甘ブリ番外編 お前たち全員が……俺の翼だっ!! |
甘ブリ番外編 お前たち全員が……俺の翼だっ!!
0 プロローグ
「クリスマス、年末年始に向けてテコ入れが必要だっ!」
12月も中旬を迎えたある月曜日の営業終了後の午後9時。参加任意の経営会議の席で支配人代行の可児江西也は白板を叩きながら熱く訴えた。
「知っての通り、俺たちは来年の7月31日までに観客動員150万人を達成しなければならない」
頷いてみせるラティファ以下の出席者一同。夏に観客動員ノルマを達成して閉園を免れたと喜んだのもつかの間。甘城市側はこれまでの補助金を税金で取り返そうとばかりに更に厳しい数値目標を課してきた。
「去年の12月に比べればゲストの数は飛躍的に増加している。堅調だとさえ言えよう」
去年の12月に支配人代行の任に就いていた千斗いすずはさり気なく西也から目線を外して壁を見た。ちょっと切ない瞳になっている。
「だが、30円キャンペーンを止めて通常料金体系に戻したところ、客足が落ち着きつつあるのも事実だ」
廃園を免れるための採算度外視作戦。それによりパークの存続には成功したものの、9月から通常料金に戻したところ割高感がどうしても生じてしまっている。それ以降は来場者数の破竹の増加傾向も影を潜めている。
「パークの安定運営のために今の内から積極的に手を打ちたいのが俺の方針だ」
西也の言葉に反対の声は挙がらない。みな、7月末の綱渡り運営を覚えているから。
「それでこれからゲストの大量来客を見込める年末年始に向けて積極策を打ちたい。誰か、何かアイディアはあるか?」
みなが黙り込む中でティラミーだけが真っ直ぐに手を挙げた。挙手の主に疑問を覚えるものの一番先に手を挙げたのも事実。西也はとりあえず意見を聞いてみることにした。
「交通事情があるからウチで年越しイベントとか厳しいと思うし、クリスマスイベントに力を注ぐのが吉だと思うんだミー」
「確かにバス会社が深夜運行に同意しない限りここで年越しイベントはできんな。クリスマスウィークとか名付けて特別営業をしばらく行うか」
西也はティラミーの意見に賛同した。気分を良くして続きを尋ねてみることに。
「具体的にはどんな案がある?」
「カップルが来やすいように園内の至る所にご休憩用のベッドを設置してエロ……」
1発の銃声が鳴り響いてティラミーは動かなくなった。まるで眠っているようだった。
「引き込みたいゲスト層を明確にしたいという案だった」
まだ煙を上げているマスケット銃を構えているいすずの横で西也は話をまとめてみせた。
「デートスポットとして取り上げられればマスコミへの露出も増えるフモ。クリスマスイベントで恋人たちを多く呼び込む方針でいいとボクは思うフモ」
「では、外部への宣伝も兼ねてこのパークをデートスポットに変えていきたいと思うが……誰か、具体的に案がある者は?」
西也は首を1周させる。だが、意見を述べる者はいない。このパークには既婚者はおろか男女交際の経験がある者でさえ少数派。ミュースもコボリーも椎菜も目を逸らした。
ちなみに言えば、西也自身も男女交際の経験はない。デートに関する知識もない。
万策尽きたかに思われたその時、1人の羊が手を挙げた。結婚経験者、というか離婚経験者であり子持ちというこのパークでは稀有な存在であるマカロンだった。
「どうやらボクの交際経験を活かす時が来たようだロン」
自信満々なマカロン。西也は一抹の不安を感じながら尋ねた。
「どうすればここをデートスポットにできる?」
マカロンは自信満々に答えてみせた。
「アトラクションにお金を掛けて弄っても無駄だロン。もっと細かいところのちょっとした改良が好評に繋がるロン」
「金が必要ないのならありがたいが……どうするんだ?」
「人目を遮れる植え込みがたくさんあれば十分だロン。後は若い男女が勝手に盛って子孫繁栄なんだロン。 ボクも離婚した妻とはそうやって青……」
銃声が鳴ってマカロンが倒れた。今にも動き出しそうなまだ暖かい体だった。
「他に自身の経験に基づいたデートスポットに必要な条件は?」
重苦しい沈黙が立ち込める。デート経験のない者たちが会議に集まってしまっていた。
「なら、キャスト同士で実際にデートして意見を出し合っていけばいいフモ」
モッフルの言葉に参加者たちがハッと顔を上げる。
「意見が合理的なのは認めよう。だが、誰がデートモニターするというのだ?」
嫌な予感がして止まらない西也。そんな彼に対してモッフルは腕を指した。
「男は可児江しかいないフモ」
「何故だ?」
予感通りの展開で苛立ちが込み上げる。
「時期的に即決が求められている今回の企画。パークの責任者であるお前の即断が必要だフモ。そしてお前はアトラクションを直接受け持ってはいない。1日抜けてもなんとかなるフモ」
「そう言われると、そうなんだが……相手は、どうするんだ? 嫌がる相手とデートはまずいだろう。気まずいだけでアイディアなど沸かないぞ」
西也の言葉に女性参加者の何人かが目を光らせた。そして勢い良く立ち上がろうとする。だが、先手を打ったのはとても意外な少女だった。
「ならばわたしが、デートのモニター役に立候補いたします」
手を挙げながら堂々と立ち上がったのはメープルランド王女のラティファ・フルーランザだった。そんな王女殿下を見てモッフルは目を見開いて大いに焦った。
「ラティファがデートする必要なんてないフモ! ラティファにはまだ早いんだフモ!」
「いいえっ!」
ラティファは取り乱す叔父を見ても少しも動じなかった。
「このパークのキャストの中で持ち場がないのはわたしだけです。ゆえにわたしが可児江さまのデート相手として最も相応しいのです」
ラティファの瞳は決意の光に満ちている。支配人として……多分。
「ボクは認めないんだフモっ! 可児江となんかデートしたらあっという間にラティファが妊娠してしまうんだフモっ! 可児江はそういう男なんだフモっ!!」
「失敬なことを言うなっ!」
怒鳴る西也を脇にラティファは頬を赤らめた。
「可児江さまはそんな男性でないとわたしはよく存じております。それに、もしそうなってしまったら……可児江さまの元にお嫁入りすればいいだけの話ですから問題ないです」
両手を頬に添えて体を左右に振って恥ずかしがっている。満更でもなさそうな表情のラティファを見て他の女性キャストたちも我慢しきれずに一斉に立ち上がった。
「姫殿下にそんなことはさせられませんっ! 私が犠牲になって可児江くんとデートしますっ!」
「そうです。可児江さんのデートは私がします。こ、これでも一応年上のお姉さんですし」
いすず、ミュース、コボリー、椎菜が一斉に立ち上がってラティファの提案に反対する。
「しかし、みなさまには大切なお仕事があります。可児江さまとのデートはルーチンワークのないわたし、ラティファが行いますっ!」
ラティファは4人の美女に対しても一歩も退かない。心優しい控えめな少女にしてはとても珍しい反抗だった。
「1日ぐらいスケジュールは調整します。可児江くんとのデートは私がしますから、姫殿下の手を煩わせることはありません」
いすずもまたいつになく強い口調でラティファに反論している。表情も厳しい。前例のない事だった。
「わたしはみなさまの、パークのお役に立ちたいのです。けっ、決して、わたくしが個人的な願望で可児江さまとデートしたい。とかではないのです……絶対、多分、少しは」
ラティファの全身が赤く染まる。そんなラティファの個人的願望あからさまな態度を見て4人の少女たちは更に警戒を強める。ラティファエンドにはさせない。そう瞳が訴えている。
「可児江先輩は後輩で一番パシらせ易い椎菜とデートするんですぅ。だから、姫さまが出て来られる必要はないんですぅ」
「支配人代行に一番お似合いなデート相手はイケメン美少年です。でも、それが無理なら……私みたいな地味な子が丁度いいんです。姫さまは可愛すぎます」
5人の少女たちの言い方は様々。だが、自分こそが西也のデート相手に相応しいという点では全員が一致している。そして、誰も譲る気はない。
重苦しい雰囲気が会議室の中に立ち込める。5人の少女たちからはピリピリした空気が発せられ続けている。
「おいっ、小僧。早くデート相手を選ぶんだフモ。ラティファ以外で」
ラティファの強烈な負の眼光がモッフルを捉える。モッフルはその衝撃に耐え切れず、心臓を抑えながら床に倒れた。まだ生きているみたいに穏やかな表情。
「しかし、選べと言われても……」
