オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(後編)
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オール・ヨシノ・ニード・イズ・キル(後編)

 

 リリアン女学園・統合防衛軍本部、通称『薔薇の館』前にて。

「((田倉沢|たくらざわ))代表が出たら急いで入る」

「黄色い腕章の新聞部部員に用心」

 私が注意事項を((挙|あ))げ、確認をする。菜々は((頷|うなず))いた。

「顔を覚えられてるから頭を下げて」

 私たちは入り口で見張りに顔を見られないよう、深めに礼をして館内へ入った。

「成功」

 私と菜々は腕を組んで、一緒に深呼吸した。

「三……二……一、行くわ」

「一……」

 菜々もタイミングを測るように声に出して数える。

「四……五……六……」

 ここで足を止め、私たちは物置になってる部屋の中へ隠れた。

「八……」

 階段を下りてくる二人組をやり過ごし、部屋を出た。先に階段を登っていく人の真後ろにピッタリくっついて階段を上がる。

「……十五、ここでターン」

 先に階段を登っていた人が、こちらに振り向いた。顔を見られないよう私たちは階段を降り、そのままさっきの物置部屋へ戻った。

 その人は『忘れてた』と((独|ひと))り言をつぶやいて、館の外へ出ていった。出た瞬間、私たちは一気に階段を駆け上がった。

「そのまま、まっすぐ」

 二階に着いた私たちは、奥にあるビスケット扉をノックし中へ入った。

「ごめん、今忙しいの。何か重要な話?」

 部屋は祐巳さんが一人だけ。顔も上げずに書類に片っ端からサインをしていた。

「人類存続の危機よ。重要じゃない?」

 祐巳さんは顔を上げ、私の顔を見るなり((大口|おおぐち))を開けて固まった。

「((驚|おどろ))いた……」

「驚きの連続よ」

 私は椅子を((抱|かか))えて、祐巳さんに近づいた。

「机から離れて、掛けて」

 私が持ってきた椅子に腰掛けるよう指示して、祐巳さんがサインしていた書類の山の上に腰を下ろした。

 菜々は祐巳さんの頭上で特製の木刀を構え、いつでも振り下ろせる体勢をとっていた。

「菜々は本気よ」

「由乃さんを見なおしたよ。再び現れるなんて。しかも輝かしい英雄まで連れて」

「私の話を((遮|さえぎ))らずに、最後まで聞けば納得できるから」

 私は机に置いてあった電話を手繰り寄せた。

「『かけ直します』と言うの。((祥子|さちこ))さまが((渋滞|じゅうたい))に巻き込まれて、到着が遅れるそうよ」

 私はタイミングよく掛かってきた電話の受話器を上げ、祐巳さんに渡した。

 祐巳さんは黙って受話器を受け取った。

「分かりました。かけ直します」

 祐巳さんから受話器を受け取り、受話器を置いて、電話を祐巳さんから遠くなるように離した。

「明日の作戦は失敗する。味方は全滅よ」

 私は祐巳さんの目を真っ直ぐ見つめて、話を続けた。

「私も死ぬ。敵は我々の動きを予知してるのよ。なぜ分かるのかって?」

 祐巳さんは無言のままだったが、表情で疑問を持っているのは明白だった。

「私は一体のギタイを倒し、その血を浴びた。それが原因で同じ日を繰り返し生きることになった」

「菜々も体験したわ」

 菜々は木刀を構えたまま((頷|うなず))いた。祐巳さんは黙ったまま固まっていた。

「志摩子さんに『問題ない』と言うのよ」

 そう言って私は机から降りて、椅子に腰掛けた。菜々も木刀を降ろして椅子に腰掛けた。

「志摩子さん?」

 祐巳さんが突然出された名前を復唱する。

「あら失礼、祐巳さんお((独|ひと))りかと」

 志摩子さんがノックもせずに部屋へ入ってきた。

「ううん、構わないよ」

「書類に不備があるのよ。日付の西暦が去年になっている」

 私は内容を先に話した。志摩子さんは祐巳さんに書類を渡し、祐巳さんは書類を確認する。

「志摩子さん。お兄さんが次に帰ってくるのは一週間後。それに備え、((白薔薇さま|ロサ・ギガンティア))権限で((小寓寺|しょうぐうじ))周辺から防衛戦を後退させる腹でしょ」

