吹雪型一番艦、着任ス |
【アニメをみて吹雪の話を書いてみるのは間違っているだろうか】
「いいこと?」
「暁の水平線に勝利を刻みなさいっ!」
司令艦の号令の((下|もと))、少女たちは((大海原|おおうなばら))を駆ける。彼女らは((駆逐艦|くちくかん))や((巡洋艦|じゅんようかん))などの旧日本海軍等の((艦艇|かんてい))の生まれ変わりであり『((艦娘|かんむす))』と呼ばれていた。
世界大戦が終わった数十年後の世界に、どうして彼女たちが出現したのか。また、同時期に海底から出現した『((深海棲艦|しんかいせいかん))』と呼ばれる((異形|いぎょう))の敵とは何なのか。理由は誰も知らない。
ただ、迫りくる現実は海の平穏を阻害し、航海の安全を((脅|おびや))かした。艦娘たちは今日も海の平和を((護|まも))るために、((艤装|ぎそう))を身にまとい((健気|けなげ))に戦う。
いつまで続くのか、どうして艦娘だけが、深海棲艦を倒せるのか、多くのナゾを抱えたまま。
これは、駆逐艦の生まれ変わりの一人『((吹雪|ふぶき))』の視点で((描|えが))く、平凡でちょっとだけスリルを((交|まじ))えた物語である。
『吹雪型一番艦、着任ス』
どうしてこうなった。私は((窮地|きゅうち))に立たされていた。
目の前に((深海棲艦|しんかいせいかん))が三隻。全て駆逐イ級。雨が激しく降り注ぎ、視界は最悪。
私は十二・七センチ((連装砲|れんそうほう))を構え、照準を一番手前にいる駆逐イ級に((定|さだ))める。
だが、敵はじっと待ってはくれない。すぐ照準の外へ動いてしまう。そして、少しずつ私との距離を縮めてくる。
膝が震えていた。いや、膝だけじゃなく身体全身が震えていた。
『撃沈される』
やられる前に先にやるしかない。私は主砲の引き金を引いた。二つの弾丸が勢いよく飛び出していく。
発射と同時に、私の身体は空を((仰|あお))いだ。反動でバランスが崩れたのだ。
『もうダメだ……』
攻撃は失敗だ。一体何がいけなかったのだろうか。ちょっと前を思い出してみよう。
((辺|あた))り一面、見渡す限りの((蒼|あお))い海。どこまでも広がる水平線。島一つ見えない。
「ここはどこ?」
この状況をあえて言うならば、私は迷子になったのだ。それも海のど真ん中で。
でも、大丈夫。こういうときは、慌てずに((羅針盤|らしんばん))で方角を確認すればいい。
羅針盤の針がグルグル回る。あとは止まった方角を目指して進むだけ。簡単な航海のはずだった。
「羅針盤さん、私はどっちへ進めばいいのかな?」
ひたすら回る羅針盤。止まる気配が一向にない。嫌な予感がする。
「おかしいな? 止まれぇ、ねぇ、止まれって!」
羅針盤を何度も叩いてみたが、それでも止まらない。ようやく私は確信した。
「こ、壊れてる!」
これが前途多難な出来事の始まりだった。
だが、まだ慌てるタイミングじゃない。((要|よう))は方角さえ((判|わか))ればいいのだ。それは太陽の位置で判る。
私は空を見上げた。しかし、そこに太陽は無かった。代わりに灰色の((混沌|こんとん))とした厚い雲が上空を((覆|おお))っていた。
「どうして!? さっきまで晴れてたよ!?」
これじゃ東も西も分からない。雲が晴れるのを待つべきか。いや、そうしてる間にも嵐に巻き込まれ、最悪の場合は転覆しかねない。
((雷鳴|らいめい))がとどろき、頭上からシャワーのように豪雨が降り注いだ。もし、これで深海棲艦と遭遇しようものなら、間違いなく私は撃沈される。
((稲妻|いなずま))が走り、辺り一面を明るく照らす。その瞬間、三つの影が私の視界に入った。
「あれは……駆逐イ級!?」
嫌な予感は当たるもので、深海棲艦と遭遇してしまった。しかも相手は三隻。こっちは一隻。最悪の状況だ。
「私がやっつけなきゃ……」
誰も護ってくれない。敵は全て自分自身で倒すしかない。豪雨でびしょ濡れになりながら、主砲の十二・七センチ砲を構えた。
「当たってー!!」
砲撃時の反動でバランスを崩しながらも放った一撃だったが、砲弾は虚しく見当違いの海面に着水した。
敵から魚雷のようなものが見え、こちらへ向いていた。やられる!? 私は恐怖に震えながら身構えた。
「私、ここで沈むの!? いや……! いやだよぉ……」
ゴゴゴゴゴゴ――。
雲の上から((唸|うな))り声のような、((雷|かみなり))とは異なる無機質な((風切|かざき))り音が聞こえてくる。これは一体?