西也は焦っている。誰を選んでも他の子に恨みを買いそうだった。いや、絶対買うに決まっている。達也に向けられる5人の少女の瞳が強くそう語っている。ギラギラした瞳がナイフの刃を連想させる。
人付き合いが下手な西也にそんな重い決断ができるはずもなかった。何の回答も出さないまま時間だけが過ぎ去っていく。
そして、無限に沈黙が続くのではないかと他の参加者たちが考え始めたそのタイミングで女神は降臨した。
「じゃあ、ラティファちゃん、いすずちゃん、ミュースちゃん、コボリーちゃん、椎菜ちゃん、私の6人で1時間ずつ交代で支配人代行……西也くんとデートするというのはどうかしら?」
安達映子は柔和な笑みを浮かべながら画期的な解決策を提示した。さり気なくデート相手に自分を混ぜながら。少女たちの睨みつけるような瞳が西也へと向けられる。西也の出せる答えなど一つしかなかった。
「それでは……映子さんの意見を採用し、1時間毎に相手を変えながらデートモニタリングを通じて改善案を決定することにする。決行は明日だ。順番と担当エリアはそっちで決めてくれ。会議は以上だ」
西也の額からは絶え間ない汗が流れ落ちていた。こうして西也は6人の少女たちと交替でデートすることになった。
会議室を出て行った西也はブルブルと震えていた。
けれど、しばらく時間が経つとその顔はデレッと締りのないものになっていた。
経緯はともあれ美女たちとのデートが楽しみでないはずがなかった。
ムッツリなので決して認めはしないが。
1 安達映子のターン 入場前
午前9時。西也は待ち合わせ場所であるバス停前に私服姿で立っていた。
「デート相手は映子さんだからな。どう決めればいいのかよくわからん」
自分の服装を見ながら思い悩む。基本的に自信過剰なナルシストである西也は自分のセンスに絶対の自信を持っている。今日の服装にしても有名ブランドのカシミヤコートから更に有名ブランドの革靴まで最高のチョイスをしたつもりだった。
けれど、相手がAV出演経験を持つ大人の女性である映子となると話が変わってしまう。自分がどうしても子どもに思えてしまって仕方がない。そして心臓の高鳴りが収まらない。映子は西也にとっては平常心でいられなくする特別な存在だった。
「西也くん。お待たせしたわね」
白いポンチョ型のコートに身を包んだ映子が手を振りながら西也の元へとやってきた。可憐ながらも大人っぽさを同居させて魅せる映子に思わず見惚れてしまう西也。
「い、いえ。俺も今来たところですから……」
緊張して上手い切り返しができない。実際には30分以上前にこの場に着いていた。最高に格好良い出迎えを色々と頭のなかで考えていた。けれど、実際には何か思い付くでもなく普通の待ち合わせとなってしまっていた。
「バスも丁度来たわ。さっ、行きましょうか」
映子は西也の隣に立つとさり気なく腕を組んできた。映子の自然なスキンシップに女性慣れしていない少年は一気に舞い上がってしまう。
「はっ、はいっ。よろしく、おねがぃします」
ぎこちない動作で体を震わしながらバスに向かって歩いて行く西也。テンパってしまっている西也は気付かなかった。路地裏から少女2人の声が聞こえてきたことに。
「……いけませんいけません。可児江さまが大人の女性に誘惑されています。いけませんいけません」
「……可児江くん。いくら相手が年上巨乳おっとりお姉さん系美人だからって簡単に誑し込まれ過ぎじゃないの」
「ママ〜。あのお姉ちゃんたち、何やってんの?」
「しっ。こういう時は気付かないフリをするのが善良な市民の行動なのよ」
2人の黒尽くめの少女はとてもよく目立っていたが西也は気付かないまま。映子は少女たちへと目を向けたが一言も発さなかった。
バスは順調に動いている。西也と映子は並んで座っている。その後ろの席には2人の黒尽くめの少女たちが西也に気付かれずに座っている。
目的地はもうすぐだった。アナウンスが『甘城ブリリアントパーク』を告げる。
「さっ、降りましょう」
映子は西也の腕を引っ張った。
「ですが、ここはパークではありませんよ」
映子も十分にわかりきったことを述べてみる。
「いいのよ。今日の私たちは初めてここのパークを訪れるカップルなのだから」
映子は意味ありげに微笑むと再び西也と腕を組んだ。西也の頭の電圧が下がってただちに白旗が挙げられる。
「映子さんがそうおっしゃるのなら」
映子に従ってバスを一緒に降りる。主導権を完璧に握られてしまっていることに苦笑しながらも、そんな自分に幸せを感じている。
基本的に年上属性な自分を自覚しつつ押し付けられている胸の感触にクラクラする。ぎこちなく手足を動かしながらバスを降りる。
2人が降りるとすぐ目の前に見えたのは城の形をした大きなラブホテル。映子は思案顔をしてみせた。
「さて、どう思うかしら?」
映子は西也の肩に頭を預けながら試すような妖しい響きの声を出した。
「どう思う。と、言われましても……」
映子の質問の意図が読み取れない。だが、期待はしてしまう。もし、遠回しにホテルに入ろうと誘われているのだとしたら。
映子の前歴が前歴なだけに男子高校生は妄想の翼をはためかせてしまう。美人でグラマーなお姉さんに優しく初体験を指導してもらう。西也の男の子メンタルが刺激されても無理はなかった。
「……可児江くんをホテルに誘おうとしているあのビッチを殺して私も死ぬ」
「……あのホテルの中は一体どうなっているのでしょうか? わたし、気になりますっ! 今度、可児江さまに連れて行ってもらいましょう」
背後の植え込みからボソボソと声が聞こえてくる。が、ドッキドキ状態の西也には伝わっていない。映子は無視して話を続けた。
「事前に入念な下調べなしでパークに来ようとすると、多分ここで降りちゃうわよね」
「そ、そうですね。ここが甘城ブリリアントパークのバス停ですもんね」
映子は真面目な声を出した。予想していたのと別の角度からの話の切り出しで達也は動揺しながら応答する。
「バスを降りるまでここが遊園地の入口ではないという間違いを知らせてくれるものが1つもないわ」
「言われてみると、そうですね」
自身も最初壮大に間違いそうになった過去を思い出す。あの時いすずがいなければ確実にここで間違って降りていた。
「そして降りた先にあるのが、アナウンスとともに視覚的誤認を起こしたお城型のラブホテル。果たしてここで間違って降りた人の内の何%がパークまで来てくれるかしら?」
「アナウンスで騙され、城作りの建物で更に騙されたら来る気も失せますね」
改めて考え直してみるとかなり深刻な問題であることを理解する。来場前の潜在的ゲストを馬鹿にしていると思われかねない。
「それに……カップルによってはホテルの方が遊園地より魅力的な場合もあるわよ」
映子は西也の腕に更に体を密着させ、その大きな胸を少年の右腕に強く押し当ててきた。
「ぶぼっ!?」
思わず吹き出してしまう。けれど、それも仕方がないほど西也は激しく動揺していた。
「……照準を頭に合わせて引き金を引くだけの簡単な仕事よ」
「……わたしじゃあんな胸で挟むようなことはできません」
植え込みの中もまた動揺していた。
「西也くんにとっては遊園地とホテル。どちらがより魅力的かしら?」
「えっ、映子さんっ!?」
映子の顔を見る。次に白亜のホテルを見る。ついでにパークのある方角を見る。
「西也くんにとって、私とパークはどっちが魅力的、かしら?」
甘えるような映子の囁き声に西也の心臓は限界に達しようとしている。
「えっ、映子さん。今は、仕事中なんですよ。そんな、不謹慎な質問は……」
「私は、西也くんがお嫁さんにもらってくれるのなら本当にホテルに入ってもいいかなって思ってるのよ」
「ぶびっ!?」
男女交際歴のない友達さえもいない男に大人の女性の誘惑は刺激が強すぎる。
「恋人が遊園地の支配人代行なら、頭の固いあの人もきっと結婚を認めてくれるわ。結婚相手は、やっぱり自分で決めたいもの」
映子は西也の耳に息を吹き掛けた。17歳の青少年の内なる衝動を解放するには十分過ぎる刺激だった。
「えっ、映子さんっ!」
西也は映子の両肩を荒々しく掴んだ。
「俺、映子さんのこと、一生大事にしますからっ! ひもじい想いも寂しい想いもさせないように最高の結果を出し続けますからっ!」
鼻息荒く映子へと顔を近付けていく。
「ありがとう?」
映子が目を閉じた。2人の顔が段々と近付いていく。
後10cm、5cm、3cm……。
2人の顔が遂に重なろうというその時だった。