「どうしてそれを? 誰にも言ってないのに」

 私の話に志摩子さんは不思議がっていた。

「軍事機密よ」

「それと、祥子さまとの夕食はキャンセル。祥子さまが間に合わない」

 私は祐巳さんに向けて言った。

「夕食はキャンセルしといて」

「わかったわ」

「書類に不備がある。日付の西暦を修正して。それだけね、ありがとう」

 志摩子さんは祐巳さんから書類を受け取ると、そそくさと部屋から退出した。

「((撲殺|ぼくさつ))しましょう」

「菜々、今日は祐巳さんを打たないで」

 再び木刀を構えた菜々を私は制止した。

「この会話は前にもしたの。あなたは((頑固|がんこ))で信じないけれど、桂さんは正しいことを言ってるの」

「敵は時間を操作できる。我々に勝ち目はない」

「勝利する道は、パワー源のオメガを倒すこと。そのためのコンパスが、そこの戸棚の中にあるわ」

「祐巳さんは信じないけど、敵は明日、都内に侵攻し、我々は全てを失うわ」

 私が次々に喋り続けると、祐巳さんは観念したかのように静かに椅子から腰を上げ、戸棚に向かった。

「由乃さん、残念な話だけれど」

 菜々が木刀を力強く握り締める。私は椅子に腰掛け、腕組みをしたまま、続きを待った。

「私には由乃さんの予言トリックを見抜けない」

 祐巳さんは戸棚からコンパスを取り出した。

「桂さんの話では、これを使うには痛みを((伴|ともな))うものだって」

 祐巳さんから手渡されたコンパスは、針と((鉛筆|えんぴつ))が付いた丸い円を((描|えが))くための道具だった。

「このコンパスじゃないわよ、探しものをするんだから、((方位磁石|ほういじしゃく))の方」

「戸棚にあるコンパスは、これだけだよ。本当だって、ほら」

 戸棚の中を見せてもらったが、本当にコンパスはこれだけだった。

「これでどうやって探すのさ」

「ご存知ないのです?」

「さあ……、ここからは新しいステージよ」

 菜々にコンパスを渡すと、菜々はその辺にあった書類の裏にコンパスを使って、円を描いた。

 そして、円の中心に閉じたコンパスを置いて、手を離した。コンパスは当然のように円の上で倒れた。

「こっちです」

 コンパスが倒れた方角を指さす菜々。

「本当にこれでいいわけ!?」

 他にヒントも無いし、私たちはコンパスの((示|しめ))した方角へ向かうことにした。

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「思ったより楽勝だったわね」

「止まりなさい! 動かないで!」

 薔薇の館を出た直後、大勢の機動スーツ部隊に囲まれた。やはり簡単にはいかないようだ。

「どうする?」

 菜々が手に装着していた((籠手|こて))を((外|はず))し、思いっきり投げると、みんな投げ込まれた((籠手|こて))に視線を集中させた。

「ダッシュです!」

「逃がさないで!」

 ((籠手|こて))に気を取られた隙を付いて、私たちはコンパスが示した方角へ走った。

 その先に誰も乗っていない馬車があったので、乗り込んで馬車を走らせた。

 機動スーツ部隊の銃撃が、後方から馬車を狙い撃つ。

「それで? 次はどうするの?」

「分かりません」

「ちょっと! このままじゃ捕まるじゃない! ああ、もうっ!」

 私はついカッとなって、コンパスを握りしめたまま腕を振り下ろし、コンパスの針が((膝|ひざ))に突き刺さった。

「ぎゃあああ!?」

 激痛で私の意識が遠のいていく。

「由乃さま、どうなってますか?」

 遠のく意識の中、私はどこかの光景を見ていた。

「何か見えます?」

 ((銀杏|いちょう))並木、マリア様の像。これはリリアン? 馬車が今走っているところからは見えない光景が続く。

「オメガに呼び寄せられている」

 教会のような建物が見える。だけど、これは教会じゃない。

「お((聖堂|みどう))だ」

 内部は荒らされていて、マリア像の前に地下へと続く奇妙な階段があった。

「お聖堂の中に地下室があって、階段を下りてく」

「オメガが見えますか?」

 最後にオメガの姿が見え、私の意識がハッキリと戻った。やつはリリアンの地下に居たのだ。

「見つけた! お聖堂の地下よ!」

 校門をくぐり抜け、リリアンを脱出した。

