれないかな」
話しかけられた相手に見覚えはあったが、名前は覚えていなかった。
我ながら失礼な言い方をしたかもしれないが、
話しかけられた緊張が妙な形で出たのだ、多少は許して欲しい。
「ご、ゴメンね、突然。去年違うクラスだったもんね。小早川希望(こばやかわのぞみ)だよ。希望って書いてのぞみ」
端的に言えば、俺に友達はいない。
高二の五月で、これは結構ヤバイかもしれない。
クラスでは勿論浮いている。
いや、沈んでいる?
自分から積極的に友達を作ろうともせず、部活動にも所属しておらず、人付き合いというものから避ける様に暮らしてきた。
クラスメイトの名前も顔も覚える気がなかった。
だから希望さん、君は全然悪くない。
目の前の死んだ魚の目をした男が一方的に悪い。
口には出さないけど。
「悪いけど、知らない」
返事をした後で、気付く。
これではどっちに対する回答なのかわからない。
一つ目の質問に答えたつもりだったが、わざわざ名乗ってくれた事に対してだったら、相当冷たいヤツに見える。
「そ、そっかー」
小早川は残念そうに呟いた。
どちらだと思ったのだろうか?
制服のポケットからキーホルダーが出ているのに気付いた。
俺は座っていて、彼女は立っているから、自然な目線の高さだ。
「それ」
一瞬戸惑った小早川だが、俺がキーホルダーを見ている事に気付き、ポケットから取り出した。
「あ、うん好きなんだー」
キーホルダーは家の物らしきの鍵に付いていた。
十年ほど前、教育番組でやっていたアニメのキャラクターだったはずだ。
キグルミを着た主人公が、困っている人々を助けるというヒーロー物。
何故正体を隠して、キグルミで活動しているのか、作品内では語られていたはずだが、今となっては覚えていない。
「ツギハギモンスターっていうのも、アニメのキャラクターか何か?」
幼い頃はアニメやヒーロー物も見ていたのだが、成長するにつれ興味が薄れ、最近では何が流行っているのかも知らない。
友達のいない暗いヤツは、アニメが好きだと思われたのかもしれないが、生憎俺は同類ではない。
「ううん、そういうのとは違うんだ。あ、ゴメンね。授業始まるから戻るね、変なこと訊いてゴメンね!」
勘違いだったらしい。
ポケットにキーホルダーを戻した彼女は、
小走りで自分の席に戻っていった。
なんだか不思議な子だった。
「ん?」
彼女が立っていた辺りに、何か落ちている事に気付いた。
拾ってみると布だった。
眼鏡クリーナー?
いや、かけてなかったな。
じゃあ携帯クリーナーか?
にしては、繋ぎ目がボロボロで、服の一部をちぎったみたいに見える。
なんだろう? 正直ゴミに見えるのだが、彼女に必要な物だったら、無断で捨てるのも悪い。
今は授業が始まりそうなので、後で返そう。
それと、気になる事がある。
気は進まないが、後でアイツに会いに行こう。
03
「お困りの様ですが、何か私(わたくし)が力になれる事は御座(ござ)いませんか?」
七ツ洞学園には、四泉市に住む名家の子息令嬢が多く通っている。
特別優れた授業を受けられるわけではないが、ここ一帯で設備の整った高校となると、七ツ洞学園ぐらいしかない。
名家が集まっている町とはいえ、所詮は田舎だ。
より良い施設に通いたければ、都会に出る他ない。
そんな訳で、廊下を歩けば育ちの良い顔とすれ違う事は、日常茶飯事なのだが、名門階級の中でも特に異例の家系の令嬢が、現在この高校に通っている。
人呼んで聖人君子。
神子戸天(みことたすく)は、四泉市で実質トップに立つ神子戸家の長女で、次期当主になる事が決定している。
だが、彼女を彼女たらしめる要因は、彼女自身にあった。
容姿端麗、成績優秀、欠点などない様に見える完璧さ。
されどそれ以上に、聖人君子と呼ばれる由縁は、異常な慈愛の持ち主だという点にあった。
その奉仕精神は、自己犠牲と呼ぶに相応しいほどの物だった。
聞く所によると、詐欺師を説得して出頭させたとか、彼女のおかげで地域の年間犯罪件数が一桁になったとか、資金不足に困る養育施設に多額の寄付をしたとか、ホームレスに家を建ててあげた上に仕事を与えたとか。
例え作り話だったとしても、信じてしまいそうな程の人格を、彼女は持ち合わせていた。
現に今、俺が声をかけられているコレ。
次の授業で使う教材を、運ぶ役目を担当していたのだが、教材が重くて難儀していたところ、声をかけられた。
以前見かけた事はあったが、間近で見ると、美人なんて物じゃない。
女神、なんて呼ばれているのを聞いたことがあるが、それが大袈裟な表現ではない様に思える。
長く艶やかな黒髪、純白な柔肌、細く女性らしい四肢。
その上この菩薩スマイルだ。
並大抵の男なら、いとも容易く惚れてしまうだろう。
だが、神子戸天(みことたすく)に男は寄り付かない、寄り付けない。
「失礼します」
後ろに控えていた、ポニーテールで、凛とした女子生徒が、俺に歩み寄る。
神子戸天(みことたすく)には有能な右腕がいた。