「ダメですっ!!」
電柱の影から少女の大声が西也の鼓膜を激しく揺らした。と思ったら、額に激しい痛みを覚えて後ろに吹き飛んだ。唇が重なる直前で離れていく西也と映子。
「ナイスコントロールです」
同じ電柱の影からこっそり覗いていた金髪黒尽くめ少女がもう1人の少女に賞賛の声とともに拍手を送っている。
「ハッ!? 俺は、一体っ!?」
痛みにより西也はようやく我に返った。首を激しく左右に振って現状を認識し直す。精悍な表情を取り戻した西也を見ながら映子は満足気な笑みを浮かべた。
「さて、支配人代行。甘城ブリリアントパークがゲストの方に必ず来ていただくためにすべきことはなんですか?」
映子に上目遣いに見つめ込まれる。けれど、今度は飲み込まれるこはなかった。
「バスのアナウンスで『甘城ブリリアントパークにお越しの方はお次の停留所でお降りください』と述べてもらうようにします。このバス停で降りてもらわないように細心の注意を払いますよ」
「さすがは西也くんね」
ニッコリと微笑む映子。そんな綺麗な笑みを見せられると、あのまま欲望に身を任せ続けた方が良かった気もしてくる。
「…………惜しいこと、したか」
映子が西也に改善点を気付かせるために打った小芝居であることは何となくわかっている。けれど、やっぱりあのまま進んでいたら。男子高校生としてはそれを考えずにはいられない。
そんな少年を見ながら映子はいたずらっぽく耳元で囁いた。
「西也くんが私を選んでくれるのなら……いつでも、ね?」
西也は再びグロッキー状態に陥ったのだった。
2 コボリーのターン 正面ゲート前
パーク付近までやってきたところで従業員口に向かう映子と別れる。西也はひとり正面ゲートへとやってきた。ここに2人目のデート相手がいる。探し主はすぐにみつかった。
「西也さ〜〜ん」
私服姿のコボリーが大きく手を振って自分の存在をアピールしている。見ていて少し恥ずかしい。けれど、おかげで迷うことなく目的の人物を探し出せた。
「コボリー」
彼女に合わせ大きく手を振り返してみる。漫画の場面みたいだと思いながら駆け寄る。すぐ側までくるとコボリーは満面の笑みを浮かべた。
「こうして西也さんとデートできるなんて……夢のようです」
コボリーの言葉にどうしても照れてしまう。そして違和感を覚えた。
「その、西也さんって呼び方だが……」
コボリーは普段西也を支配人代行と役職で呼んでいる。異性に急に名前呼びされるとどうにも恥ずかしい。
「私の愛読する薄い本では男はみんな名前で呼び合っています。今日はそれに合わせてみました」
「コボリーの読む本は特殊な性癖を持つ男しか出てこないだろう……」
コボリーは土の妖精。腐った土を特に好む。腐った恋愛話も大好きな女の子。
「ダメ、ですか?」
背が低く童顔。年上なのに年下を連想させる少女の上目遣いでの攻撃は凶悪だった。
「いや、別に、構わないぞ……」
目線を逸らしながら言葉だけ強そうに返す。映子と別れて静まったはずの心臓が再び高鳴る。西也は女性に免疫がないのでプライベートではわりと簡単にドキドキしてしまう。
「まさか、あまり接点がなかったあのただの地味な子にまで先に名前で呼ばれてしまうなんて。こうなったら、やっぱり可児江くんを射殺するしかないわ」
「西也さまを射殺しても問題は解決しません。ここは広い心が必要ですよ」
「何気なく呼び方を変えた!?」
後方の樹の裏側がうるさくて仕方ない。けれど、コボリーの上目遣いと名前呼び攻撃に焦って真相を確かめることができない。
「良かったぁ」
安心するコボリーの無垢な笑顔にまたドキッとしてしまう。映子にドキドキさせられた直後に他の女性に心ときめいてしまう自分の節操の無さに呆れもする。
「その、コボリーは増客のためのいいアイディアとかあるのか?」
何となく恥ずかしくなって仕事へと話題を変えてみる。仕事モードに切り替わればコボリーが年頃の美女であることを意識せずに済む。
「クリスマスイベントではカップルの入場者を増やす方針なんですよね?」
「ああ。そのつもりだ」
コボリーは入場券売り場をジッと見た。今日は平日。しかも、まだ学生の冬休みには早いこともあって小学生未満の子どもがいる親子がお客である比率が圧倒的に高い。
「カップルで来たら入場料金割引になったり、プレゼントがあったりするんでしょうか?」
西也は空を見上げながら短い時間考えてみた。
「会計担当と相談になるが、おそらくそうなるだろうな。カップルイベントを広報で訴えるにはどうしてもわかり易いパッケージが必要になる」
「その場合、恩恵を預かれるのは年頃の男女のカップルだけ。なんでしょうか?」
コボリーは再び周囲を見回した。親子連ればかりでカップルが皆無なチケット売場を。西也はコボリーの言葉の意図に気が付いてハッとする。
「確かに、恩恵に預かれない者たちは相対的に損をした気分になるな。しかもこのパークの場合その割合は極めて高い」
西也の眉間にシワが寄る。
学生であれば冬休み。社会人であれば仕事納め以降しか平日の昼間にはパークを訪れられない。だが、冬休み開始はクリスマスとほぼ同時期。仕事休みに至っては年末。クリスマス後数日イベントを延長しても恩恵に預かれる者の比率は実際にはごくわずかしかない。
入園者の大半は無関係、というか損をした気分になってしまう。これでは多くのゲストが気持ちよく過ごせない。何らか対策が必要なのは確かだった。
その対策についてコボリーは瞳を光らせて答えてみせた。
「男同士のカップルにも恩恵を与えるべきだと思うんです」
コボリーは大学生らしき男2人組へと視線を向ける。2人はどう見ても同性カップルではなくナンパ目的のチャラ男どもだった。ちなみに園内に若い未婚の女性客がいないので彼らのナンパは絶対に成功しない。キャストに手を出そうとすれば奇跡的に生き返ったモッフルにぶっ飛ばされる運命にある。
「男同士のカップルにも入場特典を与えれば、ネットで話が拡散して全国から男同士のカップルがやってくるんです」
男同士の効果を語るコボリーの瞳はいつになくキラキラピカピカ光り輝いている。好きなことを語っている者の瞳だった。
「男同士のカップルが集まってくれば、そのカップルを見に全国から心清らかな乙女たちが大挙してこのパークに集まってきます」
「……そいつらは絶対に心清らかな乙女ではないだろう」
幸いにして西也のつぶやきはコボリーには聞こえなかった。
「このパークがホモの楽園と化せば毎日10万人単位の心清らかな乙女たちがやってくること請け合いです」
「……正直、それは駄目だろ。テーマパークじゃなくなる」
幸いにして西也のつぶやきはコボリーには聞こえなかった。
「というわけで、男同士のカップルにも特典を与えることを私は提案します」
コボリーの瞳はピッカピカしっ放しだった。こんなにも熱いコボリーを西也は見たことがない。
「男同士、女同士……友達同士での入場にも特典対象にしよう」
西也はさり気なく言い直した。
「男同士のカップル……」
コボリーは西也の言い直しに不満そうな表情を見せる。だが、西也は見ていないフリをして話を続けた。
「この遊園地の主力客層が親子連れであることは今も昔も間違いない。親子連れ特典も考えないとな」
「それって、要するに全員特典を与えるってことなんじゃ?」
「来場者の組み合わせのパターンによって別々の特典を与えることで全員にお得感を与える。30円キャンペーンというわけにはいかないができるだけ多くの人を網羅するさ」
西也はチケット販売方式に活路を見出した。
「友達も確かに素敵です。凌辱モノBLを除く大抵のお付き合いはまずお友達から始まります。でも、男同士のカップリングはお友達より高度な次元にいるんです。彼らのカミングアウトに応える特別な報酬が必要だと思うんです」
あくまでもBLにこだわるコボリー。そして西也もまた意地になって意見をそのままでは採用しない。
「なるほど。特典のダブルアップという着眼点は非常に良い。それならゲストに疎外感を与えずに差別化が図れるな」
「男同士……」
納得していない表情のコボリーの手を西也は握りながら話を続けた。
「俺とコボリーがカップルで一緒に入園した時にお前はどんな特典があったら嬉しいか?」
「私と、西也さんが、カップル……」
コボリーの顔が一瞬にして赤く染まった。不機嫌から一転デレデレに変わっている。
「それで、俺たちが恋人ならどんなサービスがあったら嬉しい?」
