秋雨薫る恋模様
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寮を出ると、真っ青な空が広がっていた。

 

肌をなでる風は乾いていて、急に秋を実感する。日中はまだまだ暑いけれど、朝晩は涼しくなりセミの声もいつしか聞こえなくなった。

 

見上げた空は高く、ちぎれた雲が散らばっていた。太陽がまぶしい。

 

 

真響は寝る前に見たというネットの情報について、泉水子に面白おかしく聞かせた。泉水子は笑いながらも、真響のこうしたところを尊敬してしまう。

 

彼女は『よく学びよく遊べ』の典型だ。ガリ勉ではないのに成績はいつもトップクラス。アンテナが広く情報収集に敏感で。知的好奇心あふれる真響は、周囲で話題になっていることで知らないことはないだろう。

 

(こういうのも才能というのかな。・・・深行くんも)

 

真響とよく似ていると思う。恋人を思い浮かべていると、女子寮と男子寮の分岐に着いた。数メートル前に今まさに考えていた深行の背中があり、視界に入っただけで胸が高鳴った。

 

夏休みが終わり、玉倉山で過ごした日々を思うと、どうしたって寂しさを感じるものだった。けれども泉水子は、深行の制服姿も好きなのだ。

 

後ろからブルーのシャツを見つめていると、ふいに深行は振り返った。思わずドキッとして、カバンを持つ手に力が入る。

 

深行は立ち止まり、泉水子たちが追いつくのを待った。それが嬉しくて、泉水子ははにかんだ。

 

「おはよう、相楽くん」

 

「なによ。毎日一緒に帰っているくせに、朝も一緒にいたいの?」

 

からかい混じりの真響の言葉に、泉水子は顔を赤らめ、深行は渋い表情をした。

 

「そうじゃない。鈴原に言い忘れたことがあったんだ」

 

「言い忘れたこと?」

 

自然とそのまま3人で校舎に向かう形になる。真響もそれ以上はなにも言わなかったので、深行は話を続けた。

 

「後でメールをしようと思ったんだが、放課後教師に雑用を頼まれていたことを思い出した。何時になるか分からないから先に帰って。ひとりで残ろうとするなよ」

 

執行部の集まりがない日でも、泉水子と深行は毎日生徒会室で受験勉強をしている。だから必然的に一緒に帰っていた。

 

ちょうどよかったと泉水子は微笑んだ。今日は日直なので、泉水子もそう言おうと思っていたのだ。

 

「相楽って、要領がよさそうに見えて悪いよね。器用貧乏っていうか」

 

口を開きかけたとき、真響が笑った。要領が悪いとは思わないけれど、確かに大変かもしれない。深行はたいていのことをこなせるので、教師生徒問わず人望が厚く、いつも頼りにされている。

 

「有益だと思うから、やっているだけだ」

 

真響の言葉が心外であるのか、深行はきっぱりと否定した。

 

 

下駄箱に到着し、泉水子が上履きを手に取ると、ぽとりと何かが落下した。

 

「鈴原。なにか落としたぞ」

 

2つに折りたたまれたメモ用紙のようなものだった。泉水子が拾うよりも先に、深行が拾い上げていた。

 

そのとき中身が見えてしまったのか、紙を凝視して固まっている。真響がひょこりと覗き込んだ。

 

「あらー・・・。これはこれは」

 

指の先を口に当て、深行に向かってにんまりと笑った。深行の表情がみるみる険しくなる。

 

いったいなにが書いてるのだろう。おろおろしながら泉水子も深行の手元に顔を近づけ、

 

「え、ええええええ!」

 

仰天して飛び上がった。

 

内容は、泉水子宛で好きだと告白するものだった。直接気持ちを伝えたい。もし聞いてくれるなら明日の昼休み視聴覚室に来てほしいと書いてあった。クラスと名前も明記してある。

 

「正攻法で来たか。泉水子ちゃんはそういうの疎いし、告白しようものならすぐに誰かさんが邪魔しにきちゃうからね。どうするの? 泉水子ちゃん」

 

妙に感心したふうに真響は腕を組んだ。泉水子は聞かれても頭が混乱していて、すぐに言葉が出てこなかった。

 

告白をするだのされただのという話は、よくクラスメートから聞いたことがあるけれど、どこか遠い世界の出来事だと思っていた。それが自分の身に起こるなんて。

 

「・・・からかわれているのかな」

 

「そんなわけないじゃない。ねえ、相楽」

 

真響に水を向けられた深行はしばし黙り込んでいたが、平坦な口調で言った。

 

「・・・鈴原の場合はすべてを疑ったほうがいい。ここは普通の学校じゃないんだ。鈴原の事情を知っているヤツが、告白にかこつけて呼び出したという可能性もあるだろう」

 

