深み填りと這上姫(下)
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第五章:反省姫

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

 俺が蒼貴を褒めていると声をかけられた。そこを振り向くとさっき戦ったルナのオーナーである女性が立っていた。

 

「あ?」

「貴方、凄いわね。最初は正直、楽勝で勝てると思っていたわ」

「そりゃどうも……」

 

 要するにこいつは俺と蒼貴を侮っていたらしい。確かにこいつはあまり装備らしい装備をしていない。それが無いためにBB弾まで持っていたのだからこれを見りゃ、誰だって神姫をなめているとしか思えないだろう。

 

「あのさ。オーナーカードを交換しない?」

「オーナーカード?」

「オーナーの間で交換する名刺です」

 

 突然の単語に混乱したが、蒼貴がオーナーカードについて説明してくれた。

 それには神姫の公式HP内ででのみ使えるメールシステムのアドレスと簡単なプロフィールが封入されており、メールやティールームでのやり取りが出来るものであるとの事だ。

 それを交換するには登録証にそのオーナーカード用のコードが入っており、それを教えてもらって公式HPの自分のアカウントで登録すると入手できるらしい。

 

「なるほど。んなもんがあるのか」

「貴方、オーナーカードを知らないの?」

「二週間前に成り行きで始めた人間なんでね。戦闘以外の事はあまり知らん。丁度いいから聞きたいんだが、Sランクって何だ? 痛い人形にも階級付けがあるのか」

 

 そう。一度、ここから一度逃げる前、皆、口々に「Sランクを目指す」と言っていた。どうもそれは神姫内では名誉ある称号であるのはわかるが、正確にはよくわからない。

 

「確かにそういう趣味の人の神姫はいるわね。でも出会い頭にそう言われるのは心外だわ」

「そりゃそうだ。失礼」

「大いに失礼よ。で、ランクの事だったわよね。この武装神姫にはS、A、B、C、Exの五つでランク分けされているわ」

 

 鋭い目の女性が説明を始める。

 ランクとは簡単に言えば強さの指標とするための称号であり、規定以上の勝ち星を挙げる事で一定数の戦闘が終了するとランクが上がり、規定の勝ち星に満たない場合はExランクという無差別級に叩き落されるというシビアなものならしい。

 で、蒼貴のランクはCで目の前の女性の神姫であるルナもまたCだった。レベル差はあちらの方が上だがね。

 ちなみにオーナーにもグレードがあり、銅、銀、金、プラチナという順にレベルが上がっていくようだ。こちらの場合はアチーブメントという特定の条件を満たす事でスコアが溜まっていく一定の数値に達するとランクアップしていく仕組みでそうするとパーツの購入や神姫の修理でいろいろな特典がつくらしい。……そういや、蒼貴が勝った時、アチーブメントを達成したって表示があったな。後でそれでもらったアクセスコードを打ちに行っておくか。

 

「なるほど。助かったよ。……ああ。そうだ。オーナーカードだったな。ほら。俺のコードだ」

「ありがと。これが私の。言い忘れたけど私のオーナー名は真那よ。よろしく」

「ここでは尊って名乗っている」

「そう。よろしくね。ミコちゃん」

「ミコ……ちゃん?」

 

 互いに名乗り、オーナーカードを交換した。鋭い目の女性……真那は俺に変なあだ名をつけやがった。俺はそんな人間じゃないってのに……。

 

「いいじゃない。可愛くって。口の悪い仏頂面には丁度いいわ」

「あのなぁ……」

 

 ニヤリと笑う真那に俺はため息をつく。随分な言われ様だ。

 

「で、これからどうするの?」

「とりあえず何回か戦ってこいつの訓練の成果を見てみる事にするさ。一回勝ったからと言って効果がわかる訳じゃあない」

「なるほどね。じゃぁ、その成果を私は見物してもいいかしら? ルナのバッテリーもちょっときつめだしね」

「別にいいぞ。俺らの戦いを他人の目から見てもらうのもいいだろうしな」

 

 なんだかよくわからんが、真那が俺らのバトルに興味を持ったらしい。別に減るもんでもないし、見てもらう事にしておこう。

 

 

 ……一勝をして自信を持った俺と蒼貴だったが、五回の戦闘を重ねた結果、結果は最初の一勝と合わせて二勝四敗というあまり良くない結果に終わってしまった。

 順調に勝てるとは思っていなかったが少々、内容に問題がありすぎた。

 まず一つ目は俺達が装備を知らなすぎた事だ。

 普通の刀剣類や銃火器などを想定していたが、レーザーライフルやランチャーといった重火器、手数の多い二刀流、ステッキによる魔法、さらには土鍋やちゃぶ台といったどうやって使うのかも予想できない武器による特殊な攻撃を仕掛けてくる奴らと多く当たってしまったのだ。