コボリーは上目遣いにチラチラと西也を見上げながら恥ずかしそうに答えた。
「…………婚姻届をプレゼントしてくれたら。最高です」
「いや。それは、ドン引きなんじゃないのか?」
遊園地で入場券を買ったら婚姻届が特典で付いてきた光景を思い浮かべてみる。これでテンション上がって入籍とかいうカップルがもしいたら。ソイツらはおかしいとしか思えない。西也だったら説得して結婚を考え直させる。一生の問題をその場のノリだけで決められても困る。
だが、コボリーの見解は違った。強い意志を込めた瞳で西也を眺めている。
「そんなことはありませんっ! 私だったら嬉しいです」
今度は両手の指をモジモジと絡めて照れ顔を浮かべ始めた。
「婚姻届がもらえて、それがすぐに受理されたら……次世代のBL及びBL好きを維持するためにも西也さんとの赤ちゃんをたくさん産みます。2人でBLの王国を築きましょう」
鼻息荒く語ってみせるコボリー。周囲の客、というか母親たちが西也とコボリーを見ながらヒソヒソと小声で会話を交わしている。内容は聞かなくても大体予想できた。
西也は大きく深呼吸して考えをまとめる。取捨選択が問われる作業。
「恋人同士で来たゲストには互いの愛を誓い合えるような特製カードでも配ることにするか。クリスマス仕様でな」
婚姻届からその意味を軽くした案に変える。西也が頭の中で特典の対象と内容をアレコレ考えているとコボリーが腕を引っ張ってきた。
「どうした?」
婚姻届の話をし始めた時から気分が高まっていたコボリーはうっとりとした表情で西也を見上げながら告げた。
「その……BLを発展させるために……私とこれから次世代のBL、作りませんか?」
「こっ、コボリー……」
普段は地味な子だと密かに思っている少女が突如輝いて見えた。もっと言えば、西也はコボリーが年頃の女性であることを急激に意識した。その瞬間だった。
パンッ、パンッと2発の銃声が鳴り響いた。悲鳴もなくその場に崩れ落ちる西也。
少年が再び目覚めたのはコボリーとのデート時間が終了した時だった。
西也を撃った犯人はいい仕事をしたと自画自賛したという。
3 ミュースのターン エレメンタリオ内部
「可児江さん。エレメンタリオへようこそ?」
気絶から目が覚めた西也はコボリーと別れてエレメンタリオの劇場へと入っていった。
ステージの上には妖精ルックにサンタクロースの赤い帽子をかぶったミュースが待っていた。
「今日は滅多にない非番だと言うのに、ミュースは真面目で偉いな」
西也はミュースの努力を労った。エレメンタリオのショーをクリスマス・バージョンに変えようと奮闘中であることは既に報告を受けていた。
ちなみに同じエレメンタリオでもコボリーはBLグッズを買いに都心の方に出掛けてしまっている。他の2人も姿を見せていない。改良に励んでいるのは彼女のみ。
「せっかくのクリスマス・イベントですから。アトラクションだって変えられる部分は変えていきませんと」
「お金の掛からない創意工夫は大歓迎だ」
西也はミュースの意見に上機嫌になった。甘ブリの財政事情は相当に厳しい。特別イベント仕様用に運営側から提供できるのはペンキや布ぐらいだった。要するに自分たちの手でクリスマス仕様アトラクションに改良しなければならない。
だが、実際にクリスマス仕様へと自主的に進めているのはこのエレメンタリオとモグート族が多いルブルムの試練場ぐらいだった。ほとんどのアトラクション担当者たちには改良の余力も気力もなかった。精々がサンタ帽子をかぶるぐらいの変化しかない。
「ショーの長さも構成もあまり変えるわけにもいかないので、衣装をクリスマス・バージョンにしてみるのと、お話をちょっとだけ弄ってクリスマスと関連付けてみようかなと思ってます」
ミュースはそう言って作りかけの衣装を西也に見せた。
「クリスマス・バージョンでは私は水の妖精ではなく雪の精霊になります。それに合わせた衣装です。まだ仮縫い状態なんですけどね」
ミュースが見せてくれた衣装は、形自体は今のものとほとんど変わらない。ただし、色が白。また、ビスチェの表面の素材がもこもこしていて雪をイメージさせる。子どもの付き添いできたお父さんたちに大フィーバーしそうな色香が漂う衣装だった。
「サーラマはサンタクロースの妖精に、コボリーはクリスマスツリーの妖精になってもらいます」
「元の服装の色合い的に無理のない変化だな」
サーラマはサンタ帽子さえかぶればそれだけでサンタクロースとして通せそうだった。コボリーも装束が緑なので頭のてっぺんに星でも飾ればそれっぽく見えそうだった。
元のイメージを損ねないというのは改良に元手があまり掛からないことを意味する。西也が望む通りに改変だった。嬉しくなって続きを促す。
「シルフィーはどうするんだ?」
ミュースは困った表情を見せた。
「えっと……シルフィーは風から連想できる適当な配役がなかったというか、サンタクロースがいるのでトナカイをやってもらうことにしました」
西也はトナカイとなったシルフィーを想像してみる。
〔ロサ・フェティダ・アンブゥートゥンっ!!〕
ショーの進行もサンタクロースとのコンビも無視して一人クルクル踊り続ける2本足で立つトナカイの姿がくっきりと思い浮かんだ。
「大受けするかドン引きされるかどっちかになりそうだな」
幼い観客たちがシュールなトナカイをコメディーと受け取ってくれるか否か。かつての天才子役も子どもたちの反応までは読みきれない。
「楽しいショーってことでみんな楽しんでくれますよ……きっと」
ミュースも受けるか自信はないらしい。そしてシルフィーの独断ダンスを止める自信も。
「まっ。積極的にアピールしていくのが今回のクリスマス・イベントだ。せっかくの自主的なアイディアなのだし、ガンガン攻めていけ。出し惜しみはなしだ」
「はいっ♪」
嬉しそうに返事をするミュース。
「……なんかここは普通ね。可児江くんを撃つ機会がなくて面白くないわ」
「……わたしもトナカイさんになってみたいです?」
劇場の後方の座席では銃をガチャガチャと所在なさ気に弄っている音と楽しげな声が聞こえてくる。けれど、西也もミュースも2人の存在に気が付かない。
「あの、衣装が似合うかどうか可児江さんに見ていただきたいのですが」
「ああ。わかった」
ミュースは現在作成途中の雪の妖精バージョンの衣装を試着してみせることを提案してきた。真面目な仕事ぶりを評価してもらうことでポイントを稼ごうという作戦。そのわかり易い作戦は仕事中毒者の西也には有効な戦術だった。西也の顔が活き活きとしている。
「それじゃあ着替えてきますね」
ミュースは舞台の袖の奥へと消えていった。主のいなくなった舞台の上を腕を組みながら歩き回る西也。
「百均で買えそうなサンタ帽子だけでなく、全アトラクションにせめて衣装ぐらいクリスマス仕様にするように徹底させよう」
西也は息を荒げる。甘城ブリリアントパークは人材不足で資材の管理は各アトラクションの関係者が行っている。そのため、小物や衣装作りに精通している者が自然と多い。衣装を改造してクリスマス仕様にすることはできないことではない。各部署の負担は増えるが、西也が正式な命令を下せば従うに違いなかった。
「年末の2週間はパークがノルマ達成できるかどうかの大勝負になる。絶対に盛り上げてみせるっ!」
強い決意を見せる西也。少年が仕事に燃えているとミュースが戻ってきた。雪の妖精バージョンとなって。
「ど、どうですか?」
心配気に尋ねるミュース。彼女の衣装はそう変わったわけではない。水色だった衣装が白いモコモコに変わったのが主な変更。他には透明な羽の代わりに白いモンシロチョウのような羽になっている。また頭には雪だるまの形を模した髪留めが左右についている。
全体を通じてみればマイナーチェンジではあるが、確かに水の妖精が雪の妖精に変わっている。より正確には雪だるまの妖精。
「ああ。実にいい変身だ」
西也は親指を立てて笑ってみせた。少年の好反応を見てミュースも笑顔を綻ばせる。
「それでですね。冒頭部の入り方をちょっとだけアレンジしてみたので確認していただけますか?」
「ああ。構わないぞ」
天才子役の名をほしいままにした西也にとっては演出こそ本領発揮の場。
ミュースの演技指導に熱が篭もる。
2人の“デート”はとても上手く行っていた。不幸なイベントが起きるまでは。
ミュースの新衣装はまだ仮縫い状態だった。激しい動きをすれば解けてしまう。
そして元々露出が多い衣装で糸が解ければどうなるか?
