甘城ブリリアントパーク ラティファさまがみてる ラティファの章
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甘城ブリリアントパーク ラティファさまがみてる ラティファの章

 

 

「どうすれば大人の女性になれるんでしょうか? わたし……気になりますっ!」

 魔法の国メープルランドの王女であり、甘城ブリリアントパークの支配人であるラティファ・フルーランザは鏡を見ながら百面相を繰り広げている。

 メープル城のラティファの自室。14歳の少女は朝から落ち着かずに鏡を見ては様々に表情を変えながら最後はため息を吐くことを繰り返している。

 いつも微笑みを絶やさない穏やかなラティファが落ち着かない理由は明白だった。

「やはり可児江さまは……大人の女性の方が好みなん、ですよね……」

 ラティファが密かに淡い恋慕の情を抱いている少年可児江西也。彼がこのパークでアルバイトをしている安達映子という女子大生とデートしたという噂で最近園内が持ちきりになっているからだった。

 噂、というか事実であることはラティファもよく知っている。叔父であるモッフルにはティラミーが写メした2人のデート現場写真を見せられた。

 そして、そのデートが行われたとされた日にラティファは西也を食事に誘ったが断られてしまっていた。

 

『もしかしてぇ〜〜女の子と2人きりで食事に行こうってんじゃないのかフモ〜?』

『ああっ、そうだよ。俺はある女性と2人で食事と映画に行くつもりなんだよっ!』

 

 西也は誰とデートするのかラティファには教えなかった。けれど、噂と写メを合わせれば相手が映子であったことは明白。

 西也はラティファよりも映子をデート相手に選んだ。その理由についてモッフルはラティファの心を抉る情報をもたらした。

 

『可児江くんは大人の女とのデートに忙しくて、ラティファみたいなお子ちゃまに構っている暇はないんだフモ。コイツのことはさっさと全部忘れてメープル城に帰るフモ」

 

「わたしが子どもだから。だから、可児江さまに振り向いてもらえないのですね……」

 ラティファとて自分が世間知らずの子どもであることは十分に理解している。年齢よりも大人の雰囲気を漂わせる可児江に相応しい女性は映子のような大人の女性であることも。

事実、西也は映子とデートしたとされる翌日から気分を良くし仕事のキレを取り戻した。西也の精神的な疲労は明らかでラティファが食事に誘ったのも元々は慰労のためだった。映子とのデートは西也にとってとても良い癒しとなった。

映子は西也に相応しい。それはラティファも理解している。けれど、そんな理解だけで諦められないのが恋心というもの。西也が映子とデートしたことでラティファの恋心に逆に火が点いてしまっていた。

「わたくしが大人の女性になれれば……きっと可児江さまもわたくしとデートしてくださるに違いないんですっ!」

 大人の女性にさえなれれば映子と同じように西也とデートができる。西也と釣り合える女性になれる。西也と映子とのデートをそう変換し直すポジティブシンキングぶりを発揮している。

 その裏には映子に対する嫉妬の情がある。だが、心根の優しい少女は自分のそんな裏の気持ちに気付いていない。あくまでも前向きに変換してしまう。

「こんな時こそ検索です。まずは自分で調べてみませんとっ」

 モッフルに与えられているパソコンを起動させてインターネットに接続する。

 『メープル!きっず』の検索サイト画面が現れる。

「大人の女で検索してみます」

 ラティファは人差し指を使って単語を入力。『さがす』アイコンをクリックする。

 結果は──

 

  15歳未満のお子ちゃまは知らなくていいフモ

  15歳になってから出直すんだフモ

 

「ふぇえええええぇんっ。メープル先生に拒否されてしまいましたぁ〜〜っ」

 泣きそうになってしまうラティファ。

 情報端末は、その用を成さなかった。ラティファが大人の階段を上ろうとするワードは一切受け付けない。すべて過保護過ぎる叔父の仕業だった。

「いけませんいけません。パソコンでは大人の女性になる方法がわかりません」

 ラティファは室内及びテラスをせわしなく歩いて回る。すると、窓の外で陣頭指揮を採っている西也の姿が偶然にも見えた。

「可児江さまぁ……」

 ラティファの足が止まり頬が赤くなる。思わず魅入ってしまう。

 西也はエレメンタリオの城前公演リハーサルを指揮していた。

 ラティファの青く美しい瞳に4人の精霊が華麗に踊っている姿が目に入ってくる。シルフィーやミュースの大きな胸が激しく揺れている様も上から見えた。

 ラティファは何も言わずに自分の胸にそっと両手を触れてみた。どう頑張っても揺れそうにない慎ましい胸の起伏。少し、いや、かなり寂しい気持ちになった。

 それでも彼女は西也を諦める気にはならない。

「どうすれば大人の女性になれるのか。大人の女性に直接聞いてみましょう。わたし……気になりますっ!」

 ラティファは燃えていた。

 

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 ラティファは城を出て、大人の女性になるための方法を直接収集することにした。

 だが、営業中にキャストたちの口からそんな話が出るとは思えない。仕事の邪魔もしたくないので営業時間終了まで待つ。

 モッフルにみつかって怒られる可能性を覚悟した上で夜になってからこっそり城を抜け出した。

「身近な大人の女性と言いますと……やはり、いすずさん、でしょうか」

 ラティファは自分の最も身近な大人の女性として護衛の千斗いすずを思い浮かべた。

 先ほどダンスを披露しながら大きく揺れていたシルフィーの胸。それを上回るサイズの持ち主といえばいすずしかいない。けれど、ラティファはすぐに表情を曇らせた。

「でも、大人の女性になる方法を聞き出すのは難しい、ですよね……」

 いすずの堅物とさえ呼べる性格を考えると情報を引き出すのが難しいことは予想できた。下手をするとモッフルから聞くよりも難しいかもしれない。

「大人の女性に関するお話をこっそり立ち聞きするしかないでしょうね」

 立ち聞きという良い子らしからぬ方法で情報収集を決意するラティファ。恋する乙女はアグレッシブだった。

 