 だが、外に出た直後、機動スーツを着た戦士と正面衝突し、馬車は大破。

 私と菜々は大きく宙を舞って、はじき飛ばされた。

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 …………。

 目覚めると、私は病棟のベッド上で横たわっていた。

 動けないよう手足と胴体はベルトで縛られ、赤い液体の点滴が私の左腕に((繋|つな))がっていた。

「ウソでしょ?」

 ((看護師|かんごし))が、私の腕に巻かれたベルトを交換しにやってきた。

「私に何をしたの」

「輸血したから大丈夫」

「まさか、何てことを!」

「会話禁止よ」

「彼女は無事なの? 一緒にいた、有馬菜々……無事なの?」

 看護師は答えない。

「頼むから、教えてよ!」

「行くわ」

 看護師は答えず、病室から出ていった。

 私はベッドを抜けだそうと必死になって暴れた。しかし、固定されたベルトが、ガッチリとハマっている。

 無情にもベッドは私の身体から離れず、ベッドごと回転して私の身体はベッドの下になってしまった。アームのおかげで下敷きは回避できたが。

「私は三分で自由になりましたけど」

「生きてたのね」

「はい、私しぶといので」

 菜々は私ごとベッドをひっくり返し、ナイフを取り出した。

「リセットしましょう」

「やめて! パワーを失ってる! 輸血された!」

 菜々は血が詰まった点滴に視線を向け、冷や汗を出していた。

「パワーが消えた……」

 菜々が残念そうに、つぶやいた。

「自分でも感じる。もうループできない」

 菜々はナイフを握り締め、ベッドのベルトを切ってくれた。

 私たちは病棟を抜けだした。

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 外へ出ると、とっくに日は落ち、土砂降りの雨だった。

 私と菜々は他の人たちに見つからないよう、太仲女子校内を((慎重|しんちょう))に移動した。

「作戦の開始前にオメガを倒そう」

「あと三時間しか、ありません」

 時計を確認すると、もうすぐ午前三時になろうとしていた。

「リリアンに移動する手段はどうします?」

「戦士も要るわね」

「ついてくる戦士がいるでしょうか?」

 相談しながら、私たちは校内を小走りに移動した。

「菜々はここで待って」

 私が先に体育館の中へ入る。

「由乃ちゃん!?」

「((捜|さが))したんですよ」

 ちさとさんと可南子ちゃんだった。

「私の話を聞いて」

「((紅薔薇のつぼみ|ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン))がブチ切れてた」

 ちさとさんが、両耳の辺りを((拳|こぶし))でぐるぐるさせていた。ドリルを表現してるのだろう。

「いいから私の話を聞きなさい。よく聞けば、あなたたちも必ず納得する」

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「彼女は私が好きな人の名を当てた、支倉令さまよ」

「バレンタインで((玉砕|ぎょくさい))」

「黙って!」

 ちさとさんの話に可南子ちゃんが補足する。ちさとさんは当然((怒|おこ))った。

「いい? 彼女は私たちの、あらゆることを知ってるの」

 ちさとさんは、私を指さした。

「そんなバカな話を信じろって言うの?」

 笙子ちゃんの反応は当然のものだった。

「私たちが、本来なら『一年生じゃない』ことまで知っていたわ」

 この瞬間、全員の表情が真剣になった。ちさとさんは話を続ける。

「可南子ちゃんとモモッチが親の再婚に納得できず、家出して留年になったこと」

「笙子ちゃんが実の姉と、日出実ちゃんはお姉さまとの衝突が原因で留年になったこと」

「そして、私は失恋で二年間休学したこと」

「全部、知っていた。あなたたちが、誰にも話したことが無いことを」

 全員が沈黙した。誰も否定できなかったのだ。

「敵は海岸で待ち伏せていて、私たちは皆殺しになるそうよ」

 可南子ちゃんが本題を切り出した。

「嬉しいわね。出撃前に、いいニュースだわ」

 日出実ちゃんが皮肉混じりに言った。

「その運命を変えようって言うの? 敵に勝つ方法があるの?」

「僅かだけれど、チャンスはあるわ」

