【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『楽しいハロウィンの夜』
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綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。

 

街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。

綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。

 

今日は10月31日、ハロウィンの日です。

 

ハロウィンとは、ヨーロッパやアメリカに古くから伝わるお祭りです。

子どもたちが、おばけや怪物の仮装をして、夜の街をねり歩きます。

 

「今日はハロウィンだね!」

シイナが綾に言います。

 

「そうだね。私たちもハロウィンに参加しましょう」

綾が言いました。

 

いよいよ陽が落ちて、ハロウィンの時間がやってきます。

 

二人は準備をして出かけました。

 

シイナは魔法使いの仮装をすることにしました。

なにしろ本物の魔法使いですから、魔法使いらしくするのはお手のものです。

 

綾は、透明人間の仮装をしています。

顔を包帯でぐるぐるに巻いて、コートを着て黒のサングラスとソフト帽をかぶります。

怪奇映画に出てくる、透明人間そっくりの姿になりました。

 

「さあ、行こう!」

シイナが言いました。

 

二人は夜の街に出かけます。

いよいよハロウィンの始まりです。

 

「トリック・オア・トリート!」

「トリック・オア・トリート!」

夜の街に、子供たちの声が響いています。

道路は、仮装した子供たちであふれかえっています。

 

「トリック・オア・トリート!」

子供たちが楽しそうに声をはりあげます。

 

『トリック・オア・トリート』は、ハロウィンの合言葉で、『お菓子をくれないといたずらするぞ』という意味です。

 

「トリック・オア・トリート!」

シイナが声をはりあげて言いました。

 

「トリック・オア・トリート!」

綾も大きな声で言いました。

 

街角には、カボチャ頭のおばけ『ジャック・オー・ランタン』をかたどった、ハロウィン用のランプが置かれて、オレンジ色に夜の道を照らしています。

 

綾とシイナは、子供たちの輪の中に入っていきます。

 

子供たちは、さまざまな仮装をしています。

 

小さなかわいらしい吸血鬼。

小さなガイコツ男。

白いレインコートをかぶった子は、幽霊の仮装でしょうか。

 

おばけだけでなく、テレビ番組の登場人物の格好をしている子も、いっぱいいます。

 

街なみに並ぶ家々の玄関には、子供たちを迎えるため大人たちが立っています。

 

「トリック・オア・トリート!」

子供たちが大人に向かって言います。

 

大人たちは、笑顔で子供たちにお菓子を配ります。

 

キャンディ、チョコレート、クッキー、ゼリーにクリームロール。

色とりどりの包み紙にくるまれたお菓子が、子供たちの両手いっぱいに盛られます。

 

子供たちが夜の道で迷子になったり、危ない目に会わないように、街角にはボランティアの大人たちが立って、子供たちを見守ります。

 

「あっちにたくさん人がいるよ!行ってみよう!」

シイナが綾に言いました。

 

「あっ、待って、シイナ!」

綾があわててシイナの後を追いかけます。

 

「わーお!いろんな仮装をしてる人がいっぱいいるよ!」

シイナが歓声をあげます。

 

シイナは小走りであちらの道、こちらの道、と覗いてまわります。

綾は遅れないようにシイナの後に着いていきます。

 

「今度はあっちに行ってみようよ!」

シイナは夜道をどんどん進んで行きます。

 

「シイナ、待ってってば!」

綾が慌てて追いかけます。

 

「おおー、こっちにも面白い格好をしてる人がいるよ!ハロウィンって楽しいー!」

シイナは大喜びで仮装した人たちを見物してまわります。

 

綾は、はぐれないようにシイナの後を追いかけます。

 

「今度あっち!人の話し声の気配がするよ!行こう行こう!」

シイナははしゃいで、大通りのわき道へと進んでいきます。

 

綾はシイナを追いかけてわき道に入りながら、

『こんな道、近所にあったかな?』

と、思いました。

 

綾は、わき道の入り口で光っているカボチャ頭のランプの、オレンジ色の灯を振り返って見つつ、シイナの後についていきました。

 

シイナと綾がしばらく歩くと、広場に出ました。

 

広場の真ん中にはかがり火が焚かれて、ごうごうと炎の柱がゆらめいています。

オレンジ色の光が回りにいるものたちを照らし出しています。

 

「ここは一番いっぱい人がいるね!楽しそう〜!」

シイナは興奮して言いました。

 

綾は、ますます疑問に思いました。

『こんな広場、近所にあったかしら?』

 

