族長の話
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私の家に人が来た。訪れたのはふたり、頻繁に遊びにくる阿呆と見知らぬ人。

見知らぬ人はほわほわした衣服を着込み、ほわほわした喋り方をしていた。

この辺りでは珍しいタイプだなと失礼を承知でじろじろ眺めていると、見知らぬ人はほわほわ微笑みながら己の名を名乗った。

彼は氷海騎士と言うらしい、普段は雪と氷に囲まれた厳しい地域で暮らしているそうだ。

私に己の紹介を終えた彼は、隣にいる阿呆…狙撃名手に笑いかける。

 

「ここは暑いね」

 

聴こえてきた単語に私は首を傾げた。

そんな事を言われたのは初めてだ。大半の輩は「涼しい」か「ちょっと肌寒い」と言うのだが。

この地は風が良く通る。「暑い」とは縁遠い場所だ。

 

私が不信の目を向けると、彼を此処に連れてきた狙撃名手は苦笑し、そりゃあの土地に比べたら暑いだろうけどと頭を掻いた。

笑いながら彼の衣服を指差して指摘する。

 

「そんな格好をしてたら、どこでも暑いと思いますよ」

 

「いや、まあ、そうかもしれないけど」

 

彼も笑いながらそう返す。

確かにほこほこして暖かそうな衣服だ。熱を逃がさまいと保温に優れているように見える。

またふたりの会話から察するに、どうにも彼は普段から寒い土地にも関わらず氷菓を持ち歩くような人間らしい。

そんな人間ならば此処を臆面もなく「暑い」と称するのも仕方ないのかもしれない。

 

幸い今は朝方であったため、暑いようなら庭に水でも撒くかと問えば、首を傾げられてしまった。

彼には「朝夕に水を撒いて涼をとる」という感覚がないらしい。

首を傾げつつへらりと笑いながら彼は言う。

 

「それより話を聞きたいな。族長としてのハナシ」

 

ほわほわ笑いながら彼は私に目を向けた。私が首を傾げれば当人が簡単に説明する。

彼は「次期族長」らしい。

極寒の地で封印を護る一族。雪の民の長の血族。

故に彼は此処に訪れ、話を聞きにきたらしい。

風の民、森の一族をまとめる長の長男、私のもとに。

 

「君は風隠の族長だし、教えてもらえると助かるな、って」

 

そう言って彼は私に微笑んだ。

そんな顔を向けられても、困る。

私にそれを問われても、私は恐らく彼の望む答えは出せない。

ほわほわと春風のような暖かい笑顔を向ける彼…氷海騎士が、少しだけ、眩しく見えた。

 

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しかしながらそんな困惑を表情に出せるはずもなく、むしろ逆に私は眉を吊り上げ視線を氷海騎士の隣に座る狙撃名手に向けた。

こいつにはこれで十分だ。

私の視線に気付いたのか、狙撃名手はやれやれと言わんばかりに息を吐き、頭を掻きつつ声を出す。

 

「ええと、とりあえずもう少し詳しく事情を話したほうが、いいんじゃないかなと、思います」

 

ちらちらと此方を見ながら狙撃名手は言葉を紡ぐ。

言われて「それもそうか」と頬を掻き、氷海騎士も姿勢を正した。

「どう話したほうがいいかな」と悩む素振りを見せる氷海騎士に、狙撃名手が口を挟む。

 

「不審者を警戒しているわけではなくて、弟さんが勇者確定で機嫌が悪いだけなので、気を遣って言葉選ばなくても大丈、」

 

狙撃名手は言葉を最後まで発することはなかった。そりゃ顔面を扇が強襲したならば喋れないだろう。

ああそうだよ気付いたときには「私の立場がないじゃないか」と腹立たしく思ったよ。

こいつは狙撃の名手なだけあって、他人の気にしていることをピンポイントで狙い撃つのがとてつもなく上手い。

最悪だ。

以前、普段から他人の図星を撃ちまくってたら疎まれるだろう?と問い詰めたことがあったが、それに対する返答は「普段は思ってもあまり口に出さない」だった。

お前は私をナメてんのか、と引っ叩いた記憶がある。

本当に、最悪だ。

 

「いきなり殴るとか…」

 

「誰がどう見ても貴様が悪い」

 

いきなり叩いたことに対し不平を漏らした阿呆の言葉を一刀両断し、私は狙撃名手の喉元に愛用の扇を突きつける。

怯んで目を逸らした狙撃名手に冷たい視線を突き刺すと、狙撃名手は小さく唸ってからぽつりと声を漏らす。

 

「…いいじゃない、もう譲っちゃえば」

 

「良くない。この森は私のものだ」

 

狙撃名手のおざなりな言い分に、何度も何度も主張している単語が私の口から漏れる。

幼い頃から森に住む一族を束ねるため学び考え動いてきた。それをあっさり覆されてたまるか。

昔からずっと誰も彼もが弟を気にかけ、私のものを奪っていく。

巫山戯んなと叫びたくなる私の気持ちはどうすればいい。

それに、

 

「あの愚弟に森を任せられるか!」

 

貴人に法なしとは言われるが、それは元より貴人が礼儀作法を完璧に身につけているから言えること。

言葉遣いも礼節も、諸国への態度すらはちゃめちゃなあの弟が「一族の長」として表に出るなど耐えられん。

あいつは飾らないから付き合い安く、勉学そっちのけで森中を走り回っていたから木々の変化に敏感で、仲間と飛び回っていたから実戦に強く、癒しの力にも特化している。

 

そんなこと、一番近くで見ていた私が一番良く知っている。

 

「リーダー」ならあいつの方が適任だ。わかっている。

しかし「族長」となると、それだけでは駄目だ。

 

