温泉泉士 ゲンセンジャー 第一話(6)
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葵が違反ぎりぎりで飛ばしたので目的地にはあっという間についた。車を止めて駆けていく葵を俺はあとからふらふらと追う。

竹林の間の細い道を駆け抜けてたどり着いたそこは湯気が立っていた。竹を編んで造った囲いが無残にひしゃげており、その向こうにひろがるのは昨日のとは違う、おそらく天然の岩を利用して造ったのであろう露天風呂だ。しかし今その見事な風呂は岩が破壊され湯は濁っている。

 

「ひでえ」

あまりな光景に思わずつぶやいた。

「双葉!求馬!どこだ」

葵が叫ぶとすぐ返事が返ってきた。

「ここだよ、葵!幸い近くだったから姫を運んできた!」

求馬と双葉が露天風呂の岩陰に立っていた。何故か双葉がリヤカーらしきものを引いている。それに乗ってもわもわと湯気を立てているのはでかい樽、いや、あれは風呂桶か?なんで風呂桶?!

「よいしょー―!」

双葉がどういう筋肉構造をしているのか、勇ましい声とともに風呂桶を抱え上げ地に下ろした。

駆け寄った俺と葵の目の前で、ざば、と湯を溢れさせながら風呂桶のなかから立ち上がる者がいた。もちろん昨日風呂であった姫神だ。

「なんで風呂桶に入って運ばれてんの?!この人!」

しかもすっぽんぽんじゃん。いや、昨日と同じく髪の毛が的確に隠してるけど!

 

「姫は今力を陰転させられてるから、温泉から出たら弱って消えてしまうんだ」

葵がぺしぺしと風呂桶をたたいて説明してくれた。

「くっ、すまぬ、わしが不甲斐ないばかりにお主らに迷惑をかけてしまうのう」

「大丈夫だよ、姫!その為にボクらゲンセンジャーがいるんだから」

握りこぶしを作って、悔しげにしていた姫がはっとした風に顔を上げた。

「ふははは!来たな姫、そしてゲンセンジャーのガキ共!」

つられて俺達も顔を上げる。無残に破壊された露天風呂の、おそらくは脱衣場であるのだろう小さな小屋。その屋根の上から俺達を見下ろす奴らがいた。

 

長身の男が一人とその向かって右側にやや猫背でぽっちゃりした男、左側には、あれは犬か?どっかで見たような。は!もしや某有名温泉旅館のCMに出ていた看板犬エンジ●ル君では?!いや違う。サモエドにしてもでかすぎる。真っ白な毛皮がモフモフとしていて陽を反射して光っている。犬を見て葵の横に立っている求馬が頬を赤くして手の指をわきわきと動かし始めた。そう言えばこいつ犬派って言ってたっけ。

 

しかし、そいつらの格好というのがなんというか……。黒いマントにノースリーブの黒の上下。同じく黒い仮面舞踏会につけるようなマスク。そのマスクを犬にまでつけさせてやがる。

「今日こそ勝負だ!」

どうやら長身の男がリーダーらしく、びし、と指をつきつけてくる。

こいつらが姫神に呪いをかけた邪悪な敵集団なのか?

とてもそうは思えんが。どう見ても残念なコスプレ集団なんだが。

「くそ、ジャグンマー四天王め!許さんぞ!」

葵が握り拳を突き上げた。え、マジなの、やっぱりあいつらが敵なの?ジャグンマーって名前なの?三人?だけど四天王なの?

