恋ゴコロの育てかた @ |
『泉水子ちゃんだって、彼氏がほしいと思ったことくらいあるでしょう』
以前真響に聞かれて、泉水子はどぎまぎしながらも「ある」と答えた。夢みたいに思い描いたことくらいなら。
でも分からない。『つきあう』ってどういうことなのだろう。
泉水子の認識としては、自分もしくは相手が付き合ってほしいと告白をし、それに応じて恋人になる。
では、告白がない場合は?
深行は必要だと言えと言ってくれた。思われてもないのに行動できないと。そうできたらどんなにいいかと涙が零れたけれど、言ってしまえば深行が泉水子に従属することになってしまうという問題は無視できない。
迷惑をかけたくなくて返事を保留させてもらったが、本当は考える余地もないくらいに深行を必要としていた。そのことにやっと気がつけたのだ。
離れたくない。そばにいたい。その手を離したくないという気持ちが、泉水子を強く突き動かした。
そして冬休み。玉倉山の山頂で、降ってくるような星空の下で唇が重なった。・・・はず。
自信が持てないのはその後の玉倉山での深行の様子があまりにも普通だったからだ。あれは夢だったのではないかと思ってしまうほどに。
鳳城学園に戻ってくると、敷地内の木々の葉はすっかり綺麗に落ちており、冬木立となっていた。
少し寒々しいものの、木の仕組みがくっきりと見ることができる。幹と枝が一本一本空に向かって力強く伸びていて、寒さに耐えながら春に向けて準備をしているのだなと思うと、少し元気をもらえる気がした。
心機一転、スタートラインに立ったつもりで、がんばらなければ。
気持ちを引き締めていると、あっという間に女子寮と男子寮の分岐に来ていた。
このまま別れると思っていたら、深行は泉水子を見下ろして言った。
「明日から学校だが、高柳が土産物を持ってきても受け取るなよ」
(・・・しつこいんだから)
泉水子がお菓子につられたことが、よほど気に入らなかったのだろう。分かった、と唇を尖らせてうなずくと、深行は目を細めた。泉水子の頭をぽんと撫で、その手を軽く振って去っていく。
その背中を見送りながら、激しく波打つ鼓動を意識した。耳が焼けるように熱い。
正確には、何も変わっていないわけではなかった。
帰りの飛行機内では、離着陸時に身を固くする泉水子の手を握ってきた。予想外のことに心臓が飛び跳ねるほど驚いたが、おかげで不安を感じることなくいられた。
電磁波に干渉してしまう泉水子がひどく緊張する瞬間。それを深行に話したことはない。いつから気がついていたのだろうか。
そしてもうひとつ。泉水子を見る瞳が時折今まで違う。どうとはうまく言えないけれど、直視してしまうと大変なことになるので、こちらもまだ検証できていなかった。
結果。泉水子は深行との関係を、明確に認識できずにいた。
「相楽とは、なにか進展あった? ついにつきあうことになったとか」
部屋に入った泉水子を迎えた真響は、おかえりもそこそこに開口一番突っ込んできた。
聞かれて泉水子は、むうっと考え込む。その反応に真響はやや拍子抜けした顔をした。これがあの星降る夜の翌日ないしは数日以内であれば、泉水子も真っ赤になってこれ以上ないほどうろたえただろう。
けれど泉水子は考えて考えて考えすぎて、寝不足の日々を玉倉山で過ごし、逆にもう冷静になっていた。むしろこちらのほうが聞きたいくらいだった。
本人に聞くのが一番手っ取り早いと承知しているけれど、どういうつもりでキスをしたのかなどと当然聞けるはずもなく。そもそも夢みたいな出来事で、記憶自体あやふやになってきている。
ちらっと目線を向ける泉水子に、真響が「ん?」とにこやかに首を傾げる。いっそ真響に聞いてみようかと思いかけて、
(だめだめ・・・っ 恥ずかしくて言えないし、第一、深行くんの気持ちも分からないのに、迷惑がかかってしまう)
「ううん、なんでもない。・・・そうだ。あのね、私、大学を目指すことにしたよ」
思い直した泉水子は深行の提案を詳しく話した。むしろ今はこちらのほうがもっと重要だと思えた。泉水子の狭く暗い道筋に、はじめて光がさしたのだ。
最初は驚きに目を丸くした真響であったが、聞き終えるとふんわりと苦笑した。
「だれもかれもがないと思っている道・・・か」
「えっ?」
呟かれた言葉が聞き取れなくて泉水子が聞き返すと、真響は泉水子の手を握った。
「私も・・・私たちも、同じ大学を目指しちゃおうかな」
「ええっ でも」
「真夏に勉強をさせるいい口実になるし。泉水子ちゃんさえよければ、だけど」
茶目っ気たっぷりに微笑まれて、泉水子の目にぶわっと涙が浮かんだ。
「よければ、だなんて。そんな・・・私・・・私・・・」
泉水子は鳳城学園を勧めてくれた大成や雪政に心から感謝をした。山伏にどういう思惑があったにしろ、宗田きょうだいと出会えたことは、泉水子にとってかけがえのない宝ものとなったのだから。
* * * * *
翌日。廊下で声をかけられて、振り向くと深行だった。
その顔を見た途端、きゅうっと胸が締めつけられて、同時にあたたかい気持ちが広がった。あらためて、この人のことが好きなのだなと実感する。
冬休み中・・・玉倉山にいるときは部屋着や弓道着などを見ていたので、久々の制服姿に少し違和感を感じてしまう。
急に遠くなったように思えて。
「お前、ケータイを見てないだろう。何度かメールしたんだぞ」
「あ・・・っ」
そういえば昨日帰ってきたときからケータイを見ていない。充電もしていないので、電源が生きているかもあやしかった。でも持ち込みは校則違反なので、どちらにせよ泉水子は部屋に置いたままなので気づかなかっただろう。
「ご、ごめんね、相楽くん。なにか急用だった?」
身を縮めて謝ると、泉水子の隣にいた真響はにっこりと笑った。
「それどころじゃなかったもんねー、泉水子ちゃん」
うっ、と肩を揺らして僅かに頬を染める深行に、真響はにやにやと畳みかけた。
「進学して研究をする提案、泉水子ちゃんから聞いたよ。執行猶予の引き伸ばしなんて、さすがよく考えついたわね。まあ、私たちも協力させてもらうけど」
深行が顔色を変えてしまったので言ってはいけなかったのかとハラハラしたが、真響の言葉を聞いた途端、彼はぱちくりと瞬いた。何かを思案するように瞳を泳がせる。
泉水子の背後から、女子のひそひそ話が聞こえてきた。
「やっぱり、仲がいいよね。相楽くんと宗田さん」
「冬休み中に何か進展があったりして」
真響から開口一番に聞かれたことと同じであり、けれども泉水子だって一緒にいるのに、誰も泉水子と深行を勘ぐる人はいないのだ。
泉水子はいたたまれなくなって、再度深行に尋ねた。用件を聞いて、もうこの場を離れてしまいたい。
「相楽くん。それで、用事って」
深行はハッとしたように、ああ、と言って泉水子に向き直った。それから周囲に気を配って言いにくそうに、
「鈴原。次の休みは空いてるか」
「・・・・・・」
(休み・・・? 休みって、学校がない日?)
