ラブライブと元ピアニストのマネージャー!
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  奏でる音色は出会いのハーモーニー

 

 スーツ姿の青年がキャリーバックを引き、左肩には長方形の形をしたバックを背負っている。

「けっこう変わってるな〜」

彼の名は夏月奏太。

 日本鎮特有の漆黒の髪が首の半分まであり前髪は額を少し隠すくらいの長さ。

 彼は昨日までヨーロッパのフランスにいた。

 帰国子女であり今日は転入先への学校に挨拶に行く予定。

 変わった街並みを眺め地図の進路に沿って歩く。

「母さんの旧友が理事長をしている人の学園って……裏口の匂いが」

 彼が日本に帰国した理由はいくつかあるが、それは後ほど説明しよう。

 地図に書かれた道を進んで行くと長い階段が眼の前に現われた。

「ここを登った先って。この重い荷物を持って登るのはきついぞ」

 頂上が見えない長い階段を見てぼやくがここを登るしか道はない。

 あったとしても奏太にはその道がどこにあるかは知らない。

 右腕に力を込めキャリーバックを持ち上げ階段を上がって行く。

 最低限の物しか積んでないとはいえ重いのには変わりはない。

「こんなキツイ階段あるって聞いてないぞ! 母さんめ!」

 母への恨みを力に階段の半分を登りきった。

「あともう少し行けば」

 手のひらの熱を冷まし再びキャリーバックの取っ手を持つ。

 一歩一歩階段を登り頂上を目指す。

 いつの間にかスーツのネクタイはだらしなく緩みボタンも三つほど外している。

 春の穏やかな気候であるが、彼の体温は熱が発散され汗が出て来はじめていた。

「あと少し」

 決して体力が無いわけでもない奏太。

 キャリーバックや左肩に背負っている荷物さえなければ、ここまで時間をかけて登ることはなかっただろう。

「この一段で頂上だ。はぁはぁはぁ。や、やっと着いた!」

登山者が山頂にたどり着いたかのような達成感が彼にはあった。

 ふと、顔を上げるとレンガ作りの門に壮観な学園が見えた。

「ここが俺の転入する学園か」

 校舎に入る前に乱れた身だしなみを整える。

「よし。さあ、行くか」

 奏太はまだ知らなかったここが女子校だと。

 

 奏太は理事長室に案内してくれた先生の後ろを歩いている。

(すごい見られているような気がするし、男子がさっきから見当たらない)

 彼が見られていると思うのは当然のことだった。

廊下や教室から出て来る女子生徒みんな奏太を珍しそうな眼で見ていた。

 運の悪休み時間だったのでこのような状況になってしまった。

「え? 男の人だよ! 教育実習生かな?」

「もしかして、転入生?」

「ここは女子校よ! そんなわけあるわけないでしょ!」

 小声で女子生徒は奏太がここに来た理由を推測している。

(聞こえてるぞ。それで、その、まさかなんですよ。俺はここに転入しに来たんです)

 集中視線と小声で自身の事を言われ続ける中で奏太は理事長室へと向かう。

「おくれちゃう〜」

「穂乃果ちゃん。走ると危ないよ」

「まったく、もっと時間に余裕をもって行動しない穂乃果がいけないのですよ!」

 前方から女子生徒三人が走って来るのが見える。

先頭の茶色い髪の女の子は明らかに前を向いていなかった。

 奏太も窓から見える空を見ているため彼も前方を見ていなかった。

「ちょ、穂乃果、危ない!」

 紺色の長髪が声を上げたのだが遅かった。

「え? あーーーー」

「ちょ! まっ! うぉ!」

 その声に気付いた奏太だが、彼も反応できず勢いよく突進してくる穂乃果と呼ばれた女の子を受け止めきれず、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。

「いたたた」

 後頭部を軽く打ち付けてしまい頭を押さえる。

「あ、いった〜。あ、す、すみません」

 穂乃果はすぐに奏太の上から離れ謝った。

「大丈夫、君、ケガはない?」

「あ、はい」

 自分の行いが悪いと思い反省した顔を窺わせる。

「なら、良かったよ」

「あの〜、あなたは大丈夫ですか? つい、私、走って勢いよくぶつかってしまったので」

「大丈夫さ。気にしない。気にしない」

 奏太は穂乃果に笑って返した。

「奏太君。早く来て下さい」

「あ、はい。すみません」

理事長室まで案内役を務める教員に呼ばれ奏太は小走りで去って行った。

「穂乃果ちゃん。大丈夫〜?」

「穂乃果がいけないのですよ! よそ見して走るから」

「ごめ〜ん。あの人って教育実習生の人かな?」

「お、お、男の教育実習生!」

 長く下ろされた艶のある長髪の女の子が赤面して慌てる。

「でも、そうなったら何年生の担当になるのかな〜?」

 慌てる少女とは別に期待を膨らませている穏やかな口調が特徴な少女。

「私たちのクラスになってほしいな。あの人とても優しかったし」

 穂乃果の思いは違う形で叶うことになる。

 だが、それは穂乃果たちに驚く形に。

 

 理事長室のドア前に奏太は立っていた。

(ふぅー。小さい時に会ったことあると母さんは言っていたけど、ほとんど覚えてないんだよな)

