「F」の日常。 第二話「フロンティアへの招待。」 |
昼前でまだ人通りが少ない通りを巨大な影がよぎる。その影の主「バトゥの戦士ブライアン」は走りながらこう思う。
「俺は一体何をやっているんだろう」と。
この街に来て早々トラブルに巻き込まれた哀れな青年を助けたはいいが、その結果警官のお世話になりそうになった。そして気が動転した挙げ句青年を抱えて走る羽目になったのだ。
このまま捨て置いて行けば自分は助かる。しかしバトゥ族が持つ「損な性分」がそうはさせなかった。
4、5分程走り続けて人通りのない裏通りに来た所で彼は歩を止めた。そして脇に抱えていた青年を静かに下ろした所でこう語りかけた。
「少しは落ち着いたか?」口調はとても穏やかであった。落ち着きを取り戻した青年クリエが応える。
「す、すまない。助けて貰ったのに取り乱したりして」そう言うクリエにブライアンは冗談っぽくこう返す。
「まったくだよ。人助けしてお巡りさんのお世話になるなんて割に合わない。まあ、『トア』から出てきたばかりなら無理もないけどな。」
聞いた事のない単語にクリエは思わずたずねる。
「トアって…?」
「ああ、お前が出てきた塔をここの住民はそう呼んでるんだ。もっとも建ってるだけで生活の役に立たないってんで 『デクの塔』って呼んでる奴らもいるけどな」
そう言ったブライアンに対しクリエは矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
「この世界は一体!?」
「君は一体何者なんだ!?」
「ここに人間はいないのか!?」
質問を続けようとするクリエを遮ってブライアンが話し出す。
「まあ、落ち着け」そしてこの世界について語り出した。
始まりの日――トアの人間が「終焉の日」と呼ぶ大災害の際、全ての生き物が滅んだ訳ではなかった。生き伸びた人々はそれぞれがひっそりと生活を続けてきた。
災害の影響が収まり外の世界に目を向ける余裕が出てきた時、人々は沖合いに建つ巨大な塔を目印にして集まった。
そしてその結果この街が出来上がった。
一通り話し終えたブライアンはこう続ける。
「まあ、余裕が出てきてさっきのみたいな性質の悪いのもいるが基本的には助け合って生きてるんだ。俺達は」
「そっか。それでここには人間はいるのか?」クリエが尋ねる。それに対して少し不満気な表情でブライアンが答える。
「人間?ここじゃあ俺みたいなのも人間なんだがな…。お前と同類の人間‥ここではイルマ族というんだが、そいつらは確かに存在する。まあ、トアにいる程ではないがね」
その言葉にクリエは安堵の表情を浮かべる。そして相手を人間扱いしていなかった自分を恥じた。そしてこう言った。
「そうなのか、すまない。え…っと」
「ブライアンだ」
「?」
「俺の名前だよ。因みに俺達はバトゥ族と呼ばれている」
「そっか、僕はクリエだ。助けてくれてありがとう」
「良いって事よ。損な性分に従っただけさ」
「?」
「…まあ気にするな」
危機から脱したという安心感から自分の状態に目を向ける余裕が出てきた。
そしてお腹が鳴る。そういえば昨日の夜以来何も食べていない。
「なんだ。腹が減ってるのか」ブライアンが言う。クリエが応える。
「大丈夫。お弁当を貰ったんだ」とおもむろに「塔」から持ち出したナップサックを探り出した。
「おいおい、ここで食べるつもりか?」
この街の人間は往来で食事を採る事に抵抗があるのだが「塔」の人間は食事の為の移動も無駄だと考えているので、その場で食事を取る事に抵抗がないのだ。
ナップサックから取り出した風呂敷の中にはサンドウィッチが6枚入っていた。
食事をしようとするクリエにブライアンはこう言う。
「トアの料理か…。旨そうだな」
「半分食べてみるかい?」サンドウィッチを差し出しながらクリエが応える。
「遠慮なくいただこう」ブライアンも応える。
クリエはお弁当のサンドウィッチを頬張ってハッとする。サンドウィッチの具は肉だった。
――トアは閉鎖空間であるが故に牧畜などを行う余裕は無い。しかしながら人工的に合成されたタンパク質で出来た肉が存在する。それは毎年12月25日(今となってはその日の意味を知るものはいないが)に一度だけ支給される貴重な食材である。
「そっか、あいつら年に一度のお楽しみをガマンしたのか…」クリエはボソッと呟く。
「…旨いな」そう言うブライアンに対しうっすらと浮かべた涙を拭いながらクリエは元気良く応える
「当然さ!滅多に食べられないご馳走なんだから!」
人心地着いた所でブライアンはこう切り出した。