「えっ? きゃぁあああああああああああああぁっ!?!?」
ミュースの悲鳴が鳴り響いた。ミュースの上半身は何も身に付けられていなかった。大きくて形の良い裸の胸が西也の前に晒されている。白い肌にとても綺麗な桜色。
固まる両者。ただし意味が違う。ミュースは文字通り硬直して動けない。西也は目が釘付けになってしまい動こうとしていない。裸の美女を前にして紳士に振る舞えるほど少年は性欲から解放されてはいなかった。
「…………綺麗、だぞ」
そして動揺して余計な一言をいってしまった。その一言が硬直していた彼女を更なるパニックへと導いたことは言うまでもなかった。
「嫌ぁあああああああああああああああぁっ!!」
ミュースは天井を見上げながら大声で絶叫した。そしてその行為が更なる不幸を産んだ。叫んだことでスカートの方まで解けて床に落ちてしまった。
西也にパンツ1枚のみという恥ずかしい格好を晒してしまうことになったミュース。
「かっ、かっ、可児江さ〜〜んっ! 責任取ってくださぁ〜〜〜〜いっ!!」
必死に胸を隠しながら体を縮こませる。その恥ずかしがる仕草がまた西也の男の子を刺激していた。
「責任って?」
動揺しながら聞き直す西也。ミュースは西也を見ながらハッとした表情を見せた。ついで顔が明るくなる。
「男が女に取る責任なんて決まってます。私のことをおよ……」
ミュースが責任の内容を語ろうとしたその時だった。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
4発の銃声が鳴り響いた。音と同時に西也が床へと崩れ落ちた。
「あの……可児江さんっ!? 私まだ、責任の中身を語ってませんよっ!? 私のお嫁入りの件はどうなっちゃうんですかぁ〜〜っ!? しっかりしてくださ〜い、可児江さ〜〜んっ!!」
裸のまま西也を抱き上げるミュース。けれど気を失ってしまった西也はミュースの会話を理解できるはずもないのだった。
4 椎菜のターン スプラッシュ・オーシャン
西也は痛む背中と頭に手を当ててふらつきながら次の待ち合わせ場所である現在閉鎖中の屋外プール『スプラッシュ・オーシャン』へとやってきた。
「何故に俺は毎回毎回撃たれねばならんのだ? 警備部は一体何をやっている?」
犯人の目処はついている。このパークで簡単に発泡してくる人物は1人しかいない。そして何発撃たれてもかろうじて生きており銃痕もないことから犯人は明白だった。
撃たれた原因について思い出してみる。コボリーの際はともかく、ミュースの時は明白だった。
「ミュースの胸……大きくて綺麗だったな……って、アレは完璧な事故だっ! 撃たれるいわれなどないっ!」
とりあえず自己正当化してみるものの、それが通じる相手でもないこともわかっている。今まで浮かれていて気付かなかったが、引き金のやたら軽いスナイパーに狙われている。厄介なデートだった。
憂鬱になりながら歩き続けると目的の少女を発見した。どう見ても小学生の外見。更にピンク色のお子ちゃまっぽいコートを着ている。同じ高校に通っているとは思えない幼い見た目の少女が元気よく手を振っている。
「可児江先〜輩〜♪」
別のアニメならヒロインになれそうな立派なツインテールを靡かせている中城椎菜が次のデート相手だった。
「さすがにお子ちゃま容姿の中城相手ならあの残虐非道なスナイパーも俺の紳士ぶりをわかって撃たないだろう」
西也は次のデート相手が椎菜であることにホッとしていた。だが、その読みは大きく間違っていた。
「……可児江くんは、相手が小学生な外見でも薄汚い欲望の対象にするのね。そうなのね」
「……そう言えば男子高校生は『まったく、小学生は最高だぜっ!』というフレームが好きなんだそうです。どういう意味なのか……わたし、気になりますっ!」
「……やはり、ちょっとでも不審な動作を見せたら可児江くんを射殺するしかないのね」
スナイパーたちの思惑も知らずに西也は椎菜の元へと近付いていく。
「よぉ。待たせたな」
軽い気持ちで手を挙げて応える。
「椎菜も今来たところですから気にしないでくだしゃい」
頬を寒さで赤く腫らしながら椎菜は答えた。
「あっ。今のは恋人同士のデートの待ち合わせ時の典型的な受け答えなのです。椎菜は今日のデートが楽しみで1時間前から待っていました。だから可児江先輩は椎菜をいたわる言葉を掛けないとダメなのでしゅ」
「そういうことを自分で言うな……待っててくれてありがとうな」
面倒くさいと思いつつ相手の要望を汲む。機嫌を損ねることに何の意味もない。
「しかし……恋人同士のデート、ね」
西也は改めて椎菜を見る。小学生の、幼女と呼んでも差し支えなさそうな容姿の少女がニコニコしながら立っている。椎菜と並んでいると恋人同士と世間はどう見るか?
「親子、と見られるには俺は若すぎる。精々が兄妹だろうよ」
「恋人同士ですっ!」
椎菜は強い口調で反論した。鼻息が荒くツインテールが逆立っている。
「俺たちが本当に恋人同士に見えるのなら……俺は今度こそ射殺されるかもしれんな」
見た目小学生と超絶イケメン美男子のカップル。西也はそれを想像した際の世間様の反応が恐ろしかった。間違いなくロリコン扱いされる。そして迫害される。最悪撃たれかねない。
「……やっぱり、可児江くんを射殺するしか彼の人間としての尊厳を守る方法がないわ。彼がロリコンであると噂が立つ前に射殺するしかないわ」
「ダメです。わたしの可児江さまを撃たないでくださいっ」
背後のモッフル立て看板が騒がしい。けれど、聞かなかったことにする。相手にするのは疲れる。椎菜との“デート”に集中する。
「それで、椎菜は何故この冬季閉鎖中のスプラッシュ・オーシャンを指定したんだ?」
デート相手は各自、イベント用の具体的な改善ポイント案を持って西也との逢瀬に望んでいる。映子、コボリー、ミュースから西也はデート場所を通じて様々な有用な意見を得た。椎菜が選んだのは閉鎖中のアトラクション。裏方としてここで働いていた椎菜だけにプールに関しては西也より詳しいはず。どんな案があるのか楽しみでもあった。
「椎菜は思うんでしゅ。冬の間は稼働していないこの屋外プール施設を有効活用してこそ、椎菜と先輩のような恋人たちの空間を演出できるって」
少し噛みながらも椎菜はシャキシャキと元気に語ってみせた。
「俺と中城が恋人たち?」
「そこに引っ掛からないでくだしゃいっ!」
噛みながら抗議する椎菜。とりあえず疑問点を提示してから椎菜の意見を検討してみる。
スプラッシュ・オーシャンは屋外プール。施設面積で考えれば園内最大のアトラクション。施設は比較的立派でショーも豪華。ただし営業は6月末から9月のはじめまでという極めて限られた期間しかない。夏の間は最大集客を誇るものの、1年の8割が休業中というなんとも効率の悪いアトラクションでもあった。
「休業施設も客寄せに使えるのであれば理想的ではあるな」
顎に手をやりながら真剣に考える。無用の長物を有効活用できればその価値は計り知れずに大きくなる。まだハッキリとは形が見えないものの胸が熱くなっている。
「それで中城はどうすればこの休業中の施設を活かせると思うんだ?」
「ピカピカでしゅっ!」
椎菜は瞳をピカピカさせ噛みながら答えてみせた。
「暗い中、ロマンチックな光に照らされた中を恋人同士が肩を寄せ合って歩く。椎菜と先輩のような大人の男女にピッタリだと思うんです。楕円上のプールに沿ってイリュミネーションを配置すれば綺麗だと思うのでしゅ」
「この水の入っていない楕円状のプールを利用してロマンチックな空間を作ろうという発想は悪くない。だが、もう一捻りほしいな」
西也は空となっている流れるプールの元へと椎菜とともに歩いて行く。そしてジッと眺める。
スプラッシュ・オーシャンの楕円状のゆっくりと流れるプールは都内の有名遊園地プールに対抗して作られたので規模がやたら大きい。幅10m、深さ1.1m、全周は400m。このプールの周囲に敷居を立てて電飾アートを飾れば注目は集められる。けれど、遊園地的にもう一工夫が欲しいところだった。
「400mも周囲を囲んでイリュミネーションを施すと途中で飽きられるし金も掛かる。もっと金を掛けずにアトラクション的な要素を出せればいいんだが」
西也が頭を悩ます横で椎菜はプールへと降りていった。
「可児江先輩。椎菜は今プールの底を歩いてるんですよ。珍しいことしてますぅ」
はしゃぐ椎菜は手を引っ張って西也を水のないプールへと誘った。靴を履いた状態では踏む機会がほとんどないプールの底。椎菜の言うとおり希少性の高い経験に違いなかった。
「ほらほら。椎菜の身長だとこのプールって首より下はみんなプールの下なんです。だから椎菜は深いプールには入らないんですぅ」
片側には高さ1mと少しの壁が延々と続いている。それを見た瞬間、可児江の頭に考えがまとまった。
「そうだ。プールの中を歩かせればいいんだっ!」
ポンっと手を叩く。
「それ、ロマンチックになるんでしゅか?」
椎菜が首を撚る。対して西也は力強く首を縦に振ってみせた。
「ついたてをプールの中に立ててプールの縁も利用しながらドーム状に覆う。後は入口と出口を仕切り光を遮れば朝から晩まで時間に関係なくロマンチックな空間を演出できる」
光量を調整できるドーム空間を数十mに区切って創る。プールの一部だけを限定利用することで費用を抑える。そして暗闇空間を創り出すことでアトラクション的な要素を盛り込める。
「モグート族を総動員すれば1日で準備は整うはず」
モグート族の施工能力の優秀さはパークのリニューアルにとっては切り札。西也が急に言い出したイベントでもそれを実現する力がある。アイディアがどんどん具体的になっていく。
