恋姫無双〜魏の龍〜第玖話 |
「……とまぁ、そう言う訳です。」
語り部の春蘭の話が終わった――内容は先の戦で起こった出来事についてである。
数日前に部隊を率いて出撃した春蘭、凪、季衣の3人は、黄巾党と戦っていた官軍の援軍に駆け付けたのである。
だが黄巾党は春蘭達の旗を見るや否や、一目散に逃げ出した。黄巾党殲滅の命を受けている春蘭達は当然、連中の後を追った。
先の沼地へと逃げ込んだ連中を追った春蘭達だったが――それは罠だった。
その沼地は、最近同盟を結んだばかりの孫家が支配している領土だったのである。
いくら同盟国であるとは言え、他国の土地へ下手に入れば、有らぬ誤解を受けて戦争状態に成りかねない。
すぐに引き返そうとした春蘭達だったが――
――そこの部隊ッ! 所属と名を名乗れ!
強烈な覇気と鋭い眼光を持つ孫策、副官の黄蓋が姿を現した。春蘭達の間に緊張が走った。
孫策は、孫呉の王。領土侵入を咎められれば、不味い事になる。
春蘭は包み隠さず領地に入ってしまった理由を説明すると、孫策は笑いながらそれを許したのだ。
「それなら良いわよ別に。それに龍翠がそんな事(他国への侵略行為)を許すはず無いしね。」
と、孫策の放った一言は、孫呉の王とはまるで思えない言葉であった。
まぁ、分かれる時に「私の新しい妹にヨロシクね♪」などと言っていたことは割愛する。
その後、春蘭達は孫策の協力得て、逃亡した黄巾党を撃破。
無事に城へ帰還し、華琳に事情を説明――現在に至るのだ。
「それで孫策に借りを作ったまま帰って来たと言うの?」
「……今回は流石の僕も何もいえないや。(雪蓮、ありがとう……。)」
ハァと、華琳と龍翠が深い溜め息と共に頭を抱えた。
「あ、あの……連中の領に逃げ込んだ盗賊を退治したのですから、差し引きで帳尻は……。」
「合っていないわよ。同盟国とは言え他国。軍を率いて他国の領に入ると言う事は侵略行為ととられても仕方なかったのよ?」
「だから他国の領に入る前に、黄巾党を片づけておけば良かった話じゃないかい?」
春蘭を見つめたまま、華琳は「それにそれで差し引く必要もないわ。」と一言。
顔を俯かせ、春蘭はかなり落ち込んだ様子を見せた。
「でも厄介な事になりましたねぇ。春蘭の話を聞けば、奴等は姑息な策略を立てた事になります。と言う事はそれだけ頭の回る奴がいたと言う事ですからねぇ。」
龍翠が薄暗い天井を仰ぎながら呟いた。
「……ええ。春蘭や季衣相手だったとは言え、黄巾党はそれだけの作戦を展開出来る指揮官を得た事になる。その将を討てただけでも、今回の戦は幸いだったと言うべきね。」
最近鳴りを顰めていた黄巾党であったが、最近になって再び活動を起こし始めた。
糧食庫焼き打ちの効果もあるにはあったが、それも一時の事だけだったようである。
今日の軍議で、連中は焼き打ち以前の勢力を取り戻しているとの報告があったのだ。
「こう言った事は予想済みだけど、これからは苦戦する事になるでしょうね」
そう言った後、華琳は「気を引き締めるように」と春蘭、季衣に告げる。
激励された2人は更なる気合を入れるように、大きな声で返事を返した。
そんな2人を満足そうに見つめた後、華琳は春蘭へ視線を移す。
「ところで春蘭。その孫策と言う人物……どんな人物だった?」
「は、はあ。孫策、ですか?」
「ええ。兄さんにも聞いたけどその殆どが私生活の場。だから複数の意見が聞きたいの。“江東の虎”と名高い孫堅の娘よ。どんな風に感じた?(私の新しい姉でもあるわけだしね。)」
華琳にそう尋ねられ、春蘭は――表現するに相応しい――思い付く限りの言葉を並べる。
「孫策……風格と言い、雰囲気と言い、気配と言い、とても最近王になったばかりには思えませんでした。」
「…………どれも同じ意味じゃない。貴女は脳筋なんだから無理して難しい言葉を使わ無くてもいいじゃない。」
桂花の鋭いツッコミに、春蘭がたじろぎながら「五月蠅い!」と怒鳴る。
龍翠が彼女たちを宥めながら、武人の夏候惇としてどうか、との事を聞いた。
「……やはり虎の娘に相応しい牙を持っていると感じました。 彼女はまだ発展途上ですが何れ鋭い牙を持つと虎に成る事は間違いないと思われます。」
春蘭の真剣な言葉に、華琳は顎に手を添えて頷いた。
「そう……春蘭、その情報に免じて、今回の件についての処分は無しにするわ」
「……ありがとうございます」
「孫策への借りについては、何れ返す機会もあるでしょうしね」
そう言った後、今回の軍議は終了となった。
どうやら春蘭の件で最後だったようである。
「黄巾党はこちらの予想以上の成長を続けているわ。官軍は頼りにならないけど、私達の民を連中の好き勝手にさせる事は許さない。良いわね!」
「分かっています! 全部、守るんですよね!」
季衣の言葉に、華琳が微笑を浮かべる。
「そうよ。それにもうすぐ、私達が今まで積み重ねてきた事が実を結ぶ筈。それが奴等の最後になるでしょう。それまでは今まで以上の情報収集と、連中への対策が必要になる。民達の米1粒、血の1滴も渡さない事! 以上よ!!」
華琳の強い宣言を最後として、軍議は解散となったのであった。
「真桜?」
「ん? どないしたんや龍翠様?」
軍議が終わったのに引き止められた真桜は、不思議そうな感じで龍翠を見つめた。
「君に武器の改造依頼をしたくてね。」
キュピーン!!