「お前‥行くとこ決まってないんだろ?取り敢えず住民登録しようか」
「住民登録?」クリエがこう返す。それに対してブライアンが応える。
「ああ。この街では人間と生き物の区別が曖昧なんで人間は取り敢えず住民登録する事になってるんだ。しなくても別に殺される事はないが色々恩恵はある」
そう言うブライアンにクリエが寂しげにこう応える。
「僕はどうなんだろう…」塔で罪を犯した身の自分に居場所があるとは思えなかった。
塔から出てきた人間の事情を知っているブライアンはクリエに諭す様な口調でこう言って励ます。
「大丈夫だよ。さっき絡んできたボゴ族でさえも審査に通ったんだ。審査に落ちる事はまずない」尚も不安気な表情を浮かべるクリエにこう続ける。
「何もしないよりは状況を変えようと動く方がずっといい。ダメならその時考えよう」
街の外れから中心部に向かっていくとそれにつれ行き交う人々でにぎやかになっていく。クリエは歩きながら人々に目を向ける。自分と同じという「イルマ族」は殆ど見当たらない。多種多様な姿かたちをする者がごく普通に会話し、笑い合い、それぞれの生活を営んでいた。それぞれの生活が発する音は不規則且つバラバラでありながらも調和のとれたジャズの様であった。規則的な作業音と静寂の繰り返しであったかつての生活とは大きく異なる。
よそ見をしながらしばらく歩いていると突如として止ったブライアンにぶつかってしまった。「…着いたぞ」というブライアンの先には巨大な十二角錐の建物が建っていた。それこそがこの街の行政を担う施設「開拓府」である。
大理石造りのその建物は所々に窓があるのが見える。中でも頂上部にある硝子の屋根(この街の技術の粋の結晶らしい)が目を引く。
おどおどと歩くクリエを尻目にブライアンは堂々とした態度で玄関をくぐる。
建物の中は吹き抜けの天井から入る光を内装に使われているヒノキが優しく反射しており、明るく且つ開放感に溢れていた。
入ってすぐに左右に螺旋状に伸びて最上階で交わる二つの回廊が見える。回廊には所々に踊り場があり、それぞれの踊り場で職員が忙しそうに働いている。
クリエは一階に目を向ける。だだっ広い中に大きな半円形の机があるだけのシンプルな空間だ。
その机の主はミミズクの頭をした「コロ族」の老人――名前は「ワイズ」という。
そこが受付なのだろう。ブライアンが机に向かって歩いて行く。
一緒に付いていくクリエを認めてワイズが目を細めてこう言う。
「ホゥ…。イルマの客人とは珍しい」そう言うワイズにブライアンが応える。
「そうなんだ。トアから来たらしいからお手柔らかに頼むぜ」
「ホゥ…。先ずは登録用紙を書かねばのう。」腕の羽を器用に使って眼鏡をかけたワイズはこう続ける。
「これから幾つかの質問に答えて貰うぞ。まあ、ワシが好奇心で聞くのも有るから答え難いものは答えなくてもいいぞぅ」そう言って彼は質問を始めた。
「名前は?」
「‥クリエ」
「歳は?」
「‥16歳」
と書類に必要な質問をする中「トアでの暮らしぶり」や「好きな数字」などの関係ない物も続いた。そして最後に彼が恐れていた質問が待っていた。
「君はどういった経緯でここに来たのかね?」その言葉に顔を伏せる。彼がトアで犯した罪は実際ここでもトラブルを起こしそうなものであったからである。彼は「答え難い質問には答えなくてもいい」という言葉を信じて勇気を振り絞ってこう言った。
「ご、ごめん。その事について今は答えられない…」
ああ、これで僕は審査に落ちるだろう。その事実よりもブライアンの好意が無に帰してしまうという申し訳なさに苛まれていた。
しかし「ホゥ…。そうか。なるほど」と言って書類に何やら書き出すワイズにクリエはこう問いかける。
「事情は聴かないの?」その問いかけにワイズがニコリとしてこう答える。
「ワシとしてはトアの裁判事情は大いに知りたいが答えたくないならしょうがない。誰にも言いたくない秘密はあるしのぅ。」と。そしてこう続ける。
「お主の様子を見るとこれだけは分かる。とりとめのない質問にもちゃんと考えて答えるので『真面目で他人を尊重するここにいるべき人』だという事を。過去に何があったかは知らぬが、お主自身は悪くないと分かる」と言った後にこう付け足す。
「まあ、この街には言いたくない秘密がある人が沢山いるからな。そこにいるバトゥの男なんかな・・」続きを話そうとするワイズに慌ててこう反応する。
「バ、バカ!口が軽いんだよ!!このふくろう野郎!」
怒鳴りつけられてシュンとしながらもワイズはこう言う。
