名残り雪 |
「なんか腑に落ちない。」
見事に焼き上がったパンプキンパイを前に伸が不満げにそう洩らした。
「何が腑に落ちないんだ?」
そばで洗い物を片していた当麻がふり返ると、伸はかなり機嫌の悪そうな顔をして腕を組み、にやにやと笑う当麻を睨みつけていた。
「今日ってさ、何の日だと思ってる?」
「何の日ってホワイトデーだろ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「3月14日。キャンディーの日ともいうかな。あと、数学の日だろ。国際結婚の日でもあるし、誕生花はアーモンド。花言葉は希望。そして、極めつけがお前の誕生日♪」
「そこだよ。」
すかさず伸がビシッと当麻を指さした。
「何で自分の誕生日に僕は自分でパイ焼いてるの?しかもパンプキンパイは僕じゃなくて征士の好物だろう。」
「モノがカボチャになったのは征士に買いだし頼んだ秀の人選ミス。そして、お前がこのパイを焼く羽目になったのは、カボチャを切ろうとして指を怪我した遼と、わけのわからない味付けをしようとした秀と、火の扱いに多大なる不安を感じさせた征士の所為だ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「危なっかしくて見てられないって、お前が言いだしたんだぞ。そこんところ解ってるか?」
「何言ってんだよ。どうせ最初から僕に作らせる気だったくせに。」
3人がこっそりとキッチンに籠もっているということをわざわざ知らせに来たのは、他ならぬこの男である。
知らなければ何とか見逃してしまったであろう事も、見てしまったらそうはいかない。
あまりにも危なっかしい遼の手つきと、何だかとんでもない物を食べさせられるのではないかという懸念に後押しされ、伸は思わず自分でやるからと口を出した。
で、出したからには後に引けない。
すまなさそうな顔をする遼に気にしないでと言い、秀の手から材料の入ったボールを取り上げてから数時間後、伸は多大な後悔と共にキッチンで頭を抱えていた。
「誰がどう考えたってお前が作る方が美味しいの食えるんだし、お前だってせっかくの誕生日に腹こわしたくなかったんだろ。」
洗い物を終え、当麻がにっこりと笑った。
「一応みんな他にプレゼントは用意しているみたいだし、食い物は美味いにこした事はない。しかも、後かたづけは遼がやってくれるんだし、今日の分の洗濯は秀。征士は掃除をしてくれた。充分身体は休められたろ。」
「そういう問題か?まったく。」
やはり少し不満そうな目で、美味しそうな湯気をたてているパンプキンパイを見下ろし、伸が小さく肩を落とした時、バタンっと勢いよく扉を開けて秀と遼がキッチンへ駆け込んで来た。
「伸!伸!すげえぞ、ちょっと来い!」
「何?」
「いいから。」
いったい何事かと目を丸くする伸の腕を掴み、遼はそのまま家の外へと伸を連れだした。
「ほら。」
「・・・・・・あ・・・」
外に出ると、いきなり伸の目に舞い散る雪の白い花びらが飛び込んできた。
「何・・・雪?」
「珍しいな。もう3月だってのに。」
遅れて出てきた当麻も感嘆の声をあげる。
「な、綺麗だろ。さっき急に降り出したんだ。」
「へえ。」
眩しそうに目を細めて伸は空を見上げた。
「何年ぶりだろう・・・・3月の雪なんて。」
「なんかさ。空までお前の誕生日をお祝いしてくれてるみたいだと思わないか?」
舞い落ちる雪をそっと掌で受け止めて、遼が嬉しそうに笑った。
「・・・・・・!?」
とたんに伸が驚いたように目を見開く。
「何?どうかしたのか?そんなビックリした顔して。」
不思議そうな顔をして遼が伸の顔を覗き込んだ。
「オレ、何か変なこと言ったか?」
「ううん、そうじゃないよ、遼。ちょっとビックリしただけ。」
「何に?何にビックリしたんだよ。」
「うん。」
なんだか懐かしそうにふふっと笑い、伸はそっと舞い散る雪を見つめた。
「昔・・・ね。正人が同じ事を言ったんだよ。僕に。」
「・・・・・えっ?」
思わず当麻が振り向いた。
「正人が・・・・?」