 

「さあ謙二郎、お主も戦うのじゃ!これに着替えろ!ゲンセンマンのユニフォームじゃ」

姫がどこから出したのか風呂桶から出来る限り腕を伸ばし俺にユニフォームとやらを手渡してくる。勢いに負けて思わず受け取ったが、これは……どーみてもこれは。

「浴衣だよな?!」

給水性の高そうな白地の木綿におんせん県のロゴマークが模様として飾られているそれは、明らかに温泉客用の浴衣だった。

「言っておくが、着替えないと後悔することになるぞ」

背後からぼそっと声がして思わず振り向けば、そこにはいつのまにか浴衣に着替えた求馬が立っていた。

「さ、謙二郎はやく」

双葉もまた浴衣姿だ。着付けの仕方が女物なのはつっこまねえぞ。

 

「ふふふ、足並みが揃わないようだな。言っておくが最早お前達に勝機はないぞ」

「なんだって、それどういう意味だよ」

キッと双葉が敵を睨みつける。

「簡単なことだ。戦いとは数の多い方が勝つ」

双葉の問いに答えたのはぽっちゃりとした男の方だった。

「お前達ゲンセンジャーは三人しかいない!」

びし、とぽっちゃりが指差せば、対抗するように求馬も指をつきつけた。

「お前達に言われたくない!今まで散々『三人?だけど四天王』とか言う訳のわからないキャッチフレーズで挑んできたくせに」

「そのツッコミが出来るのも今日までだぞ、グリーンよ、何故なら我々は四天王最後の一人を迎えたのだからな!」

ぽっちゃりがさっと体を横にずらした。長身も犬も同じように動く。空いた空間にどうやって隠れていたのか人が立っていた。

 

女だ。おそらくは外国人なのだろう。女性にしては高い身長の上に黒いヒールのついたブーツ。姫の髪の毛に負けずおとらず大事な所しか隠していない黒革のチューブトップと超ミニスカ。豊かな胸はチューブトップの上部分に見事な谷間をはみ出させている。顔はやはりマスクをつけているが白くて面長の輪郭といい、赤い口紅を塗った口元と横に飾られているほくろといい、美女なのは間違いがない。豊かで長い黒髪はマントとともに背に流れている。

「おお」

と葵。

「す、すごい」

と双葉。

「は……」

と求馬がぷるぷると震えたかと思うといきなり叫んだ。

「破廉恥な!なんなんだその格好は!女ならば慎みを持て!」

「なっ……素っ裸の小娘を連れているお前らに言われたくないわー!」

求馬の糾弾に女がもっともな返しをしてきた。

「風呂に裸で入るのは当たり前じゃろうがあ!」

いきなり姫が思いきしずれた事を叫んだ。

「わしはたとえ外国人といえど温泉には裸で入るのを要求する!水着なんぞを着るのは邪道じゃ!」

「よ!さすが温泉の守護神!」

葵がやんやと手を叩いた囃し立てる。なんか屋根の上の三人と一匹がちょっとよろめいたように見えた。あれ落ちるんじゃねえのと思ったが、なんとか持ちこたえたようだ。

 

「と、とにかく、これで四対三、一人が一人をくいとめたとて一人余る!今日こそ姫の息の根を止めてくれるわ!げはげは!」

長身が横に薙ぐようにして腕を振った。それが合図だったらしい。三人と一匹が屋根から跳んだ。

「大丈夫、ボクが二人止めてやる」

双葉が真っ先に飛び出した。お前が強いのは知ってるけど、二人を相手にするなんて大丈夫かよ、ここはやっぱりレッドが行くもんじゃないのか?

「よし、任せた!」

って、あっさり任せちゃったよ、レッドー――!

「お前戦う気がないなら失せろ」

俺をどんと突き飛ばして求馬も飛び出していく。

「よし皆の者、変身じゃ!」

姫が叫ぶと同時に風呂桶から湯が間欠泉のように噴出し三人に降りかかっていく。

湯に濡れた奴らの浴衣が光りだし、次の瞬間、日曜朝7時半によく見る人達と似たようなスーツに変わっていた。

 

「ゲンセンレッド!」

「ゲンセングリーン!」

「ゲンセンイエロー!」

「「「温泉泉士ゲンセンジャー参上!」」」

 

走りつつポーズを取り名乗りをあげるという器用な三人の背を見送った俺は、嘘だろ、と呟くしかなかった。

 

説明
某おんせん県で源泉を狙う悪?の組織と戦う戦隊ヒーローのお話です。
ようやく敵が出てきました!
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