 この時、俺は対処と把握に遅れ、蒼貴に手傷を負わせてしまった。

 二つ目はスキルの存在だ。

 特定の装備にはスキルが秘められており、そのスキルは通常攻撃とは違って予備動作こそあるが、出したら非常に威力が高く、回避不能と謳われる攻撃が多い。

 さらに補助スキル、追加攻撃スキルなど様々な種類のものが存在しているため、それについて打つ手を探さなくてはならない。

 手っ取り早いのは自分も何か買う事なんだろうが、それは無理な話である。こちらは蒼貴の修理に金を出すのが、現状での精一杯だ。

 最後は蒼貴の実戦経験不足だった。

 戦場で戦うという事はトレーニングとは違う経験を得られる。俺はそれを見越して実戦を想定した訓練をさせていたが、やはりそれでは限界があったらしい。

 他にも細かい反省点はあるが大雑把はこの三つが主なものだろう。最後の方は六戦の中で実戦経験をそれなりには積めたために解消し、六戦目で勝利を収められたため、今後はマメに実戦をさせ、スキルの見切り方を研究していく必要があると考えられた。

 

「ざっとこんなとこか……」

 

 俺はティールームで真那と同席し、彼女と紅茶を飲みながら手帳にピックアップした反省点を記しつつ呟いた。

 

「すいません……。負けてばかりで……」

 

 テーブルの上にいる蒼貴は四連敗してしまった事に深く落ち込んでいる様でかなり暗い顔をしていた。名誉挽回のために頑張りすぎだと思うんだがな……。

 

「そんなに落ち込むなよ。最後は一回勝てたじゃないか」

「ですが……」

「うっさいなぁ……。そんなウジウジすんな……」

「やっぱり……こんなヘタレ忍者なんて……きゃっ!?」

 

 蒼貴の後ろ向きな態度に腹が立ってきて蒼貴のつむじを人差し指でグリグリと潰し始めた。彼女は突然の事に驚き、俺を見る。

 

「また捨てるって思ってんのか? んな事する訳ねぇだろ」

「オーナー……!」

 

 俺の言葉を聞いた蒼貴は嬉しさのあまり感激した様子で俺を見つめ始めた。俺は感謝される事をしている訳でもないのに何やってんだか……。

 

「勘違いすんな。お前は俺を深みに引きずり込みやがったんだ。お前はその責任を取ってもらわにゃならん。バラして死ぬとか捨てるとかして逃げようたってそうはいかねぇぞ」

「はい……。ありがとうございます……」

「おいおい……」

「ミコちゃんは素直じゃないわねぇ。普通にその子が大事だって言えばいいのに」

 

 俺と蒼貴が会話していると真那がニヤニヤ笑いながら話に入り込んできた。なにやら勘違いしてくれやがった。勘弁してくれ……。

 

「何、言ってんだ。俺はこいつが頑張りたいって言うから仕方なくだな……」

「その割には結構、彼女の戦術の把握や欠点のピックアップ、戦った後の褒め方、叱り方をかなり考えてやっていた様だけど? でなきゃ多分、全敗だったわよ」

 

 否定は出来なかった。俺は装備で対抗できない分、それを補うために装備以外の要素を可能な限り努力している。戦術、育成法、情報収集を突き詰める以外に自分には勝つ手段が無いのだから。

 

「うっさいなぁ……ん? どうした? 蒼貴」

 

 真那の言葉を適当に返していると蒼貴の様子がおかしい事に気づいた。何かに恐れている。そんな感じがした。

 俺はそんな彼女の視線の先を見る。そこにはなにやら人相も頭も悪そうな典型的な中二病な痛いお方を発見した。

そんな奴の持っているのは砲台型フォートブラッグタイプ。重装備に適正のあり、かなり新しいシリーズに当たる躯体である。蒼貴の言っていたかつての装備をフルセットで装備しているのを見るとどうも奴がこいつを捨てたとかいう奴ならしい。

 

「おい。お前、どこかで見たような顔をしているな」

「あ……」

「おい。蒼貴。まさかあいつが……」

「……はい」

「なるほどな……」

 

 蒼貴の返事で確信した。どうにも今、見ている奴がこいつを捨てた奴ならしい。

 偶然出会うにしてももう少し、先の話にしておきたかったが、見た瞬間、これを終点にするのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 自分の考えが正しいと信じて疑わず、失敗は周りのせいにするという性格が雰囲気からにじみ出ているからだ。

 こんな前オーナーにやれば出来る蒼貴の自由が奪われていたと思うと腹が立ってきた。

 

「そうだ。お前は××××だったな。捨てたはずなのに何でここにいるんだ?」

「それは……」

「お前に見返すためさ」

 

 前オーナーに恐れをなしている蒼貴に代わって俺が宣戦布告を行った。とりあえず嫌でもこいつとの戦いに持ち込んでおく必要がある。

 いや、戦いはもう始まっているんだ。オーナーである俺が進んで先頭に立たなけりゃ、何も出来やしない。蒼貴も付いて来ないだろう

 

「誰だ? お前は?」

「こいつのオーナーだ。聞いたぜ? 相性もろくに考えられないバカなんだってな」

「な!?」

 

 まずは挑発する。こういう単純な奴は適当に悪口を並べれば結構、気にして引っかかってくれる。楽なもんだ。

 

「そいつはCSCの組み合わせが間違っていたからだ! 素体を勘違いしたからじゃないぞ!! それにこいつは俺の言う事を聞かなかったんだ! それだからダメなんだよ! 何度もCSCを組んでも同じだ!」

 