 

 ラティファは退勤後のキャストたちが一時のお喋りに興じている関係者専用通路へとやってきた。

 おあつらえ向きにいすず、マカロン、ティラミーが立ち話していた。どうやらいすずの相談を2人が聞いているらしい。むしろ、2人がいすずから積極的に話を聞き出そうとしているようだった。いすずは真っ青な顔をしながら俯いて喋っている。

 ラティファは資材の陰に隠れながら3人の会話を立ち聞きすることにした。

「やはりあの女、安達映子をキャストとして迎え入れるべきではなかったわ……」

 いすずの言葉は悔恨に満ちていた。映子の面接採用試験に立ち会ったのはいすず。それだけに彼女の口から発せられる言葉の意味は重い。

「何を言っているロン? 映子ちゃんは『スプラッシュ・オーシャン』で大活躍してくれているロン」

「映子ちゃんのおかげでプールは盛況。ボクたちの首の皮は繋がっているミー」

 対してマカロンとティラミーは映子を高く評価していた。ラティファ自身も映子の働きぶりは高く評価している。西也が最も力を入れているアトラクションであり、その要に据えられているのが彼女だった。

 けれど、いすずは首を横に振った。その気持ちもまたラティファにはわかってしまった。

「彼女がよく働いていることは私もよくわかっている。でも、そうじゃないのよ……」

 いすずの呼吸は乱れている。顔はいつになく青白い。

「……私は困惑しているの。あの女が、夢に出てきた女にそっくりで、可児江くんがあの女の経歴を聞いてすごく動揺していたからよ。巨乳のお姉さんタイプで、私にはない包容力や、超弩級の性体験を持っている女にだらしなくクラクラして。可児江くん、まさか……彼女を秘書にして私を……うううっ!!」

 ラティファにはいすずが何を言っているのかよくわからなかった。けれど、いすずが自分の頭を壁に打ち付け始めたのを見てちょっと怖くなった。

「いすずさん……大丈夫でしょうか?」

 ラティファには色々な意味でいすずは大丈夫そうに見えなかった。だが、そんないすずをマカロンたちは大人の視線で、というかエロ親父の視線で分析してみせた。

「ああ、なるほど。いすずちゃんは可児江くんと映子ちゃんが急接近してジェラスに燃えているロンね」

「可児江くんを映子ちゃんに寝取られてしまって焦ってるんだミー」

 2人は下卑たエロい視線でいすずを見ている。

「寝取るって一体何なんでしょうか?」

 ラティファの知らない単語だった。とても興味が湧いた。

「でも、それだったら心配要らないロン。お泊りだったらいすずちゃんの方が先にしたロン」

「貫通させた責任を可児江くんに取らせればいいんだミー。アイツ、そういう観念、意外と固く持ってそうだから有効だミー」

「私はただ寝泊まりしただけ。まだ貫通なんてしてないわよっ!!」

 いすずは顔を真っ赤にしながら2人向かって怒り、マスケット銃を容赦なくぶっ放した。銃弾を背中に受けてマカロンたちは悶絶している。

「貫通って一体何なんでしょうか?」

 ラティファの知らない単語だった。とても興味が湧いた。

 いすずとマカロンたちの会話はラティファから見れば大人同士の会話であって知らない単語が飛び交っている。それを立ち聞きすることで大人の階段を一気に駆け上っている感じがした。

 復活したマカロンたちはエロい瞳で更にいすずに吹き込んでいる。

「なら、話は簡単だロン。いすずちゃんが可児江くんを誘惑してお泊りな関係に持って行ってしまえばお嫁さんの座は確定だロン」

「べっ、別に私は可児江くんのことなんて、全然何ともこれっぽっちも想ってないのだから……」

 いすずは頬を染めながら顔を2人からプイッと逸らしてみせた。

「テンプレ過ぎるツンデレだミーっ! いくら何でもこの業界舐めたコピペだミーっ!」

 ティラミーがキャンキャンとうるさい。そんな猫型を無視しながらいすずは大きなため息を吐いて再び俯いてみせた。

「大体、誘惑なんてどうやったらいいのかわからないもの。そんな経験ないのだし……」

 いすずの言葉を聞いて2匹のケダモノは瞳を光らせた。

「そんなことは簡単だロンっ!」

「可児江くんを映子ちゃんから寝取り返すなんていすずちゃんの大人の女っぷりを見せ付ければいいだけだミーっ!」

 興奮して叫ぶマカロンとティラミー。

「大人の女を見せ付けるっ!?」

 ラティファが探し求めていた単語が出てきたことで俄然期待が高まる。

「具体的にはどうするの?」

「可児江くんの前でモナピーを見せ付けてやればいいんだミー?」

「それで、可児江くんが襲い掛かってきたらその様子をAV撮影すればいいんだロン。後は母子手帳と婚姻届をそっと差し出せばいすずちゃんエンドだロン? ついでにその時のAVをボクたちに見せて欲しいんだロン?」

 ティラミーたちは瞳をランランと輝かせながら涎を垂らしっ放しにしている。

「モナピーとAVが大人の女性になるための鍵なのですね。でも、それって一体何なんでしょうか? 私……気になりますっ!」

 ラティファは大人の女性になるための端緒を掴んで拳を握り締めた。けれど、『モナピー』と『AV』が何なのか全く見当も付かない。注意深くその内容を探ろうとする。だが──