 モモッチの問いに私は答えた。

「ついてきてほしい」

「色々と知ってるようね。でも、誰が信じると思う? 初対面のあなたを? ついて戦場へ?」

 日出実ちゃんの言い分はもっともだ。私は切り札を出すことにした。

「私じゃない。彼女について行くのよ」

 菜々が奥から現れた。

「戦場のデコち……」

 笙子ちゃんが、あだ名を言いかけたが、隣にいた人に口元を塞がれた。

「紹介するわ、有馬菜々よ。別名……」

「リリアン勝利の女神」

 日出実ちゃんが代わりに答えてくれた。みんな頼もしそうに菜々を見つめていた。

「行きましょう」

 菜々の合図で立ち上がるL分隊。

 他にばれないよう飛行艇を発進させ、訓練施設から飛び立った。

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「さあ、新しい日よ」

「運命の声に応えて勝利しなさい。それが、あなたたちの任務よ」

「((百|ひゃく))パーセントの力を出して戦うのよ」

 瞳子ちゃんは整列した精鋭たちに向かって激励していた。ところが、本来いるはずの部隊が丸ごと消えていることに気が付いた。

「L分隊! L分隊はどこ?」

 L分隊が乗った飛行艇内は、戦いの前に腹ごしらえで、モモッチが握ったおにぎりが振る舞われていた。

 三角でも((俵|たわら))でもない、真ん中をちょっと潰した太鼓型。((赤血球|せっけっきゅう))のような変わった形に((海苔|のり))が巻かれていた。塩で握られ、具は梅干し、((昆布|こんぶ))、鮭フレークと、((素朴|そぼく))ながら非常に((美味|びみ))なものだった。

「よく用意できたわね」

「調理室に偶然、((炊|た))きたてのご飯が置きっぱなしだったの」

「偶然、ね……それはラッキーだったわね」

 私はコクピットに((赴|おもむ))き、パイロットにも、おにぎりを渡した。

「そういえば、あなたの名前まだ聞いてなかったわね」

 色白で丸顔のパイロットは無言のまま、片手で((操縦桿|そうじゅうかん))を握り、もう片方の手でおにぎりを掴んで食べた。

「((冥土|めいど))の((土産|みやげ))を贈るとき、((宛名|あてな))が必要なのよ」

「……((千波|ちなみ))。((日比野|ひびの))千波」

「チナミさんね、覚えておくわ」

「プッ」

 千波さんは、突然ギャギャギャと大口を開けて笑い出した。この子、こんな変わった笑い方するんだ。

「何がおかしいの」

「冥土の土産に宛名書く人、初めて聞いたから」

「初めての人になれて光栄だわ」

 私は千波さんの肩を叩いて、待機室へと戻った。

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 ちさとさんに機動スーツを装着させてもらう。もう何度目になるだろう。

「由乃ちゃ、いや由乃さん」

「どっちでもいいわよ、何?」

「どうやって知ったの。私と由乃さんが本来は同学年だってことに」

「どうして?」

「他はみんな『ちゃん』付けなのに、私だけ『さん』付けなの、ずっと気になってたから」

 言われてみれば、何故かそうしていた。私の記憶に無い、潜在意識的な何か。ループにも残らない記憶があるのだろうか。

「なんとなくよ」

 私は適当に答えておくことにした。今までのお返しだ。

 

「オメガが、時を操作している。目標はオメガの破壊よ」

「生まれ変わりの化け物を、ぶっ飛ばしましょう」

 機動スーツに身包み、気合じゅうぶんの笙子ちゃん。

「アルファはどうするの?」

「そいつも倒すんじゃないの?」

「由乃さんは、こう言ってたわよ。アルファを倒すと、オメガは今日をリセットして、私たちは((白紙|はくし))に戻ってしまうって」

「じゃあ、アルファが襲ってきたら?」

「犠牲になってもらうしかないわね」

 私はそう答えた。アルファは倒せないのだ。

「敵は、私たちの到着に気づく。見張りをして」

 私は菜々の前に立ち、そう言ったが菜々は動かなかった。

「私も、みなさんと戦います」

「降下地点まで三十秒」

 パイロットの千波さんが合図する。

 L分隊は一斉に、機動スーツの肩に搭載されたライトを点灯させ、夜間戦闘のスタンバイに入った。

 ドフッ! ドフッ! 飛行艇に次々と穴が空いていく。敵襲だ!