 早速、反応していろいろと言ってくれた。あまりにも呆れたやり口に俺は失笑を禁じえない。こんな事じゃ一生、本当の意味での勝利なんて得られないだろう。

 

「おいおい……CSCのせいにするのかよ? って事は、お前は蒼貴を何度も殺したのか? よくもまぁ、躊躇いも無くそんな事が出来るな……」

「ぐっ……」

「フブキタイプの躯体に重装したり、それをCSCで補ったりなんてのを馬鹿と言わずして何て言うんだよ? それで役立たずでポイ捨てなんて筋違いにも程があるぞ……」

 

 呆れる態度とともにこの前オーナーの弱みを突く。全く。蒼貴も悪いオーナーに当たったものだ。こんなんじゃ、こいつの真の実力を四分の一も引き出せないだろう。

 そして俺は周りを見る。俺達の口喧嘩に野次馬達が寄ってきてそれを見ているが、正論を並べる事でそいつらは俺と蒼貴の味方になってくれている。

 こうした喧嘩を始める時は周りを味方につければ勝とうが負けようが場の雰囲気的に奴は必ず負ける事になる。

 無論、戦いで負けるつもりはさらさら無いがね。

 

「……てめぇ! 勝負しろ!! その減らず口を黙らせてやる!!」

「……いいぜ。こいつの真の力、見せてやるよ」

 

 前オーナーはもう言葉が出ず、早々にオフィシャルバトルの予約をしに行った。

 まずは口喧嘩で勝った。これで周りを掌握し、有利な状況を作り出せた。場の雰囲気を味方につけるのはかなり大きい。はっきり言って神姫とオーナーの精神状態を大きく左右するといっても過言ではないだろう。

 不利な場合、余程の胆力がなくば、雰囲気を覆せやしない。

 

「……あれはどういう事?」

 

 事情を知らない真那が蒼貴について尋ねてくる。

 

「蒼貴はな。元々、あのオーナーのものだったんだ。だが、あんまりにも勝てないから捨てられたのさ。で、俺がこうして拾って面倒を見ているんだ」

「酷い……。役に立たないから捨てるなんて……」

「いるんだよ。これが。それも目の前にな。……短絡的な奴が考えそうなこった。使えなきゃ新品なんてな。神姫に心がある事なんざ全然、考えちゃいないだろうぜ」

「確かにそうね。そういう人、結構いるもの」

 

 彼女と話していてわかる。やはりオーナーと神姫が信頼しあう事が大事であると。CSCでもなく、装備でもなく、心こそが何物よりも重要なファクターだ。

 それがあれば装備なんてものを跳ね除ける事など不可能ではない。

 そう。不可能を可能にする事がそれにはできる。

 

「蒼貴!」

「は、はい!」

 

 俺が蒼貴に喝を入れ始めるとそれに反応して背筋を伸ばす。

 

「今から奴を倒す。意外と早かったが、お前の心の中を巣食う悪魔をぶっ潰す時が来た。お前の修行は何のためだったのか、言ってみろ」

「……勝つためです。あんな奴に私は負けません! 絶対!」

「上出来だ。よし。とっとと片付けようぜ」

「了解」

「待って」

「あ?」

 

 蒼貴に鼓舞していた俺が振り向くと真那は俺に何かを握らせた。

 それを見てみるとそれは神姫用の武装……飛苦無だった。手裏剣とは違い、威力は劣るが、命中率が高く、さらには様々な用途に耐えられる柔軟性をも持ち合わせ、古来より忍者が愛用してきた万能武器である。

 

「アチーブメントでもらったけど私の神姫には不要の装備よ。貴方の神姫の方が上手く使えるんじゃない?」

「助かる。悪いな」

 

 思わぬ贈り物に俺は素直に真那に感謝した。これならば奴に勝てるだろう。

 

「気にしないで。私もそういう人、許せないから」

 

 その言葉を聞き、俺は笑って返した。こうなったからには何が何でも勝つ。これは負けられない闘いになりそうだ。

 

『尊様。C-11においてオフィシャルバトルが始まります。至急、お越し下さい。繰り返します……』

「よし。蒼貴。行くぞ」

「はい」

 

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第六話:逆襲姫

 

 

 早速、勝負と行きたいが、その前に俺はバトルブースに行く前に戦いにおいて得られたアチーブメントをアクセスコード転送施設で手に入れておく事にした。

 装備が多い方が戦術を立てやすいし、単純な戦力強化になる。

 それで俺はのぼりと狐の仮面を入手した。のぼりは防御力の低下と引き換えに攻撃力の大幅な強化をし、仮面は外部センサーが内蔵されており、それによって神姫の反応速度を高めてくれる効果があるらしい。

 俺は両方とも蒼貴に装備させ、武装に苦無を追加した。

 のぼりの方も手裏剣以上に足手まといで目立つ装備だが、これはあることに使えるため、敢えて装備しておく。

 どんな道具にも使い道はあるものだ。

 そして俺と蒼貴は戦場に立ち、前オーナーを睨む。

 

「遅かったな。逃げたのかと思ったぜ」

「慌てんなよ。お前を徹底的に潰す戦略を練るのに少々時間がかかっただけさ」

「減らず口が! やるぞ! アミー!! 無敗のお前ならあんな××××なんざ倒せるはずだ!!」

「了解です! 隊長!!」

 