 小さい頃の記憶を振りかえたがほとんど彼にはピアノの練習の日々しかない。

 ドアをノックして名を名乗った。

「夏月奏太です」

「入って下さい」

 ドア越しから大人の魅力と少し冷え切った声が聞えてきた。

「失礼します」

 奏太がドアを開けて入ると、そこには長椅子に座って肘を机に付け手を組んでいる女性がいた。

 彼女がこの学園の長たる理事長、南日和子。

 長く整った艶のないクリーム色の髪に、敏腕キャリアウーマンと思わせる華美さがどこにもないフォーマルなスーツ姿。

「転入の計らいをして頂きありがとうございます」

「いいのよ。久しぶりね。でも、奏太君は覚えてないわよね。貴方がまだ小さい時に一度会ったくらいだしね」

 頭を下げた奏太が顔を上げると、聖母のような微笑みで奏太を見ていた理事長。

「すみません。覚えてなく。しかし、母の旧友だというのは聞いています」

「歌奈ね。歌奈は本当に音楽の天才だったけどおてんばだったわ」

(そうですよね。今でも言動が楽天すぎますよ)

 奏太は理事長の言ったことに大きく賛同した。

「訊いてるわよ。奏太君もクラッシクをやっていたそうね」

「はい。少し前までやっていました」

 ばつの悪そうな顔をする奏太。

「どうしてやめちゃったの?」

 鋭い質問が奏太の胸を刺す。

「いろいろありまして。クラッシクだけでなく幅広い音楽に視野を広げようと」

「そう。なら、ここで正解だったかもしれないわね」

 妖艶な笑みを浮かべた理事長は長椅子から立ち上がり窓の景色を見た。

「正解とは?」

 奏太は理事長の言葉に疑問を抱きオウム返しに問う。

「ふっふ。それは自分の眼で確かめた方が良いわよ」

 小さな笑みが零れ奏太はその魅力に眼を奪われた。

「さて、このあと全校集会で奏太君を紹介することになっているのから、一緒に体育館に行きましょう」

「はい。ところで、男子の姿は無かったのですが、男子はいますか?」

 奏太はここに来るまで男子生徒の姿を見ていない。

 女子生徒の視線と小声の熱しか感じていなかった。

「いませんよ。ここ音ノ木坂は女子校ですよ」

「え!?」

 理事長の一言に奏太呆然となり言葉が出なかった。

「歌奈から訊いてなかったの?」

「はい。ただ、転入先を教えてもらっただけでして」

「はぁ〜。いつも大事な所は言わない癖は治ってないのね」

 理事長は旧友の悪癖が直っていないことに嘆息した。

「昔からなのですか? その母の悪い癖は」

 彼も自身の母親の悪癖に何度も振り回されてきた被害者の一人。

「そうよ。明るく活発で音楽に対する情熱は良かったけど、何か行動を起こす時には肝心な所は言わずその時になって初めて言う。私もよく振り回されたわ」

「母に代わってすみません」

 恥かしさと申し訳なさで奏太は理事長に謝罪した。

「奏太君が謝る必要なんて無いわよ。それに困った事もあったけど、良い事の方が多かったのよ。彼女のおかげで私は変われたのだから」

 思い出を懐かしみ理事長の双眸は遠い過去を見ていた。

「私と歌奈の思いで話はここまでにして一緒に体育館に行きましょう」

「はい」

 奏太はここが女子校だと言うことに驚き言葉がでなかったが、もう、仕方ないと諦めていた。

 自身の母の悪癖にまた振り回されたと思いつつも、ここしかなかったのだと考え始めた。

 彼女もまた悪癖を晒しながらも旧友が理事長を務める学校になら転入は出来るとっ苦心はしていたのだろう。

 

 体育館には全校生徒が床に座ってガールズトークを繰り広げている。

 会の始まり前はどの学校でもお喋りは絶えない。

 特に女子のお話の話題は尽きる事はないらしい。

「皆さん。集会を始めます。静かにして下さい」

 マイクを片手に持った教員の声がスピーカーを通して体育館に響き渡る。

 その声に全校生徒は小さな喧噪を残しつつも、次第に静まりかえった。

「これから全校集会を始めます。皆さん理事長からのお話を訊いてください」

 司会の教員の言葉と共に理事長が上手から姿を現した。

 理事長の靴が生徒たちに静まれと言っているかのように品のある音を出している。

「皆さん。四月もすぎ五月に入りました。これから気温も高くなることが多いとおもうので、自身の体調管理には気を付けてください」

 理事長として全校生徒を気遣う言葉は聖母のような温かさがある。

「今日、皆さんに集まってもらったのは大事なお知らせを伝えるためです。この音ノ木坂学院は廃校の危機になっていましたが、その問題は少しながら改善の方向に向かっています。これも皆さんのおかげです。そして、この廃校の問題を早期解決の方向に向かわせるべく一つの試みをしようと思っています」

 理事長の言葉に全校生徒は何をするのかと期待と不安が混じったどよめきが生まれた。

「では、入って下さい」

 上手を見た理事長と同じ方向を一斉に全校生徒は視線を移す。

 彼女の合図とともに上手から奏太が平常心を保ちつつ歩いて来た。

 数々のコンクールと言う大舞台に出た奏太には緊張はさほどないが、足は少し震えがある。

 奏太の姿が見た生徒たちは驚きと黄色い声を発し期待が一気に膨張した。

 彼女たちは彼が教育実習生の類だと思っている。

 その考えは当たりまであり、彼が着ているのはスーツとても転入生だとは思わない。

「では、自己紹介をお願いします」

「夏月奏太です。この音ノ木坂学院転入することになりました。どうぞ、よろしくお願いします」

「「「「「えーーーーーーーーーー!」」」」

  全校生徒の驚きの大声が体育館の天井を突き破るが如く響く。

「皆さん。静かにして下さい!」

 このような状況になることを予測はしていた理事長の声は冷静そのものだった。

「男子生徒を転入生として迎えたのは、今後の将来に向けて共学化を視野に入れているからです」

 理事長の言葉に嘘はないものの本当の事は言わない。

 それは、自身の私事的なものであり言えない事実であるから。

「彼は帰国子女であり日本にいた期間が短いため慣れない事が多いと思います。皆さん。可能な限りで良いので助けてやってください」

「では、奏太君から皆さんに」

 理事長の優しさに奏太は感謝しつつ彼は口を開いた。

「理事長からの説明してもらった通りに、自分はヨーロッパを中心にいました。日本にいたのは小学三年生くらいまでです。母の仕事上や自身の活動も含め日本ではなくヨーロッパなどに点々と移り住んでいました。日本語は出来ますがいろいろと分らないことが多々ありますので、よろしくお願いします」