灰色の厚い雲を突き抜けて現れたのは、爆撃機だった。
「あれは、((九九式艦爆|きゅうきゅうしきかんばく))!?」
およそ二十機の艦爆隊は、駆逐イ級の頭上に急接近し、次々と爆弾を投下していった。駆逐イ級はあっけなく三隻とも沈んでいった。
深海棲艦の消滅と共に、雷雲がウソのように晴れていく。この雲は深海棲艦が呼び込んだものだったのだろうか。
続いて小柄な艦娘が二体、こちらに向かってくる。艤装から推定すると駆逐艦のようだ。
「((睦月|むつき))、はりきって、まいりましたよ?」
「睦月ちゃん、もう終わったみたいよ」
「にゃっ!? にゃにぃー!? もう全滅ですかぁー?」
「((如月|きさらぎ))の活躍をみせられなくて残念ですわ」
肩透かしだったとばかりに、駆逐艦タイプの艦娘二人は肩を落とした。
「およ? この子は誰ですかぁ?」
睦月と名乗っていた子が私に気が付いた。私ともう一人へ交互に視線を送った。
「さあ。((存|ぞん))じ上げませんわ」
如月と名乗っていた子が首を((傾|かし))げる。
「この艤装、ひょっとして艦娘ですかー?」
「初めてみる型式ね……あなたも駆逐艦? それとも軽巡かしら?」
「あっ……私、特型駆逐艦の吹雪です」
「ふぁっ!? 特型ぁ!?」
「まあ。あなたが噂の……」
「噂って何!?」
「((赤城|あかぎ))さん来たよー、おぉーい」
睦月が後方に向かって大きく手を振った。振り返ると、水平線上に浮かぶ空母型の艦娘が近づいてくる。
「みなさん大丈夫でしたか?」
その空母型の艦娘は、優しく心配してくれた。
「あ、ありがとうございます。吹雪は大丈夫です!」
「睦月の活躍で((一網打尽|いちもうだじん))にゃしぃ」
「何事も無かったかのように終わってましたわ」
睦月ちゃん何もしてないでしょ。そう心の中で突っ込みを入れる。
「そう、よかった」
飛行((甲板|かんぱん))に描かれた識別『ア』の字。第一航空戦隊、通称『((一航戦|いっこうせん))』の正規空母『赤城』さんだ。
一航戦の名声を知らない者はいない。たった二隻で数十の深海棲艦に完全勝利した凄腕の艦娘で、当然私も知っていた。
弓矢を構えた姿は((凛々|りり))しく、格好よかった。思わず((見惚|みと))れてしまう。
「見かけない子ね。所属は?」
赤城さんは私を見て首を傾げた。
「あっ、私まだ配属されてなくて、((鎮守府|ちんじゅふ))に向かってる途中なんです」
「単艦で?」
「それが……迷子になっちゃって……」
「なるほど。この辺りは深海棲艦が多数((潜|ひそ))んでいます。鎮守府まで私たちと同行した方がいいですね」
「それは助かります!」
「赤城さん。その子、誰?」
空母型艦娘がもう一人やってきた。飛行甲板には識別『カ』の字。赤城さんと同じ一航戦の『((加賀|かが))』さんだ。
「迷子ですって」
「そう。とりあえず作戦は終了。((帰投|きとう))しましょう」
加賀さんは私にはあまり興味を示さず、((一足|ひとあし))先に進んでいった。赤城さんと私も後を付いていく。睦月と如月は最後方で警戒していた。
途中バランスを崩して、転覆しそうな場面がいくつかあったけど、何とか敵に遭遇することもなく、無事に鎮守府へ到着できたのであった。
鎮守府に到着した私は、司令官のいる執務室へ行くよう指示された。
やや緊張した((面持|おもも))ちで、執務室のドアをノックする。
「はいりたまえ」
女の人の声で返事があった。司令官って男だって聞いていたけど。とりあえず入ろう。
「失礼します!」
執務室は、こじんまりとして、さほど広くはない。大きく開いた窓からは港が見える。執務用の机が一セット。その後ろには怪獣映画『((弩|ド))ジラ』のポスターが貼ってあった。