 前オーナーは俺の言葉にまだご立腹のようですぐに装備を選択し、準備を済ませた。

 

 ――気の早い奴だ……。

 

 俺は密かにほくそ笑む。何秒もせず装備を決定したという事はすぐに準備完了のコマンドを入力した事になる。それはつまり、確実に武装セット1で攻めようとしている事を意味しているに等しい。そうなったら俺はゆっくり戦術、対策を決める事が出来る。

 時間は二分少々あるんでね。

 こちらはCランクでレベルはまだ低い。そしてあちらはBランクでかなりのレベルの敵だ。三十以上の差はある。性能においてはあちらの方が上だ。

 武装セット1を表示してみる。敵の装備は非常に装甲が厚く、高い火力をもった代物になっている。

 蒼貴の情報に食い違いがあるのを見ると捨ててから新たに装備を一新したものと思われるが、思想はまるで変わっておらず、動きは鈍重であり、機動力、回避力が非常に低い。

 これならば真那の時にやった装甲切断も彼女の時以上に容易に出来るだろう。

 バトルモードというらしい強力な可変システムも積んでいるようだが、そんな物になる前にケリをつければどうという事はない。

 

「さて、蒼貴……」

「はい」

「ただ、倒すだけでは意味が無い。全武装を破壊もしくは排除した上で倒せ。奴にお前を捨てた事を後悔させるくらい力を見せつける必要があるからな」

「了解しました」

 

 最大の目的を伝えると俺も準備完了のコマンドを入力する。

 その瞬間、蒼貴とアミーが戦闘フィールドに転送される。今回のフィールドは砂漠だ。本来は耐熱ダメージも存在するのだが、夕方になっているため、温度が下がってダメージが無いものの、足場が依然として砂のせいで悪くなっており、安定した場所は所々に点在する何かの遺跡か廃墟だけである。

十中八九、敵はそこを陣取るだろう。そうしなくては安定した砲撃は不可能だ。逆に一度、砂漠に引きずり込む事が出来れば、自分の重装備によって自由が利かなくなり、一方的な状況を作り出す事が出来る。

さらに遮蔽物として廃墟の壁があり、色々と出来そうなフィールドだった。

 ――腕の見せ所だな。

 俺は早速戦術を巡らせる。今回必要なのは如何にして敵の攻撃を全て回避し、懐に入り込むかだ。接近戦になればまず間違いなく、相手には対応策が無い。

 

「蒼貴。今から言う事を実行したら相手に気づかれない様に接近して近接戦に持ち込め」

『何でしょうか?』

「……だ。いいな?」

『わかりました』

 

 蒼貴に戦術を仕込むと『Ready』の文字が浮かび上がり、数秒すると……

 

『Fight!!』

 

 戦闘の始まりが告げられた。蒼貴とアミー、それぞれが動き出す。

 まず動いたのは蒼貴だ、彼女はいきなり手裏剣をアミーに投げつけた。その投げ方は手元に戻らない事を前提とした全力の投げであり、非常に威力の高いその攻撃はアミーの重装甲に深々と突き刺さった。

 

「いやあっ!!」

 

 アミーは悲鳴をあげ、蒼貴はその間に廃墟の壁の方へと隠れようと移動を開始した。

 しかし、アミーはそれを許さなかった。彼女は手裏剣が身体に突き刺さっているにも関わらず、滑腔砲を構え、それを蒼貴に向かって放つ。しかし、その攻撃は多少の追尾性はあっても弾速が遅く、手裏剣というデッドウェイトを捨てた蒼貴には当たらなかった。

 攻撃を逃れた蒼貴は最初にやろうとした通り、建物に隠れた。

 

「くっ……どこに……。いや……馬鹿? あいつ……」

 

 アミーはロストしたと思ったが、よく見るとのぼりが丸見えで全然、身を隠せていなかった。頭隠して尻隠さずとはこの事だった。

 

「丸見えだ!!」

 

 アミーは滑腔砲をのぼりの見える場所に放った。

 

「きゃぁ!!」

 

 蒼貴は悲鳴を上げ、遮蔽物から覗くのぼりがその場から動かない。このままでは一方的にやられるだけである。

 アミーは、これはしめたと思ったのか、滑腔砲やアサルトライフルを一斉射撃する。建物にどんどん穴が空けていき、防御できるだけの遮蔽物が失われていく。

 

「ううぅっ……嫌ぁ!」

 

 そうなる前に逃げるはずなのだが、のぼりは一向に動こうとする気配を見せない。蒼貴の方はただ、恐怖し、悲鳴を上げる弱腰な反応を見せている。攻撃を加える度に悲鳴が大きく響き、もはや一方的な蹂躙と化していた。

 アミーはこれほど一方的な展開に呆れを見せ始めている。テンションゲージも低下を始めていた。それもそうだ。大口を叩いておきながらこのザマなのだ。無理も無い。

 

「すぐに終わりにする。せめてもの情けだ」

 