「つーか通訳が必要なレベルの語彙力しか持たないあの馬鹿弟が長になったらまとまるもんもまとまらんわ!」

 

話し合いすっ飛ばしてひとりで無言実行しやがる愚弟を疎ましく思う私を、誰が責められようか。

風隠の一族は忍びの里とも繋がりがある。懇意にしている忍びは風の一族だが、闇や影、月とも全く縁がないわけではない。

互いの面子というものもある。彼らとあの愚弟が円滑に付き合えるだろうか。否、今のままでは無理だむしろ悪化する。

だから、せめて、もう少し、

 

「…兄にとって弟って一生『弟』なんだよなー…」

 

「は?」

 

私がぐるぐると思考を回転させていると、狙撃名手がため息とともにぽつりと小さく呟いた。

当たり前のことを、いやに大層な声色で。

不機嫌を露わに聞き返せば再度ため息をつかれる。

睨みつければぷいと顔を背けられ「お客さん放置でいいの?」と話題を逸らされた。

こいつの態度も気にはなるが、確かにそうだ。

私はもう一度狙撃名手をひと睨みし、扇を納め客人に向き直った。

 

「…聞いての通りだ、私は、」

 

「あ、うん。そうだな…最初はぼくも何も知らなくて…」

 

「…うん?」

 

「小さい頃は『祠に近付くな』とまで言われてたから、役目を知ったときは驚いたなあ」

 

それで、と尚も話を続ける氷海騎士を止めるため、思わず扇を突き付けた。

扇を突き付けられたにも関わらず怯む素振りすらなく、氷海騎士はきょとんとした眼差しを向けるのみ。

今さっき行われた騒ぎを見ていれば、普通は私を見限って帰るか話題を反らすかすると思うのだが。

何故淡々と話の続きを語り出しているんだ、こいつは。

 

「え?はじめに言ったでしょう。『族長としてのハナシを聞きに来た』って」

 

にこりと笑って氷海騎士は突き付けられた私の扇に軽く手を当てすいとズラす。

そのまま私に顔を近付け、笑顔を崩さず囁いた。

 

「…ここではどうかは知らないけれど、ぼくの住む地ではしっかり気を保たなくては生きていけない。

意思脆弱な輩は死ぬだけだ。その場の勢いだけで動き、周りに迷惑ばかりかける自分勝手な輩は特に。

まあそういう輩は生きる価値などないのかもしれない。だから自然に淘汰されるのかも。

…だからぼくはぼくを曲げない。仲間を護るために、すべきことのために。

ぼくらが『あそこで生き抜くため』に、ぼくは『きみのハナシ』を聞きに来た。んだよ」

 

私の目をしっかりと見据え、淡々と語った氷海騎士は笑顔を絶やさない。

その笑顔の奥底に、彼の名前と同じ優しい冷たさが見えた気がした。

触れればすぐに無くなる、しかし確実に冷気を残す、優しい冷たさ。

彼は理由もなく話を続けたわけでも、単にマイペースなわけでもないようだ。

流石は次期族長か。既にそれなりの覚悟と心構えは根付いている、ように感じる。

そう思った私は氷海騎士の目を見据え、ひとつ問う。

 

「理由は?」

 

「ただでさえ海賊に迷惑かけられているんだ。ぼくがしっかりしないとぼくらは巻き込まれて沈む」

 

氷海騎士は初めて笑顔を崩し、真剣な表情を私に向けた。

彼の表情を見て、私は軽く己の頭を掻く。彼はどうも第一印象で抱いた、単なる田舎育ちの純粋培養された人間ではないらしい。

自分に足らないものを把握しており、必要なものを理解している。それ故に、彼はわざわざ私の所に訪れた。

 

「…わかった。入れ」

 

貴様の役に立つかはわからんが、と声には出さず私は自宅の中を指差す。

長くなりそうだ、立ち話もなんだろう。

「ありがとう」と笑顔を戻した氷海騎士は私に礼を言い、目の端に写った黄色いリボンを掴んだ。

ビンっと引っ張られた音が響き、黄色いリボンの先にあるモノは「ぐげ」と詰まった声を漏らす。

こっそり帰ろうとしていたのだろう。いつの間にか私たちに背を向けひらひらとした黄色いリボンを晒していた狙撃名手は、首元を引っ張りつつ氷海騎士に顔だけ向けて眉を下げつつ訴えた。

 

「…ボク案内頼まれただけですからもう帰っていいですよね?」

 

「初対面の人同士で放置って酷くない?」

 

にこりと優しく微笑んで氷海騎士はリボンを掴んだ手に力を入れた。

苦しいから引っ張らないでと狙撃名手は訴えたが、氷海騎士は微笑むだけで動かない。

 

「ああそうだな、私もお前には話がある」

 

そう呟いて、私は氷海騎士とは反対側のもう一本ヒラヒラしている狙撃名手のリボンを引っ掴んだ。

私が掴むとは思っていなかったのか氷海騎士は多少驚いたような顔を見せたが、すぐに私に笑顔を向けた。

私と氷海騎士は目配せし、同時に同じ方向へと力を入れる。

2対1では分が悪く、後ろに引っ張られたからか抵抗も出来ず、狙撃名手はコテンと倒れ小さく悲鳴を上げた。

構わず私たちは狙撃名手を引きずり家の中へと向かう。

 

「待っ、首、締、っ…死ぬこれ本当に死ぬ真面目に死ぬ!」

 

誰が助けてと雑音が聞こえるような気がしたが気にしないことにした。

こいつがそこまでヤワじゃないことは知っている。

入り口から庭を通り室内に行くまでの短い時間ならば、多少苦しくともこいつは普通に耐えられるだろう。

掴んでくれと主張しているような飾りを付けている方が悪い。

 