「そんなこと……できるわけがないでしょっ!!」

 いすずは怒りの表情で2人に対して念入りに6発ずつ弾を打ち込んだ。ティラミーとマカロンは完全に沈黙した。

「まったく、恥ずかしい思いをしただけだったわ」

 いすずはプンプンと怒ってみせながら去ってしまった。

「ふぇええええぇっ。モナピーとAVが何なのか聞けませんでしたぁ」

 肝心な情報が聞けなくてガッカリするラティファ。でも、それで落ち込んでしまわないのが今の彼女だった。

「大人の女性になるにはモナピーとAVなんですね。その2つを頑張ってマスターしてみせますっ!」

 大人の女性になるための筋道をみつけたラティファは燃えていた。

 

 

 

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「うううっ。モナピーもAVもメープル先生に拒否されてしまいましたぁ〜〜っ」

 翌日、ラティファは昨日いすずたちの会話に出てきた重要ワードを検索してみた。

 けれど、いずれも結果は──

 

  ラティファは永遠に知らなくていい単語だフモ

  早く忘れ去るんだフモ

 

 ラティファの知りたい単語は一つも検索で引っ掛からなかった。

 けれど、そのことが逆に14歳の思春期少女の好奇心に火を点けた。そして何よりモナぴーとAVを知ることで西也に近付くことができる。諦めるなんて選択肢はなく、ラティファの士気は高い。

 けれど、ラティファには気軽に相談できる人物が限られていた。一番話し易いのはいすずだが、昨夜の激しい剣幕を考えれば聞けるはずがなかった。それに、西也が関連したことでいすずに相談するのは何故か拒否感があった。

 結局、様子を見にメープル城へとやってきたモッフルに駄目元で訊いてみることにした。

「あの……モナピーって何だか知っていらっしゃいますか?」

 質問した瞬間、モッフルの全身を黒い陰が覆った。

「その単語、誰に聞いたんだフモ?」

「マカロンさんとティラミーさんが話しているのを偶然聞いてしまいました」

 モッフルの雰囲気が突如怖くなったのでちょっとだけ本当とは違う答え方をする。

「よしっ。アイツらちょっと殺ってくるフモ。ラティファはそんな単語を永遠に知らなくていいんだフモ。早く忘れるんだフモ」

 メープル先生と同じ拒否を受けてしまった。それもとても怖い表情で。

「あっ、あの……」

「……ラティファは疲れているんだフモ。エレメンタリオのみんなを夕食に招待して女の子同士でワイワイやれば、変な単語のことも忘れられるんだフモ」

「はっ、はい。わかりました」

 滅多に見せない叔父の怖い姿にラティファは従うしかない。けれど、モッフルが最後に放った一言には納得できなかった。

「ラティファは大人の階段を昇るにはまだ早すぎるフモ。子どもらしく無邪気に遊んで過ごしていればいいんだフモ」

 モッフルはメープル城から去っていった。ちなみにこの日以来、ティラミーとマカロンは無期限で長期休養となった。どこにいるのかは誰も知らない。

「子どもだから……早く大人の階段を上がりたいと思うのは間違いなのですか? 可児江さまに恋をしては駄目なのですか?」

 モッフルの余計な一言はラティファの萎縮した心を再び燃え上がらせた。

 

 

 ラティファはエレメンタリオの4人を早速夕飯に招待することにした。モッフルの意図とは別の、というか逆の意図を持って。

「みなさ〜ん、お待ちしておりました。さあ、たんと召し上がってください?」

 4人の人気美女キャストたちを自室に招いての夕食会。今日のメニューはシャブシャブだった。

「いただきまーすっ!」

 4人組の中で一番の明るさを誇るシルフィーが大声を上げると美味しそうに肉を頬張る。その様を満足気に見ていると、4人の中でリーダー的な存在で一番の常識人でもあるミュースが困った表情を浮かべた。

「あの……これはどういう席なのでしょう?」

 少し前に彼女たちを夕食の席に招いた時も受けた質問だった。支配人であるラティファが誰かを夕食の席に招くことは少ない。逆に言えば、何か重要な用件がある時だけ招かれる。ミュースが心配そうな顔を浮かべているのも無理からぬことだった。

「実は、みなさんにお聞きしたいことがありましてお呼びさせていただきました」

 モッフルの考えるただワイワイするだけの席にはしない。ラティファは覚悟を決めた。

「私たちに聞きたいこと、ですか?」

「はい」

 大きく息を吸い込み、勇気をもって4人の年上の美女たちに訊いてみる。

「あの……モナピーって一体何なのか。わたくしに教えてくださいませんかっ!?」

 シルフィーを除く全員が一斉に吹いた。

 テーブルに手をついてむせかえるミュースとコボリーとサーラマ。

 ラティファは何故3人がそんな状態になっているのか理解できず大きく首を傾げている。

「あの、わたくし、そんな変なことをお訊きしたのでしょうか?」

 ミュースの顔が引き攣って泣きそうなものに変わる。

「いえ、あの、変って言いますか。姫さまぐらいの年頃ならそういうことに興味を持たれるのは決しておかしくないのですが……ねえ、コボリー?」

 ミュースは表情が固まったままコボリーを見る。

「えっ? うんうん」

 急に振られたコボリーはとりあえず頷いてみせた。サーラマはスマホを弄るフリをしてラティファもミュースも見ないようにしている。

 ラティファはミュースたちの反応から自分があまり話題的によろしくない質問をしていることは理解した。けれど、何故良くないのかモナピーが何かわからないので理解できない。もう少し突っ込んで訊いてみることにした。

