ダンまち 神様の紐 |
ダンまち 神様の紐
「僕は……神様の紐に、なりたいです……」
少年のはぁはぁと荒い息遣いがボクの耳に聞こえてくる。ボクに覆い被さるような体勢になっている頭の上のベルくんから発せられたもの。
何でこうなったのかよく思い出せない。ベルくんのステータスを調べていてその途中で滑って転んでベルくんを巻き込んで。それで、いつの間にかボクはベルくんに押し倒されている構図になっていた。
経緯はともかく、このドキドキシチュエーションにボクの心臓は高鳴りっ放し。それでもボクはベルくんの所属するヘスティア・ファミリアの神として、彼の唯一の家族として、彼の言葉の意味を必死に考える。
確か、人間界では恋人や奥さんに食べさせてもらっている男を紐って言ったはず。人間界の知識を総動員して一つの結論に至る。
{僕は一生神さまに食べさせて欲しいんです。僕たちの永遠の愛の証に、養ってください}
つまりベルくんはボクにお嫁さんになって養って欲しいっていうこと。
これしか考えられなかった。
つまりあの言葉は、ベルくんからのボクへの遠回しのプロポーズっ!
私はベルくんにプロポーズされてしまったのだっ!!
となれば、次のボクの行動はもう決まっていた。
「ベルくん……大ぃ好き〜〜〜〜〜〜っ?」
ボクは両腕を伸ばしてベルくんに抱きついていた。
「えっ? えっ? 神さま……?」
目を白黒させて驚いているベルくんがとっても可愛い。思わずほっぺにチュッチュしたくなってしまうぐらい。
でも、今はその時じゃない。何故ならボクはベルくんにとっても大切なお願いをされてしまったのだから。
「ボク、頑張って働くよっ!」
ベルくんを一生養える甲斐性を持つ。それができなきゃ、ベルくんのお嫁さんになんてしてもらえない。だから、ボクは働くんだ。ベルくんとの幸せな家庭を築くためにっ!!
「へっ? 神さま。一体何を言って……?」
「いきなり正規職は無理かもしれない。でも、バイトでも一生懸命働いてベルくんを養っていけるように頑張るよっ!」
ボクの決意は固い。だって、ベルくんが紐として生きていけるかどうかはボクの稼ぎに掛かっているのだから。
「えっと……何だかよくわかりませんが、その……頑張ってください」
ベルくんにエールを送られてしまった。それだけでボクの嬉しさと興奮はマックスを迎えた。だって、大好きな男の子からの応援なんだもん。嬉しくないわけがない。
「うん? ボク、ベルくんのために一生懸命働くから?」
嬉しくなり過ぎて我慢できずベルくんのほっぺにチュッとキスしてしまう。これから頑張って働くボクへのご褒美の前払いってことで許してもらおうと思う。
こうしてボクは今までの何もしてこなかった自分を辞め、ベルくんを養うためのバイト戦士へと転生を遂げたのだった。
ダンジョンのある街の冒険者たちが集まる酒場での給仕のアルバイトはなかなかに大変。お客さんはスマートとは言えず、結構荒っぽい人も多い。
活気があるのはとてもいいこと。なのだけど、今までろくに働いたことがなかったボクにとっては臨機応変な対応を求められることが多いので大変だった。
でも、ボクはお仕事に挫けたりはしない。ボクの紐になりたいと言ってくれたベルくん。彼のためにもバイトを掛け持ちして稼いで稼いで稼ぎまくってやるんだからぁっ!!
「ヘスティアちゃん。これを3番テーブルにお願いねぇ〜」
「はぁ〜い」
香ばしい匂いを放つ鳥の丸焼きを持って指定されたテーブルへと料理を運んでいく。
「えっと、3番テーブルは…………あっ」
一瞬足が止まってしまった。3番テーブルで昼間からお酒を浴びるように飲んでいるおじさんが目に入ってしまったから。店の中ではセクハラの常連とされているあのおじさんはボクも少し苦手だった。
昔は名のある冒険者だったとかで相当な名声と富を得たらしい。でも、冒険者を引退した今はやることもなく昼間から飲んだくれているそんな過去に縋って生きている人。
あのおじさんの所に料理を運ぶのは嫌だなあ。そう思いつつもそれを顔に出さないように注意しながら料理をテーブルへと置く。
「鳥の丸焼きお待ちどうさまでしたぁ〜」
明るい声を出しながら品名を挙げる。その瞬間、おじさんの右手が偶然を装いながらボクのお尻に向かって伸びてきた。
いつものセクハラがきたっ!
