オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(前編) |
オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(前編)
マリア様の庭に((集|つど))う((乙女|おとめ))たちが、今日も戦士のような((無粋|ぶすい))な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
((恐|おそ))れを知らない心身を包むのは、深い色の軍服。
フォースの隊列は乱さないように、白いセーラーカラーは((翻|ひるがえ))さないように、じっくりと((捌|さば))くのがここでのたしなみ。
私立リリアン女学園。ここは((地獄|じごく))の底。
緊急事態が発生した。((閃光|せんこう))が走り、空がウルトラオレンジ色に染まる。
地球がエイリアンに攻撃され、侵略は拡大の((一途|いっと))を((辿|たど))る。死者はすでに数百万。
侵略を阻止する((術|すべ))はゼロ。特に女子校の被害は((甚大|じんだい))。人類の危機だ。
だが、人類は諦めない。やっと五戦目にして初勝利。戦死者と損害の低さは異例、圧倒的な勝利だった。
「この戦争、正直勝てると言い切れますか?」
「もちろん。宇宙人の侵略に対し、私たちは((機動|きどう))スーツ着用のスーパー戦士を((造|つく))った」
番組インタビューにて。リリアン女学園、メディア担当の((島津由乃|しまづよしの))は自信たっぷりに答え、こう続けた。
「リリアン勝利の女神、((菜々|なな))。彼女こそが希望の星」
番組でインタビュアーは、スーパー戦士をこう紹介する。
「((驚異|きょうい))です。新型の機動スーツで、菜々は参戦一日目に数百体の敵を倒しました」
再びインタビュアーは由乃に質問をする。
「戦況は変わります?」
「我々は戦い、必ず勝利します」
由乃が答えた後、番組の最後は入隊を勧める宣伝で締めくくった。
「さあ、あなたも今すぐリリアン女学園・統合防衛軍へ!」
リリアン女学園・統合防衛軍本部。通称『((薔薇|ばら))の((館|やかた))』にて。
『((殲滅|せんめつ))大作戦、略して((KO|ケーオー))大作戦』
あまり略になってないような気もするが、将軍の一人、((紅薔薇さま|ロサ・キネンシス))である((祐巳|ゆみ))さんの作戦説明を、私こと島津由乃は聞いていた。
内容はこうだ。統合防衛軍はK市E海岸線から上陸作戦を((敢行|かんこう))。その間に((田倉沢|たくらざわ))高校・((月見ヶ丘|つきみがおか))高校の部隊が東部前線から侵攻して、敵を殲滅しつつ合流する。
機動スーツを装備した部隊で押し切るというシンプルな作戦だ。当然、多くの犠牲者が出る。
「となると『責任者』として世の非難を浴びるのは私だ」
祐巳さんは困った顔をして、私を見つめていた。
「回避したいシナリオなのよ。まあ、((掛|か))けて」
立ったまま聞いていた私を気遣って、祐巳さんは椅子に掛けるように((促|うなが))し、自身も椅子に腰掛けた。
「運命の声に応えた行動だったと言えばいいんじゃない。人類を救うという」
私の助言を聞いて、それでも渋い顔をする祐巳さん。いつ見ても反応が分かりやすい。
「使命感のもとに弾丸作戦を実施したと」
「ううん、私のことはいい。由乃さんは作戦をPRして」
「了解」
「写真部とすぐ出発して。それから海岸で上陸部隊と合流ね」
「海岸? 上陸部隊? つまり前線へ?」
「そう、K市よ。((桂|かつら))さんデータによるとE沿岸の敵勢力は手薄だって。成功すれば((孫|まご))の代まで自慢できるよ」
「嬉しい話ね……と、言いたいところだけど、私は実戦が苦手だからメディア担当になったのを忘れてない?」
祐巳さんはきょとんとした顔で、私を見つめていた。
「人にはそれぞれ役割があるのよ。私は正直言って、戦士には向いてないわ」
「そのようね。安心して、数十万の戦士が一緒だから」
「名誉ではあるけれど、お断りします」
私は((懸命|けんめい))に抵抗した。前線送りなんてまっぴらごめんよ。
「じゃあ、((折衷案|せっちゅうあん))を出そうじゃない。私に代わる適任者を紹介すればいいんでしょう?」
「紹介? これは命令よ」
「私は((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))よ。同じ薔薇さまの祐巳さんに命令権は無いわ」
「由乃さんのお姉さま、((支倉令|はせくられい))さまの了承を((得|え))てるんだわ」
ここで令ちゃんの名前を出すとは((卑怯|ひきょう))な。しかも、なんで勝手に了承してるのよ!
