新生アザディスタン王国編 第五話(中編) |
新生アザディスタン王国編 第五話(中編)
音声、テキスト、映像など全ての媒体を傍受し、特定のキーワードによって抽出し、そして分析する。さらに異なる情報源が、同じ内容の情報をどれだけ発信しているかで情報の正確さを評価する。
はじき出された分析結果を、さらに再査を繰り返して、それでも変わらぬ結果を見据えたフェルト・グレイスは、分析結果を上擦った声音で報告する。
「発射されたのは5基、うち2基は巡航中に停止信号を受信し、自壊しています。着弾したのは3基。発射元は、太平洋上、北緯26度、東経166度の地点と南緯17度、西経109度の地点。残り1基は東シベリア海上、北緯73度、東経161の地点」
プトレマイオスのブリッジ正面から見えるのは青い地球面。
まず最初に砲撃士のラッセ・アイオンが"ソレ"を見つけてうめき声をあげた。
ブリッジ内が声にならないどよめきにつつまれるなか、フェルト・グレイスは苦しげに続ける。
「いづれも、戦術核弾頭を搭載しています」
アラビア海に面した、アラビア半島と東アフリカ。
青い地球面に黒い穴が空いている。穴は布に落とされたインクのごとくじわりと広がっていく。
その光景を眺めるアニュー・リターナは、嘲りの笑みを浮かべる。
「ヴェーダの演算能力をもってすれば、連邦軍の戦術プラットフォームもこのとおりさ」
激昂したラッセがアニューに飛びかかる。
が、情報タイプとはいえ身体的に調整されたイノベイドに敵うはずがない。
掴みかかろうとする腕を逆に掴まれ受け流される。そのまま背中からコンソールに叩きつけられ、上半身を羽交い絞めにされる。
「止めたまえ!」
一喝するのはティエリア・アーデだ。構えた銃がアニューに向けられている。
殺気を背中に感じながら、アニューはまた笑って、ラッセを組み伏せたまま問う。
「ティエリア・アーデ、教えてくれないか。その銃口は何に対して向けられているんだい?」
ティエリアは怒りの表情を剥きだしに言い返す。
「このような惨状を目の前にしてなお、それを問うのか!?」
銃口を気にした風でもないアニューは、冷笑を浮かべながら応える。
「いつからキミは感情に流されるようになったんだい? ボクはね、君たちやトリニティも含めて、やり方が手ぬるかったと、反省しているのさ」
言われてティエリアは、銃把を握る手を弛める。
組み伏せられているラッセも抵抗を止めた。
「分からないのかい?」
言いながら首をめぐらせると、艦長席の横に立つ、もう一人のガンダム・マイスターに視線を向ける。
「アレルヤ・ハプティズム、キミがソレスタルビーイングの作戦に参加した頃、何と言ったか彼に聞かせてあげるといい。ボクが、いや、マリナ・イスマイールがやったことはソレと変わらない」
指揮官席のスメラギ・李・ノリエガが、静かに口をひらいた。
「ティエリア、銃をおろして」
彼女はずっと考えていた。
「全て織り込み済みということなのね。分かったわ」
言葉使いは柔らかい。しかし鋭い視線でスメラギは続ける。
「では、私たちの話をしましょうか」
青ざめた表情で、リー・ジェジャン中佐は再度指示をだす。
「現地の……、紅海の部隊との連絡を確認せよ」
紅海上での、大規模な爆発から30分が経過していた。周辺情報や連邦軍の戦術ネットワークなどから、爆発の原因やその経緯も、概ね明らかになっていた。
もちろん被害規模も。
それでもジェジャン中佐は確認せずにいられなかった。
彼は拳を固める。
(戦術核が三発だと? 洋上に何隻の原子力空母が展開していたと思っているのだ!?)