「書類は出来上がった。これを持って右側のスロープを行って最上階の『住民管理課』に行きなさい。大丈夫、ここを通れば心配はいらないからのぅ」その言葉を信じたクリエと既に確信を持っていたブライアンはスロープを上る。その途中で見える職員の慌ただしさにこの街の活気を感じながら。
最後まで着いて来ると思っていたブライアンは途中にある掲示板の前で止まり
「ちょっと見て行くから先に行っててくれ」
と言ってそこで別れてしまった。一緒に来てくれるかと思っていたクリエは若干の不安を感じたがあきらめた様子で最上階へと登って行った。
スロープを登った先の最上階に『住民管理課』があった。ワニとトカゲを合わせた外見の「エメト族」の男「カ―マイン」はクリエが差し出す書類を受け取って書類に目を通し、目の前の青年を見た。
金髪のショートヘアに碧い瞳をした青年はこれまでの体験に戸惑い引きつった様子で立っている。しかしながら瞳の奥はこの街への興味で輝いていた。元々好奇心の強い性格なのだろう。合成繊維で作られた装飾性のないシンプルなつなぎを着た彼の細い右腕には不相応に重厚なガントレットがはめられた。
ガントレットには何やら事情がある様だがそこは触れずにカーマインはこう言った。
「トアの少年(カーマインにはこう見える)よ。これまでの環境とは異なる事が多くて戸惑う事も多いだろう。しかし、これだけは忘れるな。お前のその好奇心を持ってどんな外見の人間とも友達になろうとする姿勢を失わないでくれ。――たとえそれが何百回裏切られようとも」そう言ってニコリと笑い彼はこう続ける。
「そうすればここでの生活は楽しいものとなるだろう。過去に縛られずに自由に生きていくといい」不意なエールに戸惑いながらもクリエは力強く答える。
「…はい!」その返答に安心を覚えながらカーマインはこう切り出す。
「時に少年よ。トアではどのような仕事をしていたのだ?」
「え‥っと、『サルベージャー』って言って塔にある用途不明なデータベースの中から‥その、使えそうなデータを‥」とクリエはごにょごにょとまごついた様子で答える。中世程度の文明水準らしきここの住民に機械文明での仕事をどう伝えたものか分からなかったのだ。その反応に対してカーマインは冷静にこう答える。
「…なるほど。ここには無い職業の様だな‥。ならば占いを受けてみるといい」
「占い…?」全てが予定されているトアでは占いという概念は存在しない。戸惑う彼にカーマインが答える。
「お前が来た方と別のスロープを下った先にそれはある。とりあえず行ってみろ」
そこはオープンスペースで構成されている建物内に不釣り合いな暗幕で覆われていた。
入口の脇に小さなテーブルが置かれており、そこには受付係らしいリスの姿を持つ少女が座っていた。
テーブルの上には『占い一件2000K』と書かれた看板がある。
不味いな…。と思案気な様子で立っているクリエを大きな影が覆う。
「どうしたんだ?」影の主はブライアンだった。看板を指さしてクリエが応える。
「あ、あれ…」
「なんだ。お前金を持ってないのか?」
「トアの通貨なんて使える訳ないだろ!」
「ふむ…ちょっと見せて見ろ」
差し出された財布の中身を見てにやりとしながらブライアンはこう言った。
「紙幣は使えなさそうだが、硬貨には「鉄」が含まれている様だな。いけるかもしれない」
「ちょっと待って。どうするつもりなんだ?」
「まあ、見ていろ」そう言うと受付係のもとへと向かう。しばらく話し込んだ後、満足気な様子で戻って来た。
「良いみたいだぞ」その言葉に驚いたクリエが答える。
「ええ!なんで!?」その言葉に対し得意げな表情でブライアンがこう言った。
「ここではそもそも金属――特に「鉄を含む物」に貨幣価値があるんだ。…まあ、後は俺の『交渉』の賜物だな。覚えておくといい。ここでは『交渉』する力も大事だってな」
占いを受ける時はもちろん一人である。ブライアンは「そんなに長くないから」と入り口で待ってくれる様子だった。中に通してくれた受付係の少女が引きつった笑顔で中に案内する様子を見て「あれは本当に『交渉』だったのかしら」とクリエは訝しんだが、ともあれ中に入って行った。
入った先には黒い布で覆われた机と二脚の椅子があるだけのシンプルな空間だった。机の上には何やら左右に取手が付いた羅針盤の様なものが見える。言われるがままに椅子に座ったクリエの対面には黒いローブとベールで全身を覆った外見がよく分からない人が座っていた。
「迷える者よ、悩みを言いなさい」母親が我が子に語りかけるような優しくもしっかりとした口調でベールに包まれた人は語りかける。
