恋ゴコロの育てかた C
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(こんなに・・・感動するお話だったなんて・・・)

 

 

 

映画館というはじめての空間。

 

見えるか見えないかの暗がりの中、深行が近距離にいる緊張感で、絶対に映画に集中できないと思っていた。

 

けれどもいつの間にかぐいぐい引き込まれ、気がつけば泉水子の目から涙がぽろぽろ零れていく。

 

堪えようにもまったく止まらなくて。ハンカチを取り出すべくカバンを探るけれど、焦れば焦るほど見つからない。薄暗いうえに、涙でぼやけてよく見えないからだ。

 

隣から小さく咳払いが聞こえて、泉水子の膝にハンカチがぽんと乗った。

 

急いで手の甲で涙をぬぐいながら深行に目を向けると、彼はじっとスクリーンに集中している。そうしているうちにも涙が溢れてきてしまうので、泉水子は恥じ入りながらもありがたく使わせてもらうことにした。

 

 

映画は少年とロボットの物語で、愛くるしいイラストにコミカルな軽い内容かと思って完全に油断していた。

 

大きくて愛嬌のある、ロボットとはとても思えないぽわんぽわんの白い筐体。始めこそふたりのかけあいや、個性的な脇役たちが面白くてクスクス笑った。けれども、ロボットが優しさに満ち溢れた言葉を少年にかけたところで、胸がぐっと熱くなる。

 

そこからクライマックスに近づくにつれ、泉水子の涙腺は完全に崩壊していった。

 

 

映画が終わり場内が明るくなると、現実に戻ったことで急に恥ずかしくなった。涙は止まったけれど、妙に気まずい空気を感じた。

 

深行が動いたので、泉水子も立ち上がった。人の流れに沿うように彼の後について劇場を出る。

 

深行は何も言ってこない。絶対にからかわれると身構えていたのに。

 

(深行くん、呆れているのかな・・・)

 

とん、と後ろから追い越す人と肩がぶつかってよろけた。その一瞬で深行に置いていかれそうになり、泉水子は咄嗟に手を伸ばした。

 

「深行くん」

 

出た声は自分でも思った以上にか細く、周囲の話し声でかき消されてしまいそうだった。けれど、泉水子が深行の裾をつかむ寸前、声を拾ってくれたのか深行は振り向いた。

 

思わず手がビクッと止まる。厚ぼったいまぶたを見つめられて頬が熱くなった。泉水子は目をそらして、しどろもどろに言葉を紡いだ。

 

「あ、あのう。私・・・情けないけれど、すぐに迷子になってしまうので、今だけ、裾を・・・」

 

行き場のない手に引っ込みがつかないでいると、深行は泉水子の手を握った。

 

「ならないよ。鈴原は」

 

体温が伝わってくる。そのあたたかさと真直ぐな瞳に、呼吸をするのも苦しくなる。

 

手をつなぎながら、泉水子はただ、せわしなく脈動する心臓を落ちつけることに必死だった。

 

 

 

映画館を出て、深行はちらりと左腕の手首を見た。時間を確認したのだろう。

 

「遅くなったが、昼飯にするか」

 

「あ・・・、うん」

 

当たり前のように言われて、泉水子は動揺を隠してうなずいた。

 

(そうか、映画を見て終わりというわけではないんだ)

 

 

そのまま駅ビル内の洋食屋に入った。

 

定番の洋食メニューはどれもこれも美味しそうで、泉水子は決めるのに時間がかかってしまった。さんざん迷った結果、カレーに決めた。深行はカツカレーを選択した。

 

濃厚なカレーに生クリームがかかっていて、あまりの美味しさに一口目で感動してしまった。

 

深行も大口で食べ進める。

 

カツカレーのボリュームにびっくりしたが、美味しそうに食べる深行を見ていて、なんだか嬉しくなった。

 

