ノーライフキングの日常 2話 血の晩餐 |
2.
目覚めは最悪であったが、ともかく今宵の血の晩餐である。
もっともなじむのがヒト種、又はヒト型、の種だ。
我々は血を摂取せねば、長い時を不死として生きることはできない。
またヒト種の3大欲求と同じく、食欲と性欲の充足が同時に摂れるというのもある。
一応、ヒト種同様食物の摂取や性行為で欲求を散らすこともできるが、それは代替行為に過ぎないのも事実。
魂の奥底から求め、叫ぶのだ。
血を欲することを。
それは獣の狩猟本能の如く、拭い去れない欲求だ。だからこそ吾輩は自分がその獣と同列になったようで、正直この吸血にうんざりしている。
だが、仕方ない。血を絶った貴族は例外なく発狂して死んでいる。
流石にその結末を辿るには吾輩はまだまだ若い。
楚々として佇むメイドのリアナに用意はできているか?という確認をした。
「今宵は1名確保が叶いました。本人の意思も了承済みです」
吾輩はうなずいた。
そろそろ限界だったのだ。
吾輩の吸血のインターバルは年4回。
その際、領内の民には必ず血の晩餐の出血・・・もとい出欠の同意と確認を取るようにしている。
だが、他の貴族はヒト種をただの血袋とみなしているきらいがある。
吸血鬼に元から備わった強靭な肉体・力・再生力・特殊能力。
その全能感もあってか、自分たちよりも下等生物とみなしている、というわけだ。
全くバカげておる。
過去、ヒト種とは生存を賭けたやり取りがあった。
中には、専門のバンパイアハンターや勇者と呼ばれる超ヒト種に滅ぼされたものも大勢いた。
我らの能力は途轍もなく高いが、弱点が全くないわけではない。
ヒト種の力は我ら以上の繁殖力と数、そして改善しようとする工夫である。
それらが統治する許容容量を超えた際、その先にあるのは互いの損耗又は破滅である。
他のバカ貴族どもは何故そういうところから学ばないのか?
吾輩はそういったトラブルを起こすのを嫌ったため、少なくともわが領内ではそういうヒト種を見下した思想がないよう、臣下一同徹底している。
ヒト種では討伐できない魔物から生命や財産を守ったり、生活に必要な知恵を授けたりもしたため、概ね良好な統治ができているものと思っている。
領民である彼らも脅威が降りかかることが少なくなるし、吾輩も己の命を保つことができる。
まさにWIN=WINの関係と言えよう。
吸血の際勿論ではあるが、生命の安全並びに、グール又は吸血鬼化はしないよう吾輩は調整している。
減った血の代わりに吾輩のマナを送り込んでいるので、男性は精力増強、ご老体にはリウマチ・腰痛・神経痛の快癒に、ご婦人方には美容・冷え性効果も高いとの評判もあり、領内の女性は総じて若々しい。
成り立てや、下級貴族ではこういった調節はできない。また、戯れに吸血鬼化させるバカな貴族連中もいる。全く、トラブルの種を自分で作るなど、度し難い奴らだ。
吾輩は、先祖伝来のインバネスを羽織ると、晩餐のある食堂へ向かった。
そこに今宵の獲物が待っている。
「今宵は男か、女か?」
「年若い女でございます」
音も立てず、影のように付き従うリアナの言葉に、そういえば、領内の妙齢の女性は一通り味わったな・・・と思いながら、堂々と歩を進める。
食堂に入ると、テーブルの上には贅を尽くした料理が並んでいた。
血の提供同意者には、このように礼としてもてなしている。
それに正しい食事は、血の霊力の質を左右するものでもある。そういう意味でも手は抜けないのだ。
「またせたな。料理はどうかね?」
吾輩は気さくに笑いかけながら席に着いた。
「?」
その時になって、吾輩はようやっと気づいた。
長い晩餐用のテーブルの先には、客人の椅子があり・・・客人の姿が見えない。
だが、食べかけの料理はある。
「客人はどうした?用足しか?」
「いえ、そこにおります」
「見えんぞ?」
「座ってございますよ」
その時、テーブルの縁から手がにょきりと生え、握ったフォークが鋭くひるがえるとカモ肉のローストへ豪快に突き刺した。
吾輩は思わずびくりと体を震わしたが、それは武者震いである。
もちろん武者震いである。
やがてゆっくりと様子をうかがうようにカモ肉はテーブル下へと戻っていった。
仕切り直しだ。
「挨拶ぐらいしたらどうだ?」
いささか憮然としたものの、無礼な振る舞いに憤るより珍妙な客の姿を見てやろうという興味のほうが勝り、席から立ち上がると客人へ近づいた。
そうすると、テーブル下でびくりと身を震わす気配があった。
「怒ってはおらぬ。吾輩が怖いかね?心配することはない。命をどうこうする訳ではない。なに、直ぐに済む。安心したまえ」
やや猫撫で声になってしまった。
リアナがいつの間にやら傍におり、その応対は女性にはアウトです、旦那様と手信号を送っている。
ええい、煩い。だまっておれ。
目に力を込めてリアナに返答すると、リアナはやや目を細めた。
剣呑な瞼の奥から力強い目力が突き刺さったような、そう錯覚を感じた。
猫は敵対していませんと態度に示す際、顔をそむけるという。
吾輩はリアナの視線を華麗にスルーすると、客人に優しく声をかける。
「さ、怖がらないで姿をみせたまえ・・・」
椅子の座面が見える位置まで近づき・・・
そこでようやく正体が判明した。
「ど、どういうことだ、リアナ?!」
吾輩は狼狽した。そう狼狽である。
偉大なる吾輩が狼狽するなど、ましてそれを認めたことなど、ここ100年はなかった。
あれはそう、吸血鬼の王の中の王、神祖様の拝謁を初めて賜る栄誉を下賜された以来である。
吾輩は両手で瞼をもみこみ、己の目に映ったものが間違いでないことを確かめるべく、おもわず腰を落とした。
覗き込んだテーブルの下、純白の美しいレースが入ったテーブルクロスが垂れているその帳の向こうに。
腰を落としたことにより低くなった吾輩の視線がぴたりと彼女に合う。
やや涙目になった、青い瞳、金色の髪を持つ年若い女。
口の周りは、シェフ自慢のオレンジのソースでべたついている。
今宵の獲物、血の提供同意者。
・・・幼女がいた。
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