「そして俺は、このプールを利用したイリュミネーションアトラクションをカップル入場者の無料特典にしたいと思う」
「わっ、この人。元々お金を取る予定のないピカピカに無料招待とか恩を着せに入りました。その悪辣ぶりに椎菜もビックリですぅっ!」
椎菜のツインテールがビュンっと翻った。
「誰も損をしない最高の選択だろ」
悪辣と呼ばれたことを西也はむしろ誇った。元々無料公開する予定の臨時アトラクションに付加価値を付ければそれだけ他の特典準備のために費用を掛けずに済む。
「椎菜の恋人は極悪人でしゅ。ちょいワルを遥かに超えてますぅ」
ツインテールがビンビンに張り詰めている。そんな小動物な反応を見せる少女が可愛らしく思える。ついでに、からかいたくなる。
「なら、俺の恋人は諦めんだな」
「くぅうううぅっ! 屈辱です。女はワルい男に心惹かれてしまう性質を利用して先輩は椎菜の心を弄んでいますぅ。極悪人ですぅ」
椎菜は西也の手をギュッと握った。
「こんな極悪人は椎菜が一生側にいて矯正してあげるのでしゅ。ノー・モア悪人さんなのです」
「フッ。お前にこの俺が御せると言うのか?」
余裕たっぷりに悪人顔を見せる西也。椎菜はすぐには一生懸命全身を使ってプールの上へと上がった。途中上がり切れなかったので西也がお尻を支えて上へとあげてやった。
「今の椎菜は先輩より大きいのです」
プールの上へ上がった椎菜は誇らしげに仁王立ちする。椎菜の方が1m高い地点に立っているので、西也は見下されている構図になった。
小さな椎菜に見下ろされる。それは不思議で何とも落ち着かない時間だった。
「可児江先輩は自分が思っているよりも単純です」
「なんだと?」
椎菜に見下されながらドヤ顔されるとなんか腹が立った。
「そして……椎菜のことをひとりの女の子として見てくれているのです」
椎菜は顔を赤くしながらしゃがみ込むと西也の頬にそっとキスをしてみせた。
「…………あっ」
不意打ちのキスに驚いて紅潮し固まる西也。少年の人生において、ラティファに魔法を授けられた時以来の衝撃の体験。
「次は可児江先輩の方から椎菜の唇にキスさせてみせますから。覚悟しておいてください」
椎菜はウィンクしてみせると背中を向けて去っていった。西也はその後姿を呆然と見送っていた。
少女の言う通り、西也は普段気付いていないものの椎菜のことを十分にひとりの女の子として見るようになっていた。
「あんな見た目小学生にほっぺにチューされて心奪われているなんて。私だってまだしたことなのに……こうなったら可児江くんには死んだもらうしかないわっ!」
「ダメです。可児江さまとのキスならもうわたしは済ませていますから今回の浮気は大目に見てください」
プールの物陰では2人の黒尽くめの少女たちが言い争っていた。
5 いすずのターン 事務棟
「なあ、千斗。お前、ものすごく怒ってるよな?」
「何故私が可児江くんに対して腹を立てないといけないのか全く理解できないわ。事実無根の言い掛かりは止めて頂戴」
事務棟事務室内。5人目のデート相手である千斗いすずはマスケット銃を西也のこめかみに押し当てながら済まし声を発した。いつでもティロ・フィナーレしそうなほど銃口が激しく揺れている。
「いや、だって、お前、ずっと俺のことを尾行して見てただろ?」
「何のことを言っているのかサッパリだわ」
いすずの構える銃が2丁に増えた。
「可児江くんは私が貴方の後を24時間つけ回すストーカーだと言いたいの? 安達映子やコボリーに迫られてデレデレしている様や、ミュースの裸をガン見して悦に浸っていたこと、中城椎菜にほっぺにチューされて至福に浸っている様子を見て嫉妬しているとでも思ったのかしら?」
「…………全部見てるじゃないか」
西也はゲッソリする。
「とにかく私は秘書としての仕事が忙しかった。貴方の尾行なんてしていないわ。ましては嫉妬だなんて自惚れないで!」
口で器用に咥えて3丁の銃が西也に狙いを定めている。
「…………ああ、わかった。自惚れは止める」
まだ死にたくはない以上、そう応えるしかなかった。
「それでは貴女は私とのプライベートな関係を全て否定するというの?」
鉄砲が4丁に増えた。
「どう答えればお前の気が済むんだよ?」
西也はとにかく脱力した。
「で、そろそろ本題に入りたいのだが?」
「ようやく自分の身勝手な浮気の罪をその生命をもって償う気になったのね。まあ、私は可児江くんのことなんて何とも想っていないのだから死んでもらっても仕方ないんだけど」
いすずはツンっとした表情でわかり易く顔を背けた。西也は言いたいことがたくさんあったが大きく息を吸って全部飲み込んだ。そして違う言葉を吐き出した。
「それで、千斗にはどんな改善案があるんだ?」
いすずの表情が歪んだ。
「ここは普通、可児江くんが私の機嫌を取るためにあの手この手を尽くす場面なんじゃないの? ラブコメ漫画でもラノベでも大体そんな展開よ」
「そんなもの知るか。俺は仕事に生きてるんだ」
いすずの表情がまた歪んだ。
「貴方は将来奥さんをないがしろにしそうだわ。貴方の奥さんになる女性の不憫さに思わず涙が出てしまうわ。仕事仕事仕事。たまに仕事がないと思ったら外に女を作って回る。本当に貴方の奥さんになる人が哀れで哀れで仕方ないわ」
いすずはハンカチを取り出して目の周りを拭っている。大根役者で演技なのはバレバレだが放っておくと面倒くさそうだった。
「……何故お前がそこまで悲しむ?」
「私以外に悲観することになる女なんているわけないでしょ? だって貴方、ぼっちの可児江くんじゃないの」
西也は深く考えることを止めた。
「で、千斗はどうやってこのパークを盛り上げるつもりなんだ?」
先ほどのやり取りはなかったことにしてもう1度聞き直す。ここは事務棟の事務室。いすずが何を言おうとしているのかは何となく予想はついている。
「広報の強化よ」
「まあ、そんな話だろうとは思った」
大きく息を吐く。今までの4人はパークへ来るゲストに対してどうサービスを提供するか知恵を出した。いすずの場合は、パークへ関心を持たせる最初の1歩をどう提供するのかという問題だった。
「一応言っておくと広報部長にはトリケンがいるぞ」
「彼はとても真面目だけど……広報は上手ではないわ」
「そうだな」
西也はバッサリと広報部長を切り捨てた。トリケンの作るPVは基本は抑えているがとてもつまらないというのが西也の評価だった。
「で、千斗にはどんな策があるんだ?」
「地域密着型、リピーター重視の作戦よ」
いすずの戦略は明瞭だった。
「インターネットで仮に100万単位のPV視聴があっても、その影響を受けての来場者は1万分の1以下かもしれない。だったら、東京西部という人口密集地を最大限活用した方がゲストの数は増えるはずよ」
「確かに幼稚園児とその親だけでなく、もっと幅広い層が年に何度もこのパークに足を運んでくれれば高水準で来場者が安定するな」
西也とて地域密着型がノルマ達成のためには重要なことはよくわかっている。けれど、それが難しい。それができなかったからこそ、バブルが弾けた後に全国に乱立していた中小規模遊園地の多くが潰れた。地元の支持を得て安定したリピーターを得るというのは容易なことでは決してない。
「で、具体策は?」
日本全国の遊園地経営者たちが取り組んで多くの場合に失敗したこの問題にいすずはどう取り組む気なのか?
西也はとても気になった。そして出したいすずの返答。
「具体策は……まだ考えてないわ」
クールビューティーは眉ひとつ動かさずに言い切った。
「おいっ!」
思わずツッコミが入ってしまう。だが、いすずの話はここでは終わらなかった。
「ただ、ここを拠点に広報を出すと街の人の声が拾い難いと思うのよ。パーク内部の声ばかり聞こえてしまって遊園地に興味があるかないかわからない人の声が届かない」
「確かにここは郊外というか周りには何もない僻地だからな」
「だから私はもっと街の人の声を拾って遊園地に行きたいと思わせるために街中に広報拠点が必要だと思うの」
「つまり、街中に広報用事務所を一つ設けろということか」
西也はとても渋い表情に変わった。奥歯を強く噛み締めている。
「言いたいことはよくわかる。だが、事務所の開設には多額の費用が掛かる。費用対効果を考えた場合、効果が不確かな事務所開設は了承できん」
首を横に振る。事務所を開設すれば月に100万以上の単位で金が掛かる。それに見合う集客があるとは正直思えない。少なくとも資金不足に苦しむ各アトラクションのキャストたちを説得できない。
「事務所を新設する必要はないわ。私が自分の住居を街中に移せば市井の声を拾えるもの」
「個人単位の聞き込みということか」
支配人代行は自分の仕事を増やすつもりらしい。不器用ながらも仕事熱心な彼女に頭が下がる。
「ついては可児江くんに私が引っ越すことへの許可が欲しいのよ」
「何故俺が千斗の転居に許可や制限を出さねばならんのだ? 居住移転の自由は憲法でも保証されている。俺が口出す問題ではない」
西也は顔をしかめた。いすずらしくない意味不明な要求だった。彼女は理不尽で高圧的な要求はしても合理性は常に追求している。
「それは貴方が可児江くんだからよ」
「意味がわからん」
「とにかく貴方は私の引っ越しに許可を与えてくれるの? くれないの?」
いすずの瞳は真剣だった。話の内容は理解できないものの彼女が本気で問いていることは西也にもよくわかった。
「俺にお前の引っ越しに反対する理由はどこにもない。好きにしろ」
西也としては当然の回答を出す。
「わかったわ。少し電話を掛けてくるから席を外すわね」
「不動産屋か?」
「家主さんの許可をもらうの」
いすずは事務室を出て行った。そんな彼女の後ろ姿を見ながら西也は頭を掻いた。
