「Mupri(ミュープリ)」 |
「Mupri(ミュープリ)」
アルス―
プロローグ
一人の少年が熱気溢れる会場にいた。
歓声と奇声が天井を壊すほど響き渡り会場のボルテージは最高潮だ。
少年もまたライブでは必須品とも言えるルミカライトを振って歓声をあげていた。
「みんなー、乗ってるかーい!?」
会場のステージで一人の少女が聞いた。
「いぇーーーーい!」
会場の観客たちが一斉に答える。
何万人の声が合わさった声はマイクなしでも会場を覆い尽くすほど。
このライブは超人気アイドルのライブ。
チケット入手は困難であり、取れなかったファンはSNS上で嘆きのコメントや文句をいうほどの人気ぶり。
少年は見事にそのプレミアチケットを取れた勝ち組の一人で、こうしてライブを楽しんでいる。
「皆さん、まだまだ続きますので楽しんで下さいね」
「私たちのライブはこれからだよー!」
違うメンバーの娘(こ)たちも観客に喋り出す。
メンバー全員が笑顔で心の底から楽しんでいる様子が窺える。
「未海ちゃんかわいいー!」
「あの綺麗な歌声は本当に聴き入ってしまう。小雛ちゃんの甘い歌声は何とも可愛すぎる。そして、玲依華ちゃんはとにかく明るく元気いっぱいな歌が、俺たちファンのテンションを高めてくれる」
少年は眼前近くにいる推しのアイドルの可愛さに見惚れつつ、アイドルたちの歌声を総評していた。
彼も見惚れていたが、彼だけではない観客全員がアイドルたちの可愛さに心を射抜かれている。
「アイドルはこうでなくっちゃ。夢を与え、希望を与え、笑顔を与える。こんなことができるのはアイドルだけだ!」
眼の前のアイドルを見て少年はそう確信した。
「俺はアイドルを育てよう。一人でも多くの人に笑顔にして夢と希望を与えてられるようなアイドルを」
盛り上がっているライブ会場で一人の青年が決意した。
今も歌い踊っているアイドルたちは知る由もないが、彼女たちが青年に壮大な夢を与えた。
ここから、青年のアイドルプロデュースの企画が始動し始めた。
「運命のドラフト会議」
桜の花びらが風に吹かれ新入生を歓迎しているかのように舞い踊っている。
赤を基調とした制服を着ている少年少女が校舎の道を歩いていた。
「ミュージックスター・アイドルでーす」
校舎には雑誌を配っている生徒が何人かいて、雑誌の名を叫び雑誌を配っている。
「一冊下さい」
「はい。どうぞ」
一人の少年が雑誌を貰った。
無造作に逆立ちした黒髪が目立つ少年。
彼の名は天城来斗(あまぎらいと)
聖桜歌学園の高校一年生。学科はプロデュース科。
プロデュース科というものは、アイドル生たちを自身の手でプロデュースする学科であり、多大な重圧と責任が強いられる学科。
聖桜歌学園、この学園にはプロデュース科を始め多くの学科が音楽業界に通ずる学科がある。
学園は芸能プロダクション、音楽製出版社、レコード会社などの役割を果たしている会社が母体となっている。
そのため、学科は七学科。
その一つがこのプロデュース科に、もう一つはアイドル科がある。
アイドル科は女子生徒が多く男子生徒は少ない。
プロデュース科も厳しいが、アイドル科はそれよりも厳しい学科。
毎年、春には運命のドラフト会議があり、そこでプロデュース生に指名され、始めて本格的なアイドル活動が出来るシステムとなっている。
今はそのドラフト会議前のアピール期間。
来斗をはじめプロデュース科の生徒は、この期間中にライブをしているアイドル生たちを、己の眼で見て指名するかを決める。
「おぉー。すっげー、早くも超新星と言われるアイドル生たちがいるのかよ!」
来斗はページを捲ると早くも超新星と書かれた文字と、綺麗にトップを飾っているアイドル生の写真を見た。
どの写真も可愛く着飾ったアイドル生たちがポーズを決めている写真ばかり。
「最初はどのアイドルを見るか」
来斗は雑誌を見ながら校舎を出て歩道を歩いている。
学園は授業がなく各々の活動に専念する形となっており、授業がある日も午前だけの授業が多い。
学園も基本的な知識は学ばせるのは教育方針上しなければならい。
今はドラフト前のアピール期間中であり授業はない。
「おぉ! 可愛い歌声と美しい歌声の二つの声を持つ新星、片瀬春花。注目のアイドル生。今年の目玉の一人!」
雑誌には可愛らしいフリルの付いた衣装を着たアイドル生が写っていた。
来斗は片桐春花の写真をまじまじと見ている。
「この片桐春花のライブを観てみよう。えっと、場所はっと……」
ライブが行われている地図を見ていると―
「―おっわ!」
「―きっや!」
誰かと衝突し彼の視界が宙を舞い後ろに転倒してしまった。
彼は一瞬何が起きたのか理解できずにいたが、後頭部の衝撃と前から来る重さで誰かとぶつかったのだと分かった。
「っん!?」
眼を開けるとそこには膨らんだ果実が二つあり、その間に自分が挟まれている事に気付いた。
心地よさと恥ずかしさのあまり頬を染める来斗。
(この柔らかい感触が良いけど苦しい)
「いたた。あっ! ご、ごめんなさい!」
ぶつかった少女は自分の下にいる来斗に気付いた。
三つ編みの結んだ髪に、煌めく双眸から漲る元気さが伝わってくる。
「大丈夫。とりあえず、退いてくれ」
谷間の隙間から声を出し懇願した。
「えっ!? あっ! ご、ご、ごめんなさい」
来斗の申し出にようやく気付き、少女は慌てて立ち上がる。
起き上がった来斗は制服に付いた汚れを落とす。
「本当にごめんなさい。急いでて」
「ああ。大丈夫だよ」
来斗は後頭部の痛みがあるが笑顔で平静を装う。
(同じ制服だ。何科の子だろう?)