「((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))の地位は据え置くから。詳細は((志摩子|しまこ))さんから聞いてちょうだい。あとは頑張ってね。話はそれだけ」
言いたいことを言い切った祐巳さんは、書類を取り出しサインをしていた。どうやら私が作戦に((承諾|しょうだく))した((旨|むね))を伝える書類のようだ。
「祐巳さん。私のPRで大勢の女子高生が軍に志願したわ」
祐巳さんは次から次へと書類に目を向けたまま、サインを続けていた。
「彼女らが戦死すると家族は責任者を追求する。私があなたの名を((挙|あ))げたら、どうなるかしら?」
そこで祐巳さんは手を止め、書類から目を離した。
「((避|さ))けたい事態じゃない?」
「それは((脅迫|きょうはく))してるの?」
「明日の戦闘を、海岸で撮影する任務は辞退させてもらうわ」
「分かった」
「分かって頂けて何より。では、これで……((痛|いた))っ」
去り((際|ぎわ))に椅子に足をぶつけて、つまづきそうになった。
「失礼」
私がビスケット扉を開けて去ろうとすると、扉の向こうには大勢が待ち構えていた。
「拘束して」
祐巳さんの号令で一斉に襲いかかる手下たち。
私は陣中突破を試みたが、通路を((塞|ふさ))がれ、誰かが持っていた麻酔で眠らされてしまった。
『((太仲|おおなか))女子高等学校』
大勢の軍志願者が集う乙女の((園|その))。現在は統合防衛軍の訓練施設として使われていた。
校内を走るバスには、英雄『菜々』のイラストが大きく描かれていた。『戦場のデコちん』という文字と共に。誰かがイタズラで書いたのだろうか。
目を覚ました由乃は、この光景を目にし、眠っている間にここへ連れ込まれた事を理解した。
私はグラウンドの隅っこに、荷物と一緒に置きっぱなしにされていたのだ。
「立て、三つ編み!」
「((痛|いた))っ!」
((蹴|け))り飛ばされて振り向くと、見覚えのある二年生がそこにいた。
「上級生に向かって何?」
「たてつくのか新入生め! バレエシューズを((口|くち))に突っ込むぞ!」
「待って、((乃梨子|のりこ))」
((優雅|ゆうが))に頭の((縦|たて))ロールを二つ揺らしながら、その人は近づいてきた。
「どうしました?」
「ここはどこ?」
「太仲女子高等学校です。あなたは新入生ですね」
「新入生に見えるわけ?」
縦ロールは、私を見て頭の((天辺|てっぺん))からつま先まで、スキャンするように視線を動かした。
「見えません」
「私は島津由乃。リリアン女学園の((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))よ」
「((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))? ここは新入生の訓練施設ですよ」
縦ロールは、首を傾げていた。
「((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))が新入生の訓練施設に? ((徹夜|てつや))((百人一首|ひゃくにんいっしゅ))? どんちゃん騒ぎ?」
私が((不祥事|ふしょうじ))を起こして、ここに放り込まれたとでも思ったのだろうか。目つきが明らかに((疑|うたが))っている。
「説明してもムダのようね。令ちゃ……お姉さまと話がしたい。電話どこ?」
「上陸作戦が秒読み段階なんですよ。K市への侵攻直前です。この施設は封鎖中で、通信は禁止です」
縦ロールが持っているノートに目を向けると、学年と名前が書いてあった。この子は二年生だ。
「((瞳子|とうこ))ちゃんか」
「((紅薔薇のつぼみ|ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン))です」
「((小笠原|おがさわら))家の者?」
「いいえ、((松平|まつだいら))家の者です」
「なるほど」
ここで手をこまねいても((埒|らち))が明かない。何としてでも電話をかけなければ。
「私をよく見て。何かの間違いでここに送られたの。見れば分かるでしょう?」
私は瞳子ちゃんを((睨|にら))みつけて、強い口調で迫った。
「どこかで電話をかけられるはずよ」
すると瞳子ちゃんは軽く((溜息|ためいき))をついて、こう言った。
「何とかしましょう。こちらへ」
私は瞳子ちゃんと雑談を((交|か))わしながら、案内されるまま校内を進んでいった。
「どうぞ」
着いた先は体育館だった。どうみても電話があるようには見えない。
「電話は((嘘|うそ))ね?」
「そのとおり。あなたも嘘でなかったのは名前だけ」
瞳子ちゃんは手に持っていたノートを広げ、((挟|はさ))んであったプリントを私に見せた。
「島津由乃。この者は『脱走者』で((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))を((装|よそお))い、拘束された。外部に電話をかけ、作戦の機密を((漏洩|ろうえい))する恐れあり」
なんてこと。祐巳さんここまでやる?
