もっとワンダフル!
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遠い昔、人間が犬を支配していた時代があったのだという。

 

 

歴史のタダトモ先生が淡々と、でも隠しきれない怒りをヒゲに滲ませながら教えてくれた。

「信じられないよな。尻尾も無い奴らに俺達が支配されてたなんてさ」

と、隣の席で早弁をしながら従兄弟のモリタカがつぶやいていたのを覚えている。

まさかその後、僕と彼を含む七匹がその「尻尾も無い奴ら」と同じ姿にされるとは思わなかった。しかもその為に、奴らのなかでも特に弱い「女の子」と出会うことになるとは。

                     

 

 

特例として((犬立八珠学園|けんりつはちたまがくえん))に編入してきた「女の子」に対してモリタカは結構打ち解けているみたいだけど僕はといえば特に関心はわかない。というより、周囲全ての世界に何も気持ちが揺らがない。僕は呪いを受けて人の姿になって以来、どうも様子がおかしいらしい。モリタカや友達のケノはひどく心配してくれている。

 

確かに。

どう言えばいいのかよくわからないけれど、強いて言うなら周囲に薄い膜が張られて閉じこめられているような感覚を時折感じる。音も光もそれに遮られている。

膜の向こう側にいるモリタカやケノの不安そうな顔がつらくて手を伸ばそうとする。だが―そうするとひどい苦しさが僕を襲うのだ。

         

それがわかっていてなお、その日禁忌をおかしてしまったのは、気に入りの場所で言い争う二人の先輩を見てしまったからだ。山茶花の生垣に閉ざされたそこで僕はお決まりの午後の昼寝をしようとしていた。

僕以外は誰も近寄らないはずの場所に、ぱし、という音が響いたのは生垣の下にもぐりこんで顔だけ出した時だった。

 

雌生徒憧れのマサヨシ先輩がヨシトオ先輩の顔を叩いたところだった。

人の姿になっても美形のマサヨシ先輩の顔が歪んでいて、ヨシトオ先輩の方は叩かれた衝撃でそむけた顔をそのままに何か呟いた。

「すまん」と唇が動いたように思えた。

途端に叩いた方のマサヨシ先輩が痛みを耐えるような顔になり、くるりとヨシトオ先輩を置き去りにして去っていってしまう。

「―-ヤスノリ」

ふいに名を呼ばれて少し驚いた。さすがは元軍犬。僕がいることにはとっくに気づいていたらしい。

ヨシトオ先輩の一つしかない目が僕を見下ろす。無表情だけどその目が僕を見るモリタカ達のと同じものに思えて、気づけば彼へと近寄り鼻先を耳の裏に押し付け慰めようとしていた。(僕は他の六匹と比較して犬としての本能が強く残っているのだ)

 

次の瞬間―-。

禁忌をおかそうとした僕に世界が罰を下した。

目と目の間で何かが弾けたような痛みを感じる。痛い、痛い…苦しい。

たまらず閉じた目の裏で早送りの映像が流れる。意味のわからない記号と文字の羅列。片目から血を流しながらもこちらへと懸命に何やら叫んでいるヨシトオ先輩、そして、そして…、ああ何故今まで忘れていたのだろう。

白い銀の微光をまとった神さまのようなあの犬のことを。

八つの朱色のぶちが白い毛の上で美しく映えているその犬はやがて人の姿になり、そして……。

 

 

 

 

「きゅんきゅーん…」

「大丈夫、大丈夫よ」

僕を苦しめていた白い姿が消えて代わりに耳に飛び込んできた声がある。苦しみのあまり身食いしていたらしい手首に温かいものが触れた。

苦しさが引いていく。ヨシトオ先輩かと思ったけれど違った。

 

いつのまにやってきたのか。

「女の子」が不思議な表情で僕を見ていた。

呪いを受けて以来僕は子犬語しか発せられなくなっている。だから彼女と意思の疎通は出来ない。だけど、通じているかのように頷いてくる。

「大丈夫、今楽になるわ」

そう言って僕が自分で噛んだ手にハンカチを巻いて宥めるようににっこりと笑う「女の子」。

彼女の掌から不思議な光が生まれて傷を覆ってくれる。白い犬が纏っていた光と似ているけれど心を凍らせたあれとは違う。

温かい、とても温かい。

僕の表情をどう思ったのか「女の子」はそっと頭を撫でてくれる。大丈夫、と耳の裏に鼻をうめて囁いてくる―-。

         

 

遠い昔、人間が犬を支配していた時代があったのだという。

クツジョクの歴史だと先生は言っていた。

だけど、本当にそうだろうか。人と犬は主従という関係だけだったのだろうか。女の子の手と笑顔を見ているとそんな疑問が浮かぶ。

 

先ほど痛い目にあったばかりだというのに膜の存在を忘れて、僕はそっと手を伸ばす。

白い犬に出会いヨシトオ先輩が傷を負ったあの夜以来初めて僕の周りで世界が息を吹き返した。色が戻り音が戻り光が戻ってきた。

世界の中心には「女の子」がいる。

髭も尻尾もなくても不思議に可愛い。

彼女の名前を呼びたいと思った。

「―-わ、おーん」

通じた訳はないけれど女の子は、はい、と返事をしてくれた。

 

 

 

---彼女と共に戦い僕が声と記憶を取りもどすのはそれから数ヶ月後のこと。

 

 

END

 

説明
寺嶋ヒロさんと組んで作った架空乙女ゲーの二次創作というややこしいものです。

高い知能を持つ犬族と人間が共にある世界で、ある日とある犬立学園(けんりつがくえん)に通う数匹の犬達が人間の姿になってしまうという異変が起こります。同時に現れた彼らを襲う敵。彼らの呪いを一時的に解き戦闘能力の高い犬の姿に戻すことが出来るのはヒロインのキスだけ!

……という書いてる本人は非常に楽しいお話でした。
寺嶋ヒロさんのページには漫画版も載っておりますので、ぜひお読みくださいませ。おすすめは可愛い雌生徒のガールズトークです。
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