「教えてくれ!これから進むべき道――僕がここでするべき事、この街での役割を!」居場所を見出せない事に唯一の不安を感じていたクリエは悲痛な叫びを上げる。
「落ち着きなさい、迷える者よ。その不安が己の道を見失わせる」その言葉に我に返ったクリエは一度深呼吸する。落ち着きを取り戻したのを確認した占い師はこう言う。
「そこにある板の取手を握り、目を閉じて心を落ち着けなさい」
言われた通りにするとクリエは急に意識が遠のくのを感じた。そして気が付いた時には自分の体が自分の物ではない感覚に襲われた。パニックになりそうな彼の頭に聞き覚えのある声が響く。
「落ち着きなさい。私の意識があなたの体に同調しただけなのだから。この板『占醒板』は触れたものの潜在的な感覚を呼び起こす物。私はこれからあなたが見る物を視てあなたの言う『行くべき道』とやらを診るのよ」落ち着きを取り戻した彼は彼女(声の調子でそう判断した)に体を委ねることにした。
目の前にある板『占醒板』をクリエの肉体を支配している人はより強い力で握りしめ、さらに目に力を入れ出した。すると占醒板の上にある空間にもやもやとした赤い光が現れた。
戸惑いを感じるクリエを尻目に彼の体の主である占い師はその光に向かって手を伸ばす。そしてその光に対し何やら「念」を送っているのをクリエは感じた。
すると光が中央に集まっていく。その様子を見送りつつクリエは再び意識が遠のくのを感じた。
再び意識を取り戻したクリエに占い師はこう言い伝える。
「あなたは『マナ』に対する感性を持っているようですね。という事は『魔法』に対する素質がある。‥それも『安定』の方向に働きかける物みたいですね。――そんな貴方には((魔法機工士|アーティシャン))の素質がある様ですね」聞きなれない単語が続く中、クリエは引きつった表情で話しかける。
「ま、魔法なんておとぎ話の産物だろ?」そういう彼にひるまず占い師は答える。
「貴方の今の感性では信じられないかもしれない。しかし信じるのです。魔法への入り口はそこにあるのだから」そしてこう続ける。
「心配しなくとも貴方の望む答えは見つかる。けど、それ以上言えない.
なぜなら」少し溜めを作ってこう言う
「―閉館時間だから」周りを見ると各地の職員があわただしく帰り支度をしている。
その慌ただしさに圧されながらクリエとブライアンは建物の外へ出て行く。この時点で『アーティシャン』の事はすっかり忘れていた。
冬時で既に空が明るさを失いつつある中、ブライアンの家に帰る途中「俺の奢りだ」と土中の店で鶏の腿焼きをもらった。初めて食べる外界の料理はトアで食べたパサパサの人工肉とは違い、所々焼きすぎで焦げ臭い感じがするものの齧ると仄かに肉汁が溢れだすものだった。
これを食べたクリエはトアでは思いもよらなかった「命をいただく」という概念を初めて知り、恐れた。そして「味に対する興味」が芽生えた。
そんなクリエの気持ちを知ってか知らずかブライアンは「ちょっとこっちにこい」と催促する。そして着いたのは長屋造りで複数の家族が住んでいるような建物だった。
中に強引に連れ込んでブライアンは言う。
「この家は一人用だからな。決して二人いる気配を見せるなよ」そういった後厚手の毛布を投げつけこう言う。
「とりあえず今晩はそれで凌げるだろう。だからゆっくり休め」
そう言ったブライアンの顔は微かに笑っているように見えた。
厚手の毛布を被ってクリエはこう思う。――。この生活の先には何が待っているんだろうと。
かつての生活は同じ出来事の繰り返しであった。
それとは違う日々が来るのを確信しつつこう思い続けたクリエは眠りについた。
「なんて退屈しない世界なんだ」と。
そう言って眠りにつくクリエは始めて感じる「明日が楽しみという感情」を抱きしめながら穏やかな眠りについた。
説明 | ||
「F」‥フロンティアな世界観の日常を描いた作品です。 バトルとか魔法とか本格的にファンタジーするのは次以降だったりします 前回とかその先→ http://www.tinami.com/mycollection/21884 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
655 | 655 | 1 |
タグ | ||
オリジナル 日常 フロンティア ファンタジー | ||
Clioneさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |