温泉泉士 ゲンセンジャー 第一話(8)
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「でーい!」

 

腕を振りかぶり前につき出す。手のなかに柔らかく温かいものが飛び込んできたので、すかさず思いきり掴んだ。

 

「え」

と女。

「ふえっ?」

と姫。

 

俺は柔らかいものを掴んだまま思いきし腕を回した。

女の動きが止まり、顔がのぼせたかのように赤くなっていく。

 

「い、いやあああっ!」

 

半泣きの声で女が俺を突き飛ばした。

俺の手から、ぶるんと柔らかいものが逃れていく。そう、女の豊かなおっぱいが……。

「う、うう、ひどい、ひどいわ、セクハラよお―――!」

先程のドスの効いた声とは違う弱々しい涙声でそう叫びながら、女は胸元を隠しつつ逃げ出した。

求馬の上に乗っかってガジガジと噛んでいた犬がそれを見て、ワンッとひと鳴きすると後を追っていく。

「くっ、今日はこれまで……」

「おのれ、ゲンセンジャー、覚えていろ!」

ずたぼろになって倒れていた長身とぽっちゃりも犬の声を聞いたのか弾かれたようにして起き上がり去っていった。

 

「勝った……のか?」

気が抜けて風呂桶に背中をくっつけたまま座りこむ。

「あーまあ、そうなんじゃろうが、あのやり方はどうなんじゃ?」

「ちちまわせ、ってあんたが何度も言うからだろうが」

「は?それとお主のセクハラとなんの関係があるというのじゃ」

あれだけ繰り返されればセブンティーンの頭のなかじゃ『乳廻せ』に変換されるに決まっているだろうが。混乱した俺はとっさに姫の指示に従っただけだ。

 

そう説明すると、姫が湯のせいでなく顔を赤くした。

「ち、違う!あれは」

「はははっ、それは他県の人間が聞いて最も驚くおんせん県方言ランキング一位のやつだな!」

「レッド!」

無事だったのか。しっかりとした足取りで歩いてくる姿にほっとする。

「レッド、あんた大丈夫か?!怪我は?」

「ん?怪我なんてしていないぞ?」

「さっき、あんなに血が流れていたじゃないか!」

「ん、あれはな、これだ」

ちょんちょんとレッドが指差したのは自分の顔だった。顔を覆うスーツ生地のちょうど鼻まわりの赤が他より濃くなっている。

「もしかして、鼻血……?」

「はははっ、セブンティーンにあの豊満な肉体は刺激が強すぎてな!戦っているうちについ」

あんたダブリだろーが!

 

心配して損したと落ちる俺の肩に手が置かれた。イエローが初場所、おつかれさまと声をかけてくれた。

「まあ、イレギュラーな勝ち方だけど仕方ないよね」」

イエローが苦笑の声を漏らす。

「だから、ちちまわす、ってどういう意味なんだよ?」

「ああ、それはな、殴りまくって足腰立たないレベルに痛めつけるって意味だ」

くくく、とレッドがいつもと違う笑い方をした。なんでか一瞬赤い血の色のオーラが奴の背後に見えた気がした。

くっそ、方言って難しい。

 

それにしても、と先程の戦いを反芻してふとひとつの疑問にぶちあたる。

「気のせいかも知れないんだけどさ、あいつらって格好は変だけど……普通の人間と、犬じゃなかったか?」

「ん、そうだけど?」

けろりとイエローが言う。

「まあでも、それはこっちも同じだし。戦いはいつも身一つで挑んでるもんね」

うむ、と腕組みをしてうなずくレッドに俺は詰め寄った。

「ちょっと、待て、身一つってじゃあこのスーツに変身してもプリキ●ア的に普通のオトコノコが戦士に変わるってわけじゃないのか?」

「うん特にそういう機能はついていない」

「じゃあ、こんな格好に変身する意味ってなんだよ!」

「だって、ホラ、お揃いの戦闘スーツって格好いいだろ?やっぱヒーロータイムにはかかせないっつうか」

「……と、葵が言うのでな、わしの神通力でちょこちょこっと」

姫がレッドを指差す。ちょこちょこって……意外とチョロいのかこの女。

キラーンと布地の隙間から葵に歯の光を漏らしつつサムズアップされた。んなポーズとっても格好よくないからな!