 彼女はため息をつくと滑腔砲を構え、じっくりと照準を合わせ、それを撃ち出した。滑腔砲の弾は真っ直ぐのぼりの方へ突っ込み、爆発して遮蔽物である廃墟が……崩れた。

 

「あっけねぇな。××××はよ。え? 大口叩きさんよ?」

「いいや? そうでもないさ。……蒼貴!」

 

 俺が叫んだ瞬間、なんと丁度、アミーの背後にあった遮蔽物から蒼貴が飛び出してきた。アミーはのぼりに夢中で完全にこちらの真の狙いに気づかず、完全な不意打ちを喰らう形となった。

 

「な!?」

 

 ようやく背後の存在に気がついたアミーは突然の奇襲に驚愕する。

 全てはこのための布石だった。わざと目立つのぼりを装備し、それを遮蔽物にこれ見よがしに置いておく事であたかも蒼貴はそこにいるかの様に見えてしまう。そして、恐怖の混ざった悲鳴を上げさせる事で攻撃に反応がある事を植えつけておけば、もはや崩れていく遮蔽物の向こうに蒼貴がいるとしか思えなくなる。

 そして反撃もせず、ただ、怯える事で相手を失望させ、テンションゲージ上昇を抑えられる。こうすれば奇襲時に突然、変形される事もない。現にテンションゲージは四分の一にも満たない所で上がり下がりをしている。

 無論、悲鳴は演技であり、蒼貴は囮であるのぼりが一方的に射撃される中、廃墟の中に姿を隠してアミーの背後に慎重に回りこんでいたのだ。彼女はそのための全ての行動を一瞬たりとも恐怖せず、冷静にやってくれた。

 演技で引っかかるかもしれないと思っていたが上手くいってよかったぜ。

 迫真の演技だったぞ。蒼貴。

 

「反撃開始です」

 

 蒼貴は腰鎧に仕込んだ苦無を取り出し、それを三本、アミーに投げつける。それは一直線に飛んでいき、装甲の隙間に入り込んで素体に突き刺さった。

 

「ああっ!! ……この!!」

 

 アミーは近接戦用のハンドガンを取り出そうとホルダーに手を伸ばそうとした……しかし、関節が動かなかった。

 

「何故!? ……はっ!!?」

 

 そう。素体に突き刺さった箇所は肘関節だ。突き刺さった苦無がそこに食い込み、動きを阻害しているのだ。それによってアミーの手にハンドガンは届くことは無く、蒼貴の一方的な攻撃が始まった。

 まず、蒼貴は鎌を滑腔砲の発射機構に突き刺した。主装備であるそれは発射機構が破壊され、使用不能となる。

続けて彼女は懐に入り込み、アミーが取り出そうとしていたハンドガンを盗み出し、それで適当な場所を撃って彼女を肉薄する。

 

「調子に乗るな!!」

 

 アミーは関節を無理矢理曲げる事で苦無の束縛を逃れ、アサルトライフルを取り出して反撃した。しかし、蒼貴はそれを回り込む事で回避していく。

 完全な重武装であるアミーはある程度の装甲しかないルナよりもはるかに旋回性が無い。高機動型であり、至近距離にいる蒼貴にとってはアミーの攻撃など回り込むだけで容易に回避が出来る。

 

「アサルトライフルを手放させたらアーマーを削っていけ」

『了解』

 

 短い通信を終えると蒼貴は鎌を投げつける。それは円を描いて回転し、アサルトライフルを弾き飛ばした。

 武装を解除させられたアミーはそれを見ると装甲でものを言わせたタックルを仕掛ける。

 蒼貴は素早く右へ移動する事でその攻撃を回避し、ハンドガンでアーマーの隙間を狙い撃ちながら、ブーメランの様に戻ってくる鎌をキャッチする。そしてそのまま、それで背後からプロテクターを斬りつけ、それを剥がした。

 さらに後ろに回りこんでもう一枚剥がしてアミーの装甲を削り、弱体化させていく。少し経つと彼女はほとんどの無い状態となり、防御力が大幅に低下した。

 

「敗北を認めてください」

「くっ……誰が!!」

 

 蒼貴の降伏勧告を受け入れないアミーはなんとバックパックのレッグを展開した。普通ならありえない事だが、追い詰められた事でテンションゲージが急上昇したようだ。だが、すでに滑腔砲を破壊したため、絶対命中と謳われる砲撃は不可能だ。何をする気だ……。

 

「てぇい!!」

 

 なんと展開したレッグをサブアームとして使い、打撃を仕掛けてきた。その出力は砲撃を支えるだけあって強力であり、その攻撃は重量の軽い蒼貴をいとも簡単に吹き飛ばした。

 

「ぐっ……」

「蒼貴!」

 

 俺は急いで蒼貴のパラメータを確認する。彼女の装甲は薄いため、今の一撃は大きなダメージになっていた。動くのには支障はないが、かなりの痛手になっている。

 吹き飛ばされた蒼貴は鎌を手放してしまった上にダウン状態で動けなくなっている。このままでは……。

 

「これでとどめだ! 隊長の怨念! ××××!!」

「私は……」

 

 その時、過去の名を聞いた時、蒼貴は動き始める。

 

「オオオォォッ!!」

「私の名は……!」

 