護守騎隷(ごのかみきれい)、護衛のスペシャリストを養成する護守家で、現在最強と謳われる、弱冠十七歳。
彼女は神子戸家に雇われており、本来の仕事は天の護衛なのだが、護衛よりも天の奉仕活動に力添えをする事が多い。
というよりも、伝説に昇華されてしまいそうなほど、聖人君子の名が広まっているのは、騎隷の功績だと言える。
聖人君子に近付こうとする輩は、従者によって追い返されていた。
当然、危険人物が主に近付かない様にするためだ。
護守は、俺の手から教材を受け取った。
男子生徒が持つのに苦労する重量を易々と。
呆気にとられる俺に、聖人君子は菩薩の様に微笑みかけるのだった。
三蔵法師と孫悟空かよ。
「ご立派ですね」
思わず悪態を突いてしまった。
完璧な人間は気に入らない。
従者が睨んできた。
女子高生の放つ殺気じゃない……。
しかし、従者とは裏腹に聖人君子は微笑んで、
「いいえ、私(わたくし)は褒められた人間では御座(ござ)いません。いつだって自身の未熟さを噛み締め、もっと人の役に立てないか、と歯痒く感じている次第で御座(ござ)います」
と、皮肉を言った事に恥を覚える程、徳に満ちたお言葉を返された。
この時俺は押し黙ってしまった。
正直に言おう、惚れてしまった。
こんな人間には会った事がない。
彼女はきっと、俺がどんなに矮小な人間であろうと、受け入れてくれる。
真っ盛りの中学生は、女子に優しくされた瞬間に、好きになってしまいがちだが。
こんなの中学生じゃなくとも好きになってしまう。
これ程完璧で、且つ嫌味のない女性は金輪際いないだろう。
教室まで教材を運んで貰い、教室に帰ろうとした聖人君子に手を伸ばした。
こんなチャンスは二度とないだろうと考えたからだ。
具体的な案はなかった、恋愛に疎い俺が、どうこうしたところで、きっと上手くはいかないだろう。
そんな俺でも、今後会うキッカケに、連絡先を聞くぐらいなら出来ると思った。
だが、それは叶わなかった。
声をかける事すら出来なかった。
従者に手首を掴まれた。
彼女の目には敵意が宿っていた。
「お嬢に害を加える可能性のある者は、指一本触れさせません」
女子高生が男子高校生に言う様な台詞ではないと感じた。
聖人君子だって浮世離れしてはいたが、彼女は彼女で歳不相応だった。
幾つもの死線を潜ってきたかの様な貫禄。
この四泉市は、多少は特殊な街とはいえ、流石に命を狙う云々等は聞いたことがない。
だが護守騎隷(ごのかみきれい)は、暗殺者が神子戸天(みことたすく)の前に現れる前提で行動していた。
遠い世界だ、と感じた。
同じ学校に通っていながら、住む世界が違った。
俺の手を放し、踵を返した護守は、神子戸の後を追い、自分の教室に戻っていった。
多くの生徒はこの時点で、聖人君子への恋心を諦めるのだろう。
美しい容姿の彼女は、多くの男子を魅了してきたのだろう。
つい先程俺がされた様に、親切をされた時に惚れた者も多いのだろう。
だが、この余りにも硬すぎるガードを前にしたら、諦めた方が賢い。
決して手の届かない所にいる相手にする恋というのは、アイドルに対するそれに近いかも知れない。
それでも俺は、彼女を慕い続けようと思う。
彼女は、あの子に似ているから。
04
俺は部活に所属していない。
中学では天文学部に所属していたが、七ツ洞学園にはなかったからだ。
創部という手も、なくはないのだが。
星なんて、部活じゃなくても見れる。
というか星が見えるのは夜なんだから、帰宅してからの方が見える。
ちょうど今が見え始める時間帯だ。
まあ、中学の時は、学校に残って流星群を見る、というイベントも体験したのだが。
今では部活に所属する事そのものが面倒くさい。
必然的に人付き合いに繋がるからだ。
それに一人暮らしの身では、家事を自分でこなさなければならないので、放課後は洗濯や掃除に時間を費やしている。
そして今は食材の買い出しの帰りだ。
道は七ツ洞学園の通学路だが、俺は裏路地を通っている。
ワイワイ帰宅する生徒の近くを、あまり通りたくなかった。
しかし裏路地は人気が少なく、街灯も怪しく光って不気味で、極端だった。
こんな夜道で、ひったくりでも現れたら物騒だな、と考えていた時だった。
俺の前に現れたのは、チープな化け物だった。
ソイツは、チグハグな体をしていた。
顔の右半分は紫、左半分はオレンジ。
瞳は深い闇の様で、口は歪に笑っている。
体の不自然な所に繋ぎ目があり、キメラを彷彿とさせた。
概ね人の形でありながらも、尾が付いていたり、耳の位置であったり、頭髪が無い事等、人間とは異なる点も見受けられる。
暗闇に浮かぶ幾何学模様(きかがくもよう)に、現実感を喪失する。
明らかに、自然界に生息する生き物ではない。
悪夢でも見ているのかと、我を疑ったが、意識は確かだ。
まるで映画やゲームに登場するクリーチャーだ。
殆どの場合、ソイツらは人間を襲う。
買い物袋しか所持品の無い俺は、襲われでもしたら、抗う術がない。
叫んで助けを呼ぶか?