机の前には戦艦型の艦娘が二人立っていた。司令官らしき人物の姿は見えない。
「長旅ご苦労だったな。秘書艦の戦艦((長門|ながと))だ」
「長門型二番艦の((陸奥|むつ))よ。よろしくね」
「ふ、吹雪です! よろしくお願いします!」
世界のビッグ7と呼ばれている長門型二人を前に、私は気を付けのまま敬礼した。
「提督も吹雪が来るのを楽しみにしておられたのだが、緊急の会議が入って、数日はご不在だ」
長門さんは私の疑問を、尋ねる前に答えてくれた。そういうことだったんだ。
「所属については、提督が戻られた((後|のち))、辞令を出す」
「今日のところは部屋でくつろいでるといいわ」
「は、はい。ところで部屋は……」
「なんだ? ああ、場所か。それなら如月が案内する手はずになっている」
ちょうどいいタイミングで、ドアをノックする音が聞こえ、如月ちゃんが入ってきた。
私はドアに足をぶつけるという典型的なドジをやって、執務室を出た。
「あの子が本当に運命の分かれ道?」
「提督は、そうおっしゃっていた」
「ふぅ?ん。とてもそうは見えなかったけどね」
「いずれ分かるときが来るだろう」
「((来|きた))るべき日までに間に合えばいいけれど」
「そうだな……」
如月ちゃんに鎮守府の中を案内してもらいながら、私たちは((寄宿舎|きしゅくしゃ))に向かって歩いた。
「如月ちゃんって、睦月型の二番艦なんだ。ちょっと意外……」
「あら、どうして?」
「如月ちゃんの方が、お姉さんっぽいかなって」
「生まれたのは睦月ちゃんが先だけど、デビューは私の方が早かったの。それでかしら?」
「そうだったんだ。そういえばさっき、聞きそびれたんだけど、私の噂って?」
「あはっ、その話? 今度、十一隻の特型駆逐艦が新たに配備されるって聞いていたの」
「じゅ、十一!? 私だけじゃなかったんだ」
「しかも一番艦から配備されるって話で」
私の知らない情報が次々と出てくる。詳細はこちらに着任後、説明するって聞いてはいたけれど。
「どんな((娘|こ))が来るんだろうって、みんな楽しみにしていたのよ」
そこで如月ちゃんは((黙|だま))り、私の顔をじっと見つめた。
「ど、どうかしたの?」
「特型駆逐艦っていうから、怖い人だったらどうしようって思ってたの。吹雪ちゃんみたいな((娘|こ))でよかったわ」
「私も鎮守府って、怖い人たちばかりだったら、どうしようって思ってた」
「まあ。それでどうだったのかしら?」
「如月ちゃんも睦月ちゃんも親しみやすいし、赤城さんや長門さん、陸奥さんも親切そうで安心しちゃった」
「それはよかったわ」
お互いにっこり笑った。うまくやっていけそうだ。
「私たちの部屋はここよ」
「私たち?」
「あら? 聞いてなかった?」
如月ちゃんを先頭に部屋に入ると、中で睦月ちゃんが((煎餅|せんべい))かじりながら雑誌に目を向けて、くつろいでいた。
「私と睦月ちゃん。今日から吹雪ちゃんを加えた三人の部屋よ」
小さくまとまった部屋には板張りのエリアに大きめの机が一つ。((四畳|よんじょう))ほどの((畳敷|たたみし))きのエリアには丸テーブルと三段タンスが置いてあって、端っこには三段ベッドがあった。
「ベッドは一番下を使ってね。あと、荷物届いてるわ」
机の上に、私の着替えや私物やらが詰まった箱が置いてあった。
「吹雪ちゃん、よろしくですよぉ」
睦月ちゃんが嬉しそうに私の手を握ってくれた。
「私も睦月ちゃんと一緒の部屋で嬉しい!」
「本当? 睦月、感激ぃ!」
睦月ちゃんもいい人そう。これから((昼夜|ちゅうや))を((共|とも))にする仲間だ。この二人が一緒の部屋で本当によかった。
「へぇ、これが特型駆逐艦の一番艦かぁ」