「仕事が忙しすぎて千斗は疲れているのかもしれないな。少し、優しくしてやるか」
激務の秘書を労ってやろうと上から目線で考える。
それから5分後。いすずは普段通りの無表情で戻ってきた。
「許可が取れたわ」
「そうか」
よくはわからないが新居が決まったらしい。
「週末には新居に移るわ」
「そうか」
ボキャブラリーが貧困になってしまうが他に答えようがない。
「これからよろしくね、可児江くん」
いすずは西也の手を控えめに握ってみせた。
「はっ?」
結局、いすずが何を言いたいのか西也には最後まで謎だった。
6 ラティファのターン メープル城
「可児江さま? お茶のおかわりはいかがですか?」
最後のデート相手、ラティファがメープル城の自室で西也にお茶を振る舞ってくれている。姫の心遣いに感謝しながらも疲労が全身から吹き出しそうになる。
フカフカのソファーに座ってしまうと眠気が堪らなく襲ってきてしまう。残り体力を考えると仕事モードでコスモを燃やすしかなかった。
「ああ、ありがとう。それでラティファは集客アップのために何かアイディアはあるか?」
ラティファはその言葉を待っていたとばかりに可憐に微笑んでみせた。
「わたしはこのメープル城を期間限定で一般公開したいと思います」
ラティファの提案。それは確かにこの城の主であるラティファ以外には口に出せない提案だった。
「これだけ立派な城を公開すれば、ゲストの関心を惹けることはまず間違いない」
西也は窓の外を見る。この城はラティファが魔法の国の敵に攻め込まれた時のことを考えて要塞のように堅固にできている。つまり、それだけモノがいい建物だった。
「ラティファの提案は俺としてはとても嬉しい。けれど、いいのか? ラティファにとっては自宅公開ってことになるだろ?」
歴史ある住宅が文化財に指定されて人が住んでいる状態で観光名所となってしまう場合はたまにある。その場合、どうしても住民のプライバシーは侵害されてしまう。ラティファにも同じ思いをさせてしまうことになる。
「この城が可児江さまのお役に立てるのなら。わたしは一向に構いません」
姫としての挟持なのか。ラティファの言葉には一切の迷いがない。
「では、ラティファの居住空間に当たるこの最上階を除いて公開する形で検討してみるか」
「いえ。わたしの部屋も公開対象にしてください。そこまでしてこそ、この城が本物であることを示せます」
西也の提案を更に超える決意を示すラティファ。その心意気に感動する。
「自動迎撃装置や非常脱出用のツボがあるので足を踏み入れていい区間はロープか何かで制限するとして……うん?」
話しながら西也は大きな問題に気が付いた。
「ここまで一般公開してしまったら、ラティファはどこに住むんだ?」
家どころか部屋まで公開されてしまえばラティファの住むところがなくなってしまう。ゲストにジロジロ見られながら住むわけにはいかない。
「それについては心当たりがあります。幸い、今の私はこの城を出ても大丈夫な体になりましたので」
「そ、そうか……」
ラティファの仮住まいはどこなのか見当が付かない。可能性があるとすれば、叔父であるモッフルの部屋ぐらい。だが、いくらなんでもメープルランドの王女をあんな狭い部屋に同居はさせられない。
「つきましては可児江さまの許可をいただきたいと思います。どうかわたしに引っ越しの許可をお与えください」
ラティファの瞳はいつになく真剣だった。まるで人生の岐路に立っているかのよう。そんな重い覚悟を背負った瞳に西也は焦ってしまう。
「ラティファの引っ越しだったら、モッフルにでも許可をもらうべきだろう」
「いいえ。わたしが真に許可を取るべきは叔父さまではなく、可児江さまなのです」
ラティファは熱く重い決意を秘めた瞳をぶつけ続ける。
先ほどいすずが似たようなことを言っていたのを思い出す。メープルランドでは職場の責任者が住居を決める習わしでもあるのかもしれないと勝手に推測してみる。なにせ相手は魔法の国の住民。考え方が人間界の常識と違っていても別におかしくはない。
「わかった。ラティファの気の済むようにしてくれ」
ラティファに対して折れる。というか、いすずの時と同様に反対する理由がない。
「はいっ♪ それでは可児江さま。不束者ですがよろしくお願いしますね?」
ラティファは満面の笑みを浮かべながら西也に深く頭を下げた。
クリスマス仕様は突貫作業で進められた。西也の的確で熱い指示、モグート族や事務・経理担当など各部署が優秀な働きを見せた。それにより同じ週の土曜日からクリスマス・サプライズイベントが始まることになった。
そしてイベント開始を翌日に控えた金曜日の終業後。
「可児江さま。これからお世話になりますね?」
西也はメープル城のラティファの部屋へと呼ばれ、上品な白いトレンチコートを着た姫君に丁寧に頭を下げられて出迎えられた。ラティファの隣ではモッフルが怒りで頭がおかしくなりそうな表情を見せながら腕を組んで立っている。
「…………えっと、これは一体?」
西也は状況が飲み込めず額から冷や汗を流している。
「はいっ♪ わたしは住むところがなくなりましたので、今日からは可児江さまのお家でお世話になります?」
ラティファは頬を染めながら、けれど誇らしげに答えた。
「義叔母さまに一生懸命お願いして許可をいただきました?」
「…………俺の許可を求めたのはそういう、わけ、か」
西也は全てを理解した。必要ないと思っていた転居許可。それは西也の実家に引っ越しするための許可だった。西也が当事者だったからラティファは許可を求めていた。それに対して西也は許可を出した。そして、叔母である久武藍珠もまたラティファの同居に許可を与えたということ。西也はその意図をまるで把握していなかったが。
「まさか可児江がクリスマス・イベントにかこつけてラティファをかどわかす算段を進めていたとは思わなかったフモ」
シスコンをこじらせて姪への愛情が熱すぎるモッフルは今にも怒りが爆発しそう。
「今回の転居はわたしの強い意志によるものです。可児江さまを悪く言わないでください」
姫は自分で判断できる大人になった姿を叔父に見せた。そしてモッフルをスルーするようにして西也に熱っぽい視線を送ってきた。
「わたしは今回の転居を不退転のものと考えています。もうここに戻ることなく可児江さまのお家に骨を埋める覚悟です」
熱っぽいというか熱い視線。
「いや、そんな熱い瞳で決意しなくてもいいぞ。イベントが終わったらメープル城に戻って来られるのだから」
ラティファは首をゆっくりと、だが大きく左右に振ってみせた。
「わたしは、ラティファ・可児江・フルーランザと名前を変える覚悟です。居候と言えば嫁も同然だとアニメを通じて学びました」
「いや、その覚悟は間違っている。ついでに参考にしたアニメもな」
西也は引いてしまっている。だが、少年の指摘は正しく伝わらず、少女に最後の覚悟を決めさせた。
「わかりました。これよりわたしはフルーランザの姓も身分を捨て、可児江ラティファとしてこの身命を可児江さまだけに捧げたいと思います」
ラティファは過去に見たことがないぐらいに熱く熱く燃えている。西也は火傷してしまいそうだった。
そしてモッフルの全身からは怒りのオーラが炎となって吹き出していた。
「ラティファは渡さないんだフモぉっ!!」
殴り掛かろうとするモッフル。だが、その行動をラティファは身を盾にして制した。
「退くんだフモっ!」
「退きませんっ!」
争いを好まない少女が両腕を横に伸ばしてモッフルを制している。
「ラティファはその男に騙されているんだフモっ! ソイツは1日に6人の女とデートしてデレデレするような節操なしだフモっ! 嫁をひとりに決められないハーレム王なんだフモっ!」
モッフルの指摘が地味にムカつく。だが、今は口を挟まない。挟めない。
「そうなのかもしれません。可児江さまは色を好む男性なのかもしれません。きっと、ハーレム王なんです」
さり気にラティファにもモッフルの意見に同調されて凹む。
「ですが、それでもわたしは可児江さまを愛しているのですっ! 生涯を添い遂げたいと心に決めているのですっ!」
「…………あっ」
突然の告白に頭が真っ白になる。幼い日にこの城で出会ったあの日以来、西也にとってラティファは特別な女性であり続けた。西也本人にその自覚はなかったとしても。
「だからわたしは可児江さまの元に嫁ぐのです。叔父さまの、許可をいただきたいです」
ラティファの声に涙が混じった。
「……ラティファはメープルランドの王女としてではなく、ひとりの恋する女の子としてその生涯を全うしたい。そう言いたいのだフモね?」
いつの間にかモッフルの声からも怒った響きがなくなっていた。
「はい」
小さいけれど明瞭な響きを持った返答。
「…………わかったフモ。好きに生きればいいフモ。王の親族なんていくらでもいるフモ。ラティファは自分の幸せを追い求めればいいフモ」
モッフルは背中を向けると哀愁を漂わせながら部屋を出て行く。
「可児江西也。ボクの大事な姪を不幸にしたら許さないんだフモ」
その一言を最後にモッフルは部屋を出て行った。
残されたのは西也とラティファ。怒涛のドラマが短時間で一気に流されてしまい頭が処理しきれない。
「え〜と……」
何を口にすればいいのかわからない。困った表情でラティファを見つめる。すると、彼女の方からこの場をまとめるとてもわかり易い一言を述べてくれた。
「料理しかできない未熟者ですが……末永くよろしくお願いします」
ラティファはこれまで西也が見てきた中で最高の笑顔を見せてくれた。
エピローグ 俺の本当の戦いはこれからだ
西也はラティファを伴って久武藍珠名義のマンションへと帰ってきた。あの流れでラティファの居候を断る強さを持っていなかった。それに、西也個人の願望としても連れて来たかった。美少女との同居を断れる男子高校生はそうはいない。
「パークの外はこのような世界になっているのですね」
ラティファは西也の自宅へと向かう途中物珍しそうに周囲を眺め続けた。1年毎に記憶を消され続けてきた彼女にとってパークの外に出たのは初めての体験だった。
「今日からはラティファの世界でもあるんだからな。慣れてもらうぞ」
「はいっ?」
嬉しそうに組んでいた西也の腕を取り直すラティファ。初めて出た外の世界を楽しんでいるのは西也にとって何よりの行幸だった。
そして2人は自宅の玄関前に辿り着いた。扉を見てラティファの表情に緊張の色が走る。
「義叔母さまに気に入ってもらえるでしょうか? わたし、気になりますっ!」
「気に入られてるから同居が認められたのだろ。入るぞ」
西也は玄関の扉を開けた。
「おかえりなさい、貴方。お食事にする? ご飯にする? それとも……マスケット銃?」
玄関を開けると、エプロン姿のいすずが少しだけ頬を赤らめながら立っていた。そして、夫婦の定番とも言える三択を聞こうとした途中でそのコメカミに太い筋が走った。いすずの表情が暗い、というか黒いものに変わる。そして銃を突きつけた。
西也はいすずの突然の出迎えと表情の変化にビビってしまい言葉が出ない。代わりに口を開いたのはラティファの方だった。
「いすずさんは何故こちらに?」
ラティファは先ほどまでと違い無表情になっている。まるで普段のいすずのような顔。
「可児江くんの叔母さま、いえ、私の義叔母さまに許可をいただき今日からこの家に転居してきました」
いすずの言葉に西也は数日前の出来事を思い出した。いすずが自分の引っ越し許可を求めた理由はこれだったのだ。ラティファと全く同じケースだった。
「ラティファさまこそ、何故私と可児江くんの新居に?」
いすずのラティファに向ける言葉にはいつになく刺があるように感じられた。
「わたしも、義叔母さまに許可をいただきまして今日からこの家に住むことになりました。可児江ラティファとしてこれからの人生を歩んでいきます」
ラティファは無表情のまま顔の形だけスマイルして返した。
「メープルランド王女としてのお務めは?」
「今のわたしは可児江ラティファです。叔父さまも了承済みですよ」
「そうですか」
いすずは小さく息を吸い込んだ。ラティファと無言のまま10秒ほど見つめ合う。どちらも全く目を逸らさない。やがて2人は同時に大きく息を吐き出した。
「外に立ったままでは寒いでしょう。お上がりください」
「はい」
いすずが誘いラティファが乗る。2人は玄関からリビングへと移動していった。
「何なんだ、今の緊張感は……」
西也も心臓をバクバクと破裂させそうになりながら2人の後へと続いた。
リビングに着いた3人は床の上に三角形になるように座った。3人とも一言も発しない。いすずとラティファは無表情に向かい合ったまま何も語らず。西也はそんな2人が怖くて何も言えない。動けない。
沈黙は長期に渡った。2人の美少女には何かを語り出す気配がまるで見えなかった。パークのクリスマスイベントの開催準備で陣頭指揮を取っていた西也には猛烈な眠気が襲っていた。この修羅場の中で眠っては命はないと思いながらも意識が掠れていく。
「……明日からのイベント……何としてでも成功させないとな……」
自分に言い聞かせる一言を発しながら西也は眠りの世界へと陥ってしまった。
『どちらがお嫁さんになれるのか……勝負です』
『負けませんよ』
午前7時。西也が目を覚ましたのは味噌汁の良い香りが鼻腔をくすぐったからだった。
「あれ? 俺は……?」
眠い目を擦りながら体を起こす。リビングの床に寝ており毛布が掛けられていた。
何故こんな状態で寝ているのか考えてみる。答えはすぐに出た。そして血の気が顔から引いた。
2人の少女が今どこで何をしているのか気になってこっそりと探し始める。味噌汁の匂いが台所の方からしてくるので居場所は見当がついていた。問題は、台所がどういう雰囲気なのかということだった。気付かれないようにこっそりと中の様子を伺う。
「いすずさん。お醤油を取っていただけますか?」
「はい。ラティファさま」
2人の少女は並んで仲良く食事の準備をしていた。ラティファがメインで担当し、いすずがその補助に回っている。2人の様子には険悪な雰囲気は感じられない。和気藹々とした空気さえ感じる。
何があったのかわからないものの、西也が寝ている間に何らかの協定が結ばれたようだった。2人が包丁を構えて向かい合っている場面にならなかったことにホッとした。
「…………おはよう」
平和に心から感謝しながらラティファといすずに声を掛ける。西也の声に2人の少女が振り返る。2人はとても和やかな表情で西也の顔を見た。
「おはようございます、西也さま」
「おはよう、西也くん」
ごく自然に呼び方を変えながら朝の挨拶を返す2人。人付き合いの下手な西也は、その変化をどう捉えていいのかわからず戸惑ってしまう。
けれど、とても嬉しかった。幸せが体中を駆け巡っている。自分が人に理解されているという西也の人生ではほとんど実感したことのない感覚に全身を満たされている。
「あの、な……」
2人の少女に何でもいいから今の気持ちを伝えようと思ったその時だった。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「こんな朝っぱらから誰だ、一体?」
時刻はまだ7時ちょっと過ぎ。宅配便の配達にしても早過ぎる。無礼な来訪者だと思いながら西也は玄関へと移動して扉を開けた。
「どちらさま?」
西也が見たもの。それは、小学生にしか見えない外見の少女が自分の体より大きそうなトランクを引っ張って息を切らしている姿だった。
「可児江先輩。椎菜は今日からここにお世話になりましゅ」
中城椎菜はとてもわかり易く来訪目的を告げた。
「何を突然言い出すんだ、お前は?」
台所の方から殺気が発せられるのを背中に感じながら椎菜に問う。
「昨日、自宅に電話したら先輩の叔母さんが椎菜が先輩と一緒に住むことを認めてくれたんでしゅ。それで椎菜、お母さんを説得して、今日からこの家に住むことにしました」
椎菜の瞳はキラキラしていた。
「藍珠姉さんは何故、この家にこれ以上の火薬を持ち込むんだ!? ここを世界大戦の原因にしたいのか?」
西也は目に右手を当てて大きく嘆いた。
「キスを済ませた大人の恋人同士なので同棲しても全然おかしくないと椎菜は思うのです」
「同棲とか言うな。俺が世間に誤解される」
「椎菜は先輩の若奥さまと誤解されてしまうのですね。でも、椎菜はそれで構わないのです。どうせ近い将来そうなるのですから。ポッ」
西也が頭を白くしながら呆然としている横を通り抜けて椎菜は室内へと上がっていく。そしてしばらく進んだところで2人の修羅を見てツインテールを逆立てて驚いた。
だが、西也の幸せはこれで終わることはなかった。
「可児江さん。不詳このミュース。叔母さまの許可をいただきましたので今日からこの家で一緒に暮らしたいと思います」
「西也さん。今日からこの家でお世話になります。あの、私は西也さんが男の人と懇ろになる分には見て見ぬふりをしますからいくらでも外に男を積極的に作っちゃってください」
「西也くん……来ちゃった」
西也は目覚めてから30分もしない内に合計6人の美女と同居することになってしまった。誰も断れなかった。
「何故、こんな事態に……? 藍珠姉さんは一体何がしたいんだ?」
リビングに集結した6人の同居相手の美女たちは互いに不自然な笑顔を振り撒いている。誰1人何も喋らない。そんな光景を見ながら西也は体の震えを止めることができない。
「さ、さあ。今日からクリスマス・イベントの開始だぞ。みんな気合入れて行くぞっ」
拳を振り上げ無理やり仕事モードに持って行こうとする。
「「「………………っ」」」
だが誰も西也に呼応しない。代わりに不自然な笑顔を張り付かせたまま。
西也は泣き出してしまいたかった。でも、泣いてなんかいられなかった。
パークは今日からクリスマス・イベント開始。年間動員数ノルマを達成するにはこの年末イベントが大勝負となる。西也は支配人代行としてこの勝負を戦い抜く使命があった。
だから彼は叫んだ。
「お前たち全員が……俺の翼だっ!!」
イケメンのみに許されるハーレム宣言を。
この場にいる美女たちは全員がパークの運営にとって欠けてはならない必要な人材。そして、西也個人にとっても胸を熱くして幸せを運んでくれる愛しい女性たちだった。
いすずたちは渋い表情に変わって互いに顔を見合わせる。そして一斉に大きくため息を吐き出す。
「さあ、仕事に出掛けましょう。今日からが決戦よ」
いすずの声を合図に6人の美女たちは一斉に立ち上がっていく。
「みなさん、頑張りましょう」
ラティファが拳を突き上げると女性陣全員がそれに倣った。西也の背中を押しながら玄関を出て行く6名の美女たち。
息ピッタリの統制で西也は全く逃げ出せない。押し流されていく自分をハッキリと自覚しながら西也は今の自分にピッタリな一言を吐いた。
「俺の本当の戦いは……これからだっ!」
結局誰かひとりだけを選ぶことができず、6人の妻を持ち稀代のハーレム王と呼ばれることになる男の最初の1歩だった。
甘城ブリリアントパーク ハーレムエンド
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pixivで発表した甘ブリ作品その5 | ||
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