ゼロの使い魔 AOS 第26話 魔法がある世界
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トリステインには貴族と平民という階級制度があり、両者の間には圧倒的な差がある。

 

土地・資産・職業・生活・社会的地位、そして・・・生命の安全。

 

貴族と平民は同じ人間だ、それでも生命の安全に差があるのは貴族だけが持っている力があるからだ。

 

「魔法」

 

本来なら人体から作りえない物質を、人の手によって作り出す奇跡。

 

炎・突風・雷・氷を杖を振ることで、いとも簡単に発生させることができる。

 

そして貴族は杖を振ることで、いとも簡単に平民の生命を奪うことができる。

 

命を奪う側と奪われる側、貴族と平民。

 

人間には生存本能がある、平民が貴族に服従するのは殺されたくないから・・・それだけだ。

 

 

 

ミス・ロングヒルは親方の家に急いでいた、交渉の席に着くために。

 

(早くても一ヶ月はかかると思っていたけど、こんなに早く交渉が実現するなんてね・・・)

 

(サイトが先にスポンサーに会うことになったけど、さすがに説得できるとは思えないわね)

 

(とにかく時間を稼いでおいておくれよ、そうすれば私もいるし二対一でいい感じに交渉できそうだしね)

 

ミス・ロングヒルが親方の家に着いたのは、親方がお店に呼びに来てから三十分ほどかかった。

 

急いで家の中に入ろうとして、何かに気が付いた。

 

(なんだいこれは、このどこかで嗅いだことのある嫌な臭いは・・・)

 

(血の臭い・・・それも、こんなに濃い血の臭いはいったい)

 

家の中から異臭が漂う、日常生活ではありえないその臭い。

 

まるで戦場の激戦区の真っただ中にいるようなその臭い。

 

(この中には貴族とサイトがいるはず、くっ・・・サイト!?)

 

ミス・ロングヒルは中の状況を予想した、おそらく当たっているであろう最悪の予想を。

 

用心しつつも才人を思い家の中に飛び込む、強い血の臭いを目印に・・・。

 

そして、彼女が見たものは。

 

部屋の中で、つまらなそうに杖をかまえる大柄な貴族の男と。

 

血の海の中で、うつぶせに横たわる才人の姿だった。

 

 

 

「人の家に無断で上がってくるとは、ふむ・・・盗賊か何かかな?」

 

ミス・ロングヒルに気づいた目の前の貴族が、彼女に問いかける。

 

「私は客だよ、そこのボウヤに招待されたものなんだけどね」

 

「ほう・・・」

 

「びっくりしたのはこっちだよ、招待された先でまさか殺人現場に居合わせるとはね〜?」

 

「なにか勘違いをしているようだな、ワシはしつけをしているだけなのだよ」

 

「しつけ・・・?」

 

「ふむ、礼儀知らずで無知な使い魔に対してのしつけだ」

 

(使い魔?何を言ってんだい、この男)

 

「ワシはしつけで忙しいのだ、出直してきたまえ平民の娘」

 

才人をこんなにしたのは目の前の貴族に間違いはない、彼女はそう確信した。

 

そして、改めて血の海のなかで横たわっている才人を注意深く観察する。

 

(背中から大量の出血・・・おそらく後ろから攻撃されてるね、他にも至るところに切り傷がある)

 

(致命傷があるのか分からないけど、この血の量は早く手当てをしないとやばいね)

 

(ただ、この男が見逃してくれるとは思えないけどね・・・)

 

おそらく生きているであろう才人を前にミス・ロングヒルはこの後どうするかを考えていた、そして。

 

「わかりましたわ、私はここで失礼します」

 

「ふむ、聞き分けが良くてなによりだ平民の娘」

 

この場から自分が去るように告げる、自分は貴族には逆らわないただの平民として。

 

「それでは、私はこれで・・・・・・貴族さま!!!」

 

「むっ!?」

 

ミス・ロングヒルが別れの挨拶をしたと同時に、轟音と共に大量の土煙が家の中を充満する。

 

彼女はその隙に、血まみれの才人を抱えて外に飛び出していった。

 

土煙の中に残された貴族、ラ・ヴァリエール公爵はそれを見つめながら。

 

(あの平民の娘が、魔法を使ったのか)

 

(メイジだったとはな・・・どちらにしろ逃がさん!)

