同調率99%の少女(2)
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=== 2 鎮守府の日々1 ===

 

 

--- 1 出撃に向けて

 

 ある日、鎮守府Aに出撃任務が舞い込んできた。内容自体は護衛任務メインで難しくはないが期間的にボリュームがある。まだ人が少ない鎮守府Aにとっては十分ずっしりした出撃内容だ。提督と五月雨が執務室で作戦会議をしていると、そこにノックをして那珂が入ってきた。初めての出撃任務ということで、先にどういうものか知っておきたいと思ったためだ。

 会議中だったが特に人を制限していなかったので提督はせっかくなので那珂を作戦会議に混ぜることにした。

 

 出撃任務の内容は次の内容のものだった。

 となりの港町では北陸へのフェリーが出ているのだが、鎮守府A寄りの途中の航路で最近深海凄艦らしき影が増えているとのこと。鎮守府Aの担当海域中を通るフェリーの護衛、および敵集団を確認次第撃退。依頼された期間は1週間。つまり毎日出撃だ。

 

 提督と五月雨が考えていた案は、フェリーのダイヤが往路復路それぞれ一日2便のため、その時間の手前にフェリーの航路に出て行ってポイントを決めてそこで監視するものだけのだった。基本的には問題なさそうに思えたが、那珂はフェリーの航路と運行会社の資料を見せてもらって確認し始めた。

 

 

「ねぇ提督。深海凄艦が増えてるって言われたポイントってどのあたり?」

 那珂は提督に尋ねた。

「運行会社の方からの報告によると、このあたりだ。」

 

 

 提督が指さしたのは本土よりも近くにある無人島のほうが距離的に近い航路だった。フェリーの航路の側(と言っても数キロは離れているが)には無人島がある。

 

 無人島寄り、という点が気になった那珂は提督に、無人島周りの探索もしようと提案した。しかし提督はまだ人が少ないし、五月雨たちの体力的な面も考えると、1週間を決めたポイントで監視するのが一番無難にこなせるからいいのではと言う。無人島付近探索は乗り気ではないようだ。

 これだからやる気のない大人って……と若干苛ついたが、那珂は食い下がる。

 

「提督、この出撃任務って、護衛任務がメインじゃないとあたしは思うんだよね。これもしかすると、近くに敵集まってるんじゃないの?そこ発見して親玉つぶさないと、この手の依頼ずーっと続くかもよ?」

 那珂は的確な指摘をする。提督も無人島は気になっていたが、そこまで視野に入れて考えてる余裕がなかった。提督は那珂の提案を聞くことにした。

 那珂によると、毎日計4回のフェリーの護衛と監視はそれはそれでいい。鎮守府Aの担当海域を過ぎ去る数分間の仕事だ。ただそれだけでは足りない。それさえ終われば時間はあるから、残った時間で無人島付近の探索をする。

 

 学生艦娘に許された勤務時間があるのであまり夜遅くまではできないし、夜戦になるとまだ未経験の鎮守府Aの面々では危険すぎると判断する。できて最長で午後7時くらいまで。日は落ちるのが遅い季節なのでその時間は薄暗い程度だ。

 

 ただ五月雨たち中学生の体力的な面と家に帰す時間も考えると、午後6時くらいまで。なお、普通の艦娘として採用されている那珂自身と五十鈴はその制限はない。(立場上は学生だが)が、提督はおそらく同じように扱っているだろうから自身らも無理はできない。

 那珂が考える編成は二段式だった。フェリーの護衛は旗艦五月雨、時雨、夕立の三名で行う。村雨はいざというときの待機メンバーとする。無人島付近探索は旗艦軽巡洋艦、もう一人軽巡洋艦、そして駆逐艦2名で行う。

 

 フェリーは往路と復路合わせて午前2便、午後2便のダイヤなので、午前と午後の便の間に無人島付近探索メンバーは先行して無人島付近へ行く。もちろん各自学校があるため、都合がつくメンバーだけでもよい。

 途中お昼休憩や燃料の補給を挟むことも考えると、最初の調査は軽めで一旦本土に戻る。その後調査結果をまとめるなどしつつ、午後の護衛が終わったら無人島付近探索メンバーと合流し、メンバー4人で向かって残りの調査。

 

「悪いけど五月雨ちゃんはこの時点で鎮守府に帰ってきてね。あなた大事な秘書艦だし、提督と一緒に通信を受ける役目も果たして欲しいんだ〜。」

「はい。わかりました。」

 テキパキと案を発表する那珂。明るく軽くちゃらけることのある彼女が的確な指示を考えて出している。さすが生徒会長を務めるほどの能力の持ち主だと、提督と五月雨は感心した。

 

 そこで五月雨が感心まじりにふとこんな提案をした。

「那珂さんすごいですね……私じゃこんなことまで考えられないですよ〜。私なんかより那珂さんが秘書艦になったほうがいいんじゃないですか?」

 提督はちょっと考えこむ仕草をして、軽く頷いていたように那珂には見えた。しかし那珂は反論する。

 

「五月雨ちゃん。それは違うな〜。あたしがまだ着任まもないってのもあるけど、あたしは秘書艦って柄じゃないんだ。なんていうんだろう、あたしはまわりを巻き込んで何かを進んでしたいタイプなんだ。

 それに秘書艦ってさ、提督のサポートをするんでしょ?じゃあ提督の代理、鎮守府の別の顔ってことだよね?それは鎮守府開設時からいる五月雨ちゃんだからこそやれることだと思う。

 ぶっちゃけ、出撃任務の作戦立案とかはやれる人がやればいいわけで、全部秘書艦である五月雨ちゃんがやる必要なんてないよ。」

 

 五月雨を諭したと思ったら次は提督にも視線を向けつつ那珂は続ける。

「提督あなたもそうだけど、一人では能力に限りがあるんだから一人で背負い込む必要はないと、生徒会長やっててあたしは思いまーす。あたしだって目の届かないところは副会長や書記に任せっきりだもん。」

 

 

 ぺろっと舌を出して最後におちゃらける那珂。そういう那珂こと那美恵はなんでもできると皆から思われているが、実際のところ、それはできることとできないこと、限界との線引をきっちりしているためた。少しでも可能性を感じたら本気で取り組むが、彼女は線引した先に興味を持てなかったらとことんやらない主義だ。

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--- 2 初出撃

 

 艦娘の出撃任務は、近隣企業や団体が鎮守府に直接依頼する内容のほか、大本営から依頼される内容の2種類がある。鎮守府に直接依頼される内容による出撃任務は、学生艦娘であろうとどんな内容でも参加させることができる。(ただし学校側の部の顧問の先生の許可を得る必要はある)

 