「はぁはぁはぁ、もう、香里、そんなに速く走らないで下さい」
後方から一人の少女が走って来た。
「紗央里ちゃん。ごめんごめん」
「まったくもう。もっと、早く用意していれば、こんなに急ぐことはないのですよ!」
紗央里と言う名の少女は呆れ半分に怒っている。
長く下ろされた黒髪は艶があり、顔立ちは気品と清楚さを感じさせる。
「この方は?」
来斗に気付き少女に尋ねた。
「この人とぶつかっちゃって」
少女は苦笑いで言った。
「また、よそ見でもしたのでしょう。すみません。ご迷惑をお掛けして」
姉が妹の失礼を詫びているような形で、礼儀正しく紗央里という名の少女は頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
紗央里の次にぶつかった少女も再び頭を下げ謝った。
「本当に大丈夫だから」
二人に頭を下げさせる状態になり、逆に来斗が申し訳なく思い始めた。
「それより、大丈夫? 急いでいるって言っていたけど」
「あ、遅れちゃうよ! じゃあ、私たち急いでいるので」
「では、失礼します。そんなに急ぐとまたぶつかりますよ!」
少女はまた走り出し、紗央里と言う名の少女は一礼して後を追い掛けた。
(あの二人もしかしてアイドル科か?)
そんなことを思いながら、来斗はお目当てのアイドル生のライブ会場へと足を進めた。
野外ライブ会場。
晴天の空に響く音楽とアイドルファンのコール。
ここでは、ドラフトの目玉候補のアイドル生たちがライブをしている。
立ち見しか出来ないライブでありアイドル生はプロではない。
それにも関わらず観客は多く学園アイドル生の人気を物語っている。
プロのアイドルの人気も凄いが学園アイドルの人気も侮れない。
「次が片桐春花か」
来斗は学園のプロデューサー生だけが入れるブースにいる。
少女とぶつかった後、急いでこのライブ会場に来た。
着いた時には違うアイドル生のライブが終わっており、今はステージの準備でスタッフが駆け廻っている。
「さて、彼女の歌声はどんなものかな?」
来斗は期待を胸に彼女の登場を待つ。
周りには同じプロデュース科の生徒が何人かいるが、皆、口を閉ざしている。
来斗を始め、ここに居るプロデュース科の生徒たちは互いにライバルだ。
無闇にこの娘を狙っているなどとは言わない。それは手の内を明かすことと同じだから。
ステージが徐々に完成しつつある。
そのタイミングを見計らってスタッフがマイクから声を出した。
「続いては、甘い歌声と涼やかな歌声の二つの歌声を持つアイドル生、片桐春花ちゃんの登場だー!」
「春花ちゃーーーーん!」
「待ってましたーーー!」
ファンの声は嬉しさと猛々しさがある声がほとんど。
「みんなー。初めまして。片桐春花でーす。今日はライブに来てくれてありがとうー」
舞台そでから現れた春花は、マイク越しでファンの声より大きく耳に心地よさが残る。
「可愛い声をしているな」
来斗はまず彼女の声を評価した。
周りの生徒はメモを取ったり首を横に振り残念がる生徒もいた。
「じゃあ、いっくよー。ラブサンシャインー」
彼女が曲名を言うと曲が流れ始める。
アップテンポな曲が会場の観客たちのテンションを上げる。
この曲はプロアイドルの曲。
契約してないアイドル生たちは持ち歌がなくカバー曲を歌っている。
「可愛い声だが、何かが無いような気がする」
来斗は顎に手を当てて首を少し捻った。
「恋のサンシャイン、僕の心は晴れ模様」
「うぉぉぉーーー。はい。うぉぉぉーーー。はい!」
観客の掛け声とコールは春花の声に色を付けたす。
しばらく、来斗は春花の歌声を聴いていた。
笑顔、歌声、ダンスは及第点以上のものを持っているのはたしかだが、何か来斗は思っている要素があるらしい。
それが何かは自身でも言葉にすることはできない。
自分のお目当てのアイドル生ではないと判断したのか、去って行く生徒たちもいる。
「う〜ん。違うアイドル生でも見るかな」
来斗も自分が欲しいアイドル生じゃないと判断した。
ライブ会場の雑踏をかき分ける。
会場から抜け出し近くの自販機の横に休憩した。
「少し小腹も減ったからドムバーガーでも食べに行くかな」
腕時計を見ると十二時ちょっと前の時刻になっていた。
ドムバーガーはここから遠くはなく歩いて行ける距離。
来斗は昼食を食べにドムバーガーへと足を進めた。
ドムバーガーのカウンター席で来斗はバーガー片手に雑誌を見ている。
メニューはドムバーガー甘ダレチキン、ポテトSサイズ、アイスコーヒー。
甘ダレチキン味は彼の好物の一つで、必ずドムバーガーに来たら注文する。
「次はどこに行こうかな?」
雑誌のページを捲りアイドル紹介分を読んでいるがピンッと来るものが無い。
「後ろの方はっと」
ぶ厚い雑誌を後ろから見ようと大きくページを捲る。
ページ数が多くなる後ろの方のアイドル生はピックアップされていない。
ただ、一ページに四人のアイドル生の写真と名前だけが簡素的に紹介されているだけ。
実力の差をものがたっている。
「誰かいないかな」
パラパラとページを捲って行くと―
「えっ!?」
来斗が眼にしたのは見覚えのある顔が二つ。
「さっきぶつかった人と、隣にいた人!」
名前は高宮香里に雪村紗央里と書かれてある。
「アイドル生だったのかよ! これは見ておくべきだな!」
ライブ会場の地図を見ると、近くの地下ライブ会場だった。
人気のないアイドル生は地下ライブ会場か、小さなイベントブースに割り当てられる。
「ゆっくりしてられないな」
ドムバーガーを口に放り込みアイスコーヒーを飲んだ。
まだアイスコーヒーは残っているため持ち帰り。食べたドムバーガーとポテトは捨てトレーはトレー台に戻し、店を出た。
ドムバーガー店から香里と紗央里がライブをする地下ライブ会場は少し遠い。
「少し遠いが間に合うかな」
来斗は歩いてライブ会場へと向かう。
「暑いな」
今日は少し気温が高く暑く感じられる人も多い。来斗もその一人。
