真恋姫無双幻夢伝 第九章6話『終わりの慟哭』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第九章 6話 『終わりの慟哭』
馬が駆ける音。気合が入ったかけ声。血が噴き出す音。そして、うめき声。これらすべて、人間側が出す音だ。一刀たちは何も言わない。何も感じない。ただ、襲いかかってくる。凪たちは、この一刀たちの真っただ中で、出口の見えない戦いを強いられていた。
やつらを恐れた瞬間に、命を落とす。彼女たちは心を押し殺して、がむしゃらに戦うしかなかった。
しかし、彼女たちは人間だ。最初は勢いよく敵中を突き進んでいたが、少しずつその足は衰え、とうとう部隊全体が立ち止まってしまった。恋も部下を守らないといけない。彼女たちは、やつらも攻撃の嵐を、固まって耐えしのぐ他なかった。
「くそっ!くそっ!」
凪が剣を振り回す。もう疲れ切って、気弾は撃てない。脂汗がにじみ出て、目に染みてくる。
その彼女の後ろに、1人の一刀が回り込んだ。そして彼女の背中を、剣で貫こうとしている。凪がその気配に気が付いたときには、もう遅かった。
「しまっ!?」
一刀が動きだす。凪は思わず目をつむって、その衝撃を待った。
ところが次の瞬間、一刀は、強烈な馬の体当たりに吹き飛ばされた。振り向いた凪の目の前にいたのは、真桜だった。無表情の彼女が、凪に近づいてくる。
「真桜か!すまない、たすか…」
微笑もうとした凪の鼻に、真桜の頭突きが決まった。鼻頭を押さえる凪に、真桜は怒鳴り声を上げた。
「ドアホ!!勝手に行くな、このボケッ!」
「その通りなの!!」
遅れてやってきた沙和も、彼女を叱りつける。沙和は、まだ痛がっている凪の鼻を強く引っ張る。
「い、いたい!いたい!」
「凪ちゃん死ぬとこだったの!こんなの、どうってことないの!」
2人はそろって、凪に訴えた。
「ウチらだって、隊長を助けたいんや!凪だけちゃう!」
「私たち、ずっと一緒だったの!行くなら、ちゃんと言って!」
「お前たち……」
昔から一緒にいた。ともに笑い、ともに泣き、ともに生きた。凪は、自分の半身ともいえる彼女たちを忘れていた自分を恥じた。
「すまなかった」
「「あ」」
頭を下げる凪の鼻から、赤い血が垂れてきた。神妙に謝る彼女の姿との差に、真桜たちはふき出してしまった。
「あ、あかんわ。真面目に怒っとったのに、笑いが…」
「あははは!凪ちゃん、最高なの!」
「う、うるさい!お前たちがやったんだろ!」
その間にも、彼女たちの隣を兵士たちが走っていく。さてと、と真桜が顔を戻して言った。
「ウチらも暴れるで!」
「こいつらぶっ潰して、隊長からご褒美もらうの!」
「さあ!先を急ぐぞ!」
白い平原を進んでいく。アキラは、疲れ切った頭の中でそんなことを思いながら、馬を走らせていく。腕だけが機敏に動き、一刀たちを切り裂いていた。
彼よりも先に、馬が限界を迎えた。前足を折って、倒れ込む。彼は空中に放り出されて地面に体を打ちつけたが、気力を振りしぼって立ち上がり、襲いかかってきた一刀の一人を、頭上から割った。
足が動かない。一刀たちに取り囲まれ、息する間もなく襲いかかられる。剣筋が乱れ、やつらの攻撃も受けきれなくなってきた。1つ、また1つと、彼の体に傷が増えていく。
それでも、彼は戦い続けた。仲間を信じて。
「しぶといわね」
一刀の一人を斬ったアキラの前方から、白くないものが来た。白馬に乗った巨大な人影が挨拶してくる。
「こんにちは。元気かしら、アキラ」
「ちょう……せん…」
貂蝉が、ぜーぜーと息を吐くアキラに、ウインクする。それを不快に思うほどの気力も、彼には残っていなかった。剣の重みに負けて、両腕がだらんと落ちる。
しかしながら、そんな彼の姿を喜ぶはずの貂蝉の顔は、笑っていなかった。そして、つまらなそうにパチパチと拍手した。
「おめでとう。あなたたちは救われました」
「………?」
「左慈と于吉って名前だったかしら?それに華陀も。あの子たち、この世界をそのままネット上に移したのよ。完璧なプロテクトをかけたままね」
貂蝉は、さも忌々しそうに、はあ〜と長いため息をついた。
「これでこのバグが消えたら、ハッピーエンドね。わたしを含めた誰もが、この世界に干渉できなくなる。この世界のシステムも改良して、新しい魂が必要なくなったしね。もしかしたら、わたしよりも才能あったかも」
「そいつは…ハアハア……いいニュースだ…」
「わたしもおしまいだわ。あーあ、いやになるわぁ」
何度もため息をもらす。そんな貂蝉の体が、バチバチと輝いた。その光に、アキラの目がくらむ。やがて現れたのは、車いすに乗った白髪の老婆だった。アキラは口角をあげた。
「なるほどな、それがお前の正体か」
「あら、悪い?満足に体を動かせないおばあちゃんだからこそ、あんな体を求めたのよ」
華陀が“ババア”といった理由がよく分かった。アキラは背筋を伸ばして立つと、右手でつかんだ剣を彼女に向けた。
「俺たちの勝ちっていうことで、いいな」