「ホンマ!?あの牙龍をウチがあつこうて(弄って)ええのん!?」
「ええ、お願いします。僕の牙龍をこういう風に改造して欲しいんです。」
そう言って、布を真桜に渡した。
すかさず真桜は、その布の設計書を食い入るように見る。
目をキラキラさせて龍翠を見た後、
「いよっしゃ! 任しときい、うちにかかればこんくらい朝飯前や!」
と言ってそのまま出て行ってしまった。
「真桜……仕事……まぁ今回は大目に見ますか。」
そう言って龍翠も出て行った。
「情報収集だからって兄を顎で使うなんて、育て方間違えたのでしょうか……?」
数日後、情報収集として駆り出された龍翠は、「よよよ……」と寂しい表情をしながら呟いた。
龍翠と同じ隊として出撃した凪は、彼の呟きに苦笑しながら答えるように言う。
「龍翠様が快く引き受けたのではありませんか。それに、いくら華琳様でも……いえ、華琳様だからこそ、貴方を顎で使うなんて出来るはずありません。」
凪、真桜、沙和の3人は、これまでの働きを評価され、華琳から真名を許されていた。
真名を預けられるのは、信頼している証。彼女達がとても喜んだのは言うまでもない。
龍翠はそんな喜ぶ彼女達を、自分の事のように喜んだ物だ。
「それもそうですね。まぁそんな事より、体調は大丈夫なのですか? 昨日、南の情報収集から戻ったばかりでしょう?」
「ありがとうございます。しかし龍翠様の御心配には及びません。龍翠様ほどではありませんが鍛えていますから。」
凪がそう告げると、龍翠は軽く息を吐いた。
「無理はしないでね。沙和も真桜も居るし、君が休んでも支障は全く無いから。」
「本当に大丈夫です。自分はこう言う事しか出来ない、不器用な人間ですから。」
といって、すこし暗い表情で顔を伏せる凪。
そんな凪を見て、龍翠が凪を軽く小突いた。
驚いた表情で、凪が彼を見つめる。
「そう自分を卑下する言い方をしない。僕達がこうする事で、戦に有利な状況を作っていくんだ。」
「は、はい。龍翠様、申し訳ありませんでした…………」
真剣に謝る彼女を見て、龍翠は感心したように呟く。
「……君の爪垢を、真桜と沙和に煎じて飲ませたいものです。(今度作ろうかな……?)」
「??? 龍翠様、今何か?」
「いや……何でもありません。気にしないで。(まずは、凪の爪垢もらってそれを……。)」
ブルッ!!
「な、何や今の震えは!?」
「さ、沙和も震えたの!? 怖いの〜!」
と何かに震えた二人がいたことは割愛。
その会話を最後に、龍翠と凪は無言のまま行軍を続けた。
凪はそれほど喋る方では無く、龍翠も仕事のときは口数か減るため、自然と無言になる。
同行している兵も慣れているのか、気まずさは感じなかった。
「…………凪。気付いた?」
「はい。龍翠様も御気付きでしたか」
突如として行軍を止め、龍翠と凪は戦闘態勢を取った。
周囲の林から多数の気配と殺気が感じられたからである。
兵も2人に促され、徐々に態勢を整えていった。そして――。
「ウオオオオオッ!」
「ウワアアアアッ!」
奇声と共に、林から多数の黄巾党が飛び出した。
大刀を持った黄巾党は兵に眼もくれず、それを指揮する龍翠と凪の2人だけに襲い掛かった。
だが特攻精神だけで敵うものではない。戦闘態勢を整えていた2人は、速やかに迎撃に移った。
「破ぁッ!!」
「せいッ!!」
あっと言う間に凪の氣弾が敵を押し潰し、龍翠の拳が黄巾党を叩き潰した。
兵達が助けに入る間も無く、襲い掛かってきた黄巾党は地に伏したのである。
凪は氣を徐々に収め、龍翠は周囲を警戒しながら構えをといた。
「敵の部隊と言う訳ではなさそうですね。待ち伏せでしょうか?」
「いや、だとしたら人数が少なすぎる。恐らく偵察か何かでしょう。」
凪の氣弾を喰らって気絶している連中の捕縛を命じた後、龍翠が何かを見つけた。
自分が叩き潰した者達の懐から、何かが覗いていた。龍翠が徐に手を入れ、探る。
懐から出て来たのは細く小さい巻物であった。
「龍翠様! これは……!」
龍翠が頷き、巻物の紐を解いた。
開くと、何やら地図らしき物が描かれている。
その横にも汚い字で、何かが書かれていた。
「集合場所の連絡……なるほど、コイツ等は連絡兵か。」
「これで敵の主要拠点が1つ、分かりますね。」
「ええ。でも連中は、着実に知恵を付けつつある。」
これ以前に捕まえた連絡兵は、どれも口頭での物ばかりであった。
中には連絡事項を間違えて覚えている奴も、忘れている者も居た。
だが今に至っては、かなり高率の良いやり方で連絡を取っている。
龍翠の言う通り、黄巾党は徐々に知恵を付けてきているのであった。
「ここでの情報収集が終わり次第、華琳に報告しましょう。凪。」
「了解です。龍翠様。」
「あ、それと凪がコレを見つけたことにしておいて。今更僕が手柄を貰っても仕方ないですし。」
そういう龍翠の顔を驚いた様子で見て凪が声をだす。
「で、ですが、龍翠様が見つけたものです。それを横取りするような……。」
「良いんですよ。さてさっさとかたずけて戻りましょう。」
「分かりました。」