制服を脱ぎYシャツ姿になった。
目的地まではまだ距離があるが時間もある。
ゆっくりと歩いていく。
彼の心は躍っている。それは、偶然にも出会った二人の少女がアイドル生だったことに。
それに加え彼女たちの歌声がどんなものかという期待感もある。
いつの間にか小走りになっているのが、その証拠かもしれない。
ライブを観るには普通はチケットなどが必要。
この期間のライブはチケット不要であり、自由に観ることが出来る。
先ほどのライブでもプロデューサー生は観客とは違う場所でライブを観ることになっている。
それはプロデューサー生だけの特別ブース。
係り委員に学生手帳を見せるとそこに誘導されるシステム。
来斗も手帳を見せそのブースに誘導された。
観客は多くなくまだまだ余裕がある。
「注目されてないから客も少ないか……」
空いているスペースを見て呟いた。
「だけど、注目されてないからと言って原石が無いわけではない。今は光らなくても磨けば煌めく。その原石を見つけ磨くのがオレたちプロデューサーさ」
来斗の眼には明るさはなく真剣な眼になっていた。
「お待たせいたしました。それではライブを開始します。皆さん、盛り上がって行きましょう」
「うぉぉぉーー!」
司会のスタッフの賭け声が火付けとなり、観客の声が小さな会場に広がった。
少ない観客の声も一斉に叫べば、地下の小さなライブ会場では耳を貫くほど。
「最初は二人組のアイドル生の登場です。高宮香里と雪村紗央里の二人です。どうぞー」
舞台の上手に腕を広げると、香里と紗央里が上手から姿を現した。
「はーい。高宮香里だよー」
「雪村紗央里です。今日はよろしくお願いします」
明るい声の香里と静かで澄んだ声の紗央里が挨拶をした。
「さっき見た制服姿とは別人のようだな。可愛い」
二人の衣装姿に来斗は見惚れ小口を開けたまま。
「じゃあ、いくよー。僕たちのいる未来」
曲が流れ始め二人はマイクを持つ手に力を込めた。
「さて、どんな歌声か?」
二人の口が開き歌い出す。
決して上手いとは言えないが、二人の一生懸命さが伝わる。
「これは……!」
来斗は香里と紗央里の歌声を聴き心打たれた。
「香里の声は明るく躍動感があり、どこか人に元気を与える声だ。一方、紗央里の声は澄みきった声に可愛らしさもある声だ!」
自身の歌声分析で評価する来斗。だが、これが正しいと言う訳でない。あくまで、自身の感性から分析しただけである。
「二人を磨けば煌めくな。これは二人を指名するしかないだろ」
来斗は二人を指名することに決めた。
「忘れずにメモと」
胸のポケットから手帳を取り出しメモする。
来斗の他に五人ほど同じプロデューサー学科の生徒がいるが、皆、残念がる表情を見せていた。
「あまり上手くないから期待外れだと思っているな。それは違うぞ、二人の歌声には素質があるんだ。それを見逃すとはな」
来斗は小さく首を振り呆れた眼でライバルたちを見た。
曲が終ると拍手が起こった。来斗も大きな拍手を送った。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます!」
二人は頭を下げた後、下手に下った。
「今日の収穫は香里と紗央里だな。今日はここまでにしよう。明日もまたライブ会場回るからな」
来斗はライブ会場から出て行った。
今日は彼にとって良い日となっただろう。自分の欲しがっていたアイドル生たちが初日からみつけられたのだから。
それに加え、その二人は偶然なのか必然なのか、朝に起こった事故で出会っていた。
次のアイドル生はどんなアイドル生なのか楽しみである。
ライブ終わった香里と紗央里は控え室で着替えていた。
今日のライブはこれで終り、明日またライブが入っている。
「今日のライブ、お客さんいたけど空いているスペースもあったね」
可愛い桃色の下着からは果実が二つ見える。
大きくもなく小さくもない均等の取れた果実はすばらしいと言える。
「まだ、初日ですよ。初日で満席にならないと思います。それに、私たちは注目度が低いので簡単にはいきません」
紗央里の下着は水色で清潔さを思わせる下着だ。
香里より小さい胸はどことなく寂しげだ。
本人は気にしてないと言うが、実は気にしている。
「でも、お客さんで会場満席にしたいじゃん」
香里の言うことに紗央里も同意見だが、現実を考えると可能性が低いとみている。
「もっと注目度があれば可能ですが、今の私たちの注目度から考えて可能性は低いと思います」
紗央里は香里の望みを断ち切ろうとしているわけではなく、冷静に現状の認知度と可能性と言う論理的な意見で言っているだけ。
「でも、もっと頑張って歌えばできるよ! たぶん」
香里は紗央里の言葉を一蹴するかのような言葉で返した。
「そうですね。香里の言う通り頑張って歌っていきましょう。幸い、プロデューサー学科の生徒も来ていましたし、それに、あなたとぶつかった人もいましたよ」
「え、うそ!? 本当?」
紗央里の最後の言葉に香里は驚き眼を見開いた。
「ええ。彼はプロデュース学科の人だったようです」
「プロデュース科の人だったなんて驚きだよ! それなら、私たちのこと指名してくれるかもね?」
笑顔な香里の心には指名してくれるかもしれないと期待感が詰まっていた。
「それはわかりませんが、そうだと良いですね」
慈悲の眼差しを香里に向けたまま彼女の笑顔を見ていた紗央里だった。
一人の少女が部屋で鼻歌を歌い衣装を手に取り鏡でチェックしていた。
栗色の長い髪に身体は引き締まっている。男とは違い美しく荒さがない。
「明日はライブやで。楽しみやなー」
関西弁の効いた声に濁りはなく、可愛らしい声そのものだ。
「熱い曲を歌ってファンと一緒にフィーバーしたら最高やなー!」
明日、行われるライブを想像して気分が高揚している少女。
彼女もまたアイドル生の一人。
「えっと、明日のライブの時間はっと……」
女の子が好む可愛いキャラクターが描かれているメモ帳を開いた。
「十一時からやな」
