甘ブリ 番外編 お前たちが、俺の翼だっ!!
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甘ブリ 番外編 お前たちが、俺の翼だっ!!

 

 

「可児江さま……わたくしと一緒にお風呂に入っていただけませんか?」

 8月初旬夜8時。先月末に閉園危機を乗り越えた支配人代行の西也は支配人のラティファに招待され、メープル城のテラスでお茶を振る舞われていた。その席でのラティファからの唐突な申し出に2つの意味で緊張感を覚えていた。

「一緒に風呂? ラティファ……お前は一体何を言ってるんだ?」

 ひとつは清純無垢な可憐な姫君が乱心したかのようなお願いを申し出たこと。

「…………トレース・オン。トリガー……オフ……」

 そしてもうひとつは、このお茶の席にともに招待されていたいすずがマスケット銃の銃口を西也に向けていること。いつでも発射できるように安全装置が解除されていること。特に後者は西也にとって死活問題だった。

「千斗よ。何故俺に向かって銃を構える?」

「私は姫殿下の護衛。危険分子を排除することに何の躊躇いも持たないわ」

 いすずは狙いを西也の頭に合わせたまま動かない。西也はいすずとの交渉を一時諦めラティファとの話し合いに入った。

「なっ、何故、俺がラティファと一緒に風呂に入らねばならんのだ?」

 改めて口にするととても恥ずかしい。金髪碧眼のまだ幼さを残した美少女と一緒に入浴するのは犯罪行為に思えて仕方ない。たとえ至福の喜びを味わえるひと時になろうとも。

「可児江くんの表情が物語っている通りにラティファさまとの入浴は犯罪よ。国家反逆罪、元首侮辱罪に該当するわ」

「何故そんなに顔を真っ赤にして怒る? まるで嫉妬……なわけはないな。うんうん」

 銃口が更に顔に近付いてきたので西也は軽口を叩くのを止めてラティファを再び見た。

「で、一緒に風呂に入りたいと急に言い出した理由は何なんだ?」

「そ、それはですね……」

 ラティファは恥ずかしそうに俯いた。そのまま黙ってしまう。そして待つこと30秒。ラティファは顔を真っ赤に染めながらようやく挙げてとても小さな声で訴えた。

「…………大人の女性になるため、です」

 恥ずかしそうに告げるラティファに西也は死を覚悟した。いすずのトリガーを構える指がいつになく軽そうに思えて仕方ない。

「それは、どういう意味だ? わかるように説明しろ」

 清純派で無垢なラティファのこと。誰かに良からぬことを吹き込まれたに違いなかった。そうでなければ西也はいすずに殺されかねない。

「ティラミーさんとマカロンさんがお話しているのを偶然聞いてしまいました。大人は愛し…………とにかく異性と一緒にお風呂に入るものだと」

 ラティファは途中で慌てて口を抑えて一度言葉を切った。そしてメープルランドの王女殿下の話を聞いて西也は一つの決断を下した。

「ケダモノ2匹に死を」

「言われなくても後で殺処分するわ」

 決定はスムーズだった。西也はティラミーたちの死刑が決まると安心してラティファの肩に手を置いた。

 

「男と一緒にお風呂に入ることは大人の女になるのとは全く無関係だぞ……」

人の話を真に受けやすい純真な姫を諭す。

「そうです。姫殿下が可児江くんと一緒に入浴したなどと噂が漏れ出れば一大事です。可児江くんは射殺されるか、メープルランドの次期国王になるという展開になりかねません」

 いすずは大きなため息を吐きながら改めて銃口を西也の頭へと向け直した。だが、彼女の説得方法は少女の旺盛な好奇心に火を点けてしまった。

「何故、わたくしと可児江さまが一緒に入浴すると、可児江さまがメープルランドの国王になるという展開になるのでしょうか? わたし、気になりますっ!」

 瞳を輝かせながらいすずへと詰め寄るラティファ。

「あの、それはですね……」

 いすずは迫り来るラティファは焦っている。横目で西也に助けを求めてきた。

「馬鹿が。余計なことを口にするから窮地に陥るんだ」

 西也はいすずから目を背けた。正直、この件は深入りしたくなかった。

「可児江くん……クッ」

「わたし、気になりますっ!」

 キラキラした瞳を向けるラティファにいすずはついに耐え切れなくなった。

「えっ? 可児江さまと一緒にお風呂に入ったことが第三者に知られてしまうと、わたしは可児江さまのお嫁さんになるしかなくなる……ですか?」

 いすずの耳打ちを聞いてラティファの進撃が止まる。代わりに唇に手を添えながら顔全体を赤く染めた。

「確かに、わたくしの伴侶となれば、わたくしに代わって王位を継承することも可能になります。可児江さまがメープルランドの国王……わたくしが、可児江さまのお嫁さん……」

