真・恋姫†無双 外史 〜天の御遣い伝説(side呂布軍)〜 第七十回 番外編:宝を掘り当てんと呂布起ち、犬を克服せんと魏延奮う(前篇)
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【益州、成都城・玉座の間】

 

 

時節は春の温かさが待ち遠しい晩冬の終わりの頃。

 

大陸では現在春節の時を迎え、戦いの日々も一時休戦となっていた。

 

そして、ここ成都でも、合肥での戦いでの傷も癒え、春節のお祝いとして大規模な宴が催されていた。

 

各所では様々な話で盛り上がる中、北郷を中心とした上層部の集まる席では、現在北郷が天の国の話を披露しているところである。

 

 

 

「―――で、ある時、その子犬が畑を掘りながら『ここ掘れワンワン』って鳴くんだ。急に飼い犬がしゃべりだして驚いたお爺さんは、

 

とりあえず言われた通りそこを鋤で掘ってみると、そこから大量の大判小判、つまりお金なんだけど、それがたくさん見つかるんだ」

 

 

 

話の内容は『花咲か爺』。

 

酒の席でこの選択はどういうセンスなんだと疑いたくなるところだが、

 

少なくとも、この世界において北郷の話す天の国の話は、どのような内容でも皆興味深く聞いていた。

 

 

 

「ふん、お館、犬がしゃべるなんてあるはずないじゃないか。そんなことを信じるのは子供くらいのものだぞ?」

 

 

 

しかし、話の中に犬が出てくるや否や、魏延はつかんだ餃子を口の中に放り込もうとする動作をとめ、

 

急に胡散臭そうな顔をしながら北郷の話を否定した。

 

 

 

「いや、一概にそうとも言い切れませんぞ。南蛮族の例があるのですからな」

 

 

 

ところが、そのような魏延の真っ当な意見をさらに否定して見せたのは、まさかの北郷軍筆頭軍師である。

 

陳宮はほろ酔い気味にほのかに頬を朱に染めながら腕を組み、ウンウンと訳知り顔で頷いている。

 

 

 

「焔耶、ねね、ツッコんでくれるのは嬉しいんだけどそこはそんなに重要じゃないんだ。ここでのポイントは―――」

 

「まして天の国での話やろ?犬だけやない。きっとネコもクマもパンダもオオカミもトラもトリも、動物みんなしゃべっとるで」

 

 

 

魏延と陳宮がずれた方向で議論を展開しようとしていたので、

 

北郷が軌道を修正しようとするが、張遼が他の人の倍ほどの巨大な盃に注がれた酒を飲み干すと、

 

北郷の言葉をかき消すような大きな声で、軌道修正どころか、さらにずれたまま加速する形で話を助長させた。

 

 

 

「おいおい―――」

 

 

「皆甘いな。わしが以前お館様から聞いた話によると、天の国では米粒や茶碗にも魂が宿ると聞いておる。つまり天の国では万物全ての

 

ものがしゃべりだすのだろう」

 

 

 

加えて、厳顔までもが張遼同様巨大な盃にすり切れいっぱい注がれた酒を体内へと流し込むと、

 

話を明後日の方向に飛躍させ、もはや最初に北郷が何を話していたのか分からないほどにまでなっていた。

 

 

 

「いやいや―――」

 

「地面から大量のお金ですか・・・古の権力者の埋蔵金といったところなのでしょうか」

 

 

 

しかし、高順が手にした胡麻団子を掌の上で転がしながら奇跡的に別の話題を投げかけたことで、

 

このまま天の国ではしゃべらないものはないなどという奇妙な論が展開され続けることは避けられた。

 

 

 

「ポイント修正ありがとうなな!そうなんだよ、ここでは犬が掘れと言ったところを掘ったらお金がいっぱい出てきたってところが本来

 

驚くべきところなんだよ!けど、たぶんこの話はそんな現実的、いや、埋蔵金とか現実的じゃないかもだけど、とにかく不思議な出来事

 

としてとらえてほしいところなんだ」

 

 

「・・・・・・明日、恋も犬たちと一緒に掘りに行く」

 

 

 

すると、最初から食べる手を完全に止めて静かに目を輝かせながら北郷の話を聞いていた呂布が、

 

急にそのようなことを本人にしては珍しく力強く宣言した。

 

 

 

「あわわ!?」

 

