真恋姫無双幻夢伝 第九章5話『彼の名を呼ぶ』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第九章 5話 『彼の名を呼ぶ』
ついに、たどり着いた。1万人の連合軍の眼前に、白い塊がうようよと動いている。太陽が昇る前だったら、おそらく気が付かないまま、やつらに突っ込んでいただろう。それほど透き通った姿をしていた。
鈴々が目を丸くする。彼女は呟いた。
「ほんとに、お兄ちゃんなのだ」
蜀の将兵たちは唖然として、白い一刀を見つめていた。彼女たちが見知った彼が、無数にいたのだ。当然、動揺が走る。彼女たちはこれから、自分たちが慕う一刀たちと戦わなければならないのだ。
朱里は懐かしいその姿に、涙さえ浮かべていた。
「ご主人様が、います。すぐ近くに…」
「違うよ、朱里ちゃん」
と、桃香は言った。彼女は微笑む。
「あんなにいたらダメだもん。私たちのご主人様は、1人だけだよ」
蜀の武将たちは、桃香を見つめる。だが、すぐに笑い声が広がった。
「その通りだな。あたしたちのご主人様は、もっとカッコいいはずだろ?あんなに白くないさ」
「それに、あんなにいたら、夜が大変だろうに」
翠の後に、星が冗談を飛ばす。また笑い声が起きた。
「なら、お館の姿に似たあの偽者たちは、斬らねばなるまいのう」
「ええ、もちろん」
と、桔梗と紫苑が言う。彼女たちはもう、動揺してはいない。
桃香は、彼女たちの主君らしく、大きな声で激励した。
「それじゃあ、ご主人様のニセモノを倒しちゃおう!いくよ、みんな!」
「「「オッー!」」」
かけ声ののちに、皆は持ち場へと戻っていく。愛紗は、一刀たちを見つめる桃香に気が付いた。
こちらに背を向ける彼女の表情は、愛紗には、想像がつかなかった。
一方で、呉軍もこの光景をじっと見つめていた。蓮華も静かに開戦を待っている。
「妙な気分じゃのう」
と、祭がひとり言を口にする。敵を眺めていた蓮華が、彼女にふり向いた。
祭は蓮華に言った。
「つい先ほどまで憎みあっていた者どもと一緒に戦うとは、不思議な縁というか、なんというか…」
「確かに、割り切れないものはあります」
と、思春が同意する。まわり中が複雑な顔をしていた。
蓮華は、そんな彼女たちに、笑顔を見せた。
「憎みあっていた、ね……私はそうは思わない。対立していたのは、私たちの理想であって、私たち個々人ではないのよ」
「理想…ですか」
「そうよ。そしてその理想の根底には、『皆を幸せにしたい』という思いがあった。私たちはうわべだけで戦っていたのね。それを超越した今、自分でも不思議だけど、すがすがしい気持ちだわ」
晴れやかな表情の蓮華に、祭が感嘆の声をもらした。
「なんとまあ、成長なされましたな」
「ふふふ、私もやっと君主になれたかしらね」
「いやはや……そろそろ見回りに行きます」
「よろしく」
彼女はふたたび敵を眺める。その向こうにいる彼の名前を、口の中で呟いた。
同時刻、アキラたちは、敵の西側にたどり着いた。果てがないほど、大量の白い一刀が立っている。
アキラは、持ってきた弓矢を構える。弦をふりしぼり、放った。その矢は一刀の1人に当たり、地面に倒れさせた。しかし銀が含まれていないと効果がなく、すぐに立ち上がってくる。アキラたちの存在に気がついたやつらは、波が押し寄せるように、彼らに駈け出してきた。
アキラは華雄たちに命じる。
「適当な距離を保つ!離れすぎて追ってこなくなったら、話にならないぞ!」
退かずに、敵に追いかけさせ続ける。だが、あの大軍の波にのまれたら、一巻の終わりだ。釣り針のごとき役割を、彼らは担わなければならない。
それでも、アキラたちは不敵に笑う。恐怖ではなく、高揚感に包まれている。たった数十人の彼らが、この世界の未来を、切りひらくのだ。
アキラは、剣を高くあげた。
「この戦いですべてが決する。いくぞ!」
「動いた!」
秋蘭が叫ぶ。やつらは、この連合軍の存在に気が付いていない。それとも、無視しているだけだろうか。白い塊が徐々に遠ざかり、やつらの下にあった枯草に覆われた地面の面積が広がっていく。
とにかく彼女たちが分かったのは、アキラたちが戦い始めたということだった。
「すぐに攻撃しましょう!」
「早くしないと、兄ちゃんが危ないよ!」
「待ちなさいよ、春蘭、季衣!すぐに攻撃したら、戻ってくるかもしれないじゃないの。それくらい考えなさいよね!」