「いいじゃん、ボクは結構気に入ってるよ。これ」

そう言ってくるりと回るイエローの腰に他とは違いスカートがついているのにはもう何も言わん。

 

ああ、なんだかまた疲れた。

「もういいから、早く変身を解いてくれ!」

姫に訴えれば、何故か三人が顔を見合わせ気まずそうにする。

「よいのか?」

姫が伺うように上目使いにこちらを見てくる。

「こんなんで家に帰れないだろう?!」

昨日は腰タオル一枚、今日はヒーローのコスプレもどきって……ご近所でどういう立ち位置になるか、考えるだに恐ろしいわ。

「うむ、まあ、それは確かに……」

よしわかった、と姫が手を上に向かって翳した。昨日と同じように光が発されまぶしさに一瞬目を閉じた。次に目を開いた時、ブルーのヒーロスーツは消え、もとの制服姿に戻っていた。

 

「……へっくしゅn!」

ぶるっと身体が震えてくしゃみが出た。制服は見るも無惨にびしょびしょだった。

「な、なんで?」

周りを見渡せば、皆、おもむろに濡れた浴衣を制服に着替えだしていた。

「いや、だって、お前ら湯を被って変身したじゃろ、だから、な?」

姫が困ったように笑う。

背後からいきなり肩を叩かれた。肩越しに振り向けば、ふっと勝ち誇った顔で笑う求馬がいた。

「だから言っただろう、着ないと後悔するぞと」

「……顔と眼鏡が犬の涎でべとべとな奴に言われたくね――!」

「さ、さあ、この露天風呂にわしをつけてくれ、葵、双葉」

「そうそう、おんせん県にある要所要所の温泉に姫がすべてつかることが出来れば呪いはとけて、神通力が完全に回復するんだよね」

「ははは!今日もまたおんせん県を守れたな」

「あ、見て葵!姫がつかったらお湯が光り輝いて壊れた露天風呂がみるみる再生していくよ!」

「おお、何回見ても美しい光景だなあ、ははは!」

「おいそこ!設定説明してごまかそうとしてんじゃね―!」

 

やっぱりやっぱり、こんなとこに来るんじゃなかった!

 

俺の雄叫びは温泉の湯気とともに空へと溶けていった……。

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エピローグ

 

「ただいま……」

びしょ濡れの制服姿で家の戸を開けると香ばしい匂いがただよってきた。

「おう、おかえり、謙二郎。今な獲れたてのアジのフライを……」

三角巾を頭に巻いて台所から出てきた親父が俺の姿を見て塊、菜箸を取り落した。

「お、お前、その姿は……」

 

言おう。

今日こそ親父に言おう。もう田舎の温泉は嫌だと、都会の荒波の方がなんぼかマシなのだと。父さん一緒に帰ろうと……。

 

「やっぱり、番長に目をつけられたのか?すごいな、感動だ!田舎ならではだな!ああ、俺は今ノスタルジックに感動しているよ!あ、ところでアジフライ食うか?」

「お前をフライにしてやるわ――!」

 

何がおんせん県だ。何がゲンセンジャーだ。近いうちに親父を見捨てて逆Uターンしてやると、俺はアジフライに噛みつきつつ心に誓った。

 

 

――知らなかったのだ……。

 

数日後、正義のおんせん県源泉ツアーなるものに無理矢理連れ去られることになることを、この時の俺はまだ知らなかったのだ。

 

 

「ふはは、待っていたぞ!ゲンセンジャー!」

「く、ジャグンマーに先回りされていたか!」

「皆の者、変身じゃ!」

「おう、ゲンセンレッド!」

「ゲンセンイエロー!」

「ゲンセングリーン!」

「……」

「どうした、ブルー!お前も早く名乗りを上げるのじゃ!」

「……いやだああああ!」

 

 

俺たちの戦いは、まだ始まったばかりなのだった。

 

   

 

 

温泉泉士ゲンセンジャー 第一話 END

 

 

説明
某おんせん県で悪?の組織と戦う戦隊ヒーローのお話です。
ようやく第一話完です。読んでくださった皆様ありがとうございます!
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