 今回、鎮守府Aに舞い込んできた出撃任務は、フェリーの運行会社からの依頼によるものだった。そのため鎮守府Aの艦娘たちは作戦を立案した那珂の言うとおりのメンツで出撃することになった。

 

 那珂の立案通り、フェリーの護衛と警備は五月雨、時雨、夕立の三人が毎日行った。1回あたり数分気を張ればいいため、彼女らの疲れは大して出ていない。1回だけ、はぐれ深海凄艦と思われる駆逐艦級が顔を出したが、無事にフェリーが担当海域から過ぎ去った後であったため五月雨たちはなんなく撃破できた。

 

 一方の無人島付近探索メンバーは、旗艦那珂、五十鈴、村雨、夕立の4人で行った。状況に応じて夕立および村雨は時雨と交代する。五月雨は那珂の指示どおり、フェリーの護衛が終わったら鎮守府に戻り、提督と一緒に那珂たちの報告を待つことになる。

 

 

--

 

 那珂も学校があるため、日中は毎日出撃できるわけではない。風邪など病欠を装って休み、鎮守府に出勤する。いつか正当な理由で堂々と休める日がくればいいなと彼女は不満とも取れる希望を持ちつつも、それ以上の不満は持たずにその日も鎮守府へ午前のほどよい頃合いに出勤してきた。

 

 その日、那美恵が鎮守府に出勤すると、艦娘の待機室には五十鈴と村雨がいた。手はずどおり、五月雨たちは午前の部ということでフェリーの護衛に出ていて不在だ。

 

「おはよ〜五十鈴ちゃん、村雨ちゃん。」

 鎮守府内なので艦娘名で呼ぶ。

「おはよ。」

「おはようございますぅ〜」

 

 那美恵はその後更衣室に行き、艦娘の制服に着替えてきた。気持ちはすでに那珂に切り替わっている。待機室に戻ってきた那珂はしばらくは五十鈴・村雨と雑談に興じる。

 

「ね、ね。初めての出撃の時ってどお?ドキドキした?」

「そうね。でもやってみると意外とあっさりと終わるわ。」

「私は今回2度めなので、まだドキドキすると思いますぅ。」

 那珂は五十鈴と村雨の回答を聞いて、安心する反面、心の高揚感が湧いてくるのを感じていた。

 しばらくして午前のフェリーの護衛が終わった五月雨たちが帰ってきた。夕立を少し休ませた後、那珂たちは出撃のため工廠にある出撃用水路に向かっていった。

 

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 工廠内の端にあるゲートを抜けると、屋内から出撃する艦娘用の出撃用水路が3つある。それは外の出撃用水路とつながっている。那珂はどっちから出撃すればいいのか五十鈴や工廠の人に聞いてみた。

「どっちでもいいのよ。私や村雨さんたちの艤装は同調してないと地上では歩くの大変だから、屋内からしてるわ。」

 

 4人それぞれ艤装を装着し終わる。五十鈴の言葉どおり、五十鈴自身のも、村雨・夕立の艤装も大きいため、3人共屋内からの出撃だ。那珂はというと、3人より比較的外部ユニットが少なく、身軽なため同調してなくても多少は歩いて外に行くのに支障がない。しかし今回は初めての出撃ということで、五十鈴たちと同じく屋内から出ることにした。

 

「那珂さん、お先にどうぞ。」

「那珂さんの初めて、見た〜い!」

 村雨は丁寧に先を譲り、夕立は無邪気に那珂の反応を見たがる。

 

「じゃあ那珂。私と一緒に出ましょ。」

「うん。よろしくね!」

 五十鈴が那珂を誘うので、那珂はそれに快く承諾して頷いた。

 

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 同調を開始し、完全に艦娘に切り替わった二人は、水路の水に浮く。不自然な波紋が湧き上がって続いた後、おさまる。艦娘の艤装が装着者と、水に完全に適応した証だ。

 二人がいざ出ようとすると、スピーカーから女性の声と、そののち男性の声が聞こえてきた。男性の方は提督だ。

 

「第一水路、艤装装着者、ゲート、オールグリーン。軽巡洋艦五十鈴。第二水路、艤装装着者、ゲート、オールグリーン。軽巡洋艦那珂。それでは各人発進して下さい。」

 事務的な言葉ののち、提督の声が響く。

「五十鈴、那珂。無事を。暁の水平線に勝利を。」

 それは旅の安全を祈る掛け声や仕草のようなもの。ただ那珂はいきなりそんなこと言われてポカーンとする。辺りを見回す那珂を見た夕立と村雨はすかさず教える。

 

「那珂さーん!今のはね。いってらっしゃいとかそんな意味のことっぽーい!」

「着任式もそうだけど、西脇提督ってこういう儀式的なこと好きな人だから付き合ってあげてくださいー!」

 

 那珂はなるほどと納得したが、少々恥ずかしい。とふと隣の五十鈴を見ると、掛け声とともに真っ先に出撃していった。

 

「暁の水平線に勝利を!」

 五十鈴は提督の言葉を受けて、真剣な面持ちで水上の歩を進め、徐々に速度を上げて工廠内の水路を進んで屋外に出て行った。その様子を見て、那珂も同じようにする。

「暁の水平線に……勝利を〜!」

 恥ずかしさもあいまって少し声がうわずってしまったが、気にせず那珂は足を蹴りだし、水路を進み始めた。

 しばらく水路を進んだ後、海上に出た那珂と五十鈴は合流した。その直後、外まで聞こえるスピーカー音から、若い女の子の声で、先ほどの提督のセリフと同じ内容が発せられた。

 

「ます…村雨ちゃん、夕立ちゃん、無事に!暁の水平線に勝利を。」

 うっかり本名を言いかける間違いをする、おっとり風味だが弾んだ可愛らしい声は間違いなく五月雨の声だと那珂は気づいた。那珂が五十鈴の方を見ると、彼女は補足説明した。

 

「旅の安全を祈るあの行為と同じものよ。うちの提督も律儀よね。ま、私はこういうの嫌いじゃないし提督のやることには賛成だからいいけどね。」

「今の声は五月雨ちゃんだけど、誰がやるとか決まってるの?」

「提督が主ね。だけど気づいた人が自由にやってよいって言ってるから、今のところは五月雨がノって声出してるわ。」

「ふ〜ん。じゃあ場合によってはあたしや五十鈴ちゃんがすることもあると?」

「そうね。そうかも。」

「うーん。あたしも嫌いじゃないけどちょっとはずいかなぁ。」

 

 二人がそう会話していると、ほどなくして第一水路から夕立、第二水路から村雨が姿を表して、水路を辿って那珂たちのいる海上に出てきた。

 

4人揃ったことを確認し、那珂は旗艦として号令を出した。

「五十鈴ちゃん、村雨ちゃん、夕立ちゃん。じゃあ行こ!!」

「「「はい!」」」

 