呼んだところで、ここは住宅地だ、抵抗出来る者など、そうそういないだろう。
自分の身を守るために避難するだけだ。
そう、逃げれば良いのに。
どうしてそうしない?
どこからともなく現れて、助けてくれるヒーローを待つのか?
それこそ馬鹿馬鹿しい。
化け物以上に非現実的だ。
世界には、理不尽と不条理が溢れている。
物語は感動的な展開を迎えず、悲劇のまま幕を閉じて、人々の心に傷を残す。
俺は抵抗する事もなく、立ち尽くしていた。
殺してくれとでも言わんばかりに、自暴自棄に。
しかし、化物は俺を傷付ける事もなく、その体躯からは想像も付かぬ速度で逃げ出した。
今の出来事が現実だとしても、人に話せば作り話だと笑われてしまいそうだ。
化け物は何の為に俺の前に現れたのだろうか。
何か悪い事が起きそうな、言い知れぬ不安だけが、夜道に残った。
05
化け物が逃げ去った後は、何も起こらなかった。
俺は通報も逃亡もせず、真っ直ぐに帰宅した。
警察に連絡したところで、妄言だと思われる。
それに俺は被害を被っていない。
そのまま帰ったって問題はないだろう。
住宅街の隅の方にある、飾り気のない、少し古めの小さなアパート。
一階の奥、表札のない103号室の鍵を開ける。
当然、出迎える者もいない。
室内は整理整頓されているが、掃除が行き届いているのでなく、単に物が少ない。
唯一、趣味といえる望遠鏡も、押入れの中で埃を被っている。
生活感がない、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、人間性が見えないというのは、気持ち悪くも見えるかもしれない。
思い出を捨て、執念を捨て、好みを捨て、人付き合いを捨て、名前を捨てた今、空っぽのこの部屋こそが俺自身だった。
日々がつまらないのなら、俺自身がつまらないのと同意義だ。
携帯電話のバイブ音が鳴った。
友達がいないので殆ど使っていないソレに、連絡してくるのなんて殆どいないのだが。
確認してみると、母親からのメールだった。
こうして一人暮らしを出来ているのも、唯一の味方である母親のおかげだ。
メールの内容は、俺を心配する言葉と、仕送りに関する物だった。
母親に迷惑はかけたくない、高校を卒業したら、就職するつもりだ。
大学なんてどうせ、モラトリアムの延長を求め、遊びたいヤツが通う場所だ。
退屈な日々を送る俺が、通う意味はない。
大金が必要だしな。
家にお金はあるとはいえ、母親に甘えていては、逃げてきた意味がない。
とにかく俺は、アイツのおかげで生きてると思いたくないだけだった。
そうやって逃げて来て、退屈な、無意味な日々を送っていたのなら、どちらにしろ笑いものなのかもしれなかった。
そんな俺の日常にも、些細な変化があった。
変わり者のクラスメイト、手の届かない想い人、そしてチープな化け物。
穴を埋めるには至らなくとも、少しは退屈しのぎになるかもしれない。
06
聖人君子、そしてチープな化け物と出会った事で忘れていたが、俺は昨日人に会おうとしていた。
出来れば会いたくないヤツなのだが、知り合いが極端に少ない俺が、話を聞ける数少ない相手なのだ。
ソイツは昼休みでもないのに食堂にいる。
渡り廊下を通り、扉を開くと、案の定目立つ生徒がいた。
ソイツはテーブルの一角を占拠し、タブレットでニュースを読みながら、五段パンケーキを食べていた。
設置されたテレビにも目を配っている。
早弁しに来ている他の生徒も、ソイツには近寄らない様にしている。
けれど従業員とは顔馴染みなのか、エプロンを着けたおばちゃんと談笑していた。
何故こんなヤツと幼馴染みなのか……。
嫌々ながら、俺はその銀の長髪の生徒に話しかける。
「おい、さや、聞きたい事があるんだが」
「何々? さやちゃんに質問? 良いよー、何でも訊いてー。今日のさやちゃんのお昼ご飯かな? それとも今朝の占いの結果かな? パンツの色は恥ずかしいから訊かないでっ! でも後でこっそりなら……」
「うぜえ……」
話しかけた瞬間から、テンションが高過ぎたので、思わず邪険に切り返してしまった。
コイツが学校内の事情に詳しくなければ、話しかけるどころか、顔も見たくなかったのだが。
虫も殺せないみたいな純粋な笑顔しやがって。
パンツには毛ほども興味がないし、占いの結果はもっとどうでもいい。
「というかパンケーキって食堂のメニューにあったか?」
最近の食堂はお洒落になったのかと錯覚したが、そんなわけはない。
さっきおばちゃんと仲良くしていたから、特注したのだろうか?