「恋!?本気なのか!?」

 

「・・・(コクッ)・・・みんなで掘ったら、いっぱい見つかる・・・それでみんなのごはんを買う・・・みんな幸せ」

 

 

 

北郷の驚きの問いかけに、呂布は静かにうなずくと、自身の思いの内を話した。

 

 

 

「恋殿ぉ〜思いやり溢れることなのです〜」

 

「さすがは恋様ですね」

 

 

 

そのような呂布の思いやり溢れる考えに、陳宮と高順は続けざまに感動と尊敬の声を上げるが、一方で、

 

 

 

「お、おい恋。みんなってまさか、前に連れていた・・・」

 

 

 

魏延だけは、手にした餃子を思わずといった感じで皿の上に落とし、

 

恐ろしいものでも想像しているかのように顔を青ざめながら恐る恐る呂布に尋ねた。

 

 

 

「・・・(フルフル)・・・前よりももっと増えている」

 

「ひぃ〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

そして、呂布が首を左右にふって否定したかと思うと、魏延が想定していた最悪の状況の、

 

さらに上を行く状況であると宣言したので、魏延は情けない声を上げながら頭を抱えて見せた。

 

 

 

「っちゅーか前々から思っとってんけど、なんで焔耶はそないに犬がダメなんや?」

 

 

 

魏延のあまりにも情けない様子に、張遼は厳顔に空になった盃に酒を注いでもらいながらあきれ半分、

 

面白半分で魏延の犬嫌いの原因について尋ねてみた。

 

 

 

「おぉ、よくぞ聞いてくれた霞よ。良い機会だ。次はわしが焔耶の犬嫌いの経緯について語るとす―――」

 

「わーわーわー!!桔梗様!!まだお館の話が途中じゃないですか!」

 

 

「え?なんかもういいよ。正直この後から最後の『枯れ木に花を〜』のくだりまでうる覚えであんまり覚えてないし。それよりもオレも

 

焔耶がなんで犬嫌いなのかとかの方がすごく気になるし面白そうだ」

 

 

「すでに話す気が失せている、だと!?」

 

 

 

張遼の問いかけに意気揚々とした反応を見せた厳顔であったが、魏延が厳顔の言葉を打ち消すように大声で阻止した。

 

かのように思えたのだが、北郷の方は話がだいぶそれてしまって面倒くさくなったのか、

 

すでに興味は魏延についての話の方に移ってしまっていた。

 

 

 

「もうこの際隠す必要はないと思うのです。どうせこのまま話す流れなのですから、むしろやめろやめろと散々引っ張っておいて内容が

 

残念な感じだったら余計気まずくなるですよ?」

 

 

「そうですね。それに人は恥をかいて成長するものです」

 

 

 

更に追い打ちをかけるように、陳宮と高順もこのまま魏延の話になる流れに乗っかった。

 

 

 

「おい、お前たちもか!見損なったぞなな!お前は悪ノリしないヤツだと思っていたのに!」

 

「・・・ねねは悪ノリする奴だと思っているですか・・・」

 

「別に悪ノリというわけではありません。どの道相手が桔梗なのですから、ここは潔い方が良いのではと思って言っているだけですよ」

 

「あわわ・・・ま、まぁ焔耶さんも嫌がっていることですし、ほどほどに・・・」

 

 

 

まだ北郷軍に加入して間もない鳳統は、どこまでが冗談でどこまでが本気なのかを測りあぐねているようであり、

 

話が逸れ始めたころからずっと両手でマントウを持ったまま、おどおどしながらも魏延側に立った。

 

 

 

「雛里ぃ、オマエはいいヤツだなぁ・・・困ったことがあれば何でも言えよ?まだ成都に来たばかりで慣れないことばかりだろうからな」

 

 

 

そして、唯一味方になってくれた鳳統にうれし涙を浮かべながら、魏延は握り拳を作って豊満な胸をドンと叩いて見せた。

 

 

 

「あわわ・・・」

 

「ええいまどろっこしい!!もう待ちきれん!わしは話す!そもそもの始まりは劉焉様が―――」

 

「うわぁああああああん!!桔梗様の分からず屋ぁああああああああ!!!!」

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 

 

「お、おい焔耶!?」

 

 

 

しかし、結局待ちきれなくなった厳顔が、盃に残った酒を一気に飲み干すと、有無を言わさず魏延の過去を暴露しようとしたのだが、

 