ボクは慌てず叫ばず体位を捻りながらおじさんの右手を躱す。ボクの体は頭のてっぺんから爪の先までみんなベルくんのもの。おじさんに触らせるなんて絶対ダメ。
「やるねぇ。さすがは神さま。いい動きだぜ。はっは」
おじさんがセクハラを避けたボクを見ながら笑った。
「当然。ボクはベルくんのモノだから。他の人には触らせませんよ〜だ」
「だが、いいものは見せてもらったぜ。へっへ」
おじさんは何だかとってもエッチな目をしながら笑っている。その視線の先には縦揺れしているボクの自慢の胸があった。おじさんの腕を回避した時に飛び跳ねたっぽい。
「神さまのありがたい巨乳がその紐によって尚更強調されてやがる。俺もその青い紐になってみたいもんだぜ。はっはっは」
エッチなことを言いながら下品な笑いを発するおじさん。だけどそんなことよりボクにとっては気になることがあった。
「おじさんがボクの紐になりたいの? こんなお金持ちなのに?」
泣こうが土下座されようがボクがこのおじさんを紐にすることはない。だけど、こんなお金持ちがその日暮らしのボクに養って欲しいなんてあるんだろうか?
「そういう意味の紐じゃねえよ。文字通り、その青い紐になって、女神さまの大きなおっぱいに挟まれながら暮らしたいって言ってんだよ。がっはっは」
大きな高笑いを発するおじさん。
「こっ、こっ、この……エッチッ、変態〜〜〜〜っ!!」
ボクは思わず両手で胸を隠しながら叫んでしまっていた。ちょっと涙目になってしまっていた。
ボクのオシャレを、チャームポイントをなんて目で見てるんだ、このエッチなおじさんは。でも、ふと気が付いてしまった。
もしもベルくんも、このおじさんと同じことを考えてるんだとしたら?
ベルくんだって男の子。そしてボクと相思相愛の仲。ボクの胸に興味があったって全然おかしくない。ううん、あるに決まってる。その上でボクの紐になりたいと言ったことを考えると……。
{神さまの胸に触れていいのは紐である僕と、僕たちの子どもだけです。さあ、神さま。僕たちの子に母乳をあげてください}
「もしかするとベルくんのあの言葉は、ボクとの子作り宣言っ!?!?」
ベルくんはプロポーズどころかもう家族計画を述べていたのかもしれない。
「ベルくんはボクをお嫁さんにして養って欲しいのか。それともボクをお嫁さんにして子どもを産んで欲しいのか。おじさんはどっちだと思うっ!?」
ベルくんの言った「神さまの紐になりたい」という言葉の意味。それはとても大きな疑問をボクの中に引き起こさせていた。
「そんなの俺が知るか」
「そうだよね。ベルくんに直接確かめてみないとわかんないよねっ!」
ボクは人間として生きていくことを決意して一番の大きな問題に直面していた。
「ヘスティアちゃ〜ん。次のお料理を運んでぇ〜〜」
「はぁ〜〜い」
とりあえずバイトをこなす方が先だった。
ベルくんに確かめるその光景を思い浮かべるといつも以上に気合が入った。
「ねぇ。ベルくんは一体どういうつもりでボクの紐になりたいって言ったのかなあ?」
ベルくんのベッドの上で今度はボクが覆い被さる体勢を取る。
「かっ、神さまぁっ?」
ベルくんは顔を真赤にして体を硬直させている。でも、その視線はボクの胸に向いているのがわかる。やっぱり、ベルくんも男の子だもんねぇ〜?
「ベルくんはボクに養って欲しいの? それとも、赤ちゃんを産んで欲しいのぉ?」
右手でボクの胸と二の腕を通している紐をそっと手で触れてみる。紐に触れると胸に振動が伝わって揺れた。20cmしか離れていないところに頭があるベルくんにはその揺れがよく見えたに違いない。
「いえ、あの、そのですね。神さま……」
ベルくんは恥ずかしさが限界を超えたのか目を閉じた。でも、時々薄目を開けてはチラチラと見ている。その反応、とっても可愛い?
「ねっ。正直に答えて。ベルくんはどういう意味でボクの紐になりたいって言ったの? ベルくんの願いならボク、何でも聞いちゃうよ〜っ?」
ベルくんの本当の心が知りたい。
でも、よくよく考えてみるとボクの2つの仮設の結論は同じような気がしないでもない。
ベルくんを養うために頑張って働く → ボクとベルくんが結婚する → 赤ちゃんが産まれてベルくんと子どものために頑張って働く
最終的には愛する夫と子どものために一生懸命働く健気な若奥さんになる。なんだ、紐が先か子作りが先かなんて些細な差だった。それがわかってボクはとても嬉しくなった。
嬉しくなったついでにベルくんをもっと誘惑してしまう。
「ベルくんは、このボクのチャームポイントをどうしたいのかなあ?」
わざとらしく紐を引っ張ってみる。ボクの手の動きに合わせて紐で抑えている胸が大きく揺れる。目を瞑っているはずのベルくんから「アッ、アッ」という小さな声が漏れ出る。やっぱりこっそり覗いてる。ほんと、可愛いんだから?
