凪の海 - 2 |
千葉女子高と自宅を往復する日々。相変わらずミチエの毎日は忙しかった。そしてそんな毎日の中で、泰滋からの手紙はほぼ1カ月に3通くらいの間隔で届いた。ミチエが返事を一通も返さないにもかかわらずである。いつしか、ミチエに帰宅すると郵便受けをのぞく習慣がついてしまった。ミチエ自身は、はっきりと自覚していなかったが、手紙が待ちどうおしいという感情が芽生えていたようだ。
そして毎回届く手紙は、ミチエの期待を裏切らなかった。毎回興味深く、そして疲れきったミチエの心とからだを癒してくれた。
『うちには風呂が無く、毎晩歩いて20歩程度の場所にある銭湯へ行く。昔は銭湯に行く際に、毎回部屋着から外着へ着替える母が不思議でならなかった。ただ銭湯に行くだけなのに、どうして良い着物に着替えるのかと母に尋ねたことがある。人の目に触れる時はちゃんとしなければならいと言うのが母の答えだったが、行く場所は公衆浴場だ。脱衣場であろうが風呂場であろうが人目は避けられない。まさか服を着たまま湯船に浸かるわけもあるまいに。だが、大学生になって解った。これが京都なのだ。』
高尚な思想や哲学などではない。庶民の暮らしの中で起きる平凡なことを、青年の目を通じて語られる。この手紙は、自分の生まれ育った地域にはない文化や生活を持つ京都が垣間見られてとても面白かった。相変わらず返事を出さないミチエだが、とても『ストップ』の札を送る気にはなれない。しかしそれは同時に、この手紙が増えれば増えるほど書き手である青年への理解を深めるということを意味していた。
届いた手紙が12通を越える頃になって、ふとミチエは手紙を送ってくれるこの青年がどんな青年なのだろうかという関心を持つようになった。興味の対象が、手紙の内容だけではなくその書き手にも湧くようになって来たのだ。
考えてみれば月に3通程度の一方的な手紙とはいえ、男性である相手の考えや気持ちを読み聞きすると言うことは、自分にしてみれば同じ男性と毎月3回デートをしているようなものだ。当時の女子高生では考えられない経験だ。ミチエは、手紙の文字を改めて見直した。筆圧が低く流れるような文字。それでいて粗雑には書かれてはいない。感情のほとばしりを記すというよりは、静かにゆっくりと語るような温厚さを感じさせる。
この手紙を書いている青年に会ってみたい。そんな想いが、自然と湧いてきた。しかし、想いは湧くものの、相変わらずミチエは忙しさを理由に、返事も出さない。青年からの手紙は積み重なり、年が明け、冬が過ぎ、そしてミチエも3年生になった。
泰滋は、自宅の2階の自室で目が覚めた。隣の住人の掃除している音に起こされたのだ。長屋づくりの住家は、薄い壁一枚を隔てて隣と繋がっている。生活の音は筒抜けだ。これも京都の住宅の特色なのだが、それだけに京都では、一層ひっそりとした生活を強いられる。
泰滋は頭を振った。昨夜の学友たちとの痛飲がたたって、二日酔いの頭痛が彼を悩ませる。まだ寝ぼけまなこで布団から抜け出た。ボサボサの頭を掻きながら階下の居間へ降りていくと、母が台所の仕事をしながら『おはようさん。』と声を掛ける。
「おとうはんは…ああ、もう会社か…。」
「とっくやで…。ところで、ゆうべはいつ帰ってきはったん?」
「憶えてへん。友達と木屋町で飲んで、えらく遅くなってしもた。」
「顔洗ってきいや。朝ご飯の支度するさかいに。いや…もう朝やないから、昼ごはんやわ。」
「嫌みいわんといて。」
泰滋が歯を磨き終えて、食卓に着くと母は濃いお茶と1通の手紙を泰滋の前に置いた。
「なに?」
「さっき届いた手紙や。泰滋ちゃん宛どすえ。」
「誰やろ?」
手紙を受け取った泰滋が、手紙の表を確認する。女文字で自分の名前が書いてある。裏を返して見ると、際し出し人が『宇津木ミチエ』とあった。
「そのミチエさんってだれ?」
母が心配そうにのぞきこむ。
「なんや、興味津々やな。」
「それはそうや。知らん人の手紙やし。」
母親にしてみれば、年頃に成長した息子へ射した、見知らぬ女の影。ひとりっ子だけに気がもめて仕方が無い。
「安心しいや。大学の運動の仲間やし。」
泰滋には解っていた。相手は宇津木ミチエだ。いよいよ『ストップ』札が送られてきたのだ。今回の訓練でどれほど自分に効果があったか知らないが、始めて半年近くたった。確かにもう終わり時かもしれない。
泰滋は手紙の封を切り中身を確認した。意に反して『ストップ』札は無く、文字の書かれた便箋が一枚出てきた。
『拝啓 泰滋さまにおかれましては…。』
女文字で、一文字一文字丁寧に書かれてはいるが、堅苦しくもぎこちない頭文だ。女子高生が身の丈に合わぬ表現に手こずっていることが良くわかる。泰滋は思わずニヤつきながら読み進める。しかしその後に続く文章を見て泰滋は度肝を抜かれた。
『来月4月に、修学旅行で京都に行くことになりました。『文通運動』をさせて頂いている級友達とともに、文通でお世話になっております同志社の皆様とお会いできれば幸甚と、恥ずかしながら初めての返事を出させていただきました。』
嘘だろ。会うことのない相手だと思っていたからこそ、無防備に自分のことを何でも手紙に書くことができた。会おうと言われても、恥ずかしくて会えるわけがないじゃないか。泰滋の二日酔いの頭が爆発した。手紙を読んで蒼白になった息子の顔を、理由のわからぬ母は、ただおろおろしながら見つめているだけだった。
福岡県久留米市に到着した汀怜奈は、市内で一泊すると、翌朝、早速市役所の商工課に赴き、非協力的な窓口の担当者を気絶する寸前まで質問攻めにした。過去に事業所登録していたはずの、あの伝説のギター工房の記録を探すためだ。さすがに窓口の担当者も汀怜奈のしつこさに根負けし、彼女を資料室に案内すると、資料管理をしている古株の職員に取り次ぎ、自分はさっさと逃げ出してしまう。汀怜奈は、資料管理の職員へのインタビューと資料とで、伝説のギター工房の記録を探しまくった。
九州の名河『筑後川』に沿って位置する久留米市は、隣接する大都市のベットタウン的要素も含み、福岡市、北九州市に次いで福岡県第3位、九州全体では第8位の人口を擁する大きな市だ。焼き鳥店数が人口1万人当たり約8軒といる風変わりな日本一も持っているこの市も、もともとは閑静な田舎であったが、1897年(明治30年)に第十二師団、1907年に第十八師団の駐屯地になってからは軍都として膨張した。
古くから軍の駐屯地であったこともあり、周辺には軍需に結び付く産業が多い。軍靴や地下足袋用のゴムの軍需が、1922年(大正11年)に始まったゴム化学工業の発展に結びついている。石橋正二郎がこの地で創業しやがて、誰もが知っている世界的なゴムメーカーとなったことは、周知の事実であろう。
大きな軍関係の施設があることは産業振興だけではなく、大きな戦争被害を出すことにも起因する。太平洋戦争末期(1945年8月11日)の久留米空襲では、4506戸が焼失し、212名の尊い命が失われた。
周知の通り、太平洋末期には日本は大きな資源的欠乏状態にあり、それでも戦争を継続していくためには、あらゆるものを材料として武器を作りあげなければならない。逼迫する資材状況の中で可能な極限の爆撃機を製作すべく、国内の航空機設計の第一人者である青木邦弘技師がその大役を任ぜられ、突貫作業の末その初号機を完成させた。
その飛行機が『キ115 「剣」(つるぎ)』である。剣は帝国陸軍における名称で、帝国海軍では「藤花」(とうか)の名称で呼んだ。
キ115には、甲と乙があり、甲の主翼はジュラルミン製応力外度構造、胴体は鋼管製骨組に鋼板外皮、木製尾翼。乙は甲の主翼を木製化したもので、主翼面績を増加し、操縦士を前方に移して視界を良好にした。甲の要求速度は、最大時速515km、巡航時速300kmで、固定脚は戦闘に入ると投下し帰還は海岸の砂浜に胴体着陸し、発動機は回収する計画であった。しかし実際は設計者の考えに反し、軍はあきらかに帰還を目的としない『神風特攻』を考えていたようだ。初号機完成後、各地の疎開工場で合計105機を生産したが、幸いなるかな実戦には参加せずに終わる。
周辺に豊富な木材資源を持つ久留米には、そんな戦闘機の木材パーツを供給する工場と人材が数多く存在していた。終戦を迎え軍需が途絶えると、木材パーツを供給していた各工場の稼働が止まる。軍需無き今、生きるために自分達の持つ道具と能力をどう活用したらいいのか。各工場が模索をしながら様々な分野へ散っていく中で、ギターづくりに目を付けた男がいた。それが橋本カズオである。
彼は家財を売り払って一台のスペイン製のギターを購入すると、それを分解して徹底的に研究した。ギターの材質、構造、接着剤、塗装。そして試行錯誤を繰り返しながら、5年の歳月をかけて、ようやく彼は第1号器を完成させて世に送り出す。橋本ギターの第1号器だ。