少し間をおいて、通信担当官からの予想どおりの返答。
中佐は渋面する。
報告する担当官も悲痛な表情であるのは、中佐と気持ちを同じとしているからだろう。紅海上に展開されているのは、一万五千人規模の大部隊だ。現地の状況は未だ分っていないが、データ解析では、ほぼ全滅という結果が出ている。
しかし、それら悲嘆とは別に、彼らが任務として今求めているのは、中佐からの新たな指示だ。
中佐は頭上のサブモニターに顔を向ける。
そこには、アザディスタン王国のマリナ・イスマイールの姿があった。
紅海での爆発以降、アザディスタン王国との通信は途絶している。否、厳密にはこちらからの送信ができないでいる。原因は連邦側の通信施設の不備によるものだ。上空を周回する監視衛星とも通信途絶状態。おそらく紅海での爆発の影響だろう。
だが、アザディスタン王国側からの送信は健在だ。
アザディスタン王国の新王宮に姿を現した、白いモビルスーツ。
そのコクピットに収まるのは、今や仮面の女王たるマリナ・イスマイール。
静かな佇まいは、現状を理解しているのか疑わしいほどに穏やかだ。核攻撃を実行した張本人である彼女が、だ。
むしろその事実がジェジャン中佐の背筋を凍らせる。
彼は決断する。
「所属不明のモビルスーツを警戒しつつ、転進」
報復攻撃よりも、彼は戦力の建て直しを優先した。
「我が部隊はこれより、紅海に展開中の地上部隊、救援へ向かう。放射線気密を再チェックしろ。宇宙軍本部へ報告」
ジェジャン中佐の発令で担当官はコンソールを操作する。彼らはアロウズの第一宇宙軍、それを指揮する本部機能は現在、静止衛星軌道上にあった。
静止衛星軌道上。
オービタルリング上で建設途中のメメントモリ防衛の任務で投錨中のアロウズ所属の航宙巡洋艦。
勤務外の乗員が待機する居住区は、遠心力による人工重力が維持されている。
一般仕官に割り当てられた個室にて、ルイス・ハレヴィ准尉が、備え付けの事務机に収まっている。
「分かります。今回の侵攻はアロウズの独断によるところが大きい。それを快く思わない連邦軍の幕僚も少なくない」
ルイスが通話するビデオ・フォンの相手は現役将官だ。アロウズの制服姿である。
「はい、ご助力に感謝しております、准将殿。ご心配にはおよびません、正規軍でも今と変わらぬポストは――、お約束どおりです」
地上の各国家群が、それぞれに自身の国力を維持する事を目的として、軍隊は組織されていた。
ゆえにそれまでの組織内の勢力バランスは、政治色の強い――、いわゆる軍閥で統制されていた。
しかし、地球連邦軍という体制は、国家の枠組みを排除した新しい軍隊の形だった。
地球連邦軍という新しい枠組みにおいては、各国家ごとの政治力を持つ軍人たちは軒並み影響力を低下させていた。
同時に、影響力を拡大したのが、直接的な資金力を支柱とする軍人たちだ。
つまり、官僚制が成りを潜め、より経済色の濃い組織に変革していた。
人脈より資金力のほうが発言力を持つ組織となっていた。
事実、私室とはいえ軍に支給された個室が、なんの監視もされず、今のルイスのように反組織的な会話がなされていても誰にも知られずに済むのは、そういう理由があるためだ。
重要な要件も済ませたところで、一息つくため二人の話題は、自然とアザディスタン情勢に移る。マリナ・イスマイールの放送以降、軍内部でも混乱が続いている。
回線の向こうからの声にルイスは表情を曇らせた。
「すみません。現地の状況は、こちらでも把握できていません」
曖昧に答えつつ、ルイスは数分前のシーリンとのやりとりを思い浮かべる。
ビデオフォンに映るシーリン・バフティヤールは、疲労でやつれた風に見えたが、眼差しは鋭いものだった。
『情報は混乱しているわ。唯一わかっているのは、軌道上から降下してきた艦隊が、マリナの要求に応じて撤退をはじめているということね』
