真恋姫無双幻夢伝 第八章4話『穏の思惑、愛紗の祈り』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第八章 4話 『穏の思惑、愛紗の祈り』
長かった一日が終わり、兵士たちは陣で泥のように眠る。決着がつかなかった。この事実はこの戦いに参加した者に徒労感だけを残し、すでに兵士たちの胸の内には望郷の念が渦巻いていた。
早く決着を付けなければならない。蜀では夕食後、軍議が開かれていた。
「呉からなにか連絡が来た?」
全員が椅子に座り、蜀の軍議が始まるや否や、一刀は、朱里と雛里に聞いた。彼女たちは首を振る。
「いえ、なにも……ご主人様のお手紙は届いているはずだと思いますけど」
「江陵からの情報によれば、呉の水軍は江陵の近くまで来たそうです……それでも、連絡がないというのは、なにかあったとしか……」
「やつらが魏の後ろを襲えば、勝利は間違いないはずじゃ。なぜ動かん」
ぼそりと言った桔梗の言葉に、全員が頷く。彼女たちの仏頂面からは、いら立ちが見て取れた。
星が、一刀に質問する。
「主よ。手紙にはなんと書かれましたか?」
「前に桃香が書いたものとほぼ同じだよ。愛紗を助けたいとか、皆のために李靖を倒すとか」
「……それでは不十分かもしれませんな」
一刀は怪訝な表情で星を見る。彼女は、隣で座っていた鈴々に聞いた。
「鈴々。なにか手伝いを頼まれたとしたら、お主はどうする?すぐに手伝うか?」
「う〜ん、なにかによるのだ」
「では、晩飯に何でも好きなものを食べさせてやると言われたら?」
「それはすぐに手伝ってやるのだ!」
星はありがとうと言って、再び一刀を見た。彼にも、彼女が言わんとしていることが理解できた。
「それじゃ、つまり、孫権たちは報酬を求めていると?」
「そうかもしれませぬ」
「ふざけやがって!強欲な奴らめ!」
焔耶が机をドンと叩く。彼女を叱る者はおらず、ざわついた軍議からは呉への憎しみの声が聞こえてきた。
桃香は困った様子で、朱里の意見を求める。
「朱里ちゃん、どうすればいいかな?荊州を半分あげちゃうとかは、どうかな?」
「桃香さま!それはダメです!」
「焔耶の申す通りです!皆で守ってきた領土をみすみす与えることはできない!」
星の言葉に、全員が頷く。一刀は、朱里に提案した。
「そもそも孫権たちがそう望んでいるか分からないんだ。今日のところは様子を見るってことでどう?」
「……そうですね。明日には紫苑さんの水軍も到着します。これで形勢が好転するかもしれません」
しかし、こちらより兵力が大きい魏・汝南軍を独力で倒すのは困難だ。頼りにしていた南蛮軍も、美以の怪我で明日は動けない。
となると、策が要る。そこで、雛里が手を上げた。
「わ、私に作戦があります」
雛里は椅子の上に立つと、机に地図を広げた。そしてその地図に指をなぞる。
「ここに、間道(抜け道)があると聞いたことがあります。この道を使えば、彼らの後ろに回り込めるかと…」
「雛里!それは本当か!」
「あわわ…は、はい。ご主人様」
ここを使えば、敵の後ろから奇襲が出来る。ただし、ここで鈴々が首をひねった。
「どうして雛里は昨日、このことを知らせなかったのだ?」
「それは、そちらにまわす兵力が無かったからです……でも、明日は“彼女たち”が来るから…」
「確かに、“あの2人”なら任せられるのう」
と、桔梗が呟く。一刀は、雛里がなぞった部分を見つめ、そして決めた。
「よし!明日はそれでいこう!明日こそ必ず、愛紗を救うんだ!」
同時刻、魏と汝南の陣営でも、武将たちが机を囲んで座り、軍議が行われていた。まず取り上げられたのは、呉の動きである。
「江陵まで来て動かない…」
「その通りです、華琳さま。江夏に三万人を残して、残りの五万人が水軍で移動中とのことでしたが、江陵付近の沿岸に停泊しました」
「そのまま陸路で進む様子は?」
「今のところ、ありません」
華琳は、桂花の報告に首を傾げる。良い関係の同盟国なら、すぐに助けに向かうはずである。
「華琳、ちょっといいか?」
「どうしたの、アキラ?」
アキラは懐から手紙を取り出すと、隣で座っている華琳に手渡した。本日、穏から送られてきた手紙だった。
その内容に、華琳が眉をひそめる。
「妙な内容だわ」
「そうだ。一見すれば単なる宣戦布告を示しているが、表現が婉曲すぎる。特にこの…」
アキラは手紙の一部分を指さした。
「『天の時を逸して、あなた方と敵対する』と書いてある。まるで敵対することを嫌がっているようだ。 “時が巡って来れば、味方になる可能性がある”と言えなくない」
「確かに、そう捉えられるわ」
華琳は手紙を桂花に渡した。桂花は、風と稟を集めて話し合い始めている。詠がその間に、今後の対応について話した。
「ボクたちは呉と連絡を取り続けるわ。なにか伝えることはある?」
「もし味方になるのなら、長沙など荊州南部を譲る用意がある。荊州の州牧の地位も与える。そう伝えてもらえるかしら」
「分かったわ」
だが、その可能性は少ないと、全員考えていた。赤壁であれほどの戦いを繰り広げた相手である。蜀と対立するとしても、中立を選ぶだろう。
独力で蜀を倒すしかない。彼らもそう考えていた。そこで、アキラが策を提示する。