彼女が出るライブは彼女だけが出るライブではなく、多くのアイドル生が出るライブ。
その中の一人のアイドル生として出るだけ。
一人でライブ会場を押さえることが出来るのは、注目度が高いアイドル生だけである。
しかしながら、野外のライブ出来ることは、彼女も注目度がそれなりにある証拠。
逆を言えば、香里と紗央里は地下のライブ会場だったのは、注目度がないと言うことである。
「明日は熱く歌い踊って、プロデューサーの人たちにも、私のライブを観てもらって指名してもらうでー」
小さな握り拳を作り溢れんばかりの意気込んだのだった。
来斗は寮の部屋にいた。
学園は寮制であり二人一組の部屋となっている。
グールプを作ったら、そのグループで一つの大部屋に割り当てられる。
そう言っても、男子生徒はその中には入れない。
来斗の同室の生徒が今はいなく実質、一人部屋状態。
「さてと、パソコンに書き込むか」
ノートパソコンを起ち上げる。
片手にはマックスコーヒー。
彼が大好きなコーヒー。
来斗曰く「至高のコーヒー」らしい。
「香里はポップでエネルギッシュな歌声の中に可愛らしさが詰まって、人の心に元気を与えてくれる歌声」
言葉にしてパソコンに文字を打ち込む。
次の欄には紗央里の特徴を書き出す。
「綺麗で清流のような歌声に甘い声も入っており、静かな安らぎを与えてくれそうな歌後を秘めている」
彼女たちの歌声を独自の感性で言葉に起こし書き連ねていく。
その姿は「出来るエンジニア」とも思えなくない。
「くうぅぅ〜。マックスコーヒーはきく〜」
甘く滑らかな味わいは彼の身体に幸福を与えた。
その他、項目を作り続けていると、
―携帯の着信音が鳴り響いた。
「誰だ?」
携帯を取って名前を見ると、見覚えのある名前だった。
「はい、もしもし」
『来斗、今、時間いいですか?』
「聖也、どうした?」
聖也と呼ばれる電話の相手は来斗の友達であり、同じプロデュース学科のライバルでもある。
彼は音楽企業で有名なレベックス・ミュージック・クリエイティブ社の御曹司。
育ちが良く言葉遣いも丁寧そのもの。来斗に対しても変わらない。
『明日、一緒にライブを観て回らないかと思いまして』
「ああ。良いぜ。聖也は今日誰か良いアイドル生見つけたのか?」
『一人見つけました。月野星奈というアイドル生です』
「雑誌に注目されていたアイドルだよな?」
来斗は雑誌を見た時に、その名前と写真があった事を思いだす。
『うん。すごい歌声ですよ』
「そっちのライブ会場に行ってなかったな。行っとけば良かったな〜」
『でも、僕も彼女一人しか見つけられませんでしたので、来斗は誰か見つけたのですか?』
「ふっふ〜ん。俺は二人見つけた」
誇らしく語る来斗
「すごいね。誰です?」
「高宮香里と雪村紗央里の二人のアイドルさ」
『誰です?』
初めて聞いた名前に疑問の声になった。
「注目されてないから、雑誌の後ろの方になっているが、良い声をしている」
『本当に来斗は変わりものですね。普通は最初に注目度高いアイドル生を狙うものです』
「注目度だけがすべてじゃないだろ。要は直感だ!」
来斗は独自の直感で物事を決める癖がある。
『直感も良いですがデータも大事ですよ』
対する星夜はデータ的な考えの持ち主。
星奈も注目度が高いアイドル生で、期待度から判断してもプロアイドルになれる可能性が高い。
「はいはい。わかったよ。それで、明日、何時に集合する?」
軽く聖也の言葉を受け流す。
『十時に校門前はどうです?』
「わかった。十時な」
『はい。では、明日に』
「ああ」
聖也が電話を切るのを確認した後、来斗も電話を切った。
「十時か、早いな。まぁ、一人で見て回るより良いか」
パソコンを閉じ、残り少ないマックスコーヒーを一気に飲み干した。
「さて、風呂でも入るか」
来斗は寝巻きを取り出しバスルームへと行った。
その後、来斗は食堂へと行き夕食を食べ、ダラダラと部屋で過ごした。
いつの間にか眼を閉じ眠りについてしまった。
明日はまた違うアイドル生が待っている。
彼の直感が誰を選ぶか彼自身しか分からないが、きっと、普通の人には気づかない可能性を秘めたアイドルたちだろう。
香里と紗央里がそうだったように。
来斗の寝顔は笑っていた。
夢の中で来斗は自分の活躍している夢をみているかもしれない。
二人の男が街中を歩いている。
来斗と聖也だ。
今日は二人でアイドル生のライブを観る約束をした当日。
約束をしたのは、つい昨日のこと。
「どこから見る予定なんだ?」
来斗は雑誌を集中して見ている聖也に尋ねる。
「まずは、このアイドル生はどうですか?」
雑誌を差し出され手に取る来斗。
「姫川優姫。その歌声は美しく澄みきった氷のようだ。また、彼女の容姿は他のアイドル生が羨むほどのものを持っている。歌声と美貌を兼ね揃えた彼女を狙うプロデューサー生は数多いることだろう」
記事の文章を読み写真を見ると、確かに綺麗な顔立ちをしていた。
「たしかに、綺麗だな」
「そうでね。彼女は真っ先にドラフト指名候補として名を上げられています。データ指数もこの通りすごいですよ」
聖也は自身のタブレットを見せた。
そこにはあらゆる項目の指数が出ている。
「すべて平均以上だ! なかなか、いないんじゃないか? ここまでの数値があるアイドル生は」
「数える位しかいませんね。だから、観てみたいのです」
聖也の声音が期待感に溢れていた。
「会場もここから少し遠いけど時間はあるから間に合うだろう」
「楽しみです」
弾んだ声とハニカム笑顔は好青年の印象を与えた。
二人は時間を気にすることなく、目的地のライブ会場に着いた。
学生手帳を見せブースの中に入った二人。
「すごい人だな」
大きいとは言えない会場だが小さな会場でもない。ライブ会場は満員。
それほど、姫川優姫の人気が高いことを物語っている証拠でもある。
「もうそろそろですね」
司会者が現れマイクのチェックをして口を開いた。
「今からアイドル生、姫川優姫のライブを開催します」