そのような横暴に耐え切れなかった魏延はわめきながらものすごい勢いで立ち去ってしまった。

 

 

 

「・・・・・・待って」

 

 

 

が、魏延の猛ダッシュを、呂布が天性の反射神経で見事に反応し、持ち前の握力でがっしりと魏延の腕を捕まえて脱走を阻止した。

 

 

 

「ひゃぅん!?」

 

 

 

突然腕をつかまれ、肌が異常に敏感な魏延は思わず変な声を漏らしてしまう。

 

 

 

「は、放せ恋!ワタシはもうこれ以上この場にいたら死んでしまう!」

 

 

 

呂布に捕まった魏延は必死の抵抗を試みるも、さすがに呂布の膂力にはかなわず、全く拘束から逃れることができない。

 

 

 

「・・・焔耶もこれから恋と一緒に掘りに行く」

 

 

 

すると呂布は、慌てふためいている魏延とは対照的に、静かに魏延を宝探しに誘った。

 

 

 

「な、何!?一緒にって犬と行くのだろう!?そんなものワタシは絶対―――!」

 

「・・・・・・行く」

 

 

 

当然犬が苦手な魏延にとって、呂布と一緒に宝探しに行くことは、つまり大量の犬たちに囲まれるも同じことであり、

 

全力で拒否するのだが、呂布は頑なに意志を曲げようとしない。

 

呂布がより一層力を込めて魏延の腕を握ったことが、そのことを何よりも表していた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て恋!こういうのは普通お館の役回り―――あぎゃ!?ちょ、待て待て!そっちに腕は曲がら―――わかった行く!

 

行くからそれ以上ワタシの肌に触れ―――ひゃうっ」

 

 

 

すると呂布は魏延の抵抗など初めからなかったもののように、引きずる形で魏延を宴席から連行した。

 

変に抵抗しているせいで腕があらぬ方向に曲がり、また肌の接触も続いていることもあり、

 

悲鳴と嬌声を上げながら、呂布と共に魏延は宴席から姿を消した。

 

 

 

「え、焔耶が一刀殿みたいなことになってるです・・・なんて羨ま―――げふん」

 

 

 

北郷の通常運転のような展開で呂布と二人きりになる機会を得た魏延に対して、陳宮はわなわなしながら思わず本音が漏れてしまう。

 

 

 

「しかし、恋様は急にどうなされたのでしょうか」

 

「さぁ、焔耶の昔話なんかどーでもええから、さっさと掘りに行きたかっただけとちゃうか?」

 

「あわわ・・・」

 

「まったく、お主ら恋とは古い付き合いだろうに、まだまだだな。お館様よ、皆に恋の思いを代弁してやって下され」

 

 

 

呂布の行動に、周りはどうしたのかとざわついているようであったが、厳顔はその真意に思い当たることがあるようで、

 

ぐいっと再び巨大な盃を空にすると、そのことについて当然理解しているであろう北郷の口からと説明を促した。

 

 

 

「(・・・あれって本来オレのポジションだよな・・・あそこから何だかんだあって結局最後は恋とムフフな感じになるはずだったよな・・・

 

なんで焔耶なんだ・・・まさかもうオレは不要だっていうのか!?テコ入れか!?ここに来て主人公交代なのか・・・!?)」

 

 

 

しかし、北郷はそのようなことよりも、魏延に自身の立ち位置が奪われるのではないかという焦燥に駆られ、

 

一人ブツブツと怪しく呟いているのであった。

 

 

 

「・・・・・・・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

そのような情けない自身の主を目の当たりにし、厳顔は深い深いため息をつくのであった。

 

 

 

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【益州、成都・城下はずれ】

 

 

呂布の力強さに観念したのか、魏延はその後は割と素直に呂布と犬たちと一緒に宝探しへと向かった。

 

しかし、むやみやたらとそこら中を掘りまくっていたら成都が穴だらけになってしまうということで、

 

魏延の提案により、以前法正によって行われた土地の区画整備による新田開発区域を中心に宝探しを行うことにした。

 

到着したその区域は、広大な辺り一面様々な雑草が生い茂っており、劉璋の頃から土地が生殺し状態になっていることがうかがえたが、

 