 蒼貴は間一髪の所でダウンから立ち直ると丁度、手元に落ちていたアミーのアサルトライフルを握り締め、身体を転がす事でアミーの強力な一撃を回避し、そのまま奪った武器であるアサルトライフルとハンドガンを持ち主である彼女に向けて一斉射撃を仕掛けた。アサルトライフルは素早い連射で、ハンドガンは的確な射撃で素体にダメージを与え、アミーの攻撃と動きを封じた。

 

「くっ……」

 

 そして蒼貴は素早く立ち上がり、アサルトライフルを遠くへ投げ捨て、まだ持っていたハンドガンを腰鎧の裏にしまい、バックパックに突き刺さっていた手裏剣を抜き取り、それを両手で握って右アームの間接部分を殴りつける様に斬りつけ、そのまま突き刺す事で右アームを破壊した。

 

「××××なんかじゃない!」

 

 さらに蒼貴は壊れた事によって移動しても安全になったアミーの右側に回りこむと放り出してしまった鎌を拾い上げ、それを左アームの駆動部分に突き刺し、それも破壊する。

 

「私の本当の名は……オーナーから授かった大切な名は……」

 

 そして鎌を突き刺したままにしておき、ハンドガンを取り出すと足に連射する事で移動を封じ、アミーを跪かせる。これでもはやアミーに攻撃手段は残されてはおらず、反撃のしようが無い。

 

「蒼貴だ!!」

 

 そしてハンドガンを捨て。腰に仕込まれた最後の苦無を両手に持ってそれを首にある……人間で言う所の頚椎に全力で突き刺した。

 その一撃によってアミーは体力を失い、大きい音を立てて砂漠に倒れた。

 

『WINNER』

 

 その表示が俺の前に出された。

 

「ヒヤヒヤさせやがって……」

 

 間一髪だった。あの時、瞬間的にダウンから復帰できなければ頭部を叩き潰されて負ける所だった。

油断をしていた訳じゃないが、相手も奇想天外な攻撃を仕掛けてくるのを予想していなかった。俺もまだまだ判断が甘いと反省しなくてはならないだろう。

 しかし、蒼貴は前のマスターとの決別をし、それを乗り越えて見せた。今回はこれだけでも大収穫だった。

 

 こいつは間違いなく、蒼貴の完全勝利だった。

 

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第七話 決別姫

 

「ば、バカな……」

 

 前オーナーは呻く様に言葉を漏らす。それは自分の思い描いていた未来とはまるで違う展開だと思っていたに違いない。

 そりゃそうだ。この俺が育てた蒼貴はフブキという躯体のポテンシャルを極限なまでに活かしている。それに素早い事を活かして武器を盗んだり、武器を破壊したりと相手の弱体化を考えた戦術を仕掛けている

 

「おい。お前のだった『役立たず』が勝っちまったぞ? 装備は充実していてレベル差もあった。おまけに戦績はお前の方が上だ。にも関わらず装備を全て壊され、なす術もなく、攻撃が命中したのはさっきのパンチだけ。無様としか言いようが無いな」

「ひ、卑怯だぞ! 武器を奪ったり、武器を壊すなんてルール違反だ!!」

 

 前オーナーは俺の型破りな戦い方にルールという後ろ盾を使って批判しようとした。

 奴にとってそれは論外の戦術だったに違いない。力こそが正義であり、勝てるのは装備を充実させているからだと思い込んでいるのだから。

 だが、蒼貴は知恵と技で勝利した。それは前オーナーにとって、あってはならないとだという事になっており、それをマニュアルにこじつけているのである。

 

「何を言ってんだ? あんた。マニュアルには目を通しているつもりだが、そこには『武器を盗んではならない』とか『武器を壊してはならない』とは書いていないぜ」

「こ、これはウチの神姫同士の戦いだ! 戦績には入らない!!」

「訳わからねぇぞ。捨てておいて何を今更。……そうだ。蒼貴の意思を尊重してみようか。おい。俺とあいつ、どっちがお前のオーナーだ?」

「もちろん。オーナーは貴方です」

 

 俺が尋ねると蒼貴は一瞬たりとも迷わず、俺に顔を向けた。

 俺はその反応に満足すると前オーナーにニッと笑いながら流し目で見てやる。

 

「だとよ。神姫の自由意志もこっちにある。完全に蒼貴は俺のものだ。って訳でお前の敗北だ。それも惨敗な」

「ぐっ……だが……」

 

 そう言おうとした瞬間。周りからざわめきが広がった。そう。自分の敗北を未だに認めないマスターの態度に冷ややかな気持ちを持ち始めているのだ。

 その辺の下ごしらえは戦闘前に終わらせてあるため、周りはあの前オーナーが自分の敗北は自分の神姫のせいであると思いこんでいる小物にしか思えない。

 

「くそ! 覚えてろ!」

「待った」

 

 俺は逃げようとする前オーナー達に待ったをかけた。

 彼は随分とご機嫌斜めなお顔で振り返る。

 

「あ!?」

「お前じゃない。アミーに用がある」

「な、何だ?」

 

 まさか自分に声をかけられると思っていなかったアミーは驚いた様子で俺に返事をした。

 