「優姫様ーーーーー!」
「うおぉぉぉぉぉー!」
名を呼ぶ声や怒号にも近い声援が空に響いた。
その声が響く中で姫川優姫が出てきた。
「優姫様ーーー!」
「待ってましたー」
彼女の姿が現れた途端、先ほどの声より更に大きな声が巻き起こった。
彼女はその声の中でも静かに歩いていた。
朱鷺色の長い髪の彼女が着ている衣装は白を基調とした衣装。彼女にはとても似合っていた。
(すごいな! 彼女は、あそこだけがまるで別世界のような静かさがあるような)
来斗は優姫の姿を見て彼女の出す空気に驚いた。
「姫川優姫です。今日は楽しんでいってください」
彼女の声と共に、また、観客から声が上がった。
「最初の曲いきます。Snow Lover」
スピーカーから流れる曲は切ないバラード系の曲。
歌い出した優姫の声は聴く者の耳に透き通ってきた。
観客はその声を静かに聴いている。
「やはり綺麗な声ですね。彼女は要チェックです」
懐からメモ帳を取り出し何かを書き込む聖也。
(一応、俺も優姫を候補にしておこう。彼女の歌声は一級品のものがあるからな)
来斗もメモ帳を取り出し、姫川優姫を候補の一人として書き込む。
二人の他にも多くのプロデューサー生が多くいる。
皆、メモ帳に書き込む。
彼らも彼女を狙っている。それほど、姫川優姫には実力と光るものがあるのだろう。
その後、何曲か歌い姫川優姫のライブは終了した。
「次はどこに行きますか?」
「ここに行ってみたいんだが?」
来斗は聖也雑誌に書き込まれている日程表を見せる。
そこには、詳細なライブが行われる場所と時間が書かれてあった。
「このライブはアイドル生たちが合同で行うライブですね」
「ああ。ある程度、注目度があるアイドル生たちがライブをするから」
「では、ここに行きますか!」
「ああ」
二人はライブ会場を後にし、別の会場へと歩き始めた。
目的地のライブ会場ではライブが行われている最中だった。
特に目星を付けたアイドルはいない。
ここで、どんなアイドル生がいるのかと見るだけだが、あわよくば、良いアイドル生がいたら指名候補に挙げようと思っている。
「次のアイドル生は東城絵梨奈さんというアイドル生ですね」
渡されたプログラム表を見た聖也は来斗に知らせた。
「どんな歌声を披露するのか楽しみだ」
期待感を募らせ来斗はステージに眼を遣る。
「さて、次は浪速の熱い魂を持つアイドル生、東城絵梨奈ーーーー!」
「待ってましたーーー!」
「絵梨奈ーーーー!」
観客の声が渦巻く中で、舞台袖から走って来た絵梨奈。
栗色のポニーテールに赤を基調した衣装で登場。
「みんなーーーーー! 乗ってるかーーーーーーい!?」
「いえーーーーーーい!」
「まだまだ、熱くなれるかーーーーーーい?」
「いえーーーーーい!」
絵梨奈は観客のテンションを上げ、ライブを盛り上げる。
「じゃあ、いっくよーーー」
彼女の声の合図とともに、ハイテンションな曲が流れ始めた。
「すごいですね。あそこまで、観客を盛り上げることが出来るなんて」
「歌う前に観客のテンションを上げ。歌へのもっていきかたが上手いな」
二人とも絵梨奈を高評価した。
彼女が歌いだした。
その声は明るく彼女の熱い思いが込められている。
「すこし音程のズレがありますね」
聖也の感想に「ああ」と生返事を返すだけの来斗。
彼は絵梨奈に夢中になっていた。
(なんて熱い声をしているんだ! それに昨日の香里とは違う明るい声に彼女は熱さがある。彼女と香里の異なる明るい声がマッチすればすごいぞ! 絵梨奈は取っておくべきだな)
絵梨奈もまた、来斗の感性にマッチしたアイドル生だった。
「平均的な数値ですが、音程が気になりますね。僕は遠慮しましょう。来斗はどうしますか?」
「俺は取るぜ! 絵梨奈の歌声は明るく熱さがある。なかなかでない熱い声だ」
「直感的にですか?」
「そうだ」
来斗は誇らしげに頷く。
「君の直感で決める決断力はすごいですよ。僕には出来ないです」
「お前にはデータというものがあるだろう。それでいいんだ」
直感型の来斗と、データ型の聖也は互いに認め合う。
絵梨奈のライブが終り、その後もアイドル生たちのライブが続いた。
軽く昼食を取った後、午後のライブが始まった。
午後のライブの半分が終ったが、二人とも普通といった感想を互いに漏らした。
「次のアイドル生は立花瑞穂というアイドル生です」
「けっこう観たから、彼女のライブを観たら出るか」
「そうですね。僕も姫川さん以外に特にいませんでしたので」
データ重視の聖也は姫川以外に誰も指名候補を選ばなかった。
彼はデータを総合的に見て判断をして、一つでも大きく数値が劣っていると、そのアイドル生をリストから除外する。
そのため、なかなか、決めることが出来ない。
「続きまして、立花瑞穂の登場です。どうそ」
司会者の声の後、立花瑞穂がゆっくりと歩いて来た。
肩まで伸びたクリーム色の髪に、水色を基調とした衣装はとても似合っている。
「綺麗な人ですね」
「ああ。それに、あの胸……デカいぞ!」
「来斗……どこを見ているのですか……」
聖也は肩をすくめ声にも脱力感があった。
来斗の言う通り、瑞穂の胸は衣装の上からでも分かるような豊満な胸だ。
「お前も嫌いではないだろう〜?」
来斗は悪戯な笑みを浮かべつつ肘で聖也をつつく。
「ま、まぁ、それなりには……」
羞恥心で少し頬を紅く染めた。
「大きい派か?」
「それなりにあれば、って! 何を言わせるのですか!」
聖也は来斗の誘導に釣られそうになった。
「まぁ、良いじゃないか。おっ、曲が流れ始めた」
二人の会話の中に割り込むように曲が流れる。
瑞穂はスタンドマイクを両手で持った。
「流れる様な歌声ですね」
「ああ。まるで、清流のような瑞々しさがある」
来斗は耳を研ぎ澄まし、瑞穂から眼を離さない。
(紗央里とは違う綺麗な声だ。紗央里は綺麗な歌声の中に可愛さがあり、瑞穂は綺麗な声の中に美しさがある。これは良い組み合わせになる!)