逆に言えば、ここら一帯をきちんと整備できれば、巨大な田畑を確保できることになり、結果成都の潤いにつながるというわけである。

 

そして、今回宝探しによって土が掘り返されることから、土を耕すことにつながるため、

 

呂布の宝探しの目的も果たせ、かつ、新田開発を進み、一石二鳥なのである。

 

 

 

「よし、こうなったらとことん掘ろうじゃないか!もしかしたら本当にお金が埋まっているかもしれないからな!」

 

 

 

魏延は観念してヤケになったのか、或は犬のことを忘れようとしての事か、

 

スコップを地面に突き立てると、異様なまでのハイテンションで高らかに宣言した。

 

 

 

「・・・・・・・・・焔耶」

 

 

 

そのような痛々しい魏延を見ながら、呂布は寂しそうにポツリと声をかける。

 

 

 

「それにこの辺りはその内開墾作業をしないといけなかったからな!宝探しに加えて土地を耕すこともできて一石二鳥だな!」

 

 

 

しかし、魏延は反応することなく、しきりに大きな声で話し続けており、もはや大声で独り言を叫ぶ残念な人になってしまっていた。

 

 

 

「・・・・・・・・・どうしてそんなに離れてるの?」

 

 

 

そして、ついに呂布が決定的なことを尋ねた。

 

 

 

「な、なななな何を言っているんだ恋!全然離れてなんかいないじゃないか!普通だぞ普通!」

 

 

 

事実、呂布と魏延は10メートル以上は裕に離れていた。

 

呂布の周りには、大型から中型、小型、白いの、黒いの、茶色いの、灰色いの、

 

くりくりした瞳、凛々しい瞳、ピンとした耳、垂れた耳、ふさふさした毛、ツルツルの毛、成犬、子犬と、

 

とにかく様々な多くの犬たちがいたが、そのどれもが皆尻尾を激しく振りながら興奮した様子でわらわらと動いていた。

 

つまり、これら多くの犬たちと距離をとらんとする魏延の行動の末のことであるのだが、魏延は呂布に尋ねられたその刹那、

 

阿波踊りのようなポーズで飛び上がり驚き、声を裏返らせながらも離れていないと主張した。

 

 

 

「・・・・・・・・・離れてる」

 

 

 

しかし、ここで流してあげられないのが呂布であり、呂布も頑なに事実を突き付け続けた。

 

 

 

「いやいや全然離―――」

 

「・・・・・・やっぱり、焔耶は、みんなのことが嫌い?」

 

「―――れてなんか・・・」

 

 

 

そして、ついには呂布はいっそう寂しげな表情でそのようなことを訪ねてくるものだから、魏延は途中で言葉を失ってしまった。

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「(・・・うぅ〜そんな目で私を見ないでくれぇ・・・)」

 

 

 

そして、続けざまに繰り広げられる呂布の無言の訴えかけに、魏延はすごく申し訳ない気持ちに苛まれることになった。

 

 

 

「ワ、ワタシだってできることならみんなと仲良くしたいんだ。リューホーのこともあるし。だが、どうしても犬を見ると体が拒絶して

 

しまうんだ・・・」

 

 

 

すると、魏延は肩を落としながら正直に犬を恐れているためと認めた。

 

魏延にとっても、犬嫌いは克服したいことなのである。

 

 

 

「・・・・・・焔耶ならきっと大丈夫・・・まずは、リューホーで慣れる・・・今日も連れてきてる」

 

「キャウキャウ!」

 

 

 

魏延の口惜しさのにじみ出た吐露に、呂布は静かに穏やかな微笑を浮かべながら励まし、

 

小さな黒い子犬、リューホーも呂布に呼応するように甲高い鳴き声を上げた。

 

 

 

「恋・・・そうだな、ワタシも早くリューホーと仲良くなりたい。よし、決めた!ワタシは今日の宝探しを通してリューホーをさわれる

 

ようになるまで慣れてみせる!見ていろ恋!ワタシは必ずやり遂げてみせるぞ!」

 

 

「・・・・・・(コクッ)」

「キャウキャウ!」

 

 

 

呂布とリューホーの励ましに、腹をくくった魏延は、地面に突き立てていたスコップを力強く握り直しと、引き抜き、天高く掲げた。

 

 

 

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「バウバウ!」

 

「よし、そこだな!危ないから離れていろ!」

 

 

 