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 無人島探索の最中、無人島の本土よりの海岸の岩礁付近で立ち止まって休憩する4人。

「ごめんねみんな〜。余計な仕事増やしちゃって。」

「いいわよ。私は護衛だけよりこうした調査ができるほうがやる気でるし。」

 那珂の弁解を五十鈴がフォローする。

「あたしもこっちのほうが楽しい〜!なんか、ちょっとしたハイキングとかパーティーっぽい〜!」

 夕立もやる気まんまんだ。

「私もどちらかというと動きたいほうなんですぅ。」

 実は結構なお嬢様である村雨こと真純も、アクティブなことが好きな質なのか、やる気がある。

 

 交代で参加する時雨はそんな友人二人とは違い消極的だ。彼女は慎重派であり、あまり活発な性格ではないためだ。そのため鎮守府で五月雨と待機している間のほうが楽しそうな雰囲気を出していた。

 五月雨はというと、調査など積極的に動く作戦にやる気があるにはあるのだが、おっとりした性格がそのやる気に追い付かないことがしばしばあるため、傍から見てるとちょっと危なっかしい行動をしたりする。

 本人的には今回の那珂の指示はどっちでもよかった。つまりそんなに気にしていない。

 

 先頭に立って進む那珂に、五十鈴が聞いてきた。

「ねぇ那珂。あなた今回が初めての出撃で、初めて深海凄艦と出会うと思うけど、大丈夫でしょうね?」

「う〜ん。前に五月雨ちゃんも言ってたし、多分大丈夫なんじゃない?ま、どのみちあたしはちょっとやそっとじゃ驚かないよ〜」

 その場で海面をクルリと回って仲間からの不安を取り除くよう振る舞う那珂。実際、那珂はその高い同調率によって、モノに対しての恐怖心が他の艦娘以上に鈍くなっている。

 

「ま、あなたがどう思ってるか知らないけど、同調してれば怖くなくなるのは確かだしね。信頼しておくわ。」

 五十鈴は那珂に一声掛けて鼓舞した。

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--- 3 初遭遇

 

 月火水と、無人島付近の調査は何事も無く過ぎ去った。那珂が気になったことは杞憂に終わるのだと本人は感じていた。それならそれでいいかと。

 しかし五月雨たちが護衛の途中で遭遇した深海凄艦の出た日、つまり木曜日。その日の夕方の無人島付近の調査は那珂たちにとっても違う結果が待っていた。

 

 その日の夕方も午前と同じように出撃した那珂・五十鈴・村雨・夕立らは、無人島の本土よりの海岸線に沿って岩礁付近を大きく迂回し、裏側、つまり本土とは逆の海岸付近を探索しようとしていた。

 

 その途中、裏側に近いあたりの岩礁の岩にまぎれて、明らかに魚などの普通の海洋生物でない姿を発見した。

 

「え゛?なに……あれ?」

 那珂が裏声気味に一声出して驚く。

 数にして3匹。その姿は巨大な奇形の魚、カニ、そしてその両方が混じったような、並の人間なら生理的に受け付けぬ嫌悪感が湧きそうなグロテスクな姿形をした個体、その3匹である。

 

「あれが、深海凄艦よ。」

 五十鈴は鋭い目つきで3匹の深海凄艦を睨みつけて教えた。駆逐艦の二人も五十鈴の後ろでえぇそうですと言って頷いている。

 那珂は一瞬だけ吐き気を覚えたが、すぐにそれがおさまる。その際、頭の先からつま先までを涼しい風がスッと貫通していくような、妙な感覚を覚えた。

 目を閉じて胸に手を当てている那珂の様子を見て、五十鈴は肩を叩いて那珂を振り向かせ、コクンと頷いた。那珂も頷き返す。

 

 

「……よし、みんな行くよ!!」

 

 

 那珂たち4人は3匹の深海凄艦に立ち向かっていった。那珂は初めての集団戦にもかかわらず、3人に素早く指示を出していく。

 

「私と村雨ちゃんは真正面から、五十鈴ちゃんと夕立ちゃんは大きく迂回して反対側から、挟みこむように一気に近づくよ。」

「「「了解。」」」

 

 那珂と村雨は、五十鈴たちが目的の方向と距離に行くまで、ゆっくりと進んでいく。やがて五十鈴たちが那珂たちよりはるかに前、深海凄艦の背後の一定の距離のポイントまで到達し、那珂に合図を送ってきた。それを那珂は確認し、合図をしかえす。

 4人共急速に速度を上げて深海凄艦に近づく。やがて3匹の深海凄艦はそれに気づいて那珂たちと五十鈴たちの合間を縫うように移動し始めた。

 

 那珂と五十鈴はほぼ同時に掛け声を上げて、砲撃を開始した。村雨と夕立もそれに続く。

「てーー!」

「そりゃーー!!」

 

ドゥ!!

ドン!ドン!

 

 

 3匹いずれとも那珂の下半身と同じくらいの大きさではあるが、その巨体に似合わぬ素早い動きで那珂たちの砲撃をかわしていく。しかしちゃんと狙って撃てばまったく当てられぬほどのスピードと避け方ではない。しかし気を抜いて目を離すと見失う。全体的な身体能力が向上する艦娘でさえそうなるのだ。並の人間やその人間たちが扱う武器ではほぼ確実に当てられず、見失い、そして気づいたら体当たりや体液等の様々な攻撃でやられる。

 

 魚のような個体が村雨のほうにまっすぐ突進し、やがてトビウオのように海面からジャンプして体当たりをしてきた。

 

「あ、きゃあああぁ!!」

ドン!ドン!ドドン!

 

 村雨は悲鳴をあげながら単装砲を可能な限りの連続発射で打ち込む。

 

バチン!ズシャ!

 

 かなりの数打ち込み、そのうちの2〜3発が、魚のような個体の深海凄艦のところどころに当たり表面の鱗や肉を吹き飛ばしていく。しかしそれでも死ぬ様子はなく、体当たりの勢いは殺せずに村雨に当たる。

 

バチン!!!

 

 胸元手前の村雨の70cm付近で火花が飛び散り、魚のような個体は弾き飛ばされた。艦娘専用の電磁バリアの効果の一つだ。

 

 弾き飛ばされていく魚のような個体を側にいた那珂はすかさず自分の単装砲を近距離から連続発射して魚の頭や尾びれなど各部位を吹き飛ばす。やがてそれが海面に着水する頃には、深海凄艦だった肉片と化して、バラバラになって浮かぶ。那珂はその肉片をじっと眺めたのち、念のためそれらを再砲撃して砕いておいた。

 

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 一方の五十鈴たちはカニのような個体と、もう一匹の個体と戦っていた。五十鈴は連装砲で、夕立は単装砲でそれぞれの個体を狙って撃つ。

 

ドン!ドドン!