背後から、ぺたぺたと私の顔やら身体中を触りまくる感触が伝わってくる。
「きゃあっ!?」
「うーん、胸の辺りが惜しいかな。でも、こういう素朴な感じ、私は好きだな。かわいいし」
「((姉|ねえ))さん、失礼ですよ……」
だ、誰!? いつの間にか艦娘らしき二人が背後に立っていた。
「ど、どちら様で?」
「((川内|せんだい))、第三水雷戦隊((旗艦|きかん))だよ。((夜戦|やせん))なら任せておいて!」
「あの……軽巡洋艦、((神通|じんつう))です。どうか、よろしくお願い致します……」
馴れ馴れしい((川内|あね))とは対照的に、((神通|いもうと))の方は奥ゆかしい感じがした。
「お二人は川内型軽巡洋艦の((姉妹|しまい))で、もう一人、((那珂|なか))ちゃんって子がいるんだけれど……」
睦月ちゃんが補足してくれると、外から大きな声が聞こえてきた。
「川内型三番艦、那珂ちゃんでーす! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんをよろしくぅ!」
窓から下を見下ろすと、川内さんと同じ服装の艦娘がビラ配りをしていた。
「あれが那珂ちゃん……?」
「妹がご迷惑おかけしてます……」
神通さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「今度、ファーストライブやりまーす! みんなー、来ってっねっー?」
川内型というのは、ユニークな人たちなのかもしれない。
「ところで、特型駆逐艦」
「吹雪、ですけど……」
川内さんが((改|あらた))まって、私を見つめていた。
「夜戦って好き?」
「えっ? どうだろう」
「じゃあさ、((夜|よる))は好き?」
「ここは話を合わせておいて」
如月ちゃんがそっと、私に耳打ちした。
「どういうこと?」
「その内、わかるわ」
よくわからないけど、ここは忠告通りにしておこう。
「嫌いじゃないですけど」
「やったぁ! 話がわかるじゃない。夜は良いよね〜。うんうん」
川内さんは私の頭を思いっきり撫でながら大喜びしていた。
「いい感じに日も暮れてきたことだし、早速やろうか」
「やろうって、何をですか?」
「夜戦に決まってるじゃない」
「はあ?」
「嫌いじゃないんでしょ、夜」
「ちょっと、((探照灯|たんしょうとう))明るすぎ」
「いくらなんでも真っ暗じゃ吹雪さんが((可哀想|かわいそう))です」
神通さんが気を((利|き))かせて探照灯を照らしてくれていた。川内さんは不満そうだったが。
「吹雪ちゃん、準備はいいかしら?」
「心の準備がまだ」
夜間演習は、吹雪と如月による一対一の形式。最初は私と川内さんでやろうとしたんだけど、駆逐艦と軽巡洋艦じゃスペック差がありすぎるということで、まわりから止められた。
「待ってたら夜が明けちゃうよー? いいから始めちゃえ」
川内さんの強引な合図で、演習がスタートした。晴れてはいたが、強めの((海風|うみかぜ))が顔に当たる。
「いやだぁ、髪が((傷|いた))んじゃう……」
如月ちゃんの長い髪が、風で絡み合っていた。
「今だ、やっちゃえ、特型駆逐艦!」
「如月ちゃん気をつけてぇー」
川内さんと睦月ちゃんは観客席から声を上げていた。席と言っても椅子があるわけではなく立ち見席だが。
「当たると痛いんだよね、これ……」
練習用の((模擬弾|もぎだん))に((殺傷力|さっしょうりょく))は無く、せいぜい痛い程度。わかってはいるけれど、ルームメイトに向かって砲塔を向けるのは抵抗があった。
「おーい、特型駆逐艦。黙ってるとやられるよ」
「如月が楽にしてあげる♪」
いつの間にか接近していた如月ちゃん。主砲の十二センチ単装砲が火を吹いた。