すこし釈然としない様子の凪だが渋々龍翠の提案を呑んだ。
「大手柄よ。凪。」
機嫌の良さそうな表情で、華琳は凪にそう告げた。凪は何か言いたそうにしていたが頷いた。
今回見つけた連絡文書が、今回の軍議で最重要課題として取り上げられたからだ。
「先程戻った偵察部隊から報告がありました。連中の物資の輸送経路と照らし合わせて検証もしてみましたが、敵の本隊で間違いないようです」
秋蘭がそう告げ、龍翠が確信したように言った。
「本隊が居るなら、必ず張角もそこに居ますね。」
「はい。張三姉妹の3人が揃っているとの報告もありました。」
「……間違い無いのね? 秋蘭。」
華琳がそう問い掛けると、秋蘭は眉を顰めて言う。
「それが何と言いますか……3人の歌を全員が取り囲んで聞いていて、異様な雰囲気を漂わせていたとか」
訳が分からず、華琳は思わず首を傾げた。
「…………何かの儀式かしら?」
「詳細は不明です。士気高揚の為の儀式だと言うのが、偵察に行った兵の見解です……」
「……まるで一種の洗脳だな。まあ歌の効果は、これから戦う連中にでも聞くしかないですね(はて? 何処かで同じ光景を見たような……。)」
龍翠が呆れて呟いた事を、華琳もそれに同意するように頷いた。
「ともかく凪の御陰で、この件は一気にカタが付きそうだわ。動きの激しい連中だから、これは千載一遇の好機と思いなさい。皆、決戦よ!!」
「御意っ!!」
玉座の間で、春蘭達の気合の声が響いた。
皆が解散した後、龍翠は華琳の部屋に赴き話をしていた。
「華琳、今回の件で凪に僕が居なくなる間の臨時隊長になれる権限を与えたいんだけど……。いいかな?」
「“居なくなる”!? 如何いうことよ!?」
龍翠の話に眉をひそめて聞く華琳。
「僕の獲た情報と勘で分析した結果、近々大きな変化が大陸に起ころうとしている。それも、【鮮血の龍】の力が必要なほどにね。」
「!! 分かったわ。考えておきましょう。」
そう言って華琳は一旦話をきる。
「……それと、今日はお願いね?」
そう言って龍翠にしなだれかかる華琳。
「全く、とんだ甘えん坊ですね。昔はもう少し遠慮していたのに。」
「あら、素直になったと言ってくれない? 昔は我慢してたんだから。」
そう言って華琳は龍翠に甘い口付けをした。
―黄巾党・大天幕―
「れんほーちゃーん! おーなーかーすーいーたーっ!」
その中で、天和―張角―の能天気な声が響いた。
長女の不満の声が耳に届いた人和―張梁―は、適当に流しておいた。
だが間髪入れず、次女である地和―張宝―の不満声が聞こえてくる。
「人和。私もう限界よ。ご飯も少ないし、お風呂もロクに入れない……それに何より、ず〜っと天幕の中で息が詰まりそう!」
「言われなくても分かっているわよっ! でも仕方が無いでしょ。曹操って奴に、糧食庫が丸ごと焼かれちゃったんだから!」
「仕方なくないわよ! 別の所に行けば良いじゃん。今までだって、煩くなったら他の所にサッサと移動してたじゃないの!」
地和の無知な発言に、人和が頭を抱えた。
「私達の活動が朝廷に眼を付けられたらしいの。大陸中に黄巾党討伐の命が下っているわ」
「…………は、はぁ? 何それ!? 私達、討伐されるような事は一切してないわよ!?」
全く身に覚えの無い事柄に、地和が眼に見えてパニックになった。
「確かに私達は何もしていないわ。但し、周りの連中がね……」
「ど、どう言う事なのよ!」
「連中が付いてくると、絶対に大きな動きになる。彼等を連れて国境は越えられないのよ」
溜め息と共に人和がそう言った。
「え〜っ? じゃあ今までみたいに、色々な国は回れなくなっちゃうの?」
「天和姉さんはもう黙っててよ! 連中が付いてくるなら、コッソリ置いていけば――」
「出来るならとっくにやってるわ。何度か試したけど、その度に誰かが寄って来るのよ」
だから無駄だと思って諦めた――人和はそう地和に告げた。
「全くもう! 何でこんな事になったの〜っ!」
能天気な様子で言い出した天和を地和が攻める。
どうやら2人は歌を歌っている最中、下の連中に言ってしまったらしい。
天和曰く「大陸の皆に愛されたい」とか――。
地和曰く「(歌で)天下を獲りたい」とか――。
そんな他愛も無い言葉を本気にした周りの者達が、挙って乱を起こしていると言う訳だ。
子供の喧嘩を始めた2人を余所に、人和が本日何度目かの溜め息を吐いた。
「それにしても、あのお兄さんにまた会えないかなぁ……。」
「天和姉さんまた? 確かにあの人居た方が嬉しいけどコレだけ諸侯回ってんのに今だ会えないんだよ?(それに女の人かと思ったぐらいに綺麗な人だったし。)」
二人が話しているのは旅の一番初めのまた追っかけが居ない時代にあった人の話だ。
音楽を奏でる人が居なかったあの時、私の肩をたたき振り向くと淡い緑色をした御髪に整った顔立ち少しは抱けた感じの服を着ていたため男と分かったがその服でなかったら女性と間違っていただろう。
「何ですか」と人和が言うと「合わせるから歌ってくれますか?」そう言って、彼は竜笛を取り出して奏でた。