「後はお前次第だ。そのオーナーを成長させられるかどうかはな」

 

 そう。このままにしては成長なんて望めない。それにこいつもまたリセットされたら敵わん。この敗北を知っている『この』アミーにこそ成長の鍵がある事を彼に気づかせておく必要がある。

 

「え?」

「お前のオーナーはこの瞬間、奈落の底にまで落ちてしまった。それをどうするか、道を示してやるのは神姫であるお前にしかできないこった」

「……わかった」

「死ぬなよ」

「……はい」

 

 念を押すと俺はアミーとそのオーナーが去っていく姿を見送る。願わくは、この敗北で神姫に対する考えを改めて欲しいと思いながら。

 そうして俺と蒼貴の勝つべき戦いが終わり、観客は去っていく。散って行く彼らはどうにも俺と蒼貴の事を口々に噂し始めている。

 これで有名になったら困るんだがな……。

 

「ミコちゃん。おめでとっ」

 

 そんな中、真那が俺に話しかけてきた。「俺が勝てなかったとか思っていた」なんて推測してみる。

 

「貴方なら勝てると思っていたわ」

「意外だな。あれはひっくり返せないとか思ってたんじゃないのか?」

「そんな訳無いじゃない。ひっくり返せる事を証明したのは貴方でしょう?」

「そりゃそうだが……」

 

 それは流石に否定しない事にする。そうするしか俺の戦い方は無いのだから。

 

「でしょ? だからあんな火力馬鹿になんて負けないって。そういえばなんであの神姫に声をかけたの?」

「……あいつに死なれたくないからさ」

「そっか……」

 

 俺の言葉を聞いた真那は少し暗い顔をした。そう。あいつは何度もCSCを外す……つまりは神姫を殺している。そんな彼がこの敗北をまた、神姫のせいにし、逃げれば何の罪も無いアミーは……死ぬだろう。

 

「また、CSCのせいにしたらまたあのオーナーは神姫を殺す。それだけは止めておきたかった。あの言葉がどこまで通用するかはわからんがな」

「届くよ。きっとね」

「根拠も無くよく言えるもんだな」

 

 何を思ったのかは知らないが俺の言葉を肯定する真那の言葉に俺は皮肉を漏らす。

 

「無いからこそよ。だから信じるって事が出来るんじゃない?」

「……そうだな」

「オーナー……。私が死にたくないと願ったためにそれがアミーさんを……殺してしまうのですか?」

「そいつは……イエスやノーで答えられることじゃないさ。お前は自分が役立たずではないと証明するために戦った。アミーはオーナーの無敗神話に守るために戦った。そしてお前がアミーの思いを踏み台にして自分の思いを叶えたんだ」

「そう……なんですか……」

 

 まず突きつけた事実にやはり自分のせいでアミーが酷い目にあうかもしれない事を知った蒼貴はとても暗い顔をした。自分がそうされた事でわかるからこそ余計に辛いのだろう。

 

「だがな。それでお前が情けをかけて負けたとしてそれが彼女のためになると思うのか?」

「それは……」

 

 そう。まず、蒼貴は一方的にやられる演出をして見せた。そうしてアミーが思ったことは何だったのか?

 ……それは失望だった。

 彼女は自分の思いのために一生懸命になれる奴だとたった一回の戦いで俺は知る事が出来た。そんな奴に手を抜けるだろうか? いや、抜けない。抜く訳にはいかなかった。全身全霊を持って完膚なきまでに倒す事が彼女に対してのせめてもの敬意だ。

 最初は計画だったが、その内、彼女の熱い戦いの意志に応えるための表現にそれは変わっていたのだ。

 

「あいつはこれから考えるだろう。打ちひしがれたあのオーナーと共にな。それで何が得られるかは知らない。だが、これまでに無い経験になったはずだ。だからな。蒼貴」

 

 俺は一旦言葉を切ると彼女の頭を撫でてやりながら、

 

「俺達に出来るのはそれでもなお、立ち上がる事を願ってやる事なんじゃないのか?」

 

 何をすべきか諭す。これが俺に出来る精一杯だ。すまないな。

 

「はい……。オーナー……。ごめんなさい……。ごめんなさい……っ」

 

 そうすると蒼貴は泣き始めた。涙を流すわけではないが、泣いているような顔をして俺にすがってきた。

 

「泣くな。お前は別に悪い事をしたんじゃないんだ。そいつはわかっているからよ」

「そうよ。貴方はミコちゃんの想いに応えたくて一生懸命頑張っただけなんだから。めそめそしなくていいの」

 

 泣いてばかりの蒼貴を俺と真那は出来るだけ優しく慰めてやる。

 こいつは優しい。それは、人は甘いというだろう。だがそうだとしてもこいつにはこのままでいてもらいたい。

 そういう心こそがこの世知辛い世の中には必要なのだから。

 

 

 ティールームに移動し、しばらく蒼貴が泣き止むのを待った。

 その頃には真那の神姫 ルナも腕の修理が終わって、蒼貴の近くについていてくれた。そんな想いに囲まれた蒼貴は真那とルナの優しさのおかげで泣き止んだ。

 ったく……随分と手間のかかるガキンチョだったぜ……。

 