「明日の出撃を((逃|のが))れたいらしいけれど、そうはさせないわ。絶対にね」
瞳子ちゃんは((険|けわ))しい顔で((睨|にら))みつけて、私に告げた。
「((一|・))((年|・))((生|・))、島津由乃ちゃん」
私は無言のまま、一方的に喋る瞳子ちゃんの話を聞きながら、体育館の中を突き進んだ。
「人の噂は怖いわよ。夜までに、ここの方たちは結論を出す『あなたは保身第一の((卑怯者|ひきょうもの))』と」
「でも、まだ望みはある。戦場で手柄を立てればね。戦いは((償|つぐな))いとなるから」
「地獄の戦場が((真|しん))の英雄を生み出す。((薄汚|うすぎたな))い((寄生虫|きせいちゅう))レズも、戦場で戦う時だけは((皆|みな))、同格よ」
体育館の((隅|すみ))っこにいた集団の前で、瞳子ちゃんは足を止めた。
「聞きなさい! この子は一年生、由乃ちゃん」
「由乃ちゃん、L分隊よ」
紹介された分隊は、六人で構成されているようだ。みんな私を奇怪なものを見るような目で見ていた。
「上級生じゃないの?」
「変わったお下げだ」
「意義ある朝を過ごしたようね」
各々に私の感想を述べる戦士たち。言われて気が付いたが、三つ編みが変な形になっていた。拘束された時に((解|ほど))けて崩れたのだろう。
構わず瞳子ちゃんは周りを物色しながら、話を始めた。
「明日の先陣を切るのは、あなたたち((精鋭|せいえい))よ。私の胸は感動に((震|ふる))える、何たる((誇|ほこ))り、何たる((栄誉|えいよ))、ヘソまで涙するわ」
瞳子ちゃんは、マットの下からトランプを見つけ、そのトランプを1枚ずつ、その場にいた精鋭たちの胸元に挿し込んでいく。
「可南子さん、私のギャンブル((観|かん))は?」
「『地獄((堕|お))ち』と」
「それはなぜ?」
「『運命を人に((委|ゆだ))ねる行為だから』」
「私は『運命』をどう定義していて?」
「『戦士たるもの運命は自らが支配せよ』」
瞳子ちゃんは、可南子ちゃんの胸元に挿し込んだトランプを、さらに深く押し込んだ。可南子ちゃんは((僅|わず))かに震えていた。
「今は((皮肉|ひにく))に思えても、やがてその正しさが分かるわ」
そう言って瞳子ちゃんは、私に笑顔を向けた。
「由乃ちゃんは脱走者よ。あなたたちの責任において監視するように」
「出撃は明朝六時ちょうど」
「彼女は間違ってここに来たという妄想を((抱|いだ))いてる。逃亡を((図|はか))ったらボコボコに叩きのめしなさい」
瞳子ちゃんは必要事項を告げ終わると、後ろを向いた。
「出撃なんてムリよ」
私が抗議すると、瞳子ちゃんは私の肩を叩いた。
「感謝してよ。明日、あなたの新しい人生が始まるんだから」
背筋が凍りつくような物言いに少し((怯|ひる))んでしまったが、瞳子ちゃんはそれだけ言うと、去っていった。
『訓練開始まで一〇分!』
「この服はよくない。着替えて」
私に着替えを差し出してくれた彼女は『ちさと』と名乗った。
「さあ、新しい日よ」
翌日早朝。お日様も昇らない内から、施設は出撃の準備で慌ただしかった。
「運命の声に応えて勝利しなさい。それが、あなたたちの任務よ」
瞳子ちゃんは見回りながら、精鋭たちに((発破|はっぱ))をかけていた。
私は、ちさとさんから剣道着そっくりな機動スーツを着せられ、身動きが取れずにいた。
「行くわ、ショータイムよ」
機動スーツが作動し、まるで風船から空気が抜けるような、奇妙な音が出た。
「な、何の音?」
ちさとさんは答えてくれない。気になるじゃない!