決して自分達の声を邪魔しない、かといって自分達の声に負けない美しく住んだ旋律を―――。
彼女達は何故か、歌わねば成らないとでも言うような衝動に駆られた。
歌い終わると、その場に居た客は拍手喝采の大反響を得た。
彼女達自身も心地よい高揚があった。
「確かに、あの人の旋律で歌った歌のような歌……。まだ私達は出来ていないわ。」
その人物に会いたいのは人和も一緒だった。
名も告げずに歌い終わるといつの間にか消えていたあの人にもう一度会いたい。
そう三人が思っていた――時だった。
「張角様ッ! 張宝様ッ! 張梁様ッ!」
「――――ま、まずッ!」
天幕の外から、自分達を呼ぶ兵の声が聞こえる。
今の会話を聞かれていないだろうか――そんな不安が頭を過ぎる。
しかし兵の声を聞くに、どうやら聞かれていないらしかった。
「……良いですよ。入りなさい」
平静を装い、人和が兵へ天幕内に入る許可を出す。
すると彼は畏まった様子で天幕内へ入ってきた。
地和が何事か尋ねると、兵は跪きながら告げる。
「はっ。西方を追われた新たな会員が、我々と合流したいと言ってきているのですが……」
「それって、私達の歌を好きって言ってくれてる人達なんですよね〜?」
兵が頷いた。天和の顔が笑顔へ変わる。
「じゃあ良いんじゃないですか〜?」
「そうね。応援してくれる子は大切にしないとね!」
「と言う事です。後はそちらで計らいなさい」
三姉妹の了承を聞いた兵は「食料と装備を支給させます」と残して出て行った。
そして彼が出て行った後、天幕内を3人の深い溜め息が包み込む。
食糧も装備も既に底を尽くと言うのに、また調子に乗って受け入れてしまった。
「何……? 食料も装備も持たずに合流したいって……たかりに来てるだけじゃない」
「もうバカバカバカァァァ!! 何だって姉さん、あんな事を言うかなぁ……!!」
自分だけの責任ではないと、天和が反論する。
「え〜っ! だってちーちゃんだって、応援してくれる子は大切にしようって……」
「だ、だって、あの場でああ振られたら、ああ答えるしかないでしょ!! 全くもう……」
「お姉ちゃんだって、ああ答えるしかなかったんだもん! 私だけのせいじゃないもん!」
再び子供の喧嘩を始めた2人を宥めながら、人和が頭を抱えた。
「彼も彼よ。今の食料状況を考えれば、これ以上の受け入れは絶対に無茶なのに……」
「じゃあ人和が上手く反論してよ……!」
「世の中、建て前って物があるでしょ!」
「あ〜ん! もうお腹空いたよ〜っ!!」
天幕内が混沌としていく中、彼女達の下は、そんな事情は一切知らない。
再び天幕に兵が訪れ、彼女達は彼等の無茶を受け入れてしまうのだった。
「秋蘭。本隊がたった今、到着したようです。」
「分かりました。各隊の報告は纏まっていますか?」
先に先発隊として出陣した龍翠(錬鳳隊)と秋蘭、季衣は黄巾党本隊を確認していた。
真桜の報告によれば、連中の総勢は約二十万。しかし彼等の動きは亀よりも鈍いとの事。
そして何より二十万の軍勢の中でマトモに戦えそうなのは、精々三万程だと言う。
「二十万の軍勢が居るにも関わらず、戦えるのが三万? どう言う事?(三万なら僕一人で事足りるんだけどなぁ。)」
「またボク達を嵌める為の罠かなぁ? だとしたらどうしよう……。」
「いやいや、そんな風には見えへんよ。武器も食料も全然足りてないし……。」
更に真桜曰く「先程も何処かの敗残兵らしき者達が合流していた」との事。
凪が顎に手を添え、ポツリと呟く。
「奴等の大兵力は、敗残兵などの非戦力を合わせた上での数と言う事か……。」
「せやなぁ。あちこちで内輪揉めも起きとったし、一枚岩ですらないわ。あれじゃあ指揮系統もロクに機能しとらんやろ。」
真桜の報告を聞いた龍翠が呆れた様子で言う。
「滑稽ですね。合流し過ぎて、連中が動けなくなってるとは……。」
「そう言う事だ。本拠地が無いのだから陣内に取り込むしかない。結果は見ての通りだ。」
「神出鬼没の大熊も、食べ過ぎて太ってしまえば、ただの哀れな的と言う事ですね……。」
秋蘭は凪の言葉に対し、微笑を持って応えた。
「これが華琳の真の狙いか。味な真似をする……」
「そうだ。ここまで組織が肥大化すれば、おのずと動きが鈍くなるし、指揮系統も作らねばならん。そうなればこの程度、そこ等の野盗と何ら変わりはないさ」
彼女の言葉を聞き、意気込む季衣、真桜、沙和の3人。
だが凪が一抹の不安を感じたのか、龍翠に訊いた。
「しかし……当初の予定通りの作戦で大丈夫でしょうか?」
「問題はないでしょう。華琳に伝令を出し、僕達は予定通りの配置で各個撹乱を開始する。」
秋蘭が龍翠の言葉に頷いた。
「攻撃の機は各々の判断に任せるが……張三姉妹にだけは手を出すな! 以上、解散!!」
「「「はっ!!」」」
龍翠達が、各々の配置に付く為に散って行く。
黄巾党との最終決戦の火蓋が今、切られようとしていた――。
―黄巾党・大天幕―
指揮系統が機能していない黄巾党は、更なる混乱に陥っていた。
――敵の奇襲です。各所から火の手が上がっています!