茶色い毛並の、中型の犬がある一点を掘りながら吠えると、魏延はその犬を離れさせ、持っていたスコップで猛烈に掘り始める。

 

 

 

「ワウーン!」

 

「次はそこか!今掘り起こすから離れていろ!」

 

「キャンキャンキャン!」

 

「わかったわかった!すぐ行くから離れていろ!」

 

 

 

犬たちは次々に何かを感じたところを見つけると、掘りながら鳴き声を上げ、

 

そのたびに魏延はその犬を離れさせて掘る、という一連の流れが何度も続けられた。

 

すでに辺り一面は大量に掘り返された痕や、掘りっぱなしでその土が今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、

 

アンバランスに山積みされたものが何か所も点在しているような状況になっていた。

 

しかし、宝はおろか、何かものらしいものも未だ掘り起こすことは出来ていない。

 

 

 

「・・・・・・・・・焔耶」

 

 

 

呂布も魏延同様、犬たちが示した場所を掘っていくが、やがて、魏延の様子をジーッと見つめていたかと思うと、再度魏延を呼んだ。

 

 

 

「どうした恋!?」

 

「・・・・・・・・・やっぱり遠い」

 

 

 

そして、未だ魏延と犬たちの距離が遠い現状を正直に突きつけた。

 

事実、魏延は犬たちが掘るポイントを示すと、遠くへ追いやってから近づいて掘る、

 

というのを繰り返しており、これでは到底犬に触る、という魏延の目標は達成できなかった。

 

 

 

「と、遠くなどな―――!」

 

「・・・・・・・・逃げてばかりだと、ずっと苦手なまま・・・少しは頑張らないと」

 

「く、くぅ・・・」

 

 

 

魏延は再び認めようとしないが、呂布の透き通った真っ直ぐな瞳とその言葉によって、返す言葉を失ってしまう。

 

 

 

「・・・・・・恋も諦めないで掘る・・・だから、焔耶も犬嫌いを克服するのを、諦めないで」

 

「恋・・・」

 

 

 

呂布はここまで親身になって自身の犬嫌いを克服させようと気を遣っている。

 

にもかかわらず、自分はこのような不甲斐ないままでいいのかと、魏延は下唇を強く噛みしめながら表情をゆがませた。

 

 

 

「・・・焔耶は、この子たちの何が、苦手なの?」

 

「そ、それは・・・」

 

 

 

呂布の問いかけに、魏延は困ったような、あるいは申し訳なさを滲ませた。

 

そのような苦悩に満ちた表情を作って見せると、思わず呂布から視線をそらしてしまう。

 

 

 

「・・・・・・?」

 

 

「はぁ・・・もう黙り通すことは出来ないな・・・実は、本当にくだらないことなんだが、子供の頃に嫌な思い出があって、それ以来犬を

 

見るたびにその時の光景が目に浮かぶんだ」

 

 

 

しかし、呂布の悲しげな視線を浴び続けた魏延は、黙っておくことが堪えられなくなり、

 

ついにポツリポツリと弱弱しく自身の犬嫌いの経緯について語る決心をした。

 

 

 

「・・・嫌な思い出?」

 

「あぁ、あれはちょうど劉璋が生まれてまだ間もないころだった・・・」

 

 

 

魏延はその場に座り込むと、思い出すのも嫌になるその時のことを思い浮かべながら、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

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<おやかたさま、ワタシと鬼ごっこをしましょう!>

 

<阿呆、妾は璋の世話で忙しいのじゃ。遊びなら友と遊ばぬか。孝直や公衡、子敬や永年がおるじゃろう?」

 

 

<ほーせーもこーけんも走り疲れて倒れてしまいました。もーたつはまだ足の骨折が治っていません、今日もお見舞いに行ってきました。

 

ちょーしょーはいつも通り部屋に引きこもって出てきません>

 

 

<はぁ、まったく、一番年下の焔耶の遊び相手にもならぬとは、情けない奴らじゃのう。では桔梗や紫苑に頼め>

 

<ききょーさまもしおんさまもお仕事でいませんよ?>

 

<チッ、そうであったのう。なら張任・・・は桔梗と一緒じゃったか・・・>

 

<おやかたさま!しょー様のことはちょーいに任せて遊びましょう!ひまな方はおやかたさましかいないのです!>

 