シイナは、広場の真ん中のかがり火に駆け寄ろうとします。

綾もシイナを追いかけようとしました。

そのとき―

 

「あれ?」

シイナが立ち止まって言いました。

さすがにシイナも、何かおかしいと感じたようです。

 

かがり火のまわりにいるものたちは、さっきまでハロウィンを楽しんでいた人たちと、何かが違っています。

 

シイナは、近くにいる男を見てみました。

 

黒いマントに白い肌をした顔。

唇の間から、ちらりと鋭い牙が覗きます。

 

吸血鬼です。

 

でもさっきまでの、仮装をしただけの吸血鬼とは、どこか違います。

 

闇の中で、ギラギラと燃えるように輝く真っ赤な瞳。

真っ白い肌は、ぜんぜん血が通っていないように見え、しみ一つないのが、かえって不気味です。

 

口の中から覗くのは、大きくて太い牙。

翡翠細工のような艶のある光沢で、先端はカミソリのように鋭く尖っています。

 

そして、その奥に広がる口の中は、血のように真っ赤です。

 

シイナは、背筋がぞくっとしました。

 

本物の吸血鬼です。

 

幸い、吸血鬼はシイナのことをまるで無視して、かがり火の近くへと行ってしまいました。

 

シイナはこっそりとその場を離れて、綾のところへ近づきました。

 

「シイナ、ここ、ちょっと変じゃない?」

綾がシイナにそう言いました。

 

「うん、綾ちゃん。もしかしたら私たち、本物のおばけのパーティーに迷いこんじゃったのかもしれない」

シイナが心配そうな顔でそう言いました。

 

「おばけのパーティー?」

綾が聞き返しました。

 

「きっと今は、おばけがパーティーに集まる時間なんだ。さっき通った道は、おばけたちがパーティーに行くための特別な道なんだ、たぶん」

シイナが言いました。

 

「なんだかこわいわ。シイナ、早く戻りましょう」

綾が言いました。

 

「うん、そうしよう」

シイナと綾は、急いでもと来た道を戻ることにしました。

 

かけ足で暗い小道を進みます。

 

すると、道のむこうから、ざっ、ざっ、とたくさんの足音が聞こえてきて、何かがやってくる気配がしました。

 

「いけない!綾ちゃん、戻って、戻って!」

シイナと綾は、あわててもと来た広場に戻り、植え込みの陰に隠れました。

 

間一髪、小道からぞろぞろと怪しげなものたちが姿を現しました。

 

出てきたのは、動き回る死者、ゾンビの一団です。

ボロボロの服にボロボロの顔と体、うなり声を出しながら足をひきずるように歩いています。

 

ゾンビたちは、小道から一匹、また一匹と出てきます。

仲間が来るのを待っているのか、他のゾンビたちも小道の入り口のまわりでいつまでもうろうろしています。

 

「どうしよう、これじゃ帰れないわ」

植え込みの陰で、綾が小さな声でシイナに言いました。

 

「いつまでも、こんなせまいとこに隠れているわけにもいかないしなあ。おばけに見つかったら食べられちゃうかも」

シイナが苦い顔をしながら言いました。

 

「それはとっても困るわね」

綾はとほうにくれた気持ちで言いました。

 

「う〜ん、どうにか見つからずに帰れないかな〜?このままじゃ動けないよ?」

シイナは植え込みの陰で小さくかがみこみながら、頭を抱えました。

 

そのとき、綾はふと気がつきました。

 

「ちょっと待って。シイナはもともと魔法使いなんだから、おばけのパーティーに出たっておかしくないんじゃない?」

綾は言いました。

 

「あっ、そうか。私、魔法使いだったっけ。あわてすぎてすっかり忘れてた」

シイナが言いました。

 

「でも、綾ちゃんはどうしよう?」

シイナがむずかしい顔をして言いました。

 

「そうね、それが問題だわ」

綾も答えられないまま、考えこんでしまいました。

 

そのときシイナの表情がぱっと明るくなりました。

「あっ!いいこと思いついた!綾ちゃん、ちょっといい?」

シイナが言いました。

 

綾は、何をするのかな?と思いましたが、黙ってシイナのやることを見ていました。

 

シイナは、まわりのおばけたちに見つからないように、小さく手を振り回し、手のひらを綾に向けました。

 

「魔法よ…!不思議なことを起こせ…!綾ちゃんの体よ、透明にな〜れ…!」

シイナが、小さな声で魔法の言葉を唱えました。

 