「聖也」
「どうしました?」
「彼女を取る!」
「彼女の歌声が君の感性に響いたのですね」
「ああ。彼女の歌声も磨けば光るぜ!」
来斗は誇らしげな顔で言った。
聖也は、来斗の直感的な決断に、ただ、「はい」と返事を返しただけであった。
その返事の中には、君なら出来ると言うメッセージがある。
瑞穂のライブが終り、来斗は終始、彼女の歌声に聴き惚れていた。
二人は瑞穂の後に控えているアイドル生のライブを観ずに、ライブ会場を後にした。
朱色の空が一日の幕を締めようとしていた。
その空の下で一人の少女が歩いていた。
彼女の名は東城絵梨奈。
絵梨奈はアイドル生合同ライブの帰りだった。
盛り上がりをみせたライブは成功に終わり、絵梨奈の顔は嬉しさに満ちていた。
「今日のライブは盛り上がったなー」
思い出すライブでの盛り上がりに、彼女の顔から笑顔がこぼれた。
「今日はいっぱいプロデューサー生いたな〜。まぁ、合同ライブってこともあるけど、それでも、いっぱいいたな〜」
初日も観客やプロデューサー生はいたが、今日ほどではない。
「明日のライブも盛り上げていくでー。そして、観客と一緒に熱いライブをして、プロデューサー生にアピールや。燃えるでー」
高々と拳をあげる絵梨奈の姿は、夕焼け空の下で煌めき燃えていた。
休日でもアイドル生のアピール活動は行われている。
プロデューサー生も活動をしているが、強制ではない。
その休日に来斗はアイドル専門店にいた。
ここは来斗が良く来る専門であり、プロのアイドルグッズやアイドル生のグッズがある。
アイドル生のグッズの売り上げは学園の資金となり、その資金はライブの運営費や衣装代など、様々な所で使われる。
来斗の今日の買い物はライブDVD。
彼の一押しのアイドルグループは『ラブシエル』。
プロアイドルの中でも人気を誇るアイドルグループ。
一度だけ、来斗はライブを観たことがある。
「ラブシエルのDVDを初回に買えば申し込み券が付くんだ。買わなきゃいけない」
特典の中身は直接サインのお渡し会の申し込み券。
大ファンの彼にとっては喉から手が出るほど掴みたいものだ。
「このコーナーだな」
来斗の眼に映ったのは他の商品売り場より、手の込んだポップが飾られている『ラブシエル』のコーナー。
そこには、関連グッズや過去のライブDVDなどが置かれている。
「すっげー、やっぱラブシエルは違うなー!」
来斗はコーナーを眺めて言った。
「おっ! あった。あった」
お目当てのライブDVDが並んであったが、残りは少なかった。
ポップにも店員の気持ちがこもった文字が書かれてある。
『ラブシエルのライブDVDには彼女たちに会えるチャンスがある。同志たちよ。この栄光を手に入れるチャンスは買うしかないぞ!』
このファンの心を掴んだセールスでファンである客が買っていったのだろう。
来斗はDVDを手に取ると―
「「あっ!」」
二つの手が同じDVDを取ろうとした。
顔を見ると、童顔で小動物を思わせるような愛らしい顔があった。
その顔に似合わず誇張しすぎている果実二つは良く育っている。
「あっ、す、す、すみませんです」
慌てて少女は手を引っ込めた。
「俺の方こそ、すまない」
来斗も手を引っ込めた。
「君もラブシエル好きなのか?」
来斗は何気ない会話を始めた。
「あ、はい。大好きです! 憧れです」
「俺も大好きでさ、特に未海ちゃんが推しで」
「わ、わ、私は小雛ちゃんが好きです。あの、フワフワとした感じが可愛いです」
「小雛ちゃんはエンジェルって言われているからな。あと、天然も入ってるらしいぞ。彩夏ちゃんは元気印の笑顔が魅力、未海ちゃんは清楚で美しい振る舞いがグッとくる」
来斗は『ラブシエル』の三人を熱く語った。
「お詳しいですね」
「あっ! つい、熱く語ってしまい……」
来斗は『ラブシエル』の大ファンであるため、自分と同じファンに出会え嬉しいあまりに、熱く語ってしまった。
「い、い、いえ、同じファンの方と喋れて嬉しいです」
「ありがとう」
自分の失態を恥ずかしがる来斗は苦笑いを薄らと浮かべた。
「DVDを買わないとな」
「そ、そ、そうですね」
(この子、恥ずかしがり屋なのか?)
少女の声には震えがある。
(可愛い声だから、もっと出しても良いんだけどな)
来斗は少女の愛くるしい顔と声は武器になると思った。
「このライブDVDに付いてくる直接サインお渡し会の申し込み券、お互いに当たると良いな」
「は、はい。あ、当たると良いですね」
少女の笑顔は野に咲く花のように綺麗で可愛かった。
(うっ! この笑顔……可愛すぎる)
来斗は頬を少し赤らめ彼女の笑顔に魅了されていた。
二人の出会いは、ここで終りではなく始まりだった。
運命のドラフト会議当日。
この日は一年生のプロデューサー生とアイドル生にとっては大きなイベントであり、運命を決める日ともいえる。
プロデューサー生は大ホール内に集まり、アイドル生は各々に学校内に置かれている液晶テレビで指名されるのを待っている。
必ず全アイドル生が契約を結ぶ手筈になっているが、残ったアイドル生はどこかに配当される形となる。
その先は上級生のランク下位プロデューサー生の下。
望みが無いわけではないが、フェスタ出場やプロになることは難しい。
それほど、プロデューサー生の責任は大きく、アイドルも指名されたい気持ちが強い。
「俺の席は……」
来斗は大ホールの中で自身の席を探していた。
大ホールの中は円卓の机が幾重にもあり、一つの机に五人が座れる。
来斗は一つ一つ机の席前に置かれた名刺板を見る。
なかなか見つからず動き回ってる。
「来斗!」
どこからか名前を呼ばれ辺りを見渡すと聖也が手を上げていた。
手を上げ返して来斗は聖也の許へ歩く。
「聖也、俺の席が見つからない」
第一声が嘆きの言葉だった。
「来斗の席はあちらにありましたよ」
聖也は来斗の席があった方角へと手を前に出す。
「助かった。ありがとう。聖也。今日は楽しみだな」
「ええ、来斗と指名したアイドル生が重ならないよう願いたいものです」
「俺もだよ。じゃ、また、後でな」
来斗は自身の席があると教えられた方角へ歩く。
多くの生徒が行き交い、身体を横にしながら進む
やっと、着いた席に腰を掛けた。
「これでやるんだな」
来斗は眼の前に置かれてあったタブレットを手に取る。