「あうっ!」
「命中! 吹雪小破」
ダメージ判定をする神通さんの声が聞こえる。実際に小破したわけでは無く、模擬弾の当たりどころ等によってダメージを決めているようだ。
「ちなみに、負けたら((晩|ばん))ごはん抜きだからね」
「そんなの聞いてないですよっ!?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
川内さんは((白々|しらじら))しく笑っていた。如月ちゃんには((恨|うら))みは無いけど、晩ごはん抜きはイヤだ。
「いっけぇ!」
「おおっ? あれ? 何やってるのさ、特型駆逐艦」
如月ちゃんに向かって主砲を撃った瞬間、私はバランスを崩して転覆してしまった。砲撃はもちろん外れた。
「いただきですわ。さあ、いくわよっ♪」
如月ちゃんから六本の((魚雷|ぎょらい))が発射され、私に目掛けて突っ込んでくる。
「そんなっ! ダメです!」
回避できない私は、六十一センチ魚雷六本全てを喰らった。
「魚雷命中! 吹雪大破! よって、如月の完全勝利!」
神通さんの判定コールが響く。如月ちゃんは私を起こして、陸へ上げてくれた。
「大丈夫?」
「何とか……」
如月ちゃんが心配してくれた。模擬弾とはいえ、全部喰らうのは正直しんどいものがあった。
「吹雪ちゃん、ひょっとして……」
睦月ちゃんが何か気付いてる。
「実戦経験ゼロ?」
「……うん」
「ええええっ!?」
川内さんの驚いた声が耳に刺さってうるさかった。
ぎゅるるるるるる……。
これは怪獣の鳴き声でもなければ、タービンが始動した音でも無い。私のお腹から出てる悲鳴だ。
「お腹((空|す))いた……」
私はベッドの中で、さっきのことを思い出していた。
「そういうわけだから、晩ごはん抜きね」
「本当に晩ごはん抜きなんですかっ!?」
「勝負は勝負。これが海軍伝統ってやつさ」
「ごめんね、吹雪ちゃん」
「睦月、吹雪ちゃんの分まで食べるからね」
「それ((慰|なぐさ))めになってないんだけど!」
みんなひどいよ。転属初日だっていうのに、この仕打ち。
はじめは、仲良くやっていけそうだって思ったけれど、そうは思えなくなってきた。
これってまさか、いじめ? 主人公だから((妬|ねた))まれてるとか、そういう((類|たぐい))なのかな。
ダメだ、お腹が空き過ぎて思考がネガティブになってきてる。
「水ならいいよね……」
せめて水でお腹を膨らませよう。ベッドから起き上がって出ようとしたとき、後ろから背中を引っ張られた。
「如月ちゃん……?」
「タンスの一番右上に、酒まんじゅうが入ってるわ」
「えっ?」
「((間宮|まみや))でこっそり買っておいたの。食べて」
「いいの?」
如月ちゃんは、静かに((頷|うなず))いた。
「あ、ありがとう」
嬉しさで涙が出てきた。
「ごめんなさいね。如月が勝つのは当然なんだけど」
さらりと自慢してるよ、おい。せっかくの涙が引っ込んでしまった。
「みんなそうやって、洗礼を受けて家族になるのよ」
「家族……」
「そう。海の上で一緒に過ごす者は、みんな家族よ。だから……」
「吹雪ちゃんは睦月たちの大切な家族にゃしぃ」
ベッドの一番上で寝ていたはずの睦月ちゃんが起きてきた。どうしよう、涙が止まらない。
「まんじゅう、早く食べないと硬くなっちゃうわよ」
「あ、うん。食べるよ」
私はタンスから酒まんじゅうが二つ載ったお皿を取り出して、早速いただいた。
「おいしい!」
酒まんじゅうってこんなに美味しかったのか。程よい甘さと、お酒の香りが絶妙で、今まで食べた酒まんじゅうの中で一番の((美味|おい))しさだった。
「間宮さんが作るお菓子は、何でも美味しいわよ」