「ミュースさんはモナピーなされているのでしょうか?」

 ミュースが再び口から吹きながら大きく仰け反った。

「ミュースさんはモナピーの経験は豊富なのでしょうか? わたし……気になります!」

 好奇心に瞳を輝かせるラティファ。ミュースは瞳に涙を浮かべながら首を必死に横に振った。

「してませんっ! 私モナピーなんてしてませんっ! 生まれてから1度もしたことなんてありませんからぁ〜〜っ!!」

「そう、なんですか?」

 ラティファが聞き直す横でサーラマが冷たい視線をミュースに向ける。

「出たよ、優等生発言」

 サーラマはミュースから顔を背けた。その態度を見てミュースはサーラマにカチンときたようだった。2人の間に険悪な空気が広まる。

「私、モナピーなんて本当にしてないけど?」

「ミュースって意外と声大きいから……こっちの部屋まで毎日モナピーしてる声が聞こえてるっての」

「そんなの嘘よっ! 私はいつも声が部屋の外に漏れないように気を付けてるんだから……あっ」

 ミュースは慌てて口を抑えたがもう後の祭だった。ニヤッと笑うサーラマ。ミュースの顔が一瞬にして青ざめる。

「ミュースちゃんってば、イケメン大好きエリート志向だから……オカズは支配人代行だよねぇ〜♪ 年下の男の子落として玉の輿狙ってるんじゃないのぉ?」

「きゃ〜〜〜〜っ!? きゃ〜〜〜〜っ!! きゃぁああああああああぁっ!!」

 ミュースとサーラマの会話は高度過ぎてラティファには付いていけない。2人の言い争いに当惑しているコボリーへと顔を向ける。

「あの、コボリーさんはモナピーについてどうお考えですか?」

「えぇええええええぇっ!?」

 コボリーの顔が青白く変わっていく。左右を見回すがミュースとサーラマは喧嘩に夢中、シルフィーは食事に熱中。誰も彼女を助けてくれる者はいない。

「あの、私は、モナピーと言うものは……」

「モナピーは?」

「男が男を想ってするものだと思うんです。それ以外はみんな邪道です」

 コボリーは自身の特殊な趣味を反映させながら独自のモナピー観について語ってみせた。

「男性が男性を想ってするもの、ですか?」

「はい」

 力強く頷いてみせるコボリー。その瞳に一切の迷いはない。

 コボリーの話はこれまでのいすずやミュースの反応からは全くかけ離れたもののようにラティファには思えた。その結果、モナピーが何なのかますますわからなくなった。

「あの、シルフィーさんが知っているモナピーについて教えてくださいませんか?」

 最後の頼みの綱として先程から1人食欲を発揮し続けているシルフィーに聞いてみることにした。シルフィーは4人の中で最も身長が高くスタイルがいい。容姿で言えば一番大人の女性であることは間違いなく、モナピーに関しても詳しいかもしれなかった。

 シルフィーは肉を頬張り終えると皿をテーブルに置いた。そして大きく口を開いた。

「モナピーって言うのは〜お……」

「「させるかぁ〜〜っ!!」」

 激しい口喧嘩を繰り広げていたはずのミュースとサーラマが息を合わせてシルフィーにグーパンチをお見舞い。2発のパンチを腹に食らってシルフィーは沈黙した。

「姫さま、別の話題にしましょう」

「このままじゃ屍累々」

「うんうん」

 3人に強くそう言われてはラティファもそれ以上モナピーについて聞けなかった。

「……そうですね。では、みなさんの夜間営業ショーについてお話をお伺いしたいと思います」

 結局ラティファはこの日の夕食会を通じてモナピーについてもAVについても有益な情報を得ることができなかった。

 気絶していたシルフィーは目覚めた時、具材が全て空になっていたことに涙した。

 

 

 

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 エレメンタリオとの夕食会から更に2日が経った。ラティファはその後も独自の調査を進めたもののモナピーとAVが何なのか結局わからないでいた。モッフルの姪を有害から守ろうとするディフェンスは完璧だった。

 進まない調査に焦りを覚えたラティファは遂にある決断を下すことにした。

「そうです。安達映子さまにモナピーとAVについて直接お聞きすればいいんです!」

 恋敵から直接アドバイスをもらうというのがそれだった。ラティファは西也と親しい映子に嫉妬している。けれど、その自覚がない。だからこそ可能な発想だった。

 ラティファは映子を退勤後に自室に招くことにした。本人にその気はないが、ラスボスとの対面だった。

 

「本日はお招きいただきましてありがとうございま〜す」

 午後7時半。ショーの司会進行役であることを彷彿させる明るく元気な声がラティファの部屋に鳴り響く。

「安達さま。ようこそいらっしゃいました」

 ラティファは来客に向かって深々と頭を下げる。目の前に立つのは私服姿の安達映子。ラティファの認識で言うところの最も西也に親しい女性であり、それを可能にした大人の魅力を持つ女性。

「夕食の準備が整っていますので1日のお仕事の疲れを癒してください」

 まずは客人をもてなすことにする。今夜のメニューは天ぷら。全てラティファが直前に揚げたものだった。

「すごいご馳走ですね。遠慮なくいただきます♪」

 映子は天ぷらを揚げたのがラティファであることを見抜いたようだった。礼儀に格式張るよりも冷めない内に食べる方を選択した。その切り替えの早さにラティファは映子が上流階級の出身であることを何となく読み取った。

 夕食はつつがなく進んだ。先日の食事会ではラティファが敏感な話題を前に出し過ぎて全体の箸を止めてしまった。だから今日は食事の最中は当たり障りのない話題しか振らないようにした。せっかく揚げた天ぷらなので美味しく食べて欲しかった。

 

