「F」の日常。 第四話「出会いは朝もやの中で。」
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街の中心「開拓府」から北西に広がる商店地区。その一角に店を構える猫頭を持つ「マオ族」の女性ミーナの朝は早い。

料理の仕込みを終えた彼女は店の前を掃こうと外に出る。朝靄でぼんやりとした通りは馬頭を持つ「バトゥ族」の下宿人ブライアンが早朝の鍛練の為に素振りをしている音だけが響く。相手がこちらの視線に気付いた様だ。

お互いに無言で会釈を交わす。

そうしてそれぞれの朝の習慣に戻る。

 

穏やかな時間は元気よくかけ降りてくる足音で崩れた。

店の中から出てきたもう一人の下宿人クリエは店の前で大きく伸びをした。

その様子を見ていたミーナが話しかける。

「おや、もう起きて来たのかい。今日くらいはゆっくり休んでいればいいのに…」

その問いかけに対してクリエは目をキラキラさせて答える。

「これからここで暮らすんだからこの辺の事をもっと知っとかないと!だから寝てなんかいられないよ!」

朝っぱらからハイなテンションの青年の熱意に気圧されつつミーナが応える。

「そ、そうかい。そいつは良い心がけだね。でもあんまり遠くに行って迷子になるんじゃないよ!」

駆け出したクリエは手を振りながらこう応える。

「大丈夫だよ!子どもじゃないんだから」

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通りを歩くうちに時間が経って通りは徐々に活気付いてくる。

規則的に包丁を打つ音。蒸籠から零れてくる蒸気の熱。店から漏れてくる料理の匂い。店の前を掃く箒の音。そこではいつもの事であろう全てが彼にとっては新鮮でかけがえのない物の様に思えた。

クリエはその余韻に浸るべく歩を止めて深呼吸する。海沿いの冬の朝時のひんやりとしてみずみずしい空気が喉を過ぎる。

そうして改めてこう思う。早起きして正解だったと――。

 

そんな事を考えながら歩いていると突如として彼を呼び止める声がする。

「兄さん、‥兄さん!ちょっと待ってよ!」

声に驚いてクリエが振り向く。振り向いた先にいたのは――――。

「ヘ、ヘビ!?」思わず声を上げる彼に声の主は不満気な表情で応える。

「ヘビって失礼な…俺っち達『ワーム』をそんじょそこらのヘビと一緒にして欲しくないなぁ‥」

「ご、ごめん…」そう言いながら彼の方を見る。

一目見ると全体的な外見はヘビの様だ。しかしバンダナでかき上げられた髪はたてがみの様であり、嘴の様に鋭い口先。そして顔の横から伸びるヒレ状の突起。顔だけを見るとヘビというよりはドラゴンの様であった。

「そ、それで何で呼び止めたのさ?」

「決まってるさ!商売だよ!」

「ふーん、で何を売ってるのさ?」

「色々さ!と、いっても俺っちはまだ駆け出しだからそんなにないケドね…でも仕入れた奴の品質は保証するよ!!」

そういう彼の店構えに目を向ける。人工物に囲まれた閉鎖空間から出てきたばかりのクリエにはピンと来てないが果物中心の品揃えらしい。確かに置いてある果物はみずみずしく艶がある。

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「買いたいのはやまやまなんだけど僕は『トア』の硬貨しか持ってないんだ」そう答えるクリエに対しやれやれといった表情でワームの少年は答える。