「日出実ちゃんが! しまった!」

 私は両手マシンガンで敵に銃撃を浴びせる。

「菜々、((跳|と))ぶのよ!」

「敵は待ち伏せてた。((跳|と))ぶの! 早く!」

 私の合図で次々に降下する仲間たち。

「由乃さまは?」

 菜々が私に尋ねるが、私は菜々の降下ボタンを押し、菜々を降下させた。

 激しい敵の攻撃が続き、コクピットがやられ、パイロットを失った飛行艇は横回転しながら墜落した。

 私は飛行艇の外へ放り出されるも、川の上に落下して、ダメージは少なく済んだが、機動スーツが使用不能になってしまった。

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 リリアンまで、あと少しだったというのに。機動スーツを脱ぎ捨て、特殊木刀を手に、不時着して炎上する飛行艇に向かって歩いた。

 他のみんなは? 菜々は? 飛行艇の中を覗くと、無事な姿の菜々がいた。

「待ちましたよ」

 お互い無事な姿を見て、私と菜々は((安堵|あんど))した。

「他のみんなは?」

 現状確認をすると、かなり手痛い状況になっていた。

「弾薬不足だわ。地雷は一個だけ。笙子ちゃんは丸腰。ちさとさんは重傷で動けない」

 笙子ちゃんが不安そうに私を見ていた。

「『今日』は初めてなのよ。先が読めない」

「後は、戦うだけです」

 私の説明に、菜々が付け加えた。

「素手で? ちさとさんは重傷、三人死んだよ」

「弾薬を身につけてください」

 笙子ちゃんに構わず、菜々は指示を出した。

「ギタイの群れを突っ切って、お((聖堂|みどう))まで?」

 可南子ちゃんがキレ気味に喋った。

「ここにいたら殺されます」

 菜々が懸命に説得する。

「あれで行こう」

 私は不時着した飛行艇を指さして言った。

「あれが飛ぶっていうの」

「飛ばなくても、ここを横切るスピードが出ればいい。エンジンが動けば、あとは((推力|すいりょく))レバーで動くわ」

「可南子ちゃん、進路を作って」

 可南子ちゃんは機動スーツのパワーで、進路を遮っている障害物を次々にどかしていく。

 その間、私と菜々はコクピットのスイッチを片っ端から動かした。

「もう一度」

「ダメね。燃料レバーを」

 一方、外で待機していた、ちさとさんがついに力尽きて倒れていた。可南子ちゃんが心配して側へ駆け寄った。

「ちさとさん! しっかりして!」

「私はもうダメみたい。時間を稼ぐわ」

「点火。やれるわ」

 こちらコクピット。私は飛行艇の起動に成功した。

「急いで! 出発するって」

 笙子ちゃんが、ちさとさんと可南子ちゃんに向かって叫んだ。

「先に行って!」

 可南子ちゃんは、ちさとさんと共に残る決意をしていた。

「出発するわ。可南子ちゃんたちは?」

「二人は残るって」

 笙子ちゃんの報告を聞いて、私は飛行艇のエンジン始動させた。心配だけど、これ以上は待てない。

「可南子ちゃん、私は置いていって。来世で会いましょう」

 可南子ちゃんは、ちさとさんの観念した表情を見て、そっと肩を叩いてお別れをした。

 そこに容赦なく襲ってくる大量のギタイ。

「そこをどいて!」

 一度離れた可南子ちゃんだったが、ちさとさんの側に戻り、彼女を支えた。ちさとさんは残った力を振り絞り、マシンガンでギタイを迎え撃ち続けた。

「出発して! 急いで!」

 笙子ちゃんが叫ぶ。

 次々に襲撃してくるギタイ。ちさとさんはマシンガンを撃ち続け、片っ端から撃破していく。

「来るなら来なさい!」

 ちさとさんを支えながら、可南子ちゃんが叫ぶ。

『リロード、リロード、リロード』

 ちさとさんのマシンガンが弾切れになった。

 ちさとさんは可南子ちゃんに視線を送る。可南子ちゃんは((頷|うなず))いて、腰に巻いていた地雷の((紐|ひも))を引っ張った。

 大爆発が起こり、周辺のギタイが次々に吹き飛ぶ。

 だが、ギタイはまだまだ大量に残っていた。標的を飛行艇に変え、襲ってくる。

「こっちへ来るわ!」

 後ろで見張ってる笙子ちゃんを乗せ、飛行艇を発進させた。

「来なさい!」

 笙子ちゃんがギタイを((煽|あお))りながら、マシンガンをぶっ放していた。

 しかし、撃ち漏らしたギタイが一体、コクピットへ突っ込んでくる。

 私はマシンガンを手に取り、ギタイを迎撃する。

「由乃さま前!」

 前方にもギタイがいた。横にも!