「機動スーツは初体験なのよ」
「私は((二股|ふたまた))は未経験だけれど、やれって言われたらやるわよ」
答えになっていない。というか、そんなこと聞いてないし。
「私、慣れてないから味方を攻撃するかも」
「安全装置があるよ」
「どこに?」
「どこかな」
まともに相手する気は無さそうだった。
『立入厳禁』
この学校のどこかにある訓練場の一室。そこで彼女は筋トレに励んでいた。
「時間よ」
出撃の時を告げられた彼女は、機動スーツを身にまとい、大勢が見守る中、外の((飛行艇|ひこうてい))へ向かっていく。
「『戦場のデコちん』のお出ましだ。((痛|いた))っ!」
彼女が歩く途中、余計な事を口走った戦士が、彼女――菜々に張り倒された。
同じく出撃するL分隊も、英雄の出撃を見守っていた。
瞳子は由乃を((睨|にら))みながら、ちさとにそっと耳打ちした。
「ちさとさん、由乃ちゃんの面倒を見て」
「一日中?」
「あの子は一日モタないわ」
次々に飛行艇に乗り込む戦士たち。その中で一人、逆方向へ進む戦士がいた。
「ちさとさん、捕まえて!」
「由乃ぉ!」
あっけなく捕まった私は、飛行艇内で固定され、瞳子ちゃんの最終説明を聞いていた。
「今日((敗|やぶ))れたら次の戦いはないわ。あなたたちの責任は重大よ」
『降下二分前』
「ビビっても構わない。勇気と恐怖は表裏一体よ」
「あら、あなたのスーツ何か変よ」
誰か私を見て言っているようだ。
「そうか、死人が着てるのね」
何の冗談か理解に苦しむけど、みんな笑っていた。
「自分の身は自分で守りなさい。助けは来ない」
瞳子ちゃんも機動スーツ着用で、一緒にスタンバイに入っている。
『一分前! 降下まで一分!』
「ねぇ! ねぇ! 安全装置の外し方は?」
この期になっても、私は機動スーツの安全装置について解除方法が分からずにいた。必死に隣のちさとさんに尋ねる。
「え? 何言ってるの?」
騒音が大きくて聞こえてないようだった。私の全身から血の気が引いていくのが分かる。
「嘘でしょ……」
『降下開始まで三〇秒!』
「合図を待って、スタンバイ! 降下ケーブル確認!」
ドオォォォォン!
瞳子ちゃんが号令を言い終わると同時に、飛行艇内で爆発が起きた。敵襲だ!
「降下! 行け!」
「行け! 行け! モタモタしないで!」
次々に降下ケーブルを使って落下していく戦士たち。もう待ったは無しだ。
「由乃ちゃんどうしたの!」
瞳子ちゃんに怒鳴られる。黙っていたら強制的に突き落とされかねない。私は決意して降下した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
降下中に他の人とぶつかったりしたけど、なんとか着地に成功。他の戦士たちも次々に着地していた。
「やった! 着地したわ!」
その直後、可南子ちゃんは落下してきた飛行艇の下敷きとなった。
寸前のところで避けて助かった私の額には冷や汗が出ていた。
「救援((請|こ))う! 誰か!」
菜々が叫んでいた。それでも菜々は敵を次々に撃破していく。さすがは初日に数百体を殲滅した英雄。
その戦いっぷりに見とれていると、菜々と一瞬目が合った。その直後に菜々の背後にいた飛行艇が大爆発を起こし、菜々は爆風の直撃を受けて私の目前へ吹っ飛んできた。
「ひどい!」
息絶えた菜々を見て、私は叫んだ。無茶だ、こんなの絶対に生き残れない。
「どこへ行くの! そっちは逆方向でしょ」
戦場から離れようとしたが、瞳子ちゃんに食い止められてしまった。
「話が違う。なぜ敵が待ち伏せを?」
ちさとさんが疑問を投げかけた。
「これじゃ全滅よ。全滅だわ!」
「落ち着いて!」
「しっかり立って!」
「まとまって」
「モモッチ、戦況は?」
「ちさとさん、側面を守って」
誰が何を喋ってるのか、全然わからない。敵の待ち伏せという想定外の状況に前線は大混乱していた。
「安全装置が……こいつの外し方は?」
この際、誰でもいいから教えて。そう願うも((虚|むな))しく無視され続けた。
「モモッチ!」
「五百メートル先に敵です!」