どうなるのかしら?と、綾が思っていると、シイナがさっと綾の手袋をひっぱって、外してしまいました。

 

「あっ!」

綾は自分の手を見て、驚きました。

 

手のひらがすぅーっと透き通って、その向こうにいるシイナの姿が透けて見えてきました。

 

綾は袖をめくったり、ズボンの裾をめくったりしましたが、腕も足もみんな透き通って透明になっています。

 

「もうこれもいらないんじゃないかな?」

シイナが綾の顔に巻いてある包帯をほどきます。

 

包帯の下にあるはずの顔は、ありませんでした。

 

「うん、完璧!これですっかり綾ちゃんの体が透明になったね」

シイナが得意そうに言いました。

 

「そうか、体が透明になっちゃえば、私だって本物の透明人間ってことになるね」

綾は納得してうなずきましたが、そのうなずきは透明なので見えませんでした。

 

「よーし!これでおばけの中にまぎれても大丈夫!」

シイナはさっそく植え込みの陰から立ち上がりました。

 

「そうね!」 綾も立ち上がって、いらなくなった包帯をポケットの中にしまいました。

じっさい、ずっと包帯を顔に巻いているとずるずる下がってくるし、こすれてくすぐったいので、とってしまいたかったのです。

 

「ねえ、綾ちゃん、ちょっとおばけのパーティーを覗いてみようよ!」

すっかり気が大きくなって、シイナが言いました。

 

綾はちょっとドキリとしましたが、

「そうね、こんな機会、そうそうないものね。ちょっとだけ見てみようか」

そう言って同意しました。

 

じっさいのところ、来た道の入り口は、まだゾンビの一団がぞろぞろ出てきていて、空くまでどこかで時間をつぶさないといけないようでした。

 

シイナと綾は、かがり火の近くに歩いていきました。

 

かがり火のまわりには、さまざまなものたちが集まっています。

それぞれ、しゃべったり、歩きまわったり、飲んだり食べたりしています。

 

シイナは、さっき出会った吸血鬼を見かけました。

 

その向こうには、吸血鬼よりもさらに異形のものたちがいて、ぞろぞろとパーティーに参加していました。

 

毛むくじゃらで大きな牙を生やした狼男。

体の長さが何メートルもある大蛇。

 

大むかでは、百本もある太い足をわしゃわしゃ動かして歩いています。

(シイナは、うじゃうじゃ動く足を見ていたら、背すじがぞくぞくっとしました)

 

上半身が人で下半身が馬の、半人半馬ケンタウロスが闊歩しています。

 

きいきいと鳴く人面コウモリが夜空を飛び回っています。

 

老人の顔にライオンの体、サソリの尾を持つ怪物マンティコア。

黒い毛の生えた小さな体に、らんらんと光る赤い目を持った、小悪魔コボルド。

 

ヤギの足を持つ妖精フォーンたちは、かがり火のまわりを踊ります。

透きとおった体で夜空を飛び回る幽霊たち。

 

赤ん坊をさらって妖精の子と取り替える、取り替え妖精。

大きな岩に浮かんだ顔がげらげらと笑う、笑い岩の妖怪。

炎の精、風の精、地の精の小人、水の妖精たち。

 

目がくらくらするほどたくさんのおばけや妖怪が集まっています。

 

「わー、すごーい」

シイナが小声でつぶやきます。

 

綾も少し離れた場所から、おばけたちをまじまじと眺めます。

 

おばけたちは二人を気にかける様子がぜんぜんないので、だんだん安心してきた二人は、堂々と歩きまわって色々なおばけたちを見てまわりました。

 

二人は、なんだかおばけのパーティーを見て回るのが楽しくなってきました。

あちこち歩いていって、珍しいおばけはいないかな、なんて思って探したりし始めました。

 

そのときです。

 

「あんたたち、見かけない顔ね。どこから来たの?」

 

その声を聞いたとき、シイナと綾は背すじが凍るくらいドキッとしました。

 

おそるおそる声のした方を見ると、一人の女の子が、シイナと綾を見つめていました。

 

赤毛の長い髪に白い肌、そして黒いマントをはおった女の子でした。

 

シイナも綾も、なんと言っていいかわからなかったので、ただ目をきょろきょろさせました。

 

たぶん今、自分の顔は真っ青になっているだろうな、と綾は思いました。

『透明なせいで見えなくて、よかったわ』

そんなことを綾は考えました。

 