 食事は30分ほどでつつがなく終了した。

「ご馳走さま。とっても美味しかったです♪」

「お粗末さまでした」

 ニッコリ微笑む映子にラティファは軽く頭を下げる。いよいよだった。

「それで、支配人のお話というのは何でしょうか?」

 先手を打ってきたのは映子の方だった。

 ラティファは「支配人」と呼ばれてしまいちょっと困る。

「あの、今日お呼びしたのは支配人としてではなく……安達さまを人生の先輩、大人の女性と見込んでお聞きしたいことがあったからです」

「…………ラティファちゃんの聞きたいことって何かしら?」

 映子の呼び方が変わった。「ラティファちゃん」とちゃん付けされていることで子ども扱いされている気もしないでもない。けれど、砕けてくれたのでラティファにとって相談し易くなった。

 2度3度深呼吸を繰り返しながら気分を落ち着かせる。西也と親しくなれるかどうかの最大の戦いが今始まる。

「実はわたくし、1日も早く大人の女性になりたいんです。どうしたら良いでしょうか?」

 直球ど真ん中に質問を投げ込んでみた。

「ラティファちゃんは今でも宝石みたいに綺麗で可愛いのだから無理してすぐに大人になる必要もないと思うけど……」

 映子はわざと見送ってきた。ストライクのコールが鳴り響くが、第2球を投げ込まないといけなくなった。言い換えれば、何故早く大人の女性になりたいのかを説明しないといけない。

「あの、それはですね。可児江さまの好みが……大人の女性のようなので。その……」

 俯いて赤面しながら正直に理由を述べてしまう。またど真ん中のストレートだった。

「なるほど。私に西也くんを盗られてしまうんじゃないかって不安なのね。だから早く大人の女になりたいと。可愛い?」

「ふぇえええええええぇっ!?」

 強烈なピッチャーライナーを打ち返されてしまった。それでもラティファは立ち上がる。まだランナーは1塁にいるだけ。点は取られていない。

「あっ、安達さまのことは関係なく、わたしは、可児江さまと、もっと親しくなれるように、早く大人の女性になりたいんですっ」

 ラティファは自分の嫉妬に気付かない。恋のライバルという観点で映子を見ようと思い付かない。あくまで映子を参考にすれば自分も西也と親しくなれる。その想いで映子に相談している。少なくとも彼女の認識では。

「自覚と無自覚が入り混じった恋。本当に可愛いわね」

 映子はラティファを見ながら微笑んでいる。

「どうすれば大人の女性になれますか? わたし……気になりますっ!」

 ラティファは瞳に力を込めた。

 

「大人の女性になる。というか、大人の女性として認められる。西也くんに認められる女の子にための方法なら幾つもあると思うわ」

 映子はラティファの言葉を少しだけ言い直した。それを聞いてラティファもなるほどと思った。自分だけ大人になったと思っても、西也がそれを認めてくれないのでは意味がないと。

「ラティファちゃんが思い描く大人の女のイメージってどんなものかしら? それに沿って方針を決めていくのがいいと思うのだけど」

「わたくしが思い描く大人の女性、ですか……?」

 ここ数日間の調査の結果と照らし合わせながら大人の女性を思い描いてみる。答えはすぐに思い浮かんだ。

 ラティファは顔を輝かせながらその答えを口にした。

「わたくしの思い描く大人の女性。それは……モナピーとAVですっ!」

 全身に力が篭る。

「なるほど。それがラティファちゃんの思い描く大人の女性なのね」

 うんうんと頷いてみせる映子。

「はいっ」

 映子はいすずやエレメンタリオのような拒否反応を起こさなかったことにホッとする。

 これならより詳細な話が聞けそうだった。

「安達さまはモナピーって何なのか、ご存知なのですか?」

「ええ。もちろんよ」

 映子は力強く頷いてみせた。それを聞いてラティファの顔が更に明るくなる。

「では、わたくしに……モナピーを実際に見せていただけませんかっ?」

 大胆なお願いをしてみる。でも、映子ならオーケーしてくれそうな気がした。

「ええ。いいわよ」

 映子は特に躊躇もなく快諾してくれた。ラティファが拍子抜けするほどアッサリと。

「そっ、それでは、早速お願いできますか?」

 静かに頷いてみせる映子。

 そして彼女は白く美しいその右手の指を──

 

 頬に添えて流し目で微笑を浮かべてみせた。

「うふっ」

「…………あっ」

 その大人びたスマイルを見てラティファは思わずドキッとしてしまった。大人の色香を感じた。女同士なのにちょっとクラクラきた。頬が熱い。

「これがモナピーよ。笑みを浮かべて相手を魅了することをモナピーって言うの」

「なるほど。勉強になります」

 ラティファはメモ帳にモナピーについてメモした。

「でも、微笑みで相手を魅了することをどうしてモナピーと言うのでしょうか? わたし、気になりますっ!」

「英国貴族のモナール・ピーストン伯爵(1781−1857)は、外交官の仕事をしていたの。彼は他国との折衝の際にその柔和なスマイルで相手を魅了して交渉をまとめていたの。大英帝国の栄光は彼のスマイルなくして成り立たなかったとさえ言われているのよ」

「なるほど。それでその伯爵の名前を取って微笑みで相手を魅了することをモナピーと言うようになったのですね。納得です♪」

「そうよ」

 ラティファは1つ賢くなった。

「わたしも、可児江さまにモナピーをお見せすることができるでしょうか?」

 西也にモナピーを見せている様子を想像しながら不安気に尋ねる。映子はとても優しい表情でラティファに返してみせた。

「大丈夫よ。ラティファちゃんはとっても綺麗で可愛いんだもの。本気を出せばきっと西也くんもクラっとくると思うわ」

「そうで、しょうか?」

 期待半分不安半分。自分に映子ほどの色香があるとはとても思えない。

「大丈夫よ。自信を持ってラティファちゃんの最高のモナピーを西也くんに見せ付けてやっちゃいなさい」

映子に言われると不思議なほどに自信が持てた。

「可児江さまに最高のモナピーを見せ付ける……はいっ! わたし、頑張りますっ!」

 ラティファはここに新たな目標を得た。

 