「そう。」
くすりと笑い、再び伸は、薄曇りの空を見上げた。
「おい、伸、伸、チョコレートくれよ。オレに。」
教室中に響き渡るほど元気な声で言いながら、正人が伸の目の前の椅子にドカッと腰を下ろした。
授業もとっくの昔に終わった放課後。教室に他の生徒がいなかったことに心底感謝しながら、伸は、目をまん丸に見開いてこの幼なじみの顔を見返した。
「何だよ、それ。何で僕が君にわざわざチョコレートあげなきゃいけないんだよ。」
「だって今日はヴァレンタインだぜ。なあ、いいじゃねえか。今日くれたら、1ヶ月後、3倍にして返してやるからさ。」
にこにこと嬉しそうに差し出された正人の手をピシャリとはじき返し、伸は大げさにため息をついた。
「何が悲しくて男が男にチョコあげなきゃいけないんだ。第一そんなの関係なくても来月は盛大にお祝いしてくれる予定じゃなかったのか?君の誕生日、僕がどれだけ苦労したか解ってるの?」
「ちぇっやっぱり覚えてたか。」
「当たり前だ。僕だってフランス料理のフルコース作ったのなんて後にも先にもあの時一回きりなんだよ。」
「解ってますよ。あの時のことは感謝してますってば。」
「ホントに?」
「ホントホント。」
そうなのだ。数ヶ月前の正人の誕生日。一度で良いからフルコースってのを食べてみたいとしきりに言う正人の為に、伸はお手製の料理を振る舞ってやったのだ。
美味しい美味しいと言いながら、あっという間にすべての料理を平らげて、正人が3月のお前の誕生日には必ずお返ししてやるから、欲しいもの考えておけよとにっこり笑ったのはかなり記憶に新しい出来事である。
「ちぇっこれで今年は全滅じゃねえか。」
机に突っ伏して正人が愚痴った。
「何が全滅なんだよ。」
鞄に教科書をしまいながら、伸が呆れたように聞き返すと、正人は解ってねえなあという態度で、大げさにため息をついた。
「何がってチョコに決まってんだろ。結局1コもゲットできねえ。」
「女の子に貰えなかったからって僕に頼むな。恥を知れ。まったく。」
どうしようもないなあと、伸は正人の頭をコンッと小突いた。
「ちぇっお前はいいよな。どうせ姉貴とかからも貰えるし、他にもいくつか貰ったんだろ。」
「何言ってんだよ。姉さんがくれるチョコなんて、失敗作の後始末用でしかないし、他には貰ってないよ。」
そう言った矢先、伸の鞄の中からポトリと一つの小さな包みが落ちた。
「何処がもらってないだって?じゃあ、これは何だよ。」
机の上を転がりかけた包みをさっと拾い上げ、正人が言った。
それはとても綺麗な透き通った薄手の包装紙を何重にも重ね、凝りに凝った作りでラッピングされたチョコレートの包みだった。
「これ、間違いなく手作りだぞ。すげえ。」
羨ましそうにチョコの包みをしげしげと眺める正人とは対照的に、伸は少し浮かない顔をして目を伏せた。
「それ・・・・どう思う?」
「どうって・・・・何?」
不思議そうな顔をして正人が伸の顔を覗き込む。
「なんだなんだ。何不満そうな顔してんだよ。せっかく貰ったチョコレートなのに、嫌なのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あんま好きじゃない奴から貰ったのか?だから迷惑だなあとか。」
「いや・・・・そうじゃなくて。」
「じゃあ、なんだ。ブスだったのか?いかんぞ。毛利君。人を顔で判断しちゃ。」
「そうじゃないってば。くれたのはとっても可愛い子だったよ。ただ・・・・」
「ただ?」
「でも、その子。僕の知らない子だったんだ。」
「・・・・・・・・・?」
きょとんとして正人が首をかしげた。
「知らない子?」
「知らないんだよ。本当に。そりゃ僕だって学校中の生徒の顔全部知ってるわけじゃないけど・・・・少なくとも、こんなふうに何かをくれる相手を僕が全然知らないって変じゃないか。」
「そんなに変か?」
「変だよ。」
やけにきっぱりと言い切って、伸は口をとがらせた。
「僕が知らないって事は、その子は僕と口をきいたこともないんだよ。何でそんな相手に手作りチョコあげようなんて思うんだよ。」
