艦これファンジンSS vol.50「金剛の甘やかなティータイム」 |
甘味処、『間宮(まみや)』。
ここ鎮守府ではオアシスのひとつとして知られている。
供される甘味を楽しむのは、一見、普通の女の子に見える者たち。
だが、彼女らの服装を見れば、どことなく違和感をおぼえるだろう。
あるいは学生服に、あるいは弓道着に、またあるいは軍服にみえる衣装。モチーフになった意匠を取り込みながら、しかし同じではない服。
いま甘味処で人を待つ彼女もまた独特の衣装をしていた。
巫女服に似た白と紅の上着に、丈の短いチェックのスカート。それを着込む彼女は二十歳になったばかりの外見に見える。編みこんだ栗色の髪はつややかに光り、青い瞳は期待できらめいていた。
そわそわとしながら店の入り口を窺っている彼女は、思い人を待つ乙女そのものであったが――鎮守府に集う少女たちすべてがそうであるように、彼女もまた、ただの女の子ではない。鋼の艤装を身にまとって海に出れば無類の戦士と化すのだ。
艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。
独特の服装は艦娘が艦娘たるゆえんを示す証でもある。
しかし、その事情を差し引いてみても、いま甘味処で人を待つ彼女に「ミニスカートの巫女服」という衣装は特注であつらえたかのように似合っていた。
戦艦、「金剛(こんごう)」。
それが彼女の艦娘としての名前である。
「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断され、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。
それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。
彼女はずっと想い続けてきた。「彼」の隣に立つ艦娘が一人、また一人と選ばれても彼女はくじけることなく想い続けてきた。それは、あまりにも一途で((金剛石|ダイヤモンド))のように堅固な想いであった。
「……テイトク、遅いデース……」
懐中時計を見て、金剛は独特の訛りでぼやいた。約束の時間はとうに過ぎている。そもそも時間を指定してきたのは彼の方なのに、どうしたことか。
妹たちがついてこなくて正解だった、と彼女は思った。
想い人である提督と二人きりという機会はなかなかない。それなのに待ちぼうけの様子を目にしては、姉思いの妹三人が提督の元へカチコミに行きかねない。金剛型の四姉妹は仲の良さではたいそう有名なのだ。
懐中時計をぱちんと閉じて、肩をすくめたその時。
「――すまん、遅れてしまった」
穏やかな男の声。ぱりっとした白い海軍制服。
ようやく姿を見せた提督に、金剛は眉をひそめて不平の声を上げた。
「ヘイ、テイトク! 女性を待たせるなんてデリカシーがないデース!」
言われた彼はというと頭をかきながら、彼女の向かいの席についた。
「今度の限定作戦の準備に追われていてな」
彼の言葉を聞いて、ふくれっつらな金剛も表情を改めた――攻めると守るとに関わらず鎮守府の全戦力を特定戦線に集中して投入する大規模作戦。それが“限定作戦”だ。
店主が水出しの緑茶を持ってきた。硝子のカップに涼しげな翠が透けて見える。
カップのふちを指でつつきながら、提督は話を切り出した。
「まずは任務命令だ。次の限定作戦、『第二次SN作戦』は多段階展開となる。ソロモン海の制海権を確保するため、深海棲艦を撃滅するための連合艦隊を派遣する。ついては、その指揮を君に頼みたい」
言われて金剛は目を丸くした。
「連合艦隊旗艦……ほかにふさわしい方がいるのではないカシラ?」
「見通しでは南太平洋へ出た我が方を迎撃するために有力な敵部隊の進出が予想される。これに対処する機動部隊が本命だ。つまりソロモン派遣艦隊は露払いだな。さりとて生半可な戦力では返り討ちに遭う」
提督は金剛の目をじっと見つめて、言った。
「色々考えたが、緒戦を任せるのに君が一番適役だ――君にならできる。引き受けてもらえないだろうか」
彼の言葉に金剛は大きくひと呼吸した。
数瞬、考えを巡らせた後、彼女はひとつの疑問を口にした。
「……テイトクがそこまでワタシを買う理由は何デスカ?」
「それは、君のどこを気に入っているか、という問いかな」
さらっと訊ね返した提督に、金剛は真剣な面持ちでこくりとうなずいた。