兵からその事を聞かされた人和は、己の顔が青ざめていくのを抑える事が出来なかった。
人和は頭を抱えた。人数が増え過ぎている為、誰に指示をして良いのか分からないのだ。
次々と大天幕に混乱した大量の兵が押し寄せ、首領である張三姉妹に指示を仰いだ。
「ともかく敵の攻撃があるだろうから、皆に警戒するように伝えて!」
「火事も手の回る者が消せば良いでしょ! サッサとやっちゃって!」
人和と地和の指示を聞き、兵達は天幕を出て行く。
もうこれ以上は限界だ。ここには居られない――。
弱々しい声を出す2人の姉を見つめながら、人和は奥から荷物を取り出した。
「何? その大荷物」
「逃げる支度よ。3人分あるから……みんなでもう1度、初めからやり直しましょう」
人和の言葉に、天和と地和が溜め息混じりに言った。
「……仕方ないか。でも2人が居るなら大丈夫かな?」
「そうだね。ちーちゃんとれんほーちゃんが居るなら、何度だってやり直せるよ♪」
「そう言う事。そうだ、これも持って……」
人和は机の上に置いていた、1冊の古い本を手に取った。
以前男から無理矢理貰い受けた“太平要術の書”である。
「太平、何とか……だっけ?」
「そうよ。これを使って、またみんなでやり直そう。」
そう言って、人和はその本を荷物の中に入れ、3人共その場から逃げた。
「華琳様。先発隊が行動を開始したようです。敵陣の各所から火の手が上がりました。」
「龍翠様から伝令が届きました。敵の状況は完全に予想通り、当初の作戦通りに奇襲を掛けると。こちらも作戦通りに動いてほしいとの事です。」
桂花と春蘭の報告を聞き、華琳は思わず微笑を浮かべる。
予定通り事態が運んでいる事に笑みを隠せなかったのだ。
「了解」と一言呟いた後、華琳は桂花に視線を移した。
「桂花、分かっているわね? 予定通りに動きなさい。」
「御意!」
「しかし先日は苦戦したと言うのに……何ですか? 今日の容易さは。」
春蘭の呟いた言葉を聞いた桂花が、意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「それは春蘭が弱くて、頭が悪いからじゃない?」
「――――な、何だとぉ!?」
今にも桂花へ殴り掛かりそうな春蘭を抑え、華琳は溜め息を吐いた。
桂花はこう言った脳筋タイプとトコトン相性が悪い。
せめてもう少し馬が合ってくれれば、騒がしくなくなるのだが。
まぁ、春蘭と桂花は昔からの馴染みでもあるため嫌悪するなんて事は無いだろうが。
そう考えていた中、本隊出陣の刻が目前まで近づいていた。
「華琳様。そろそろ我々も動く時です。号令を頂けますか?」
「あら、もう? もう少し掛かると思っていたけど……秋蘭達、張り切り過ぎじゃない?」
「敵の混乱が輪を掛けて酷いのでしょう。ともかく、こちらの準備は既に整っております。」
桂花の進言を受け、華琳はゆっくりと頷いた。
春蘭も隣で、この事態で起こり得る事を呟く。
「張三姉妹は元々旅芸人。こんな負け戦に最後まで付き合うとは思えません。」
「……ええ。急がなければ彼女達、私達じゃなくて身内に殺されかねないわ。」
恐らく味方を置いて、張三姉妹は何処かへ逃げるつもりだろう――。
そうなれば彼女達を慕って集まった黄巾党の連中が黙ってはいない。
彼等は報復の為、絶対に張三姉妹を殺しに掛かる筈である。
目的は張三姉妹の生け捕りである。最悪の事態だけは避けなければならない。
「皆の者! 聞け!!」
出陣を心待ちにする兵達に向けて、華琳が号令を掛ける。
兵達は一字一句聞き洩らさず、彼女の言葉に耳を傾けた。
「汲めない霧は葉の上に集い、既にただの雫と成り果てた。山を歩き、情報を求めて霧の中を彷徨う時期はもう終わりよ。今度はこちらが呑み干してやる番! ならず者共が寄り集まっただけの烏合の衆と、我等の決定的な力の差……この私に、しっかりと見せなさい! 総員、攻撃を開始せよッ!!」
号令を受け、兵達が大地を揺らさんばかりに雄叫びを上げる。
そして華琳率いる本隊は、黄巾党への総攻撃を開始した――。
「本隊が来たか……これでもう決まったかな。」
背後から大地を揺らして迫って来ているのは、曹の旗を掲げた華琳率いる本隊だ。
龍翠達先発隊は奇襲を行った後、本隊と合流する為、待機していたのである。
ちなみに、龍翠自身の旗は無い。何故かは後に知ることと成るので此処では割愛する。
「流石は華琳様。予定通りですね。」
「なら僕達も続くよ。季衣と真桜と合流して、左翼に向かう。」
「右翼は秋蘭様と沙和でしたね。後は2人が来てくれれば……。」
凪がそう呟いた時、噂をしていた2人の元気な声が耳に届いた。
「やっと来ましたね。怪我は……心配しなくても良いみたいですね。」
「全然。なんや、こっちが一方的すぎて悪いくらいやったわ。」
「うん。で、華琳様も来たし、そろそろ合流かなぁって。」
「僕達も合流しようと思っていたところだし。丁度良い……。」
龍翠は季衣の頭を徐に撫でた後、凪に視線を向ける。
凪は龍翠の視線の意味に気付き、後方に並ぶ兵を見つめた。
彼女の研ぎ澄ました刃のような鋭い視線が兵達を射抜き、緊張を高める。
そんな彼等を見渡した後、龍翠はゆっくりと口を開いた。
「これから僕等は本隊に合流、本隊左翼として攻撃を続行する! 但し張三姉妹に手は出さず、生け捕りにしろ。皆! 今までの借りを存分に返してやれ!!」
季衣、凪、真桜が龍翠の号令に答えるように、拳を天に振りかざした。
兵達も彼女達に負けまいと、剣を天に向け、龍翠に応えるのであった。