「もしかして、最近、引越してきたの?」

女の子は聞いてきました。

 

「うん、そう。そうなの。だから、ええと、このパーティーのことは、うん、よくわからなくて」

シイナは話を合わせて、しどろもどろになりながら、でまかせを言いました(もっとも、このパーティーのことがよくわからないのは本当でしたが)。

 

「そうなんだー」

女の子は、ぱっと明るい表情になって、そう言いました。

 

「私は何回か来てるんだけど、自分と同じような女の子って全然いなくてさー。

ほら、ここに来てる人たちって、いかにも怪物ーって感じで、話しかけるの、ちょっと怖くない?」

女の子は親しげにそう言ってきました。

 

「あー、うん。そう思う」

それにはシイナも綾も、心から同意しました。

 

「ね、一緒にまわらない?いいとこ教えるよ」

女の子は言いました。

 

シイナと綾は顔を見合せて考えました。

どうしよう?断ったら怪しまれるかも知れないし…?

 

そんな風に、声に出さずに目と目で会話したあと、シイナが言いました。

「うん、いいよ」

 

とりあえず、女の子に合わせることにしました。

 

『本物のおばけの子と一緒にいた方が、かえって怪しまれないかも知れないな。そんなに悪い子じゃなさそうだし』

綾はそう思いました。

 

女の子はにっこりと笑顔をうかべました。

「私、吸血鬼のマリー。よろしくね」

笑うと口のはしにちらりと、小さいけれど鋭い牙が覗きました。

 

『やっぱり吸血鬼なんだな』

女の子の、くるぶしまである長い黒マントを見て予想はしていた綾ですが、やっぱりそう聞くと緊張しました。

 

「私は魔法使い…ううん、魔女のシイナ。こっちは透明人間の綾ちゃん」

シイナは、『魔法使い』より『魔女』のほうがおばけっぽいかな?と思って、そう自己紹介しました。

 

「こっちへ来て!ごちそうのあるところに案内するから」

マリーはうれしそうに、すたすたと先を歩いていきます。

 

シイナと綾はあわててついていきました。

 

三人は、おばけたちが群がっている、大きなテーブルがたくさん並んだ一角に来ました。

 

「さあ、どうぞ!」

マリーが手を向けた先には…?

 

「わ」

シイナはそう一言つぶやいて、絶句しました。

 

綾も、何も言えないまま棒立ちになってしまいました。

 

そこに並んでいた料理は、イモリの黒焼き、蛇の姿焼き、怪しげな生き物の手や足が飛び出たままグツグツと煮え立つスープ、カエルの目玉のサラダ、サルの脳みそ、角のたくさん生えたなんだかよくわからない動物のドロドロの丸焼き…

 

緊張でこわばったシイナの顔を見て、マリーは笑い出しました。

 

「あはははっ!そうだよねえ、こんなの食べられないよねえ」

マリーはおかしくてたまらない、という様子で言いました。

 

「ごめんごめん。さ、こっちに来て」

マリーは怪しげな料理のテーブルの間を抜けて、もっと奥へ進みます。

 

シイナと綾が、ぽかんとしたままついていくと、広場の中心からはあまり見えない、目立たない場所に着きました。

 

そこにも、さっきよりは小さいけれど、テーブルが並んでいました。

 

「さあ、どうぞ。今度こそ、めしあがれ!」

マリーがテーブルを指し示しました。

 

そこに並んでいたのは、焼きたてのアップルパイ、ブルーベリーのタルト、カスタードプリンにショートケーキ。

それから、黒こしょうで焼いたチキンにシーフードサラダ、マッシュポテトにスイートコーン。

オレンジジュースにパインジュース、バナナジュースに挽きたてのコーヒー。

 

その他、たくさんのおいしそうな料理がところせましと置いてあります。

 

「わあ!」

シイナと綾の口から、思わず歓声が上がりました。

 

「ちゃんとこういうのもあるんだよ。でも、目立つところに置いておくと、『こんな人間の食べるようなものを食べおって!』って、年寄りのおばけたちが怒るから、隅っこに置いてあるの」

マリーが言いました。

 

「さ、食べよ!」

マリーの号令で、三人は勇んで料理を食べ始めました。

 

シイナはアップルパイを口いっぱいにほおばります。

 

綾はチキンを食べながら、

『透明人間がものを食べたら、食べたものはどう見えるのかな?』

と思って、自分のおなかのあたりを見てみました。

 