タブレットには、今回のドラフト候補のアイドル生の名簿が内蔵されており、そのアイドル生をタッチすると指名したことになる。
多くのアイドル生がいるため、五十音検索や人気検索など絞った検索も可能。
「そろそろか?」
腕時計を見た来斗。
―ホールを照らしていた照明が薄暗くなり、盛大な音楽が大音量で流れた。
「この時がやってきました。今日という日を待ち焦がれていたのは私だけでしょうか? いや、この運命の日まで頑張ってアピールをしてきたアイドル生、そして、そのアイドル生をプリンセスにするプロデューサー生も待っていたことでしょう」
「今日は運命のドラフト会議! プロデューサー新入生の君たちの眼で観て来たアイドル生を己の手と運で獲得し、新たなステージの幕開けとして下さい。では、ドラフト会議始めます!」
司会進行役を務める学生が興奮した声と、ホール全体に響く拍手でドラフト会議の始まりを告げた。
「さて、最初は絵梨奈を取ろう。彼女は有力候補の一人だから抽選になると思うが」
画面をスクロールして絵梨奈を探す。
「あった。あった」
絵梨奈をタッチして指名した。
「さて、決まりましたでしょうか? それでは、第一巡目の指名を出します」
壇上奥にある巨大スクリーンに一巡目に指名したアイドル生と、そのアイドル生を指名したプロデューサー生の名前が表示された。
「一番多く指名されたアイドル生は、久遠ひかり!」
彼女の名が大きく表示された。
「さあ、彼女を指名した人は壇上へ来て下さい。抽選を行います」
壇上に上がった生徒は多く四十人ほどいた。
「さあ、順番に箱の中から封筒を取って下さい」
大きな箱に手を入れ順番に封筒を取っていく。
握られた封筒の一つには喜びが詰まっており、残りは悔しさが入っている。
「出ました。交渉権を獲得したのは四葉騎士(ナイト)君です」
ガッツポーズを決め喜びを見せるが、この後が本当の勝負だ。
もし、アイドル生が断ったら、他の指名者に交渉権のチャンスが来る。
「さて、次はこのアイドル生だーー!」
ドラフト会議はまだまだ続くが、来斗の指名するアイドル生はまだ先になる。
<pf>
会議は中盤に指しかかり、いよいよ、来斗が指名する絵梨奈の登場がきた。
「次は、浪速のアイドル生、その明るさでファンを盛り上げテンションを上げてくれる。東城絵梨奈です」
絵梨奈の名前が表示され、その後、指名者数の数が二十二人と出た。
「では、指名者の皆さんは壇上に上がって下さい」
来斗は立ち上がり壇上へと向かう。
「必ず取る。この手で交渉権を勝ち取る」
来斗はそう呟き歩いて行くと、聖也と眼が合った。
彼は何も言わずただ頷いただけだが、それだけで十分だった。
来斗には大きな励みとなったのだから。
「では、順番に引いて下さい」
大きな箱に手を入れ封筒を手にする指名者たち。
「よし!」
来斗は箱の穴に手を入れ、まだ残っている封筒を手で選ぶ。
取っては捨てて、取っては捨ててと何回か繰り返した。
「これだ!」
選んだ封筒を箱の中から引き取る。
これが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
全員が封筒を選び終わった。
「それでは、中を開けてください」
封筒を一斉に開けて折りたたまれた紙を広げる。
次々と悔しがる声が聞える中で、来斗はただ広げた紙を見つめていた。
そこには、交渉権と書かれていた。
数秒、来斗はその文字を見つめたまま硬直していたが、すぐに、喜びを露わにした。
「よっしゃーーー!」
大きくガッツポーズを決め、自分の手で交渉権という幸運を掴み取ったと会場に見せつけた。
『見事、交渉権を勝ち取ったのは、天城来斗君です!』
拍手が巻き起こり来斗を祝福した。
『では、次のアイドル生は、この娘(こ)だー』
来斗たちは壇上から降り自分の席へと帰る。
次なる指名のアイドル生は決まっている。
立花瑞穂を来斗は狙っている。
彼女の歌声は雪村紗央里とは、また違った歌声の綺麗さがあると来斗は思っている。
「次二巡目にと」
立花瑞穂の写真を押して指名した。
絵梨奈から三人のアイドル生が紹介され、四人目に突入した。
『続いてのアイドル生は、立花瑞穂。その声は美しく透き通るような歌声が彼女の持ち味だー。指名者は何人いるんでしょう?』
スクリーンに指名者の数が出された。
『十二人と出ました。指名したプロデューサー生の皆さんは壇上に上がって下さい』
二回目の抽選だが挑む来斗の心には安ど感は一切ない。
十一人というライバルと運との勝負は、実力より厳しいとも言えよう。
『順番に箱の中の封筒を取って下さい』
一人また一人と封筒を箱の中から取り出す。
今回は最後になった来斗は選ぶことは出来ず、残った封筒を取る。
「残り物には福があるというが、そんなに甘くないよな。瑞穂は諦めるしかないか…」
順番が最後尾になった時から、もう、来斗は望みがないなと確信していた。
『では、開けてください。さあて、誰が幸運を手にするか!』
封を開けて紙を取り出し、畳んだある紙を広げると、
「―っ!?」
来斗は驚愕した。
そこには、交渉権という文字が書かれてあった。
本当に残り物に福があり、その福をまたしても来斗が掴みとった。
次第に込み上げる喜びに顔が緩み始め、来斗は渾身のガッツポーズを掲げた。
『出ました。立花瑞穂の交渉権を勝ち取ったのは天城来斗君です! 先ほども、激戦だった東城絵梨奈の交渉権を勝ち取ったのも来斗君でした。彼は強運を持っているのかもしれません。あめでとうございます』
盛大な拍手が巻き起こり来斗は、その拍手の渦の中を通って自分の席へ帰った。
絵梨奈が指名された頃に時間を戻す。
彼女はレッスン室で観ていた。
落ち着かないからと、友達と一緒に会議が始まる前にダンス練習をしていた。
「いよいよや」
「いよいよだね。私、ドキドキするよ〜」
絵梨奈の友達の名は月島桃香。
聖也が指名候補として名を挙げたアイドル生。
桃色の長い髪が目立つ少女。
彼女の歌声は可愛くも綺麗で人の心を和ませると定評があるが、一番は笑顔でその笑顔でファンの心を癒しハートを掴んでいるのが大きな要因。
大注目のアイドル生のひとりでもある。
本人はそれに鼻にかけるようなことはせず、むしろ、自分はまだまだと思っている努力家でもあり、少し自信もない所もある。