この決戦は聞くまでも無く――指揮体制が完璧に整っている曹魏軍の圧倒的だった。
剣や槍を我武者羅に振るい、獣のように攻める黄巾は華琳達の敵にも値しなかった。
やがて戦意を喪失していった黄巾の兵達は武器を捨て、我先にと何処かへ逃げ出していく。
龍翠は抵抗し、向かって来る者だけを叩き潰し、逃亡をはかる者を相手にしなかった。
「指揮系統が成っていない時点で、勝敗は決まっていたってのに……。」
龍翠がそう呟く中、彼の背後から黄巾の兵が大剣を振りかざして襲い掛かった。
単調で乱暴な攻撃である。龍翠にとって、かわす事のほどでもなく後ろに右の回し蹴りを放ち大剣を蹴りおる。
相手の大剣を壊した後、流れるように回し蹴りの勢いを保ったまま龍翠が顔面に裏拳を放つ。
黄巾の兵は何が起こったのか、全く分からない様子で、錐揉み回転してうつ伏せに倒れていった。
「やれやれ。此処まで往生際の悪い腐った奴等しか居ないのか……。」
大地に流れる血を踏み締め、龍翠は戦場を睨み付ける。
凪と季衣が叩き潰し、真桜が十数人の集団を削っていた。
それ以上の数を龍翠が相手をしていたのは言うまでも無いが――。
左翼側の戦闘が終わりを告げるのも、時間の問題だろう。
「龍翠様ッ! 御報告があります!」
「何があったッ!」
龍翠に一括され、兵は淡々と告げた。
彼からの報告を聞き、龍翠は思わず笑みを浮かべる。
「それ、本当?」
「はっ! 何度も確認しましたが、あれは確かに……。」
「…………そう。御苦労さま。」
兵に再確認を取った龍翠は馬に乗り、報告があった場所へと向かう。
途中で粗方敵の掃討が終わった凪も一緒に連れて行った。
先の方で逃げる姿が目撃されたと言う――張三姉妹の元へと。
「この辺りまで来れば……平気かな?」
「もう声もだいぶ小さくなってるしね。でもみんなには、悪い事しちゃったかなぁ?」
「難しいけど、正直こんな騒ぎになるとは思ってもいなかったわ。……潮時でしょう。」
大天幕からコッソリ抜け出した天和達は、戦場からだいぶ離れた所まで逃げていた。
しかし置いて来た事に罪悪感を覚えているのか、人和は時々後ろを振り向いている。
天和と地和も彼女と同様に、時折不安そうに顔を歪めていた。
「け、けどさ! これで私達も自由の身よね! お風呂も入り放題よ。」
「…………手持ちのお金は一切無いけどね。」
ポツリと呟いた人和の一言に、地和はグッと顔を歪めた。
「お金はまた稼げば良いよ。初めからやり直すんだから。」
「そう……そうよ! 3人でまた旅をして、楽しく歌って過ごしましょう!」
「そして、大陸で一番の――。」
3人が夢で盛り上がる中、そこに駆け付ける一騎の馬があった。
張三姉妹の顔が恐怖に歪み、
騎馬の姿を見た瞬間目を奪われその場で別の意味で身動きせずに固まった。
そして馬に乗った2人の人間は降り、彼女達の前に立ち塞がる。
「張三姉妹? ……ですよね。(どっかであったような……?)」
「盛り上がっている所を悪いが、大人しくしてもらおう……。」
龍翠と凪がそう通告し、天和達を睨み付けた。
「く……っ! こんな所にまで追手が! ん?」
「どうしよう……護衛の人達は居ないよ。 ん?」
「くぅぅ……! まだ色々な事してないのに……っ!! ん?」
凪が三姉妹を睨みながら、一歩ずつ迫る。
それにも構わず彼女達は龍翠を食い入るように見つめる。
「「「「あ〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」」」」
と何かを思い出したかのように叫ぶ張三姉妹と龍翠。
「あの時の竜笛の人!!」
「貴方、官軍だったんですか?」
「やっとあえて嬉しいけど今はあんまり嬉しくな〜い!」
「あの時の旅芸者でしたか。なるほどどっかで会ったことが在ると思ったら!」
と凪を挟んで昔話に花を開かせようとしたとき、そこに慌てて駆け付ける数人の人影があった――。
「待てテメェ等! 俺達の張宝ちゃんに何をしようとしてやがんだ!!」
「張角様ッ! ここは俺達に任せて、早く逃げて下さい!!」
「張梁ちゃんの可愛い顔には、指1本たりとも触れさせはしねえぞ!!」
剣を構え、駆け付けた黄巾の兵達が天和達を守るように立ち塞がった。
当の天和達は呆然とした様子で、彼等の背中を見つめている。
「……逃げた主を庇うか。なかなか見上げた根性だが……。」
凪が手甲に氣を集中させ――
「こう言うお馬鹿は嫌いじゃない。……覚悟は出来てるよね。」
龍翠が、独特の構えをした。
そして――。
「破ぁぁぁっ!!」
「せぇぇいっ!!」
凪の集めた氣が放たれ、龍翠の拳が一閃する。
気が付けば、立ち塞がっていた兵は全滅していた。
だが死に至ってはいない。手加減し、気絶させたのだ。
「な、な、何よあれ! いきなり光って、何か吹っ飛んだわよ!? 意味判んない!?」
「……諦めましょう、姉さん。あんなの喰らったら、絶対に無事じゃ済まないわ……。」
怯える天和と地和を置いて、人和が一歩前へ進み出た。
「……いきなり殺したりはしないのよね?」
身体がガタガタと震えている。人和も本当は怖いのだ。
龍翠はそんな彼女を落ち着かせるように、頭を撫でて優しく告げた。
「約束する。悪いようにはしないよ。」
「……なら良いわ。投降します。」
そんな龍翠の様子に幾分か恐怖が薄れたのか震えは止まっていた。代わりに顔は赤くなっていたが。
振り向いた人和が、天和と地和を見つめた。
彼女の瞳を見た2人は、悲しそうに呟く。
「人和……。」
「れんほーちゃん……。」
龍翠は凪に命じ、3人の捕縛を命じたのだった。
