真・恋姫†無双〜江東の花嫁〜(壱六) |
(壱六)
一刀の体調に不安を感じながら雪蓮は連日の軍議に出席し、またその間にも連合軍は曹操を赤壁に誘き出す作戦を決行した。
見えすぎた挑発と小競り合いを繰り返された曹操は連合軍の意図を正確によんでいたがあえてそれに乗って赤壁の手前までやってきた。
「ようやくお出ましか」
祭の言葉に誰もが緊張感を増していく。
「この戦いで勝利した方が天下を取れるわ」
冥琳も緊張しながらも笑みを浮かべるだけの余裕は少しは残っていた。
「当然、勝つのは我らです」
蜀の武将達も同じような緊張感に包まれ、それを打ち払うかのような関羽の一言だった。
だが言った本人ですら自然と力が入っていくのを自覚していた。
そんな両国の武将達がいる中で一刀は一人外に出ていた。
目の前を見下ろすとまるで街そのものがあるかのように活気があった。
ずらりと並んだ軍船。
幾万の天幕。
これから確実に始る戦のための風景。
それを見ていた一刀は誰かが隣にくるのを感じた。
「もう平気なの?」
「呉の総大将が軍議を抜けてきてどうするんだよ」
呆れたように言う一刀に雪蓮は苦笑いを浮かべる。
「ここまできて作戦なんてあったものじゃあないわ。あとは運次第かしら」
「運ねぇ……。雪蓮が言うとなんだか変なよな」
「失礼ね。こう見えても一刀より戦場に出ているんだから」
拗ねていながらも決して笑みを消そうとしない雪蓮。
「でもこれが最後の戦いになると思うよ」
それは曹操も感じていことだろう。
だからこそこちらの挑発に乗ってここまでやってきている。
それも全力で。
「そのための作戦を立てないとね」
「そうね」
平和になること。
それは雪蓮の悲願であることは一刀も知っていたし、その気持ちは同じだった。
「そういえばごめん」
不意に一刀が謝った。
「どうしたの?」
「いや、その腕の傷」
「傷?ああ……これのこと」
毒矢によって命の危機に瀕し、雪蓮の荒治療の時に彼が刻んだ傷。
痣になってしまっており、それを見るたび自分のせいで彼女の肌に傷つけてしまったと後悔ばかりしていた。
「いいのよ。これ位大したことじゃあないわ」
「で、でも……女の子の肌に傷つけたんだぞ?」
それはおそらく一生消えない刻印として雪蓮の肌に残り続ける。
一刀は申し訳ない気持ちになっていく。
「私は嬉しいわよ」
意外な言葉を言う雪蓮。
「だってこれは一刀が私に付けてくれた証そのものだから」
「証?」
「そう。私と一刀の絆の証」
同じ場所をあえて傷つけた雪蓮にとってそれは何よりも二人が繋がっているという証。
あの出来事以来、雪蓮はことあるごとにその痣を見ては誰にも気づかれないように微笑んでいた。
「どこにいてもきっと会えるってやつか?」
「そうね。でも、それは嫌よ」
「なんで?」
「だって離れたくないからよ」
その言葉に一刀は反射的に周りを見回した。
「大丈夫よ。みんなまだ中にいるから」
「そ、そういう問題じゃあないと思うんだけど」
寄り添ってくる雪連に焦る一刀。
最近、二人っきりになるとよく寄り添ってくる雪蓮を拒めない一刀が再度、離れるようにと言おうとした時だった。
「あの〜雪蓮さん、一刀さん」
「へ?」
振り向くとそこには顔を紅くして立っている桃香がいた。
「す、すいません……お邪魔でしたか?」
「い、いや、そんなことは……」
慌てて雪蓮を離そうとするがしっかりと腕を掴まれていて離れない。
そればかりか、どことなく鋭い視線を彼女にぶつける雪蓮。
「桃香、いつの間にに一刀の名前を呼ぶようになったの?」
「え、えっと……宴席の時ですよ」
「ふ〜〜〜〜〜ん」
その鋭い視線を今度は焦る一刀に向ける。
「一刀」
「は、はい」