 

一瞬戸惑って二人を逃したものの、すぐに追跡を決意していた。

 

 

 

ミス・ロングヒルは才人を抱きかかえながら町の中を走っていた。

 

かすかに息はあるものの意識が無い、まだ血も止まっていない。

 

(こんな事になるなんてに、予想外にもほどがあるよ)

 

(さて、この後どうする・・・・・・捨てていくか?)

 

才人の計画に協力をしているミス・ロングヒルが、今後のことを思案する。

 

(おこぼれを期待して協力したけど、交渉は完全に決裂しているようだし・・・)

 

(あいつの狙いはサイトだ、この子を見つければわざわざ私を追ってくるとは思えない)

 

(だけど・・・)

 

(いや・・・私は何も得ていないし、それにサイトの命を救ってあげたじゃないか)

 

(義理は果たしているんだよ、なにも気に病むことはないじゃないか)

 

(そもそも、出会ってから数日しかたってないこの子になんでそこまでしなくちゃいけないんだ?)

 

ミス・ロングヒルは心の中で葛藤している、才人を見捨ててしまうかどうかを。

 

(考えるまでもないか・・・)

 

(悪いねサイト、私にはどうしても守らなくちゃいけないものがあるんだよ・・・あんたよりも)

 

そして、ミス・ロングヒルは決断を下した。

 

 

 

ラ・ヴァリエール公爵は激怒している。

 

平民の分際で貴族に逆らい逃げ出した、使い魔の少年に。

 

(ワシが直々に、教育を施してやったのに逃げ出すとは・・・もうしつけなどいらん!奴は殺す!!)

 

(平民風情が貴族に逆らうなどあってはならないことなのだよ、ルイズの使い魔よ)

 

貴族と平民の階級差、この国の常識であり絶対的なルールである。

 

平民が貴族に逆らうことは悪なのだ、彼らは何があっても貴族に服従しなければならない。

 

ラ・ヴァリエール公爵は、非常に規律を重んじる人物だった。

 

この国の規律を、常識を、絶対的なルールを!それを破る人間を彼は許さない。

 

ゆえにラ・ヴァリエール公爵は、才人を絶対に許さない。

 

ラ・ヴァリエール公爵は才人を追いかける!絶対に許せない悪を裁くために!

 

そして貴族である自分が、自ら追いかけている事実にさらに怒りが増してくる。

 

それと同時に、彼は才人を見下した。

 

(ふん、所詮は平民か・・・逃げるのならもう少し上手く逃げられないものかね?)

 

その視線が才人を捕らえたと同時に、真空の刃を走らせた。

 

 

 

ミス・ロングヒルは町の中を逃げている、人ごみの中を通って身を隠すために。

 

彼女は、才人を肩に寄せながら人で溢れかえる大通りに身を潜めていた。

 

人を抱えながら逃げるより、人ごみの中に隠れていたほうが逃げ切れる可能性が高いと判断した。

 

血だらけで寄り添うように道の隅に座り込んでいる二人を通行人が好奇な目で見ては通り過ぎる。

 

そう・・・ミス・ロングヒルは才人を連れていた、彼女は才人を見捨てていなかった。

 

(なんだかんだ目立っちゃうわね、でもこの人ごみなら外からは見えないはず)

 

(それにしても・・・何をやってんだい、あたしは)

 

何度も置いていこうと思った、それでも彼女は才人を見捨てることはしなかった。

 

情が移っているとは思っている、しかし現在の状況を考えれば見捨てるほうが彼女には得策だったはず。

 

(どう考えても見返りが無いのにね・・・、本当に馬鹿なことしてるよ)

 

(そして逃げられるのかしら、どっちにしろこの貸しはでっかく返してもらわないとね・・・サイト)

 

ぐったりしている才人を見ながら、そんな事を思った。

 

大通りの隅で寄り添い合いながら、そんな事を思った。

 

そして・・・。

 

そんな思いを断ち切るかの様に真空の刃が二人を襲った!