見つめられて、身体は金縛りにあったように動かないが、脳内は目まぐるしく回転していた。休日に深行が泉水子に会う理由を考える。
(あ、そうか・・・っ 大学を目指すからには、お休みを返上して勉強とか)
やっと着地した泉水子が口を開くよりも先に、真響がからかい混じりに言った。
「何よ、あらたまって。泉水子ちゃんにデートのお誘い?」
「・・・メールを見ていないなら仕方ないだろ」
目をそらした深行が苦り切った顔をして答える。
泉水子がふたりの会話を理解できずにいると、背後がざわっと騒がしくなった気がした。
今度は真響が固まった。深行は真響を見て、ますます訝しげな表情で泉水子を見やった。
「・・・鈴原。もしかして、宗田に何も話してないのか?」
「え・・・。な、何もって、何を? 大学のことは、昨日きちんと」
「そうじゃなくて・・・」
深行が困ったように視線を外して首の後ろに手をやる。真響は察しがついたのか、大きく息を吸い込んだ。
「ちょっと! 付き合っているの!? 泉水子ちゃんと相楽」
「ええっ・・・!!」
「え・・・っ」
ひっくり返った声をあげた泉水子を、深行が信じられないものを見るような目を向ける。真響はぽかんとそれを交互に見やり、やがて堪えきれないとばかりにぶふーっと吹き出した。
「わ、笑える・・・! どんな状況かは想像つくけどね。私、泉水子ちゃんのこういうところ、本当に好きだわ」
お腹を抱える真響をよそに、深行は盛大に顔をしかめて泉水子の腕を掴んだ。そのまま引っ張って連れて行く。
「あ、あの・・・みゆ、相楽、くん」
「鈴原のことをなめてた。・・・そうだよな。よく考えれば分かったことだった」
引かれるままに廊下を歩いて、周囲がすごく気になった。視線を感じるのだ。
廊下にいる生徒みんなが泉水子たちに注目しているような。これは自意識過剰なんかではなく、泉水子は深行の手に反発した。その抵抗むなしく、ぐいぐいと引かれて行く。
ずるずると引っ張られて、ひと気のない講堂脇にたどり着いた。不機嫌顔でじろりと睨まれて、泉水子は肩をすくめた。
「だ・・・大丈夫だよ。みんな見ていたけれど、私と相楽くんでは噂になりようがないもの」
深行は少しの間泉水子をじっと見つめ、軽くため息をついた。真直ぐな視線に射抜かれて、ドキドキしてしまう。心臓が早鐘のようだ。
「隠しておきたいのかよ。・・・いや、それよりも俺は鈴原とつきあっているつもりだけど、鈴原は違うのか?」
その言葉に、地面から数センチも飛び上がったように感じるほど驚いた。
「つ、つ、つきあ・・・っ だって、深行くん、山でもいつも通りで。だ、だから私、夢でも見たのかなとまで思って」
心も身体も全然コントロールできない。苦しいくらいに不整脈。熱が一気に上昇して、自分でも何を言っているのか分からなくなった。
真っ赤になって目を白黒させていると、深行は気まずげに顔をそらした。
「それは・・・そうしないと、鈴原は佐和さんの前でもパニクるだろ。それに俺だって、クールダウンが必要だったし」
「くーるだうん」
まったく頭が働かなくてオウム返ししてしまう。深行はきゅっと眉を寄せた。
「そこを拾うなよ。・・・でも、そういうことだから。今度は分かったか?」
(・・・分かったって、何を?)
泉水子の脳内にさまざまな言葉が渦を巻く。
『鈴原のことをなめてた』 『隠しておきたいのか』 『つきあっているつもりだけど』 『クールダウン』
『次の休みは空いてるか』
「あ・・・空いてる!」
泉水子が声を張り上げると、深行は目を丸くした。
続く
説明 | ||
RDG6巻原作終了直後の冬休み明けからです。 本当に勝手妄想ですので、原作読後の素敵な余韻やイメージを大事にされたい方は、閲覧にどうかご注意ください。 |
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