「何でも……」
想像しただけでよだれが出てきた。
「遠慮しないで、二つとも食べて」
私が酒まんじゅうをひとつ残してると、如月ちゃんが((勧|すす))めてくれた。だけど、私はそれを断った。
「私だけ食べるのも悪いし、それに」
「それに?」
「分けあって食べるのが、家族じゃないかな」
「……」
如月ちゃんも睦月ちゃんもしばらく黙ったままだった。
「吹雪ちゃんに一本取られたにゃあ」
「睦月ちゃん、半分こしようか?」
「うん♪ えへへ?」
半分こした酒まんじゅうを、睦月ちゃんは如月ちゃんに、如月ちゃんは睦月ちゃんに、あーん?して食べさせた。
「吹雪ちゃん、どうかしたのかにゃ?」
「あ、すごく仲いいんだなって」
「姉妹ですもの。当然じゃなくて?」
「すっごく素敵だと思う」
「吹雪ちゃんの姉妹はどうなの? 仲良くないの?」
「うーん、どうだろう。仲が良いのかもしれないけど、気難しいというか、気を((遣|つか))うというか」
「吹雪ちゃんも苦労してるんだねぇ。一番艦同士、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとう、睦月ちゃん」
「こう見えて、頼れるお姉さんなんだよ。えっへん」
あまり無い胸を張って、お姉さんアピールする睦月ちゃんだった。
「さてと、お腹も落ち着いたし、寝直すかな」
「鎮守府の朝は早いものね」
ベッドに戻ろうと立ち上がった瞬間、サイレンの音が響き渡った。
「なに!? 何が起こったの!?」
「敵襲だよ!」
「ここ鎮守府だよね? 敵が来るの?」
「時々、ね……」
私たちは着替えて、待機所へ向かった。
「夜分遅く申し訳ない。たった今、鎮守府正面海域で、敵艦隊がこちらへ向かっているのが発見された」
秘書艦の長門さんが状況を説明してくれた。
「幸い、夜間ということもあってか、敵の編成に空母はいない。よって、水雷戦隊のみで迎撃する」
集まった艦娘を見ると、空母型は誰もいなかった。最初から招集が掛かってないのだろうか。
「赤城さんも加賀さんも((入渠|にゅうきょ))中で、他の空母は遠征中だからだよ」
睦月ちゃんがそっと教えてくれた。
「迎撃は臨時編成の部隊で行う。旗艦は川内。神通、那珂、睦月、如月、そして――」
「吹雪」
辺りがざわめいた。
「以上の六隻だ」
「待ってください」
神通さんが手を挙げた。
「なんだ、神通」
「吹雪さんにはまだ、荷が重いと思います」
「どういうことだ?」
「彼女は実戦経験がありません。夕刻に行った演習では転覆さえしました」
その話が出た途端、さらに辺りは騒然となった。
「それが、どうかしたのか」
長門秘書艦の反応は意外だった。これには神通だけでなく、周りも驚いていた。
「だったら、なおさら実戦に出すべきじゃないのか」
「そうかもしれませんが……」
「これは提督の方針でもある」
「提督の?」
「吹雪は必ず参加させよ、と。それに、他に駆逐艦がいない」
「((弥生|やよい))はどうしたんですか」
「遠征に出ている」
「それならば、仕方ありませんね」
「そうだ。グズグズしてる暇は無い。急げ!」
私は言われるままに艤装の点検をして、出撃ゲートへ入る。
「長門さんは他に駆逐艦がいないって言っていたけど……」
「吹雪ちゃんが来るまでは、睦月と如月ちゃん、弥生ちゃんの三人だけだったんだよ」
「いや、他に軽巡とか重巡とかいないのかなって。集まった人たちが誰だか分からなかったけど、きっといたはず」
「((球磨|くま))さんたちとか、((妙高|みょうこう))さんたちのこと?」
「別に駆逐艦じゃなくてもいいはずだよ」
「吹雪ちゃん、燃料も弾薬も無限じゃないわ」
如月ちゃんが会話に入ってきた。