<・・・・・・・・・ほほぅ、いいじゃろう。なら、妾がとっておきの遊びを教えてやろうかのう>

 

<本当ですか!?>

 

<うむ、きっと焔耶にとってもやりがいのある遊びじゃぞ・・・>

 

 

 

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「・・・法正も黄権も孟達も張松も、みんな焔耶の友達?」

 

 

「ん?ああ、まぁ皆先々代の劉焉様に仕官した時期が近いし、友達というよりも、仲の良い同僚という方が近いかもな。だがそれぞれの

 

共通点として、皆何かしらの理由で桔梗様に恩があるということがある」

 

 

「・・・桔梗?」

 

 

「あぁ、特にワタシは荊州義陽郡で、法正と孟達は司隷扶風郡で、幼い頃野垂れ死にそうになっていたところを桔梗様に救われて成都に

 

やって来ているし、黄権も益州巴西郡で埋もれたところを桔梗様に連れ出されたし、張松は元々地の人間だが、家に引き籠っていたのを

 

引っ張って仕官させたのも桔梗様だ」

 

 

 

話の区切れで呂布が興味深そうに法正たちのことについて尋ねてきたので、

 

魏延は先ほどと打って変わり、当時を懐かしむような穏やかな表情で答えた。

 

 

 

「そういったこともあってか、お互い桔梗様に救われたもの同士通じるものがあったのだろう。張松なんかは一回り年が離れていたが、

 

ワタシたちは幼いころから遊ぶ程度の仲ではあったと言えるな」

 

 

 

遊ぶ程度の仲を友達というのだ、とは呂布は特に言うことはなかった。

 

呂布にとっては、魏延と法正たちが良好な仲間関係にあるということが確認できただけで十分なのである。

 

 

 

「・・・で、話を戻すが、幼き日のワタシは愚かにも、お館様、つまり劉焉様を遊び相手に選んでしまったんだ。しかも、暇人などという

 

余計なことを口に出してまでな・・・」

 

 

 

しかし、話を元に戻そうとすると、魏延の表情は再び嫌なものを思い浮かべるような険しいものへと変わった。

 

 

 

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<・・・・・・あ、あの、おやかたさま?これはいったい・・・>

 

<コラ、動くでない。上手く塗れぬではないか>

 

<ひゃ、くすぐったいです・・・それに、ベタベタして・・・いったい何をぬっているのですか?>

 

<ふっふっふ、これは蜂蜜じゃ>

 

<はちみつ?ひぅ、な、なぜそのようなものをワタシの体に?>

 

<ふっふっふ、すぐにわかる。ほれ、これで完了じゃ>

 

<うぅ・・・ベタベタします・・・>

 

<ふっふっふ、そのようなこと気にしていられるのも今の内じゃぞ?ほれ、鬼ごっこの始まりじゃ・・・!>

 

<え・・・?>

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ

 

 

 

<バウバウ!>

 

<ワンワン!>

 

<キャウ〜ン!>

 

<ウォッフ!>

 

<い、犬!?・・・わ、ワタシの方に向かっている!?>

 

 

<当然じゃ。体中に蜂蜜を塗りたくったからのう。腹を空かせたヤツらは、お主の甘い匂いに誘われて駆けつけてきたというわけじゃ。

 

ほれ、さっさと逃げぬと、大変なことになるぞ?いくら焔耶でも、あれだけの犬は受け止めきれぬじゃろうからのう>

 

 

<う、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ>

 

 

 

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「あとは話さなくても分かるだろう。犬に追いつかれたワタシは十数匹の犬たちにもみくちゃにされながら舐めまわされたというわけだ。

 

それ以来、ワタシは犬が駄目になったのさ」

 

 

 

一度全部話してしまったせいか、話し終えた魏延の表情は、どこかすっきりした様子であった。

 

 

 

「・・・・・・その後焔耶は助かった?」

 

 

「あぁ、運よく法正と黄権が傍を通りかかってな。何とか助けてもらって、すでにどこかに行ってしまっていた劉焉様も、後でこの事を

 

知った桔梗様の拳骨をくらい、一応の決着がついたというわけだ。結局私の犬嫌いという結果が残っただけだったがな」

 

 

 

完全にその場に座り込んで話し込む体勢になっていた魏延は、最後に自虐気味に笑うと、

 

これで話は終わりだと言うようにスコップに手をかけ立ち上がった。

 