食べものは綾の口に入ると透明になって消えましたが、口の中にはちゃんとおいしい味が広がって、おなかが満たされる感じがしました。

安心して、綾はいろいろな料理をお皿に取りました。

 

マリーはジュースが置いてあるテーブルから、アセロラジュースを取って飲みました。

 

「うーん、おいしい。これ大好き」

ごきげんになったマリーは続けて言いました。

 

「古い吸血鬼は、『生き血を吸うのが吸血鬼の決まりだ』なんて言うけど、あんなの生臭くって、好きになれないわ」

マリーはアセロラジュースを飲みながら、ぱくぱくとマッシュポテトをたいらげました。

 

綾は、マリーが人間の生き血を吸ったことがあるのかどうか、とても気になりましたが、黙っていることにしました。

なにしろ相手は本物の吸血鬼ですので、聞くのはやっぱり怖かったのです。

 

シイナは、お皿に次々と料理を盛っては食べ、

「うーん、最高!」

と舌鼓をうっています。

 

「あっちのお鍋はチーズフォンデュかな?行ってみようよ、綾ちゃん、マリー!」

シイナがそう言って、奥のテーブルに向かおうとした、そのときです。

 

「人間の匂いだ!!人間の匂いがするぞ!!」

恐ろしい声が広場に響きわたりました。

 

心臓が飛び出すくらいびっくりしたシイナは、あわてて綾の姿を確認しました。

すると―

 

「綾ちゃん!体が!」

シイナに言われて、綾が自分の体を見てみると、透明なはずの体が、うっすらと半透明になって、姿が現れてきていました。

 

「いけない!魔法が解けかけてる!」

シイナが叫びました。

 

どうしよう、とあわてているうちに、すっかり綾の体は元に戻ってしまいました。

今や、綾はコートとソフト帽とサングラスをつけた、ただの人間の女の子でした。

 

「あんたたち!まさか!」

マリーが叫び声をあげました。

 

マリーの顔は、驚きの表情を浮かべたままこわばっていました。

まるでおばけを見た人みたいに、びっくりしています。

 

『それじゃあ話が反対だわ。人間を見て吸血鬼がびっくりするなんて』

そう綾は思いましたが、事態はそれどころではありませんでした。

 

「人間だって!?」

「人間がいるぞ!!」

「どこだ!?人間はどこだ!?」

 

しわがれた声やきいきい声、うなるような声でおばけたちが騒ぎます。

 

「人間の頭をまるかじりしてやるぞ!!」

「人間の丸焼きが食べたいわ!!」

「人間の生き血を吸ってやる!!」

 

声はどんどん増え、大きくなってきます。

 

「綾ちゃん、早く早く!とにかく逃げよう!」

シイナは綾の手を引いて、むちゃくちゃに駆け出しました。

 

かがり火に照らされて、闇の中に浮かび上がるおばけたちの大群。

 

暗がりの中、おばけに出くわさないように、すごいスピードでジグザグにシイナは走ります。

 

綾は、転ばないように必死でシイナについていきます。

 

どこを走っているかもわからないまま、ひたすら二人は逃げ回ります。

 

だんだん、後ろから追いかけてくるおばけの声が近づいてきます。

 

横からも前からも、じわじわおばけが迫ってくる気配がします。

 

『どうしよう…!』

息が切れそうになりながら、綾がそう考えた、そのとき―

 

「こっちよ!」

聞き覚えのある声が二人に向かって投げかけられました。

 

声のした方向へ目をやると、マリーが必死にある方向を指さしていました。

 

マリーの指し示す方向へ走ると、小道に入る入口がありました。

 

シイナも綾も、それが自分たちの通ってきたあの小道なのかどうか、とっさにわかりませんでしたが、とにかく全力でそこへ駆け込みました。

 

二人は真っ暗い小道を、全速力で駆けました。

 

すぐ後ろからは、ドタドタ、ズンズン、ベチャベチャと様々な足音とともに、おばけたちの怒声が追いかけてきます。

 

もうだめ、追いつかれる、と思ったそのとき、綾の目にオレンジ色の小さな光が飛び込んできました。

 

それは、広場につながる小道に入るときに、綾が見かけた、かぼちゃ頭のランプでした。

 

「シイナ、あそこ!」

綾は、真っ暗闇の中に光るかぼちゃ頭のランプ目指して、まっしぐらに走りました。

シイナも綾に続きます。

 