「限られた資源で、やりくりするのも戦いなのよ。燃料や弾薬が尽きたら、誰も((護|まも))れない」
如月ちゃんは、真剣な表情で説明してくれた。
「その点、駆逐艦なら燃料も弾薬も((僅|わず))かな消費で済むんだにゃ」
続いて睦月ちゃんが自慢げに答えた。
「でも、それって駆逐艦の練度があってこその話で――」
「用意はいい? 出撃するよ!」
川内さんの号令で一斉に出撃する臨時水雷戦隊。
「神通、いきます」
「那珂ちゃん、現場はいりまーす!」
「この勝負、睦月がもらったのです!」
「如月、出撃します」
「やったぁ! 待ちに待った夜戦だぁー!」
これが慣れてる者の余裕ってやつなんだろうか。みんな楽しそうだ。
「特型駆逐艦、元気ないよー!?」
「うっ……吹雪、がんばります!」
「その調子でガンバレ!」
川内さんに発破をかけられたものの、自信の程は微妙だった。
「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」
那珂ちゃんはカタパルトを使って、九八式水上偵察機を発艦させた。
「敵影発見っ! きゃは☆」
「私の((夜偵|やてい))なんだから、大切に扱ってよ」
「わかってまーす。アイドルはファンと偵察機を大切にします!」
那珂ちゃんの理論はよく分からないと思った。
「敵は四時の方向、陣形は((単縦陣|たんじゅうじん))の全六隻」
「こちらも単縦陣だから、この位置から攻めるとなるとT字有利ってやつか。やったね!」
川内さんは嬉しそうに探照灯で前方を照らした。続いて神通さんが照明弾を打ち上げて、さらに明るく敵を照らす。
「みんな敵見えた? 艦種と位置、バッチリ覚えたね?」
川内さんがみんなに確認する。みんなはバッチリと答えていた。私を除いて。
ついて行くだけで精一杯なのに、あんな一瞬で敵が把握できるものなのか。私には信じられなかった。
「砲雷撃戦よーい! 撃てー!」
川内さんは十四センチ単装砲による連続射撃にて、軽巡ホ級eliteを大破させた。
「これだよ、これが夜戦の((醍醐味|だいごみ))だよ!」
川内さんに続き、神通さんも十四センチ単装砲を使った連続射撃で、敵を狙い撃った。
「当たってください!」
見事ど真ん中に命中! 駆逐イ級を一隻、撃沈した。
「こんな私でも、お役に立てるんですね……嬉しいです」
「神通さん後ろっ!」
敵軽巡ホ級の五インチ単装高射砲が、神通さんを狙い撃った。私の呼びかけで気が付いた神通さんは、当たるギリギリのところで回避した。
「ロケ中はお肌が荒れちゃうなぁ。でもぉ、これもトップアイドルに登りつめるための試練!」
攻撃が外れ、動揺した軽巡ホ級の前に、那珂ちゃんが踊り出る。
那珂ちゃんの四連装魚雷発射管から、六十一センチ魚雷八本が発射され、軽巡ホ級を一気に撃沈した。
「いつもありがとー!」
誰に向かってのお礼なのか、やっぱり那珂ちゃんの感性はよく分からない。
「主砲も魚雷もあるんだよっ!」
睦月ちゃんが十二センチ単装砲による砲撃と、六十一センチ魚雷による攻撃で、駆逐イ級を見事に撃沈した。
「睦月ちゃんすごーい」
「睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! いひひっ」
「魚雷って太いわよねぇ♪ さあ、いくわよ♪」
如月ちゃんは、六十一センチ魚雷六本を発射。演習の時とは違って今度は本物だ。
敵軽巡ホ級に炸裂し、大破させた。
「みてみて〜、如月の実力。目に焼き付いたかしら」
「うん、如月ちゃんもすごいよ」
「あと一体、特型駆逐艦トドメだ!」
川内さんから、私にやれと指示が飛ぶ。
「はい! あれ、魚雷ってどうやって発射させるんだっけ?」
「どうかしたの」