ああそういえば不思議だな、こいつの衣服は掴みやすい装飾がなされている。

森の中で暮らす狩人らしからぬ、ひらひらとした目立つ色のリボンを背中に流し、こいつは日々を過ごしていた。あんなにヒラヒラしていれば矢筒に引っかかるだろうに。

まるで己を引き戻してくれる「誰か」を待っているような、不思議な服飾り。

昔は身に付けていなかったと聞いたが、どんな心境の変化だろうな。

 

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「ひどい…」

 

涙目になりゴホゴホとむせながら、狙撃名手は私たちに恨みがましい目を向けた。

そんな恨み言を無視して、私は急須から茶を注ぐ。

前もって言ってくれればもてなす準備をしておいたのだが。朝イチで突然来られても困る。

 

「お構いなくー」

 

ふたり分の湯呑みを差し出せば氷海騎士はへらりと笑い、狙撃名手は迷わず茶を喉に流し込んだ。

多少なりとも遠慮しろという意味合いの目線を送れば、「人の首絞める人相手に遠慮する気はない」と睨み返された。

私は狙撃名手の視線を弾くように顔を逸らし、疑問を投げかける。

 

「ふたりとも出身は同じ大陸だとはいえ、接点はないだろう?」

 

「…前にスノードロップ貰った」

 

まだ引っ張られたことを根に持っているのかとても不機嫌そうな声色で狙撃名手は答え、懐から小さな氷の欠片を取り出した。

いまだに怒っているとは心の狭い奴だなと己を棚に上げつつ、私は自分の顎に手を当てる。

そういえばそんな話を聞いたような覚えがある。

それから顔見知りとなり、会えばシチューをご馳走してくれるらしい。餌付けされてないか。

 

「ぼくはぼくで精一杯だから、外の話をしてくれるのは楽しいし」

 

そのお礼も兼ねている、と氷海騎士は笑う。

どうにも狙撃名手はふらっと出掛けてはその地の人間と縁を作る。今回はたまたま氷海騎士だったようだが、なんだこいつは族長ホイホイか。

冷めた目を向ければ狙撃名手はきょとんと首を傾げた。

無自覚で近寄っているのか、把握して近寄っているのかは不明だが、どうにもこいつはなにか目的があって動いている気がする。

 

「…まあいい。それで、なんだ、…『知らなかった』だと?」

 

「ん?ああぼくか。うん、ええとね…」

 

茶と同時に差し出した茶菓子を口に運んでいた氷海騎士は、急に話を振られ多少慌てながらも先ほどの話の続きを語り出した。

それは、雪と氷に囲まれた、白い世界の物語だった。

 

 

 

小さな集落で寄り添うように暮らしている雪の民、必然的に同年代の子どもたちは群れ少人数ながらもコミュニティを形成していた。

産まれたときから雪と氷に触れているとはいえ、幼い身で遠出は許されず家の近くで遊ぶのみ。

特に「氷の祠」には絶対に近寄るなと厳しく言われていた。

 

「ぼくの住む土地は吹雪けば地形そのものが変わっちゃうからね。子どもが遠出なんかしたら死んじゃうよ」

 

「ああ、前後左右上下すら真っ白になりますよねあそこ」

 

今は急に天気が変わっても対応出来るからまだマシだけど、と氷海騎士は苦笑する。

対応は出来るものの吹雪が危険であることに変わりはない。判断が遅れればすぐさま死に至る。

 

「…何故そんな場所に住んでいるんだ」

 

不意に私の口から疑問が漏れた。

厳しいなんてものじゃない、常に死と隣り合わせの土地で生活し続ける意味はあるのだろうか。

私の疑問を聞いて氷海騎士は首を傾げた。小さく「考えたことなかった」と呟き、さらに首を捻る。

 

「でも、離れようとは思わない、な。使命があるとかないとか関係なくて、…なんというか」

 

上手く言えないけれどと口元に手を当て氷海騎士は視線を泳がせた。

感覚を説明出来ず唸っている氷海騎士に助け船出すように、狙撃名手が口を開く。

 

「…ボク、割といろんなとこに行っていろんな人に会うんですが、みんな同じような感じですよ。

砂漠にも行ったことがあるんですが、あそこにもちゃんと人が暮らしていて集落がある。

辛くないかと問えば『辛くないと言えば嘘になるが、それにも増してココが好きなんだ』と豪快に笑顔で宣言されましたよ。

『捕まってたときでもこの大陸から逃げ出したいとは微塵も思わなかったな、自分の故郷を取り戻すんだ、って気持ちの方が上だった』だそうで」

 

狙撃名手は語り終わると己の頭を掻き、「自分も『帰る場所』はあの森だし」と呟いた。

「第三者から見れば厳しい土地だけど当人にとっては生まれ育った故郷。なら、理由なく帰りたいと思うし離れようとは思わないんじゃないかな」と小首を傾げる。

狙撃名手の言に氷海騎士も「そんな感じ」と笑顔を見せた。

海賊に荒らされようと魔皇に荒らされようと海王に荒らされようと「自分たちの故郷を盗られてたまるか」という気持ちの方が強いと語る。

 

それはそう、なのだろう。

それは私もなんとなくわかる。

 

ただ

例え厳しい土地であろうと必ず人が居るのならば

この世に人が暮らせない土地などないのではないだろうか

 

そう思う。

故にこの世は人が支配し、人が跋扈する世界となる。

それが気にくわない生き物も出てくるのはないだろうか。

ならばきっとそれはとても、面倒臭いことになるだろうな。

 

ふうと私は息を吐き、話の腰を折ってしまったことを謝罪する。

謝罪ぃ?と狙撃名手が呆れたような声を発したが私は何も間違ったことはしていない。

 

「それを謝罪と言うのなら、世の中の人はみんな謝りながら生きてる」

 

