ダンまち 弱者(ベルくんのこと) |
ダンまち 弱者(ベルくんのこと)
世の中のモンスターは2種類に分けて考えることができる。
1つはベルくんを頭からバクっと食べてしまうタイプ。世間一般ではこのタイプをモンスターと呼んで恐れている。
でも、ボクに言わせればあの異形の者たちは大して怖くない。ベルくんの肉体を傷つけることはあってもその尊厳までは奪わないから。
もっと恐ろしいのは女と呼ばれるモンスターの方だった。奴らは獰猛で狡猾。力尽く、または騙して誘い込んでベルくんをペロッといただいてしまう。性的な意味で。
食い散らかされたベルくんはプライドをズタズタにされてメソメソと泣き寝入りするしかない。奴らにモラルなんて欠片も期待できない。ヴァレン某に代表される女どもは可愛い可愛いボクのベルくんを性的に貪り尽くすことにしか関心がないケダモノ揃い。
そんなモンスターたちがうようよするダンジョンにベルくんを一人で送り込むなんて危険過ぎる。いつ狭い袋小路に連れ込まれて獣欲の限りを尽くされるかわからない。
でも、ボクはベルくんの行動に理解のある未来の妻だから。将来の夫がしたいことを邪魔できるほど野暮じゃない。
だからボクはベルくんに必要なものを準備してあげつつ、彼を温かく見守るのだった。
「というか誰だい? この、ハーフエルフくんはっ!」
プンプンと怒りながらベルくんと一緒に店先を覗いていた、彼より4、5歳年上のハーフエルフを見る。身長はベルくんと同じぐらいでボクより結構高い。茶色で短い髪は前も後ろで切り揃えらえている。公務員とかお堅い職業に就いていそうな雰囲気。普段はメガネを掛けて仕事していそうなタイプ。
でも、問題はそこじゃない。ボクはこのハーフエルフの女からベルくんを食らってしまおうとするモンスターの気配を感じた。間違いない、この女。ベルくんを狙ってる!!
「うん?」
愛想よく微笑んで見せるハーフエルフ。でも、ボクは騙されない。ストップ詐欺被害。
「ああ、そうだ。神様。この人が……」
ベルくんが紹介しようとしたところ、女の方から自己紹介を始めてきた。
「はじめまして。神、ヘスティア」
ハーフエルフはボクのことを知っていた。警戒レベルを1つ上げる。
「ギルド所属のエイナ・チュールです。ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっています」
エイナは堂々と自分の名前と所属を名乗ってみせた。
これはアレだ。ベルくんの正妻であるボクに対する宣戦布告に他ならなかった。
「へぇ〜。君が」
近付きながらエイナをマジマジと見る。今の状況は言うまでもなく、不倫願望を持つ女が、妻であるボクに対して仕事上の関係をアピールして無罪を主張するようなもの。
そんな手に引っ掛かるボクじゃない。神様舐めんな!
「時にアドバイザーくん」
釘を刺しておくことにする。ボクは神様。アリの反逆も見逃しはしない。頭を下げてもらいエイナに耳打ちしておく。
「君は自分の立場を利用してベルくんに色目を使うなんてこと。してないだろうね?」
「はっ?」
素っ頓狂な声が返ってきた。
怪しい。怪し過ぎる。
目を細めてジッと睨む。ボクの勘だとこの女は限りなく黒に近い。
腹が黒いのは構わない。問題はもうベルくんに手を出してしまったのか。その点だった。
「こっ、公私の区別は付けているつもりですが……」
エイナは両手を軽く挙げて降参のポーズを軽く取ってみせる。ベルくんの手前、人畜無害を装っているに違いなかった。
「あ、あの、ボクたち、もう行きますんでっ!」
ベルくんが慌ててボクの前からの撤退を提案した。ボクが店番を任されているというのにつれない対応。
でも、ベルくんの所持金ではこの店と無縁なのも事実。無理に引き止めても商売にならないのは本当のことだった。ボクがヘファイストスに作ってもらったナイフは2億ヴァリスだったし、金額がちょっと頭おかしいぐらいに高い。
寂しい気分になりながらベルくんの背中を見送る。すると、ベルくんに気付かれないようにエイナはボクへと振り返った。そして不敵な笑みを浮かべながら小声で呟いた。
「冒険者の性処理のお世話をすることもアドバイザーの重要な仕事と心得ています」
エイナはベルくんへと目を向けながら舌をぺろりと舐めずさった。
やはりエイナはモンスター。ダークが付く方のハーフエルフだった。
「やはりベルくんに近付く女はみんな、ベルくんを狙っているっ!!」
ボクは改めてこの世界がボクとベルくんの幸せを邪魔する女という名のモンスターに満ち満ちていることを感じるのだった。
ベルくんはほぼ全財産を使い果たして軽装の鎧を買って戻ってきた。敏捷さ重視の防具選択は彼の戦闘スタイルを物語っている。
ベルくんはダンジョン内を1人で行動している。魔法使いが魔法を発動するまで戦士が後衛を守る。そういう役割が存在しない以上、防御よりも回避に集中する方が生き残る可能性が高いのは確かだった。
それはともかく、ボクが気にしたのは腕につけるプロテクターというかガントレットだった。なんとこれ、あのエイナ・チュールからプレゼントされたものであるらしい。あの女、物でボクのベルくんを釣りに掛かってきた。