「パンがなければパンケーキを食べれば良いじゃない」
「何言ってるんだ?」
「あの有名な台詞を言ったのは、実はマリーアントワネットではないらしいよ」
「お、おう……」
質問に対する返答になってないし、会話が成立してない。
「俺のクラスに小早川希望(こばやかわのぞみ)って女子なんだが」
「えー、知らないよそんな子なんか。さやちゃんの前で女の子の話なんかしないでー」
「会話をしろ」
「あはは、冗談だよ」
テレビの電源を消し、タブレットをしまう。
俺は向かいの席に座る。
「希望さんね、のぞみさん。こないだ陸上部を辞めたんだよねー」
「部活を辞めた? 怪我か? って、さっき見たときは健康そうだったな」
「理由はわからないよ。周りも知らないみたい。知りたければ本人に聞けば良いんじゃないかな。希望さんがどうかしたの?」
「いや、さっき話しかけられたんだが」
「うっそ! 友達のいない、暗い男子生徒に話しかける女子生徒なんかいる!?」
「黙れ」
否定出来ないのが尚更気に障る。
「”ツギハギモンスターって知ってる?”って言われたんだ」
「ツギハギモンスター?」
「アニメかゲームのキャラか?」
「違うよ、最近流行りの噂」
「噂……?」
都市伝説というヤツだろうか、胡散臭いな。
「なんでも、見た者を不幸にする化け物らしいよ。継ぎ接ぎだらけの体で、毎回見る度に色が違うみたい。四泉市内で目撃されてるんだけど、特にここの生徒が多数被害に遭ってるみたいだよ」
「……被害?」
「見た者を不幸にするって言ったでしょ? ツギハギモンスターを見た後に、怪我をしたとか、忘れ物をしたとか、告白に失敗したとか、被害報告を聞くよ」
引っかかる事もあるが、まず最初に思い出しても良さそうな事に気付いた。
「昨日見たのはソイツか……」
「えっ!? 見たの? どうだった?」
食い付きが良いな、まあ俺から情報が聞けるなら、引き出しておきたいのか。
「昨日の、六時前後、スーパーに買い物に行った帰りだな。日が暮れていたからハッキリと姿は見えなかったが、お前の情報と一致する、継ぎ接ぎだらけの体だった。襲われたりはしなかった、すぐに逃げたからな」
俺ではなく、ツギハギモンスターが、だが。
「大きさは?」
「え? お前よりは背が高かったと思うが」
「それじゃ参考になんないでしょ」
さやの身長は小学生並みだ。
「……俺と同じか、やや低いって感じだ」
「ふーん、なるほどね」
「どうした? 探偵ごっこでもするか? それとも珍獣ハンターか?」
「それはさやちゃんの仕事じゃないけどねー」
なら誰が? と聞き返そうかとも思ったが、そういうのは警察の仕事か。
ふと、壁掛け時計を見ると、次の授業まで時間がなかった。
「そろそろ教室戻るわ、お前もそれ片しちゃえよ」
と、パンケーキを指そうとしたが、既に皿は空だった。
いつの間に……。
「じゃあ最後に一つ、何か不幸な目に遭った?」
「他人に不幸を押し付けられる感性は持ち合わせていない」
07
「ねえ、聞いた? C組の絢香、見たらしいよ」
「見たって何を?」
ツギハギモンスター。
女子生徒は話し相手を怖がらせたいのか、凄みを含めて言う。
「ああ、例の噂ね。あんた好きよね、そういうの」
「何よ、信じてないの? 目撃者結構いるんだよ。被害も出てるし」
「被害?」
「鳥のフンが鞄にかかったとか、部活で怪我したとか、告白したらフラレたとか、公園のトイレが使えなくて大変だったとか」
「それがツギハギモンスターの仕業だっていうの?」
話し相手の女子生徒は、嬉々として話す女子生徒に対し、苦笑い。
古今東西、悪い噂は広まりやすい。
朝会が行われる体育館へと向かう途中、
近くを歩いていた女子生徒の話しに耳を傾ける。
なるほど、これくらい流行しているならさやに聞くまでもなかったか?いや、おそらく数日前より悪化している。
所謂一人歩きしている状態なのかもしれない。
「ね、ねえ、ちょっと良いかな」
体育館に入り、クラス毎に列を作り、もうすぐ朝会が始まるというのに、俺に話しかける声があった。
このクラスで俺に話しかける生徒なんて、唯一人。
小早川希望(こばやかわのぞみ)だった。
「今、ちょっと良いかな」
朝会が始まりそうだから、良くはないのだが、よほど急ぎなのだろうか?