ごく全うな正論が聞こえたが、返事の代わりにそっぽを向いておく。

そんな私を見て氷海騎士は「ふむ」となにやら得心したように頷いていた。

慌てて狙撃名手は氷海騎士の肩を掴み、ふるふる首を振りながら訴える。

 

「………。あれは、学ばなくて、いいです」

 

「え?族長っぽくない?」

 

「やめて」

 

これ以上面倒臭いのが増えてたまるかと狙撃名手は先ほどよりも強く首を左右にブンブン振った。

軽く馬鹿にされた気がしないでもない。

 

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「ああそうだ、話の続き。…小さい頃は遠くに行っちゃ駄目だよーと言われてたけど、駄目って言われると、ほら、子どもって行きたくなるじゃない?」

 

「ああそうだな行くな、駄目だと言うと必ず行くんだあの馬鹿は」

 

氷海騎士の言葉で思い出された幼い愚弟は危ないから行くなと注意した場所に必ず行って怪我をして帰ってきた。

毎度毎度理不尽に思うが、弟のヤンチャが兄の責任になるのは何故だろうな。

私はちゃんと注意したのに。注意したのを無視して怪我したのは弟なのに。

私が叱られていたのは何故だろうな。

 

一瞬で不機嫌になる私に狙撃名手は呆れ、氷海騎士はきょとんとした表情を見せる。

先に進めろと手振りで示せば少し戸惑いながらも氷海騎士は話を続けた。

 

「えっと…まあ、小さい頃ちょっと遠出しちゃって。そこで雪男に会ったんだ」

 

氷の祠には行っちゃいけないって言われたけれど、近くで眺めるくらいなら。

そう気楽に考えてポテポテと雪原を歩いていたら、白くてモフモフしたものとエンカウントしたらしい。

あのときは本気でビビって叫んだと氷海騎士は照れ臭そうに笑う。

 

「それで、倒しちゃったんだよね。雪男」

 

「子ども時代の話、ですよね?」

 

驚いて聞き返した狙撃名手の反応も無理のないことだろう。

年端もいかない子どもが得体の知れない生物を倒したと、そう氷海騎士は言った。これで驚かない奴は感覚が狂っている。

私たちに驚かれ、慌てて氷海騎士は手をぶんぶんと動かし事情を語り出す。

 

「倒した、っていっても雪男の方は本調子じゃなかったから」

 

打ちのめした後にも雪男はフラフラと雪穴の方へと必死に身体を這わせたらしい。

出会い頭に攻撃され対抗したものの、闘っている合間も様子がおかしく倒した後も様子がおかしい。

不思議に思い後をつければ、先ほど倒した大きな雪男のそばに小さな雪男が寄り添っていた。

なるほど父子かと気付き、いきなり攻撃してきたのも我が子を守るためだったのだろうと理解した。

『ごめん、ごめんね。知らなかった』

雪男たちから見れば、自分は子育て中に急にテリトリーに入ってきた「危ないもの」だ。なんせ自分は武装していたのだから、雪男が襲ってくるのも無理はない。

その父子の生活を自分は壊してしまった。

 

「…だから、こっそり、面倒みた」

 

「へ?」

 

「いや『雪男の子ども拾ったからウチで世話していい?』なんて父さんに言えないし…。毎日通って一緒に狩りしたりいろいろ教えたり遊んだり遊んだり…」

 

さながら親に内緒で拾った動物を隠れて世話するように、毎日毎日面倒をみたらしい。

人に慣れすぎて集落に近寄ってきてしまえば狩られてしまうかもしれない。

そう思いなるべく人には近寄らないように教え、自分たちの狩場とは少し離れた場所を教え、獲物も生きているのだから狩りすぎないようにと教え…。

とはいえ子どもの身からすれば、白くモフモフした巨大な生物は魅力的だったらしい。大半は雪まみれになりながら遊んでいたようだ。

 

「そのときの雪男も大人になったけど、今でもたまに雪まみれになりながら遊ぶんだ」

 

氷海騎士は楽しそうに語る。「彼」は大きくなってモフモフ増量したから暖かいんだと頬に手を当てニコニコ笑った。

世間一般では珍獣とされている雪男を「彼」と言う。氷海騎士のなかではその雪男も友達なのだろう。

氷海騎士の話を聞いて、私は表情を隠すように扇を口元にかざす。

たしか、昔、雪男の毛を使って作られた衣服だか布団だかを、売りに来た輩がいたような記憶があるのだが。

覚えている限りではその品は値段がべらぼうに高かった。恐らく「雪男の毛を使った品」は高級品。

そりゃそうだろう、珍しい生き物から採れる希少な品だ。安いはずがない。

その上雪男がいるのは氷海騎士の住まう地域のみ。つまり、雪男の毛を使用した品を卸したのは雪の民の可能性が高い。

氷海騎士の話を聞く限り、雪の民は一族のコミュニティが狭い。雪男を商品にしているならば族長が知らないはずはない。

というかむしろ取締役は族長だろう。雪男を商品として雪の民たちが他の大陸と交易しているのではないだろうか。

 

「…これは。さて、どうするか」

 

私は小さく小さく声を漏らす。流石の私も「お前の友達最高級品だよ!」と高らかに宣言するほど鬼ではない。

教えないという手もあるが、親にも雪男と交流があることを隠しているのならば、族長を引き継いだ際知るだろう。

そしてそれは、氷海騎士が壊れる引き金になりかねない。

民を守るか族長としての面子を保つか、友人を護って民や他大陸との関係を悪化させるか板挟み。

 

「…時期をみて、それとなく動くか」

 