「……で、貴方達が張三姉妹?」
「そうよ! 何か悪いの!!」
「……季衣、間違い無いかしら?」
「はい。ボクが見たのと同じ人達です。」
季衣はずいぶんと前だが、彼女達の歌を聞いていたのだ。
季衣の言葉を聞いた天和が、眩しい笑顔を浮かべた。
「私達の歌、聞いてくれたんだ♪ どうだった?」
「うん! すっごく上手だったよ!」
出会ってまだ間も無いと言うのに、天和と季衣が意気投合してしまったようだ。
どうやら2人は同じ気質らしい。そんな2人を見つめ、龍翠が微笑む。
「どうしてこんな事をしたの? ただの旅芸人がする事じゃないでしょう?」
「…………色々あったのよ」
「少なくとも貴女達の行動で、大勢の人間が迷惑を被った。それは分かるわね?」
人和がゆっくりと頷いた。華琳の眼付が鋭くなった。
地和も、季衣と騒いでいた天和も気まずそうに頷いた。
「そこまでですよ、華琳。……色々あったと言ったね。その色々を話してみなさい。」
「話したら斬る気でしょ! 私達に討伐命令が下っているのは知っているんだから!」
龍翠に絆された華琳は地和の叫びをを聞いて
「それは話を聞いてから決める事よ。それから1つ、誤解しているようだけど――。」
地和が不機嫌そうに「何?」と呟いた。
「貴方達の正体を知っているのは、恐らく私達だけよ。」
「「「…………へっ?」」」
華琳の告げた一言に、間の抜けた天和達の声が響いた。
華琳は桂花を近くに呼び付け、説明するように言った。
1度咳払いをした後、桂花は天和達をジッと見つめる。
「良い? 貴方達、ここ最近私達の領を出ていなかったでしょ?」
「それは、あれだけ捜索や国境の警備が厳しくなったら……出て行きたくても行けないわ。」
「だから、張角の名前こそ知られているけど……他の諸侯達の間では、正体不明のままよ。」
桂花の説明が釈然としないのか、地和が首を傾げた。
そんな時――龍翠が腕を組みながら、話に入った。
「捕まえた奴等を尋問しても、君等の正体は誰1人として口にしなかったんだ……。(まぁ、拷問にかければ幾らでも吐かせる事は出来たけどね。)」
「――――そんな……ッ!」
「大人気じゃない。貴方達。」
皮肉るように、華琳がクックッと笑った。
「それにこの騒ぎに便乗した盗賊達は、そもそも張角の正体を知らない。そいつ等のデタラメな証言が混乱に拍車を掛け……確か、今の張角の想像図は……。」
龍翠が周囲に尋ねると、桂花が懐から張角の想像図が描かれた姿絵を取り出した。
そこには身長3mはあろうかと言う髭モジャで、凶暴そうな大男が描かれている。
御丁寧に腕は8本、足が6本、頭に鋭利な角が3本、長い尻尾も生えていた。
「え〜っ! お姉ちゃん、こんな怪物じゃないよぉ!」
「いや、いくら名前に“角”があるからって、頭に角は無いでしょ、角は……」
「……分かったかしら? つまり貴方達の認識なんて、この程度と言う事よ」
人和が華琳を睨むように見つめた。
「何が言いたいの?」
対する華琳は意地の悪い笑みを浮かべる。
「黙っていてあげても良い、と言っているのよ」
「……どう言う事?」
「貴方達の人を集める才覚は相当な物よ。それを私の為に使うと言うのなら……その命、生かしておいてあげても良いわ」
いまいち華琳の真意を読み切れないのか、人和は更に彼女に問い掛ける。
「……目的は何?」
「私が……私自身の軍が他の腐った官軍を粛清するためには、今の勢力では到底足りない。だから貴方達の力を使い、兵を集めさせてもらうわ」
人和が下がり気味の眼鏡をクイッと上げた。
「その為に働けと……?」
「ええ。活動に必要な資金は出してあげる。活動地域は……そうね、私の領内なら自由に動いて構わないわ。通行証も出しましょう。それに、若しかしたら呉の領域にも入れるかもしれないわ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! それじゃあ私達の好きな所には行けないって事になるじゃない! そんなの冗談じゃない――」
反論しようとした地和を、人和が口を押さえて止めた。
そして再び華琳と向き合い、人和は彼女に問い掛ける。
「……曹操。これから貴方は自分の領土を広げていくのよね?」
「それがどうかした? もしかしてそれだけじゃ不満なのかしら?」
「ううん。……そこは私達でも旅が出来る、安全な場所になるの?」
「当たり前でしょう。平和にならないのなら、わざわざ領土を広げたりしないわ。それに、私の国だけではない。今、同盟国の呉も平和になるはずよ。」
華琳の自信に満ちた言葉を聞き、人和は「そう」と呟くように言った。
そして――華琳の出した条件を受け入れるように、ゆっくりと頷いた。
「……その条件を飲むわ。その代わり、私達3人の命を助けてくれる事が前提よ」
「全く問題ないわ。決まりね」
華琳が満足そうに頷いた。しかし勝手に話が進んだ事に、地和は不満顔だ。
季衣と戯れている天和に、何か言うように促してみるものの――。
「え〜。だってお姉ちゃん、難しい話はよく分からないもん♪」
姉は全く役に立たなかった。人和が眼に見て分かる程の憤りを見せている。
そんな姉妹のやり取りを見ていた秋蘭は、徐に実姉の春蘭へ視線を移した。
唐突に視線を向けられ、困惑している春蘭を見て、秋蘭は溜め息を吐いた。
「ど、どうした秋蘭! 何故私を見て溜め息を吐く!」
「いや……何でもないぞ。姉者」
(う、瓜二つだな。あの姉妹と、この姉妹……。)
龍翠は心の中で秘かに思いながら、込み上げる笑いを堪えた。
そんな中、天和を置いて、人和と地和の話し合いは続く。
