蒼海の果て 第3話 |
12月13日
南米ウルグアイ沖
「敵艦隊発見。軽巡クラス1、駆逐艦クラス2から3。距離3万」
フィンランドで激戦が繰り広げられている最中、赤道を挟んで反対側でも戦火は舞い上がっていた。
「遠いな。まさかこんな海域で会敵するとは思わなかったが」
「我々の動きが読まれていたと?」
欧州から遠く離れた南米の沖を航行していたのは、ドイツ海軍ドイッチュラント級装甲艦3番艦アドミラル・グラーフ・シュペー。
28cm52口径三連装砲塔二基を装備した戦艦に準じた火力を持ち、戦艦よりも優速な事から、各国ではポケット戦艦、日本では豆戦艦と呼ばれる。戦艦よりも高速、重巡洋艦より強力、とのうたい文句で広く知られており、英国海軍(ロイヤル・ネイビー)はこれを警戒していた。しかし、ドイツ海軍の戦備では、およそ10倍の戦力を誇る英国主力艦隊と戦闘を行う事は不可能であることは自明の理だったことから、海軍方針は当初から通商破壊を基本に戦備を整えることを主眼としていた。ドイッチュラント級はディーゼル機関を採用し10kt2万海里という長大な後続力を活かし、通商破壊用艦艇の中核と位置付けられていた。
アドミラル・グラーフ・シュペー 性能諸元
全長186m 全幅21.6m 基準排水量12100t 速力28.5kt
SK/C28 28cm52口径三連装主砲2基6門
SK/C28 15cm55口径単装速射砲8門
533mm四連装魚雷発射管2基
そもそも、ドイツ海軍はイギリス海軍と交戦するのは1944年以降であるとの見通しから、英国戦艦戦隊と交戦する事も可能とする、かつて存在していた大洋艦隊(ホーホゼーフロッテ)(Hochseeflotte)の再建を目論むZ計画が、海軍総司令官エーリヒ・レーダー海軍元帥の主導の下で進行中だった。しかし、見通しの甘さからイギリス、フランスと開戦に至り、アドミラル・グラーフ・シュペーはイギリス本土とインド、オーストラリアを結ぶラインを攻撃するべく、同型艦ドイッチュラントと共にヴィルヘルムスハーフェンを出撃し大西洋に進出。
9月24日、海軍総司令部から通商破壊命令を受け、補給艦アルトマルクによる補給を受けながら英国商船を探し求めた。現在までに大西洋からインド洋マダガスカル沖にかけて撃沈した商船は9隻、5万総トンに達する大戦果を上げていた。
対してこの損害を重く見た英国海軍本部は、リュツォウ(ドイッチュラント)、アドミラル・グラーフ・シュペー両艦を補足するべく、巡洋戦艦レナウン、空母アークロイヤル、フューリアス、ハーミーズを中心とした強力な捜索部隊を編制(A〜Iまでの9つの部隊)して追撃を開始し、船団護衛のため低速な戦艦リヴェンジ、ラミリーズを含む部隊まで駆り出していた。おまけにフランス海軍戦艦ダンケルク、ストラスブールまでもが通商破壊艦捜索に加わっていた。
そして、英国海軍のG部隊と接触してしまったのであった。
「そのような事はあるまい」
「船団護衛の小部隊と思われます。戦艦らしき艦影なし、仕掛けても問題はないようにおもわれますが?」
副長の問いかけに、艦長ハンス・ラングスドルフ大佐は「よかろう」と短く応えた。戦艦がいないことで、たかを括っていた面があったのは否定できない。まさか、そこまで重要視はしてないだろうと。たかだか軽巡1隻、駆逐艦2隻など何ほどのことがあろうか?