「私のいない間にそんな事があったんだね。蒼貴ちゃん」

 

 ルナが蒼貴から話を聞いて同じ神姫としてその話を重く受け止め、頷いた。

 確かにこんな自分勝手な人間達の生んだこの悲劇とも喜劇とも言えそうにないこんな話は神姫にとってはろくなものではないだろう。

 神姫は物であるという考えがそこにはあるのだから。人と神姫という冷酷なまでの大きな差が目の前に今、立ち塞がっているのだから。

 

「はい。でももう大丈夫です。お手数をかけました」

「全くだ。メソメソ泣かれたおかげで俺は変な目で見られちまったじゃねぇか」

「その割にちゃんと道を示してあげているのは何でかなぁ?」

「うるせぇ……」

 

 俺が蒼貴に勘違いされないように憎まれ口を叩くが、真那の奴がそれを台無しにする。それを聞いた蒼貴は俺に泣きはらした顔を笑顔に変えて俺を見つめてきた。

 俺はそれにやれやれとため息を吐くしかなかった。

 思いっきり勘違いしやがって……。

 

「さて、もう湿っぽいのは止めにして祝杯でも挙げに行かない? 居酒屋なんかがいいな。手っ取り早くていいでしょ? お酒も飲めるし」

「おいおい。行く事確定かよ」

 

 俺は真那の切り替えの速さと強引さに大いにずっこける。何だこれは。新手の逆ナンパかよ。

 

「あら? 女の子の誘いを断るの?」

「あのなぁ……」

「お似合いです」

「蒼貴っ!」

 

 ボソッと漏らした蒼貴の言葉に俺は思わず叫んでしまった。何でこんな強引な奴と……。

 

「あははっ。話がわかるじゃない。蒼貴ちゃん。さぁ、四人で乾杯よ!」

「……わかったよ。ったく」

 

 もう全てを諦めた俺は仕方なく、真那と共に居酒屋にいく事にした。そこで俺は色々と飲まされるわ、それが終わったらカラオケで歌わされるわで凄まじく疲れる羽目になった。

 そしてそれが終わる頃にはもう午前零時になり、自分の部屋に辿り着いた時にはもうグダグダになってベッドに横たわるしかなくなった。

 もう……うんざりだ……。

 

 

「あの酒豪女……俺を殺す気か……」

 

 改めて俺は、今は近くにいない真那に恨み言を漏らす。彼女はいくら酒を飲んでも酔って倒れず、飲み続けていたのだ。

 そんな奴に巻き込まれれば恨み言の一つも言いたくなると言うものだ。

 

「お疲れ様です……」

「全くだ……。労ってくれるのはお前だけだぜ……」

「あの……」

「何だ?」

「今日は本当にありがとうございました」

 

 蒼貴は突然、正座をすると深々と俺に頭を下げた。

 

「何だよ。改まって……」

「あの時、前のマスターを前にして私が怖がっていた時、貴方が先頭に立って真っ向から立ち向かってくれました。だから私は立ち上がる事が出来たんです。それに戦った後の後悔も貴方は断ち切ってくださいました。だから……」

「その先は言うな」

「え?」

「俺はきっかけを与えてやったに過ぎん。それで立ち上がったのは他でもないお前自身の力なんだ。誇っていい。お前はお前自身の力をやっと手にしたんだ」

 

 そうだ。俺は単に蒼貴の成長の力を信じてここまで育ててきたのだ。俺はお前が部屋に迷い込んできてから今までお前が悩みながら、迷いながら、修行を重ね、俺の言葉を聞き、俺に勝利をもたらすために頑張っていた事を俺はしっかりと見ていた。

 それは俺がくれてやったものでも何でもない。蒼貴が蒼貴なりに造り上げた蒼貴だけの力なんだ。俺がやった事いえばデータ収集とアイデアトレーニングの構築ぐらいなもんだ。

 

「……はい。ありがとうございます」

「わかったらお前もクレイドルに行きな。一回、急速充填したとは言え、そろそろバッテリーもヤバいだろ?」

「わかりました。あの……」

「何だ?」

「……いえ。何でもありません。……おやすみなさい」

 

 蒼貴は何か言いかけて止めると恥ずかしそうな顔をしてクレイドルに横たわった。

 一体、何を言いたかったのだろうか。俺は色々と巡らせてみたがあまり思い浮かばなかった。……変な奴だ。

 俺はその考えをやめると蒼貴を見やる。彼女が俺の部屋に紛れ込んでからというものいろいろと忙しくなった。表の普通の生活と裏での蒼貴の特訓の二重生活は結構、応えるものだ。体面も気にしないとならないし、無茶苦茶面倒極まりないものだ。

 しかし、こいつは必死に頑張って俺に応えようとしている。そして今日は俺に晴れ姿を見せてくれた。それで勝利した時は本当に楽しかった。知略を尽くして敵を出し抜いた時は心が高揚したもんだ。

 

 

 ―― ……深みに填っていく気はするが、これはこれで……悪くない……か?

 

深み填りと這上姫 ―終―

 

説明
深み填りと這上姫の後半になります。ちなみに蒼貴とは蒼い貴石 サファイアが由来になっていたりします。
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