 ビッシと決めて頭を下げると黄色い声と拍手が響き渡った。

「奏太君。ありがとうございます。奏太君は年齢的に二年生になりますので、二年生のどこのクラスかは帰ってからのお楽しみにして下さい」

 二年生の女子生徒たちからは喜びの声が生まれ、その他の三年生や一年生からは不満の声が溢れ出た。

「これで、全校集会を終了します。教室に戻りましたら休み時間にして構いませんので」

 これにて全校集会は閉会した。

 奏太は理事長の後ろを付いて行く形で上手に去って行った。

 

 誰もいない廊下を教師と奏太は歩いていた。

 休み時間も終り喧噪だったのが嘘のように静かである。

「奏太は私のクラス二組になった。女子しかいないが頑張れよ。私も出来るだけ助けてやるから」

「ありがとうございます」

 教室のドアを勢いよく開けた先生。

 姿より先に女子生徒が絶え間ないお喋りが耳に入ってきた。

「静かにしろよ。授業の前に報せがある。奏太、入って良いぞ」

 その合図で奏太が教室に入ると、

「え! うそ。うちのクラスなの?」

「やったー! 奏太君きたー」

「間近で見るとけっこういいじゃん!」

 黄色い声が奏太を迎えてくれた。

「静かにしろー。奏太から一言頼む」

「二組となりました。夏月奏太です。一日でも早くクラスも一員になれるように頑張ります」

「奏太くーん!」

 自身の名を大声で呼ばれその方向を見ると見覚えのある少女が手を振っていた。

「奏太、高坂をしっているのか?」

「いえ、実は先ほど彼女とぶつかってしまい」

 柿色の髪を右側で結んだ少女こと高坂穂乃果は明るい笑みを見せる。

「ちょうど。よかった。奏太の席は一番後ろにいる高坂の後ろだ」

「はい」

 奏太は自身の席へと向うと、先ほど穂乃果にぶつかった際に一緒にいた少女二人を発見した。

 眼が合い紺色の清楚な少女は頬を薄紅色に染め慌てて俯き、クリーム色のおっとりした少女は満開な笑顔を返してくれた。

「まさか、同じ生徒だと思わなかったよ! てっきり、新しい先生かなと?」

(こんなスーツ姿ならそう思うよな)

 何の抵抗もなく穂乃果は奏太に話しかけてくる。

 この明るさと太陽の輝きのような笑顔に引き込まれる者は多い。

 奏太もその屈託のない笑顔に引き込まれていた。

「では、授業始めるぞー」

 二限目の授業は数学の授業。

 彼は数学が出来きる方だ。

いや世界の数学の方が日本より進んでいる。

 簡単とまでは言わないが、彼にとっては日本の数学は出来て当たり前なのかもしれない。

 一方、穂乃果は開始五分過ぎた頃には夢の中に入ってしまった。

 苦手な子には眠気を誘うのだろう。

「この問題を〜。おい! 高坂! 起きろ」

「ふぇ?」

大きな怒声が矢のように穂乃果に向かって来たが、本人は寝ぼけた声を上げただけ。

「この問題の答えは?」

「え? その〜」

「寝ていてもわかるだろう? そのくらい余裕と」

 先生の声が意地悪い声に変わっていたが、まだ怒気は孕んでいる声だった。

「えっと……その〜」

 明らかに答えを見いだせず焦っている。

「二一」

 後ろから小さな声で奏太は答えを教えた。

「二十一です」

「お〜。正解だ。高坂。お前もやればできるんだな」

「あ、はい〜」

 後の奏太から教えてもらったと口が裂けても言えない穂乃果。

 その後も授業は進み穂乃果はまた懲りずに寝ていたのだった。

 

 授業も終わりあっという間に昼休みに突入した。

奏太の周囲にはクラスの女子が群がっている。

 皆、奏太に興味津々で質問攻め。

「帰国子女ってどこの国にいたの?」

「オーストリアやフランス、イタリア、ドイツなど点々と」

「いいな〜、いろんな国の言葉喋れるの?」

「少しなら……」

(早く終わってくれ)

 怒涛の質問に奏太は疲れ始めていた。

「あっちで彼女とかいたの?」

「いなかったよ。忙しかったからそんな余裕は」

「何かしてたの?」

「いろいろと」

 言葉を濁したわけではないが、これ以上話題を彼女たちに与えるとさらに猛攻すると思い控えた。

「そうだメアド教えてよ!」

「あ、私も」

「私にも教えて〜」

 スマホを取り出し迫る女子たちだが、奏太は苦笑いで口を開いた。

「ごめん。今、携帯なくてまだ買ってないんだ」

「「「えーーーー」」」

 驚きと溜め息交じりの声が響き渡った。

「じゃあ、スマホ買ったら教えてね」

「ああ。じゃあ」

 奏太はファイルを持って逃げるように教室を出たが、廊下は女子生徒たちが大勢いた。

 皆、奏太を見に来ていた見物人。

(こんなにいたのかよ! 俺はパンダじゃないぞ!)