どうであれ首を突っ込むならば私が悪役になるだろうが、構わん、もう慣れた。

私が壊れようと代わりがいるから問題ないが、氷海騎士に代わりはいない。一族を滅ぼす気がないのならば早めに手を打つほうが良い。

私はふうと息を吐き、口元を隠していた扇をパチンと鳴らした。どうにもいろいろ面倒そうだ。

 

「…どうかした?」

 

扇の音に反応し、狙撃名手がこちらに顔を向けた。

この件でこいつに首を突っ込まれるのも面倒臭い。私はついと話題を反らす。

 

「…いやなに。どうにも弟と行動が似通ってて腹立つ」

 

実際あの馬鹿弟も小鳥やら小動物やらを森で拾っては隠れて世話をしていた。私にバレて慌てはするが元の場所に返してこいと言っても聞かず、結局私が世話をする羽目になる。

氷海騎士の話を聞くと、所々で弟と被り平常心を保てないのだがどうしたらいいだろうか。

 

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脱線しちゃったね、と氷海騎士は苦笑しながら頭を掻いた。サクサク話すよと考え考え言葉を紡ぐ。

子ども時代に終わりを告げて人並みに体つきもガッシリしてきた頃、父親に呼び出され「一族の使命」を教えられたらしい。

 

「なんせ土地の一部を沈めたやつが相手だったから、ぼくがきちんと理解出来るようになるまで黙っていたみたい」

 

先代は後継ぎが心身ともに成長するまで待っていたようだ。

他には恐らく、使命などに縛られずのびのび育って欲しいという親心もあったのだろう。

少しばかり、羨ましく思う。

 

子どもの頃から妙な雰囲気を感じてはいたけれど、まさか自分の家系が封印を守護してたなんて思わなかったと氷海騎士は頬を掻いた。

父親は必ずしも後を継げと言ったわけではないらしいのだが、本人が幼なじみや友人に囲まれのびのび育ったせいか地元愛と正義感が強い。

彼は迷わず、一族の使命を継ぐことを選んだのだろう。

 

「友達も協力するって言ってくれてね、頑張ろうって思った」

 

さて継ぐなら継ぐで何からすべきかと考え、まずは地域の見回りを始めたらしい。もちろん仲間たちも快く手伝ってくれた。

氷の祠へ近付くことも許され、意気揚々と見回りに行けば雰囲気がおかしい。

疑問に思い相談すれば海の近くを観察していた仲間から「海賊たちも様子がおかしい」と報告された。

どうやら海賊たちは普段よりも浮かれてはしゃいで大暴れしていたらしい。

 

「なんか、海賊の親玉が魔皇の手下の人魚を無理矢理攫って孕ませた?だかでお祭りムードだった」

 

「あー…ちょっと違う、かな?」

 

氷海騎士の話に狙撃名手が口を挟む。

氷海騎士が首を傾げれば、狙撃名手は思い出しながら言葉を並べた。

 

「確か、人魚が海賊に恋して魔皇のとこから逃げ出して、お互い両想いだったから円満に子ども作ってるはず、ですよ」

 

「…詳しいな」

 

私が問えば狙撃名手は「一応その海賊の息子本人とトモダチ」と小首を傾げる。

当時赤ん坊だったし本人が直接見たわけじゃなくて、世話してくれた海賊団の人たちから聞いた話だから本当かどうかは知らないけれどと頭を掻いた。

まあ確かに親玉の実の息子に「お前はお前の親父が腹いせに敵の人魚攫って孕ませた子」とは言わんだろう。

 

「事実」は私たちではわからない。

 

海賊たちがその子を邪険にしていないのならば狙撃名手の話が事実かもしれないが、魔皇側に話を聞いたらまた違った「事実」が語られるかもしれないな、と私は頬に手を当て息を吐く。

被害者側と加害者側で話が食い違うのはよくあることだ。

 

「え?あれ円満だったんだ。息子がかなり鬱入ってるって聞いたから、自分の生い立ちを知って絶望したのかと思ってた」

 

「…ああうん…うん…。それは、仕方ない、ですね…」

 

困ったように額に手を当て項垂れる狙撃名手を見て、トモダチにここまでの反応させるとは、その海賊の息子はどんだけ鬱ってんだと呆れつつ私は氷海騎士に話の続きを促した。

どこまで話したっけと氷海騎士が一瞬固まり、慌てながら言葉を探す。

 

「ええええっと…、海賊に手下を盗られて魔皇側の手が足りなくなって?ならば元々この土地にいた海王を仲間にしてやろうと企んだらしくて?封印を壊したあたりまで話したっけ?」

 

「初耳だがちょっと待てあっさり封印壊されてるぞ」

 

「…てへ☆」

 

聞き捨てならない単語を拾って突っ込んだら、なんか可愛らしく誤魔化された。

イラッとした感情を隠す気も失せ、私はパァンと小気味良い音を響かせて扇を手の平に打ち付ける。

大きな音を苦手とする生物は多い。例に漏れず氷海騎士もビクッと身体を震わせあわあわと言い訳を始めた。

曰く、海賊たちが大騒ぎしていたからそちらの原因追求に徹してたら、その間に魔皇に封印を壊されたらしい。

粗方自体を把握して、仲間とともに魔皇の元へ駆けたが間に合わず、海王は解放されてしまったようだ。

コミュニティが狭いのが仇になったな。しかし全戦力を海賊に寄せなくとも良かっただろうに。

 

「…だって、ぼくの仲間は寡黙な手甲戦士に、気がつくといない俊足スケーターに、クールすぎるペンギンだもの…」

 

戦力分散できると思う?と眉を下げながら氷海騎士は訴える。

仲間キャラ濃いな。そして全員、リーダーに向かないな。

納得したようにため息をついた私に、氷海騎士は「でもみんないい人たちなんだよ」と自慢げに満面の笑みを浮かべた。

 