「本国の戦闘禁止令を破ることになるが、この程度の戦力ならば撃破するのにそれほど手間取ることもないだろう。面舵。接近した後、こちらから仕掛ける。全主砲塔戦闘用意」
「ヤー、面舵一杯!」
アドミラル・グラーフ・シュペーは加速を開始し英艦隊へと早朝の海原を疾駆する。最初の見積もりならば間違いなく瞬殺できる戦力差であったはずだった。
「左40°、大型艦とおぼしきマスト視認!」
「やはりいたか。私の読みも中々捨てたもんじゃないね」
英国南大西洋支隊巡洋艦戦隊G部隊旗艦軽巡エイジャックス。報告を受けたヘンリー・ハーウッド代将は満足げな表情を浮かべて会敵を喜んだ。
十日程前に撃沈された商船から発信された信号と、自軍の配置からシュペーが南米方面に避退したと予測し、それは見事に的中していた。彼の下には重巡洋艦エクゼター、カンバーランド、軽巡エイジャックス、アキリースが配備されていたが、カンバーランドは故障中につきフォークランドで整備中であり、若干の戦力不足であったがそれでもなお、装甲艦一隻を優に上回る戦力を有していた。
各艦諸元
ヨーク級重巡洋艦エクゼター
全長175.3m 全幅17.5m 基準排水量8400t 速力32.5kt
Mk8 20.3cm50口径連装砲3基6門
Mk5 10.2cm単装高角砲4門
533mm三連装魚雷発射管2基
リアンダー級軽巡洋艦エイジャックス アキリース
全長166.5m 全幅16.8m 基準排水量7270t 速力32.5kt
Mk21 15.2cm50口径連装砲4基8門
Mk5 10.2cm単装高角砲4門
533mm四連装魚雷発射管2基
「エクゼターを分派し、頭を押さえさせるように指令。本艦とアキリースは右に回り込む。全艦砲戦用意」
ハーウッドは艦隊で一番強力な火力を持つエクゼターを向かわせ、軽巡2隻でシュペーの退路を閉塞するよう艦隊を二分した。
対して英艦隊の陣容が重巡1、軽巡2の強力なものであることを砲戦開始の直前でハンス以下乗員も気づくが、もう後に引くことはできなかった。
「敵艦ヨーク級、並びにリアンダー級!」
「接近中のヨーク級に照準! アントン、ブルーノ射撃用意!」
28cm三連装主砲塔が旋回し、左前方より接近中のエクゼターを射線に捉える。
「フォイヤ!」
ハンスの命令で前後2基ある主砲塔から6発の主砲弾が放たれる。距離17000で砲戦開始。
その様子はエイジャックスに座乗するハーウッドの眼にも映った。
「応戦せよ。目標アドミラル・グラーフ・シュペー。フォークランドで散ったシュペー提督と同じく、この海で沈んでいただく」
「ファイア!」
エイジャックス、エクゼター、アキリースが順次砲撃開始。第二次大戦が勃発して最初の英独海軍の大規模海戦となるラプラタ沖海戦の開始だった。
北東に向け航行する英艦隊を先に発見し北西方面より突入したシュペー号に対して、G部隊エクゼターは取り舵を切り西へ転舵。エイジャックス、アキリースの二艦はなおも北東に向かう形となり、先手必勝を期し艦長ラングスドルフはその砲口をエクゼターに向け砲撃を開始。
やや遅れてエクゼターが発砲、激しい砲撃戦が開始される。続いてアキリース、エイジャックスも砲撃を開始。
シュペー号の搭載する28年式28cm砲は10000m以下の至近距離では、イギリス海軍のクイーンエリザベス級戦艦の搭載するMk1 38.1cm主砲弾の貫徹力に匹敵する代物であり、先に接近したエクゼターはこの強力な砲弾の洗礼を浴びることになった。
自艦の発砲した砲弾が弾着する際発生する水柱よりも倍近いであろう大きさのそれが、周囲に連なっていく。商船相手とはいえ動目標を標的に砲撃を行っていたシュペー号乗員の技量は間違いなく向上しており、ドイツ海軍を三等海軍と侮っていたエクゼター乗員達はそれが間違いであったことを、身をもって知らされることになった。
「エクゼター、艦尾に被弾を確認! 続いて艦前部にも被弾!」
エイジャックスの艦橋からもエクゼターが集中砲火を浴び、滅多打ちにされている様子が伝えられる。