 菜々もマシンガンで迎撃するが、ギタイの数は増えていく一方だった。

 そんな中、笙子ちゃんがギタイに足を引っ張られ、飛行艇から落下した。

「代わって!」

 私は操縦を菜々に頼むと、コクピットを出て、笙子ちゃんがいなくなった後方へ移動した。

 笙子ちゃんに代わって、私が両手マシンガンで追撃してくるギタイを迎撃。

 応戦するも、物量で圧倒するギタイ共が飛行艇を次々に襲う。ついにコクピットも襲われ、菜々は後方へ退避した。

「菜々! 捨て身で行って!」

 飛行艇はリリアンの校門をぶっ飛ばし、そのまま飛行艇ごと、お((聖堂|みどう))に突っ込んだ。

 衝撃で私は飛行艇の外へ弾き飛ばされ、((床|ゆか))に横たわった。

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 菜々は弾薬を手にし、飛行艇の外へと出た。

「これぐらい!」

 私は多少のダメージがあったが、平気だと菜々にアピールし、ショットガンを手に先へ進んだ。

 菜々も私の後についてくる。マリア像の前に地下へ続く入り口が、口を開けて待っていた。

 地下室は広く、ちょっとしたダンジョンのようになっていた。奥には大きな井戸が見える。

「あそこだ」

「井戸の中ですね」

 井戸の近くで、うごめいてる影が見える。私たちは物陰に隠れ、菜々が正体を確認した。

「アルファが……」

「あいつを引き離すから、オメガを倒して」

「無理です。その前に、由乃さまが殺されます」

「これを」

 私は菜々に((手榴弾|てりゅうだん))の((束|たば))を渡した。

「待って、よく聞いてください。どっちも生き残れません」

 菜々は手榴弾の束を私に突き返した。

「ありがとうございます。ここまで来れました。由乃さまのことを、もっと知りたかった」

 菜々は私の背中に手を伸ばすと、力強く抱きしめた。

 お互いの呼吸を感じられる程に顔が近くなり、私はそっと目を閉じる。

 

 私たちは強烈なキスをした。

 お互いに生きてる実感を、ぬくもりを、記憶に刻むように。

 

 ((唇|くちびる))を離すと、菜々は勢いよくアルファめがけて走って行った。

 気づいたアルファが菜々の後を追いかける。菜々は少しでも遠くへ引き離そうと必死に走った。

 私は、アルファが視界から消えたのを確認して、先へと進む。

 一方、菜々は逃げ場を失って、物陰に潜んでいた。無情にも回りこまれ、為す術もなくアルファの襲撃を受け、菜々は最後を遂げた。

 私はオメガが潜む大きな井戸へ飛び込んだ。菜々を始末したアルファが、私の後を追いかけてくる。

 水底でオメガの姿を確認した私は、手榴弾の束をオメガに向けて落下させた。

 アルファの攻撃が私の身体めがけた瞬間、手榴弾がオメガに炸裂し、大爆発を引き起こした。

 アルファの動きが止まり、地上にいた全てのギタイの活動が止まっていく。オメガは死んだのだ。

 私の身体は水中でオメガの血を浴びながら、ゆっくりと漂っていた。それから間もなくして意識を失った。

 私は死んだ。全てが終わったのだ。これが、私の運命……。

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 暗闇を照らす光が見えてくる。ここが天国なのだろうか。

 目が慣れてくると、光の正体が少しずつ、人の形となって見えてくる。この顔どこかで……マリア様!?