「みんな、ちょっと見てくれ」
彼は立ち上がると、地図の一部分を指さした。それは雛里が示したところと同じだった。
「先ほど、ここに間道があるとの情報が手に入った。夷山(夷陵北部の山)の中腹だ。ここを通れば、蜀の陣の横から奇襲できる」
おお!と歓声が上がった。稟が彼に質問する。
「すばらしいことです。奇襲部隊の編成はいかがしましょうか?」
「今日の戦闘に加わらなかった恋に行ってもらう。ねねが参謀だ。いいか?」
「分かった」
「ねねたちにお任せあれなのですぞ!」
アキラも頷きかえし、指示を続ける。
「後詰めに真桜と沙和をつける。恋が道を開いたら、2人も蜀の陣になだれ込め」
「分かりましたなの!」
「やったるでー!」
これで作戦が決まった。華琳が立ち上がり、2人が全員に檄を飛ばす。
「明日こそ敵を打ち破る!みんな!気合を入れろ!」
「今日、陣を崩された屈辱を晴らしなさい!いいわね!」
雄叫びが会議場にこだました。
その余韻が消えた後、彼女たちは次々と軍議の会場から出ていく。その帰路、華雄が彼に話しかけた。
「なあ、アキラ」
「どうした?」
「関羽を見舞ってはもらえないか?少し話すだけで良い」
「なにかあったのか?」
華雄はうつむきがちに言った。
「殺してくれ……ずっと、そう言っているんだ」
長江の沿岸に布陣した呉軍の兵士達は、穏やかな表情で眠っていた。まるで、すぐ近くの大戦を知らないように、夜の長江のごとく静まり返っている。
夜風の中に、亜莎の声が聞こえた。
「穏さまが分かりません」
長江を眺めていた祭が、亜莎の方を振り向く。水面に映る月が黄色に輝いている。
「冥琳さまを失って一番悲しいのは、一番弟子の穏さまですよね。それなのに、すぐに李靖さんを倒しに行かないなんて…」
と言って、亜莎は難しい顔をしている。祭は亜莎に近づくと、彼女の額をこづいた。
「いたっ!」
「ばかたれ。少しは成長したかと思えば、まだまだ阿蒙じゃな」
「な、なんでですか?」
「よいか。戦場での斬った斬られたなんてことを気にしたら、身動きとれなくなるわい。冥琳だって自分の死には納得しているはず。呉を守り切っての戦死じゃ。本望じゃろう」
祭はそう言って、また川面を眺めた。そしてしみじみと語る。
「あやつはもう立派な軍師じゃ。冥琳を受け継ぐ、な」
この2人から遠く離れたところに、穏がいた。彼女も川面を眺めている。
「冥琳さま」
この川で死んだ師を思う。
「私は、蓮華様を天下人に押し上げます。あなたの遺志を継いで、どんな手段を使おうとも」
彼女は誰よりも冷静に、この戦いの行方を見つめていた。
アキラは、自陣の一角に設置された牢獄に足を向けていた。檻だけの簡易的なもので、戦場で得た捕虜を収容している。アキラは襄陽の?越たちを信用できなかった。そのため愛紗を手元に置いていたのだった。
彼が彼女の檻に近寄ると、中にいた影が少し動いた。蝋燭をかざすと、彼女のうつろな瞳が見えた。
「お前か……」
「生きているのがやっとって感じだな、愛紗」
彼女は彼の元に近づく。そして檻の鉄棒を掴み、彼に訴えた。
「頼む、アキラ。私を、私を殺してくれ!」
「………」
愛紗の頬に涙の跡が見える。彼女はどれほど泣いていたのだろうか。
何も言わない彼に、愛紗は頼み続ける。
「お願いだ……ご主人様や仲間たちが戦っている声がずっと聞こえる。私のために…私のせいで…みんなが苦しんでいる。もう、耐えられない……」
「………」
「お前の剣を貸してくれないか…何もしなくていい。自分の始末は、自分でつける」
愛紗の手がアキラの剣に伸びる。彼はその手を掴んだ。食事もろくにとっていないのか、その手は痩せていた。
彼はその手を放して、尋ねた。
「なあ、これはお前の願いか?それとも、北郷がそう願っていると考えているのか?」
「……ご主人様だって、こんな役立たずはいらないはずだ。迷惑ばかりかけて…みんなを苦しめている……」
それを聞いた途端、アキラの目がつり上がった。愛紗の胸ぐらをつかみ、叫んだ。
「ふざけるな!北郷はそんなことを考えちゃいない!」
愛紗は目を丸くする。そしてうろたえながら反論した。
「お、お前に、ご主人様の何が分かる?!」
「分かるさ。少なくとも、あいつは部下の死を望むようなクソッタレじゃない。俺が相手にしているのは、そういう誇り高き武将だ!」
アキラは胸ぐらを放して立ち上がり、彼女に言い残した。
「あいつらは全力で戦いを挑んできた!俺たちも全力で叩き潰す!お前が望もうと望まないと、関係なくな」
「ま、まってくれ!」
「お前の武器を借りていくぞ。そこで大人しく見ていろ!」
アキラは去った。愛紗は檻の中で、夜空を見上げた。黄色い月が黒い空にぽっかりと穴を空けている。
その内に彼女は、もはや自分が何をしても、この戦いを止められないことを理解した。歴史がこの戦いを望み、決着を欲している。愛紗は気が付いた。
「ご主人様、ご武運を」
彼女は月に祈った。それだけが、彼女に残された唯一の役割であった。
説明 | ||
夷陵の戦い第一回戦が終わった後、各陣営の動きです。 | ||
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