その後、『マルイ楽器製造』という会社を立ち上げ、何人かの職人も雇い込んでギターを創り出していったが、橋本は、殺人兵器ではない平和的なギターという楽器づくりに安らぎを覚え、その魅力にのめり込む。経営に関してはまったく関心がなかった彼は、量産という発想がまったくなく、一台一台手造りする姿勢は崩すことがなかった。結局、終戦後のギターブームの波にも乗ることができず、1967年に永眠するとともに人手に渡った会社も、その5年後に倒産することになる。
汀怜奈は、最後にそこで作られたギターが現在どうなっているかを聞いたが、資料室の職員はおろか商工課でも誰も知るものが居ない。諦めて市役所の外へ出ると、もう久留米の街は暗くなっていた。ホテルに戻り、いろいろと思案したが、とにかく次に自分ができることは、『マルイ楽器製造』のあった場所に行ってみることだと結論付けた。
翌日、ホテル前に待機するタクシーに住所を告げて、連れてこられた場所は、閑静な住宅街だった。工房だから、うっそうとした林の中にあるのだろうと予想した汀怜奈だったが、あたりはアスファルトの道路と画一的な住宅が立ち並んでいる。
たぶんこのあたりであろうとその場所に見当を付けたのだが、工房の面影などまったくない。あたりを見回して、古い民家を探すと、とりあえず玄関のベルを鳴らしてみた。
「はーい。」
出てきたのは50代くらいの主婦であった。
「どなたですか?」
「あのう…。」
サングラスにキャップを被り、デニムパンツの汀怜奈。このあたりでは見かけたことない来訪者に警戒を強めたようだ。
「モノ売りかいな。」
「いえ違います。お聞きしたいことがございまして…。」
サングラスを外した汀怜奈。その長いまつげと上品な言葉遣いに多少安心したのか、主婦も多少警戒を緩めて表情を柔らかくした。
「おやま、あんたはおなごたいね。」
「はい、今だかって自分を男と思ったことはございません。」
珍妙な言葉遣いに主婦が笑い出した。汀怜奈は自然に応対しているつもりなのだが、周りの人から訳も分からず笑われる時がある。それを汀怜奈はいつも不思議に思っていた。この時もこの主婦が笑う理由が解らない。
「で…聞きたいことってなんですたいね?」
「はい、このあたりに『マルイ楽器製造』というギター工房があったかと思うのですが…。」
「うーん…ここで生まれたばってん、聞いたことなかたいなぁ。」
「50年も前の話なのですが…。」
「それならわかるわけないとです。まだ私が生まれる前やから。」
「そうですか…。」
肩を落とす汀怜奈。少し可哀想になったのか、主婦が言葉を繋いだ。
「ちょっと待ってね。」
主婦が家の奥に引っ込むと、しばらくして100歳に近いような白髪のお祖母ちゃんの手を引いて出てきた。
「うちのおばあちゃんよ。知っているから案内するって。」
白髪のおばあちゃんはゆっくり歩みを進めると今度は汀怜奈の手を取って、外へ導いていった。
おばあちゃんが汀怜奈を導いていったのは、住宅街の裏にある小さな空き地だった。
「ここにギター工房があったのでごさいますか?」
汀怜奈の問いに、おばちゃんはゆっくりとうなずく。雑草が生い茂り、荒れ放題に荒れたその空地には、工房を想わせる跡などひとかけらもない。途方に暮れている汀怜奈の手を引いて、おばあちゃんは空地の奥へと彼女を導く。
雑草を掻きわけて進むと、おばあちゃんが立ち止まり、地面を指差す。そこには木造のアーチのような造作物が横たわっていた。当然のごとく木は朽ちていて、今にもぼろぼろに崩れそうだ。その形から2本の柱を冠木(かぶき)でつなぎ屋根をのせた、木戸の門であることが想像できる。当時はこの工房の立派な木戸門として、入口の役目を果たしていたのだろう。
汀怜奈は、その造作物に近づいて細部を調べた。柱にあたる部分に『マルイ楽器製造』という文字が見える。確かにこの場所が工房だったのだ。さらに観察を進めると、汀怜奈は木戸門の冠木に当たる部分に、全体とは異質な木材で出来た板が付いていることに気づいた。その板だけなぜか当時の形を残している。
汀怜奈はその板に触れてみた。
「この板だけ、ハカランダですわ…。」
ハカランダ(Jacaranda)別名ブラジリアンローズウッド。ブラジルのバイア州周辺で生産される木材だ。心材と辺材の境界がはっきりしており、心材は褐色から赤褐色。木目に沿って黒い縞を有し、鮮やかな木質感が特徴である。非常に重硬な材で粘りがあって加工は難しい。乾燥は困難だか十分乾燥すると狂わない。バラの花のような芳香があるのでローズウッドの名が付き、虫害や腐朽性に優れる。
材木商でもない汀怜奈がなぜこんなことが解るのかと言えば、この木材は古くから高級な家具や屋内装飾材に使われる他、楽器材、特にギターの最高級材とされていたのだ。世界的な銘木で希少性が高く、現在ワシントン条約で絶滅危惧種に指定され、新たな伐採が禁止されるとともに、この木材の輸出入も禁止になっている。
この板をさらによく見ると文字が書いてあるようだ。汀怜奈は、もしかしたら、この板には『御魂声』につながる重要なヒントが書かれているのではないかと直感した。墨で書かれていてほとんどが消えかかっているが、汀怜奈はなんとか判読しようと試みた。
『御魂声…染みわたる…』
かすれた文字の中から読み取れるのはここまでだ。そこから先は木片が裂けていて判読できない。たしかに、ここで心に響く『声』の出る楽器を作っていたのは間違いない。しかし…。
「だから…、何なんでございますか?」
ここへ来ても『ヴォイス』と出会うことでのできない汀怜奈は、胸がかきむしられる様な焦燥感に苛まれた。
おばあちゃんと共に家に戻った汀怜奈は、そこで作ったギターがどうなったかを家の人々にも聞いたが、みな知らないと首を振るだけである。残念ではあるが、『御魂声』を求める汀怜奈の旅もここで終わらざるを得なかった。
主婦とおばあちゃんに深く礼を言って辞した汀怜奈。夕日に照らされたその姿は、プライドが高く毅然とした姿勢を崩さない彼女には、似つかわしくない影を路面に落としている。しかしいつものように、頭を上げ、胸を張って歩く気にはなれなかった。
ホテルに戻った汀怜奈は久しぶりにスマホの電源を入れた。確認すると、両親から恐ろしい数の着信が入っている。本当に心配をかけてしまった。とはいえ、しゃべる気にもなれなかった汀怜奈は『明日帰ります。』とだけ母親にメールを打った。
ベッドに入ると、いつも通り枕を膝の間にはさみ、布団を被った。汀怜奈は抱き枕が無いと寝つけないのだ。しかし、今夜は、抱き枕があっても効果が無い。汀怜奈の寝つけない頭の中に、何度もロドリーゴ氏の言葉がこだまする。首を横に振りながら掛け布団を頭まで被った。
「『ヴォイス』の正体がわかりません。ロドリーゴ先生。『ヴォイス』を持ったギタリスタになるなんて…、到底私には無理でございます。」
ほとんどギブアップ宣言ともいえるような弱気なひとりごと。布団の中で汀怜奈の瞳に自然と涙が溢れてきた。天才と呼ばれても、K―1が好きでも、所詮は21歳の乙女である。その華奢な肩に重すぎる芸術的命題を背負わされた可愛そうな汀怜奈。今夜は泣くしかなかった。
しかし、こんな可憐な汀怜奈をロドリーゴ氏が見放すわけがない。久留米のホテルをチェックアウトし羽田空港に到着した汀怜奈は、田園調布の自宅に帰る途中に運命的な出会いを果たすことになる。それはまさに、天国のロドリーゴ氏の配剤としか思えなかった。
京都の三条大橋。桜の時期はとうに過ぎたが、街は観光客で溢れている。古都の春の陽気。観光に勤しむ観光客の笑顔とは裏腹に、千葉女子高の仲良し4人組は、少し緊張した面持ちで橋の上で身を寄せ合っている。橋の上から鴨川を眺めれば、春の日射しに水面がきらきらと輝いていてとても美しい様なのだが、彼女たちにはそんな景色を観る余裕が無い。まもなく文通相手の同志社の大学生が来る予定なのだ。
実はミチエの緊張は、他の3人とは違った理由である。文通相手に初めて返事を出して1カ月になるが、相手から手紙が届いていない。それまでは1カ月に一通も来なかったことなどなかった。重ねて確認の手紙を出すのもクドイと思われそうで控えていたのだが、結局今日に至っても何の連絡もない。待ち合わせ場所と時間は、幹事のアオキャンを通じて伝わっているはずなのだが…。来てもらえるのだろうか。
『来てもらえるのだろうかって…私はなんでこんなにヤキモキしてるのかしら?』
ミチエは自分に言い聞かせた。失礼な言い方を許してもらえるなら、相手は私のことはお構いなしに、好き勝手なことを書いて一方的に手紙を送って来るだけの大学生。別に無理して会う必要もない。なのに…。ミチエはどうしても気が揉める自分を静めることができないようだった。
「ねえ、胸の動悸がおさまらないの。どうしよう…。」
オダチンが胸を押さえて親友たちに訴えると、アッチャンがすかさず応じる。
「そうね、こっちに来る男の人たち全員、文通相手に見えて、膝の震えがとまらないわ。でも、アオキャン…。」
「なに…。」
「良く見たらあんた、お化粧してるんじゃない?」
「えっ…してないわよ。」
「いや、いつもより唇が赤い。あんた絶対お化粧してる。」
「してないったら…。」
「嘘、信じられない。女子高生のくせにお化粧だなんて…。」
「こっち来て、顔を良く見せなさい。」