「もうっ!」
「あなたたち、死にたいの!?」
「攻撃準備! 構えて!」
「ギタイどもが襲ってくるわ」
「数秒待って! 近くに引き寄せるのよ」
私は偶然この時、地面から這い出ようとするギタイを見つけた。
「いたわ! ここよ!」
((繊維|せんい))で造られた獣のような姿のギタイが飛び出し暴れ、味方を次々に吹っ飛ばしていく。
「うわあああああ!」
サイレンのように響く仲間の悲鳴。安全装置が外れず、私は何もできない。こうしてる間にも次々とやられていく仲間たち。もう後が無い。
『安全装置解除しました』
やった! どうやったか分からないけれど、思いつく限りの事をやっていたら安全装置が外れた。
((籠手|こて))に装着された((竹刀|しない))型のマシンガンが火を((吹|ふ))き、次々にギタイを殲滅していった。
マシンガンの反動で私は倒れてしまい、((仰向|あおむ))けになって空を((仰|あお))いだ。
「ははっ、はははは!」
やれば出来るじゃない私。だけれど、そう思ったのも((束|つか))の間。目の前に新たなギタイが出現した。
マシンガンにもう弾は残っていない。何か武器は……私は横に転がっていた対人地雷と書かれた箱を見つけ、握りしめた。
箱を手に取る動きに気付いたギタイは、私の上から襲いかかってくる。
来るなぁ! 私は箱を手にしたままギタイに叩きつけた。
ドオォォォォン!
地雷が大爆発し、ギタイと共に致命傷を負った私は、ギタイの青い血を大量に浴びながら、息絶えた。
「うわああああっ!」
気が付くと、見覚えのある景色が広がっていた。
目の前を走るバスには、英雄『菜々』のイラストが大きく描かれていた。『戦場のデコちん』という文字と共に。
私はグラウンドの隅っこに、荷物と一緒に置きっぱなしにされていたのだ。
「立て、三つ編み!」
肩を((蹴|け))飛ばされ、痛みが走る。
「バレエシューズを((口|くち))にねじ込むぞ!」
「待って、乃梨子」
優雅に縦ロールを二つ揺らしながら、その人は近づいてきた。
「どうなさいました?」
「瞳子ちゃん……」
「私の名前ですね。分かった、何です? 徹夜百人一首? どんちゃん騒ぎ?」
「分からない」
「なるほど。何とかしましょう、それを私に」
瞳子ちゃんは、私に押し付けられたバレエシューズを寄越すように促した。いや、そんな事より気になる事がある。
「今日の日付は?」
「あなたには――」
瞳子ちゃんは手に持ったノートからプリントを取り出し、私に見せて告げた。
「((審判|しんぱん))の日よ」
私は瞳子ちゃんに言われるままに付いていった。
「でも、まだ望みはある。戦場で手柄を立てればね。戦いは償いとなるから」
「地獄の戦場が――」
「「((真|しん))の英雄を生み出す」」
私は瞳子ちゃんと同じ台詞を言い放ちハモった。
「話の腰を折るの?」
瞳子ちゃんは((不機嫌|ふきげん))そうに私を睨んだ。
「あなたは、私の話を信じないでしょ」
「そのとおり。どこまで話したかしら?」
「地獄の戦場が……」
「地獄の戦場が、真の英雄を生み出す」
面倒なので今度は((黙|だま))る事にした。
「薄汚い寄生虫レズも、戦場で戦う時だけは皆、同格よ」
体育館の隅っこにいた集団の前で、瞳子ちゃんは足を止めた。
「聞きなさい! この子は一年生、由乃ちゃん」
「由乃ちゃん、L分隊よ」
紹介された分隊は見覚えのある人たちばかりだった。みんな私を奇怪なものを見るような目で見ていた。
「上級生じゃないの?」
「変わったお下げだ」
「明日の先陣を切るのは、あなたたち精鋭よ。私の胸は感動に震える、何たる誇り、何たる栄誉、ヘソまで涙するわ」
瞳子ちゃんは、マットの下からトランプを見つけ、そのトランプを1枚ずつ、その場にいた精鋭たちの胸元に挿し込んでいく。
「可南子さん、私のギャンブル観は?」
「『地獄((堕|お))ち』と」
「それはなぜ?」
「『運命を人に委ねる行為だから』」
「私は『運命』をどう定義していて?」
「「『戦士たるもの運命は自らが支配せよ』」」