 廊下にいる女子たちに驚きツッコミを入れる。

「音楽室はどこかな…?」

 周囲を見渡すように廊下を歩いて行く。

 相変わらず周囲の女の子たちの視線は気になるが、奏太は見知らぬ素振りを貫く。

「音楽室どこかな〜?」

 小声で呟き音楽室を探す。

 一向に見当たらず、奏太は話し掛けやすそうな女子に訊いてみようと決めた。

「あ、あの〜」

 前方を歩いている女の子に話かけた。

「え?」

 振り向き顔を見ると小動物を思わせるような愛らしい顔の少女。

(リスみたいな顔だな)

 ショートボブに明るい茶髪と細身ではないが、健康体と思わせる肢体に育った双丘が目立つ。

「ちょっと聞きたい事があるんです」

 敬語にしているのは先輩か後輩なのか判断できないからである。

 奏太は顔立ちと背丈からして後輩と推測はしているもの、間違ってしまえば失礼にあたると思い敬語で話す。

「あ、あなたは、そのー、え、てて、転入してきた……」

 少女の顔が緊張と混乱が入り混じった顔になり言葉が出てこない。

「音楽室どこにあるのか訊きたかったのですが?」

「お、お、音楽室はですね、こ、こちらです」

 震えた声に案内で案内してくれた。

「ありがとう」

 少女の後ろに付いて行き音楽室へ向かう。

 会話はなく少女の後ろ姿は緊張を纏っていた。

「昼休みなのに案内してくれてすみません」

 無言の空間を打ち破りたかった奏太は口を開いた。

「あ、いえ、大丈夫ですよ。ここから近いですし」

「自分は全校集会で自己紹介はしましたが、夏月奏太です」

「わ、わ、私は、い、こ、小泉花陽です……い、一年生です」

 緊張で声を震わせつつも自己紹介をした花陽。

「一年生か。じゃあ、花陽ちゃんと呼んでいいかな?」

「あ、その〜、か、構いませんよ」

「よろしく。花陽ちゃん」

「よ、よ、よろしくお願いします。奏太先輩」

 いつの間にか奏太は花陽の隣で歩いていた。

「ここです」

 花陽が立ち止まると、そこは音楽室と書いてある横札があった。

「案内してくれてありがとう」

「い、いえ、で、では、私は」

「ああ。じゃあね」

 微笑み小さく手を上げる。

 その顔を見て花陽は頬を微かに桃色に染め小さな笑みで答え去った。

 音楽室のドアを開くと、一台のグランドピアノが気品と優美さを出していた。

 壁には音楽界に名を遺した者たちの顔が並んでいた。

 どの方も威厳と高貴さがある顔をしている。

 共通点はその時代に流行していたのだろう髪型。

 巻き毛の方々が多い。

「久々にラ・カンパネラでも弾こうかな」

『ラ・カンパネラ』はフランツ・リストという作曲家が残したピアノ曲。

奏太はその『ラ・カンパネラ』の楽譜を立て掛け蓋を開ける。

 黒と白の鍵盤が姿を見せた。

 正反対の色だが時に協調し、時に反発を持って音色を奏でてくれる。

 その声が人の心に安らぎと幸福を与える。

「よし、いくぞ!」

 手を添え音色を奏で始める奏太。

(この感じ良いな)

 音色を奏でている両手は飛ぶように跳ね十本の指は強く鍵盤を打つが、決して乱暴な強さではない凛々しい強さ。

(やっぱりクラッシクから離れること出来ないな。けど、新しい音楽に触れたい。その先に自分が夢見た音楽があるかもしれない。俺はここから一から音楽を学び掴もう。自分が追い求める音楽を)

 一点の間違いもなく『ラ・カンパネラ』は演奏されていた。

 いつの間にかその音色に誘われ生徒たちは音楽室の中や外に立っていた。

「す、すっご〜い。奏太君って何者?」

「綺麗な音色〜」

「癒される〜」

 集中している奏太には外野の声など耳に入らない。

 女子生徒の中に一人、その演奏を表情も変えずに見ている娘(こ)がいた。

 何も感じていなわけではなく、その逆で奏太が奏でる世界へ入り込んでしまった。

 何か共鳴するものがあったのかもしれない。彼女はその世界で双眸を輝かせていた。

 曲も終盤にさしかかり、奏太も一層気持ちを高ぶらせ奏でるが、コンクールの場では良い評価を得られないだろう。

 繊細さが欠け始めているからだ。

 最も、ここはコンクール会場ではないから奏太はお構いなしに弾き続ける。

『ラ・カンパネラ』は激しさを残しつつ終わりを告げた。

 終わりと共に盛大な拍手が響き演奏会が終わった後のような感覚に陥った奏太。

「夏月先輩でいいかしら? あなたすごかったわ。ピアノを習っているの?」

 奏太に話しかけてきた少女。

 少しカールかかった赤髪のショートヘアーが彼女の気品と高貴さを出し、どこか気高いお嬢様のような風格さえあった。

「前にちょっとな。君は?」

「わ、私は西木野真姫よ」

 自分から話かけたのに関わらず少し緊張の色を見せる真姫。

「真姫ちゃんね。よろしく」

 奏太はまた一人出会った。

 自分の音楽の道しるべとなる娘(こ)に

 