ドゥ!

 

 それぞれの個体はそれをかわして五十鈴と夕立の周りをぐるりと回る。それに合わせて夕立は何度も砲撃をするが当てられない。

 

「このっ!このおぉー!当たれ!当たったっぽい!?……ダメだぁ〜!」

「夕立、無駄に弾を撃たないで。弾薬とエネルギーを早く消耗するわ。」

「けどぉ〜!」

 

 砲撃をやめて文句を言う夕立が五十鈴の方を向くと、カニのような個体が浮き上がり、泡のようなものを吹き出して夕立めがけて飛ばしてきた。

 

 

 ゴポゴポ、ブクブクと泡が宙を舞い、夕立の近くまで来ると、村雨の時と同じように火花と破裂音が発して響いた。

 と同時にその泡が夕立の電磁バリアに当たった時、同時に発した火花により発火して大きな火炎となってあたりに広がった。

 

「きゃっ!」

「うわぁ!!」

 

 突然巻き起こった火炎に五十鈴と夕立は二人とも驚いて後ずさる。まさか間近で火が発生するとは思わなかったのだ。

 

「この泡燃えるっぽい〜!?」

「……っ! 夕立、あの泡が私達のバリアに当たるのも危険そうよ。かわさないと。」

 五十鈴が注意喚起すると夕立はそれに頷いた。

 

 だがその火炎に驚いたのは五十鈴たちだけではなく、2匹の深海凄艦もだった。火炎が広がった瞬間、五十鈴たちの前後に位置取る形になっていた深海凄艦らは、動きを止めて同じように後ずさっていた。

 そのため五十鈴たちはそれに気づくと、2匹の間、横へと素早く移動し囲まれた状態を脱することができた。

 

 

 その様子を見ていた那珂たち。すでに魚のような個体を倒して、二人のところに近づく途中で火炎を見ていた。そして五十鈴たちと同様に動きを止めていた深海凄艦をも。

 那珂はその一瞬の状況を見逃さなかった。

 

「村雨ちゃん。あたしがなんとかして二人を急速離脱させるから、一緒に魚雷、雷撃するよ。いい?」

「はい。わかりましたぁ。」

 

 那珂が言い終わる前に五十鈴は自主的に深海凄艦の間から離れたため、那珂は五十鈴たちには一声大声で叫ぶだけにした。

 

「五十鈴ちゃーーん!もっと離れてー!」

 その声に気づいた五十鈴は

「は?」

とだけ言い終わるがはやいか、那珂と村雨が離れたポイントから雷撃を同時にした。

 

パシャン!

ドシュウゥーーー……

 

 

 那珂と村雨が魚雷を撃った位置は、きちんと当てられる射程距離内であった。二人の撃った魚雷は海中50〜80cmまで沈んだあと、那珂たちの向く方向へ斜め上、つまり海面に向かって急にスピードを出して浮上しながら進んでいった。

 そして……

 

 

 

ズガン!

ドパン!!

ザッパアァーーン!!

 

 

 那珂と村雨の撃った魚雷は、村雨のは奥の複合的な個体に、村雨の数歩分後ろにいた那珂のは手前のカニ型に命中してそれぞれ綺麗に爆散させていた。

 

 爆発の影響で少し水しぶきを浴びていた五十鈴と夕立は、那珂たちに近づいたのち、2〜3文句を言いつつも、勝利の喜びと那珂たちのナイスサポートを評価した。

 

「やるじゃない、那珂。初戦闘で見事な勝利よ。誰も怪我してないわ。」

「あたしと五十鈴さんは火浴びそうになったり水しぶき浴びたりでびみょーに精神的ダメージ受けたっぽいけどぉ〜。」

那珂たちと評価する五十鈴と、冗談めかして先ほどまでに遭遇した状況を挙げて文句を言う夕立。誰に怒っているわけでもなく、彼女は別に本気で言っているわけではないのは他の三人はわかっていた。

 

「那珂さん、初めての戦いで私達に指示出して動けるようにしてくれるなんて、すごいですよぉ〜。なんでなんですかぁ?」

 村雨が那珂に尋ねる。

「え〜?生徒会長やってるからね。その辺りは得意かも。まー人動かすのって学校でも戦場でも多分同じことだと思うな〜。」

 那珂は軽快に口を動かして教えた。

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--- 4 初勝利、気になること

 

 

 那珂の初戦闘はなんなく勝利であった。那珂は確かに怖くはなくなったが、深海凄艦のその生体が気になった。

 その深海凄艦の生体が(一般的には教えられていないとはいえ)子魚のような特徴と、蟹の幼体のような特徴を持っていたように見受けられたからだ。大きさは普通の魚類とは違うとはいえ、あきらかに成長途中だ。撃破する前にところどころ観察していた那珂はふとそう感じた。

 

 無人島裏側から本土よりの方に戻る途中。駆逐艦の二人と五十鈴が勝利に喜んでいる最中、旗艦である那珂は三人から少し遅れて進みつつ、観察結果を思い出して考えていた。

((もし深海凄艦も成長するのなら、あれらは子供?だとすると親の深海凄艦がいるかもしれないってことだよね。まっずいかなぁ〜……))

 

 

「ねぇ、みんな。ちょっと早いけど今日は引き上げよっか!深海凄艦を3匹も倒したし、今日のノルマ達成ってことでさ!」

 那珂がそう提案すると、五十鈴たちは那珂の提案に疑問を抱かず賛成する。

「ちょっと物足りないけど、あなたがそういうなら従うわ。」

 駆逐艦の二人も賛成した。

 

 那珂はその日、午前からの無人島付近探索で燃料と弾薬の補給をせずに午後の調査をしてしまっていたことを思い出した。月火水と何事もなかったので、週の折り返しもすぎて少し安心していたためだ。もし親の深海凄艦がいるとしたら、帰りの燃料も考えると、今遭遇すると危険かもしれない。

 駆逐艦二人は(那珂が以前聞いたところによると一応は出撃を経験しているとはいえ)まだ戦闘に慣れていない様子が伺え、かなり無駄撃ちが多かった。おそらく二人の弾薬のストックはもうほとんど残ってはいないだろうと那珂は推測した。

 

「ねぇ五十鈴ちゃん。あなたの弾薬とか魚雷のエネルギー、ストックどのくらいある?」

 駆逐艦二人に聞こえないよう、こっそり五十鈴に尋ねた。

「え?私は……このくらいよ。」

 

