真恋姫無双幻夢伝 小ネタ18『子供騒動』 |
真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ18 『子供騒動』
「李靖様のお子です」
とうとう、この日が来てしまった。汝南の重臣たちはみな、その感想を持った。青白い顔をした詠が、その大きなお腹をした女性に尋ねる。
「それは、ほんとう…?」
「はい。遊郭で抱かれた時に」
と、か細い声で言うと、その女性は恥ずかしそうに微笑んだ。詠は頭を抱える。華雄がそっと彼女の肩に手を置いた。
「いつか、こうなると思っていた」
「ええ。予想はしていたのだけど………はあ」
この女性が汝南城を訪れたのは、先日のことだった。たまたま城門を通っていた凪と沙和を見つけて、こう話しかけた。
「あの、李靖様に会えませんか?」
「隊長は盧江に出かけているの」
「はあ、そうですか」
「火急の用件か?代わりに聞こう」
「あの、その…」
女性は頬を赤らめてぼそぼそと伝える。
「李靖様のお子を孕んでしまったのです」
聞いた途端、凪は白目をむいてバタンと倒れた。沙和が凪を抱え起こしながらその女性に、明日また来るようにと言った。そして沙和は皆を集め、会議場にその女性を迎えたのだった。
当然、ここにいる彼女たちは腹が立って仕方がなかった。
「……そんな1回で、孕むものか?」
「1回ではありません。何回もご指名いただいて、愛してもらいました」
と言って、女性はお腹を撫でながら笑った。
彼女たちが憤慨している理由は、もう1つあった。この女性は、顔に大きなあばたがあり、胸は小さく胴長で、歯は黒く汚れている。はっきりと言ってしまえば、美しくない。
(なぜ、こんな女が)
という思いが、全員の心に渦巻いていた。
黙り込む彼女たちに、この女性は言った。
「私はこのお子を産みたいのです!……ただ、そうなりますと、今の仕事は辞めなければなりません」
「それで、お金が必要だと?」
「はい。勝手に孕んで厚かましいのは承知しております。ですが、実家も貧しく、なにとぞ」
女性は床に座って頭を下げた。目に涙が浮かんでいる。音々音がなんとも苦々しい顔で言い捨てた。
「なんでねねたちが、あのせーよく魔人の後始末をしなければならないのですか…」
そんなことを言っていても仕方なかろう。詠は彼女の願いを聞き入れた。
「分かったわ。援助しましょう。それで、どのくらい欲しいの?」
「ありがとうございます!でしたら…」
「お茶が入りました」
女性が金額を言おうとした時、月が、お茶が入った杯を乗せたお盆を持って、部屋に入ってきた。まず近くにいたこの女性に、杯を渡そうとする。
「どうぞ…きゃ!」
月は床の段差に躓いてしまい、お茶がその女性のお腹にかかった。
「うわっ!」
「ご、ごめんなさい!」
女性は先ほどとは違い、野太い声で叫んだ。月は大慌てで布巾を取りに走った。
その時、不思議なことが起きた。女性の身体を伝って床に落ちるはずのお茶のしずくが、落ちてこない。霞はその女性に近づくと、その服を大きく捲った。
「あっ!」
「なんやねん、これは!?」
女性のお腹に、布が何重にも巻かれている。その布にお茶がしみ込んでいた。
「まったく、けったいな話やで!」
「許せないの!」
真桜と沙和が怒り心頭となって文句をこぼす。あの後その女性は、怒った華雄や凪に引きずられ、牢にぶち込まれた。今後の見せしめのために、厳罰が処されるだろう。
だが、霞は妙に感心していた。
「それにしても度胸あるなあ。よう、バレへんと思ったもんや」
「霞さま!そんなことを褒めないでください!隊長の子供を作ったなんて嘘、ついていいはずがありません!」
「落ち着け、凪。月のおかげで判明したのだから、良かったじゃないか」
「そうね、華雄。まあ、相変わらずのドジだったけど」
「へぅ〜」
月は喜んでいいやら恥ずかしいやらで、複雑な顔をしていた。それにしても、と華雄は言った。
「今回はこれで済んだものの、本物の妊婦が来たら危ないところだった」
「そうやなあ、でも、アキラは避妊しているって言うているんやろ?ウチら以外には」
「でも、絶対なんてことはないわよ」
ため息を漏らす彼女たちの中で、凪が小さく呟いた。
「子供が出来たら…隊長はどうされるのだろう……」
「それは…隊長は子供が好きそうやからなあ。大事にしはると思うな」
「必然的に、その奥さんも大切にするの……」
真桜と沙和も想像力を働かせる。自分たちがその分、可愛がられなくなってしまう。そんな未来を描いて、彼女たちは捨てられた猫のような表情を浮かべる。
その懸念は他の者たちにもあった。
「そういえば、孫権がアキラを誘拐しようとしたこともあったな」
「曹操もアキラを狙っとるようやし」
「どっちかと子供を作れば、それを盾に懐柔してくるかもしれないですね」
「ねねちゃん、そ、そうなの!?へぅ〜、どうしよう、詠ちゃん?」
「どうしようって言っても、あいつの“あれ”を切り取るしか」
それはダメなの、魅力半減や、とすぐに反論を返す。それを皮切りに、彼女たちは騒がしく議論を始めた。
すると、今までうとうとと眠っていた恋が目を覚ました。彼女は立ち上がると、そのまま部屋を出ていこうとする。
「恋殿!どこへ行かれるのですか?」
「ホクトを…探しに…」
「恋の犬の?まだ昼時じゃないでしょ。探してどうするつもり?」
「一緒にいる…それだけ」
それを聞くや否や、「それや!」と霞が声を上げた。
「ずっとアキラと一緒におればええねん!」
「ずっと、ですか?」
「そうや。アキラが遊郭の女にも、他の国の女にも会わんようにする。そのために、ウチらが見張っていればええんや!」
「霞。私たちには仕事があるのだぞ?どうするつもりだ?」
「順番を決めたらええ。アキラの行動に合わせて、てきとうなやつが一緒におれば、それでええねん」
「よ、夜もですか?!」
「もちろん!夜が重要なんや!」
恥ずかしさに顔を覆う者もいれば、期待に胸を膨らませる者もいる。その意味はよく分かっていた。
頬を赤くした詠が、話をまとめる。
「そ、それしかないわね。アキラが帰ってくる明日から、ボクが均等になるように順番を割りふるから、それに従って行動してね」
「詠!ズルしたらあかんで〜。自分だけ夜の分を増やしたり」
「し、しないわよ!まったく!じゃあ各自、しっかりとやりなさいよね!」
「おう!」「はい!」と気合が入った声を上げて、詠に応える彼女たちの目が、肉食獣のようにきらりと光った。
ここにいる全員、よく理解していた。この順番制によって、誰にも邪魔されずにアキラといちゃいちゃできることを。そして、これは“誰が先に子を作るか”という競争であることを。
アキラはまだ知らない。
「へっぷし!あー、冷えるな。早く汝南に帰ろ」
と、アキラは、彼女たちの“管理体制”が待ち受ける汝南に向かって、馬を歩ませていた。
説明 | ||
小ネタラスト。汝南の話です。次から最終章に入ります。 | ||
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