「きゃっ、勘弁してー!」
オダチンとアッチャンの攻撃に、たまらずアオキャンはミチエの背後に隠れた。ミチエを挟んでラグビーのモール状態となった女子高生たちは、三条大橋の上でも大騒ぎを展開する。
「あの…。」
突然声を掛けられて女子高生たちの動きがピタリと止まった。見ると、厚手のVネックのセーターに、薄茶のズボン(今で言うチノパン)を履いた大学生のグループがにこやかな顔で立っている。
「あの、青山さんとちがいますか?」
現れた。同志社の文通相手だ。改めて彼らを見ると、その身なりは清潔で、ファッションセンスもいい。本当にお金持ちのボンボンと言うにふさわしい容姿だ。セーラー服の自分達が到底釣り合う相手ではない。青年の問いにアオキャンは唇の色と同様、顔を真っ赤にしてうなずく。相手の顔もまともに見ることが出来ないでいた。
「遅れてすみません。僕は…。」
青年が自己紹介を終えると、右手を差し出した。アオキャンは何のことかわからない。親友たちに背中をつつかれて、ようやく握手を求められていることに気づいた。
そんな洒脱な挨拶がさりげなくできてしまうのは、さすが天下の同志社の大学生だと女子高生たちは関心した。多少イントネーションは変であるが、標準語を喋ろうと努力している様子は、そのさわやかな口調と笑顔とともに好感が持てる。
青年とアオキャンが握手を終えると、その他の青年たちが自己紹介を始めた。オダチンもアッチャンも借りてきた猫のようにおしとやかに握手する。
「それでは、みんなで近くの喫茶店にでも行って、コーヒーでも飲みましょうか?」
喫茶店!コーヒー!女子高生の彼女たちにしてみれば、行ったことも、飲んだこともない。まさに未知の世界への誘いに、心がときめく。しかし、ときめきようが無い女子高生がひとりだけいる。ミチエだ。
「あの…石津さんはお見えにならないんですか?」
「ああ、シゲ。あいつは新聞の校正があって、印刷所から離れられないそうです。申し訳ないが来れないと言っていました。」
ミチエは自分の心がブルーに染まっていくのを感じていた。
「ただいま。」
泰滋が自宅は木戸を開けると、台所に直行して井戸の水を汲み上げた。柄杓を口に当て直接京都の水を飲み干す。
「泰滋ちゃん。コップで飲みぃといつも言うてるやろ。」
泰滋は、各地に旅をする経験が少ないので、確かなことは言えないが、水の美味しさにおいては京都に勝る地は無いと考えている。井戸から汲み上げてさらさらと流れる水を見ると、もう喉が鳴ってコップに移し替えるももどかしくなるのだ。
母親の小言にも笑いながら返事も返さず、居間の畳の上にごろんと寝転がった。腕枕をしながら木造りの天井のシミを眺める。確か今日は、千葉の女子高生と会う約束の日だった。会いに行かなかった自分を責める気にはならなかったが、会いたいと言っていたミチエの手紙を想うと多少心が痛む。
「泰滋ちゃん。」
母親がそばに座って話しかけてきた。
「さっきな、あんたのお友達が来てな、これ置いていったで。」
「そこへ置いといて。」
「なんやらな、今日会った人が泰滋ちゃんに届けて欲しいて言うたそうや。」
泰滋は黙って返事もしなかった。
「はよ、あけてみいや。」
「なんでや。あとでええやないか。」
「そやかて、生ものだったら腐ってまうし…。」
泣きそうな母親の言葉に泰滋も動かざるを得ない。
「わかった。あけるよ。」
仕方なく泰滋は半身を起こし、包みを開けた。中身を覗き込んだ母親は、顔をしかめた。
「なんやそれ、気色わる。」
「焼きハマグリや。」
「なんやそれ?」
泰滋は、母の問いに答えもせず焼きハマグリが入ったビニールを取りだすと母に渡す。
「今夜の晩酌に、良い肴になる。おとうはんに食べさせて。」
「これ、食べ物かいな…おとうはんもよう食べへんと思うわ…。」
母親が指先でビニールをつまんで台所へ持って行こうとすると、ビニールにメモが付いていることに気づいた。
「泰滋ちゃん。これなんやろ。」
受け取った泰滋がその場でメモを開いた。
『いつもお手紙を頂戴しているお礼です。粗末なものですがご家族の皆様のお口に合えば幸いです。追伸、本日お会いできず残念でした。宇津木ミチエより』
「ミチエって…確かこの前の手紙のひとやろ?」
「なんやおかあはん、ひとのメモ覗かんといて。」
「なんでその人から焼きハマグリが届くんや?」
「土産に千葉の名産品を持ってきたんやろ。」
「関西の人やないの?」
「千葉の人や。今、修学…いや、観光で京都に来ていて、こちらに居る合間に会えればと思っていたんだが、忙しくて会えへんかった。」
ミチエが女子高生なんて母が知ると話しがややこしくなる。
「もうお帰りになりはったんか?」
「明後日までは居るんとちゃうか。」
「ならば、お土産の礼を返さへんとあきませんやろ。」
「そこまでせんでええて。」
「いけません。不義理に思われたら心外やし。そうや、阿闍梨餅がええわ。今、買ってくるさかいに…。」
母親は、部屋着を外着に着替えると、いそいそと買い物に出てしまった。
正直、泰滋はミチエと顔を合わせるのが面倒だった。日頃自分のことを手紙で語っている泰滋だ。なにやら言いようの無い恥ずかしさもあり、直接顔を合わせたとしても、何を話したらいいか見当もつかない。本来は『会う』ということには、相手の話しを聞き、相手を理解する目的があるから意味がある。向こうは手紙で自分のこと良く知っているのだから、こちらとしては会う必要も感じない。この自分勝手な理屈は、この時点では彼がミチエに対してなんら個人的興味を持っていなかったことを意味する。
「おかあはん、余計なことせんでいいのに…。」
畳にごろ寝しながらつぶやく泰滋。優しい息子は、いそいそと出かけた母親の顔を曇らせるわけにもいかないことも、よく理解していた。
翌日、泰滋は阿闍梨餅の包みを手に、ミチエの土産を家に届けてくれた学友を探すためにキャンパスを走りまわった。ようやく見つけ出して、昨日焼きハマグリをいただいたお礼に、ミチエに阿闍梨餅を届けてもらいたいと依頼したが、江戸時代の飛脚でもあるまいし、ふたりの間を何度も行ったり来たりする暇はないと、跳ね付けられてしまった。
「泊まっているところ教えたるさかいに、自分で届ければええやないか。」
それもそうなんだが…。泰滋は自分の今の心情をどう説明したらいいかわからない。仕方なく、学友から三条通りに面した日昇館がその旅館だと教えてもらい、みずから行かざるを得ない状況となった。
泰滋は旅館に着いたものの、入口で様子を伺いながら、入るのを躊躇していた。しばらく旅館の前にたたずんでいた泰滋だが、やがて女子高生の姿がまったく見えないことに気づいた。学友に教えてもらったのは確かにこの旅館だ。間違いない。ははぁ、みんな集団で観光へ出てるんやな。泰滋はそう思いつくと、安心して旅館に踏み込んだ。
「あの…。」
泰滋は旅館の法被を着ている玄関番を捕まえて話しかける。
「おいでやす。」
「あの、こちらに修学旅行で千葉女子高生のみなさんがお泊りですやろか。」
「へえ、そうどすけど…。」
泰滋は、阿闍梨餅の包みを差し出した。
「クラスはわからへんやけど、生徒の宇津木ミチエさんに届けて欲しいものがあるんや…。」
「ちょっとまっておくれやっしゃ。」
泰滋の言葉を最後まで聞けない慌てものの玄関番だった。
「いえ、ただ渡していただければそれでええんやけど…。」
慌てて玄関番の背に声かけたが、時は既に遅し、彼は旅館の奥に引っ込むと、なにやら怖そうな眼鏡のおばさんを連れてきた。
「千葉女子高の担任教師だけど、あなた、何の御用なの?」
早口の標準語。ただでさえきつく感じる口調に加え、鋭い眼光で泰滋に詰問する。とんでもないものを玄関番は引き連れてきたと、泰滋は今更ながら来てしまったことを後悔した。ここで逃げるわけにも行かず、泰滋もぎこちないが標準語に切り替えて対応せざるを得なかった。
「宇津木ミチエさんに頂いたお土産の、お礼をお渡ししたいと…。」
「君は誰?宇津木とどういうご関係?」
「自分は同志社の大学生で…、宇津木さんとは文通をさせていただいており…。」
「お土産のお礼って、宇津木はいつあなたにお土産を渡したの?」
「えっ、それは…昨日頂きまして…。」
「昨日?そんな個人的な時間は与えてないわよ。」
「そ、そんな…。」
関東の女はこうもきついものなのか。泰滋はしどろもどろになって言葉を失ってしまった。硬直している泰滋の頭のてっぺんからつま先まで、しばらく眺めていた担任教師だが、やがて値踏みが終わったのか口を開く。
「たしか…宇津木も文通運動に参加しているって言ってたわよね。それで、昨日会ったの?」
「他の文通運動仲間とともにお会いする予定でしたが、自分は行けませんでした。」
「市内の自由見学の時間中かしら…。それで、君はどうしたいんだって?」
「宇津木さんにお土産を頂いておきながら不義理と思われるのも心外でして…このお礼をお渡しいただければと…。」
「君、名前は?」
「自分は石津泰滋といいます。」
「わかった。預かるわ。」
「おおきに。それでは、失礼いたします。」