綾とシイナは、ほんの一瞬の差でおばけに追いつかれずに、かぼちゃ頭のランプのわきを走り抜けました。

すると―

 

「あっ」

気がついたら、綾とシイナは央野区の見慣れた道に立っていました。

あたりはしいんとしていて、おばけなど最初からいなかったかのように静まりかえっていました。

 

すぐそばに、かぼちゃ頭のランプがありましたが、おばけのいる広場へ続く小道は、どこにもありませんでした。

 

「あれれ…?」

二人は、急な変化にぽかんとした気持ちになりました。

 

「なんだか、うまく逃げ切れたみたい」

シイナが言いました。

 

二人は、しばらくどうしたらいいかわからないような気分でその場に立っていましたが―

 

「ふふ、ふふふっ」

綾が、急に笑い出しました。

 

「あははは、あはははっ」

綾は笑いが止まらなくなりました。

 

「綾ちゃん、どうしちゃったの?」

シイナがきょとんとした顔で聞きました。

 

「だって、とっても怖かったんだもの、急に安心したら、ふふふふっ」

綾は、緊張がとけたひょうしに、笑いが止まらなくなってしまったようでした。

 

しばらくの間、綾は笑い続けていました。

シイナは、どうしていいかわからないような顔で、それを見つめていました。

 

だんだん気持ちが落ち着いてきて、ようやく綾の笑いもおさまりました。

 

それでシイナも安心しました。

それから、二人で家に帰ることにしました。

 

「綾ちゃん、ごめんね。私がはしゃいでいろんな所に行こうとしたせいで、怖い思いをさせちゃって」

家への道すがら、シイナは綾にそう謝りました。

 

「ううん、いいのよ。怖かったけど、こうして無事に帰れたんだし」

綾はシイナを気づかって、そう言いました。

 

「それに―」

綾は言葉を続けました。

 

「それに?」

シイナが聞き返しました。

 

「それに、なんだかちょっと、ううん、とっても面白かったわ」

綾が笑顔で言いました。

 

「面白い?そうだった?」

シイナは意外そうな顔で聞きました。

 

「うん」

綾はそう言いながら考えました。

『「怖い」って、実は面白いのかもしれないな』

綾は、今までと違う考えに気がついたような気分になりました。

 

そして、自分たちを助けてくれたマリーのことを考えました。

『私たちを助けたせいで、叱られてないといいけど』

綾は、マリーの優しさに感謝しました。

 

そうして、二人は無事に家に帰ることができたのでした。

 

その次の日から、ほんのちょっとだけ、綾は変わりました。

 

それは―

 

「わ〜ん!怖いぃ??っ!綾ちゃん、もうやめてよぉ?!」

晩ごはんがすんだあと、リビングにシイナの悲鳴が響きました。

 

「でも、面白いわよ、これ」

綾は平然とした顔で言いました。

 

綾はリビングの大きなテレビで、レンタルしてきた、とびきり怖いホラー映画のDVDを見ていました。

 

シイナは、テレビの画面をちらっと見ては、怖い怖いと言って、頭をクッションにつっこんでぶるぶる震えていました。

 

「おかしなシイナ。おばけのパーティーでは、本物のおばけを見てあんなに楽しんでいたじゃない」

綾はシイナに言いました。

 

「おばけにさんざん追いかけられたせいで、もう当分おばけはこりごりだよ〜!」

シイナは震えながら言いました。

 

シイナが怖がる一方で、綾は怖いものに興味がわいてきました。

 

『「怖い」って、面白いんだな』

今まで、花を育てたり、料理をしたりすることが趣味だった綾ですが、自分が知らなかった新しい面白いことに気がつき始めたのでした。

 

綾は、映画の中にたまたま登場した、赤毛の女の子の俳優さんを見て、ふとマリーのことを考えました。

 

『マリーにまた会いたいな』

綾はそう思いました。

 

この先の将来、綾とシイナは、もう一度マリーと再会することになり、それがきっかけで、おばけと人間の合同ハロウィンパーティーが開催されることになるのですが、それはまだ先の、未来のお話です。

 

今は、そんなことは知らないまま、綾はホラー映画を見ては感心し、シイナはちらりと見てはぶるぶる震える、ということを繰り返していました。

 

綾とシイナにとって、今年のハロウィンはちょっと特別な日になったのでした。

 

―END―

 

説明
普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもはらはらどきどき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。
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