深行はけっこうよく食べる。佐和が作りがいがあると言っていつも喜んでいる。確かに見ているこちらも気持ちがいい。

 

(そういえば、はじめてふたりで顔を突き合わせて食べたのも、カレーだった)

 

入学前の春休みのことだ。ひとりで食べた朝ご飯は緊張して半分も喉を通らなかったのに、あのカレーはずいぶんと美味しく感じられた。思えばあの頃から、かなり深行を頼りにしていたと思う。

 

そして今、こうしてデートをしている事実に、胸がじんわりとあたたかくなる。

 

こちらの視線に気づいた深行に、泉水子ははにかんだ。

 

「美味しいね」

 

ふたりだから、ことさらに。

 

 

 

カレーを食べ終えてから、映画の感想を言い合った。号泣したことをからかわれたのは、ここでだった。

 

真っ赤になってむくれる泉水子に、深行はさらに軽口をたたいた。

 

緊張していたことが嘘みたいに気負わず会話ができている。宗田きょうだいの話をしたり、お互いのクラスメートの話をしたり。

 

お手洗いにたって時計を見ると、2時間以上経っている。お店が混んでいなかったとはいえ、時間も忘れるほどに深行と話していたことが驚きだった。

 

戻って、店内の窓越しに空を見ると、夕方の色になり始めていた。

 

青い空から朱い空に変わっていくグラデーション。中間の色の美しさは、とてもうまく言い表せられない。

 

ぼんやり見惚れていると、深行はそろそろ行くか言ってと伝票を手に取った。

 

 

外に出たら南の空に半月が浮かんでいた。その近くに星が2つ輝いている。

 

星に願いをかけても、叶わないことは知っていた。

 

それでも。帰り道もやっぱり深行と手をつないでいる。

 

不思議な気持ちだった。ドキドキするけれど、安心する。深行の手のぬくもりが、泉水子をまるごと包みこむ。

 

特別だとあらためて実感する。深行だからこそ、つながっていたいと思うのだ。

 

 

道すがら、デートの終わりをこっそり寂しく思っていると、深行は公園に誘ってくれた。

 

ベンチに並んで座り、自動販売機で買ったあたたかい飲み物を手に暖をとる。しばらくまた他愛のない話が続き、深行はついでのように言った。少々彼らしからぬ不自然さだった。

 

「なにか、変わったことはないか? 知らないやつに呼び出されたりとか」

 

その瞬間、今更だけど理解した。

 

深行は本当に泉水子のことを心配してくれている。

 

 

深行がたくさんたくさん悩んだことを知っている。それでも、必要だと言えと言ってくれたのは、どれほどの覚悟だったのかは泉水子ではとても計り知れない。

 

分かりにくいけれど、ずっと守ってくれていた。深行のおかげで鳳城学園でやってこれたのだ。

 

 

つきあうことになり、深行があからさまに泉水子との関係を周囲に示すことには驚いた。けれど、彼なりの考えがあるのだろうと、泉水子は黙っていた。

 

それによって、正直好意的とは言い難い反応を感じることも時々あるが、身近にいる大切な人たちさえ理解してくれていたら、それでよかった。

 

そうした関係を築けたのも、やっぱり深行のおかげだと思っている。

 

「大丈夫だよ。真響さんや真夏くんも親身になってくれているし、執行部のみんなも優しいし。クラスの女子とも、とても仲良くなれたの」

 

泉水子は深行の手をそっと握った。

 

「深行くんのおかげなんだよ。私の学校生活は、深行くんがつくってくれたんだよ」

 

深行は泉水子をじっと見つめ、黙って耳をかたむけている。胸が苦しくなったけれど、ありったけの気持ちをこめた。

 

「深行くんは、私の世界を変えてくれた。深行くんに出会えていなかったら、きっと私は・・・」

 

最後まで言うことはできなかった。

 

泉水子が瞬きをした瞬間、唇が重なったのだ。

 