 艦娘はなんらかのスマートウェアを着用することが推奨されており、電子管理された弾薬や燃料の情報をスマートウェアごしにアプリで確認することができるようになっている。

 五十鈴がつけているスマートウォッチを見せてもらう那珂。彼女はまだかなり弾薬と魚雷のエネルギーが残っているようだった。

 

「ちょっと気になることがあるからさ。……ってことで。」

 那珂は五十鈴に気になっていたことを話した。そして弾薬や燃料が残り少ないであろう駆逐艦担当の中学生二人を鎮守府に戻すことにした。残りの調査は軽巡の二人であと少しだけするから先に戻っていなさい、と言われた駆逐艦二人は先輩のいうことならと、特に疑問や不満を抱かずに帰っていった。

 

 そして無人島の本土寄りの海岸には那珂と五十鈴の二人だけが残るかたちとなった。

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--- 5 夜戦

 

 

「……で、どうするの?また無人島の裏側まで行くの?」と五十鈴。

「うん。さっき深海凄艦と戦ったポイントの近くまでは行きたいかな〜」

 

 進む間、那珂から懸念していることを聞く五十鈴。

「深海凄艦の子供ねぇ。そう考えると親が近くにいるかもしれないってのはわかるわ。ていうか、あんたあの戦いの中でよく見てるわねぇ……」

 那珂の観察力に感心する五十鈴。えへへそれほどでも〜とおどけて照れ笑いする那珂。五十鈴は、那珂がおちゃらける表面の態度とはうらはらに観察力と真面目な思考、その根の部分を特に感心していた。

 

 

 日が落ちてきた。

 

 時間を確認すると6時を少しすぎる頃になっていた。目的のポイントまで来てあたりを見回したが特に異変はない。五十鈴が無駄な心配だったのよと言って帰ろうと提案するが、那珂は何かを考えているのか離れようとしない。

 

 ふと、那珂は日中の深海凄艦のことを思い出した。あの深海凄艦は目が光っていた。日中だったため皆特に気にはしていなかったが、幼生体だろうが成体だろうが、おおまかな特徴は同じだろう。あれが探照灯と同じ役割を持っていたとしたら、目立つために戦闘においては弱点となりうるにもかかわらず、生物的な特徴として深海凄艦のいずれもが持っていたとしたら、逆にそれを利用できるかもしれない。

 もしかしたら当たり前だが夜になったら寝ていて出てこないかもしれない。それならそれで仕方ない。敵は生物であって兵器を持つ人間ではないのだから。などと頭のなかで考えを巡らせる。

 

「ねぇ五十鈴ちゃん。しばらくは水面を見てて。このあたり一帯。」

「へ?海面ってこと?なんの意味があるの? ……まあいいけど。」

 五十鈴は意味がわからなかったが、あの那珂がいうことだ、なにか意味がきっとあるのだろうと納得し、それから数分間は軽く移動しつつ、海面を見ていた。実際には海面のその先、海中に目を光らせるのだ。

 

 

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 すっかり夜のとばりが落ちていた。ちょっとした明かりでもわかるくらいだ。那珂と五十鈴はあれから30分くらいは何も起きない海面を見続けていた。やや飽きて二人ともあくびをしたそのとき、海中の奥で光る何かが見えた。

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 海中で光々と光るものはそんなにない。つまり深海凄艦の可能性が高い。そう考えた那珂は五十鈴に急いで指示を出した。

「五十鈴ちゃん、わるいけど静かに離れて!できれば10m以上。私はここで海面を蹴りまくって波紋立てまくるから!」

「え?え?なんで・・」

「急いで〜!」

 

 五十鈴は那珂の指示どおり離れる。そのさなか、那珂がさらに指示を出した。

「あたしが合図したらー、魚雷をあたしのポイントめがけて撃ってーー!」

「は?何言ってるのよ!? そんなことしたらあんたに当たりかねないでしょ!」

「いいからー!」

 普段の様子からはうってかわって鬼気迫る様子の那珂に驚く五十鈴。とにかくそのとおりにすることにした。

 

 那珂はその間足を海面から上げては下ろして、海面を蹴る仕草をする。波紋がたつ。バシャバシャと音がたつ。つまりものすごく目立つ。海中にある光は時々その光量を減らしてチカチカしているが、だんだん大きくなってきたのがわかった。那珂の足元めがけて何かが浮き上がってこようとしてる。

 

 その様子を斜めから見る形になっていた五十鈴にも次第にはっきりわかるようになっていた。そして理解した。那珂は囮になろうとしているのだ。五十鈴は那珂の考えをやっと理解した。

 生物ならだいたいは目立つものに注目する。しないのは偏屈なやつくらいだ。深海凄艦も生物なら、気配や音のするほうに近寄ろうとするに違いない。そのもくろみは当たったのだ。那珂が音を立てまくる一方で一切音を立てず、息を殺してその場でじっとする五十鈴。

 

 次第に近づいてくる光。その光の主は、深海凄艦だった。

 まだ数mはあるが、あと少しで深海凄艦が海面から出ようとしていた。那珂はまだその場でバシャバシャと海面を蹴り続けていたが、すぐに五十鈴に向かって合図を出した。

 

 

 五十鈴は那珂からは気づいてもらえないがコクリと頷いたのち、叫んで……。

「いっけぇーーー!!!」

 

ドシュウゥゥーーー

 

 

 魚雷を発射した。それは特に異常な高速というわけでもなく、制限を越えたエネルギーがこもっているわけでもない、普通に発射された魚雷だった。精神の検知による性能変化は起きていなかったがそれなりに速度はあった。

 

 魚雷は海中の中を進み、深海凄艦が海面に出ようとするポイントめがけて大体似た速度で弧を描くように浮き上がっていく。那珂はタイミングを見計らって、海面を思い切り蹴って側転するかのように離脱した。

 その直後。

 

 

 

ズドオォォォ!!!

 

 

 爆音と、バッシャーンと水がおもいきりはじけた音が混ざって響き渡った。合わせて爆発で波が立ったので那珂と五十鈴は波に足を取られそうになったが姿勢を低くしてスケートを滑るように波に合わせて海上を移動したので倒れることなく済んだ。

 

「やったわ!かなりでかい深海凄艦だけど倒したわ!私達の勝利よ!」

 爆発のポイントから約10mほど離れた位置にいる二人。五十鈴が喜んで那珂に近づこうとすると、那珂はそれを制止した。

「ちょっと待って!まだだよ!」

 

 と言い深海凄艦に近づいていき、自身の魚雷を身をかがめて海面ギリギリにして撃ち込んだ。そうして発射された魚雷は海中にそれほど沈むことなく、ズズッと動いて逃げようとする深海凄艦に目指して進み、再び大爆発と大波を立てた。

 

 今度こそ勝利だ、と二人は感じた。那珂は五十鈴のほうを向き、最初の演習時の時にしたポーズを決めた。

「イェイ! 那珂ちゃん勝利のスマイル〜!」

 

 アイドルばりにポーズを決める那珂は、彼女がみんなに話していたように、アイドルを意識したポーズで様になっていた。

 

「あんたねー、もしかして手柄横取りー?ひどくないー?」

「そんなことないよぉ!あいつがまだ生きてそうだったから追撃しただけだもん。」

 那珂の読みは当たっていたのだが、せっかく自身が攻撃して倒したのにもう一度するなんて……と感じた五十鈴は少し距離を開けている那珂に不満をぶつける。那珂はそれを手と顔をぶんぶん振って否定した。

 

 ふと五十鈴は、那珂の左腰についている魚雷発射管が背後を向いていたのに気がついた。

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--

 

 

 

 その直後であった。

 

 

ズザザバァーー!!!