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先ほどの話題から始まった氷海騎士の仲間自慢というか友達語りを若干聞き流しつつ、私は今まで聞いた事柄を脳内でまとめる。

魔皇の目的は全てを氷漬けにし雪と氷の世界を作ること。海王の目的は全てを沈め終幕させること。

魔皇が海王を目覚めさせたと聞いたが、両者の目的は相反している。全てを氷漬けにするのと全て沈めるのとでは間逆だろう。

そのことを氷海騎士に問うと、現状ふたつの勢力は敵対しているらしい。

魔皇側としたら「目覚めさせてやったのだから言うことを聞くだろうつーか聞け」という感覚だったのかもしれないが、反抗されそのまま敵対とは多少思慮が足らないようにも感じる。

考えが浅いというか、自己中すぎるというか。

まあそういう性格だから魔皇なんかやってるのかもしれんが。

 

「ぼくも妙に思ったよ。確かあの魔皇は洗脳能力を持ってる。それを使わないなんてって」

 

「海王には効かなかったか、完全に忘れていたかのどっちかだろうな」

 

後者だったら馬鹿すぎるが。

もしくは洗脳することで魔皇に不利益をもたらすから行わなかった、か。

私がぽつりと呟けば、氷海騎士はポンと手を鳴らす。

 

「多分それかな。あの魔皇が洗脳すると氷特化になるから…」

 

「…必要だったのは『土地を海に沈める能力』か」

 

「え?大陸を海に沈めるとなんか利点あるの?」

 

狙撃名手が疑問を投げてきた。私は推測に過ぎないことを前置きしてから説明する。

とても単純なことだ。

大陸を全て沈めて海だけの地帯を作り、そこを凍らせ「氷だけで出来た大陸」を新たに生み出す。

元々いた生き物も沈め氷漬けにし、目的通りの「雪と氷だけの自分の理想の世界」を創り上げようとした、それだけのこと。

 

「無茶な」

 

「たしかに無茶だが、全て沈めてしまえば反抗する生物もいなくなる。沈めた奴らが深海で生き延びようと、上から分厚い氷で覆ってしまえば復帰出来ない」

 

ならば海王と敵対し放置したのも頷ける。ベストは自分の手下にすることだろうが、敵対しても魔皇の目的遂行においてなんら支障はない。

放っておいても勝手に土地を沈めてくれるのだから。

 

「そうなんだよね…。おまけに彼女は海王と敵対しているのにも関わらず、海王を覚醒させようとしていたから何か理由があるはずだって思って」

 

叩きに行ったがこれも後手に回り、海王は覚醒してしまった。

氷海騎士は今回の件で全てにおいて後手後手に回ってしまっている。

最大の原因は海賊たち。

海王覚醒にゴタゴタの直前にも、家出ヴァイキングが帰宅し騒ぎを起こしていた。

そちらの調査に気を取られ、初動が遅れている。はじめに「海賊たちに巻き込まれて沈む」と言ったのには理由があったようだ。

 

氷海騎士が海賊側と協力関係にない以上、雪の民は魔皇勢力・海王勢力・海賊勢力の3つに対応しなくてはならない。

また、先ほどの海賊と人魚の噂があるならば海賊勢力と魔皇勢力に接点があり動くかもしれないと、海賊勢力を注視してもおかしくない。

 

そこまで考え私は重い息を吐き出した。雪の民勢力の立ち位置が悪すぎる。

3つの敵に囲まれ、うち2つが土地そのものに対して攻撃を仕掛けている。頭を叩く以外に防ぎようがない。

結構どころかほぼ詰んでるな、と私はまた重いため息を漏らした。

 

「…ああ、だからお前は此処に来たのか」

 

私はぽつりと氷海騎士に投げかける。少しばかり辛そうに氷海騎士は「そう」息を吐いた。

全てにおいて後手に回り、状況は悪化する一方。

そのため彼は自信を無くし助言を求めに来たようだ。

自信を無くしても腐らず、改善しようとする心意気は評価する。

しかし、私と氷海騎士は状況がかなり違う。役に立つとは思えん。

どうしたものかと頭を掻けば、氷海騎士はダンっと畳を叩いた。音に驚き狙撃名手がビクッと派手に反応する。

 

「何でぼくの代で騒ぎが起こるのさ!」

 

やだもう疲れた、と涙声で嘆く。

 

「魔皇だか邪帝だかが世界を氷漬けにしようとしてる?海王が沈めようとしてて巫女も加担してる?海賊は頻繁に騒いで、最近はユーレイが出て白々しい遺言を遺した?知らないよもう!」

 

次から次へと何かしら起こり、新米族長はキャパオーバーしているらしい。

あちらこちらを走り回り、必要とあらば対峙して、四方八方に気を張って。

さらには「封印を護れなかった」という事実が追い打ちをかけた。

こちらが疲弊していても、周囲の敵は休んじゃくれない。タイムリミットは刻一刻と迫る。

これは確かに新米には荷が重い。

 

ぐすぐすと愚図りはじめた氷海騎士は「雪男モフりたい」と呟き畳の上に突っ伏した。

沈む沈ませないの話なのに、ぼくの超EX技は沈没した船の名前だよ縁起悪いってレベルじゃないよと尚も嘆く。

私が小首を傾げれば、狙撃名手が「沈没したときは名前変わってるでしょう?」と説得した。どうやら「ステラポラリス」という船があり、その船は名前を変えたのち沈没したらしい。

元々は北極星の意味を持つ名前であるから船に名付けるのはおかしなことではないのだが、まさか沈没していたとは。

ナイーブになっている状態ならば縁起が悪いと嘆きたくもなるだろう。

 

どうにもいろいろと溜め込み過ぎているようだ。

全く、と私は氷海騎士ににじり寄り、彼の頭を扇で軽く叩く。

叩かれた氷海騎士は頭を上げて、私の方をきょとんと見上げた。

 

「出来ないことはしなくて良い」

 

「…?」

 

「魔皇だか邪帝だか海王だか新海帝だか海賊だか幽霊だか、それら全てお前がやらねばならないことなのか?」

 

私の問いに氷海騎士は疑問符を飛ばす。

「だってぼくは族長だから、」と口ずさんだ氷海騎士を再度扇で引っ叩いた。今度は先ほどよりも少し強めに。

更に疑問符を飛ばしながら涙目で叩かれた頭を抑える氷海騎士に

 

「族長ならば最優先に考えるのは民のことだろう。あれもそれもと抱え込めば民にまで手が回らないと思うが?