「いかんな、やはりカンバーランドが抜けた穴は大きかったようだ…。艦長、距離を詰め同航戦へ移行。やられたままでは済まされん事をドイツの青二才に教えてやりたまえ」
ハーウッドは落ち着き払った様子で艦長に命じる
「アイアイサー。方位0−1−0、取り舵10、距離8マイルまで接近」
北東方面から北へと針路を変え、被弾を覚悟の上でアキリースとエイジャックスは、有効打を喰らわせるべく接近を試みる。
「敵ヨーク級に命中弾、4発を確認。前部主砲は沈黙したものと思われます!」
回避行動をとりながらこれだけ命中させられれば言うことはないな、と燃え上がるエクゼターを見ながら、艦長ラングスドルフはまだ余裕の表情を見せていた。一番厄介な重巡を黙らせれば、あとは距離を置きながら残る軽巡をゆっくり始末すればよいと考えていた。
それほどに、砲撃戦開始より十数分という短時間でエクゼターの戦闘力を奪うほどの成果をあげている。鮮やかと言うにふさわしい速さであった。
「そろそろ魚雷が来るぞ。回避行動に移る、取り舵一杯!」
「取り舵一杯!」
ラングスドルフはエイジャックスとアキリースが搭載する魚雷を警戒した。533mm魚雷をまともに喰らえば、ポケット戦艦といえども大破は免れない。そして、その予測は幸いにして当たっていたことはすぐに証明された。
回避行動開始とほぼ同時に、その背後からエグゼターは起死回生の一撃として舷側に備え付けられた魚雷発射管から魚雷を四発放ったが、全弾回避されてしまうこととなる。
「アントンはヨーク級への砲撃を続行、ブルーノは敵リアンダー級に目標を変更! 戦闘を継続、英艦隊を撃滅する!」
ラングスドルフの号令に、艦橋はいよいよ勢いづく。
砲火に晒されたエクゼターは、28cm砲弾がB砲塔に被弾貫通し使用不能、A砲塔は旋回不能となり戦闘不能の状態に陥る。この事態にハーウッドは、エクゼターをフォークランド方面に避退させる指示を出すとともに、命中率を上げるため着弾観測用の水上偵察機スーパーマリーンウォーラスの発艦成功により、エイジャックスとアキリースの命中率は飛躍的に向上することになる。
軽巡の15.2cm砲弾では大した損害にはならないが、そのうちの一弾が予期せぬ結果をもたらす。
「右舷蒸気配管に被弾!」
この報告にラングスドルフは蒼白となった。この艦のアキレス腱を切られたに等しい致命的な損傷だった。
構造上の欠陥といってもいい、ディーゼル機関を採用したシュペー号だが、ディーゼル燃料は粘度が高くボイラーの蒸気で加熱し、液化させたのちボイラーに供給されていた。その蒸気管は非装甲部であり、そこに命中弾を受けたことにより、残りの燃料を供給することが不可能となってしまった。
「航海長、中間タンクの残燃料でどれくらい持つ?」
「は、持って20時間です……」
優勢な戦闘を推し進めていたラングスドルフだったが、決断を下さなければならなかった。
「やむを得ない、残念ではあるがこれ以上の戦闘は不可能。中立国のウルグアイへ一時避退する」
煙幕を張り西へと離脱し始めたシュペー号を見ながら、ハーウッドは拍子抜けしていた。
「何故だ? 戦闘行動可能だというのに、なぜ引き下がる?」
腑に落ちなかった。明らかに優勢なのに勝てる戦いを放棄するというのか?
「司令、残念ですが本艦、ならびにアキリースも主砲残弾が底を尽きました。敵が引いてくれたのはありがたいことです」
初期の戦闘で命中弾を出せず、無駄玉を大量に消費してしまった結果だった。
「口惜しい、が逃がす訳にはいかない。このまま追撃する。それと南大西洋に展開する全艦隊に向け打電、アドミラル・グラーフ・シュペーはウルグアイ沖に向け逃走中、至急増援を送られたし」
予想以上に手強い相手だ。ここで始末を付けねば、また大西洋で暴れまわる事になるだろう。栄光あるロイヤルネイビーの名においてそのような暴挙を許す事はできない。
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