「蓮華達までなら許すけれど、桃香達に手を出したらわかっているわよね?」
まさにそれは鬼嫁そのものだった。
その気迫に押されて何度も頷く。
「雪蓮さんってすごいですね」
「桃香も覚えておきなさい。旦那様をしっかりと教育するのが妻の役目だってことを」
「はい!」
まだ結婚すらしていない雪蓮の言葉に素直に賛同する桃香。
そして逃げようにも逃げられない一刀。
そんな間抜けな様子を見ていた者がため息混じりに注意をした。
「雪蓮!それに劉備殿。このようなところで油を売っているほど我らには余裕がないことをご存知かしら?」
「桃香様!何処に行っていたのですか!」
冷静に呆れる冥琳と感情を表に出して怒る関羽に、雪蓮は別に気にしていないような表情を、桃香は苦笑いを浮かべていた。
「それと雪蓮」
「なによ?」
「北郷殿はまだ体調が優れないのだ。少しは考えたらどうなの?」
「え〜〜〜〜〜〜、いいじゃない」
「し・ぇ・れ・ん!?」
ここ最近でもっとも珍しく冥琳が綺麗に整った眉が釣りあがった。
「い・い・か・ら・も・ど・り・な・さ・い!」
久しぶりに見る冥琳のマジギレに仕方なく雪蓮は従う。
(桃香達がいなければ間違いなく従わないだろうな……)
安堵しながらもそう考えてしまう一刀。
雪蓮と二人でいる時、なぜか冥琳は普段の冷静な態度がどことなく感じられなかった。
そのことを雪連に追求されると顔を紅くして誤魔化している姿を見て、一刀は不思議でならなかった。
(もう少し穏便になってから言ったほうがいいかな)
桃香から真名を授けられたなんてことを今言えばそれこそ雪蓮が文句を言うに決まっていたので黙っている事にした。
ちなみに桃香がここにきたのは雪蓮を呼びに来たのだと言うことは誰も知らなかった。
自分の天幕に戻って用意されているお茶を飲みながらゆっくりとした時間を過ごしていると、外から冥琳の声が聞こえてきた。
「北郷殿、少しいいか?」
「どうかしたの?」
天幕に入ってくる冥琳の表情はどこか硬かった。
椅子をすすめ自分は寝台に座った一刀はそんな彼女の様子が気になった。
「もう軍議は終わったの?」
「ああ……」
ゆっくりと歩み、椅子に座ることなく一刀を見る冥琳には迷いがあった。
「冥琳?」
「北郷殿、これからいうことは真剣に答えて欲しい」
「それはいいけれど」
何か作戦で問題が起こったのだろうかというぐらいの考えだった一刀。
「それでどうしたの?」
「北郷殿……いや一刀」
冥琳の口から一刀と呼ぶのは寝台を共にする時だけだったために驚いた。
「いつまでも隠し通すことは出来ないぞ」
「な、なんのことだよ?」
いきなりに何を言い始めたのか見当がつかない一刀。
だがその表情には何かを知られてしまったという焦りが浮かんでいた。
「あまりこの周公謹を舐めてもらっては困るぞ」
その声はまるで悲痛を感じさせていた。
「天才軍師様にはお見通しだったか」
諦めるように一刀は答えた。
「いつからなの?」
「最近だよ、俺も気づいたのは」
「なぜ黙っていた」
「下手に言うと雪蓮が物凄く怒ってくるからね。それに今はそんなことよりも戦いに勝つ方が重要だからね」
二人の会話は二人にしか通じなかった。
ただそれだけで冥琳は自分の予測していたことが外れていて欲しかったと思っていた。
「そこまでして……、そこまでして無理をするほどのものなのか?」
冥琳は声を荒げそうになったが、寸前のところで抑えた。
その質問に一刀はこれまで見せたことのない悲しい笑顔を冥琳に見せた。
「だって雪蓮の目指すものだからね」
誰もが平和に暮らせる世の中。
その為に自分を省みない一刀に冥琳は我慢できず、彼にしがみ付いた。
そして声をかみ締め、身体を震わせ泣いた。
「だから雪蓮や蓮華達には黙っていて欲しいんだ」
自分よりも遥かに素晴らしい才能を持ち、呉の大都督である冥琳は答えなかった。
彼が持つ天命というものがあまりにも彼女に衝撃を与えた。
「大丈夫だよ。無理をしなければ問題ないってさ」
優しく彼女の黒髪を撫でる一刀。
「一刀」
「なに?」
「この戦いは勝つ。その後でいい。私にお前の子を宿して欲しい」
「冥琳……」
「これは呉の大都督としてではない。一人の……北郷一刀を愛する女としての願いだ」
彼の身に起こっていることを受け止めると同時に、少しでも彼を残したかった。
涙が溢れ、それを見せまいと顔を一刀の胸に埋めていく。
「ほら、戦の前に泣くと不吉だというぞ」
「……なら、私を安心させてくれ」
顔を上げる冥琳。
いつも稟として引き締まっていた呉の大都督はそこにはいなかった。
ただ一人の女性。
「この戦に勝って生きてくれると約束してほしい」
「うん」
「雪連や蓮華様、それに祭殿に他の者……。みなが一刀を必要としている。それは私も同じことだから。だから……今は生きてくれ」
「うん」
これ以上、冥琳は耐えれなかった。
一刀の首に腕を回し下から唇を重ねた。
いつもの口付けではなく、それは自分達……自分の傍にいてほしいという願いを込めていた。
唇を離すと冥琳と一刀は頬を紅くした。
「冥琳って可愛いよな」
「何だと思っていたんだ?」
「う〜ん、気難しい上司?」
「誰がだ?」
下から見上げてくる冥琳の呆れた表情に一刀は思わず笑ってしまった。
「笑うことなのか?」
「ごめんごめん」
「……馬鹿者」
そう言って二人はもう一度だけ唇を重ねた。
そんな二人の様子を天幕の影から聞いていた雪蓮。
聞いてはならないものを聞いてしまったためにその表情は硬くなっていた。
「お姉様?」
「策殿?」
そんな彼女を見つけた蓮華と祭。
「あら、どうかしたの?」
「いえ、蜀の者達とこれからまた軍議をするのでお姉様と冥琳を呼びにきたのですが」
「そう。ありがとう。蓮華、祭と先に行っててくれる?私は冥琳と一緒に戻るから」
いつも通りの笑みを浮かべるが二人からすればどこか不自然なものを感じた。
だが、それを聞くべきかどうか悩んだ。
「ほら行きなさい。桃香達も戻ってくる頃よ」
「は、はい」
祭を連れて軍議の場に戻っていく蓮華を見送って雪蓮は一つ息をついた。
そして意を決したかのように一刀の天幕に入った。
「一刀〜いる〜?」
ちょうど彼女が目にしたのは冥琳と抱き合っている一刀だった。
「あら、お邪魔だったかしら?」
いつもの意地の悪そうな笑みを浮かべる雪蓮に対して冥琳が真っ赤になって一刀から離れた。
「コホンッ。し、雪蓮。これはね」
「いいのいいの♪冥琳だって一刀の子を宿したいと思っているのはわかっているわ」
「なっ!?」
冥琳は反撃をすることも出来ずにただ体温が上がっていくだけだった。
そんな彼女に笑う雪蓮。
「もう〜油断もあったものじゃあないわね。一刀の子供を一番に宿すのは私なんだから」
「雪蓮……」
「なによ〜?一刀は嫌なの?」
「そ、そんなわけないだろう!」
一刀も冥琳に負けないほど顔を真っ赤にしている。
そんな二人を見て雪蓮はさっきまであった嫌な気持ちは消えていた。
「一刀、体調がいいのなら軍議に参加しなさいよ。みんな、天の国の知識を知りたがっているしね」
「知識っていってもな……。それよりも俺より頭のいい人はたくさんいるよ。ねぇ冥琳」
まだ冷静さが戻っていない冥琳に声をかけると、彼女は一つ咳をする。
「ま、まぁ、天の国の知識があればこの戦を有利に進める事は出来るわね」
「そういうこと♪」
「努力するよ」
そう言って一刀はようやくいつもの一刀らしい笑みを浮かべることが出来た。
「あ、あと、冥琳」
「何かしら?」
「ここですると外に聞こえちゃうから戦が終わるまでは我慢しなさいね♪」
それを聞いた冥琳は絶句した。
「一刀も冥琳が可愛いからって二人っきりになった途端に襲ったらダメよ♪」
まるでさっきのやりとりを初めから見ていたかのように言われた一刀も冥琳と同じく絶句した。
「ほら、二人とも。曹操を倒す前に自分達が倒れてどうするのよ。早く軍議に戻るわよ」
まったくといった感じに呆れる雪蓮に、二人はとりあえず一息ついた。
「行くわよ」
「ええ」
「わかったよ」
雪連に続くように一刀と冥琳も天幕を出て行った。
(座談)
水無月:赤壁編第二話でした。今回は少し複雑な話だと自分では思っていますので読んでいただいた方からすれば「?」と思われるかもしれませんがご了承ください。(ペコ)
雪蓮 :これって何話するのかしら?
水無月:予定では四話ですがそれで収まらなそうですね〜。
雪蓮 :前もってきちんと計画的に書かないから収まらないだけでしょう?
水無月:悲しいけれど言い返せないです(泣)
冥琳 :しかし、かず……北郷殿の身の上に起こっていること、あれはどうするのかしら?
水無月:一応、考えていますよ〜。ただ、色んな予想をされると思いますけれどね。
冥琳 :そう。とりあえずは読んでもらっている人が満足してくれるように頑張りなさい。
水無月:了解です〜。さて次回のお話は赤壁編第三話。いよいよ開戦となります〜。
雪蓮 :とうとう最後の戦いが始るのね♪
水無月:はい。そして様々な出来事がそこで起こる……予定です!
雪&冥:…………。(大丈夫かしら?)
説明 | ||
赤壁編第二話です。 今回は一刀の様子に気づいた冥琳が彼との話の中で天命というものを感じさせられる話です。 少しわかりずらい内容になっていますが、まだネタ明かし出来ないのでご了承ください(><) |
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コメント | ||
素直な冥琳は大好きです^^(ロックオン) このままやったら、華琳と同じような別れになりそうやな?(杉崎 鍵) 冥琳も愛する男の前では・・・・涙に感動しました。(ブックマン) 予想斜め45度の展開を期待していますw(ショウ) 冥琳も一人の女性として一刀と接していくうちに惹かれているんだと思います(^^)(minazuki) 冥琳にまで女の顔をさせるとは・・・ それにしてもフラグ立ちすぎw(本郷) 確かにいろんなフラグが立ってて、この後どうなっちゃうんでしょ^^ちゃんと回収してくださいねw既に話は決まっていると思いますが、ハッピーエンドを期待しています。(だめぱんだ♪) 冥琳が可愛過ぎる…(*´д`)(闇羽) フラグ乱立!少し前にあった一刀と冥琳の夫婦の絵が将来になることをこっそり期待してます。(りばーす) めっさフラグ立ってますねw 無事に終わることを祈っていますwww(フィル) 開戦間近・・・!楽しみにしています!!(toto) いよいよ開戦ですね。この戦いの終結の先に待っているものは・・・・。続きを楽しみにしています(cyber) さて・・・・・ついに開戦の鬨が来ましたね・・・。 戦いが大好きな俺はいま興奮しすぎで、打っ倒れそうですww 最後の予定ではなく、確実に起こる事を祈ってますー^^w(Poussiere) |
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「赤壁」「雪蓮」「冥琳」「一刀」「天命」「桃香」 | ||
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