心なしか顔色も悪そうに見える。
「大丈夫か?」と訊こうとした俺は、別の患部に気が付いた。
「手、どうしたんだ?」
彼女の指先には包帯が巻かれていた。
自分で巻いたのか、少し不格好だった。
「え、えっと、こ、これは料理のときに……、あ、朝会始まっちゃうよね、また後で!」
自分から話しかけておいて、逃げる様に列に戻って行った。
昨日と今ので、彼女の印象が不思議ちゃんになりつつあるが、本来彼女はあんなに挙動不審に喋る子ではないはずだ。
それとも俺相手だから話しづらいのだろうか。
確かに俺は孤独なうえ不愛想だから、話しかけるのに勇気は要るかもしれない。
ところで何の用だったのだろう。
昨日も用事らしい話ではなかったが。
さやに彼女について聞いても、特に俺との接点はなさそうだったが。
司会役の教員の声で、朝会が始まる。
まあ、用事があるならそのうち向こうから話しかけてくるだろう。
「……あ」
こないだ彼女が落とした布を返し忘れた。
それにしても、このボロ布、
見覚えがある気がするのだが、どこで見たんだったか。
08
どうしてこうも、校長の話は退屈なのだろうか。
退屈どころか、睡眠導入効果さえあるのかと疑ってしまう。
あちこちから欠伸が聞こえる。
一方的に興味のない話しをされ、しかも説教臭いのが理由だろう。
中には、生徒に興味を持ってもらう工夫をしている者もいるだろうが。
日夜見ている物が違うと、感性も違ってくるのだろう。
話しを終え、舞台から校長が降壇する。
代わりに生徒会長が登壇する。
誰にも気付かれない様に、顔を歪める俺。
「我々生徒会は、ツギハギモンスターを捕獲するために動きます」
長身で黒髪短髪、いかにも優等生風な男子生徒が、マイク越しに言った言葉は、大勢を前にするには相応しくなかった。
騒めく体育館。
失笑する教師達。
「幼稚な噂程度なら放っておいても良かったのですが、本校の生徒にも被害者が出ています」
冗談を言っていると思った者もいる中、ソイツは至って真剣だ。
「ツギハギモンスターは、都市伝説ではありません。何者かが何かしらの悪意を持って行動しています。それを放っておけば、秩序は乱れるばかりです」
壇上で演説するソイツが、俺は嫌いだった。
「割れ窓理論というものがあります。些細な事件でも、放っておけば更に問題を引き起こします。警察はこの程度の被害では動きません。だから我々が動くのです」
コイツが生徒会長に選ばれた時の挨拶で、こんな事を言っていた。
「向上心のないヤツは馬鹿だ」
有名な小説の台詞だ。
確かにその心意気は立派なのかもしれない。
向上心を失った人間は、自然と腐っていくのかもしれない。
しかし、小説内でもそうだった様に、いつかその言葉は発言者の首を締める。
正論は正しい言葉だが、正論を言った人間が正しいとは限らない。
誰もが正しく生きられる訳ではない。
例え先人に道を示されていても、自分の足で確かめて、時には間違って、苦しみながら正しい道を見つけるのが人間だ。
それを忘れたヤツの言葉は、上辺だけに聞こえる。
「何か情報を掴んでいる生徒は、生徒会までお知らせ下さい」
そう締めて生徒会長は降壇した。
体育館は未だにざわめいていた。
教師達は苦い顔をしている。
学園内にも不穏な空気が蔓延(はびこ)ってきた。
ツギハギモンスターの噂は数日前より悪化しているが、本当に被害者がでているのだろうか?
実際に目撃した俺は、何の被害も受けていない。
そもそもツギハギモンスターとは、一体何なのか。
09
体育館から教室に戻る際、聖人君子とその従者を見かけた。
生徒と話していた様だが、残念そうな顔をすると頭を下げた。
頭を下げられた生徒は、申し訳なさそうにしながらも、自分の教室に戻るため歩き去って行った。
聞き込みでもしていたのだろうか。
彼女が俺に気付く。
自然と胸が高鳴るが、表情には出ない様に気を引き締める。
「こんにちは、お久しぶりですね」
「ど、どうも」
顔を覚えていてくれたのだろうか、素直に嬉しい。
「あの、貴方はツギハギモンスターについて何かご存知ですか?」
またそれか、と言いたくなったが、生徒会が動いているのだ、この人が動かない訳がなかった。
「あの、聖人君子……、じゃなくて神子戸さんも、ツギハギモンスターを捕らえて、警察に……?」
「いいえ、そのような事は致しません。おそらくその方も、何か都合があってこんな事をしているのでしょう。ですから私は直接会ってお話を伺いたいのです、何故このような事をするのかと。そして何か私(わたくし)に力になれる事はないかと」
眩しいお方だ。
生徒会長とは比べ物にならない素晴らしい精神だ。
しかし生徒会長と同じ様に、ツギハギモンスターを人為的な事件と見做している様だった。
「そうですか、申し訳ないですけど、手がかりになりそうな事は知りません。あの、くれぐれも気を付けて下さい。あまり危険な事に首を突っ込まない様に」
「ありがとうございます。けれど私には騎隷がついておりますので」
存知(ぞんじ)てます。
でも俺は、隣にいるその人が好きじゃないから言ってるんです。
「ところで、失礼なのですが、私貴方のお名前を存知(ぞんじ)ておりませんでした。
お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「匿名希望です」
10
ホームルーム終了後、希望に落し物を返そうとしたのだが、声をかける前に教室を出て行ってしまった。
急用があったのだろうか。
明日で良いか、俺も帰ろう。
心なしか今日の放課後は人が少ない気がするな。
部活動は通常通りあるのに。
まあ、気のせいかもしれない。
別に普段から観察しているわけではないしな。
「おーい」
階段を降りる俺を引き止める声があった。
可愛らしいその声は、俺にだけは憎たらしく聞こえた。
聞こえなかったフリをして足を進める。
「待ってって言ってるでしょー! あいた!」
パタパタと走り寄って来たソイツは、勢い余って俺にぶつかった。
「何の用だ人畜有害」
振り返り、小柄なソイツの顔を見下す。
視線の先では幼馴染みが首を傾げていた。
「無害の間違いじゃない?」
「ただの言葉遊びだ」
「ふーん?」
一呼吸置いて、悪戯に笑う。
「知ってる? 生徒会と聖人君子が、ツギハギモンスターを捕まえようとしてるんだって」
「知ってる」
踵(きびす)を返し下駄箱に向かう。
「ちょ、ちょっと」
服を摘まれる。
「なんだよ? 帰りたいんだが」
「いいの? 助けなくて」
「は?」
思わず振り返り、顔を見つめる。
冗談を言っている訳ではない様だ。
「意味がわからないんだが」
都市伝説の化け物を助けるってのは、どういう意味だ。
しかもなんで俺が。
助ける義理なんてないし、第一何を助けろというのだ。
「また見殺しにするの?」
「?っ!!」
いつもと変わらないはずのさやの目が、鋭く、冷たく、残酷に見えた。
思い出したくない顔を思い出す、だからコイツには会いたくなかったというのに。
逃げる事を許さないと暗に言っている。
今も、そうなのか?