 全授業が終了し放課後となった。

 外はまだ日が高く夕方を告げるにはまだ時間がある。

「さて、引っ越し先の家に行くか……この重い荷物さえなければ」

 キャリーバックにシンセライザーが入ったケースが隣にある。

 引っ越し業者に頼まなかったのはシンセライザーが壊れないようにという懸念と、キャリーバックの中には色んな機材があるからだ。

「帰ろう」

 席を立った時―

『夏月奏太君。理事長室に来て下さい』

「理事長に呼ばれた? 何も悪い事をしてないのにな」

 奏太は呼ばれ理由に心当たりが無く首を傾げつつ理事長室へと向かう。

 廊下には放課後の自由を楽しんでいる女子生徒たちがいるが、その数は多くはない。

 帰った者もいれば、部活に励んでいる者もいる。

 ここにいる生徒たちはそのどちらにも属さない放課後を有意義に使ってトークで盛り上がる種類。

 女子は話が尽きないと言ったものだと奏太は彼女たちの姿をみて感心した。

 理事長室までの道は覚え何の魔や老いもなく奏太は足を進める。

(そういや。花陽と真姫って同じクラスなのかな?)

 奏太は今日、音楽室まで案内してくれた花陽と、演奏終りに話をかけて来た真姫の事を思いだした。

 彼は本人がいない場合と本人後任の時は呼び捨てにする。

 年下でも礼節を弁えるが、本心では馴れ馴れしいかなと不安があるからだ。

 理事長室に着きドアを軽く三回ノックした。

「夏月奏太です」

「入って下さい」

 入室許可をもらい奏太はドアを開け中に入ると、

 理事長の姿が見え机を介して横に立っている少女がいた。

 艶のある金髪ポニーテールに女性なら誰もが憧れる肢体は、男の奏太でも見惚れてしまうほど。

 均等の取れた双丘も制服の上からでも分かるが、決して誇る事もなくだからと言って控えるもない。

 顔を見れば美しく高貴さと叡知が宿っている双眸が光っている。

 ふと、口元を緩ませ艶美な微笑を見せた。

(綺麗な人だな……)

 奏太はブロンド髪の少女を見ていた。

「奏太君」

「は、はい」

 急いで視線を理事長に向け我に帰る。

「今日の貴方の演奏、素晴らしかったですよ。ここからでも少しではありますが聴こえてきました」

 微笑む理事長を見て怒られる心配はないと確信した。

 そもそも、怒られるようなことはしていない奏太。

「ありがとうございます」

 軽く頭をさげお礼を言う。

「実は、貴方を呼んだのは貴方に提案があってお話ししようかと思いまして」

「て、提案ですか?」

 何の提案かは分からず微かな困った顔をみせる。

「こちらに来た理由が新しい音楽をやりたいからと訊きましたので、それなら、今、隣にいる綾瀬絵里さんが入部しているスクールアイドルに入って見ればよいかと?」

「ス、スクールアイドルですか? すみません。それは何でしょうか?」

 初めて聞く単語に奏太は首を傾げる。

「簡単に言えば学校でアイドル活動をしている部活の事よ」

 横から絢瀬絵里が奏太に説明した。

「最初は、廃校の危機を回避しようと高坂さん。園田さん。南さんの三人で始めた部活なのです」

(高坂って。穂乃果のことか?)

「しかし、今は廃校の危機も免れましたが、彼女たちは部員を増やして今でも学校のため自分たちのために活動しているのです」

「は、はぁ……」

 何となくスクールアイドルについては理解した奏太だが、イマイチそれと自分が入部することに対して結びつけられてない。

「そこで、奏太君の音楽知識や腕で彼女たちを成長させてほしいと思っているのです。奏太君も新しい音楽に触れ自身が目指す音楽も発見出来ると思ってもいます。損ではない話だと私は思うのですが、奏太君はどうですか?」

 自身の知らない所で話が進んでいてまだ困惑している。

(そこまで話を進められてもわかないですよ。理事長)

「考えさせてくれませんか? 魅力的なお話だと思いますが、まだどのようなものか分ら煮ですし、そこに入部して本当に自分が求めた音楽が先に待っているのか分かりませんので。すみません」

 生半可には決められない。ここでうんと頷き奏太が求めて来た音楽がなければ日本に来た意味がなくなる。

 クラシック音楽を辞めてまで日本に来た重荷が彼の中にはある。

「大丈夫ですよ。私もすぐに答えを出せとは言いませんので」

「ありがとうございます。あと、もしよければ、見に行ったりしても構いませんか?」

 百聞は一見にしかず。彼は見てそのスクールアイドルと言うものが、どんなものか確かめ判断材料にするつもりだ。

「どうです? 絢瀬さん」

(ん? この人スクールアイドル部なのか?)

「私は構いませんが、一応、皆にも話して許可を取りますけど」

「分りました。では、その後の連絡は二人でお願いしますね」

「はい」

「はい。わかりました……」

 二人は理事長室を退室した。

「奏太君だっけ? 貴方のことは理事長から訊いたわよ。クラシック音楽をやっていたのね」

「まぁ一応やっていました……」

 緊張と戸惑いで言葉が出ない。

「私は賛成よ。貴方みたいな音楽知識と腕がある人がいれば、私たちの歌唱力とかが向上するもの」

「あ、ありがとうございます。絢瀬先輩」

「そんなに畏まらなくてもいいのよ。一応、この話は皆に伝えるわ。皆の了承が出たら伝えに行くと思うから。じゃあね」

 廊下の分かれ道で絵里と別れた奏太。

 彼女の最後に見せた微笑み見惚れ後ろ姿を眼で追っていたのは無意識だったろう。

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 手書きの地図の道のり通りに歩き、やっと家に着いた奏太。