と、桂花が叱る。あの法則を見つけたとはいえ、相手はえたいのしれないバケモノである。どう動くか不明確なところも多い。華琳や他の軍師たちも、じっと堪える判断をした。
ところが、連合軍の右翼から騎馬隊が駈け出していった。春蘭が目を凝らして、その旗印を確認した。
「『呂』と『楽』の文字、呂布と楽進です!」
「あの、バカたち!」
恋と凪は、彼と一緒に行けなかった。他の者は憤慨し、嘆いた。とりわけ、この2人は、胸が締め付けられるほどの悲しみを抱いた。
彼女たちは、彼との約束を守ろうとした。
『だからさ、早めに倒してくれ。俺もくたびれるからな』
彼が冗談めかしていった言葉を、彼女たちは本気になって信じた。そして部下たちと一緒に、命令を無視して、突出した。彼をいち早く、助けるために。
「もうすぐぶつかるぞ!気合を入れろ!」
凪の激に、騎兵たちは雄叫びを上げる。彼女たちの前を、恋が黙って進んでいく。
「抜刀!!」
騎兵たちは剣を抜いた。銀がはりつけられた剣肌が、日光をきらきらと反射する。彼女たちの目の前の視界すべてが、白い一刀たちに埋め尽くされる。
それでも、彼女たちはひるまない。
「隊長を助ける!いくぞ!」
遠くから見ていた華琳は、黒い鎧姿の彼女たちが、白く塗りつぶされそうに感じた。
仕方がない。舌打ちした華琳は、春蘭たちに命令を下す。
「彼女たちを見殺しにはできないわ!戦鼓を鳴らしなさい!私たちも攻撃を開始する!」
恋はなにも言わない。騎馬隊の先頭を行く。一刀1人1人の顔が鮮明に見えてきた。地面を震わす音に、やつらの顔が向く。無機質な無数の目が、こちらを見ている。
突入する。その瞬間、恋の口が開いた。
「アキラ」
感情がないはずのバケモノの顔が、ゆがんだ。そして黒い彼女たちが、白いバケモノたちを、切り裂いた。
立ち止まって戦っては、逃げる。戦っては、逃げる。アキラたちは休みなく、その動作を繰り返していた。どれほど戦ったのかわからない。彼らには、これが永久に続くように感じられた。
やはり、厳しい戦い方であった。アキラに従っていた部下たちが、1人、また1人と、白い波に飲み込まれていく。気が付けば、彼の周りには華雄と数名しか残っていなかった。
東側はどうなのであろう。それを彼らに教えてくれる人はいない。彼らは戦い続けるしかなかった。
「ぐはっ!」
「お前!?くそっ!」
ひげ面の部下の背中に、飛んできた剣が突き刺さる。深々と刺さった傷口から血が噴き出した。アキラを庇ったのだ。彼もまた、昔からの仲間であり、アキラもよく知っていた。
アキラは馬下にいた敵を斬った。音もなく消えていく。それを確認することなく、アキラは彼のもとに近寄ろうとした。しかし湧いてくるように、新たな敵が出現する。アキラが目の前の敵を斬り捨てるうちに、彼の体が傾いた。
「アキラ様、おたっしゃで…」
「バカやろう!!」
彼の姿が消える。すぐに白い一刀たちが、地面に倒れた彼に群がった。アキラは目をつむって、引き上げるしかなかった。
やっとの思いで集団からぬけ出したアキラは、華雄と合流した。もう、他の者の姿はない。2人も全身に傷を負い、呼吸が荒く乱れていた。
「いよいよってところだな」
「ハアハアハアハア…」
華雄には返事をする余裕もない。アキラは、その姿を見つめると、迫りくるやつらを見ていた華雄に声をかける。
「なあ、物は相談なんだが…」
「………?」
そう言うと、アキラは彼女の剣を取り上げた。すでに彼女の手には力が残っておらず、すきを突かれたこともあり、簡単に奪われてしまった。
「あっ……」
「借りていくぞ。お前は引き上げろ。いいな」
というと、彼は馬を躍らせ、白い一刀たちに駆けていった。両手に剣を握りながら。
華雄は、動けない。銀の剣がなければ戦えない。怒って彼を追っていく気力も残っていなかった。
だんだんと彼の姿が小さくなる。ようやく息を整えた華雄は、彼の名を呼ぶ。
「あ、あきら…」
アキラは走る。一刀たちは立ち止まり、彼を待ち構えていた。
「アキラ!」
一斉に、一刀たちの刃が襲いかかってくる。その剣の林の中を、アキラは斬り込んだ。
「アキラッー!!!」
華雄は叫ぶ。彼は振り返りもせず、まっすぐに突き進んでいく。そして白い一刀たちの波がのみ込むがごとく、彼女の視界から、彼の姿が消えた。
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この物語、最後の戦いが始まりました。 | ||
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