二度目に受けたキスもやっぱり冷たくて。でも冷えた唇はすぐに熱を帯びていった。その場所から全身が痺れていく。

 

唇を合わせるという行為は、みんなこんなにも感動しているのだろうか。身体中から愛しさがこみあげる。大好きだという感情が、ずっとずっと強くなる。

 

深行は泉水子の背に手を回して抱きしめた。この腕の中は、とてもあたたかい。

 

頭の芯が融かされるほどに。

 

「泉水子」

 

唇を離して深行がささやく。睫毛が触れそうな距離のまま。

 

そして、もう一度重なった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

翌日のお昼にカフェテリアで深行と会った時は、ものすごく気恥ずかしかった。

 

目が合って、かーっと顔が熱くなる。真響がもの言いたげに微笑んでいて、さらに羞恥を煽られた。

 

それでも深行が涼しい顔で食べ進めているので、泉水子もどうにか心を落ちつけることができた。軽く深呼吸をして、オムライスをすくう。

 

と、深行が泉水子のトレーに小鉢を置いた。彼の日替わり定食についていたプリンだった。

 

「やるよ。そんなに好きなわけじゃないし」

 

「えっ でも」

 

確かに美味しそうだなと思って見てしまったけれど。そんなに物欲しそうだったのだろうか。泉水子が真っ赤になってためらっていると、口いっぱいに頬張っている真夏がニンマリと笑った。それを見て深行が苦い顔をする。

 

「ふーん。こうして見ると、やっぱり変わったな」

 

「変わったって、なにが?」

 

真夏の言葉に泉水子は首をひねった。

 

深行が突っ込むなと言わんばかりの咎めるような視線を寄こし、真響がおかしそうに笑う。もしかして、聞いてはいけなかったのだろうか。泉水子は身をすくめた。

 

「遠慮なく食いなよ。鈴原さんの食の細さが気になって仕方ないんだから」

 

「誰がそんなことを言ってる」

 

深行の鋭い声音にもまったく怯むことなく、真夏は丼をかきこんだ。もぐもぐと幸せそうに咀嚼しながら、

 

「違うの? じゃあ、もっとぽよんとしてもらいたいから・・・いてっ!」

 

鈍い音が2つ重なって、真夏が顔を歪めた。

 

「・・・今のは、まじで痛かったんだけど・・・」

 

「どうしたの? 腹痛?」

 

「食い過ぎじゃないのか」

 

深行と真響が箸を進める。言うわりには、全然心配する素振りを見せない。

 

「だ、大丈夫? 真夏くん。お薬を持ってこようか?」

 

おろおろと泉水子が腰を浮かせると、真夏はにっこりと笑った。

 

「腹イタじゃないから平気だよ。うん、やっぱり泉水子ちゃんは優しいなあ」

 

 

鈍い音が、今度はひとつ響いた。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

こんなオチで申し訳ないです…。

彼氏になったら『泉水子ちゃん』呼びへの容赦のなさ。心が狭すぎだ(笑)

 

映画はベイマックスのつもりです。ものすごく感動したので書いてしまいました…。しかも深行くんもコレ系好きだろうと勝手に妄想。…スミマセン(汗)

 

 

『相楽くんは忙しい』や6巻をそれはもうちょくちょく再読しているのですが、(深行くんがつくってくれた、わたしの学校生活だったんだ)が、あらためてすごく好きだと思いました。

 

深行くんの献身が泉水子ちゃんにきちんと届いていたらいいなと。

 

でもそれを泉水子ちゃんは伝えていなかったので、勝手妄想させていただきました。

 

いたらない箇所が多いですが、私なりにみゆみこ愛を詰め込んでみました。少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。

 

お付き合いくださり、本当にどうもありがとうございました!!

 

説明
RDG 6巻原作終了直後の冬休み明けからです。
本当に勝手妄想満載ですので、原作のイメージを大事にされたい方は、閲覧にどうかご注意ください。
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