 途中何度も道に迷い近くの交番やコンビニ店員に道を訊いた。

「やっと着いた〜。この地図分りにくい。どうせ母さんの手書きだと思うけど」

 ボヤキつつ鞄を床に放り投げネクタイを外す。

「さてと、やれることはやろう」

 段ボールから持って来たものを取り出し部屋作りを始める。

 さほど、段ボールの数も多くなく殆どは生活用具やお気に入りの愛用品だけだ。

 テレビや電話は前もって母親が注文し付けておいた。

「案外、部屋も広いし防音対策もあるから大丈夫だな」

 高層マンションで2LDKと大きい。

 高校生の一人暮らしには贅沢すぎるマンション。

(ここまで広くなくてもいいのに……)

 彼は防音対策がしっかりしたところが良いと母親にいった結果が、この高層マンションになってしまった。

「仕方ない。ここで学園生活と音楽制作に励もう」

 部屋作りに専念していると着信音が鳴り響いた。

「ん? 携帯の着信音? 携帯ないのに?」

 不思議に思い着信音が鳴る方へ行くと、小さな袋があった。

 中を見るとスマホが入っていた。

 電話の相手は母親からである。

『もしもし』

『やっと着いたのね。けっこう掛かったんじゃない?』

『誰かさんの手書きの地図が分かりにくかったですよ』

『失礼ねー。あれでも丁寧に描いたのよ』

『あれで丁寧と言ったら、泣けてくるよ』

 親子の会話は子が親の雑さを嘆いていると訴えている。

『それで、何で女子校に編入させたの? ていうか、聞いてない』

『理事長の日和子ちゃんとは友達だったのよ。ダメもとで言ったら編入オッケーされてね。ここでいっかな〜と』

『息子の意思を尊重させようと考えはなかったの?』

『忘れちゃった。てへぺろ』

『はぁ〜。もう入ってしまったから仕方ないけど、次からは何かある時は詳細を伝えてくれよな』

『わかってるって。ところで、どうなのよ? 可愛い女の子いっぱいいいたでしょ?』

『初日で緊張してたんだぞ。それに、俺はそれより音楽をしに』

『まったく〜、奏ちゃんは堅いな〜。私なら男子校にいったらアタックするわよ』

『軽い女と思われるぞ』

『良いのよ。女は軽くてちょうどいいのよ』

『はいはい』

 もう、呆れて言葉も出なくなる奏太。

『日和子ちゃんからスクールアイドルのことは訊いた?』

『ああ。訊いたよ。ってかなんでそのことを?』

『うわ! やっば、もう公演の時間になるわ。じゃあね。奏ちゃん。通帳やカードもあるからね。仕送りも月一に送ってあげる。家賃とかは心配しなくて良いからね。バイバーイ』

『あ、ちょっ!』

 奏太の呼び声も聞かずに電話を切った歌奈。

「たっく。自由奔放でテキトーすぎる。何でスクールアイドルの事を知っていたんだ? まさか……」

 奏太は仕組まれた編入だと気づき始めたがまだ確証はない。

「まぁ、考えてもしょうがないか。さて再開しよう」

 奏太は部屋作りの再開を始めた。

 終わったのが夜遅く夕食は軽めに取っただけで、すぐに就寝した。

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  誠也の一日が始まった。

 彼は六時に起きて顔を洗い自身で弁当を作る。

 趣味の一つである。

「眠い」

 あくびをがまんすることなく弁当を作っていく。

 野菜中心に脂が少ない鶏肉も入っているヘルシーなサンドイッチだ。

 ドレッシング等は少なめに塗ってある。

「これでよしと!」

 副菜には豆腐の五目焼き。

 作り方は簡単で短時間で出来る一品。

「弁当も作り終わったし朝食でも作るか」

 簡単なベーコンエッグを作り始めた。

 料理はすごく上手いと言う訳ではないが、そこそこ腕がある。

 出来上がりは早いベーコンエッグ。

 皿に載せ余ったサンドイッチと共に朝食。

「いただきます」

 サンドイッチを片手に楽譜を見る。

 自身で作曲した楽譜だ。

 タイトルは『輝夜の城で踊りたい』

 まだピアノだけしかなく素っ気ない曲になっているが、ここに様々な楽器を加えようと模索している奏太。

 ある程度の楽器は触れてきたため弾けるがまだまだ未発達。

 パソコン上から曲の完成形を作れるオーディオインターフェイスも勉強している段階。

 これでパソコン上にドラムやギターの演奏を入れデータ化し、そこから調整しマスタリングと言う作業を行えば立派な曲に仕上がる。

「何か足りないような気がするんだよな〜?」

 楽譜と睨めっこをして何が足りないかと考え始める。

 その間、時間は過ぎる。

 料理が完成した時刻が七時。

「うわっ! やば」

 もう、七時半を回っていた。

 ここから学校まで約四十分はかかる。

 その間の信号待ちなどを含めたら十分ほど加算されることになり、

 遅刻ギリギリに学校に着くことになる。

 急いで束得た皿を洗い弁当と楽譜をカバンに詰めて家を出た。

 その速さは嵐のように激しく速かった。

 音ノ木坂学園の一日がこうして始まった。

 

 学園二日目でも人気者の奏太。

 女子からの質問攻勢に何気なく答えているが、奏太自身はその場から離れたいと思っている。

「奏太くーん。ちょっと、話があるんだけど良いかな?」

 奏太を取り囲む集団の中から穂乃果がやって来た。

(おおー、穂乃果! 助かるぞ)

「皆、ごめん。ちょっと、穂乃果ちゃんに用があって」

「「「えぇーーー」」」

 奏太は穂乃果と共に教室を出て廊下に出ると、そのまま穂乃果の後に付いて行く。

「ところで、話って?」

「絵里ちゃんから訊いたよ。μ'sの見学するんだよね?」

「ミューズ?」

(スクールアイドルグループ名か?)