ボクはここにきて、自分が間違っていたことを認めるしかなかった。
「ヴァレン某の動向さえチェックしていればベルくんの安全は大丈夫だと思ってた。でも、そうじゃない。ベルくんに近付く女はみんなモンスターだと思って警戒しないとっ!!」
ボクのベルくん監視&警護がザル過ぎた。今度はあのハーフエルフはもとより一層の警戒が必要とされる。ボクの1日はますます忙しくなるけれど仕方ない。
明日からはバイトが始まるギリギリまでベルくんを尾行して浮気の現場、もとい、モンスターに襲われないか観察しないといけない。
というわけで、明日からはより一層ハードな日常になりそうなのでさっさと寝ることにした。ぶっちゃけ、バイトの掛け持ちでボクの体はもうヘトヘトだった。
「神様。じゃあ、行ってきますね」
「う〜ん……行ってらっしゃい……」
ベルくんの挨拶を寝ぼけたふりをしてやり過ごす。心苦しいもののベルくんの自然体の動向を知るにはこの方が都合が良かった。
ベルくんが出て行ったのを見て、ボクはこっそりと起き上がる。物音を立てないように支度をすると、教会を出て彼の後を静かに尾けて行く。どんなモンスターがベルくんを狙っているのか確かめるために。
ベルくんはボクの尾行に気付かずにのほほんと歩いている。あまりにも無防備過ぎる。アレじゃあ、ヴァレン某やアドバイザーくんに襲ってくれと言っているようなもの。危機感がなさ過ぎる。そんな彼は、実際にすぐ女に声を掛けられていた。
「アレは……幼女?」
どう見ても10歳以上には見えない幼い、というか小柄な少女だった。けれど、よく見ればただの幼女とは少し違う気配がした。
「もしかしてあの子は……小人族(パルゥム)なのかな?」
ただの幼女が冒険者用の大きなバックパックを担いで歩いているわけもない。パルゥムだと考える方が自然だった。獣耳も生えてる犬人(シアンスロープ)でもあるけど。でも、彼女が獣耳小人なのかはどうでもいい。ボクにとって大事なことは……。
「あの子はボクの敵……この世全ての悪(アンリマユ)だ……」
ヴァレン某やアドバイザーくんとはまた違った危険なオーラを全身から放つモンスターだということだった。
力尽くで全てを正面から征服するヴァレン某。物で釣って搦め手から籠絡するアドバイザーくん。
それとは違う……もっとベルくんの懐からガンガン攻撃を仕掛けてくるインファイトタイプのモンスターに違いなかった。
彼女の戦闘スタイルはベルくんと生活を共にするボクとアプローチ法が重なる。更にあの子はベルくんの裏方(サポーター)となるのを希望することで、ボクが一緒にいられない昼間の時間を共にしようとしている。ボクとは相性最悪な凶悪なモンスターだった。
噴水の縁に腰掛けながら会話する2人に気付かれないように近付いて会話の詳細を聞くことにする。あの女のベルくんへの過剰接近だけは何としても阻止したかった。
リリルカと名乗る彼女はベルくんのサポーターとなろうと自分の売り込みに必死だった。獲物を捕食しようとしているのだから必死になるのも当然のことだけど。
ベルくんに尾行がバレて嫌われたくないので2人の前に出ていけない自分が悔しかった。
「それでどうですか、お兄さん。サポーターは要りませんか?」
お兄さんなんて呼んじゃって如何にもわざとらしい。ボクもバイトを掛け持ちしているからわかる。セールストークの『お兄さん』なんて呼び方に愛情なんて欠片も存在しない。あるのは気持ちよくたくさんお金を落として欲しいという打算だけ。
だけど、まだ女の裏側を理解していないピュアなベルくんはモンスターの誘いに簡単に乗ってしまった。
「できるなら欲しいかなって丁度思ってたところで」
「本当ですかぁ♪」
喜んでみせる顔が如何にもわざとらしい。黒い内面を隠して男を喜ばせるためだけの表情。この女絶対裏がある。いや、間違いない。歌舞伎町とかによくいるよ、こういう女。
「では、リリを連れて行ってくれませんか、お兄さん」
自分のこと『リリ』なんて名前で呼んでやがる。本当の年齢が幾つなのか知らないけれど、自分を幼く可愛く見せることで男の関心を買おうとしている。女のボク的には絶対に許容できない存在だよ、コイツは。ベルくん狙ってなくても許せないよ。
そしてリリルカは畳み掛けるように自分が如何に不幸な境遇にいるのか語って聞かせた。こんなマニュアル通りの泣き落しに引っ掛かる奴なんていないっての。
だけどベルくんは同情の目で見ていた。……男って本当に馬鹿な生き物だと思う。
でも、このリリルカというモンスターはそれに飽きたらずまだ凶悪な罠を仕掛けてきた。
「……それに男性の方に、リリの大切なものをあんなにされてしまうなんて。責任を取ってもらわないといけませんね」
リリルカがどういう脈絡でその言葉を放ったのかはよくわからない。
「あ、ああ」
でも、ベルくんの顔が見る間に赤くなったのを見る限り、何らか根拠のある言葉のようだった。
少なくとも、ベルくんとリリルカが出会ったのは今日ここが初めてじゃない。そして、リリルカはベルくんに責任を要求できるようなことをされた。
「まさか……ベルくんがあのリリルカって獣耳小人を襲ったっ!?」
ボクという未来の妻がいながら、あんな幼女体型のぺったんこ女をベルくんがっ!?