「ちぃ姉さん。元々選択肢は無いのよ。ここで断れば、間違い無く殺されるわ。」
「むぅ……! た、確かにそうだけどさ……。」
「生かしてくれる上に、活動資金までくれて、自由に歌って良い……破格の条件よ。それに、あの竜笛の方だって居るんだから。」
そう聞かされながらも、地和は不貞腐れたように呟く。
「……でもさ、歌って良いのはコイツの領地だけなんでしょ?」
「これから曹操が勝手に広げてくれるわ。それに今、呉と同盟関係にあると言う事は江東の地方にも入れるし、この2国が大きくなれば大陸は絶対に平和になる。その間だけ彼女のため……江東の地に入れば孫策のためにもなるんだけど、歌ってあげてもいいんじゃない?」
人和が地和にそう言いながら、華琳の方に視線を移した。
「そう言う考えで良いのよね? 曹操」
「ええ。貴女達は私の広げた領地で好きに歌ってくれれば良い」
「…………よ、用が済んだからって、殺したりしないわよね?」
地和が不安そうに問い掛ける。
華琳は微笑を浮かべて答えた。
「用済みになったら支援を打ち切るだけ。でもその頃には、大陸一の歌い手になっているのでしょう? せいぜい私の国を賑やかにしてちょうだい。」
華琳のあからさまな挑発に、地和の瞳がやる気に燃え上がる。
そして華琳に指を差し、まるで宣言するように言い放った。
「……面白いじゃない。それは張三姉妹に対する挑戦として受け取れば良いのね?」
「そう取るのなら、好きに取れば良いわ。私が貴方達に求めるのは結果だからね。」
「よし! なら決まりだわ!!」
やりぃと言わんばかりに、地和が指を鳴らした。
一方置いていかれた天和は季衣との戯れを中断――。
おずおずと話の中に入って行った。
「……え〜っと、結局私達は、助かるって事で良いのかなぁ?」
「そうよ姉さん! 私達、また大陸中を旅して回れるのよ!!」
「え〜っ! やったぁ! またみんなで歌って旅が出来るんだね♪」
「よ〜しっ! この太平……何とかって言う本に頼らず、自分達の力で……!」
こんなあどけない少女達が、黄巾党の長――。
華琳は半ば呆れながら、彼女達を見ていたが
「……ちょっと待って。今貴女、太平何とかって……!」
龍翠が顔色を変え、その事を口走った地和に詰め寄った。
そんな彼女を助けるように、人和が口を開く。
「太平要術?」
「そう! それ! 貴女達、それをどうして持ってるんですか!?」
龍翠に訊かれ、その時受け取った本人である天和が説明していった。
見知らぬ男に貰い受け、それに記された方法を使い、今までやってきた事も全て。
その事を聞いた龍翠が深い溜め息を吐いた後、本の所在を彼女達に尋ねた。
「此処にあるわよ。はい。」
そう言って荷物の中から古書を取り出し龍翠に渡したのは人和だった。
「どうしたの?」と付け加える彼女だったが、龍翠はそれ以上何も言わなかった。
ただしみじみとした様子で「また、これか。」と呟くだけだったのである。
「龍翠様? 如何なさいましたか?」
「いや、なんでもない。昔にもこいつのせいで【酷い目】にあったと言うだけさ。」
そう言って龍翠はその古書を懐にしまう。
「…………」
気丈なそして少し寂しそうな様子で言う龍翠に、周りはそれ以上何も言う事が出来なかった。
こうして、張三姉妹の引き起こした“黄巾の乱”は静かに終結した。
彼女達を加える事に成功し、華琳達は悠々と城へ帰還するのであった。
余談だが、帰省後の深夜、何進将軍の名代の呂布が訪れ地位がほんの少し上がったが
華琳の機嫌は激流の滝の如く急降下し癇癪を起こしたのは割愛。
ちなみに、兄龍翠は寝たら朝にならないと起きないと言う彼の天性の才能のせいでその場に立ち会うことは無かった。
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お久しぶりです!!! やってきました魏の龍9作目! 今回はあの黄色い三姉妹を出しちゃいます! どうなる事でしょう。 では本編どうぞ。 |
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コメント | ||
あつこうて(弄って)!?弄って何する気!??(劉趙) とても客将には・・・って呉王になってるのですよね?確か(pukochi) りばーす様 お久しぶりです!待っていてくださってありがとうございます!(タンデム) お久しぶりです!!!!お待ちしておりました!!(りばーす) PANDORA様 ありがとうございます!でもこんなもんで良いのかチョット不安になります……。(タンデム) 展開がカッコよすぎる・・・!! 在り来たりなコメントでスミマセン(PANDORA) nokakaki様 それは、龍翠君の過去に×××と言った事があったんです。詳しくは、短編のお話で書こうかと思います。(タンデム) brid様 ありがとうございます!早速直します!!(タンデム) 誤字報告4P上から2行目(分かりなした)→(分かりました)では?(brid) Poussiere様 私に拠点シーンを書けと?とか言いながら、実は話の構成は出来てます^^楽しみにしていてください。(タンデム) お帰りなさい&お久しぶりです^^w やっとの事で黄巾の乱が終幕しましたね〜。 さて・・・この後に来る反董卓連合での活躍の前に・・・・拠点で愉しいものが見れるのかな?w さて・・・・愉しみです^^w(Poussiere) |
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