「私たちのグループの名前だよ」

「そうなんだ。良い名前だね」

「それで今日から見学するの?」

 奏太の顔をじっと見て答えを待つ穂乃果。

「いや、その許可が出るのをミューズ? から待っているんだけど……」

 話の展開が早いと思う奏太に、穂乃果は可愛く不思議そうな顔を見せる。

「もしかして、皆の許可は訊いてないの?」

「え? てっきり今日来るのかと思ってたよ!」

(いや、そんなに驚かれても俺が驚くよ)

「でも、皆、いいよって言うと思うよ!」

「本当に?」

 奏太は少し疑う顔を見せるがそれを吹き飛ばす笑顔で穂乃果は告げる。

「もちろんだよ!」

(うっ……その笑顔は卑怯だぞ……可愛い)

 頬を少し桃色に染めた奏太は言葉が出ず、穂乃果の笑顔を見惚れていた。

「わかった。じゃあ。今日、見学するよ」

「じゃあ、放課後一緒に屋上に行こう」

「え? 屋上で練習しているの?」

(練習できるようなスペースがあるのか?)

 大抵、屋上とはさほど広くはなく、昼休みにお弁当を食べる場や語らい場としてのコミュニティの場として用いられる。

それではなく屋上で練習しているという事実に奏太は驚く。

「そうだよ。けっこう広いから練習出来るんだ。さすがに、雨の日は出来ないけど……」

 苦笑いで穂乃果は屋上での練習の欠点を告げた。

「なら、雨の日はそうしてるの?」

 まさか、そこで部活休みは無いだろうとは思っている。

「空き教室を借りたり、部室でお喋りしたり、部活自体なしにしたりしてるかな〜」

「けっこう自由な部活だね……」

 自由な部活に奏太は困惑しつつも苦笑いで言葉をいうしかない。

「そうかな? でも、皆と居ると楽しくて面白くてずっと一緒にいたいんだー」

「でも、穂乃果ちゃんの話を訊いてますます見学したくなったよ!」

(どんな部活か楽しみだな。何か穂乃果の話を訊いていると、新しい音楽に誘われているような気がする)

「でしょー!」

 穂乃果の興奮した声に楽しさが溢れている。

「今日はよろしく。穂乃果ちゃん」

「よろしくね。それと、呼び捨てで良いよ。奏太君」

「なら、お言葉に甘えて、穂乃果。よろしく」

 学校の鐘が二人の会話を聞いていたかのように会話の終りと同時に、鐘は声高らかに休みの終りを告げた。

 

 放課後の時間になり奏太はμ's見学の準備をし始めた。

 大した準備ではないが、端末タブレットと楽譜紙。

 だが、一人では行かない。

 穂乃果と一緒に行く予定だったが、

「―居残り嫌だよー」

 数学の時間寝ていたことに小テストの結果が悲惨だったことが原因で、居残り補修をやることになった。

「奏太、高坂から話は訊いた。悪いが一人で見学しに行ってくれ高坂は私がきっちり補修させておくから」

「うぅ〜〜。奏太く〜ん。助けて〜」

 うな垂れて生気さえ失った穂乃果の声が助けを求めてきた。

「奏太、先に行っていいぞ。高坂は一人でやらせないとためにならないからな」

「は、はい……」

(すまない。穂乃果……)

「あぁーーーー。奏太くーーーん」

 悲痛な叫びが響くが奏太は心を鬼にして出て行った。

 ここで一つ問題が起きた。

 屋上で練習をしているのは分っているが、その屋上にどう行くかだ。

(とりあえず、上に行けば行けるかな?)

 二階から三階に階段を登って行くと見覚えのある少女がいた。

 長いベージュに近い髪に緑色の髪飾りがアクセントとなり、オシャレが好きな女の子を印象させる。

(たしか……南……?)

 同じクラスだということは分かっている。しかし、まだ短一回ぐらいしか話したことはなくうる覚え。

 奏太が名前を思い出そうと彼女の後姿を見ていると、ちょうど階段の折り返し地点で目が合った。

 普段目にする制服ではなく動きやすいラフな格好だった。

「あれぇ〜? 奏太く〜ん?」

「ああ。たしか……南さんだったよね?」

「うん。そうだよー」

(前にも思っていたのだが、すごい独特な声をしている。ふわふわとしたような声)

「屋上に行きたいのだけど、屋上ってどこから行ける?」

「屋上に? 屋上は私たちが練習するんだよ?」

「え? もしかしてミューズっていうスクールアイドルメンバーなの? 南さんも」

「そうだよ。奏太くんは屋上に用事があるの?」

 奏太は会話の最中にことりの隣に足を進めていた。

「屋上にっていうよりミューズに用があるんだよね」

「私たちに?」

 ことりは眼をパチパチさせ驚いた。

「ああ。理事長に勧められてね」

「え? お母さんに!」

(俺の聞き間違い? 今、お母さんって言ったような? もう一回訊いてみよう)

「今なんて?」

「理事長は私のお母さんだよ」

「え? マジに?」

「本当だよ!」

 今度は奏太が眼を瞠目させる番になっていた。

(理事長に娘さんがいたなんて、てか、ここに! でも、言われてみればどことなく似ているような気がするような)

 奏太は改めてことりを見て、その後、理事長の顔をイメージした。

(うん。似ている。眼はことりのほうが柔らかいけど、そのほかは面影がある)