「それで、後、AVを撮影するのが大人の女性の条件らしいのですが……AVも何のことだかわたくしにはわかりませんで……」

 ラティファはどうせなので大人の女性になるもう1つの方案についても尋ねてみることにした。質問を聞いて映子は瞳を輝かせた。

「こう見えても私はAVを10本撮影したプロだったのよ。AVのことなら任せてっ」

 モナピーに関する件よりも力強い答えが帰ってきた。

「それは、お心強いです」

 ラティファは安堵した。何日間調査してもわからなかった難問が映子のおかげで次々と氷解していく。

「でも、AVは奥が深いわ。少し説明したぐらいではなかなか説明できるものではないの」

 今度は映子が燃えていた。昔取った杵柄を思い出しているらしい。

「もし安達さまがよろしければ……今夜はわたくしの部屋に宿泊してAVについてご教授願えないでしょうか」

 映子はラティファの全身を見てそれから頷いてみせた。

「ラティファちゃんさえ良ければそうさせてもらおうかしら」

「はい。是非、お願いします」

 ラティファは表情を更に輝かせる。

「可児江さまと一緒にAVを撮影すれば、その、可児江さまと親密になれるとお聞きしました。本当なのでしょうか?」

「AV撮影を通じてお互いのことを全身でわかり合えばとても仲良くなれるのは本当よ。お嫁さんにもなれちゃうかもね♪」

 映子の返答にラティファは自信を付ける。

「可児江さまとのAV撮影が楽しみです♪」

「そうね。明日にでも早速誘っちゃいましょう」

 映子は立ち上がってラティファの肩を抱いた。ドキッとしてしまうラティファ。真っ赤になった少女の顔を見ながら映子は耳にそっと囁いた。

「ラティファちゃんは猫、好き?」

「はっ、はい。好きです……」

 ラティファは何故か恥ずかしくて堪らない。そんなラティファの羞恥心を煽るように映子は色っぽく囁き続ける。

「なら、今夜は猫ちゃんの魅力を一晩掛けてたっぷりラティファちゃんに教えてあげるわね」

「…………はっ、はい。よろしくお願いします」

 妖艶な雰囲気を漂わせる映子に導かれるままにラティファは寝室へと姿を消していった。

 ラティファはその夜AVについて映子に手とり足とりレクチャーを夜通しでレクチャーを受けたのだった。

 

 

 

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 映子からモナピーとAV指導をベッドの上で夜を徹して受けたラティファ。その知識とテクは1日で大きく向上し自信を持たせた。彼女は翌日の夜、早速西也を誘ってみることにした。

 西也はメープル城前でエレメンタリオのナイター営業用のリハーサルを監修していた。4人の妖精美女たちの動きは春頃とは比べ物にならないほど息が合っている。西也が来て変わったことの一つだった。

 リハーサルは何事もなく終わりを告げた。近日中に始まるというナイター営業は上手くいきそうな好感触をラティファに持たせた。

 リハーサルに関わっていたスタッフたちが散り散りになっていき、西也の前に人がいなくなった。それを見てラティファは彼に駆け寄っていった。

「あの、可児江さまっ!!」

 書類に目を通していた西也が大声に驚きながら顔を上げる。

「ラティファか。大声を出して一体どうしたんだ?」

「実は、可児江さまに見ていただきたいものがありまして……」

 昨日の映子との会話を思い出しながら覚悟を決める。

「見ていただきたいものって、何だ?」

 鼻から息を吸い込み、可憐な少女は一世一代の大勝負に出た。

「…………これです」

 ラティファは西也に向かって微笑んでみせた。

 彼女が浮かべたのは精一杯の背伸びをした大人の微笑。ではなく、等身大の少女の笑みだった。映子の指導通り、ただ一途に西也のことを想って自然と笑っていた。

「………………あっ」

 ラティファを見ている西也の頬が赤くなった。

 西也はラティファに深く魅了されていた。少年が少女を恋愛対象として見た最初の瞬間だった。

「…………成功です?」

 ラティファは可愛らしくガッツポーズを取ってみせた。

「何が成功なんだ?」

「内緒です?」

 ラティファはいすずやミュースたちの反応からモナピーが内緒にすべき事柄であることを学んでいる。西也に対してモナピーを見せつけ反応が良かったとは素直には言えない。

「それから、可児江さまにもう1つお願いしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」

 映子に指導を受けたもう1つの事象もこの際なのでお願いしてみる。

「ラティファのお願いとは珍しいな。とりあえず話してくれ。受けられるかどうかはそれから判断する」

 西也は妙にそわそわしている。ラティファのことを深く意識している。ラティファはまだそれをよくは理解していなかったが。

 一方でラティファは再び大きく息を吸い込んでから西也に特訓の成果を披露することにした。

「わたくしと一緒に、猫ちゃんのビデオを撮影していただけませんかぁっ!?」

 大声で叫んだ。

「猫のビデオ? 何かのPVで使うのか?」

「………………AVです」

「えっ? 何て言ったんだ? よく聞こえなかったのだが?」

「ダメ、ですか?」

 上目遣い、しかも泣きそうな瞳で西也に懇願する。その瞳の威力に西也が耐えられるわけもなかった。

「わかった。わかったから泣くな。ビデオの1本ぐらい撮ってやるから」

 西也の頬が完全に緩んでいる。キャストに恐れられている支配人代行の威厳はそこにはない。可憐な少女に魅了されてしまっている少年がいるだけだった。

「本当ですかぁっ?」

 嬉しくなったラティファは西也に抱きついた。ラティファの行動は狙ってのものではない。自然に自分の喜びを表現しただけ。けれど、その行動の威力は西也には計り知れないものだった。