 ラティファの表情がどんどん緩んでいく。何かを想像しながらニヤけている。

「あの……ラティファさま?」

 ラティファはいすずの呼び掛けには応えずに代わりに西也を見た。熱に浮かれた恋する乙女の表情で。

 

「実は、メープルランドは今、財政赤字と高い失業率と社会福祉制度の亀裂と外敵からの脅威に見舞われ、しかも王族のスキャンダルが報じられて絶体絶命のピンチなのです」

「そ、そうなのか。どこの世界も大変だな……」

 西也はとても危険な予感を感じ取って上半身を仰け反らした。額から汗が止まない。けれど、ラティファは恍惚とした表情のまま更に西也に詰め寄ってきた。

「遊園地の運営1つまともにできないわたくしが王位を継承したところでメープルランドの未来は暗いままです。ここは聡明な方が王位に就くべきだとわたくしは思うのです」

 トロンとした瞳のラティファは西也の手を握ってみせた。

「そっ、そうか。まあメープルランドの中にも聡明な奴なら幾らでもいるだろうから……」

 西也はとても嫌な予感がしたのでラティファから離れに掛かる。だが、姫さまはそれを許さない。更に詰め寄って熱に浮かされた表情で西也を見つめる。

「あっ。今、神託が頭のなかにビビっときました」

「随分突然でお手軽だなっ」

 ラティファは焦る西也の手をしっかりと握ったまま放さない。

「問題だらけのメープルランドを救うには可児江さまが国王となって国を導くしかないと神託がありました。ですので……メープルランドの次期国王になっていただけませんか?」

 上目遣い、しかも瞳を潤ませながらラティファが覗き込んでくる。西也は焦った。ラティファは可愛い。けれど、支配人代行以上に容易には引き受けられない危険な誘いだった。

「しかし、神託とはいえメープルランドの部外者である俺があまり深く関わるのは……」

「メープルランドのためなのです。その……わたくしが可児江さまのお嫁さんになりたいがためにお誘いしているわけではないのです。もっ、もちろん、わたくしは可児江さまと結婚することに何の反対もありませんし、むしろ嬉しい限りですが」

 上目遣いのラティファは西也の手をガッチリとホールドしたまま。万力で掴まれたみたいにまるで離れない。

「俺の力を信じてくれるのは嬉しいんだが……国王とか俺には荷が重過ぎる」

 西也は額から滝のように汗を流しながら断りに掛かる。けれど、ラティファの万民を思う情熱はそれで冷めたりしなかった。

「わかりました。それではわたくしが可児江家にお嫁入りします。可児江さまは亭主関白で家だけ守ってくだされば結構です。お料理しかできない未熟者ですがどうか末永くよろしくお願いします」