 

 

「・・・今、焔耶は体にはちみつ塗ってない・・・だから、大丈夫」

 

「それはそうなんだが、どうしてもその時の光景が目に浮かんでしまって近づけないんだよ」

 

「・・・大丈夫、この子たちは焔耶のことをいじめない・・・恋が保証する」

 

「言いたいことは分かるんだが、だがなぁ・・・」

 

 

 

一度体に染みついたトラウマはなかなか克服できるものではない。

 

頭では大丈夫だと理解できても、体が言うことを聞かないのである。

 

それこそ、トラウマ以上の、何か頭ではなく体の方が動かなければならないと反応するような突発的な出来事でも起きない限り。

 

 

 

「とにかく、どんどん掘っていかないと日が暮れてしまうぞ!さぁお前たち、次だ次!」

 

「キャウキャウ!」

 

 

 

結局、魏延は呂布の言葉をうやむやにしたまま宝探しを続行した。

 

魏延の言葉に反応した犬たちの内、今度はリューホーが掘るべき場所を鳴き声で知らせる。

 

 

 

「ほら、恋も早く!」

 

「・・・・・・・・・(コクッ)」

 

 

 

魏延の呼びかけに、呂布は暫しの間の後、ゆっくりと頷いた。

 

呂布としては、心のウチではまだあきらめきれないところもあったのだが、

 

しかし、今の魏延や犬たちの様子を見ていると、このような距離感での触れ合いも

 

―――相変わらず不自然なまでの遠い距離間ではあるが―――またアリなのでは、と思えてきたのであった。

 

しかしその時、突然のアクシデントが起こった。

 

いつものように、掘るポイントからリューホーを下がらせた魏延であったが、

 

素直に言うことを聞き、後ろへ下がったリューホーは、後ろも見ずはしゃいでいたせいか、

 

たまたま今にも崩れ落ちそうなほど不安定に山積みされた土のところへ思いきり足を踏み入れてしまい、

 

次の瞬間、その小さい体による衝撃にすら耐えられなかった土山が一気に崩れ落ち、リューホーの体を飲み込んでしまった。

 

 

 

「・・・・・・・・・っ!!」

 

 

 

いち早く反応したのは呂布。呂布はすぐさまリューホーが埋まってしまった場所へと駆けだしたが、しかし、

 

 

 

「リューホー!!!!!!」

 

 

 

呂布にほんの一瞬だけ遅れた魏延であったが、手にしたスコップを投げ捨て駆け出し、

 

位置的に呂布よりも近い場所にいたということもあり、いち早くリューホーの元に駆けつけ、素手で猛烈に掘り起こし始めた。

 

 

 

「リューホー・・・どこだ・・・死ぬなよ・・・リューホー・・・!!」

 

「・・・リューホー・・・!」

 

 

 

呂布も土山にたどり着くと、懸命に土をかき分けリューホーを探す。

 

他の犬たちが心配そうな鳴き声を上げる中、リューホーの名前を呼ぶ二人の声だけがはっきりと聞こえていた。

 

そして、

 

 

 

「あ、リューホー!!」

 

「ケフッケフッ・・・キャウキャウ!」

 

 

 

魏延がかき分けていたその中に、黒い小さな影が見えた。

 

急いで引き上げてみると、果たしてそれはリューホーに間違いなかった。

 

するとリョーホーは、魏延の腕の中で二度咳き込んだのち、いつもの甲高い鳴き声を発し、自身の健在ぶりを伝えた。

 

 

 

「リューホー!すまない、ワタシが適当に土を積み上げていたせいで、お前を危険な目に・・・!」

 

 

 

リューホーの無事を確認した魏延は、無我夢中で掘りまくったせいで土まみれになったその胸で優しく、

 

そしてしっかりとリューホーの小さな体を抱きしめた。

 

 

 

「・・・よかった」

 

 

 

呂布もリューホーの無事を確認し、安堵の声を漏らした。

 

 

 

「・・・・・・あ、焔耶」

 

 

 

しかし、安堵してから間もなく、呂布はあることに気づき、魏延を呼んだ。

 

 

 

「ん?どうした恋?リューホーなら無事だったぞ?」

 

「・・・・・・・・・焔耶、リューホー抱いてる」

 

「・・・・・・あ」

 

「キャウキャウ!」

 