 マリア様は手に包むように、何かを抱えていた。よく見ると、それは『オメガ』だった。

 オメガは、マリア様の手の中で爆発し、無数の破片となって四方に散らばっていく。

『お別れはイヤ!』

『どうして終わりがあるの』

『卒業なんて無ければいいのに』

『……ちゃんのチューが心残りで、卒業できなーい』

 これは人の声!? いや、心の中!? なんだか聞き覚えのある声も混じっていたが、全ての破片には人の悲しみが刻まれていた。

 破片に薄っすらと見える人の姿。それは全てリリアンの生徒だった。

『リリアンの生徒では無くなるんですか』

『卒業したら、もう会えないんですか』

 卒業生だろうか。ワニ((柄|がら))の丸筒を持った生徒が、泣きながら誰かに訴えていた。

 そうか、オメガの正体は宇宙生物なんかじゃない。リリアンの卒業生が生み出した悲しみの結晶だったんだ。

 終わりたくないという強い願いが、時間をループさせていた。全てつじつまが合う。

『女の子に生まれてリリアンに入りたかったのに』

 この子、どこかで……。

『リリアンが無くなるわけではありません』

 破片の中心で、誰かの声が聞こえる。優しくて、温かくて、心地のよい声。

『自分はリリアン女学園の生徒である。という自己申告があれば、誰でもリリアンの生徒です』

『性別年齢は問いません。次元や世界が違っていても』

『リリアンの校門は広く開いて、いつでも、みなさま待っています』

 声の主がハッキリと見えた。それはマリア様だった。

 暗く((濁|にご))っていた無数の破片が、水晶のように綺麗に光輝いて、マリア様に吸い寄せられていった。

 世界が違っていても……世界が……違う……? 何かが私の中で引っかかった。

 再び意識が薄らいでいく。((微|かす))かに残る意識の中で、私はマリア様が((抱|だ))いてくれてるのを感じた。

 とても優しくて、温かくて、落ち着く……このままずっと……そのままで……。

 

 そうだ、思い出した。

 帰らなきゃ、元の世界に。

 私が私でいられる世界。

 本当の世界へ。

 菜々のいる世界へ。

 マリア様、私を帰して。

 マリア様は((微笑|ほほえ))んでいた。

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「ごきげんよう、((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))」

 目を開けると私はマリア像の前で、手を合わせていた。

 横には乃梨子ちゃんが、覗きこむように私を見ていた。

「ずいぶん熱心にお祈りしてましたね。何か願い事でも?」

 怖い顔してバレエシューズを((口|くち))に突っ込んで来る気配もなく、私がよく知ってる乃梨子ちゃんだった。

「願い事が((叶|かな))ったお礼かしら」

「そうなんですか、よかったですね」

 お先に失礼と去っていった乃梨子ちゃんと入れ替わるように、今度は頭に二つのドリルを付けた子が現れた。

「これは((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 瞳子ちゃんは、愛くるしい笑顔で挨拶をする。私はじっとその顔を見続けた。

「私の顔に何か付いてます?」

「いや、別に」

 瞳子ちゃんは((怪訝|けげん))そうな顔をして、そうですかと去っていった。鬼のように怖い瞳子ちゃんじゃなかった。

 私は((下足箱|げそくばこ))に向かって歩きだす。

「ごきげんよう、((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))」

「ごきげんよう、可南子ちゃん」

「ごきげんよう、((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))」

「ごきげんよう、笙子ちゃん」

「ごきげんよう、((黄薔薇さま|ロサ・フェティダ))」

「ごきげんよう、日出実ちゃん」

 今日はやたらと知ってる子とすれ違う。お弁当らしき包みを抱えて、上級生を呼び止める姿が見える。あれは……((百|もも))ちゃんだっけ。相手は((環|たまき))さんかな。

「あ、由乃さん。今日は遅かったね……って、どこへ行くの?」

「急用、祐巳さんまた後で」

 ((廊下|ろうか))へ出ると、これまた知った顔と出くわした。

「((田沼|たぬま))ちさと! いや、ちさとさん」

「何なの」

「菜々はどこ?」

「体育館で((朝練|あされん))してるわよ。たまにはあなたも、って聞きなさいよ!」

 体育館の隅っこで、一人腕立て伏せをしている生徒の姿があった。

「菜々!」

 菜々は、ゆっくりと顔を私に向けた。

「私、だーれだ?」

「お姉さま、どうかしたんですか」

 私はこの瞬間、人生最高の笑顔になった。

 

おしまい。

説明
マリみて由乃&菜々メインSF小説の完結編です。
前編 http://www.tinami.com/view/780799 、中編 http://www.tinami.com/view/780804
全てを収録した電子書籍版をBOOTH他、各DLショップにて頒布中です。 https://32ki.booth.pm/
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