「桃香は私うちより有名さかい、多くのプロデューサー生が指名すると思うで」
「そんなことないですよ〜」
「そんなに謙遜せへんでも、もっと、自分に自信をもってええんやで」
二人は互いに認め合い同じ夢を目指している。
「一緒のグループになれると良いですね」
彼女の笑顔はとても眩しく心癒される。
「おっ! 始まるで」
部屋の角の天井に付けられたテレビで会議の様子を見る二人。
彼女たちの双眸は真剣な眼差しへと変わっていた。
『久遠ひかり、四十二名の指名者と出ました。さあ、指名したプロデューサー生の皆さん壇上へ』
四十二名という指名を得た久遠ひかり。
その名は二人も知っている。
「四十二名って多すぎやないか」
「すごいですね〜。さすが、完成された歌姫と言われている人です」
「とても、敵わへんわ〜」
彼女たちでさえ一目置く存在。いや、アイドル生全員と言って良いほど、彼女のアイドルとしての素質は格上だと思っている事だろう。
「でも、いつかは越えてみせるでー」
闘争心を燃やして絵梨奈は言った。
「私も越えてみたいです」
桃香も控えめながらも、自身の決意の炎を燃やした。
次々とアイドル生が指名される中、二人の名はまだ挙がっていない。
『次は、花のような笑顔でファンを癒してくれる月島桃香です。何人の指名者いるのでしょうか?』
先に呼ばれたのは桃香だった。
「桃香、呼ばれたで!」
「あっ!? はい。嬉しいです!」
「何人の指名者がでるかや?」
中継では指名者の集計を行っていた。
『出ました。三十四人です』
桃香も大注目のアイドル生だ。この人数がいてもおかしくはない。
「三十四人!? すごいです。私、こんなに指名されるとは思っていませんでした」
「いやいや、桃香はすごいから、このくらいはいてもおかしゅうないで」
選ばれた本人は驚きを露わにしているが、絵梨奈は桃香の実力を知っているため当たり前だと思っている。
いや、もう少し指名者がいても良いぐらいだとも思っている。
『交渉権を獲得したのは、凱崎聖也君)です!』
聖也がテレビに映し出され、彼の顔は爽やかな笑顔だった。
「あの人カッコいいやないか」
「そううですね。指名されて本当に嬉しいです」
「次はうちの番や!」
「大丈夫です。絵梨奈ちゃんも、多くのプロデューサー生の人たちに指名されますよ」
絵梨奈は心を昂らせて自身の名を呼ばれるのを待つ。
中継映像では喜びの顔と悔しさの顔が映し出される。
喜びの顔を見せる者は少ない。それは、一枚しかない未来への乗車券なのだから。
『次のアイドル生は、浪速が生んだパワフル少女、彼女の歌声は観客のボルテージをあげる。東城絵梨奈。さあ、何人の指名者が彼女を指名されたのでしょうか?』
「何人いるん?」
祈る様にテレビの画面を見つめる絵梨奈。
『出ました。二十二人です!』
「桃香より多くはないけど、けっこういるん」
「そうですよ。絵梨奈ちゃんは有名なアイドル生ですから」
「桃香には負けてるんけどね」
「でも、私より全然すごいです。絵梨奈ちゃんは!」
「そんなことないと思うけど、ありがとう。桃香」
桃香の言葉には嫌味という雲が一切なく、絵梨奈は微笑み感謝の言葉を言った。
『見事、交渉権を獲得したのは、天城来斗君です!』
中継では交渉権を勝ち取った来斗が喜びのガッツポーズを決めていた。
「あのプロデューサー生が、うちとの交渉権を引いたんか」
絵梨奈はテレビに映っている来斗を見つめていた。
(どんな人なんやろう?)
彼女の心は期待感で膨らんでいた。
<pf>
ドラフト会議も佳境を迎えつつあり、ホールにある円卓の机の席には空席が目立つ。
もう、獲得しない生徒は退場して、交渉へと移っている。
聖也も会場にはいない。
残っているのは、幾人かの生徒と来斗だけだった。
『残るアイドル生も僅かとなりました。では、紹介します。その笑顔は太陽のような明るさ。元気はつらつ歌声は未完成だが、光るモノがある。高宮香里です』
来斗が出会った本命のアイドル生がやっと呼ばれた。
地下のライブ会場でライブをしていたアイドル生の注目度は低い。
順番的に最後の方に回されることになる。
『五人と出ました。さあ、この五人の中で抽選を行います』
来斗は壇上に足を進めるが、その足は小刻みに震えていた。
(ここで、ハズレたらすべてが水の泡になってしまう。絶対に香里は獲得したい!)
絵梨奈や瑞穂の交渉権を獲得したのも嬉しいが、彼は香里というアイドル生を重視していた。
彼女も一つのピースではあるが、そのピースの中心に位置する存在でなくてはならない。
ここで逃したら、絵梨奈や瑞穂が意味を無くすまでになってしまう。
無論、二人の歌唱力やダンスといった技術は香里より上だが、彼女たちには無いものが香里にはある。
それが来斗には必要不可欠であると考えているため、彼女を欲しがっている理由の一つとしても挙げられる。
『では、順に引いて下さい』
箱の中に手を入れ封筒を引いていく生徒たち。
(今回は選ばず、手に取った封筒を引こう)
絵梨奈の時は選んで引いたのとは別に、今回は直感で引くことに決めた。
(これか!)
迷わず引いた封筒を来斗はただ信じるのみだった。
全員が引き終わるのをたしかめた司会者。
『封筒を開けてください』
その声と同時に一斉に封筒を開ける。
悔しがる声が聞える中で、来斗の取った封筒の中に入っていた紙には交渉権と書かれていた。
「よっしゃーーーーー!」
力強いガッツポーズを決め、香里の交渉権を獲得したことを告げた。
「高宮香里の交渉権を獲得たのは、天城来斗君です」
会議が始まって間もない時よりは拍手がすくないが、それでも、来斗はその拍手を味わい席に戻った。
この後、紗央里の抽選にも来斗は交渉権を勝ち取った。
ドラフト会議で来斗は運の強さを見せつけたのだった。
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アイドル生を育てるプロデュース生徒とのお話であります。 様々なアイドル活動を行い、アイドルの甲子園ともいえる「ANGERICフェスタ」という全国のアイドル代表校が競うアイドルの祭典で優勝を目指していきます。 アイドル生とプロデュース生とのアイドル活動はどうなるか?ご期待下さい |
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