 

 

 那珂の背後から黒い影が海面から飛び出した。1匹目の深海凄艦とは別に、もう一匹上がってきていたのだ。完全に那珂の視界の外からの浮上であった。このままでは那珂がやられると五十鈴は焦って足で海面を蹴りだして進もうとする。

 

 

 が、当の本人は慌てる様子もなく、落ち着きはらって、深海凄艦をちら見するように首と頭だけを背後に少し回した。その直後那珂は背後に向けていた魚雷発射管から2本のうち1本の魚雷を発射した。海面に向けてはいない。海上から完全に外に出た深海凄艦の身体めがけていた。

 

 

 あれじゃ魚雷じゃなくて普通のミサイルじゃないの!と五十鈴は心のなかで突っ込んだ。

 

 

 物理的な砲弾ではなくエネルギー弾である艦娘の魚雷は海水に触れると急速に縮む性質がある。その際化学反応を起こして爆発を起こす性質が生まれ、光と熱を直接発する部分が物などにあたって光の照射口が遮られるか、もとの形状が崩れて凝縮された光と熱が拡散されると、爆発を起こす。縮む間は猛スピードを伴ってある進行方向に進む。

 もともとが強力な光と熱のエネルギー弾である魚雷は、ある程度縮んだところでその威力は多少残る。艦娘の魚雷の飛距離とエネルギー弾の収束した後の威力のシミュレーションからすると、深海凄艦に致命傷を与えるには十分な威力が残るとされていた。

 

 

 

 そんな魚雷を水に当てずに直接生物に当てればどうなるか。相当な大爆発を起こして吹き飛ぶに違いないと五十鈴は想像した。今までそんな奇抜なことをした艦娘は、艦娘制度が始まって10数年経つが居なかった。人体にあたると光と熱で消し飛ぶから安全面を強く考慮されてためでもある。

 だが那珂こと光主那美恵は奇抜な発想でそれをしてしまった。

 

 那珂が空中で撃ったエネルギー弾の魚雷は、海中を進むよりかははるかに遅いスピードで深海凄艦の身体にあたった。空中で普通に発射してはそんなに飛距離が出ないため、当てようと思ったら自身と相手の距離が3〜4mは近づいていないといけなかった。

 

 魚雷があたった深海凄艦からはシューっという音とともに表面が焼けただれる臭いがした。しかしそれだけであった。直後破裂する音がして熱風と煙が辺り一面に吹き荒れた。

 つまり、深海凄艦に多大なるダメージをあたえるはずもなかったが、めくらましやひるませるくらいには役に立つ。

 

 それを那珂は見届けた直後、左腕をフルに使って魚雷発射管を回転させつつ、全身を深海凄艦のほうへ向けて方向転換した。魚雷発射管が深海凄艦の方まっすぐに向いてすぐ、少し怯んでいた深海凄艦に向けてもう一本の魚雷を、先ほどと同じく空中めがけて発射した。

 深海凄艦に当たるより前に片手で何かを投げる仕草をしたのが五十鈴には見えた。

 

 

ズガアァーン!!

ズドドォーーーン……

 

 

 先ほどと同じように単に破裂して熱風が出るだけかと思われたが、全く違う光景が目の前に展開された。なんと、大爆発を起こして深海凄艦が吹き飛んだのだ。もちろん間近にいた那珂も吹き飛ばされたが、華麗な身のこなしで空中で方向転換し、なんとか着水していた。

 深海凄艦は直接魚雷があたって爆発したため、身体の大半が吹き飛んでいた。もちろん即死である。

 

 一連の様子を五十鈴はポカーンと口を半開きにして眺めていた。吹き飛ばされていた那珂は五十鈴の後ろにいた。

 

「あ、あなた……一体何をしたの……?」

「え?魚雷撃っただけだよ〜」

 吹っ飛んできた拍子で四方八方に散らばっていた髪を人差し指と中指で梳かして普段の髪型へと整えながら、あっけらかんと答える。いやそれだけじゃないだろう、と五十鈴は気づいていたことを口にした。

「いえ、あんた2本目の魚雷が当たる前に何か投げたでしょ?あれ何?」

「海水だよ。といってもほんの少ししか手元に残っていなかったけどね。」

「海水って……なんで?」

「1本めの魚雷見たあとにもしかしたらって思ってね。ビンゴだったみたい〜」

 くるりとその場で回ってケラケラ笑って答える那珂。

 

 その後の那珂の説明によると、艦娘の使う魚雷がエネルギー弾形式なのはわかっていたが、その仕組がたまたま気になった。エネルギー弾なのに海中を進んで爆発するなら空中で撃ったらどうなるか?結果は先程の通り。

 

 それを目の当たりにした瞬間、エネルギー弾たる魚雷はきっと海水の中に存在するなんらかの成分と化学反応を起こして爆発する仕組みを生み出すに違いないと瞬時に推測した。人体なら吹き飛ぶのに深海凄艦はなぜ焼けただれる程度なのか気にはなったがそれはひとまず置いておき、2発目の魚雷を発射する前に事前に海水を片手ですくい上げ、深海凄艦に命中する前に海水が魚雷にあたるように投げたのだ。

 

 海中と同じ条件に達した魚雷は深海凄艦に命中して、さきほどの通りになった。ただ異なるのは、海水には一瞬しか当たっていないためその威力は減退せずに済んだ。

 とっさの行動すぎて、五十鈴には那珂が何かを追加で投げたところまでしかわからなかったので、彼女の説明を聞いて驚きを隠せなかった。

 

 瞬時の判断でそこまでわかる・できるこいつは一体何者なんだと五十鈴はただただ驚くばかりであった。そして、あぁ、この光主那美恵という娘は、きっと将来自分なんか肩を並べるのも申し訳ないくらいのすごい艦娘になるかもしれない、と嫉妬とも憧れとも、尊敬とも取れる複雑な感情が湧き上がるのを感じていた。