「ベルくんが正直に答えてくれれば。この紐、ベルくんが好きにして……いいんだよ?」
紐だけじゃなくボク自身もね?
ベルくんの眼前で更に紐を揺すってみせる。ボクの胸、ベルくんに見られちゃってる?
「かっ、神さまぁっ!!」
ベルくんがボクの両腕を掴みながら上半身を起こした。草食系ぽかったベルくんもついに野獣に!?
「はっ、初めて、だから。優しく、してね」
いざ、その瞬間を迎えるとやはり緊張してしまう。でも、後悔はない。
ボクが、望んだことだから。こうなりたいって思ったことだから。
ボクの全部、ベルくんにあげるっ!
「そっ、そうじゃなくて、ですね。その、違うんです」
ベルくんはボクの腕を掴んだまま顔を逸らして体を小刻みに震わせている。
「何が違うの?」
「その、僕は神さまに養っていただきたいわけでも、エッチなことがしたくて神さまの紐になりたいと言ったのではないのです」
「じゃあ、何で?」
ベルくんはボクの顔を正面から見つめた。その顔はとっても恥ずかしそうで瞳は潤んでいる。でも、彼は決してボクから目を逸らさないで述べてくれた。
「僕がその紐になることができれば。僕はずっと神さまといつも離れずに一緒にいられるから。だから、僕は神さまの紐になりたいと言ったんです」
ようやくわかった。ベルくんがボクの紐になりたいと言ってくれた本当のわけが。
つまり──
「ベルくんのプロポーズ。謹んでお受けするね?」
三指ついて深く頭を下げる。
ベルくんからのプロポーズ。ボクに断る理由なんてあるはずなかった。
「あの、何でプロポーズだと、思ったのですか……?」
「だって。ベルくんはボクとずっと一緒に離れずにいたいんでしょ。それってボクをお嫁さんにしたいってことだよね?」
ベルくんにしては大胆な言葉で求婚されてしまった。彼の気持ちがわかった以上、後はもう決まりだった。
「それじゃあ早速、夫婦の初めての共同作業を始めよぉ〜?」
ベルくんに両腕を掴まれたままの姿勢を利用してベルくんを押し倒して馬乗りの姿勢になる。
「ボク、最初の子どもは女の子がいいなぁ〜?」
「あ、あの、神さま。一体何を……?」
プルプルと震えるベルくんがとっても可愛い?
ボクも内心ではとっても緊張しているからお相子ってことで。
「だ・か・らぁ〜〜、夫婦の初めての共同作業だよぉ〜?」
ボクは上半身を屈めてベルくんの唇を奪いに掛かる。
「だっ、駄目ぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
乙女のような悲鳴を上げるベルくんをとっても愛しい。愛情をマックスに感じながらボクたちは少子高齢化問題の解決のための第一歩を踏み出したのだった。
チュンチュンチュン
鳥の鳴き声で目を覚ます。
ボクの隣にはベルくんがいる。
神さま、人間と続けてきた中で一番幸せな朝だった。
「おはよ、ベルくん?」
ベルくんが薄目を開けたので朝の挨拶をする。
「おはようございます、神さま…………あっ」
挨拶の途中でベルくんの顔が真っ赤になった。その視線の先にはボクがいる。それでボクは今何も身に着けていないことを思い出した。
でも、正確には素っ裸というわけじゃない。ボクの左腕にはあの紐が結われている。そして紐のもう片方の先はベルくんの右腕に結われている。
ボクたちは今、この紐を通じて目に見える形で結ばれていた。
「これから2人で一緒にずっと幸せになろうね?」
それまで戸惑っていたベルくんの表情が精悍なものへと変わった。
「まだまだ未熟者ですが……よろしくお願いします、ヘスティア」
「うん?」
ボクたちは幸せなキスを交わした。
こうしてボクは半人前の冒険者を養うバイト戦士から、半人前の冒険者と共に幸せを歩むバイト戦士人妻へとジョブチェンジしたのだった。
めでたしめでたし
ダンまち 別にダンジョンに入らなくても出会いはあったエンド
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ダンまちの例の紐SS その1 | ||
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