 

 

呂布に指摘されてようやく、魏延は自分が苦手であるはずの犬をしっかりと抱いていることに気が付いた。

 

しかも、気づいてから慌てて放したり逃げ出したりといった行動もとることはなかった。

 

つまり、緊急事態であったとはいえ、魏延は当初の目標であった、リューホーをその手で抱くということを達成したのであった。

 

 

 

「や、やった・・・ついにやったぞ・・・恋!リューホー!ワタシはついにやったぞぉーーー!!!」

 

「・・・おめでとう、焔耶」

 

「キャウキャウキャウーン!」

 

 

 

魏延は歓喜の雄たけびをあげ、呂布は無表情ながらも顔をほころばせながら賛辞の言葉を送り、

 

リューホーは魏延の腕の中で祝福するように甲高く鳴いた。

 

 

 

「よし、なんだか本当に宝を掘り起こせそうな気がしてきたぞ!」

 

「・・・・・・今度は恋が頑張る番・・・」

 

 

 

魏延は自身の、半ばあきらめていたリューホーを抱くという目標達成により、

 

テンションは最高潮になっており、呂布も魏延の成功に、今度は自分がとはりきりを見せていた。

 

それこそ、本当におとぎ話が現実になるのではという雰囲気がこの場を支配していた。

 

が、しかし・・・

 

 

 

「バウバウ!」

 

「ワウーン!」

 

「キャンキャン!」

 

「ウォッフフ!」

 

 

 

普段魏延に近づくごとに拒絶され、それなりに気を遣っていた(魏延にとってはまだまだ厳しいものがあったが)

 

犬たちであったが、今回リューホーが魏延に抱かれているのを見て、ついに拒絶しなくなったのかと思った犬たちは、

 

次々に魏延に向かって興奮しながらダイブを開始した。

 

 

 

「なっ!?ちょ、オマエた―――うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

不意打ちを食らった魏延はなすすべもなく犬たちに押し倒され、断末魔のような悲鳴を上げながら舐めつくされるのであった。

 

 

 

【第七十回 番外編:宝を掘り当てんと呂布起ち、犬を克服せんと魏延奮う(前篇) 終】

 

 

 

-8ページ-

 

 

 

あとがき

 

 

第七十回終了しましたがいかがだったでしょうか?

 

今回は恋の宝探しと焔耶の犬克服という二本柱の内容だったわけですが、

 

結局焔耶は克服とまではいかないまでも、第一歩を踏み出したと言ったところでしょうか。

 

また、焔耶の昔話にあった、桔梗さんとの出会いとか、幼い頃の成都のお話とかもいつか書いてみたいですね(そんなのばっか…)

 

さて、次回で息抜きはラストになるわけですが、果たして恋の宝探しの結末や如何に、、、!

 

 

それでは、また次回お会いしましょう!

 

 

 

蜂蜜を体中に塗りたくったら犬じゃなくて虫が群がるんじゃなどというツッコみは無しの方向で 汗

 

 

説明
みなさんどうもお久しぶりです!初めましてな方はどうも初めまして!

今回も番外編をお届けします。内容は恋と焔耶が主役のお話です!

ちなみに時間軸的には合肥救援編と前回のお話の間くらいになります(ややこしい、、、)


それでは我が拙稿の極み、とくと御覧あれ・・・

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コメント
>Fols様  焔耶のメンタルがあがった いぬへのたいせいがおおきくさがった ということですね(sts)
オチがありましたよ。トラウマがまた増えてしまうよ〜(Fols)
>黒鉄 刃様  イメージ的には劉璋君と美羽ちゃんは同い年くらいかなと思ってるので生まれたてくらいです。寄れなくても電撃が走っていることでしょうw(sts)
>神木ヒカリ様  一応部下とはいえ幼い少女に、でもそれが劉焉様の本領w(sts)
>nao様  仰る通りw 別に犬嫌いでもそれはそれでいいと私は思うのですが、恋にとったら悲しいことでしょうね(sts)
ハチミツなら美羽(袁術)が寄って来そう(小並感)・・・まぁまだ生まれてないかもですけど(^_^;)(黒鉄 刃)
バ○ー犬ならぬ、ハチ○ツ犬か。劉焉様ひでぇな。(神木ヒカリ)
最後の最後でまた犬苦手になりそうですなw(nao)
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