「いいわよぉ。もう、どうでも」
でもね、と貂蝉は言った。しわくちゃな顔で、笑みをこぼす。目は笑っていない。
「あなただけは許さないわ?」
突然、先ほどまで誰もいなかったはずの彼の後ろに、一刀が現れた。
「あっ!!」
他の一刀たちと違って、強大な斧を振り上げている。アキラがふり向いた時には、その斧はすでに降ろされていた。
彼は体をよじる。頭上を避けた斧は、彼の右腕に向かった。
「ぐわあああ!!!」
彼の右腕が飛び、おびただしい量の血が噴き出す。貂蝉の笑い声が聞こえた。
「殺しなさい!」
貂蝉の号令とともに、一刀たちが飛びかかっていく。
アキラは、薄れゆく意識の中で、雲一つない空の青さが目に焼きついていた。
だんだんと抵抗が激しくなっている。愛紗は奥へと駆けていく中で、そう感じていた。
「関羽!こっちなんか?!」
「分からない!でも、そんな気がする」
霞にそう言った愛紗は、また1人斬った。一刀たちを斬るたびに、心がちくりと痛む。これはご主人様じゃない。そう割り切れない自分がいた。
彼女はふと、顔を上げた。その場に立ち止る。
「何しとるんや!?」
誰かが呼んでいる気がする。怒っている霞を気にすることもなく、彼女はきょろきょろと視線を動かした。
視界の端が、かすかに光った。
「あれだ!」
「お、おい!?」
愛紗は進んでいく。無我夢中で前に立ちふさがる一刀たちを斬っていく。彼女の視線は、ただ目標に向かって、まっすぐに伸びていた。
そして、彼女はたどり着く。
「いた……」
愛紗の目の前に、あの制服を着た一刀がいた。他の一刀が着ているのとは違う、透明になっていない、ご主人様の制服だ。
その一刀は武器を持っていない。きょとんとした顔で愛紗を見ていた。
彼の後ろから、分裂するように、武器を持った新しい一刀が姿を見せた。その瞬間も、彼は表情を変えず、愛紗を見続けている。
これだ。愛紗は確信した。
「危ない!」
しばらくその場に立ち止っていたのが、いけなかったのだろう。愛紗の背後に近寄っていた敵を、霞が排除した。しかしすぐに新たな敵が現れ、霞はとり囲まれてしまった。
霞も、それが根幹だと気が付いた。
「そいつや!やれ、関羽!」
愛紗は剣を振りあげる。だが、彼はまったく動かない。あの表情のまま、こちらを見つめてくる。
彼女の心に、戸惑いが広がった。脳裏に、一刀たちを見ていた桃香の姿が思い浮かんだ。
「なにしとるんや?!はやく!」
「で、できない」
霞は耳を疑った。剣を振りながら、愛紗に怒鳴る。
「ふざけとるんか!?そいつが敵の根源や!そいつを斬れば、すべてが終わる!」
「それでも!わたしは斬れない!斬れないんだ!」
抵抗してこない彼を見ていると、一刀との思い出が克明に浮かんでくる。振り上げた剣を持つ彼女の腕が、小刻みに震える。彼女は、自分がもう、何をしたいのか分からなくなっていた。
誰もが幸せに暮らせる世界。かつての一刀がそうだったように、目の前の彼が、その夢そのものに思えて仕方がなかった。
「世界はお前にかかっとるんや!」
「その世界とはなんだ?!ご主人様がいたからこそじゃないのか?!……くそっ、どうすればいいんだ!!」
愛紗が叫ぶ。迷う。迷う。その間にも、彼女に敵が迫ってきていた。
「やれっ!!」
愛紗の目からぼろぼろと涙がこぼれる。感情が爆発する。悲鳴を上げて逃げだしたい。愛紗は敵であるはずの彼を見つめたまま、全く動けない。
そんな愛紗を救ったのは、一刀だった。彼女は目を見開く。
「あっ」
目の前の一刀が笑った。彼女に微笑んだ。
それを見た途端、彼女の震えが止まった。
「さよなら、ご主人様」
彼女の剣が振り下ろされる。その刃は、彼の頭上から一直線に、彼を切り裂いた。
その瞬間、戦場が悲鳴で震えた。
「な、なんや?!」
すべての一刀たちが叫んでいる。その場に立って叫んでいる。その声の大きさと怖さに、全員が耳をふさぎ、目を閉じた。
そして、突風が吹く。馬上から吹き飛ばされそうほどの強さに、彼女たちは必死に耐える。先ほどまで轟いていたあの声は、風にかき消されていく。
やがて、風がおさまった。もう、一刀たちの姿はなかった。
「終わったんか…?」
周囲を見渡しても、味方がちらほらといるばかり。霞は、夢でも見ていたような気分に襲われていた。
愛紗は、馬をおりて、彼がいた場所にふらふらと歩いていく。そこには、真っ二つに裂かれた白い制服が、残されていた。彼女はその服を取り上げようとしたが、手に持った瞬間に、光の粒となって消えていく。
「ごしゅじんさま……うわああああ!!」
愛紗は泣き叫び、膝から崩れ落ちた。
勝利の余韻はない。誰もが唖然と立ち尽くす静かな大地に、彼女の慟哭は響くのであった。
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最後の戦い、決着 | ||
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