「らっ、ラティファっ!?」

 西也はどもりながら赤面してみせた。明らかに焦っている。けれど、浮かれているラティファは西也の動揺を自分が引き起こしていることに気付いていない。

「さあっ、早速撮影のためにわたくしのお部屋に参りましょう? 可愛い猫ちゃんがいますから」

 ラティファは西也の腕を組んでグイグイ城内へと引っ張っていく。

「わかった。わかったから。そんなに腕をガッチリと組まないでくれ。胸が当たって……いや、何でもない」

 西也はラティファに従って大人しく城内へと付いて行った。そしてその夜出てくることはなかった。

 

 そんな2人のやり取りを見ていた者たちがいた。

「支配人代行と姫さまが夜の寝室に。そんなぁ〜〜〜〜っ!!」

「可愛い猫ちゃんって、コスプレまでするなんて姫さまマジ健気過ぎるぅ」

「支配人代行には美男子同士で結ばれて欲しかったのに……」

「コングラッチュレーション〜〜〜〜〜っ!!」

 エレメンタリオ4人組はラティファが西也と腕を組んで城の中へと消えて行くのを目撃してしまっていた。

 

 そして、ラティファは西也と親しくなれたのが嬉しくて、あの夜に彼との間に何があったのかついキャストたちに漏らしてしまった。

「可児江さまにモナピーを見せ付けてそれから一緒にAVの撮影をしたんですっ? とても楽しかったです?」

 ラティファの告白により西也を巡る水面下での争奪戦は終止符を打たれることになった。

「良かったわね、ラティファちゃん。西也くんにはやっぱり、可愛い健気な子の方がお似合いよ……」

 楽しそうに語るラティファを映子は満足気な表情で見ていた。声に寂しさを滲ませながら。

 

 

 

 

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エピローグ

 

「本当ならお前のような犯罪者にラティファを任せたくはないフモ。けど、ラティファがこの上なく幸せそうだから。だから、仕方なく結婚を認めてやるんだフモ。メープルランドに結婚の年齢制限がない幸運にも感謝するフモ」

 メープル城内のとある一室。新郎控室となっているその部屋でモッフルは男泣きを見せていた。白いタキシード姿の西也はそんな彼を困惑した表情を見せている。

「何故、突然結婚なんだ?」

 西也は理解が追い付かない。

 ある日突然モッフルに拉致られてボコられた。解放されたと思ったら、今度はラティファと婚姻の儀を結ぶという話になっていた。

 結婚式は7月31日。メープル城を使っての結婚イベントは話題を呼び、観客動員数は遂に50万人を突破することになった。

 西也は自らを呼び水にしてギリギリのところで遂に目標を達成した。それは大変嬉しいことのはずだったが、彼の思惑とは全く関係ない方向に話が進んでいるので素直に喜べなかった。

「ラティファに手を出して傷モノにしただけでは飽き足らず、AVまで撮影した男の言うセリフフモか?」

 モッフルが怒りに満ちた視線を向けてくる。

「それは…………クッ」

 西也は誤解だと大きな声で騒ぎたかったが、それを口にはしなかった。

 モッフルだけでなく、この遊園地の全てのキャストがそう思っているのだから。

 そしてその話を嬉しそうに流しているのは他ならぬラティファ本人なのだから。

 ラティファはAVが何なのか明らかに誤解している。手だって出してない。

 だが、今さら西也1人が違うと騒いだ所でどうにもならない話だった。

「ラティファさまにモナピーを見せ付けられてAVを撮影する。可児江くんが犯罪行為に走ってしまったのも若さゆえの過ちで責められないんだミー」

「そうだロン。だから素直にそのAVをボクに渡すんだロン」

 やたらメタリックな体になって帰ってきたマカロンとティラミーが右手を差し出す。機械の体を得て復活してもゲスなエロさは変わっていなかった。もちろん西也は無視した。

「とにかくお前にはラティファを一生幸せにする義務があるんだフモ。どんな困難が待ち受けていようとボクの姪を一生幸せにして欲しいんだフモ」

 モッフルの声には先ほどのような怒りの響きはなかった。自分の無力さを認め、その悔しさを噛み締めながら西也に大切なものを任せるしかない。そんな悲哀が篭っていた。

「…………俺は……」

 西也は上手く返事ができなかった。モッフルが喧嘩腰であったのならもっと簡単に啖呵が切れた。けれど、切実に頼まれてしまうと結婚という想定外の事態に戸惑う自分が出てしまう。そして、ラティファに掛けられている呪いに心が潰されてしまいそうになる。

 ラティファの身の掛けられている呪いについてはいすずから聞かされている。どれだけ残酷な運命をラティファが背負ってきたのかを。そして、明日には8月1日を迎えてしまう。そうなればラティファの1年分の成長も記憶もリセットされてしまう。

 それがわかった上での今日の結婚式。この結婚が本物であるにせよ形だけのものにせよ残酷なものとなるのは間違いなかった。西也とラティファが夫婦として記憶を保っていられるのは今日1日しかないのだから。

 

「西也さま。よろしいでしょうか?」

 件の少女の声と控えめなノックの音がした。

「あ、ああ……」

 つい動揺が声に出てしまった。ティラミーたちに目線を送る。2人は扉を開けてくれた。

「失礼します」

「…………あっ」

 礼儀正しく声を入ってきたラティファを見て西也は言葉を失った。

 純白のドレスに身を包んだ美しい少女の姿に一瞬にして心奪われた。

「ラティファさま、綺麗だロン」

「可愛いんだミー」

 マカロンやティラミーの褒め言葉を陳腐だと思う。ボキャブラリーが貧困だと思う。けれど西也の頭の中には同じ形容詞しか浮かばない。

「あ、あの……西也さま……」

 ラティファが上目遣いに何か言って欲しそうに見ている。

 モッフルが西也の脇を小突いた。

 西也は体をぎこちなく動かしながらラティファへと近づき、その細い肩を掴んだ。

 何と言葉にすべきか迷う。秀才であるはずの自分のボキャブラリーの貧困さに泣けてくる。瞬間的に脳内で様々な意見をぶつかり合わせた末に、自分の経験から来る言葉を発することにした。