「なんだ、アンタ『トア』から来たのかい。まあその格好を見れば分かるけど」そう言った後にワームの少年は続ける。

「トアの硬貨は両替が面倒なんだよな…。まあ、初見さんだし大目に見るけどさ」

「ありがとう!」

そう言ってクリエはリンゴを手に取りお金を渡す。

「まいどあり!今は露店商だけどいつかは自分の店を持つんだから!今後とも俺っち――アニス様の店を贔屓にしてくれよ!」

そう言った少年は顎から伸びた髭を差し出す。どうやら握手を求めている様だ。クリエは髭の先を優しく握り応えた。

「ああ、僕はクリエだ!こちらこそよろしく!!」

そして少し歩いた所でクリエが振り向きアニスに尋ねる。

「…所でこれってどう使うんだい?」

その言葉を聞いたアニスは呆れ顔で答える。

「どう‥って食べるに決まってるじゃないか!」

「?」まだ要領を得ない様子のクリエに対しアニスがこう言う。

「ちょっと待っててよ…」そう言って顎から伸びる二本の髭を器用に使いナイフを持ち、リンゴの皮をむく。さらにリンゴを切り分けていく。

「こんなサービス滅多にしないんだからな!とくと味わってくれよ!」

そう言って彼は皿を差し出す。クリエは切り分けられた一片を恐る恐る口にする。

口に入った感触は淡白な味わいだが噛めば噛むほどみずみずしさと濃厚な甘さとそれを引き立たせる程よい酸っぱさが広がっていく。初めて食べる味に彼は感動を覚えていた。

「すごいな!トアの外にはこんな美味しい物があるんだ!」

目をキラキラさせて叫ぶクリエにアニスが応える。

「まぁ、ね。…でも俺っちの目利きで採ってきたからこそこの美味しさなんだ!他のリンゴを食べたらまた別の意味で感動するかもね!」

「へぇ、それは楽しみだ!美味しい物を食べさせてくれてありがとう!」

「こっちも仕入れた商品でそこまで感激してくれると嬉しいよ!また来てくれよ!」

そう言って分かれる二人。出会い自体は些細な出来事ではあるがお互いの運命に大きくかかわることになるのはこの時点では知る由もなかった。

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日もすっかり上りきった頃朝食時のピークを過ぎて客足も落ち着いた店内でブライアンは新聞を読んでいた。

 

しばらくは静かに読んでいたがとある欄を読み終えた所で溜め息をついた。

「むう…やっぱり傭兵の依頼は上がってないな……」そう呟いた彼に片付けをしながらミーナが応える。

「そりゃあ仕方ないね。この時期は『魔物』もおとなしいし『行商人』も傭兵を雇わないからねぇ」

「しかしだな…物入りがないとここの家賃も払えないんだぞ?」気弱に応えたブライアン。しかしミーナは片付けの手を止めブライアンに微笑みかけて話す。

「昨日も言ったろ?『しばらくは家賃の心配はしなくていい』って。アンタ達生活力無さそうだしこっちも期待してないさ」言葉のトーンに嫌味は無く悪気はないのだろうがなかなか辛辣な物言いである。

「‥という事で今日はウチの手伝いを頼むよ!」その言葉にブライアンは思わず声を上げる。

「ば、馬鹿言え!戦士の俺が店の手伝いなんか…」迫力ある様子だがミーナは少しも怖じける事なく応える。

「食堂の切り盛りも戦場みたいなもんさ。戦士が食堂で働いてもいいだろ。それに…」間を置いて続ける。

「この街の基本原則は『働かざる者食うべからず』だからね。諦めな」

ぐぅの音も出ない程にブライアンは話題を変えるべくこう切り出す。

「…そういえばアイツは?」その問いかけに彼女は答える。

「さあ…?散歩から帰って来るなり部屋に籠って朝食も摂らないで何かしてるみたいだけど」

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そんなやり取りをしているうちにクリエが階段をかけ降りて来た

「どうした?いやに機嫌がいいじゃないか」ブライアンが話しかける。

「へへ、魔法石で何かできないかと色々組み合わせてたのが出来たんだ!」そう答えたクリエにミーナが感心した様子で話しかける。

「へー、やるもんだねぇ。で、何を作ったんだい?」

「これさ!」そういいながらビー玉大の鈍い輝きを放つ黒い玉を出す。

「これは一体…?」ブライアンが尋ねる。

「まあ見てなって」

そう言うとクリエはおもむろに持っていた玉を地面に投げつける。すると玉が粉々に砕けた後しばらくしてクリエの腰の辺りでパチパチと音を立てながら火花が飛び散るその様子を見ていたミーナが訝しげな表情で尋ねる。

「これは…どういう事だい?」

「あ、ちょっと分かり難かったかな。地面に叩きつけると花火がうち上がる様にしたんだ!‥名前を付けるなら『花火玉』かな。これは試作品だからアレだけど商品はもっと綺麗なんだぜ!それにしても安全性を考えて時間差で上がる様にするのに苦労したなあ…。あ、そうそう実際の花火には色も着いてるんだ!最も手持ちの金属が銅だけだから青色しか…」

夢中で話すクリエを止めるべくブライアンが口を挟む

「解った解った!初めて物を創った割に上出来じゃないか!大したもんだ!小遣い稼ぎ位は出来るかもな」

ブライアンに続いてミーナも感想を言う。

「そりゃあ誉めすぎだろうけど…。でも案外売れるかもねぇ。何せこの街は何が流行るか分からないし」そう言ってミーナはニッと笑う。

 

「まあ、とにかく売ってみるよ!じゃあ売ってきます!」元気に応えるクリエに二人はこう返した。

「売ってらっしゃい‥じゃなかった。いってらっしゃい!」

そう言った後にミーナが慌てて叫ぶ。

「‥ちょっとアンタ!朝ご飯はどうするのさ!?」

「リンゴって奴を食べたからとりあえずは大丈夫だと思う!」

その言葉に対しミーナはこう言う。

「それならいいけど無茶するんじゃないよ!」

「大丈夫!僕はそこまで子供じゃないよ!心配しないで!」

 

そうして街に繰り出して行くクリエ。その様子を見送る二人は顔を見合わせてこう言い合う。

「はて…何か大事な事を忘れている様な……」

 

説明
「F」‥フロンティアな世界観の日常を描いた作品です。
バトルはないけど生活を始めるにあたって重要な出会いを書いてます

エピソードリスト→ http://www.tinami.com/mycollection/21884
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タグ
日常 フロンティア ファンタジー 

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