誰が為に僕は…
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僕はこの薄暗い、少しばかり鳥でも羽ばたいていそうな喫茶店で声を掛けられた。

「    」

なんて言われたのか、よく分からなかった。

「何言ってるのさ、僕は…。」

言葉を最後まで発する前にそれは遮られた。

無表情の誰かがそこにはいた。

 

嗚呼、何故だか分かるんだ。

僕は今日もまた此処を出て暗く細い道を歩き出さなくてはならない。

誰かの為に。

誰かの為に歩くんだ。

そのうち思い出せるさ…。

 

 

 

「やぁ。」

僕は長年の友である彼に声を掛けた。

姿を見れば分かる。

顔は知らないけどね。

「……。」

そんな僕の心中を察してるのか否か、彼は声を発しない。

発せるはずだが発しないようだった。

「………。」

笑顔の様であり、悲しみの様でもあり、さもなければ不満顔の様にも窺えた。

「ボンソワール?」

僕は諦めずに声を掛け続ける。

それはフランス語だったか、ドイツ語だったか。

別段、学の無い僕はあくまでも適当だ。

適当な人生なのだ。

それ故、口から出る言葉ももちろん適当だ。

適当だからこそ発音も適当、鳥が渡れる程度に格好も付けてみる。

「…………。」

しかし…いや、やはりと言うべきか。

彼は何も発する事無く、先に行けと促す。

これじゃ只の道化じゃないか。

それならばせめて大道芸じゃなく、小劇場での道化を願いたいところだ。

客がいなけりゃそれすらも果たして意味がある事なのか分からないけれど。

しかしいつまでも此処に立ち止まっては、待たせているご主人に申し訳が立たない。

嗚呼、ご主人と言うのはもちろんご主人だ。

マスター、旦那様とも言う。

いや、奥様だったかもしれない。

何分生まれて間もないのでね、いつも此処を通るとは言っても忘れがちなんだ。

 

そして僕は一歩を踏み出す。

瞬間、彼は僕の事を忘れ、同時に僕も彼の事を忘れてしまった。

言葉を交わす事も無くただ視線を合わせるだけの関係。

ただ、一番中がいいとも言える。

そんな間柄。

 

「今日は少し和菓子臭い?」

そんなことを言われた気もしたけれど。

もちろん、そんなのは僕の妄想なんだけどね。

彼は一言も、ティッシュを動かす鼻息すらも吐き捨てなかった。

 

 

目が覚めると僕は僕じゃ無くなっていた。

些細な夢。

繊細な人生。

悲惨な物語。

どれも僕だ。

そして全て僕じゃない。

今日の僕は…。

 

今日も僕はこの薄暗い、少しばかり鳥でも羽ばたいていそうな喫茶店で頬を叩かれるんだ。

「おい、起きろ。今日も生まれてきたんだろう?」

そんな事を言われたり言われなかったり。

「別に望んでなんか…。」

言葉を最後まで発する前にそれは遮られた。

白い喜びと透明の笑い。

 

嗚呼、僕は今日もまた暗く細い道を歩き出さなくてはならない。

誰かの為に。

誰かの些細な幸せの為に。

 

今日の僕には会えないけれど、それでもいつかの僕に会いたくなったら来てみるといい。

ほら、そこだよそこ。

そのいかにもな喫茶店へ来てごらん。

幸せってやつを見せてあげるからさ。

説明
突発で浮かんだかなり短めの小説です。
初投稿なので今後段々と長めの小説を書いていければと思います。
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