ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」02 |
色々と考えさせられる謎を秘めたユーシーズなのだが、エディはすっかり魔女たる少女が側にいることに慣れていた。始めはついつい実際に声が出ていたエディも、今では心中で言葉を思い浮かべることで、ユーシーズに言葉を伝えることが出来ていた。その言葉遣いも、まるで友人に対するかのような気軽なものにいつの間にか変わっていた。自分から「一緒に来ないか」と誘ってしまったのだが、まさかここまでユーシーズとの生活に馴染むとはエディも思っていなかった。
名高い魔女であるはずのユーシーズも、エディの投げやりな言い様に、くくくと、喉を鳴らすような卑下た笑いを漏らす。
〔学内ももう飽きてしもぅた〕
(もうって、結界から出てきてまだ数日しか経ってないじゃない)
〔じゃがのぅ、学道など昔からそう代わり映えせんし、主以外に誰も相手をしてくれん。これを暇と言わずして何とする〕
(とても数百年間地下に眠っている人の言い草とは思えないんだけど……)
〔それとこれとは話が別じゃ。のう、主。いつまで書を読み漁るかのかえ? 早う部屋に帰ろうぞ。まだマリーナとやらの付与魔術の仕込みを見ていた方が退屈せん〕
そういえば、確かに部屋でマリーナが魔法作業をしているときは、ユーシーズは側でその作業をじっと見ていることが多かった。
(だから一人で帰ればいいじゃない。別に私に憑いている背後霊じゃないんだし、一人で飛んでいけるんだから勝手に帰れば?)
普通なら高名な『魔女』が幽霊呼ばわりされれば激怒しそうなものなのだが、ユーシーズは
〔つれない奴をのぅ。そんなだから友があの同居人しかおらんのじゃ〕
と、皮肉まじりの言葉を吐いて目を細める。
(う、うう、うるさいなぁ。本読んでるときぐらい静かにしてよ……)
そう内心言ってみても、エディの動揺は筒抜けだ。ユーシーズは口元を緩めてにやついた。
〔大体のぅ。主にはこんな書庫で厚き書を漁る前に読むべき物があるじゃろぅ。部屋の机に並べてある基礎魔学の教本は飾りかえ? 講義への勉学ならともかく、一体何を読んでおるのやら〕
ユーシーズの言葉にエディはどきりとする。
今読んでいるいるのは『魔女の年代記(ウィッチ・クロニクル)』と題される百科事典のような仰々しい装丁の書物だった。エディがその本を図書館で探して取ってくる間もずっと側にいたユーシーズは、その本が何であるか知っているはずだ。それなのにそのことは明言せずに、わざわざ皮肉で言った幽体の魔女の心中を、エディはなんとなくだが察することが出来た。
エディは口にしなかったが、ユーシーズの過去、魔女としての彼女が何をしてきたのかを、わざわざ大陸一魔道書が集まるバストロ魔法学園の図書館に来て調べているのだ。思ったことが幽世の者には聞こえる声となってしまうエディなのだから、もちろんユーシーズには伝わっているはずだ。しかし、彼女はそれを止めることなく、エディの行動を静閑していた。
それでも自分の魔女としての過去が調べられるのを快く思っていないであろうことはエディにも想像出来る。自らに置き換えてみればそれは瞭然だ。
エディは学園に入学する前の山里暮らしなど、人に話したいとは思わない。何もない山間の集落で、毎日毎日同じような農作業しか待っていない生活は、人によっては拷問のように絶えがたい苦痛を感じさせるものであった。と、エディ今にして思う。
もちろん、そこに住む人々にとっては当たり前の日常の繰り返し。それが山に生きるということだと理解はするが、魔法使いを夢見てしまったエディには既に過去の産物だ。人から聞かれればエディも渋々に答えるが、山里の暮らしぶりにはあまり触れられたくない思いはある。
高々落ちこぼれ魔法使いの身でもそうなのだ、それが欧州相手に戦争をしていたという魔女ファルキンなら尚更だろう。数百年がたった今、過去を蒸し返されたくないというのも頷ける。
(……わかったわよ。帰るわよ)
〔うむ、それがいい〕
本当に退屈だったのだろう、それだけでユーシーズはにこやかに機嫌のいい声を返した。
図書館に用意された閲覧用の机から立ち上がるエディ。読んでいでた『魔女の年代記(ウィッチ・クロニクル)』を重そうに脇に抱える。
(でもこの本は借りて帰るけどね)
〔主も強情じゃのぅ。……一体誰に似たのやら〕
ユーシーズの言い口に、エディも少し頭に来た。
「そんなの知らないわよっ!」
落ちこぼれとして、自分が貶されるのは慣れているエディだが、魔法使いとして憧れている母や、四年前に亡くなった父が責められているように思えたのが気にくわなかった。
ついつい突き放した言い方で声を出してしまったエディは顔を歪ませた。そんな態度をとってしまう自分に嫌気が差す。
閑静な図書館に響いた大声。本棚の陰から顔を出した図書館司書に睨まれたのは言うべくもない。
エディ・カプリコットという少女は非常に順応性が高いと言える。自ら魔女を名乗る存在を前にしても取り乱したのは最初だけで、たった数日でユーシーズ・ファルキンがいるのが当然のような生活を送っている。
その順応性は何も魔女相手に限ったことではない。元々血筋以外は魔道に全く関係ない人生を送っていたのにも関わらず、今では魔法学園の生徒として曲がりなりにも列席されている。その環境に対する適応能力は目を見張るものがある。しかし、それが生活環境以外の個々の技能には適応されず、基本的に無器用であるとは、学徒の身としては報われない才なのかもしれない。
ただその順応性にしても、単に何も考えなしに、周りに流されて生活しているだけという説もある。エディ・カプリコットという少女は非常に評するに困る人物であることは確かだ。
そんなエディは図書館を出た後も、いつものように彼女の側を漂うユーシーズと、心中たわいもない文句や皮肉の応酬をしながら帰途につく。時間を忘れ、言い合いをするのが当然のように見えるほど、二人の関係は自然だった。顔がうり二つな分、一卵性の双子なのではないかという気にさえなってくる。
二人が寮に帰り着いた頃には日は沈んでいた。
珈琲を零したかのように斑(まだら)に汚れた古めかしい木戸の玄関を開けると、食堂の方から騒がしい声が聞こえてきた。食事時にはまだ少し早いのにと思いながらも、中を覗き見れば、寮生が大勢集まっていた。
〔何やら騒がしいのぅ〕
エディ以外には見えないらしい幽体のユーシーズは、我先に我が物顔で文字通り食堂に飛び込んでいく。幾ら姿が見られないと知っているからとはいえ、あまりに無警戒過ぎると、エディは溜息を吐いてユーシーズを追った。
いつもは行儀良く並べられた食堂の机が、乱雑に端に寄せられて、寮生達が半円を作るように集まっていた。何事かはわからないが、その半円の中に魔法学園の生徒会長でもあり、この寮の寮長でもあるクラン・ラシン・ファシードの姿を見付けることが出来た。彼女が取り仕切っている姿を見るに、揉め事の類(たぐい)ではないようだ。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第三章の02 |
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