ああ、結果的に民を守ることに繋がるから、は言い訳にもならん。今現在蔑ろにしているならば意味がない。

民を守りたいならば、自分の力で出来ることだけに心血を注げ。他は他の奴らに丸投げしろ。

それともなにか、貴様は自分んとこの仲間や民は信用出来ないか?」

 

ひと息でガッと説教かませば、氷海騎士は狼狽えたように眉を下げる。

しょぼんと顔を伏せ、ボソッと呟き目を拭う。

 

「…丸投げは、したくないよ。大変なの知ってるから、苦労させたくない」

 

「…ならば、お前も同行しろ。一緒に動け。責務を分散させるだけでも負担は減る」

 

助言をしても氷海騎士は顔を上げない。

どうしたものかと視線を迷わせれば、静かだった狙撃名手がぽつりと呟いた。

「…まあ確かに頼られたほうが嬉しいな…」と。

大変そうなのは見ててわかるのだから手伝いたいなと思うのだけれど、と寂しそうな表情を浮かべる。

 

「大丈夫?って聞くと笑いながら大丈夫って返されるんだ、無理してるのは見ればわかるのに」

 

友達の困りごとを手伝えるなら、それで負担が減るのならば、喜んで手を貸すのに。

だって、

 

「友達には、ちゃんと心の底から笑っていて欲しいでしょう?」

 

そう言って、狙撃名手は柔らかく笑った。

ああそうだな聡い人間にならば、仲の良い人間にならば、無理して笑っているのは気付かれるだろう。

今の狙撃名手のように。

 

-7ページ-

 

全くもうどいつもこいつも面倒臭い。

私は盛大にため息を吐きながら扇を手の中で鳴らす。

 

「あのな、トップには複数いる。

例えば南の王国の女王は尊敬されるトップ。故に騎士たちは後ろに控える。

北の水の国の皇子は慕われるトップ。故に彼を先頭に全てが動く。

癪だが、私の弟は愛されるトップ。故に仲間はあいつを守りフォローする。

お前はそれのどれでもない」

 

私は氷海騎士と今日が初対面だが、だいたい把握した。

氷海騎士は仲間とともにあるトップだ。

控えさせるわけじゃない先頭に立つわけじゃない守られるわけじゃない。仲間と肩を並べてともに動ける人間。

上に立つ者として、この気質はかなり珍しい部類だ。

大抵の人間は権力を得るか他人より優位だと感じた時点で態度が変わる。そういう輩はそこはかとなく見下す言動が増えるのだが、氷海騎士にはそれがない。

プレッシャーをかけることなく仲間とともに闘える。ともに動けば両者の力を限界以上に引き出せる。前線に立つだけではなく補佐にも回れる。

育ち切れば恐らくこれ以上ない族長となるだろう。

見立ては間違っていないと思う。

 

従来通りに後を継ぎゆっくりと成長出来たならば、今回のような騒動が起こってもあまり大事になかっただろう。

氷海騎士が無能だとか族長に向いていないとか、そういった次元の話ではない。

今回全て後手に回ってしまったのは、経験が足らないまま大量の騒ぎが起こったため、処理が追い付かなかっただけだ。

 

「貴様は単に経験不足ってだけだ。助言しろだ?ヒヨッコにする助言なんか持ち合わせておらん」

 

「え、あ」

 

「欲しけりゃ仲間とともに経験積んでからまた来い。ヒヨッコがひとりで全部処理しきれると思うな」

 

貴様はまだ仲間に頼っていい時期だ、と突き放し私はそっぽを向いた。なんかもう面倒臭い。

つんと顔を背けた私を見てオロオロ戸惑いながら氷海騎士は「愚痴ったから怒らせた」と斜め上の判断を下したらしい。

謝ろうとしたのだろう、氷海騎士は口を開いたがそれは突然ぴたりと止まった。

 

「…?」

 

「えーっと…」

 

狙撃名手が氷海騎士の服を引っ張っていた。オロオロしながら氷海騎士は狙撃名手に顔を向ける。

狙撃名手はやれやれといった風情で頭を掻いて、氷海騎士の帽子に付いた耳当てを軽く持ち上げた。

そのまま口を寄せ、ポソポソと耳打ちする。

はじめは不可解な表情をしていた氷海騎士だったが、狙撃名手の言を聞き驚いたように目を見開いた。

目をぱちくりさせながら私の方に視線を送ってくる。

構わず無視し続けていると氷海騎士の表情が解け、少し呆れたように笑い始めた。

 

「そっか、うん、ありがとう。そうだね、そうしてみる」

 

氷海騎士は私の方を見て柔らかく笑う。

やることがわかったしそろそろ帰るよ、と氷海騎士が苦笑しながら言ったので私は立ち上がり紙袋を取ってくる。

氷海騎士に差し出せばきょとんと顔を呆けられたので「土産だ」とひとこと添えた。

氷海騎士は目を丸くしながら紙袋を受け取り紙袋と私を交互に眺め、ついにはクスクス笑い始めた。

 