提督は一口お茶をすすった。続いて口を開いた彼はよどみなく言った。
「まっすぐであきらめない心。逆境であっても不屈の魂で立ち向かう意志。だが精神論にとらわれず合理的に物事に対処できる理性――四姉妹の長女だからかな。君にはリーダーとして天性の器があると思う」
言葉ひとつひとつに、重みを感じさせる声だった。
「先のリランカ島攻略では見事だった。欧州から来たビスマルクのメンタル面が心配だったが、彼女を立ち直らせたのは君の功績だ。ビスマルクも言ってたよ。ぜひ次も金剛と一緒に戦いたい、とな――って、おい、どうした?」
提督が不思議そうに眉をひそめる。
金剛は、顔をうつむけながらぷるぷると震えていた。
こぶしをきゅっと握り、かすかに目元を潤ませている。
「……テイトクにそこまで褒められたの、初めてデース」
金剛は顔を上げた。満面に照れ笑いを浮かべて、彼女は言った。
「普段からテイトクをお慕いしていても、いつもはぐらかされてちょっと心細かった。ワタシってご迷惑なのかも、とも思いマシタ。でも自分の心に嘘はつけないカラ……」
金剛は指で目元をぬぐうと、こくりとうなずいた。
「ソロモン海の指揮権、お預かりしマシタ。ご期待に沿えるように頑張るネ」
「よろしく頼んだ――ところで、良い機会だから訊きたいんだがな」
提督は咳払いをひとつして、問うた。
「どうしてそこまで俺のことを慕うんだ? 俺のどこがいいのか見当がつかん」
言われて金剛を目をぱちくりとさせた。
金剛の提督ラブっぷりは鎮守府でも有名なところである。
提督の一挙手一投足に「ときめいた」と口にし、彼を見かけるや喜んで駆け寄る。その様は微笑ましいものだったが、当の提督は適当にあしらうばかりで応えようとしない。かしましい艦娘の間では「金剛さんはいつあきらめるのか」というのがひそかな賭けになっているほどだ。
金剛はついとあごをそらして上品に微笑んでみせると、言った。
「重責を果たそうとしている殿方を見て、ときめかない子はいないデスネ」
いささか気取った調子の声に、提督がにやと笑んでみせる。
「――それは本音じゃないだろう。正直なところ、なぜなんだ?」
重ねての問いに、金剛は口ごもり、顔をうつむけた。
上目遣いで彼をうかがいながら、小さな声でつぶやくように訊く。
「……笑わないデスカ?」
「まさか。笑うはずないじゃないか」
彼の言葉に、金剛はこくりとうなずくと、消え入りそうな声でぽつりと言った。
「……匂い、デース……」
短い言葉で紡がれた答えに、提督は虚を突かれた顔をした。
彼の様子を恐る恐る窺いながら、彼女は言葉を続けた。
「初めて鎮守府に来たときのことデース。まだテイトクは駆け出しの新米少佐で仕事もこなれてなくて、ワタシが挨拶に行ったときも徹夜明け。よれよれのシャツ姿で、ちょっとがっかりしマシタ」
「そうだった、か……?」
「そのとき、汗とインクの匂いが混じって鼻をくすぐりマシタ……でも、不思議といやな感じはしなかったデース。だって――」
金剛は顔を上げた。目がきらきらと輝き、頬がかすかに上気している。
「――それは、テイトクが戦っている匂いネ。戦場で命を賭けて戦うのが艦娘なら、艦娘が生き残れるように書類で戦うのがテイトクだもの」
金剛のまなざしは、まっすぐでゆるぎない。
「艦娘にとっての硝煙と油の匂いが、テイトクにとっては汗とインクの匂い。それは立派な戦士の証。そう気づいたら、もうたまらなく好きになって……あの、おかしく、ないデスカ?」
金剛の告白を聞いた提督は曰く言いがたい表情をしていた。それを見た金剛が不安げに目を伏せるのに、彼はあわててかぶりを振った。
「すまん、予想外の答えでな――いや、変じゃないぞ」
彼の顔は、くすぐったさを必死でこらえている顔だった。
「そういう本能的な部分で好かれているとは想像していなかっただけさ」
提督は頬をかいた。照れ笑いがじわりと彼の顔に浮かぶ。
「ありがとう。聞いてよかった……そうだな。やはり俺の決心に間違いはない」
提督はうなずきながら、懐から小さな袋を取り出した。
淡い桜色の布でできていて、お守りと言うには少々大きい。
「これを渡しておきたいと思ってね――慰問袋と思ってくれ」
提督から小袋を受け取った金剛は首をかしげた。やけに軽い。
「開けてみても良いデスカ?」