マリナ・イスマイールの映像はルイスも見ていたが、本人である確証が無かった。しかし、シーリンは本人であることを前提に話している。
「生きてらっしゃったんですね」
思わず安堵に表情をくずしてしまうルイスに、シーリンは微笑んでみせる。
『ええ、でも……』
そう言ってシーリンは厳しい表情に戻る。
『……、そちらでも状況はトレースしているのでしょう?』
シーリンらしからぬ曖昧な物言い。
ルイスは黙って首肯する。
『概ね事実だと思っていいわ。決して割り切れる事実じゃない』
さすがのシーリンでも核兵器の使用を明言できないでいるのだ。
『でもこれは戦争。どういう決断を下そうと人は死ぬ。だから、私はマリナを信じたい』
シーリンの背後では、スタッフが慌しく往来する様子が見える。
『貴女には、いえ、ハレヴィ財団には第三国との仲介や亡命手続き一切をお願いしてしまっていて、本当に感謝しているの。でも、許されるなら我が国への支援の継続をお願いしたい』
そう締めくくるシーリンの姿が、さきほどの連邦軍仕官に戻る。
ルイスは穏やかな営業スマイルを浮かべてみせた。
「ですが准将殿、ここは逆に考えていただきたい。アロウズは今揺らいでいます。それに、我々財団の影響力を侮っていただいては困ります」
ハレヴィ財団はアロウズの最大出資団体である。『それはたしかに分るのだが』と、相手からの応答に、とある人物の名がでてルイスは苦笑してしまう。
たしかに、そうだ。今対話している軍の幹部もそうだが、ルイスの交渉力と財団の財力があれば大抵はどうとでもなる。
だが、あの方はそうはいくまい。
思い返してみれば、アロウズに入隊したとき謁見して以来、直接会っていない。
「カタギリ指令は、昔ながらの軍人堅気でらっしゃるからこのような手段は通用しませんね。外堀を埋めて影響力をそぎ落とすような絡め手が必要になりましたけど、コーナー家の後押しもあって、成し遂げるには充分な資金がありました」
言いながら、ルイスは手元の情報端末を操作して、ニュースサイトの記事を表示する。
それは少し前にメディアを騒がせた企業スキャンダルの記事だった。
兵器密輸に端を発した汚職事件で、結果として大規模な脱税嫌疑に発展。現在係争中であるが大手アジア系財閥のCEOが更迭される惨事となった。
記事に表示されている画像には、うら若きアジア系女性の財閥頭首の姿があった。
「華僑の末端氏族ごとき、たやすい相手でした」
通話を終えたルイスは、すっかり冷めてしまった紅茶を口にしつつ、艦外の風景を投影するモニターに目をやる。
それはなにげない所作だった。いつもなら遠くに見える星々以外は暗闇しかないはずが、このときは艦影が見えた。
数隻の連邦軍航宙巡洋艦、その中央には独特な形状の艦橋を持った旗艦。たしか観艦式で見て以来だろう、それは。
同航宙巡洋艦第一艦橋にて。
やにわカティ・マネキンは拳を握り締める。
「メイキョウシスイ、だと?」
彼女が防衛ラインを管理する宙域に進入する艦隊が画面に表示されている。
旗艦はメイキョウシスイ、ホーマー・カタギリ総司令官の航宙艦だ。
「いままでどこにいたのだ」
苦虫を噛み潰したような表情でつぶやくが、彼女とて理由は知っている。
独立治安維持部隊アロウズが擁するモビルスーツや艦船などの戦力基盤は、元は地球連邦軍所有の資産であり、指揮系統をアロウズ向けに再編成したものだ。
アロウズの独立性を懸念する軍閥保守派の牽制であるこの制限により、アロウズといえど連邦正規軍の承認がなければ作戦行動はできない。
だが唯一、ホーマー総司令の艦隊は、アロウズ内部において独自に保有を認められた艦隊なのである。
そのため、当艦隊だけは公式行動計画表に表記する義務もなく、その作戦行動はほとんど知られていない。
通信士が声をあげる。
「メイキョウシスイより入電!」