泰滋は、逃げるように旅館の外へ飛び出していった。
観光バスによる嵐山見物から戻った千葉女子高の一行は、旅館に帰ってくると、部屋にも戻らず食堂に集合した。若い彼女達だ。身なりを整えるより、まず飢えたお腹を満たすことが優先される。引率の先生の号令で、彼女たちは一斉に食事にかぶりつく。食器の音、談笑の声、牛乳を取り合う生徒たちの嬌声。食堂は阿鼻叫喚の谷と化している。仲良し4人組もしっかりと阿鼻叫喚の一翼を担っているのだが、ミチエのノリだけ少しテンションが低い。アオキャンが、そんなミチエの様子に気づいた。
「どうしたのみっちゃん。元気ないわね。」
「べつに…。」
ミチエが軽く受け流すが、感の良いオダチンもそんなミチエの様子を見逃すはずがない。
「みっちゃんは文通相手に会えなかったのが、残念なのよね。」
「べつに、そんなことないわよ。」
「せっかく焼きハマグリ持ってきたのにね。」
アッチャンがミチエいじりに参加して来た。
「でも、失礼よね。1カ月も前からお知らせしているのに、来ないなんて…。」
「用事があるなら、仕方ないじゃない。」
「あらあら、みっちゃんらしからぬ殊勝なお言葉。」
「京都の風に吹かれているうちに、舞妓さんに変身しちゃったのかしら」
忙しく箸を動かしながらも、3人娘のみっちゃんいじりは果てしなく続く。
「おい、そこの4人。」
仲良し4人組の箸が止まった。知らぬうちに担任教師が彼女達のテーブルの脇に立っていたのだ。この担任教師は気配をさせずに近づくことから『忍ババ』というあだ名を持っている。
「お前達、行動計画書になかったけど、昨日の自由見学の時間に、同志社の男子学生と会ってたのか?」
『忍ババ』の思わぬ指摘に、4人の背筋がピンと伸びる。食事どころではなくなってきた。
「どうしてそれを…。」
アオキャンの疑問に『忍ババ』は顎を上げて自慢げに答える
「今日、旅館に宇津木を訪ねて大学生が来たわよ。土産のお礼だと言って、これを持ってね。」
阿闍梨餅の包みをテーブルの上に置くと、ミチエが席から飛び上がった。
「えっ、なんて言う名前の人です?」
「たしか、石津とかなんとか…。」
「どんな人でした。背の高さは?痩せてました?太ってました?」
「いや、背はそんなに大きくなかったけど、中肉中背の、軽快な感じで…。」
「顔は…ハンサムでした?」
「ハンサムと言えば、ハンサムかもしれないが…。」
「どんな目でした?」
「うむ…とにかく優しそうな目だったかも…。」
「どんな声です?」
「どんな声って言われても…。」
「他にはどんな印象でした?」
「印象…憶えてないなぁ。」
「先生!しっかり想い出してください!」
エライ剣幕で詰め寄るミチエに『忍ババ』もたじたじだ。このままミチエが押し通してくれれば、無許可行動の罰も免れられるかもしれない。他の3人の女子高生たちはほくそ笑んだ。
土曜の昼間。ガラガラの山手線で佑樹は前に座っている人物が気になって仕方が無い。細身華奢な体型ながら、とてつもなく長い脚を前に投げ出し、シートに浅く腰かけている。ボロボロのデニムのパンツとワークブーツ。黒のキャップを被り腕組みをしているのだが、見るからに危なそうな印象である。サングラスでその視線の先ははっきりとわからない。一見寝ているようでもあるが、どうも自分を睨んでいるような気がする。
視線を上げると目が合いそうで、佑樹は仕方なく足元に立てたガットギターを眺めていた。ネットオークションで手に入れ、今日楽器の修理工房から引き取ったギターだ。このギター、結局他の競争相手もなく最初の値入れで落札され、1カ月前に届いたのはいいが、良く見るとギターのトップ坂が変に波を打っている。写真では気づかずジャンクなギターを掴まされたと後悔したが、音は確かに出る。とにかく払ったお金の額も文句の言えるような額ではなかったので、クレームも出さず引き取り確認をした。
しかし、どうもトップ坂がベコベコして気になるのでギターの修理工房に持ち込んだ。スタッフが言うには、表甲(トップ坂の裏にある)力木というものが剥がれているとのこと。このまま使用していると確実に楽器として壊れるので修理が必要だと説明された。その修理代金を聞くと3万円かかると言う。佑樹は気絶しそうになった。
『3000円のこのギターを3万円かけて直す価値があるのかな…』
思わず口にした佑樹の言葉に、受付カウンタースタッフは言った。
『表甲が厚目の松単板、特徴的な力木が3本、膠付け。裏板が楓の単板で側板は楓合板、裏板接着は合成接着剤。ごついブリッジがとにかく荒削りで無骨。棹は楓、ペグは32mmの安物。ローゼット、パーフリング、バインデイング(サウンドホールの淵の模様)類はプラスチック。ペグヘッドデザインがまったく野暮臭い。このギター、特に優れているものは無いんですが…。』
『ですが?』
『抱いてみると…なぜかしっくりくるんですよね…。それに力木を直せば、きっと良い音が鳴りますよ。まあ、お客さんが決めることですが…』
それがスタッフのセールストークなのか、本心なのか、判別はつかない。仮に修理を頼んだとしても、修理代をどこから工面したらいいのか。最近友達から紹介してもらった渋谷のホテルの雑用係のバイトがあるにはあったが、僅かなバイト代だから、1ヶ月は働かないと修理代にはならない。長い時間かけて悩んだ末、結局佑樹は1ヶ月後に受け取ることでそのギターをスタッフに委ねた。
今日はその引き取りの日だった。ギターケースを持たない佑樹は、修理工房へ持って行った時と同様、ギターを布団収納用の透明な大きなビニール袋で包んでいた。ビニールから透けて見えるギターを覗き込んで、代金を払って受け取る際に、スタッフから言われた言葉を思い出す。
『このギター、修理してわかったことなんですが…。』
スタッフが首を傾げながらつぶやく。
『えっ、まだ修理が必要な場所があったなんて言わないでくださいよ。』
『いえ…力木を直す際に、トップ坂の裏を鏡で覗いたら、札のようなものが貼ってあるのが分かりました。』
『札って…なんですかそれ?』
『なんか字が書いてあって…』
『えーっ、文字って…なんて書いてあるんですか?』
『判読できないんです。だいぶ年代もんですからね…。』
『まさか、その文字は護符代わりで、実はこの楽器は呪われているとか?』
『耳なし芳一じゃあるまいし…。』
スタッフの例えに、自分の耳もなくなるのかと絶句する佑樹。
『とにかく、ギターの中なんで無理やりはがすわけにもいかず、音にも影響ありませんから、そのままにしてあります。』
ギターの中に文字が書かれた札が貼ってあるのか…。古いギターだけに薄気味悪いと言えば薄気味悪い。佑樹はビニール越しにギターのサウンドホールを覗こうとギターを持ちあげた。
その時彼の前を男が横切ろうとしていた事に気づかなかった。ギターのヘッドが前を通るその男の肘にわずかに当たった。いや、触ったという表現が正しい。
「痛ぇな!」
「あっ、すみません。」
佑樹はすぐ謝ったが、その男を見て息を飲んだ。その風体はまさに盛り場を意味もなくさまようチンピラの態だったのだ。
「おめえ、電車の中でなに振り回してんだよ。」
「すみません。本当にすみません。」
しきりに謝る佑樹だが、男は一向に難癖を付ける攻撃を緩めない。自分へダメージを与えた失礼をなじると言うよりは、もう理由の無い因縁をつけてきているレベルだ。もしかしたら、エライ奴に関わってしまったのか。
「ああ、痛ぇなぁ。痛みがおさまんねぇ。どうしてくれるんだ。」
「どうしてって…。そんなに強く当たったりはしてないかと…。」
「うるせい。人さまの痛みがお前に解るのかよ。」
チンピラの一喝に、関わりたくない周りの乗客がじりじりと距離を広げている。
「すっ、すみません。」
「すみませんばっかり言ってねえで、俺の痛みをどうしてくれんのか具体的に言ってくれよ。」
ひたすら低姿勢で人がよさそうな佑樹を見切ったのか、男は図に乗ってきた。脅して何か利を得ようとしているようだ。
「だいたいカッコつけて、狭い車内こんなもん持ち歩いてんじゃねえょ。」
男は足元にあるギターをこつんと蹴飛ばした。
「失礼でございますが。」
チンピラの背後から声をかけてきた人物がいた。
「あなたは今、何をされましたか。」
チンピラが振り返るとそこにサングラスを掛けた人物が立っている。佑樹も声の主を見上げると、今まで佑樹の前に座っていたあの妖しい人物だった。チンピラは一瞬警戒したが、声をかけてきた奴が自分より背が低く華奢なガタイだったので、また顎を上げて威嚇的に応対する。
「なんだ、てめえ。何か文句があるのかよ。」
「私は、今あなたが何をしましたかと聞いています。」
「うるせえな、変な日本語使いやがって…ああ、ギターを蹴ったがそれがどうした。」
チンピラがサングラスの人物に詰め寄る。
「あっと、もっと落ち着いて話し合い…」
ふたりの間に割って入った佑樹。
「邪魔すんじゃねえ!」
チンピラは、怒声と共に佑樹を弾き飛ばした。
「もう我慢できません。ギターを蹴るばかりか、義無き粗暴をなすよう人は、お仕置きですわだぁー!」