「魚雷の発射方法が分かりません!」
「そいつはまずい! 離れて!」
「え?」
私は敵軽巡ヘ級flagshipの六インチ連装速射砲をまともに喰らって、海面に叩きつけられるように転覆した。
「特型駆逐艦ー!?」
「吹雪ちゃん!?」
みんなの呼ぶ声が次第に遠くなっていく。もしかして私、撃沈させられた? そんな……まだやりたいことがたくさんあったのに……いや、嫌だよ……。
世界が赤く見える。血に染まったかのように。これが死後の世界なのだろうか。
それにしては、妙に温かくて気持ちがいい。((潮|しお))の香りに混じって、いい匂いがする。ほんのり甘酸っぱくて何だか落ち着く。
「気が付いた?」
よく見ると、私は川内さんに((曳航|えいこう))されていた。おんぶされてると言った方が正しいかもしれないが。
「私、助かったの?」
「危ないところだったよ。よかったね、大破で済んで」
自分の姿をよく見ると艤装も服装もボロボロだった。身体のあちこちに痛みはあるものの、目立った((外傷|がいしょう))は無さそうだった。
「よかった……のかな」
「((轟沈|ごうちん))するよりいいんじゃない? またバリバリ夜戦が出来るよ」
「夜戦はもう勘弁……あ、そうか」
世界が赤く見えたのは夜が明けて、朝焼けの光が((眩|まぶ))しく照らしていたからだった。
「今回も、暁の水平線に勝利を刻んだわね」
如月ちゃんが優しく語りかける。
「睦月の艦隊、大勝利なのです?」
「この艦隊のアイドルは那珂ちゃんだよー」
「あの……この艦隊は結局、誰の艦隊なのでしょう……」
「誰でもいいんじゃない? 私、流石にへとへと……」
睦月ちゃん、那珂ちゃん、神通さん、川内さん。みんな無事だった。結局、私だけが大破で帰投のようだ。
「ごめんなさい。私がみんなの足を引っ張っちゃった」
「気にするな、特型駆逐艦。助け合うのが当然でしょ。私たちは『家族』なんだから」
川内さんの言葉に、みんな同調していた。
「家族……そうか、そうだったね」
やっぱり私、ここに来てよかった。みんなとは上手くやっていける。確信した瞬間だった。
「ねえ。雨降ってない?」
「降ってない……ですけど」
「なんか、背中に水滴があたる感触が……って、特型駆逐艦!? 泣いてるの?」
「およよ。川内さんが吹雪ちゃんを泣かせたのです。めっ!」
「いじめてないよ! 朝ごはんは、ちゃんと食べさせるって!」
鎮守府の司令室にて。長門は((大淀|おおよど))の報告書に目を通していた。
「吹雪の戦果はどうだ?」
「報告では大破ですね」
「吹雪が?」
「吹雪もですが、刺し違えるように軽巡ヘ級flagshipを大破に追い込んだとの事です」
「ほぉ。相撃ちで戦果を上げたか」
「提督の見込み通りですね」
「吹雪は運命を変える。((来|きた))るべき日には必要になると、提督はおっしゃっていた」
「((来|きた))るべき日……本当に来るのでしょうか?」
「さあな? そうだ、吹雪には高速修復剤を使ってやれ。それから――」
「朝食はちょっと贅沢に、ですね」
大淀は長門に向かってウインクした。
「ああ、そうだ」
長門はニヤリと笑った。
(次回ヘツヅク)
説明 | ||
「アニメをみて 吹雪の話を書いてみるのは 間違っているた?ろうか」 コミックSDF(2015年6月14日開催)で頒布する新刊の艦これ小説です。 笑いあり、涙あり、バトルあり、百合もちょっとだけあるんだからねっ! スペースNo.B-13「See Moon」詳細はサークルサイトにて http://yotsuba.org/seemoon/ |
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