 ようやく、奏太は納得した。

「まさか、理事長に娘さんがいたとは……それが南さんとは!」

「最初は驚くよね。それと私の名前はことりだよ! ことりって呼んでね。奏太くん」

「わかった。ことりさん」

「呼び捨てで良いよ〜」

「じゃあ、よろしく、ことり、とりあえず、屋上に案内頼むよ」

「うん。一緒に行こう」

 純白のような一切の汚れがない笑顔を奏太に見せた。

(うぅ。可愛すぎる。ことりよ。そんな笑顔で俺を見ないでくれ負けてしまう。いろいろと……)

 スーツの奏太にラフな格好のことり。

 不釣り合いな者同士が屋上に向かう姿は、周りにいる女子生徒に見られ放題だった。

 ことりは全く気にせずにこやかな顔を見せる。対する奏太は気にしない素振りを見せて歩いていた。

 廊下を少し進み階段を登るとドアが見えてきた。

 そのドアを開けて、いざ屋上へと足を踏み入れた二人。

 待っていた中天から傾いている太陽の下に広がる屋上の敷地。

 屋上には先客が一人いた。

 美しく艶のある黒髪にどことなく群青的な蒼さもある少女がいた。

念入りにストレッチをしている姿でも奥ゆかしさが感じられる。

「うみちゃ〜ん」

「あ、ことり……」

 振り向きことりと誠也を見た瞬間、海未の顔に恐怖と驚きに包まれた顔になった。

「どどどど、どうして夏月さんいるのです?」

(いや、そこまで怖がらなくても……食ったりしないぞ)

「お母さんが見学してみればと奏太くんに言ったんだって」

「理理事長がどうしてです?」

「どうして?」

 ことりも理由を知らず奏太の顔を首を傾げて尋ねた。

「実は俺、前までピアニストだったんだ。まぁ、それ以外にもいろいろと演奏者としてやっていたけど。そして次第にいろいろと違う音楽にも興味を持ち始め日本に帰国してきたんだ。それで、ここに来て理事長にミューズの見学を勧められれて」

 見学の経緯を自身の過去を織り交ぜて簡単に説明した。

「すっご〜いピアニストだったの?」

「まぁ。一応な」

 ことりの双眸は尊敬と憧れ滲ませている。

「も、もしかして、先日、昼休みにピアノを弾いていましたか?」

「ああ。久しぶりだったから所々間違ってしまったけど」

 海未も誠也に興味を持ち緊張した声音で訊き、口元を緩ませ海未の緊張を解すため誠也は答えた。

「ううん。とっても上手かったよ。聴き入っちゃた」

「そうですね。教室に居ても聴こえてきましたよね。あのメロディは綺麗でした」

「ありがとう。それで、見学は良いかな?」

「あ、それは……その……」

 また緊張して言葉に詰まらせる。

「いいよね? うみちゃん」

 笑顔のことりに海未は「うぅ」と声を漏らした。

「わ、分りました……」

 まだ、少し納得出来ていない海未だったが根負けし誠也の見学を許可した。

「ありがとう〜。うみちゃん」

「ありがとう。園田さん。今日はよろしく」

「いえ、あのー……」

 海未は頬を桃色に染め言葉が出なかった。

「それじゃ、一緒にストレッチしようか。うみちゃん」

「俺は端っこで見学してるよ」

 奏太は壁を背に座り込み端末タブレットを開いた。

(さて、穂乃果とことりと海未と)

 簡単なプロフィールを作り始めた。

 身長体重などの情報のためでなく音楽的な情報を書き込むため。

 まだ情報がないため名前とフォルダを作り作業終了した。

「ふぅ〜。終わった〜」

 ことりと海未のストレッチも終わり、ことりが奏太の許に歩み寄る。

「メンバーは他にいるんだよな?」

「うん。七人いるよ」

「穂乃果とたしか……絢……先輩?」

 穂乃果は同じクラスで一緒に行く約束もしていたから分かる。

 理事長室で会った絵里のことはそこまで覚えていなかった。

「もしかして絵里ちゃん?」

「たしか、そうだったような」

(あの時は理事長の話で一杯だったからな〜)

「絵里ちゃん知っているんだ」

「ああ。理事長室で会ってね」

 二人の会話を後ろで聞いている海未。

 自身も誠也と話してみたいと思う心はあるものの、なかなか行動には移せない。

「そろそろ来るんじゃないかな〜」

「待つしかないか。ところで、二人は音楽経験あるの?」

「ないよ〜」

「わ、私もありません……」

「でも、海未ちゃんは日舞をやっているんだよ」

「ちょ、ことり!」

 海未の情報をサラッと言うことりの顔に何の悪意など一切ない笑顔。

「日舞って日本舞踊のこと?」

 海外成果が長い誠也でも日本舞踊は分る。

「すごいな。日本の雅な美しさを体現している踊りに一つ一つの動きに魂を感じられる。あれは難しいと思う」

「そうですよね! 日舞の素晴らしさを分るなんて誠也さんは素晴らしいですよ!」

「あ、ああ……」

(え? いきなり性格変わったぞ!)

「いつも練習しているのか?」

「はい! 朝と夜に必ず練習します。日々の鍛練を怠ることはありません!」

「練習熱心だな。今度見てみたいものだ」

「え? それは……そのー」

 また、海未は縮こまってしまう。

「じゃあ、今度一緒にうみちゃんの踊りを見に行こう」

「ことり! そんないきなり……」

「いいのか?」

「いえ、あのー。心の準備が……」

(うぅ。か、可愛いぞ)

俯き恥じらう海未を見て誠也は鼓動を高鳴らせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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