 

 その後、成体である深海凄艦2匹を撃破したのが決め手だったのか、週が終わるまでは深海凄艦は一切現れることはなく、那珂にとって初めての出撃任務は大成功に終わった。それは鎮守府Aにとっても大成功となった。

 

 

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--- 6 幕間:鎮守府のある日々

 

 

 最初の出撃任務が終わり、しばらくは本格的な出撃のないのんびりした日々が続いた。もともと激戦区の担当の鎮守府ではないため、鎮守府Aは戦いのための鎮守府というよりも、周辺海域の警備・防衛・地域からの海域調査の役割がメインなのだ。とはいえ深海凄艦が担当海域に出没することもあるので撃退もしばしばするし、海上警備がらみの依頼もたまに入ってくるので那珂たちはそれをこなす。

 本格的な出撃任務はないとはいえどのような任務でも仕事は仕事。那珂は一切妥協せず計画を練り、まだ人が少ない鎮守府Aの艦娘たちを捌く。学校の生徒会の仕事もあるため身体が2つ欲しいと思うこともあるが、那美恵は艦娘の仕事も学校の仕事もなんなくこなしていく。

 率先して働くとはいえ、秘書艦は五月雨である。那珂はあくまで彼女のサポートとして付き、作戦の立案・設計を助けた。最初の出撃で提督と五月雨から厚い信頼を得たためだ。五月雨にとっては別の学校の人ではあったが、十分すぎるほど頼れる先輩で、彼女の生徒会の仕事のテクを少しずつ学んで成長に役立てる良い機会となった。

 

 

「那珂さん、この場合の任務の進め方ってどうすればいいんですか〜?」

 アップアップした様子で軽い涙声になりながら、五月雨が那珂に助けを求める。それを落ち着いた様子かつ明るく弾むような声で答える。

「それはね……こうするんだよ〜。五月雨ちゃん、学校の成績も良いし物ごとの飲み込みも早いんだから、もうちょっと落ち着いて考えるようにすれば、あなたならこのくらいはすぐ対応策思いつくようになるはずだよ〜。頑張って!」

 

 那珂こと那美恵は人のフォローも上手かった。そんな光景がほぼ毎日目の前で繰り返され、提督はそれを温かい目で見守る。その様子は仲の良い先輩後輩のようでもあり、姉妹のようでもあった。

 ときおりそんな提督の視線を茶化すかのように、

 

「提督ぅ〜那珂ちゃんに見とれるのはいいけどJKに手を出したら犯罪だよ〜」

 

と言い、提督を慌てさせた。

 なお、いつからか彼女は自分の艦娘名をちゃん付けで口にするようになっていた。相当気に入っている様子が伺えた。

 

 

--

 

 ある日、作戦任務の資料整理が終わり、提督と執務室で二人っきりになっている那珂。

「あたしね、アイドルになりたかったんだ。」

 彼女は突然そう口にした。秘書艦の五月雨はその日は学校の行事に集中するため不在。時雨たちも同様で、鎮守府には那珂、五十鈴など、五月雨たち以外の一部の艦娘しかいない時であった。

 

「アイドル?過去形ってことは今は違うのか?」

「うーんと、ちょっと表現違うかな。今は艦娘もやり始めちゃったし、純粋なアイドルは無理かなって諦めたってこと。もともとおばあちゃんがアイドルやってたそれへの憧れだけだったんだけどね。でも今はその代わりね、艦娘アイドルっていうの考えてるの!どうかな提督?」

 そんなもの初めて聞いたぞと呆れる表情をして提督は突っ込んだ。

 那珂は自身の考えているアイドル像を語りだした。艦娘として、闘いながら、時には市民の前で明るく歌って踊れる、少しくらいあざとくて憎まれ口を叩き叩かれてツッコミしあう、戦いの時とはうってかわってゆる〜い態度のアイドル。

 

「まあでも、光主さんなんでもできる娘だし、可愛いし、那珂としてもこのところ大本営から好評価って言われてるし。今後の艦娘としての活躍次第ではその夢、叶えられるかもな。」

 さらりと、何気なく可愛いという言葉を入れてきやがったよこの人。ふつーの人っぽいけどあなどれね〜と心の中で那珂はドギマギしつつ、ほんの少しだけ鼓動が速くなったのを感じた。大丈夫。きっと顔には出ていない……はず、とも。

 

「えへへ、ありがとー。それでね、艦娘アイドルになったらこの鎮守府を日本で、ううん。世界で一番有名な鎮守府にしてあげる!」

「夢がでかいなー。もしそうなったら、俺は君の最初のファンになりたいな。」

「もちろんそのつもり!ファンクラブナンバー000の名誉をあげる!んで、かつ提督はあたしのプロデューサー!」

 

「俺プロデューサーかい!だったらどうプロデュースするかな……。君の髪型をもっと可愛く個性的なものに変えるのもいいかな?」

「ほう?ズバリ言うとなんですかな、プロデューサー?」

 

 

 腕をくんで笑みを含んだ目で提督を見ながらその回答に期待をする那珂。提督も同じく腕をくんで少し大げさに悩んだすえに、答える。

「そうだな。頭の上でなんかこうクルクルっとまとめて整えるやつ。アレ。」

 髪型のボキャブラリーがないのでうまく言えない提督。那珂もそれだけじゃ全然わからない。なので今現在ストレートにおろしている髪を使って提督に聞いてみる。

 

「こう?」後ろ髪を一気に束ねてポニーテールのようにする那珂。

「いや。そうじゃない。」

 

 次に髪を両サイド耳の上あたりで束ねる那珂。

「こう?」

「うーん。惜しい。」

「惜しいってなにさw」

 

「じゃあこう?」

 髪がぐしゃぐしゃになるのが嫌なので、那珂は右半分の後ろ髪と、左側の横にかかる髪だけを手に取り、それを無造作にくるくる束ねてまとめ、それを後頭部の右上あたりに持ってくる。

「そうそれだ!」

「提督。これってね、シニヨンっていうんだよ。つまりお団子ヘア。……こういうの好きなの?」

 ややジト目になりつつ那珂は提督に確認する。それを受けて少し焦りつつも、自分の好みをペラっと喋ってしまう提督。

「いやまぁ、俺としては五月雨や今の那珂のようなまっすぐな髪がどっちかっていうと好きだけど、そういう変わり種もいいねということで。って何言わすんだ!?」

「自分で言ったんじゃんw ふぅん。提督はこういうもの好きなんだ。ふーん。」

「那珂は嫌か?」

「めちゃくちゃ嫌ってわけじゃないけど、まとめ方によっては子供っぽく見えちゃうのがね〜。でも提督が言うんだったら、今度試しにお団子ヘアにしてきてもいいよ。」

 まとめた髪を下ろして手櫛で整えながら那珂はそう言った。

「お、君も実はまんざらでもないってことか〜」

「エヘヘ〜。未来のプロデューサーの貴重な意見ってことでさ!」

 