一瞬だったので、チンピラ何が起きたのか解らなかった。目の前に居た佑樹でさえ、あまりにも素早い出来ごとに、正確に起きたことを説明できない。華奢なサングラスの人物は、身体を捻ると電光石火のごときハイキックをチンピラの延髄に食らわした。か細い足腰から繰り出したキックであるから、チンピラが吹き飛ぶようなパワーは感じられなかったが、チンピラは瞬間神経を遮断され、崩れ落ちた。見事に急所に的中したのだ。
このハイキックはどこかで見たことがある。そうだっ、これは、この前のパリのKU1グランプリ、ハントをノックダウンさせたバンナのハイキックと同じだ。佑樹はとっさにそう思った。
「てめぇ…やりやがったな。」
チンピラは、頭を振りながらも立ち上がる様子。山手線のバンナは、さらに身構えてキックの2発目を準備している。佑樹には、その姿勢が眩しいくらいに美しく感じた。このバンナ、とてつもなくカッコいいじゃねえか。しかし周りの乗客の驚く声に我に帰る。このままだと車内乱闘になってお互い警察行きだ。
「ごめんなさーい。」
そう叫びながら、佑樹はバンナの腕を取り、タイミング良く開いたドアから外のホームに飛び出た。チンピラはふらつく足で追い掛けてこようとしたが、電車のドアは閉まりチンピラを乗せたまま走りだしたのだった。
走り去る電車を見送り、ホームでほっと一息つくと、佑樹はバンナに言った。
「先輩、助けていただきまして、ありがとうございました。」
「えっ、先輩?」
見ると佑樹の目が憧れの色できらきら輝いている。
「先輩のキック…バンナのキックみたいでカッコ良かったです。」
「バンナ?あなたも、パリのK―1グランプリをご覧になったの…。」
「先輩もあの感動のリングを観たんですか?」
「もちろんです。しかもベルシー体育館で、生で…。」
「うぎゃー、嘘でしょ。涙でそう。話聞かせてくださいよ。」
「あの日は、パリの空も朝からどんより曇っていて、5月には珍しく蒸し暑く、何かとてつもないことが起きそうな日だったんです。会場内は、試合が始まるかなり前から異様な雰囲気に包まれていて…。」
「ちっ、ちょっと待ってください、先輩。こんな貴重な話し、立ち話しじゃ聞けませんよ。駅出てカフェでも行きましょう。」
「カフェ?」
「行きましょ、行きましょ。」
佑樹は、初めて会ったのにもかかわらず、山手線で出会ったバンナの腕を取って歩きだした。バンナを女性だとわかっていれば、佑樹はこんな大胆なことできっこないのだが、この人物を、男の先輩と勘違いしているからこそ気安くそんなことができたのだろう。
実際、いかに野球漬けで女を知らない佑樹と言えども、普段なら華奢で端麗な体型のこの人物を女性だと疑うところだが、あのキックを見て、しかも生でK―1グランプリを観に行ったと聞いてしまったら、もう女だとは思えない。まこと先入観とは恐ろしい。
一方、バンナはなぜそんな厚かましい彼を拒否しなかったのか。理由は彼が持つギター以外の何者でもない。
賢明な読者はすでにお気づきかと思うが、佑樹がバンナと言っている人物は、汀怜奈である。汀怜奈は、福岡からの帰り、羽田空港から浜松町に出て、山手線で渋谷へ向かう途中、このギターを抱えた若者に出会った。
佑樹を見た最初は、汀怜奈は怒っていた。ギターをビニール袋に包んで持ち歩くとは…。透明ビールから見えるギターは、ガットギターであるのにもかかわらず、ピックガードが貼ってある。ホールの形状とピックガードのエッジがあっていないので、後から張り付けたのだろう。ご丁寧に、ギターの尻にストラップピンまで打ってある。
ガットギターをフォークギターに変形させ、立ちながら弦をピックで掻き鳴らして弾くだとぉ。これはガットギターへの冒涜だ。この若者のギターに対する無神経な感性が我慢ならなかった。
ギターを目で追っていくうちに、若者がギターを持ちあげた角度でサウンドホール内に貼ってあるラベルを垣間見ることができた。汀怜奈は愕然とした。そのオレンジのラベルに『マルイ楽器製造 HASHIMOTO GUITAR 1956年製造』と書いてあったのだ。
それからというもの、汀怜奈はギターと佑樹から目が離せなくなってしまった。なぜあのギターをこんなド素人が持ち歩いてるのか?。そしてサングラス越しに探っているうちに、あのチンピラ騒動に参入することになったのは前述の通りだ。
やがて汀怜奈はこの若者が、なぜか自分を男だと思い込んでいることに気づきはじめていた。通常なら即座に若者の誤解を打ち消すシチュエーションだが、汀怜奈も途中から、ギターと若者との謎を解くためにはこのままが良いと判断したようで、特に訂正もせずカフェの席についた。
「とりあえず先輩は、ビールでいいですよね。」
「えっ、ビール?」
「ここカフェバーだから、生が有りますよ。K―1の話はやっぱビールじゃなきゃね。」
目の前に置かれた冷えたビールグラス。喉が湧いていたのに加え、汀怜奈も嫌いな方じゃなかったので、自然と喉がなる。
「じゃ、とりあえず乾杯。」
佑樹に促されて汀怜奈はひと口ゴクリ。朝の飛行機で福岡から帰り路。朝食もそこそこのスキッパラの汀怜奈には、ビールが相当の速さで五臓六腑に染み渡る。結局、一杯目は一気に飲んでしまった。
佑樹は、汀怜奈のために二杯目をオーダーしながら、話を切り出す。
「先輩、そろそろハント・バンナ戦の話を…。」
「バンナ・ハント戦です…だろ。」
「ええ、実は自分もその感動の闘いを高校の図書館インターネットルームで観まして…。」
「ちょっと…キミ高校生?」
「ええ、」
「だったら、ビールなんかとんでもない。」
「大丈夫ですよ。3年で、もうすぐ大学生です。結構大人顔だから、周りの人も気にしません。」
「君!」
「あ、自己紹介まだでしたよね。自分は佑樹と言います。」
「だから、佑樹さんは未成年でしょ!」
「正直なところ、僕はあのハイキックを繰り出したバンナよりも、顔面を骨折させられながらも、リングの中央に進み出ようとしたハントの方が感動的だったんですが…。」
「ちょっとお待ちになって、それは佑樹さん。KU1グランプリのバンナとハントの闘いの歴史がわかっていない人のセリフだわ…だ。」
佑樹の話しの振りに、汀怜奈がまんまと乗せられてしまった。果たして、汀怜奈はビールを挟んで高校生に、バンナ・ハントの闘いの歴史と史上に残るパリの対戦について、熱く語りだした。
午後5時だと言うのに、汀怜奈はもう出来あがっていた。大好きなK―1の話しをするうちに、自然とビールグラスを重ねていたのだ。佑樹は話しを聞くことに夢中で、ほとんどビールは飲んでいない。それとも先輩を前に自重してるのだろうか。
実際、佑樹は聞き上手だ。眼をくりくり輝かせながら話しを聞いてくれる佑樹を見ると、彼が可愛くてしかたがない。汀怜奈には、兄と妹が居たが、自分に特異な才能があったせいか、あまり兄弟らしく過ごす時間もなかった。兄は自分を化け物扱いするし、ませた妹とはまったく嗜好が違う。今この時のように、カフェバーでビールを片手に、K―1を語り合う経験などまったくない。もし自分に弟がいたのならこんな感じなんだろうかと、このひと時が心地よかった。
アルコールの酔いに心地よく漂う汀怜奈であるが、ふと彼女の頭に、なぜこの高校生と自分は飲んでいるのかと疑問が浮かんだ。そうだ、ギターのこと忘れていた。
「ところで、うっぷ。つかぬことをお伺いいたしますが…うっぷ。佑樹さんの…そのギター…。」
汀怜奈は、ぼやける目をこすりながら、佑樹の横に立てかけてあるギターを指差す。
「ああ、これですか…。1カ月前にネットオークションで手に入れたんですが、修理に出していて、今日受け取ったんです。」
「そうなんですの…か。」
「ところで、先輩。最初から気になっていたんですが、その…日本語の使い方が変なのは、パリの生活が長かったせいですか?」
「そんなことは今、関係ありませんわ…だ。失礼ながら…佑樹さんは…ギターが、うっぷ。弾けるのですか?」
「いえ、まったく弾けません。おじいちゃんに言われて、これから始めることにしたんです。」
汀怜奈は、あらためてギターと佑樹を見つめた。まったく、猫に小判とはこのことだ。
「そっ、そのギター、売ってくださいませんか…。」
「なんです先輩、いきなり。こんなジャンクなギターが欲しいんですか?」
「金は、幾らでも…。」
ふらつきながらも、汀怜奈は財布をポケットから取り出そうと立ちあがった。しかし、財布が無い。
「あ…バッグ…。」
汀怜奈は、チンピラ騒動で飛び降りたから、電車の中に自分のバッグを置き忘れていることにようやく気づいた。バッグの中に、財布も携帯もパスポートも入っているのだ。
「どうしました…先輩?」
急に立ち上がったせいか、汀怜奈の酔いが一気に体中を巡る。汀怜奈は、気を失ってテーブルの上に倒れ込んだ。
汀怜奈は、名も知らぬ河の水面を見ていた。河の流れはゆっくりだがとにかく川幅は広い。なぜかわからないが、向こう岸に行かなければならないと、理由の無い焦燥感にさいなまれながら、汀怜奈は河川敷に立っている。
「何をためらっているのじゃ。」
聞き覚えのあるかすれた声が背後からした。汀怜奈が振り返ると、そこにロドリーゴ氏が居た。スペイン人の彼が、日本語をしゃべっていることが、彼女はまったく気にならなかった。
「汀怜奈、何をためらっているのじゃ。」
「ロドリーゴ先生。どうやったら向こう岸に渡れるかと考えておりまして…。」
「考えるまでもない、その足を進めればよいではないか?」
「ですが…。」
「何を恐れておるのだ。」
「河底は深いかもしれませんし、足を取られたら流されてしまいますし…。」
「見えないものを恐れて、一生ここに留まるつもりか。まず一歩を踏み出し、川底の深さを身体で測れば良い。」
ロドリーゴ氏は、そう言って優しく汀怜奈の背を押した。仕方なく、河の水に一歩踏み出す。思っていたより水は冷たかった。振り返ると、ロドリーゴ氏が笑顔で自分を見つめている。勇気を出してもう一歩。そしてもう一歩。歩んでいくうちに、水面が膝まで、そして腰まで上がってきた。
「先生、これ以上進むのは無理です。」
先生に訴えようと振り返ってみると、いつの間にかロドリーゴ氏の姿はない。
「あっ。」
河の底にある石に足を取られて、汀怜奈は水面に倒れ込む。するとなぜか、河全体の流れが激流に変化する。慌てて、もとの岸に戻ろうともがく汀怜奈ではあったが、もう激流の力にあがなう事が出来ず、身体ごと下流に流された。
もう足が河底につかない。激流に揉まれて、溺れるのは時間の問題だ。水面を叩き、虚しくもがいているうちに、手にあるものが当たった。それを必死に手繰り寄せ、見ると流木である。汀怜奈は身体全体で必死にしがみついた。
これなら助かるかもしれない。そう思ってさらにきつくしがみつくと、汀怜奈の周りの風景が一転する。なぜか激流に流されていた自分が、小さな花が可憐に咲く野原に、流木と共に横たわっている。助かったのか…。汀怜奈の全身の力が抜けた。野花の心地よい香りと大地の柔らかさに包まれ、穏やかなな気分に浸っていると、一対の蝶々が舞い降りてきた。蝶々たちは、流木の小枝の先に留まる。見ると、小枝の先で羽根を休めているはずの蝶々たちが上下にゆっくりと揺れている。なんで…。不思議に思って腕の中にある流木を改めて確認した。あろうことか、その流木は息をしていたのだ。
汀怜奈はここで目が覚めた。腕の中を見ると自分の胸に佑樹が顔を埋めて寝ている。自分の膝の間にパジャマ姿の佑樹の身体がある。自分の服はそのままだったが、佑樹を抱き枕がわりにして寝ている自分を発見して動転した。
「キャーッ。」
汀怜奈の叫び声で佑樹が目を覚ました。
「ああ、先輩。目が覚めました。」
「なんでわたくしがここに?」
「ゆうべ、ヘベレケに酔ってカフェバーで寝ちゃったでしょう。憶えてないんですか?」
「えーっ?」
「財布も免許もなくて、先輩の家がどこかわからないから、自分の家に連れてきちゃいました。」
「でも、なんで佑樹さんがわたくしの布団の中に居らっしゃるの?」
「やだな…ベッドを提供して自分は床に寝てたのに、先輩ったら寝相悪くて、床に落ちてきて…。しかし、スリーパーホールドしながら寝るなんて、さすが先輩、相当な格闘技好きなんですね。」
「キャーッ。」
「あっ、先輩。どこへ…。」
布団から飛び出して再度叫び声を上げた汀怜奈は、佑樹の問いにも答えず階段を駆け降りた。
「ふぁれ?佑樹の先輩。どうふぃました。」
階段の下では、薄くなった頭にタオルを巻き、泡だらけの歯ブラシを咥えた佑樹の父が、不思議そうな顔で汀怜奈を待ちうけていた。
「キャーッ。」
見知らぬ、しかもトランクスパンツにTシャツ姿のむさ苦しい姿の男と遭遇した汀怜奈は、三度目の叫び声を上げ、自分の靴を手に一目散に外へ飛び出していった。
修学旅行から帰ったミチエは、また忙しい毎日に忙殺される。その後、2週間ほどして泰滋から手紙が届いた。泰滋からの手紙を手にミチエの顔に自然と笑みが湧き出る。ミチエは京都で会えなかったことで、気まずくなり、もう手紙が送られてこないのではと心配していたが、また手紙が再開されたことが嬉しかったのだ。
待ち合わせ場所に行けなかった詫び。土産の礼と生まれて初めて焼きハマグリを口にした父がその味に夢中になったこと。しかし、母はそのせいで父の晩酌の量が2倍になったと嘆いていること。ほかに旅館に尋ねた時の様子も綴られていて、旅館での『忍ババ』とのやり取りのくだりは、ミチエも腹を抱えて笑った。
確かに修学旅行は楽しかったが、心残りは、泰滋と会えなかったことだ。ミチエはバスケの練習で上がらない腕に鞭を打って、ペンを握った。
京都の泰滋は、ミチエから返事がきたことに驚いた。そして、手紙を読んでさらに驚く。
『本当にすまないと感じていらっしゃるのなら、写真を送ってください。ミチエ』
頭文も、挨拶もない。欲しいものをストレートに記した、たった1行の手紙。
「えらいこっちゃ、ポートレイトかいな…。」
泰滋が思わずそうつぶやいたのは、何も自分の姿が知れることを躊躇したのではない。当時、写真は貴重品であったのだ。気軽に写真を撮って送る時代ではない。今でこそスマホで写真を撮り、メールで送るなど簡単にできるが、当時は、まずカメラが貴重品。フィルムも高価。撮ったら写真館へ持込み現像、そして焼きつけ。これも決して安いものではなかった。しかも、デジタル写真ではないので、何度も撮り直しができない。綿密に計画を練り、背景と構図を何度も確認した後に、必殺のワンショットを決めなければならない。
しかし泰滋は幸いにも、カメラ、フィルム、そして大学の部室に現像設備を持っている。しばし考え込んだ後、彼は腹を決めて友人達を招集した。ポートレイト撮影プロジェクトが始動した。
ポートレイトのコンセプトは、知性、清潔、躍動、どれでいく?どの背景で、どういう構図で、どんなポーズで…。顔のどちら側から見たら写真映えがするのか。おい、服はどないするんや。などなど、喫茶店で喧々諤々話しあった結果、天気を見計らってチームは北大路橋が望める賀茂川の河川敷に集結した。
河川敷に立つ松の幹に寄りかかり、遥か川面を、若干薄目にしたすずしい眼差しで望む。いくらみんながポーズを注文しても、友達に委ねた自分のカメラの扱いが気になって、ついカメラを見てしまう。友達がふざけてカメラを落とす真似をしたら、泰滋は本気で気絶しそうになった。夏も間近なのに、肌の露出は野暮ったいと、長袖のシャツとVネックのセーターを着込まされて、撮影が終了した時には、もう汗ぐっしょり。もちろんプロジェクト打ち上げのビール代は、泰滋が出した。
現像、焼き付けは泰滋の個人作業。現像液にひたす時間を若干短めにして、写真全体の雰囲気をソフトに仕上げる…。かくして、入魂のポートレイトが完成したのである。
いつもより長めの間が開いて、泰滋からの手紙がミチエの手に届いた。硬い封筒の感触に、ミチエの期待が膨らむ。封筒を開けると、果たして中には日活のフレッシュ男優のブロマイドの様なクオリティで、若者が眩しく写っていたのだ。
『先日新聞部の取材先で、余ったフィルムでついでに撮った写真を送ります。』
手紙にはそう書かれていた。ついで…もちろん読者は、そうではないことをご存知であろう。失礼ながら、写真は実物以上の見栄えを呈している。それができるだけの準備と設備と技術が泰滋にはあったのだ。
そんな写真とはつゆしらず、初めて泰滋を見たミチエの印象は、『なんて優しそうな人なのであろうか…。』である。写真の中に居る青年は、ミチエにとっては、『忍ババ』に詰め寄った時以来、心に描いていた男性への期待を遥かに上回っていた。男と言えば、武骨な兄やバスケのコーチしか知らないミチエは、知的で繊細で、かつ柔らかな眼差しを持つ青年に、知らずと顔が上気した。この写真は、ミチエに生涯肌身離さず持たれたのだから、泰滋にしてみればビール代に大枚をはたいた価値はあったのかもしれない。
泰滋の手紙は、こう締めくくられていた。
『ミチエさんの写真も送ってください。泰滋より』
桜色に上気していたミチエの顔が青ざめる。えっ、私の写真!さて困ったどうしよう…。ミチエには泰滋が持っているようなカメラや資材はなく、あらためて撮影することなど出来ない。
ミチエは机の中を漁って、適当な写真があるかどうか探した。
京都の泰滋は、ミチエから送られてきた手紙を手につぶやく。
「本当に、面白い子やな…。」
手紙は約束通り写真が同封されていた。白い鉢巻に白のシャツ、そしてブルマー。スラリと伸びた健康的な足に足首までのソックスと運動靴。活発に明るく笑う女子高生。しかしそれが、8人ほど写っているのだ。どうも何かの運動大会に入賞した記念撮影らしい。
『先日体育祭で、友達の父兄に撮って頂いた写真です。私だけ映っている適当な写真が無いのでこの写真をお送りいたします。どれが私であるか、当ててみてください。ミチエ』
泰滋は8人のうちの誰がミチエであるか、あえて突っ込んで聞くつもりはなかった。そんな質問は意味が無いような気がしたのだ。泰滋は苦笑いしながら、ミチエは誰であるか目星を付ける。それは、根拠のある推察と言うよりは、この子であって欲しいという願望意外なにものでない。この子であって欲しいが、しかしたとえその子ではなくても、自分が手紙を書く理由に、その子でなければならない理由はない。あくまでもこれは自分の訓練なのだから。
実際のところその日以来、泰滋の手紙のペンのスピードが速まり、筆圧が高まったのであるが、本人は自覚していなかったようだ。
その後も定期的に泰滋からの手紙は届いた。ミチエは、その手紙を読む時に写真を机の上に立てて読む習慣が出来た。読みながら、写真を見ると、写真の中の彼がまるで語っているように感じるのだ。残念ながらその声は聞いたことがないのだが、たとえそれが想像上の声だとしても、ミチエの耳にははっきりと聞こえてきた。
相変わらず日々の暮らしの中から、泰滋が感じ考えたことが、淡々と、そして楽しく綴られている。返事を強要するような手紙はない。それが、ミチエにはありがたかった。あまりにも激しい練習で疲れきって帰宅した時、布団に倒れ込む前に机から写真と手紙を取り出して、前に来た手紙を繰り返し読むこともある。まるで、写真の中の彼が自分を優しくいたわり、そして励ましてくれているかのように感じる。いつしか彼が、ミチエにとってそんな近しい男性になっていたのだが、バスケ一筋で過ごしていたミチエにとっては、それが恋への入口なのだとは微塵も思うことができなかった。
高校球児の誰かさんとは違って、ミチエは真夏の予選を勝ち抜き、インターハイへ。全国制覇は出来なかったものの、それなりの成果を残して、ミチエの高校バスケは終わった。終わった時の彼女の状態は、まさにあの高校球児同様『「明日のジョー」のエンディング状態』である。しかし、彼女はギターを握る必要がない。少し休んだ後、ミチエはペンを握った。
夏の終わりとは言え、まだ残暑の残る京都。泰滋は、ミチエから始めて3行以上の文の返事をもらって戸惑っていた。そして手紙を読んで彼女の生活が変ったことを知った。もとから返事は期待していなかったのだが、そこで初めて、返事を書きたくても書けなかった彼女の事情を知った。
考えてみれは、いくら自分の訓練とは言え、彼女のことはまったく知らない。もらった写真の8人の女子高生のうちの誰であるかさえ特定できていないのだ。それからの泰滋の手紙に、微妙な変化が生じてきた。
『盆地の夏は厳しい。しかし、夏を終えて葉の色を変えつつある街路樹を見ると、京都に育ってよかったのかもしれないと思える時期がやってくる。嵐山の紅葉に比ぶべきもないのだが、青葉から渋い茶色へと変化する葉が、もともと古い京都の木造家屋に妙にマッチするのだ。』
普段であると、ここで終わる文章にひとことつけ加わる。
『ミチエさんは秋が好きですか。』
これは、ミチエにとっては大きな変化だった。私のことを聞いてきたの?戸惑いながらも、時間に余裕の出来たミチエは、返事を書く。
『何でも美味しく食べられるから、秋は大好きです。』
情緒的な問いに、即物的な答え。便箋3枚の泰滋の手紙に便箋1枚、時にはその半分のミチエの返事。お互い発信する情報量は違っても、一方的に手紙を送ってきた以前とは異なる。これはまさにインタラクティブ・コミュニケーションである。
泰滋は徐々にミチエを知り始めた。知れば知るほど、面白い子だ。そして、以前写真の中の8人の中から目星を付けた女子高生が、ミチエであるとの確信がますます強まる。いや、そうであって欲しいという今までに無かった感情が湧いて来た。そして、お互いが、お互いの写真を見ながら、手紙を書くことの意味が、徐々に変わってきた。
『こんなことがあった。君はどう思う?』
『泰滋さんは、なぜそんなことにこだわるんですか?』
自分を語る前に、相手を知ろうとするふたりの手紙。もちろん、問われれば答えるのだが、直接会って話をしない分 自分の気持ちを正直に、そしてスムーズに綴るができる。その意味では、実際に横にいて話すことよりも、深くお互いの心を語り合うことになった。
力説したいのは、ここまでの手紙で、好きだとか恋しいとか、恋愛めいた文章はひとつもないことだ。しかし、手紙をかわしていくうちに、一度も会っていないふたりの間に、着実に何かが育まれていった。
そして、秋も過ぎ、年が明け、ミチエが高校の卒業をひかえ、泰滋も4年になろうかという1952年の3月初頭。春休みとなった泰滋がミチエに手紙を書く。今考えてみれば、それが泰滋が書いたミチエへの、最後の手紙である。
『来週の日曜、東京の多摩川に住む親せきの家に行きます。もし都合が合えば、東京駅でお会いしましょう。』
ミチエは手紙を読みながら、速まる鼓動を押さえることができなかった。
田園調布の汀怜奈の自宅は大騒ぎになっていた。空港から『1週間ほど気晴らしの旅をする。』とメールを残して姿を消した汀怜奈。彼女も子どもじゃないのだからと、無理やり心配する気持ちを押さえて待っていたら、ようやく『明日戻る』とのメールが来て母親は安心できた。
久しぶりに家庭料理を食べさせようと準備して待っていたものの、なぜかJRから連絡があり、汀怜奈のバックだけが家に戻ってきた。その日、夜が更けても帰ってこない。翌朝、いよいよ警察に捜索願を出そうと思っていたら、今まで見たこともないような短髪の汀怜奈が、はだし同然で家に飛び込んできた。家の前に着いたタクシーにとんでもない料金を払ったのは母親だ。
「汀怜奈、あなたいったい何があったの?」
興奮する母親の問いに、どう答えたらいいものか。多少動転気味の汀怜奈は、考えを整理する必要があった。
「お母様。もうしわけありませんが、とりあえずシャワーを浴びさせていただけますか…。」
母親の返事も待たずにバスルームに逃げ込み、汀怜奈は身体に心地よい温水を浴びせながら心を落ち着けた。
自分は何をこんなに動転しているのか…。昨日自分に起きたことを朝から辿ってみる。久留米のホテルをチェックアウト。福岡空港から羽田空港へ。帰りの電車で橋本ギターとの偶然の出会い。痛快なハイキック。助けた男の子にお礼を言われて…。そう、確かお名前は佑樹とかいっていたっけ。K―1の話し。そしてカフェバーへ行って気がついたら、佑樹さんの部屋で、目が覚めた。そうよ、ここですわ。
着衣のままとは言え、男と抱き合って寝たなんて、自分の一生を振り返っても前代未聞だ。でも、ちょっとお待ちください。佑樹さんは今でも自分を男だと思っている。私さえ黙っていれば、村瀬汀怜奈は男と寝たというスキャンダラスなことにはならない。少し気が楽になった。
しかし、思い起こしてみると、電車の中でハイキックなんて笑える話だ。それに自分の話しに目を輝かせて聞いていた佑樹さんは、少し可愛かったかもしれない。年下でコロコロしていて、子犬のようだった。ギターを通じて、常に年上と接していた汀怜奈にとっては、ギターと関係ない分野で気楽に話せた年下との会話は、とても新鮮だった。だから、あんなに飲んでしまったのだろう。
そんなことより、重要なことは橋本ギターとの出会いだ。探し求めていたギターが、よりによってずぶの素人の高校生の手にあるとは…。なんとか、あのギターを手にして、演奏してみたいものだ。その為には…。
汀怜奈は鏡の前で、短く切った自分の髪を梳きながら、しばらく男でいなければならない必要性を感じていた。女として、佑樹の前に現れたら大変なスキャンダルになる。このまま男で通して、汀怜奈だと誰にも知られることなく、なんとかあのギターを手に入れるのだ。
汀怜奈は、自分の乳房を両掌で覆ってみた。小ぶりだが形のよい柔らかな乳房。なのに、なんで佑樹さんは自分が女であることに気づかないのだろう。酔って動けぬ汀怜奈を負ぶって家に戻る時に、背中に当たったろうに。抱き合って寝て、自分のしなやかな身体に触れただろうに。それでも『スリーパー・ホールで寝るなんて、本当に格闘技好きなんですね』とは…。逆に自分に女としての何かが欠落しているのだろうか。
模索があらぬ方向に行き始めた汀怜奈は、首を振って慌てて考えを立て直す。『ヴォイス』の正体を見極めるためには、橋本ギターがどうしても必要だ。巷からは美女の天才ギタリスタと言われている自分だが、あのギターを手にするまでは、女を捨てても悔いはなかった。
バスルームを出ると、リビングングルームで母親が心配顔で待っていた。
「汀怜奈。いったい何があったか説明して頂戴。」
「お母様。先程タクシーに料金を払って頂きましたよね。」
「えっ…、確かに払いましたけど…。」
「領収書をいただけますか、また外に出なければならない用事がございまして。」
母親にどんなに問いただされても、汀怜奈はそれ以上喋ることなく、口元は決意の一文字で、固く閉じられた。
汀怜奈は、佑樹の家の玄関を覗き込んでいた。
今朝は動転していて乗った場所が定かではなかったのだが、領収書から自分を乗せたタクシーの運転手を割り出し、何処から乗ったのかを確認した。そこへやってくると、かすかな記憶をたどりながら佑樹の家を特定したのだった。
「あれ、佑樹の先輩じゃないですか。」
スーパーの袋を手にした男が、そんな汀怜奈に気づいて声を掛けてきた。
「えっ?」
またもや不審な初老の男に声をかけられて身構える汀怜奈。
「そんなに驚かないでくださいよ…。まだ自己紹介してなかったですよね。自分は佑樹の父です。」
「ああ…佑樹さんのお父様。ゆうべはご迷惑をお掛けいたしまして…。」
ここが佑樹の家で間違いが無いようだ。
「突然出ていっちゃうもんだから、佑樹が心配してましたよ。シャワーぐらい浴びていけばよかったのに…。替えの下着なら兄貴の使っていないのがあったんですよ。」
シャワー?男物の下着?とんでもない。しかし、この父親も佑樹同様自分を女だとは思っていないようだった。なんて鈍感な親子なのだろう。
「あの…佑樹さんは御在宅ですか?」
「御在宅ってほどのタマじゃないですけど…残念ながらご不在です。友達と会うとか言って近くのコンビニに行ってますが、すぐ戻ってきますよ。どうぞ勝手に上がって、佑樹の部屋で待っててください。」
これはチャンスかもしれない。汀怜奈は、父親に礼を言って家に上がり込んだ。勝手知ったる他人の家。階段を上がって佑樹の部屋に入る。今朝は気づかなかったが、部屋に入ってみると独特な香りがする。悪臭ではないが、汀怜奈が感じたことの無い香りだ。高校生ながら、これが男の香りと言うものなのだろうか。埃っぽい室内に、様々なものが散在している。母親が片付けたりしないのだろうか。そう言えば母親の姿が見えない。
散らかっているモノから、佑樹の人柄が見えて来る。野球道具。格闘技の雑誌。ビールの空き缶。こいつ家でも飲んでるのか。親は何とも言わないのだろうか。でもタバコ臭くないから、さすがにタバコは吸っていないようだ。いくら男の子の部屋とは言え、付き合っている彼女が居ればそれを感じさせるモノがひとつくらいはあるものだが、そんなものは一切見当たらない。可哀想に彼女も居ないのか。
そして、汀怜奈は見つけた。本棚に立て掛けてある橋本ギターだ。彼女は勇んで駆け寄り、手を触れようとした瞬間、突然部屋のドアが開いた。手を慌てて引っ込める。入ってきたのは父親だった。彼は手にした缶コーヒーを汀怜奈に手渡しながら、にこやかに言う。
「いま佑樹に電話しました。すぐ戻ってくるそうです。」
余計なことを…、そう思う心とは裏腹な笑顔を作り、汀怜奈は丁寧に礼を言ってコーヒーを受け取った。
父親が出ていくと、あらためて橋本ギターと対峙する。外観を眺めると、特段目を惹くものは見当たらない。ホールの中を覗くと、確かにオレンジのラベルには、『マルイ楽器製造 HASHIMOTO GUITAR』とある。自然と汀怜奈の手が震えてきた。いよいよギターを握ろうとその震える手を伸ばした瞬間、今度はドタドタと階段を上がる音とともに、佑樹が部屋に飛び込んできた。
「先輩。来てくれたんですか。感激だな。朝は突然出ていっちゃったから…。」
「あぁ、いや、その…。」
もう少しだったのに…。汀怜奈は、伸ばした手を後ろに隠し、言い淀む。
「実は、高校野球の友達と一緒だったんですが、ぜひとも先輩の話しを聞きたいって、カラオケボックスで待ってるんですよ。一緒に行きましょうよ。」
「えっ、えー!」
汀怜奈は、佑樹に腕を取られて無理やり表へ連れ出される。いざとなったらさすが高校球児の力だ。なかなか抵抗することができない
「おや、先程いらしたのに、もうお出かけですか?せっかく缶コーヒー出したのに…」
そんなのんきな父親の言葉に送られ、カラオケボックスへ。そこでは、果たして身体の大きな高校生が4人ほど待っていた。汀怜奈たちが入ると、直立不動で迎えた。
「御苦労さまでっス。」
狭いボックスの席に、無理やり案内された。
「とりあえず先輩。今日もビールですよね。」
こいつ懲りもせず…。しかしテーブルを見るともう冷えたビールジョッキが準備されていた。
「先輩、まずぐっといっちゃってください。」
「どうぞ、先輩。」
高校生達に促されて仕方なく、ぐっとビールを煽る汀怜奈。実際、シャワーを浴びて家を飛び出してから、ここまで何も口にしていない。喉が渇いていたのも事実だったのだが…。
「それじゃ、さっそくあの朝のパリの天気から…。」
佑樹の振りに仕方なく話し始める。
「あの日は、パリの空も朝からどんより曇っていて…」
「ちょっと待っていただけますか、先輩。」
直立不動の高校生のひとりが汀怜奈の言葉を遮る。
「なんです…?」
「自分ら、座ってお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
なんとガチガチの体育会系の高校生たちであろうか。文化系の汀怜奈には滑稽でもあり、新鮮でもあった。
「よろしい…ぜ。」
汀怜奈は笑いながら話しを再開した。ハイキックのくだりでは、聞いていた高校生のひとりが興奮のあまり話に割って入る。
「先輩、そのハイキックを自分に頂けないでしょうか。どんなもんだが、味わってみたいんです。」
ビールと話しにほろ酔い気分の汀怜奈は快諾した。狭いカラオケボックスのテーブルを寄せて空間を作ると、高校生を立たせて身構えさせる。
「いきます…ぞ。」
汀怜奈がその長い脚からハイキックを高校生の首筋に炸裂させた。充分な態勢から繰り出したハイキックは、今度は柔軟な高校生の肉体を弾き飛ばす。高校生はもろに壁に激突し、崩れ落ちた。しまった、やり過ぎたか…。汀怜奈が心配するのも束の間、額に血をにじませた高校生がへらへら笑いながら立ち上がった。
「先輩、最高ッス。」
ホントか?俺も、俺も。高校生たちは争うように汀怜奈のハイキックを所望した。こいつら面白い。とにかく本気でやっても壊れないのがいい。汀怜奈は楽しくて仕方が無かった。
「おい、佑樹。お前もありがたい先輩のハイキックを頂け。」
ひと通りハイキック体験会が終わると、ニヤニヤしながら様子を見ていた佑樹に、友達が声を掛けた。
「えっ、俺?」
「そうだ。本来はお前が真っ先にいただくのが筋だろう。」
「いや、俺はもうすでに先輩からスリーパーホールドを頂いているからいいんだ。」
それを聞いた汀怜奈が赤面する。
「馬鹿言うな。ちゃんとハイキックを頂け。」
友達に促され、苦笑いをしながらも仕方なくフロアに出ると、佑樹は身構えた。
「先輩。よろしくお願いいたします。」
4人へハイキックを繰り出した疲れもあったが、先程の佑樹の発言への動転も手伝ったのだろう。汀怜奈の繰り出した今度のハイキックは、急所を大きくそれ、身体ごと佑樹にぶつかると、その拍子でふたりとももつれながら床に倒れ込んだ。
床に倒れて気づくと、汀怜奈は佑樹の腕に守られていた。年下とは言え、高校野球で鍛えられた肉体。その腕の逞しさは、シャツの上からでも容易に想像できる。顔は唇が触れんばかりに近づいていた。
「先輩。ビールで酔ったんですか。しっかりしてくださいよ。」
佑樹の言葉に慌てて身を離す汀怜奈。高校生達に助け起こされながら、もう彼女の顔は真っ赤だった。フロアが薄暗いのが幸いして気づかれはしなかったが、席に戻った汀怜奈は、急いで残りのビールを飲み干す。明るい席で顔が赤いことを指摘されてもビールのせいにできるからだ。
「それでは、話の続き、よろしくお願いいたします。」
高校生達に促されて話しの再開。話が終わっても、盛り上がった高校生たちは汀怜奈を帰そうとはしなかった。気がつけば、仲良くなった高校生達と肩を組んで歌っている。
「先輩は何でそんな女みたいな高いキーで歌えるんですか。」
「自分はテレビで見たことがあります…たしかソプラニスタっていうやつですよね。」
高校生たちは自分達の質問に自分達で答える。汀怜奈は、笑顔でいるだけで、まるで嘘をつく必要が無かった。それがまた、彼女の心を軽くし楽しませた。
いつカラオケを出たのか記憶が無い。目を覚ました汀怜奈があたりを伺うと、そこは佑樹の部屋である。腕の中を見るとまた、佑樹が自分の胸に顔を埋めて寝ている。しかもご丁寧にも自分の膝の間に佑樹の身体が挟まっていた。
『また、やってしまいましたわ…。』
今度は冷静に、佑樹の布団から抜け出ると、階段を下りた。
「ああ、佑樹の先輩。おふぁよう。」
佑樹の父親がまた、泡だらけの歯ブラシを咥えて待ち受けていた。
「冷蔵庫に、昨日の飲みかけの缶コーヒーが冷えてるよ。」
汀怜奈はうなだれたまま、挨拶も返さず玄関にあゆみを進める。
「替えの下着を用意したから…。」
汀怜奈は、黙って靴を履くと、ぺこりとお辞儀をして外へ出た。相変わらずうなだれたままだ。
「今朝もか…先輩は、朝おきて顔を洗う習慣がないのかな。」
父親のぼやきを背で聞きながら、今度は電車で家路に着く汀怜奈。連続して無断外泊をしてしまった。さあ、大変だ。お母さまになんて言おう…。どう考えても、母に告げる言い訳が思いつかなかった。
説明 | ||
天才ギタリスト汀怜奈は、ロドリーゴ氏から与えられた命題『ヴォイス』を奏でるギターを求めて、その美しい髪を切った。昭和の時代を生きた人々、そして現在を生きる人々との様々な出会い。悠久に引き継がれる愛のシズルを弦としたギターで、汀怜奈は心の声を奏でることができたのだろうか。 | ||
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