私は一字一句、間違うことなく同じ台詞を言った。この場面を私は知っている。((額|ひたい))から嫌な汗がにじみ出た。
瞳子ちゃんは可南子ちゃんの胸元に、トランプを深く押し込んだ。
「今は皮肉に思えても、やがてその正しさが分かるわ」
瞳子ちゃんは、笑顔で私に答えた。
「行くわ、ショータイムよ」
ちさとさんの合図で、私が機動スーツを操作すると、作動した((竹刀|しない))型のアームが、ちさとさんに当たりそうになった。
「もう、気をつけて。着たことないの?」
「かもね」
「安全装置は?」
「分かんない」
ちさとさんは、一瞬((呆気|あっけ))に取られたが、いいねって言って私の肩を叩いた。何がいいのやら。
それから成すがままに機動スーツを着て、飛行艇に乗った。艇内で瞳子ちゃんが語る。
「あなたたちの責任は重大よ」
『降下二分前』
「ビビっても構わない。勇気と恐怖は表裏一体よ」
「ねぇ! ねぇ、あなた! そのスーツ変よ」
「そうか、死人が着てるのね」
みんな笑っていた。何がおかしいのか全然わからないけれど、あらゆる意味で私は笑えなかった。
「自分の身は自分で守りなさい」
「「助けは来ない」」
私は台詞をハモらせた。
「ハモった!」
ちさとさんのツボだったらしく、ウケていた。
「合図を待って。スタンバイ!」
瞳子ちゃんも機動スーツ着用で、一緒にスタンバイに入っていた。
『降下ロープ確認、三〇秒前!』
ドオォォォォン!
飛行艇が敵襲を受けて爆発する。周りは大混乱に陥った。
「モタつかないの!」
次々にロープで降下していく戦士たち。あの時と同じなら、ここは降りるしかない。意を決して私は降下した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は((水浸|みずびた))しの((泥|どろ))の上に着地した。
「着地したわ!」
続けて着地を喜ぶ可南子ちゃん。
「危ない! 後ろ!」
私は叫んだが、間に合わなかった。可南子ちゃんは落下してきた飛行艇の下敷きとなった。
私はひょっとしてと思い、辺りを見渡した。そこには菜々の姿があり、敵を次々に撃破していた。
「よけて!」
菜々に向かって叫んだ。だが、爆風は菜々の背後から迫ってくる。私は菜々の身を((庇|かば))って一緒にふっ飛ばされた。
「んもうっ、やられた」
体中が痛い。私は重傷を負ってしまった。菜々の方も、かろうじて一命を取り((留|と))めたようだ。
「重傷? 血が……血が出てる?」
私が心配して菜々の様子を見ると、機動スーツが損傷していて、血が出ていた。
「胸に穴が開いてます」
菜々は苦しそうに答えた。
「穴が?」
私が驚いたその((隙|すき))に、菜々は私の機動スーツからバッテリーパックを抜き取った。バッテリーが無いスーツは重く((微動|びどう))だにしない。
「私のバッテリーを取ったの?」
菜々は大きな((木刀|ぼくとう))を手に取り、無言で去っていった。その直後、身動きが取れない私にギタイが襲いかかってくる。
「来るな! やめて!」
衝撃と共に、私の視界が真っ暗闇になった。
「うわああっ!」
気が付くと、見覚えのある光景だった。
目の前を走るバスには、英雄『菜々』のイラストが大きく描かれていて、『戦場のデコちん』という文字も書かれている。
私はグラウンドの隅っこで、荷物と一緒に寝転がっていた。
「立て、三つ編み!」
乃梨子ちゃんを無視して走り、私はグラウンドに向かってくる縦ロールを呼び止めた。
「瞳子ちゃん」
縦ロールは、いきなり名前を呼ばれて戸惑っていた。
「私はリリアン女学園の((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))、島津由乃。メディア担当をしているわ」
「徹夜百人一首はしてない、そこのプリントは私を『脱走者』と、あなたは松平瞳子ちゃん、((紅薔薇のつぼみ|ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン))でしょ? なぜ知ってるかを聞いて。施設全員の命を救えるわ」