 

 などと、那珂のアイドルの夢にノって冗談を交えて語らう。

 実現は難しいことと二人とも頭の中でわかってはいたが、夢を語るのは自由だ。軽い冗談なら意外とノリがいい提督は那珂の言葉にノリノリで冗談めかして言った。

 祖母がアイドルだったという彼女。提督はアイドルだったという彼女の祖母のことは時代が古すぎてわからなかったが、なんでもできる彼女が尊敬するくらいだ。きっとすごい人物だったのだろうと推測するにとどめておいた。

 

 光主那美恵という少女は人に自分がまじめに努力している光景をあまり見られたくなく、普段皆がいるところでは明るくお調子者っぽく少しおちゃらけている。それは学校でも鎮守府内でも同様だ。ただ一部の親友や責任ある場、鎮守府の責任者であり一番身近な大人である提督の前では、普段の陰の自分の様子を見せることもしばしばある。提督は那珂こと那美恵の素顔・人となりを知る数少ない人物となる。

 

 おちゃらけていたかと思うと、ふと真面目な面を見せる那珂。

「まあ、日本や世界一目指すとかそういうのは置いといたとしてもね、あたしはやれる・やりたいと思ったことには本気だよ。その過程でそういうのができるならいいし、そのためにやらなきゃいけないこともわかってるし。」

 光主那美恵という娘はそういう娘なのだとわかるようになっていた提督。

 

 

 

--

 

 那珂が言うやらなきゃいけないこと、提督はそれを察した。那美恵の高校との提携だ。今の彼女は普通の艦娘であり、バックアップはこの鎮守府A一つでしかない。

 その状況をどうにかしてあげないといけない。少女たちを支える存在は多いほうがいい。

 

 鎮守府と学校が提携するのは人員を集めやすいからというだけではない。那美恵や五十鈴こと五十嵐凛花らのように、学生でありながら諸事情で普通の艦娘として応募して採用される少女がいる。他の鎮守府でもその傾向がある。

 普通の艦娘では彼女らの身の安全を保証する、その他バックアップを直接するのは鎮守府である(場合によっては国である大本営)。ただあまりに年齢が低い学生らが普通の艦娘として採用されすぎてしまうとその鎮守府や国の管理が行き届かなくなるおそれがある。そういう時のための学生艦娘制度だ。

 

 学校と鎮守府が提携することで、その関係内で採用された少女たちを守ってあげられるのは鎮守府だけでなく学校もということになる。日常生活への支障もカバーできる。学校側にはその見返りとして国から補助金が出る。国としては様々な要因で危険にさらされかねない人の身の安全を、鎮守府と学校の2つに補助金さえ出せば任せられるのである意味楽な運用と責任転嫁が約束される。

 

 

 彼女が語る艦娘アイドルというのも本気だろうが、光主那美恵という娘が自身のアイドルという夢だけで自分の高校との提携をさせたいわけではないだろうと、提督はなんとなく感じるところがあった。彼女の真意までは知る由もないが、それはそれとして提督自身としては、学生を守るすべを増やしたいという学生艦娘制度本来の在り方として、提携をなんとか取りつけたい考えである。

 

 鎮守府Aはまだ出来てまもない小さな鎮守府である。最初に提督が提携を取り付けた、五月雨こと早川皐の中学校の提携は学校側と教職員の身の回りに理解者が多かったおかげもありうまくいった。偶然とはいえ姉妹艦の白露型の艤装との同調に合格したのは皐の親友たちだった。ここまで含めて、最初の学校との提携としては大成功だったのである。

 

 まだ鎮守府Aには着任していないが、皐たちの学校にいる職業艦娘になった黒崎理沙という先生、彼女は重巡洋艦艦娘羽黒として国に登録されており、学校付きの職業艦娘のため、本業への支障を考慮して異動や派遣の運用からは免除されている。提督はいずれ鎮守府Aで羽黒の募集枠を用意できれば即時採用するつもりだ。

 黒崎理沙の例からわかるように、学生艦娘たちが所属する鎮守府に、顧問の先生である職業艦娘が直接所属していなくてもよい。つまり制度的には、生徒の保護を直接任せる名目上の責任者が作れればよい。それは学校側にとっても同じ捉え方であるはずなのである。

 

 那珂に正解を確認するかのように提督は語りかけた。学校のことなので本名で呼ぶ。

「光主さん。君がもう少し那珂として活躍したら、タイミングを見計らってもう一度学校に提携を掛け合おうと思う。今はまだ、那珂として周りに名をあげることに集中してくれればいい。あとは俺がやるよ。」

 そう提督が言うと、書棚の方を向いていた那珂は振り向いてニコッと笑って感謝を示した。

「ありがとね〜提督。あたしができそうにないところはお任せしちゃうからね。頼りにしてるよ〜」

 

 手のひらをグーパー閉じたり開いたり繰り返しながら、那珂は言った。そして彼女は、提督に対してこう思っていた。

 

 最初にこの鎮守府に見学しに来て会った時から少し経つが、この人は優しい。人がまだ少ないせいかもしれないが、自分たち一人ひとりを見ようとしてくれている。五月雨ちゃんたちからの慕われ具合を見る限り、思春期の彼女らと提督の年齢から考えると彼は彼女らのために相当尽力したんだろう。

 優しくて真面目な反面、作戦立案まわりはちょっと苦手そうだ。IT業界に務めている人たちって、頭ものすごい良さそうな感じするけど?

 他の鎮守府の提督がどうかは知らないし興味はない。自分にとっては彼だけが提督という存在で、現場で唯一頼れる大人、親しい仲間の一人だ。

 

((まぁ提督が苦手そうなところはあたしがサポートしてあげればいっか。))

 

 

 

 那美恵が鎮守府Aに着任してから、1ヶ月半ちかく経っていた。

 

 

 

説明
それは、人間たちの物語。
那珂がうちの鎮守府(仮名:鎮守府Aとしています)に着任した頃の話。
なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60〜70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、
艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

艦娘(になった少女)たちは実在したらこんな感じなんだ!身近にいそうだな!という感覚を味わっていただきたいため、
オリジナルの本名・学校生活・友人関係を作って日常生活をリアルに描いています。
可能な限り原作に近づけていますが、かなり性格の違う艦娘も出てきます。ご了承ください。


なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。

Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1xL9Myvu61zZKwYF8Vwy-xESTbbjdHtIxsf8sY6E6uM0/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)
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艦これ艦隊これくしょん 小説 那珂 

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