 ラティファはテーブルに三指突きながら西也に向かって深く頭を下げた。

「えっ? それ、なんか意味なくないか? メープルランドはどうなるんだ?」

 ラティファはうっとりとした表情のまま今度は西也の胸に飛び込んできた。

「可児江さま。どうかわたしと一緒にお風呂に入って……わたくしをお救いくださいっ!」

 困り果てた西也はいすずへと目を向ける。途中から一言も喋っていない彼女は無言で銃を構えている。

「……可児江くんは渡せない…………たとえラティファさまでも…………私も一緒に死ぬ……」

 ガタガタと震える銃口は西也以外を狙っているように見えなくもない。西也はパークを廃園から救ったその頭脳を再びフル回転させた。回転せざるを得なかった。

「よしっ。これから3人で温水プールに入ろう」

 西也は果てしなくタマムシ色のどうとでも解釈できる解決策を提示してみせた。

「温水プール、ですか?」

「ああ。ラティファが普段使っている浴室にこの3人で入る。水着着用で、だ」

 自分でもおかしなことを言っているのはわかる。けれど、今は他にこの場を切り抜けられる術を思い付かない。

「いすずさんも、ご一緒に、ですか?」

 普段素直なラティファにしてはとても不服そうな声。更にいすずは銃を降ろしていない。

「ああ。ラティファもいすずも一緒に、だ」

 西也は力強く頷いてみせた。押し通すしかなかった。

 ラティファはしばらく考え込んだ末に明るく頷いてみせた。

「わかりました。可児江さまといすずさんとの水着着用での入浴の件、確かに承りました」

「プールということなら仕方ないわね」

 自分なりの解釈を見出しながら頷いてみせるラティファといすず。

 こうして西也は美少女2人とお風呂となった。何とか銃殺は免れたが、明らかに厄介事を抱え込んだ自分に軽く死にたくなった。

 

 

 

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 ラティファの寝室の隣に彼女専用の浴室が存在していた。

「でかいな……あのパクリネズミめ。姪を甘やかしおって」

 黒いトランクス型水着姿の西也は中へ足を踏み入れて大きな声を挙げてしまう。周囲を見回して渋い表情を見せている。

 ここに足を踏み入れる前は西洋式のあまり大きくないバスタブのようなものを想像していた。けれど実物は銭湯並みの規模を誇り、大きな浴槽の他にミストサウナまでついている。キャスト用のシャワー施設よりよほど豪華だった。

 支配人だからこその良い設備と言えなくもない。けれど、他のキャストたちに知られれば不満の声も上がりそうだった。そして物欲の少ないラティファにこのような豪華な施設を与えた主がモッフル以外には考えられなかった。

「しかし、ラティファと千斗と一緒に風呂、か……」

 改めてこれからの状況を考えるとドキドキが止まらない。ラティファたちは適当に言いくるめたものの、水着着用での一緒の入浴に他ならない。どう言い繕ってもお風呂。

 男女交際歴ゼロの女慣れしていない少年にとってはなんとも刺激が強過ぎるイベントだった。

「PVを録る時には仕事だと割りきっていたから水着姿でも全然平気だったが……プライベートで水着とか間違いなくやばいだろう」

 そわそわしながら扉付近を行ったり来たりする。そして、西也に運命の瞬間が訪れた。

 

「可児江さま……お待たせいたしました」

 扉が開いてラティファが入ってきた。マイクロビキニと呼んでも差し支えなさそうな布面積の少ない白い水着姿で。PV撮影時に使った過激な水着姿だった。

「なっ、何故そんな露出の多い水着で入ってくるんだっ!? ラティファにはスプラッシュ・オーシャンにお忍びで視察に来た時のピンクのフリフリヒラヒラ水着があっただろう」

 西也はラティファを正面から直視できなかった。肌色率が高過ぎる。

「可児江さまを誘惑して結婚に持ち込むには露出度の高い水着の方がいい……ではなく、おっぱいオバケのいすずさんよりも可児江さまのハートを掴むには露出度の高い水着の方がいい……でもなく、あちらの可愛らしい水着はちょうどクリーニングに出してしまったので手元にないんです」

「…………じゃあ、仕方ないな」

 前半の方は聞かなかったことにしてラティファの言い分に納得する。顔を逸らしながら。だが、今の状態を納得してくれる姫殿下ではなかった。

「可児江さま。人と会話する時は顔を見ながらお話するのが礼儀だと思います。ちょっとプンプンです」

 プクッと頬を膨らませるラティファ。

「それも、そうだな……」

 仕方なくラティファへと顔を向ける。ほとんど裸の金髪碧眼の美少女の姿が目に入ってきてしまう。西也は苦肉の策としてラティファの顔以外視界に入らないように必死に下を見ないようにする。だが、姫殿下もまた恋する勇士だった。

「可児江さま。今日はたっぷりお背中流させていただきますね」

 ラティファはトリケン直伝の前かがみのポーズを取って対抗してみせた。上半身が屈んだ分だけ、どうしても西也の視界にラティファの胸の辺りまでが入ってしまう。

 同世代の少女と比べても起伏に乏しいとはいえ、美少女の胸。西也は心の中で「キープクール」と3回唱えた。鼻血が流れ出さないように天井を見上げる。

「可児江さま。お背中をお流しいたします」

 ラティファが西也の右腕を取った。微かに胸を押し付けられて西也は果てしなく焦った。

「いや、そんな気を使わせたら悪いから……」

「今日は可児江さまに日頃の感謝を込めて少しでも寛いでいただきたいのです。遠慮なさらないでください」

「そっ、そうは言われても嫁入り前の年頃の乙女が男の背中を流すなんてマズい、ぞ」

「わたくしからの感謝の気持ちですから遠慮なさらないでください」

 焦る西也に対してラティファは背中に回って、体を密着させてきた。背中に感じるラティファの柔らかな感触に全身が硬直する。

「それに、可児江さまがお嫁さんにもらってくださるのなら……嫁入り前の乙女ではなくなりますよ。うふっ」

 とても甘くて蠱惑的な声が西也の耳に入ってきた。

「らっ、ラティファ。冗談でも、そういうことを言うんじゃ……」

「メープルランドの未来を……可児江さまに託してはダメですか?」

 大義を掲げるラティファ。背中に押し付けられる柔らかい感触に西也の思考回路は麻痺していく。

「わたしじゃ……可児江さまのお嫁さんにはなれませんか? 魅力、ないですか?」

 寂しげに語るラティファに西也の心の中の何かが火を点けた。

「違うっ!」

 大声が出た。

「俺は、ガキのころに初めてラティファに出会った時からお前の可憐さにメロメロだったんだ。ませたガキだった俺の初恋とも言うべき女性だったんだよっ!」

 肩に乗っているラティファの右手を上から固く握る。

「その、今は年齢が逆転して俺の方が年上になってしまったが……俺にとってラティファはっ!」

 西也自身何だかわからないとても熱い衝動に駆られていた。その激しい情熱に従うままに想いをぶち撒けようとしたその瞬間だった。

「ラティファは……俺は、ラティファのことが、ずっと昔から……」

 首を振り上げ声を張り上げる。高校2年生の少年は遥か昔に忘れてしまったはずの自分の恋を再び──

「あっ、可児江くん。ごめんなさい。何の故意性もなく手から石鹸が滑り落ちて150kmの豪速球となって可児江くんの頭の方に飛んでいってしまったわ」

 いすずのやたら説明口調の言葉が終わった時には西也の顔面に白く楕円上の石鹸が深くめり込んでいた。

「かっ、可児江さまぁ〜〜〜〜っ!?」

 ラティファの声がとても遠く聞こえたがもはや西也の意識は黒く塗り潰されていた。

 

 

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『ひっ、酷いです、いすずさん。可児江さまに石鹸を投げ付けるなんてあんまりです』

 

『私は姫殿下の護衛役として、可児江くんがラティファさまに破廉恥な振る舞いをしないように初動を制したまでです』

 

『そんなの嘘です。いすずさんは……わたくしと可児江さまが結ばれるのが嫌で嫉妬して石鹸を投げた。そうですね?』

 

『なっ、何を仰っているのですか? 姫が可児江くんと結ばれるなんてあり得ません。私が可児江くんに嫉妬したということもありません』

 

『では、何故そんなにも全身が震えておられるのですか?』

 

『こっ、これは……』

 

『はっきり、認めてください。いすずさんも……可児江さまのことが好きなんですよね?』

 

『私“も”……では、ラティファさまは……』

 

『はい。わたしは可児江さまのことをひとりの男性としてお慕い申しています。できることなら、その、将来は可児江さまと結婚し、可児江さまにメープルランドを治めていただきたいです』

 

『本気、だったのですね』

 

『はい』

 

『では、私も正直に白状します。私も………………可児江くんのことが好きです。好きに、なってしまいました』

 

『………………やはり、そうだったのですね』

 

『怒らないのですか? 私は、嫉妬から可児江くんに石鹸を投げ付けて気絶させ姫殿下の恋路を邪魔したのですよ』

 

『恋のライバルがいたら、誰だって多少は妨害工作してしまうものだと思います。わたくしも用事を言いつけて、いすずさんより早く着替えて可児江さまの誘惑に入りました。だから、おあいこです』

 

『姫殿下……』

 

『それではこれから、わたくしといすずさんのどちらが可児江さまのハートを先に射止めるか勝負ですね♪』

 

『姫殿下と勝負だなんて恐れ多いです』

 

『これは恋の鞘当てバトルなのですから、姫とか護衛とか関係ありません。ルール無用の仁義なきバトルなんです』

 

『し、しかし……』

 

『では、いすずさんはわたくしに可児江さまを譲ってくださり手を退く。そう受け取ってよろしいのですか?』

 

『………………前言を返すようで心苦しいですが、いくら姫殿下とはいえ可児江くんを譲るわけにはいきません。彼は私のものです』

 

『それじゃあわたくしたちは今から本当に恋のライバルですね』

 

『ええ。そうなります』

 

 

 

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「……人類はラプラスの箱を開けちゃいけないんだ…………はっ!?」

 西也(CV:内山昂輝)は宇宙世紀の宇宙でジオンの姫君とともに人類全体に関わる大きな謎を追う夢を見ていた。その中でジオンの姫とちょっといい雰囲気になったところで目が覚めた。

 西也は浴室の床にタオルを頭の下に敷いて寝かされていた。視界には心配そうな顔で見つめる2人の水着姿の美少女が覗き込んでいる姿が入っている。

 特にその内の1人、赤い大胆なビキニの水着姿を披露しているいすずには言いたいことがたくさんあった。

「千斗。お前は手が滑ったとか何とか言いながら全力で俺に石鹸を投げただろう!」

 上半身を起こしながら気絶させた張本人であるいすずを糾弾する。すると、西也の予想に反していすずはとても殊勝な態度を見せた。

「ごめんなさい」

 神妙な面持ちで頭を下げるいすず。反論してくると思っていた西也には予想外の対応だった。

「いや、まあ、反省しているのならそれで……」

 歯切れ悪く言葉に詰まってしまう。口喧嘩に突入する予定だったので素直に謝られてしまうと言葉が続かない。

「お詫びの印に私が可児江くんの背中を流させてもらうわ」

「「えっ?」」

 西也とラティファの声が揃った。

「背中だけでは許せないと言うのなら……前、も、流させてもらうわ」

 いすずの頬が赤く染まりその顔が俯いた。

「何を言ってるんだお前はぁ〜〜〜〜っ!!」

 西也は上半身を激しく前後に振ってみせた。

「そっ、そうです。可児江さまのお背中はわたしが流すともう決まっているのです。いすずさんの出番はありません」

 ラティファは両手を広げて西也へのいすずの接近を拒んでいる。ほとんど裸にしか見えない背中にクラクラする。

「ラティファにも許可した覚えはないぞっ!」

 焦る西也。だが、ラティファといすずは互いを見つめ合いながら激しい視線の火花を散らしている。西也が気絶している間に2人に何かあったかのようだった。

「こうなったら可児江さまに決めていただきたいと思います!」

「可児江くんは私とラティファさま。どちらに背中を流してもらいたいの?」

 凄みを利かせた表情で2人の美少女が西也に決断を迫ってきた。ラティファまで睨んでくるので西也はとても泣きたくなった。

「自分で洗う、というのは?」

「却下です」

「論外ね」

 平和的な回答は決着を付けたがっている戦乙女たちには通じなかった。

「可児江さまはわたくしに背中を流してもらいたいのですか? それともいすずさんですか?」

「正直に答えなさい」

 2人の目は据わっている。下手な言い訳をして答えを回避することは不可能そうだった。だから、西也は答えた。己の心に正直になった次善策を。

「じゃあ、2人一緒にお願いする」

 どちらか一方だけ選べば血を見ることになる。きっと刺される。そんな直感に従ってサバイバルできる唯一の選択肢を選ぶ。

「いっ、いくら、メープルランドでは重婚が認められていると言って。私と姫殿下にそんな堂々と二股宣言するなんて……」

 いすずは頬を赤らめながらプイッと顔を横に背けてみせた。けれど、時々チラチラと西也を見ては強く意識している。

「なら、いすずさんは背中流しを辞退してください。可児江さまのお背中はわたしだけで流せますから」

 ラティファはいつになくアグレッシブにタオルにボディーソープを染み込ませている。いすずに負けないぐらい赤く染まっている顔だが、行動自体には迷いがない。

「しかし、姫殿下にそのような仕事をさせるわけには」

「姫ではなくひとりの女の子として可児江さまのお背中を流すのです。だから問題ありません」

「わかりました。私もひとりの女として対応いたします。ラティファさまだけに可児江くんの背中を独占させられません。私もやります」

 よくわからないものの、いすずもやる気になったらしい。死にたくなかっただけの無茶な選択肢は実行されることになってしまった。

 

「それでは可児江さま。失礼しますね」

「痒いところがあったら言って」

 2人の少女は西也の背中を擦り始めた。背骨を堺に半分ずつ背中を分けあいながら。

「………………す、スマンな」

 自分で要求しておきながら西也には今自分の身に起きていることが現実だとどうしても感じられなかった。ラティファに一緒に入浴しましょうと誘われた時から夢のような気がしてならない。何度も死を感じたので現実に違いないのだが。

 目の前の鏡を見る。半裸の美少女たちが西也の背中を擦っている。2人とも申し訳程度に胸とお尻を隠しているだけ。しかも体を上下動させているので胸がどうしても揺れている。特にいすずはすごい。バスケットボールのよう。一方でラティファからは疚しさを覚えてしまう。

 そんなことを考えていると、嬉しさと恥ずかしさと緊張感がごっちゃになってとても苦しくなってしまう。色んな意味で西也は大ピンチだった。

「可児江さま? どうかなさいましたか?」

「いや。なんでもない。なんでもないぞっ!」

 自分の動揺を悟らせないのが精一杯。思い切り悟られているが。

「そろそろ、前の方も洗いたいのだけど」

「却下だっ! 激しく却下する!」

 現状、美少女たちに前に回られることは絶対に避けなければいけないことだった。どんな変化が起きているのか視覚的にバレてしまう。

「あっ、そう……」

 鏡越しに見えるいすずの表情はちょっと不満そう。そして彼女はより過激な行動に出てきた。

「石鹸に滑ってしまったわ。きゃ〜」

 棒読み真っ最中なセリフを唱えながらわざとバランスを崩して西也の背中に抱きついてきた。いすずの豊満な胸が西也の背中に押し当てられる。鏡越しの視覚効果と柔らか過ぎる感触。西也はもう泣きたい気分だった。

「せ、千、斗……」

 言葉が続けられない。離れろの一言が言えない。心臓が破裂しそうな幸せと緊張が少年を襲っている。本気でヤバかった。

「いすずさんだけズルいです」

 鏡越しに思案顔を見せたラティファは更に大胆な行動を取った。姫殿下は西也の前方に回ってくるとそのまま正面から抱きついてきた。

「これでおあいこです♪」

 やたら嬉しそうな表情を見せるラティファ。何がおあいこなのか西也にはわからない。けれど、ラティファに正面から抱きつかれたことで、西也の知られたくなかった変化部位がラティファのお腹にぴったりと密着してしまっている。

「何でしょう? このお腹に当たっているとても固い棒状の感触は? わたし、気になりますっ!」

 しかも、ラティファに思い切りバレてしまっている。ラティファがその正体に気付いてしまったらもう泣くしかない。いや、死ぬべきか。

「わはははははは。わははははははは」

 もう半分自棄になって笑うしかなかった。

 

 

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「可児江さま?」

「可児江くん?」

 西也は緊張が限界を超えて突然笑い出した。キョトンとする美少女2人を置いて頭から熱いシャワーを浴びる。そして浴槽に向かってダッシュを開始した。

「可児江さま。浴槽にお入りになる際は水着を脱ぐのがマナーだそうです」

 モッフルに細かいルールは吹き込まれたらしいラティファの声が聞こえてきた。

「ああ。わかったよ!」

 西也は走りながら水着を脱ぎ捨てた。そしてそのまま湯の中に飛び込んだ。

 いすずとラティファに密着されているよりも、全裸になっても湯の中に逃避した方がまだマシだった。このままでは本気で心臓が保たない。

「お前らも入ってこい…………来れるものならな」

 裸にならない限りはお湯に入って来られない。ようやく2人と距離を取れる空間に辿り着けて安心感を覚えながら提案してみる。

 水着を脱げと言っているのと変わりない以上、西也の提案は通らないはずだった。

 だが、西也は大きな見落としをしていた。2人の美少女がどんな想いで彼の背中を流していたのか深く考えていなかった。その結果、西也の提案に対する反応を読み間違えることになった。

 ラティファといすずは顔を赤らめながら互いの顔を見合った。そしてそれから西也の顔を見た。

「……あの、可児江さま。恥ずかしいので後ろを向いていただけますか?」

「……女の子が服を脱ぐさまをジロジロ見るのはマナー違反よ」

「えっ?」

 最初、西也は何を言われているのかわからなかった。けれど、2人の少女がとても恥ずかしそうな視線を向けてくるので言われるままに背中を向けた。すると間もなく布状のものが地面に落ちる音がした。

 その音の意味を何となく理解してしまい焦る。というか、もう現実味が乏し過ぎてわけがわからない。だが、全ては現実に起きていること。

 

「失礼、します」

「入るわよ」

 声と共に水の中に2人が入ってくる音が聞こえた。もう認識誤認しようがなかった。

 なんでこんなことになった?

 西也は半泣き半笑いの状態。メープル城に来る前は普段通りに支配人代行の仕事をしていたのに。いつもと同じ慌ただしい日のだけのはずだったのに。

「もう、こちらを向いてくださっていいですよ」

「あ、ああ」

 ラティファの声に導かれるままに振り返る。

 全身を赤くした2人の少女が西也の左右前方にいた。わざわざ向かい合う位置取りで。

 ラティファといすずは水着を着けていなかった。それが透明の湯を通じてよくわかってしまう。

「…………ぐっ」

 見てはいけないと思いつつ、湯の中の胸の、しかも桜色の先端に意識が行ってしまうのは女慣れしていない男子高校生ゆえに仕方のないことだった。

 いすずの大きな胸は……浮いていた。ネットで巨乳は浮くという知識だけは得ていたものの実際に目の当たりにすると驚愕だった。プロトカルチャーと叫びたかった。さり気なく胸の先端を両手で隠している仕草がまたエロくてユニバースと叫びたかった。

 一方、ラティファは恥ずかしがっているものの胸を隠すようなことはしていなかった。小さいが形の良い胸が桜色の先端から全て湯の中ではっきりと見えている。高貴な者は侍女たちに裸を晒し慣れているので恥ずかしがらないとか自分で勝手に納得してみる。そして東洋人男子らしく金髪碧眼の美女に魅了されて止まない自分を自覚する。ビバッと叫びたかった。

 ラティファたちも西也がどこに注目しているのかわかってしまっているようだった。一言も発せずにただ紅潮して俯いている。

 背中を向けてくれればそれで済む話ではあった。けれど、それをしない。そして、俯いているということは、湯の中の西也の下半身が全て見えてしまっているということだった。

 その意味に気が付いて、西也はもう限界を越した。

「お前たちが……」

 つぶやき始めた西也に2人の注目が集まる。そんな美少女2人に対してかつての天才子役スターは大声で宣言してみせた。

「お前たちが、俺の翼だっ!!」

 イケメンにのみ許される二股宣言を両手を広げて行ってみる。何故、こんな宣言をしてしまったのか西也にもわからない。

 けれど、ラティファといすず。2人の裸を見てしまった以上、少年として見せられる精一杯の誠意、のつもりだった。二股でも誰よりも大切に付き合うと宣言することが。

 ラティファといすずは互いに顔を見合わせた。ポツリポツリと語り合う。

「いすずさんとは恋のライバルとして決着つけるつもりでした」

「でも、可児江くんが私たち2人を一緒にということなら……仕方ありませんね」

 小さなため息が同時に漏れ出る。

「不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いしますね」

「二股を許してくださる姫殿下の寛大な心と、ついでに私の寛大さに感謝してよね」

 2人はそれぞれ西也の左右の手を取ってギュッと体を密着させてきた。

「えっ?」

 予想外過ぎる展開に西也の口が半開きのまま閉じない。イケメンのつもりはあるのでぶっ飛ばされないとは何となく思っていた。けれど、二股宣言が許されるとも考えていなかった。

 しかるに現状は糸1本身に帯びていないラティファたちに左右から抱きつかれている。しかも、顔を赤らめているとはいえとても嬉しそうな表情で。

 胸の感触に心を奪われながら、西也は自分の今後の人生が今ここで決まってしまったことを何となく感じ取っていた。

「俺……2人のこと、大事にするから。ラティファもいすずも、好き、だから」

 たどたどしくこの場で述べるべきことを述べる。小学生時代でタレントを辞めてしまったので恋愛云々に絡んだことがなく、その手のセリフがスラスラ出て来ない自分がちょっと恨めしい。