 

 

 

大通りは閑散としている、現在は三人しか居ない。

 

ミス・ロングヒルと才人、そして杖を二人に向けているラ・ヴァリエール公爵だけが大通りの真ん中にいる。

 

少し前の大通りは、大変賑わっていた。

 

人で賑わう大通りを、たった一つの「魔法」が閑散とした通りに変えてしまったのだ。

 

いとも簡単に生命を奪うことができるその力を目にして、通りにいた平民たちは恐怖し遠くまで避難していた。

 

いまだに目覚めない才人を背にミス・ロングヒルがラ・ヴァリエール公爵と対峙する・・・。

 

「血の跡が続いていたぞ、逃げるのならもう少し知恵を使うことだな平民」

 

「その使い魔を捨てていれば、貴様は逃げ切れたかもしれんのにな」

 

ラ・ヴァリエール公爵は才人の血痕を追ってここまでたどり着いた。

 

「そうかもしれないね、まったく何やってんだか・・・」

 

「所詮は平民という事なのかな、ワシには理解できん」

 

「理解してもらわなくてもかまわないよ、何があったか知らないけどここらで手打ちにしないかい?」

 

「口の利き方がなっていないな、許すか許さないかはワシが決めることだ!」

 

「ガキをこんなにボロボロにしてまだ足りないのかい、何が気に入らないのかね」

 

口八丁でなんとかこの場を逃げ切りたいミス・ロングヒル、それを許さないラ・ヴァリエール公爵。

 

「そこの使い魔は殺されるようなことをしでかした、だからワシはそいつを殺すだけだ!」

 

「殺すって・・・穏やかな話じゃないようだね、あんたこの子に知り合いでも殺されたのかい?」

 

「貴様が知ることではない、さて・・・それではそこの使い魔を仕留めるとしようか」

 

(まいったね・・・全く話が通じないよ、どうしたもんかね)

 

「そこで待っていろ!次は貴様を教育してやる、ありがたく思え平民!!」

 

(ここで戦うか?・・・それは最終手段か・・・・・・いや、たしかこの男は・・・これならいけるか!?)

 

ミス・ロングヒルの言葉に耳を貸さないラ・ヴァリエール公爵が、才人を殺そうとこちらに近づいてくる。

 

歩みをすすめるラ・ヴァリエール公爵にミス・ロングヒルが一か八かの一言を投げかけた。

 

「あんたにルイズって娘がいるんじゃないのかい?この子はルイズの恋人なんだけどね、いいのかいこんな事をして?」

 

その言葉を聞いたとたん、ラ・ヴァリエール公爵は歩みを止め顔色を変えた。

 

その様子を見たミス・ロングヒルは・・・

 

(これは当たりだったか!?ルイズって娘の父親なのは予想していたけどここまで効果があるとはね、ここから崩していくか)

 

ここが攻めどころだと確信した。

 

しかし・・・それは、大間違いだったとすぐに気づくことになる。

 

 

「ルイズの名前を口にするなぁ〜〜〜〜〜〜!!!!貴様ら平民ごときがルイズに近づくことなどあってはならんのだ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

 

その瞬間、激高したラ・ヴァリエール公爵の叫びと共に激しい真空の竜巻が大通りを包み込んだ・・・

 

 

 

遠巻きに様子を覗いていた民衆たちから恐怖の叫び声があがる。

 

強烈な竜巻が街を削り取っていく、人も家も植えられた木々も全てまとめて。

 

長く続いた竜巻が、その姿を消したときには地獄のような光景が広がっていた。

 

竜巻がおさまった大通りは建物の残骸や吹き飛ばされた民衆が息も絶え絶えに至るところに散らばっている。

 

血まみれでボロボロになったミス・ロングヒルと才人の姿もある、そして・・・

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・ここは・・・外か?・・・いったいどうなってるんだ・・・?」

 

・・・才人の意識が戻った。

 

 

 

 

 

 

....第26話 魔法がある世界 終

 

 

 

next第27話 どこかで見た光景

 

 

 

執筆.小岩井トマト

 

 

 

説明
魔法の力の本質、貴族の力の本質。
この世界を支配する根拠が傷だらけの才人をさらに追い詰めます。
絶体絶命の危機を才人と共にする彼女は一体どう行動するのでしょうか?
もはや計画をどうこう出来る状況ではありません彼の結末はいかに?
※前回の予告にそぐわない内容なのでタイトルを変えました。
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ゼロの使い魔 ゼロ魔 ルイズ 歴史改変 平賀 才人 異世界 ミス・ロングヒル 

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