「気付いてないの? ツギハギモンスターは都市伝説なんかじゃなくて――」
11
どうしてこうなったんだ。
汗で、服が肌に張り付き、気持ち悪い。
普段運動しないため、急激に運動に体が付いていけてない。
息が切れ、体力は限界に近い。
吐き気すら覚える。
されど立ち止まれない。
怒声が背中に刺さる。
俺は、ツギハギモンスターの手を引き、裏路地を走っていた。
更に具体的に説明すると、逃げていた、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)から。
――数十分前、人畜有害なる幼馴染みを振り払い、帰路を歩いていた俺は。
ツギハギモンスターと再び遭遇した。
だが今回はまだ陽が落ちておらず、あろう事か、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)に追われていた。
本格始動した彼らに、早くも発見されてしまったのだ。
何故ツギハギモンスターは、彼らに捕獲されるリスクを負ってまで、この時間に出現したのだろう。
疑問が浮上した束の間、目があった、暗闇の様な目と。
顔を見ても、感情は読み取れない。
歪な口から、言葉は聞こえない。
けれど、明らかに化け物は助けを求めていた。
「いいの? 助けなくて」
先程の言葉が、脳裏を掠める。
なんで俺が?
俺は無関係で、ツギハギモンスターとかいう、馬鹿らしい都市伝説の化け物が、どうなろうと知ったこっちゃなくって、巻き込まれるのなんて御免で、百害あって一利もなくて。
そんな事を理性的に考えていたのに。
俺の手は、化け物の手を掴んでいた。
化け物の手は、暖かかった。
12
人気のない公園には、妙な物々しさがある。
子供の無邪気さを、闇で覆い尽くしてしまう様な、言い知れぬ残酷さが、そこにはある。
七ツ洞学園の近所の公園、時刻は黄昏を過ぎ、子供の姿はない。
ここにいるのは、ぐっしょりと汗をかき、ぜえぜえ言ってる男子高校生。
そして継ぎ接ぎの化け物。
おまわりさんが通りかかったら、確実に職質されてしまう。
近隣住民に見つかっても、通報されてしまう。
正義感に溢れた生徒会役員と、聖人君子の忠実なる下僕から逃げた結果、ここに行き着いた。
いや、来るべくして来た事を、俺は既に知っている。
この化け物の正体を、俺は既に知っている。
化けの皮を剥がす事が、俺に与えられた役目なのだろうか?
そんな結末に行き着くのか?