「それは・・・ほら、廊下で見かけて、格好良いなあとか、これを機会にお近づきになりたいわあとか。色々思うところはあるだろ。そういうのわかんないか?」
「解らないね。」
ぴしゃりと伸は言い返した。
「僕の外見だけ見て好きだのなんだの言ったってそんなの嘘物じゃないか。誰も本当の僕を見てないじゃないか。だいたい話した事もなくて、なんで良いと思うの?僕がどれだけ汚い人間か知りもしないで、おかしいよ。」
「伸・・・・・」
「外見だけ見て気に入ったって、本当の僕を知ったら嫌いになるかもしれない。僕なんかちっとも良い奴じゃないのに・・・・・」
「伸。」
静かに伸の言葉を遮って、正人はまるで赤ん坊をあやすようにポンポンと伸の柔らかな栗色の髪を撫でた。
「何怯えてんだよ。大丈夫だって。オレは幼稚園の頃からお前のこと知ってるけど、ちゃんとお前のこと大好きだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「良いところも悪いところも沢山のお前を見てきたけど、そういうの全部含めてオレはお前のこと大好きだよ。」
夕日の差し込む教室の中で、正人はそう言ってにっこりと笑った。
「で、どの子なんだよ。お前に手作りチョコくれたの。」
「えっとね・・・1年の・・・」
それから1ヶ月後のホワイトデーの日。
正人は伸を引っ張って滅多に行かない下級生の教室へと向かった。
やはり、お返しは必要だろうとの考えのもと、伸は前日に焼いたクッキーを小さなケースに入れ、ラッピングを施して、それを鞄の中に忍ばせてきていた。それにめざとく感づいた正人は伸がいやがるのに一向にお構いなく、昼休み、目的の子に逢いに行こうと言いだしたのだ。
「ホントに全然話したことない子なんだよ。君が会いに行ってどうするの。」
「いいじゃんか、別に。どんな子か興味があるし。それに、お前あれから1ヶ月間もの間、何の進展もなかったのか?その子と。」
「あるわけないだろ。学年だって違うし。別に逢う機会もなかったし。2・3度廊下ですれ違ったけど、向こうも何も言ってこなかったよ。」
「んなの、お前の方から声かけてくれるの待ってただけだって。女心の解らない奴だなあ、まったく。」
「1コもチョコ貰えなかった人間にそんな事言われたくないね。」
「あ、そーいう事言うか?ふつう。」
ざわざわとにぎわっている昼休みの中庭を抜け、渡り廊下を過ぎ、2人はようやく目的の1年生の教室の前に辿り着いた。
「ここだよな、その子のクラス。名前は?」
「えっと、確か・・・」
伸から例の子の名前を聞き出し、正人は手近にいた下級生を1人捕まえて早速その子を呼んでもらうよう頼んだ。
すると、その頼まれた下級生は一瞬気まずそうな顔をして頭をかき、2人の上級生に向かってこう言った。
「すいません。あの子、昨日転校しちゃったんですよ。」
「・・・・・えっ?」
突然の事に、伸も正人も絶句してしまった。
「て・・・転校?」
「ええ、あとちょっとなんだからせめて終業式までいられないかって、みんなも言ってたんですけど、父親の仕事の都合とかで、駄目なんだって。確か、今日、青森へ立つって言ってました。」
「今日・・・青森・・・?」
小さくつぶやくと、伸は急にくるりと背を向け走り出した。
「えっ?おい!伸!!待てよ!!」
「あの・・・?」
「ああ、悪りい。ありがとな教えてくれて。」
下級生へのお礼もそこそこに正人も慌てて伸の後を追って駆けだした。
意外に足の速い伸はちょっと気を抜くとすぐ見失ってしまう。
かなりの全力疾走で追いかけた正人がようやく伸を捕まえられたのは、校門の手前でだった。
「何やってんだよ。ビックリするだろうが。何処行く気だったんだ?」
「・・・駅。」
「は?」
「今日、出発なら間に合わないかなと思って。」
「馬鹿かお前。」
大げさに肩を落とし、正人は伸を捕まえたまま、ずるずると地面に座りこんだ。
「今日出発ったって、電車で行くか車で行くかさえ解らないのに、逢えるわけねえだろうが。」
「だって・・・・」