「…………はい。わたくしも可児江さま、いいえ、西也さまのことが大好きですよ?」

 ラティファは満面の笑みを浮かべながら西也の腕に更に全身を強く密着させてくる。

「…………メープルランドが重婚を許していなければどうするつもりだったのかしらね。それはともかく、私も可児江くん……西也くんのこと、その、嫌いじゃないわ」

 いすずはツンデレを発揮しつつラティファ同様に更に体を密着させてきた。

 裸でピッタリと身を寄せ合う構図となった3人。

 この場に誰か踏み込まれたら俺の人生、完璧に決まる。

 そんなことを考えている矢先。大きな足音が聞こえてきた。

「ラティファぁ〜〜〜〜っ!! 犯罪者可児江と一緒にお風呂に入ってはダメだフモ。一生お嫁に行けなくなってしまうんだフモ〜〜〜〜っ!!」

 甘城ブリリアントパークが誇る一番人気のマスコットがすごい勢いで浴室へと入り込んできた。

「フッ。これがお約束ってヤツだな」

 その瞬間、西也は独身人生が詰んだことを悟った。

 モッフルの飛び蹴りが飛んでくるのはそれから1秒後のことだった。

 

 

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エピローグ

 

 

「西也さま。わたくしのウェディングドレス姿はいかがでしょうか?」

 西也は右腕をラティファに気が付いて我に返った。目を向ければ真っ白に統一されたウェディングドレスに身を包んだ美しい新婦が立っている。

「最高に綺麗だぞ。さすがは俺の嫁だ」

「えへへへ。嬉しいです?」

 優しく微笑みながら新妻の美を称える。

「西也くん。私はどうなの?」

 今度は左腕を引っ張られた。ラティファと同じデザインのウェディングドレスを着たいすずがラティファばかり褒められてズルいという表情を向けている。

「いすずも本当に綺麗だぞ。2人とも世界一の美人だ」

 もう1人の新妻も最高に綺麗であることを伝える。

「2人とも世界一って言葉に矛盾がある気がするけど、まあいいわ」

 もう結婚という段階になってもツンデレを続けながらいすずは西也に寄り添った。

 2人の美少女花嫁に寄り添われて立つ世界一の幸せ者の西也。けれどその少年自身は自分を幸せ者と自覚している余裕がなかった。

 

 モッフルに3人での入浴を発見されてから怒涛の日々を送っていた。

 ラティファとの結婚を断れば死罪。わかり易い二択を迫られて結婚を選択。ラティファの計らいといすずの熱意もあって3人での結婚となった。

 ラティファの妊娠の可能性が勝手に憂慮されて結婚の儀は年内に執り行われることになった。更に、ラティファが王位を西也に継承してもらうつもりであることを告げると混乱に拍車が掛かった。

 反対意見が噴出する中で西也は帝王学を学ばされ、更に様々な試練を課せられた。そしてそれらの難関を全て予測以上の好成績で切り抜けてみせた。すると次第に西也に対する反感の声は出なくなっていった。

 そしてクリスマス・イヴに当たる12月24日。ついに西也とラティファ、いすずの3人での結婚式となった。会場はメープル城。パークのクリスマスイベントを装いながら結婚式は大々的に公開されながら行われることになっている。

「王女をかどわかした新国王候補の犯罪者とラティファといすず。そろそろ出番フモよ」

 モッフルが控室に入ってきた。胸に勲章を付けたり帽子がシルクハットだったりと装いが普段とは違う。王妃の弟として王族待遇でこの式に望んでいる。

 モッフルは結婚に最後まで反対していた。だが、ラティファが涙目で「おじさま大嫌いっ!」と叫んだので遂に折れた。それからは本人は認めてないものの西也の政治的な一番の後ろ盾になっている。

「それじゃあ、そろそろ会場に向かうぞラティファ、いずす」

 2人の花嫁の顔を見ながら抱き寄せる。

 環境が人間を作るという話ではないが、結婚を意識してから西也はラティファといすずにとても大事に愛おしく接するようになった。

 人間関係の形成が殊更下手な西也にとっては、2人が恋人で結婚相手だと認識することでプライベートでの接し方が上手くいくようになった。

「さあ、ゲストたちに最高の結婚式を披露するぞ」

「「はいっ」」

 ラティファといすずの頬にそっとキスをしてから会場に向かって歩き出す。

 後にメープルランドの救世主として後の世まで語り継がれる西也・フルーランザ1世国王の最初の公務の始まりだった。

 

 

 甘城ブリリアントパーク 西也国王就任への道エンド

 

 

 

 

 

 

 

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pixivで発表した甘ブリ作品その4
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甘城ブリリアントパーク

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