彼がうなずいてみせるのに、金剛は小袋を開けた。だが、特に何が入っているというわけでもないようであった。不審な表情を浮かべた彼女が袋をさかさにしてみると、こつんと音をさせて、『それ』がテーブルの上に転がり出た。
金剛は目をみはった。思わず息を呑む。
澄んだ光を放つのは、銀の指輪だった。
「……これ、もしかして……」
「ケッコンカッコカリの証だ。受け取ってほしい」
彼の言葉に、金剛は顔を赤くしてぷるぷると震えた。
目を潤ませ、口をぱくぱくとさせながら、ようやく声に出せたのは、
「もう、テイトク! こういうのは、もうちょっとムードとタイミングを考えてくれなきゃノーなんだからネ!」
それは、言葉とは裏腹に、歓喜と羞恥がないまぜになった声だった。
「す、すまん、いまここじゃまずかったか?」
「いいえ……むしろテイトクらしいデスネ」
目元をぬぐいながら、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございマス……ずっと、待っていた甲斐がありマシタ」
金剛はそう言うと、指輪をつまみ上げ、そっと左手の薬指に嵌めた。
「――ここにいたか、提督。探したぞ!」
よく透る凛とした声が、突然二人にかけられた。
金剛が目を向けると、長い黒髪を流した武人然とした艦娘がそこにいた。鎮守府では知らぬ者とてない、艦隊総旗艦の長門(ながと)だ。
「限定作戦の件で相談がある。ちょっと話を――おや?」
言いさした長門が、口を閉じて金剛の手を見つめた。
左手の薬指。そこに光る銀の指輪を見て、すっと目を細める。
「そうか――提督が中座したと思ったら、そういうことか」
長門が左手で髪をかきあげる。彼女の薬指にも銀の指輪が光っていた。
「これで同じ土俵ということだな――今後ともよろしく頼む」
長門が手を差し出してくる。金剛は一瞬ためらったが、にやりと笑んで手を握った。
「ええ。提督へのラブなら長門にも負けないカラ」
「ふふ、それは頼もしいことだ――ところで提督だが、ちょっと借りるぞ」
長門のあっけらかんとした言葉に、金剛は肩をすくめた。
「ティータイムの途中デシタ。後で利子つけて返してクダサイ」
「ははは、なかなか利息が高そうだな。心しておこう」
「あの……人を右から左に貸し借りしないでほしいんだが……」
恐る恐る声をあげた提督に、金剛と長門が顔を見合わせにんまりと微笑む。
「ワタシ、ずっと待ってマシタ。もう少し待つくらい平気デース」
「ということらしいから、ちょっとお話しようか――ん、提督?」
「ちょ、耳をひっぱるなっ。お、おい」
ずりずりと引きずられるまま、提督が連れて行かれる。
そんな彼の様子を金剛はにこやかな笑顔で見送った。
二人の姿が見えなくなってから、金剛は軽くため息をついてひとりごちる。
「だから、タイミングを考えて、って言ったデース」
銀の指輪に視線を落としながら、どこか弾んだ声で彼女は言った。
「でも、そんな器用な人なら、きっと好きにはならなかったデスネ」
彼女は硝子のカップに入ったお茶をそっと口に含んだ。
ひんやりと冷たい緑茶は、ほのかに苦く、そしてどこか甘やかであった。
〔了〕
説明 | ||
提督LOVEの艦娘って、きっかけは何なのでしょうね? というわけで、艦これファンジンSS vol.50をお届けします。 夏イベント五部作にとりかかりたかったのですが、 なかなか難航しており、気晴らしに書いたのが今回のエピソードとなります。 そもそもはpixivの二次創作小説道場グループでの企画ものなのですが、 五部作の前日譚としてもちょうどいいかな、と。 金剛さんが提督ラブなのは異論の余地がないところなのですが、 さてはて彼女が惚れているポイントって何かしらと思って書いてみました。 企画のレギュレーション5000文字に沿ってますので、お手ごろに読めるかと思います。 最後にお約束の文言として、 「うちの鎮守府」シリーズは単品でもお楽しみいただけるように気を使っております。 本作からでもお読みいただけますし、気になったら過去作もどうぞ。 ちなみに金剛さんがでてくる過去エピソードは vol.6「デライト・ティーパーティ」(http://tinami.jp/f3c9)がございます。うわあ、随分前だなオイ。 それでは皆様、ご笑覧くださいませ。 |
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