違う、そんなに仰々しい話ではない。
「もう、こんな事終わりにしようぜ、ツギハギモンスター、いや……」
俺はただ、クラスメイトの、少し変わった女の子の名前を呼んだ。
「小早川希望(こばやかわのぞみ)」
着ぐるみの手が、自らの頭部に伸び、覆面を脱がす。
正体を暴かれ希望の顔には、諦めと疲労が滲んでいた。
「あの、ごめんなさい……。こんな事になるなんて、思わなくて」
逃げる際、顔は見られていないはずだ。
もし見られていたら、俺がツギハギモンスターを匿った事が知られたら、結構面倒くさい事になる。
警察に引き渡される事も、充分あり得るし、停学も想定の範囲内だ。
そのリスクを負いながら、都市伝説の化け物に手を差し伸べたのは、例の戯言を間に受けたからじゃあない。
化け物だったら、助けない。
人を不幸にする化け物なんて、捕まってしまえば良いと思う。
だが俺は、ツギハギモンスターの正体が、希望だという事を知っていた。
さやの戯言に影響されたから助けた訳ではない。
さやに教えられる前から、ツギハギモンスターの正体が着ぐるみだと気付いていた。
「これ、落し物だ。その着ぐるみの一部だろ?」
制服のポケットから布を取り出す。
希望は布に目をやるが、受け取りはしない。
今や不要なのかもしれないが、俺も要らないのだが。
改めて着ぐるみを見る。
それは見れば見るほど、不細工な造りだった。
キメラの肌に見えたのは、縫い合わされていた異なる色の布だった。
前に見た時と、あちこち色や縫い目の位置が違う。
きっと造りが甘く、着る度に崩れていたのを、何度も直していたのだろう。
見る度毎回色が違うというのは、補修する度に違う色の布を使っていたためだろう。
不器用なりに頑張ったんだと察せられる。
手の怪我はその時に出来たのだろう。
今も、走ったせいか、縫い目が解けそうになっている。
「部活を辞めたのも、着ぐるみを着るためだったんだろ。部活を辞めれば時間が出来るし、帰宅する生徒に目撃されるのも、一足早く帰っていればタイミングが合う」
わざわざ部活を辞めてまで、こんな事をする理由までは解らなかったが、後で他の疑問と纏めて訊くとしよう。
「着ぐるみを着て、あんなに早く走るのも、元陸上部の君なら可能だろ?」
逃げている時、俺が足手纏いになるくらいだった。
運動部でもなければ、体を鍛える機会なんてないからな。
現代っ子ってヤツだ。
希望と同年代だが。
「俺の推理はこんなとこだ。今度は俺に教えてくれ、なんでこんな事したんだ?
なんで助けを求めたのが俺だったんだ?」
推理、なんて言葉を使ってしまったが、俺は自分で証拠を集めたわけではない。
成り行きでヒントを渡され、巻き込まれただけだ。
彼女は俺にSOSを出していた。
なんなら学校で俺に自白するつもりだったのかもしれない。
しかし、何故俺に?
話したのはこの間が最初だというのに。
「あの、ごめんなさい。本当は、こんなつもりじゃなかったの」
再び頭を下げる希望。
俺は無言で、言葉の続きを促す。
「本当はこんな事がしたかったんじゃないの。私ね、去年エミちゃんと同じクラスだったの」
「!!」
その名が、希望の口から出るとは思わず、動揺を隠しきれなかった。
脳裏に、あの笑顔が蘇る。
呪いの様に。
「私ね、去年までひとりぼっちだったんだ。人付き合いが苦手で、クラスで孤立して。でも、エミちゃんの笑顔に助けられて。エミちゃんは、私にとってヒーローだった……」
その笑顔を、俺はよく知っていいる。
嫌になるくらい。
嫌なのは自分自身だが。
「エミちゃんがいなくなっちゃって、私はとてもショックだったけど、でも、いつまでも俯いてはいられないから、今度は私がヒーローになろう、エミちゃんの代わりになろうって、思って」
苦しそうに言葉を紡ぐ希望。
誰にも言えずにいた事を、今吐き出そうとしている。
「本当は人助けがしたかったんだ。困ってる人を助けたかったんだ。勇気のない子を力付けたかったんだ。着ぐるみのヒーローになろうとしたんだ」
しかし、現状は、まるで逆で。
「誰が言いだしたのかはわからないけど、私がしようとした事は逆効果になって。見た者を不幸にする化け物なんて言われちゃった。仕方ないよね、私裁縫苦手で、こんな歪になっちゃって、化け物に見えるよね……」
着ている継ぎ接ぎを見て、自虐気味に笑う。
「悪戯に見えても仕方ないって思う。やり方を間違えちゃったって気付いた。
でも私わかんなかったんだ。あの子みたいな人の助け方。
ねえ、私どうすれば良かったんだと思う?」
子供地味た悪戯に見えた着ぐるみも、彼女からしてみたら、悩んで必死になった結果だったのだろう。
「ゴメンね、話した事もなかったのに、こんな役目押し付けて、勝手に頼っちゃって、巻き込んじゃって。誰かに終わらせて欲しかったんだ、私の間違いを。助けてって、素直に言えなかったから」
人に見付かる時間帯に行動したのは、捕まりたかったからではなく、助けて欲しかったから。
されど、化け物を助ける者などいない。
化け物はいつだって、人間の敵で、人間を害する存在で、
人間に倒される宿命だ。
「噂ってのは、誰かの不幸を願う物の方が広まりやすいものだ。そしてその責任を正体不明の誰かに押し付けられるなら、その方が気が楽なんだろう。噂に関しては気にしなくて良い、君は悪くない」
気休めになるかはわからないが、不要な罪悪感を拭ってやる事ぐらいはしたかった。
噂を広めた者に利用された形になるのだから、そこは彼女の罪ではない、冤罪とまでは言えないが。