ぐいっと正人が伸の腕を引っ張ると、伸は渋々不満そうな顔のまま正人の隣りに腰をおろした。
「まあ、せっかくお返しも用意したのにって気持ちはわかるけどさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「仕方ないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
伸はやはり納得いかないのか、じっど黙ったまま両膝を抱え込む。
「結局。」
ようやくポツリと伸が口を開いた。
「結局、何もしてあげられなかった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「本当、何してんだろう。僕は。」
「いいんじゃないか?それでも。」
優しく正人が言った。
「きっとその子も解ってたんだよ。お前からお返しを貰えることはないって。だから、この1ヶ月間も何も言ってこなかったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「解ってて、それでも気持ちを伝えたくて、必死で手作りチョコ作ったんだよ。見返りなんて期待しないで、ただ純粋にお前にチョコを渡したくてさ。お前がそれを喜んでくれることだけを望んでたんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、お前がその子にしてやらなきゃいけない事は忘れないでいるって事だけだよ。」
「忘れないで・・・?」
「そう。毎年、この日が来るたび、ああ、あんな子がいたなあって思いだしてやれば、それで充分なんだよ。」
「そう・・・・かな?」
「そうだよ。」
うつむいた伸の髪をくしゃりとかき回しながら、正人がふと空を見上げて小さな声をあげた。
「おい、伸!顔あげろよ。いいもの見せてやるぜ。」
「・・・・・・・・?」
「落ち込んでる伸へ空からのプレゼントだ。ほら・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
顔をあげると、伸の目に白い花びらのような雪が飛び込んできた。
「何・・・雪?」
「珍しいな。なごり雪だぜ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
はらはらと舞い散る白い雪。それは小さな花びらのように優しく空気の中を踊っていた。
「空がお前の誕生日をお祝いしてくれてるんだよ。きっと。そして、もう落ち込むなって言ってくれてるんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「いいなあ、お前。こんだけ地球に愛されてんだぜ。感謝しろよ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「な。」
「うん。」
小さくうなづいて伸が正人の顔を見上げると、正人は両手を大きく広げて舞い散る雪を身体中で受け止めていた。
「あーあ。もう止んじまった。」
雲間から顔を出した太陽を見上げて、遼が残念そうにつぶやいた。
「春先の雪なんてこんなもんさ。」
当麻が小さく肩をすくめる。
「まったくだ。だが、たまには良いものだな。こういう一瞬の雪というのも風情があって。」
「征士、じじむさいぞ、その発言。」
「なんだと!」
秀にからかわれて征士がおもわず手に持っていた竹刀を振り上げる。
「わーちょっとタンマ!冗談だってば。」
庭を走り回る征士と秀を見て、遼が声をあげて笑う。
ふと、遠い山の彼方を見つめ、伸が眩しそうに目を細めた。
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サムライトルーパーの二次小説。 といってもオリジナルキャラが中心の話なので原作を知らなくても大丈夫。 優しくて温かい作品を目指してみました。 ほのぼのしたバレンタインのお話です。 |
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