「もっともらしいこと言っちゃって。行かせたくないだけでしょう。まあね、『聞いてくれるなら』ってことは、行かなければそれだけで返事になるか」

 

なるほど、それならば納得がいく。泉水子は慎重に考えてみた。この先、何度でもこういうことは起こるのかもしれない。きちんと対応できるようにならなければ。

 

もうそれほど簡単に騙されたりしないのだと、深行に対しても証明したかった。

 

「私、行ってくる」

 

「「えっ」」

 

深行と真響は、同時に泉水子を見やった。その反応を当然だと思い、泉水子は両手を組んで、自分の気持ちをたどたどしく伝えた。

 

「学園のトップだと、せっかく周りに認めてもらっているのだもの。こういうことも自力でこなせるようにならないとダメだよね」

 

だいたい、高柳以上の異能者がいるとは思えなかった。なにか仕掛けられたとしても、力を心得ている今の泉水子ならば十分対処できるはずだ。いつまでも引っ込み思案ではいけない。深行もそう言っていたではないか。

 

そのとき、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。下駄箱でずいぶん時間をくってしまっていたのだと、ようやく気づいた。

 

「あっ もう行かないと」

 

「ちょっと待てっ」

 

C組は手前にあるA組よりもさらに遠いのだ。泉水子の足では走らないと、遅刻してしまう。深行の呼び止める声が聞こえたけれど、泉水子は振り返ってふたりに手を振った。

 

 

 

深行からのメールに気がついたのは、お昼休みに入ってからだった。

 

マナーモードでも振動音が響くので、いつもかばんにしまって電源を切っている。着信をチェックすると、1時限目が終わった休み時間に送ったようだった。

 

メールは昼休みにふたりで話したいということであり、それを読んで泉水子は「あっ」と声をあげた。朝深行の話を聞いただけで、自分が日直であることを伝え忘れていた。

 

昼休みは日誌を書いたり、午後の授業の準備をしなければならなかった。今日は特にたくさん頼まれたので、教室で食べるつもりでサンドイッチももう買ってきてある。

 

きっとすでに真響から聞いているであろうが、泉水子は謝るために深行に電話をかけた。

 

ケータイの持込は禁止だけど、お昼休みや放課後ならばあまりうるさく言われない。1年のときはびくびくして校則をきちんと守っていたが、2年生ともなればそのへんの要領も分かってきたのだった。

 

「相楽くん。ごめんね、私も言うのを忘れていたの。よかったら、この電話でもいい?」

 

日誌を書きながら事情を説明すると、深行は電波の向こうで口ごもった。周囲のがやがやした様子が聞こえてきて、カフェテリアにいることがうかがえた。

 

『いや、今は・・・じゃあ放課後って、ああ、くそっ』

 

何やらぶつぶつ言っている。泉水子はシャーペンを止め、言葉の続きを待った。けれども深行は、「それならいい」と言って忙しなく切ってしまった。

 

宗田きょうだいのいるところや電話で話せないということは、姫神か山伏に関することだろうか。明日の呼び出しの件でなにか言いたいことがあるのかもしれないと思い、夜にでもこっそり電話をしてみようと考えた。

 

 

放課後、黒板をぴかぴかにして、黒板消しを綺麗にするべく窓を開けると、雨の匂いが飛び込んできた。

 

朝の晴天が嘘みたいに、窓の外は秋雨の夕方となっていた。肌に触れる風は冷たいというほどではなく、むしろ心地がよかった。心がしんと落ち着いていく。

 

突然の雨に備えて、泉水子は折りたたみ傘を常備している。深行とふたりでずぶぬれになった修学旅行を思い出し、懐かしさに頬を緩めた。

 

雨が降ると、ふいに思い出すときがある。はじめて手をつないだ、あの日のことを。

 

 

まばらに生徒が残っている廊下を歩き、昇降口に向かうと、深行が立っていた。下駄箱に寄りかかって腕を組んでいる。

 

泉水子はびっくりして駆け寄った。

 

「どうしたの? 用事があったのでは」

 

「昼休みに進めておいたから、もう終わった」

 

「じゃあ、どうして・・・」

 

聞きかけて、泉水子は外に目を向けた。地を濡らす秋雨は先ほどよりも勢いを増し、木々の緑が霞がかっている。

 

「相楽くん。もしかして、傘を持ってないの?」

 

「鈴原はどうなんだ」

 

天気予報でも雨が降るなど言っていなかったので、雨の中を小走りでかけていく生徒が多い。深行がここで立っていたということは、雨脚が弱まるのを待っていたのだろう。

 