とはいえ、結果的に彼女は決して褒められはしない行為を犯した。
この事が露呈すれば、警察や教師に咎められる事は、間違いない。
「誰かの真似なんかする必要なんかない、人間は自分にしかなれない。そもそもアイツは誰かを救おうなんて考えてなかった。俺達が勝手に救われてた、それだけの事だろ」
こういう時、気の利いた言葉が言えないのは、普段から喋る事になれてないからかもしれない。
自分では励ましてるつもりだったが、突き放した様にも聞こえてしまったかもしれない。
「とりあえず、着替えてきたら? そこのトイレでしょ?」
園内片隅の公衆トイレを指差す。
「そうだけど、なんでわかったの?」
怪訝な顔をする希望。
照れ隠しの様に話題を逸らしたが、あらぬ疑いをかけられてしまった。
覗いた訳じゃない。
ツギハギモンスターの被害のひとつに、ここのトイレが使えなくなっていた、というものがあった。
七ツ洞学園の通学路からも近いここで、ツギハギモンスターが着替えていると俺は推測した。
ここに逃げてきたのも、着替えるためだと結論付けるのも、容易な発想だ。
「じゃあ、着替えてくるね」
小走りでトイレに向かう希望。
トイレに入り、姿が見えなくなったところで、俺は踵を返し公園から出ようとした。
「それがお前の選択か」
13
「ちっ」
声で言葉の主を特定した俺は、姿を確認する前に舌打ち。
公園の出口で待ち伏せしていたのは、生徒会長だった。
生徒会役員は巻いたと思っていたのだが。
「なんでここが分かった?」
「俺だけヤツを追わず、怪しい場所に目星を付けていただけだ」
俺達は互いに目を合わせない。
「捕まえる気か?」
「今回は見逃してやろう。他の役員にも、見付けられなかったと報告しておこう。だが見逃す事が優しさだと、俺は思っていない」
一々気に障る事を言うヤツだ。
「一度レールを踏み外したヤツは、もう道には戻れないとでも言うのか?」
「それは極論だ。規則を破った者に、それなりの措置を施すのは、常識だろ?」
それが気に食わねえんだよ。
どうせ素行不良のレッテルを貼られる羽目になるんだろ。
「正論が正しいのは誰だって知ってる、その通りに生きれないから誰もが苦悩するんだろ」
俺の言葉を、鼻で笑う生徒会長。
「お前には説得力がない」
「生憎お互い様だ」
皮肉の笑みを浮かべる俺達。
水掛け論だとは気付いている。
「日色笑花(ひいろえみか)を忘れるな」
「そっくりそのまま返すぞ」
ついに顔を合わせる事なく、生徒会長は立ち去った。
口を出たその言葉は、言われるまでもなく、自分の首を絞めていた。
14
「おはよう」
何事もなかったかの様に、希望が声をかけてきた。
いや、それで良いのか。
腫れ物が取れた様な、爽やかな笑顔だ。
「待ってくれてるかと思ってたのに」
あの後、希望が着替え終わるのを待たずに帰った。
なんで一緒に帰る事になってるんだ。
「冷たいなあ、色々話したかったのに」
俺は特に用事なかったからな。
「夜道は危ない人がいるから、女の子を一人にしちゃいけないんだよ」
君が言うな。
ツギハギモンスターの噂は、生徒会の力を借りずとも、徐々に収束していくだろう。
見た者を不幸にする化け物が現れなくなったって、悪い事はなくならないが、そんなの自然の事だ。
嫌な事の責任を擦り付ける捌け口なんか、なくたって良い。
「部活、なんで辞めたんだ?」
そんな事を言われるとは予想外だった様で、キョトンとする希望。
「怪我したわけじゃないんだろ?」
「えっと、他にやりたい事が出来たから?」
「着ぐるみで夜道を徘徊するとか?」
「……」
指摘されるとわかっていたのか、気まずそうに黙ってしまう。
「なんでわざわざあんな着ぐるみなんか着たんだ? 人助けがしたいなら、あんな物着なくたって良いだろ」
「コレだよ」
前にも見たキーホルダーだ。
アニメの真似事だったのだろうか?
「このアニメの主人公はね、学校じゃダメダメの子だったんだ。でも着ぐるみを着ると、人が変わったみたいに、勇気が出て、なんだって出来ちゃう、そういうヒーローだったんだ」
「勇気、ねえ」
「誰だって、本当の自分を知られるのは怖いでしょう?」
「……そうだな」
案外、人は弱い。
それを誰もが自覚していて、他人に知られない様に、必死で隠して生きている。
素顔のまま英雄に祭り上げられると、以降もその人物は英雄としか認識されず、特別な人間としてのレッテルを貼られる。
聖人君子の様に。
人を助ける事もそうだが、そんな生き方は、中々出来るものではない。
レッテルを貼られ、わかりやすいキャラクターを演じる様な生き方は、苦痛だろう。
「だから君も名前を隠すの?」
その質問に答えられないのは、俺が弱いからだろうか。
立ち向かえないからだろうか。
「ねえ、好きな人いる」
「は?」
どうしてそうなる。
「私君に気があるかも」
勘弁してくれ。
ここは俺の理想が高い事を教えてやって、諦めてもらおう。
「俺は聖人君子こと、神子戸天(みことたすく)が好きだ」
「高嶺の花だねー」
「……」
逆効果だった。
「じゃ、ホームルーム始まるからまた後で」
希望は小走りで自分の席に戻っていった。
代わり映えもしない俺の日常は、少し変わったクラスメイトの、ヒーローに憧れる少女によって変えられた。
厄介事に巻き込まれるなんて御免だが、化け物に襲われるのに比べれば、悪くない。
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