「俺がガキのころ見てきたどんな芸能人よりも今のラティファは綺麗だよ」

 比較級を使った最上級の褒め方しか思い浮かばなった。自分でも稚拙な形容だと思った。ティラミーやマカロンのことを言えない。でも、それでもラティファは喜んでくれた。

「西也さまにそう言っていただけて……わたし、本当に嬉しいです」

 ラティファが大粒の涙を流している。せっかくの化粧がこれでは台無しになりかねない。

 そして、少女の涙を見て西也は揺らいでいた覚悟を決めた。後は、天才子役として瞬時に気分を切り替え盛り上げてきたその才能を発揮するだけだった。

「約束しようっ! 俺は一生涯お前を幸せにすると。何があってもだっ!」

 ラティファが驚いて目をまん丸くしまうほどに大きくて張りのある声が出た。

 西也にしてみればもっと大きな声を張り上げたいぐらいだった。決して曲げるつもりのないラティファへの大切な誓いなのだから。

「…………嬉しいです。西也さま」

 ラティファの蒼い澄んだ瞳から更に大粒の涙がひっきりなしに流れていく。

「……それでこそ、ボクの義理の甥になるのに相応しい男だフモ。ラティファのことを……よろしくだフモ」

 西也の後ろから男の切なさと安堵の入り混じった声が聞こえてきた。

「愛してるよ……ラティファ」

「はい……西也さま」

 フライングでキスを交わす西也とラティファ。遊園地の人気者の3人のキャストたちはそっと目を逸らして見ないフリをした。

 

 

 

 そして結婚式。

 誓いを立てた西也と一途に彼を思うラティファの2人が奇跡を起こした。

 結婚式の最中、ラティファに呪いを掛けた悪い魔法使いが2人の前に姿を現した。

 西也はその男をよく知っているような気がしたが、敢えて正体を詮索しなかった。

 魔法使いは2人に尋ねた。

「姫殿下とAVを撮ったというのは本当かい?」

「それは……」

 西也は緊張しながら魔法使いの質問の意図を探ろうとした。だが、ラティファは大声で先に返答を述べてしまった。

「本当ですっ! わたくしは西也さまにモナピーを見せ付けて一緒にAVを撮影しましたっ!」

 姫の返答に結婚式の参列者たちがざわめく。というか、西也に一斉に非難の視線を送る。西也はもう反論を一切諦めて非難の視線を一身に浴びて耐えることにした。

 そして、2人の行為に対して失望したのは魔法使いも同じだった。

「ガッカリだよ。僕は、14歳の穢れ無き乙女ってヤツが大好きなんだけどね」

 両手を広げて手のひらを上へ向ける。

「AVまで撮るような淫乱娘にもう用はないよ。呪いを掛け続ける価値もない。止めだ止めだ。これからは勝手に歳を取ってばあさんになって行けばいいさ」

 14歳の処女厨だった魔法使いは、ラティファが淫乱な傷モノになったと判断したことで用済みとして呪いを解いた。

 これによりラティファは8月1日以降も記憶を失わずに済み、肉体も15歳の時を刻めるようになった。

 こうして西也とラティファは後顧の憂いなく本当の夫婦になることができた。

 

 

 

「わたくし、こうして西也さまと夫婦となることができて本当に幸せです」

「そうだな。色々あったけど、こうしてラティファを嫁さんに迎えられて……俺も本当に幸せだよ」

 結婚式が無事に終わり、城内の夫婦の寝室で軽いキスを交わす西也とラティファ。ラティファの格好は薄いピンク色のネグリジェ1枚。緊張しながら西也の出方を待っている。

 経験のない西也としてもどうして良いのかわからず、ずっとお喋りが続いている。だが、それもまた心を通い合わせていく上で2人に若夫婦にとっては必要な時間だった。

「遊園地のみなさんにも盛大に祝福していただけて、わたくしは本当に幸せ者です」

「ラティファの人徳のおかげさ。みんなラティファのことが大好きなんだよ」

 遊園地を営業的に立て直したのは西也の功績。けれど、遊園地の中核としてキャストたちの心の支えになってきたのはラティファに違いなかった。彼女の健気な姿を見て、誰もが頑張ろうという気持ちになる。西也からしてそうだった。ラティファとの出会いがなければ支配人代行を引き受けようとは思わなかった。このテーマパークはラティファを慕う者たちで成り立っている。それは間違いないことだった。

「こんなにも温かく優しい方々を忘れずにいられて……本当に良かったです」

「…………そうだな」

 ラティファは自分が記憶喪失になってしまうことをただ悲しんでいたのではなかった。1年間紡いできたキャストたちとの絆を忘れてしまうことを憂いていた。どこまでも先に他人を思いやる心を持つ少女。

 そんな優しい少女と夫婦になれたことを西也は改めて誇りに思う。そして──

「わたくしがこんなにも胸が熱くなる幸せを享受できるのは……モナピーとAVのおかげですね。モナピーとAVに心から感謝です?」

 新妻が何をもってモナピーとAVと言っているのか西也にはわからないままだった。

 

 

 甘城ブリリアントパーク ラティファモナピーAVハッピーエンド ―完―

 

 

 

 

説明
pixivで発表した甘ブリ作品その2
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