けれど、ボクはその説をすぐに打ち消した。
「リリルカがベルくんを襲ったに違いないんだよっ!!」
薬の一つも盛ればあんな小さな体でもベルくんを食すことなど容易いこと。いや、痺れ薬を盛って意識はあるのに動けないベルくんを無理やり寝取ったに違いなかった。
「ベルくんが、ベルくんが……ボクの知らない間に汚されてしまったっ!?」
嘘だって信じたかった。でも、2人の話しぶりを聞く限り、疑いは晴らせない。グレーゾーン。
「わかりました。それじゃあ今日1日、ひとまずサポーターをお願いします」
ベルくんはリリルカに遂に負けてしまった。モンスターの同行を許してしまった。
「ベルくぅ〜〜ん」
ボクはベルくんにノーと言いたかった。でも、尾行がバレても困るので飛び出せない。
モンスターがベルくんに近付くのを指を咥えて見ているしかなかった。
「うっうっうっ。ベルくぅ〜〜ん。女はみんなモンスターなんだよ。不用意に近付けちゃ駄目なんだよ……」
ボクは失意に陥りながらバイトに向かったのだった。冒険者でない自分が憎かった。
「きょ、今日も乗り切ったぁ〜〜」
夕方。もう日も沈もうとしているころ。
ボクはヘファイストスの店での8時間労働を終えてヘトヘトになりながら家を目指していた。
「ローン返済のためとはいえ、神のボクを遠慮無く顎でこき使いおって」
体がフラフラと左右に揺れる。疲労の現界だった。2億ヴァリス返済するまでこんな生活が後何年続くんだろう……。
「早くベルくんに会いたい……」
気弱になってちょっぴり涙ぐんでしまう。
今日は朝から獣耳小人とベルくんの密会を見せつけられて力が出なかった。そこにきての重労働。エネルギー残量はもうごくわずか。
だけどその時、ボクのベルくんセンサーが反応した。
「ベルくんだぁ〜〜?」
あの白髪頭はベルくんで間違いなかった。
仕事の疲れを忘れて抱きつこうとする。けれど、できなかった。
「ふふふ」
「あははは」
ベルくんは、この世全ての悪リリルカと手を繋いで楽しそうに歩いていたから。
「ガァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ!?!?!?!?」
その光景はボクにとってあまりにもショック過ぎた。
ベルくんがあの女にそそのかされてしまったのは明白だったから。
「ベルくんの浮気者ぉ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
公然と街中で浮気するベルくん。そんな不誠実な彼を見て、ボクが怒れる野獣になったとして誰が責めることができようか。いや、できない。
「あっ。丁度良いところに。神様。こちらの方は……」
「ガルルルルルルルルッ!!!」
ボクは四足で大地を蹴ってベルくんへとダイレクトアタック。馬乗りになりながら地面に押し倒した。
「かっ、神様っ!?」
「ガルルルルルルルルッ!!」
「ひぃっ!?」
リリルカを鋭い眼光で黙らせるとベルくんの首根っこを口で掴んで日の当たらない路地裏へと引き摺っていく。もうボクに理性は残っていない。
「一体、何を怒って……?」
「ガッルルルルウルルルルルルッ!!」
そして、ボクは浮気者ベルくんに夫として妻であるボクを一生養っていく刑を与えることにした。まず、そのための契約をその体に刻み付けてやることにした。
「お仕置きだべぇ〜〜〜〜〜っ!! ガルルルルルルッ!!」
「えっ? かっ、かっ、神様の……ケダモノぉおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
ボクに怯えて逃げ出したリリルカがベルくんを助けに入ることはなかった。ベルくんの泣き叫ぶ声は大通りまでよく響いたという。結局誰も助けに来なかったけど。
こうしてボクはベルくんを寝取り返すことに成功した。
ベルくんは今日も妻であるボクを養うためにダンジョンに潜って一生懸命に稼いでくれている。
浮気防止用に雇われた屈強な男サポーターたちに囲まれながら。
ダンまち 強力なライバルの登場により出会いがあったエンド
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