「話を聞いて、私は全てを見てるのよ! この目で全てを見たの! 私たちは全滅する!」
「分かったわ、手を離して!」
矢継ぎ((早|ばや))に喋る私に圧倒された瞳子ちゃんは、私に言われるままに体育館へ案内した。
「L分隊でしょ?」
「そのとおり」
「よく知ってるでしょ? 私を知ってる者は?」
「知らない」
「でしょ? 知らない!」
「あなたは((可南子|かなこ))ちゃん、あなたはモモッチで……本名は((百|もも))ちゃん。((笙子|しょうこ))ちゃん、((日出実|ひでみ))ちゃん、ちさとさん、あなたは……あなたは((無口|むくち))だわ」
L分隊の六人全員知っていることをアピールした。最後の一人だけ名前が出てこなかったけど、多分聞いてない。
「体育マット上でポーカーを」
「黙ってよ」
瞳子ちゃんがうんざりとした表情で頭を抱えていた。
「可南子ちゃんの手はハートのフラッシュ」
「みんなの胸元にカードを挿し込む。そうでしょ?」
瞳子ちゃんに迫って確認した。
「信じられない話だけれど、本当なのよ。よく聞いてちょうだい、あなたたちの生死に関わる話よ」
「フゴッ、フゴォオ!」
私は((口|くち))にガムテープを貼られ、強制的に飛行艇に乗せられていた。機動スーツ着用のまま降下口に固定され、身動きひとつ取れなかった。
『一分前!』
「フゴフゴフゴッ、フグゥゴフゥフゴ、フフフゴフッ!」
「何言ってるの? 日出実さん、何て言ってる?」
ちさとさんは尋ねたが、日出実さんは首を横に振るだけだった。分からないってジェスチャーらしい。
「フゴォ、フゴォー!」
「合図を待って、スタンバイ!」
私の口に貼られたテープがやっと外れた。これで喋れる!
「この機は爆発する!」
言った瞬間、飛行艇は爆発した。
もう、この展開はどうしようもない。私は戦士たちと共に降下して着地した。
「やった! 着地したわ!」
可南子ちゃんが危ない!
私は助けようと向かったが、一緒に飛行艇の下敷きになって死んでしまった。
「あうあっ!?」
菜々のイラストが描かれたバスが走っていた。見渡せば見覚えのあるグラウンド。また最初に戻ったようだ。
「口にネジ込むぞ!」
面倒になってきたので途中省略。私は飛行艇から降下し、着地した。
「やった! 着地したわ!」
今度こそ! 可南子ちゃんが喜び叫んでるところへダッシュ、全力でタックルした。可南子ちゃんはよろけて倒れ、間一髪のところで飛行艇は頭上をかすめて落下。
救助成功、次は菜々を助けなきゃ。確かこの辺りに……周囲に気を取られ、正面にいた菜々に気付かず衝突してしまった。
バランスを崩した私たちは、そのまま不時着中の飛行機内へ倒れ込んだ。
「ごめん。助けようと……逃げないと皆殺しになるわ」
私は振り向きもせず真上に迫ったギタイを撃ち抜き、真横から現れたギタイも粉砕した。どこから出現するのか、もう身体が覚えていた。
「急いで、この機は爆発する」
菜々の手を取って、飛行機の外へと連れ出す。
「早く来て……待って」
私は正面から襲ってきたギタイを攻撃。ギタイが怯んで逃げた隙をついて叫んだ。
「今よ!」
周辺のギタイを撃ちながら菜々に呼びかける。
「早く!」
菜々は((呆然|ぼうぜん))と立ち尽くしていた。
「来て! すぐ爆発するんだって!」
菜々は、なかなか動こうとしない。そして、武器を捨てた。
「どうしたの?」
「目覚めたら、私を((捜|さが))して」
飛行機が爆発し、私と菜々は爆炎に巻き込まれて死んだ。
(つづく)
説明 | ||
多くは語りません。マリみて由乃&菜々メインSF小説です。 完全なパロディです。苦情は受け付けます。 長いので前編、中編 http://www.tinami.com/view/780804 、後編 http://www.tinami.com/view/780849 の3つに分けてます。 全てを収録した電子書籍版をBOOTH他、各DLショップにて頒布中です。 https://32ki.booth.pm/ |
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