泉水子はかばんから傘を取り出して微笑みかけた。

 

「折りたたみ傘があるの。帰ろう?」

 

開いて差し出すと、深行は少し迷っているようだった。ふたりでひとつの傘に入ることに抵抗があるのかなと考えていると、泉水子の傘を手に取った。

 

 

 

軽く言ってしまったが、肩が触れ合うほどに近くてドキドキしてしまう。

 

あたりを包み込む雨音に緊張しながら、泉水子はこっそり深行を横目で眺めた。大きな手が泉水子の傘を握っている。

 

「さっきからなんだよ」

 

急に話しかけられて鼓動が跳ねた。泉水子はごまかすように目を泳がせて、そしてあわてて深行の手を掴んだ。

 

「深行くん。ちゃんと差さないと」

 

「えっ 濡れたか?」

 

「私じゃなくて、深行くんが。肩が濡れてしまっているから、もっとそっちに向けて」

 

傘が泉水子寄りに差されていることに今更ながら気がついた。小さい傘なので、当然ふたりは入りきれないのだ。深行の右肩は変色するほどに濡れそぼっていた。

 

深行は自身の肩に目を向けたが、まったく頓着しない様子だった。

 

「なんだ。俺はいいよ、もうすぐそこだし。それより呼び出しの件だけど。行くつもりなのか」

 

「呼び出し?」

 

いきなり言われて、咄嗟に何を言われているのか分からなかった。朝の手紙の件だと思い出し、逆に尋ねてみた。

 

「やっぱり、私ひとりでは無理だと思っている?」

 

「それが術比べなら、鈴原が負けるとは思わないよ。だけど・・・」

 

見上げると深行は真剣な顔をしていた。軽く息を吐き、泉水子をじっと見つめた。

 

「朝はああ言ったが、十中八九、宗田の言うとおりだろうな」

 

「真響さんの言うとおり・・・ええっ!」

 

思わず声がひっくり返ってしまった。深行もあの手紙が純粋に告白だと言うのだ。泉水子は信じられない気持ちで尋ねた。

 

「わ、私を好きになる人がいるって、そう思う?」

 

「じゃあ、お前の隣にいるヤツはなんなんだよ」

 

深行はふいっと顔をそむけた。

 

理解が遅れてやってきて、頬に火がついたかと思うほど熱くなった。心臓が激しく打ち出して、甘い気持ちが心の中に湧き上がる。胸の奥がきゅうっと苦しくなった。

 

深行と心を通わせる前に、誰か自分を好きになってくれる人がいたら、その人と付き合ってみると真響に言ったことがある。仄香と深行に感じた、ささやかな嫉妬から出た言葉。

 

今思えば、そんなことは無理だったのだ。あの頃の泉水子は、深行に認めてもらいたい一心だった。万が一今回みたいなことがあったとしても、きっと思い描いていたような結果にはならなかったはずだ。

 

秋雨は、いつしか霧のような優しい雨に変わっていた。

 

「私ね、今までずっと自分に自信がなかったの。でも今の私は嫌いじゃない。信じてるから・・・自分のことも、深行くんのことも」

 

今の泉水子があるのは、深行のおかげだと思っている。泉水子は深行を見上げてはにかんだ。

 

「だから、今の私を好きになってくれたその人に、ありがとうって言いたい」

 

深行はずっと考えが読めない顔つきのままだった。やはり嫌な気持ちにさせたのだろうかと気をもんでいると、やがて小さく微笑んだ。

 

「分かった。だけど俺も行く。外で待ってるから」

 

泉水子は驚いた。心配されていることが心外で、顔をしかめた。

 

「ちゃんと断るよ」

 

「・・・当たり前だろ。そっちの心配じゃなくて、ふたりきりにさせることが心配なんだ。本当は行かせたくないんだぞ」

 

深行はあたりを見回すと、傘を少し傾けた。景色が遮断され、唇にやわらかいものが触れた。

 

 

相合傘が、こんなにも近くて狭い空間だとは思わなかった。

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

ソッコーで雑用を終わらせた人。

 

深行くんは傘を持ってました。泉水子ちゃんが持ってなかったらと入れてあげようと思ってたのですが、どっちにしろ相合傘のチャンスは逃さなかったようです(あまり意味のない裏設定)

 

泉水子ちゃんがはっきり告白されたり(相手は出てきませんでしたが・汗)、深行くんも通過儀礼として受け止める感じを書いてみたくなったのです・・・が、なんだかぐだぐだしてしまいました・・・。

 

部屋の外で待っているとはいえ、告白に同伴で来られたほうはたまったもんじゃないですね!(笑)

説明
RDG6巻後。高2の秋です。
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