「きみ面白いね。…また遊びに来ていいかな?」

 

「……。次は手土産でも持ってこい」

 

私がそう返すと氷海騎士は更に笑い、了解ー、と楽しそうに手をヒラヒラ動かした。

いつか翻訳できるようになるか素直に喋ってもらえようにしてみせるよ、と彼は私の額を指で弾く。

私はそれに返答せず、弾かれた額に手を当てながら横を向いた。

 

「あはは、じゃあまたねー」

 

それすら笑い氷海騎士はぽふと一歩外へ向かう。

ぶんぶん手を振りながら去っていく氷海騎士を見えなくなるまで見送った。

 

あれだけ「笑える」ならば彼はきっともう大丈夫だろう。

だって朝此処に来たときのような作った笑顔ではないのだから。

 

ふん、私のことをケラケラ笑ったが、次はお前が笑われる番だ。

仲間に助力を乞い盛大に笑われるがいい。

「今更畏まって言うことか」と。

 

END

 

-8ページ-

 

 

 

氷海騎士が去ってから、帰ろうとした狙撃名手を引っ掴み私は彼を問い詰める。

 

「なんであんなの連れてきた」

 

「今回は連れてきたわけじゃないよ。案内してくれと言われただけ」

 

限界に限りなく近かったっぽいから息抜きに、と狙撃名手はケラリと笑った。

ムカつく笑顔を見せた阿呆を軽く引っ叩き私はため息を吐いた。

次から次へと面倒な案件持って来やがって。

やること増えたぞどうしてくれる。

 

「がーんばれー」

 

クッソ適当に応援されたムカつく。

不機嫌を露骨に顔に出したつもりだったが、狙撃名手は気にする素振りを見せない。

それどころか「そういえば」と狙手をポンと鳴らし私に笑いかけてきた。

 

「今度沼地行くから予定空けといてよ」

 

「珍しいな、強制か」

 

大抵は「行かない?」と誘うような言い方をするのだが。

突っ込めば狙撃名手は目線を泳がせながら、指をもじもじさせる。

おかしな反応に若干引いたら、言い淀みながら理由を語り出した。

 

「…天使が大量発生してるらしいんだ」

 

「で?」

 

「………」

 

更に突っ込めば目を彷徨わせながら唸りはじめた。

軽く涙目になりながら顔を赤くし、しばらく呻き声を漏らしていたが決意したように私の袖を引き懇願する。

 

「こわいのでいっしょにいってください…」

 

「なんでそこまで苦手意識持ってるのにわざわざ行くんだ…」

 

私が呆れた声を出せば「新たなアイテムを求めて」と割とどうしようもない理由が聞こえてきた。

阿呆かこいつは。

 

「だって!あそこは元々ダイヤとかパールとか落ちてたんだよ!?」

 

冷めた目をした私に向けて、狙撃名手は必死に叫んだ。

そんな狙撃名手の言葉を聞いて、一瞬反応した自分を殴りたい。

資金の足しになるかもしれないと一瞬計算した自分を吹き飛ばしたい。

 

「……。別に天使全員が全員容赦ないわけではないだろう?」

 

「今回は噂だと『沼地を浄化するつもりが勢い余って砂漠化させた』レベルの天使がいます」

 

「本気でヤバい奴じゃないかそれ」

 

関わりたくないというか関わっちゃいけない奴だろ。

本当に勢い余ってなのか故意的じゃないのか。

噂だからと狙撃名手は言うが天使ならやりかねん。

 

「実際どうなのかは、行ってみないとわからないけど」

 

ぼんやりとした声で狙撃名手が呟いた。

私は何度目かのため息をついて、同行することを了承する。

「よかった…」と狙撃名手はへろりと私にもたれかかった。断られたらあっちで行き倒れになったかもしれないと冗談を抜かす。

私は重いから退けと阿呆を引き離した。出掛けるまでにやることをやっておかなくてはならない。

 

ああ、忙しくなりそうだ。

 

そう呟いて、私は家の中へ戻る。「暇なら手伝え」と声をかけながら。

お前みたいのでもいないよりはマシだ。

 

 

end

 

-9ページ-

どうせアイテム回収などただの口実だろう。

回収をするためには必然的に土地全てを回る。

こいつはただ単にその地全てを回りたいだけだ。

 

 

何故世界のあちこちに行くのかと問うたことがある。「暇だから」と誤魔化された。

納得できず再度問うたら「未来の向こうへ行くため」と答えが返ってきた。

意味がわからないと再々度問うたら「わからないから全てを知ってから終わりたい 」と言われた。

 

「ボクは自力で帰ってこれるほど強くないから」

 

そう笑顔を作られた。

 

 

恐らくこいつは私と同じだろう。

いつか必ず己が終わることを受け入れている。

己が全うな結末を迎えないであろうことを受け入れている。

過去の自分を振り返り、今の自分を振り返り、覚悟を決めた。

 

だってこの世界は理不尽に満ち溢れた世界なのだから。

救われるべきではない生き物が救済され、救われるべき生き物が無視される世界なのだから。

 

だから己が終わるまで、力尽きるまでやりたいことをやるつもりだ。

知りたいことを知ろうと、世界の中核に近付こうと。

だからこいつは私に絡んでくるのだろう。

私が族長の座に就いた理由?散々口にしているだろう?

まあもうひとつ理由があるけどな。

族長ならば大量の情報を得ることができる。普通に生きていれば得られない情報を。

私はそれが欲しかった。

そしてこいつも、それを欲している。

 

 

絡んでくるならくるで構わない。

しかしならば叶うなら。

一度でいいからこいつの作っていない笑顔を見てみたいものだ。

 

説明
風隠の族長視点。氷海騎士の話。独自解釈・独自世界観。捏造耐性ある人向け
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オレカバトル

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