首肯してカティ・マネキンは指揮官席を立つ。直立不動で正面のモニターを注視する。
誰からの通信か、などと愚問だ。
通信が接続されると同時に彼女は官姓名を名乗る。
モニターに映し出され、黙って返礼するのは、ホーマー・カタギリ最高指令、独立治安維持部隊、アロウズを実権支配する人物である。
顎鬚をたくわえ、軍人堅気の勇ましい表情がそこにあった。
『我が艦隊は現在、特殊任務の遂行中である。現時点より、貴官の艦隊は我が指揮下に入り、第一種戦闘体制へ移行、現宙域の警備を本艦隊へ移行し、周辺宙域の警備任務に就いてもらう』
総司令直々の下命を厳粛な表情で拝命する。
しかし、カティ・マネキンは横目で艦外を映すモニターを見ていた。
(もう稼動状態にあったのか)
内心で口惜しげにつぶやく。
モニターには、巨大な異形――、自由電子レーザー掃射装置メメントモリの照射砲塔が、その鎌首をもたげていた。
チリチリと、首筋が焦げるような感触。
刹那・F・セイエイは薄っすらと冷や汗を浮かべる。
手元のコンソールを操作して機内通信の回線を開く。
「沙慈・クロスロード、状況が知りたい。トレミーに連絡できないか?」
彼が見つめるサブモニターにはマリナ・イスマイールの姿があって。しかし、ジェジャン中佐は――、連邦軍の映像はブラックアウトしている。
沙慈からの応答も芳しくない。大規模な電波障害が発生しているようだと言う。
「ならば、海上の連邦軍の様子は、わからないか?」
刹那らしくない焦りが、言動からもうかがえる。
沙慈はその理由を理解できていない。
分らないとはいえ、切迫した刹那の様子を察して沙慈は、言われるがままに電波の受信状況が回復する気配のないコンソールを操作する。
刹那が感じ取っているのは、彼が反政府ゲリラ組織に所属していたころの経験の反芻だ。
ただ、漠然とその場の空気で感じる。
投入された時点ですでに優劣は決しており、仲間の命だけが刈り取られていく。そんな、どうしようもない状況。
空気を振るわせるのは虐殺の気配。しかしこれは過去の経験の反芻だ。つまり刹那に限って感じられるというわけではない。戦場に身を置く者であれば、少なからず感じ取れる空気感。理由は分らない。だが、人の生死とはそのように伝播するものかと思えば、得心できもする。
だが、それすらも刹那にとっては現実の一つにすぎない。
刹那が戸惑うのは、今感じているのが、気配や予感などといった曖昧なものではなく、確信に近いからだ。
その瞬間、多くの命が消え去った。
アザディスタンに降下してからずっと、自身の感覚が研ぎ澄まされているのは感じていた。だとしても他者の死を今ほど鮮明に感じたことはなかった。下手に意識を集中しようものなら、他者の意識と共有できてしまいそうで恐ろしさすら感じる。
その理由が分らず、刹那は戸惑いを隠せないでいる。確信に近い予感が本当に正しいのか、裏づけをとろうとしていた。
しかし沙慈の応答は、状況がそれを許さないことを示すものだった。
「刹那、前方にモビルスーツの反応が多数」
咄嗟に身構える。
「これは……」
アザディスタンの荒れた大地に点在するのは、アロウズのモビルスーツだった。
先だってリボーンズ・ガンダムによって行動不能にされた機体である。
実際のところ、刹那が感覚を鋭敏にする遠因として、周辺のGN粒子濃度がある。
刹那たちが移動し、接近している新王宮や、今まさに通過しようとしているのは、先だってリボンズ・アルマークがアロウズのモビルスーツ部隊を撃退した地域である。モビルスーツから放出され、残留しているGN粒子で濃度ははね上がっている。
GN粒子濃度の上昇を沙慈は、ダブルオーライザーの戦況分析担当として把握しているものの、刹那の心境を知るべくもないし、そもそも純粋なイノベイターとGN粒子との因果関係など埒外である。
刹那とて、似たような心境であるから、結果として、サブモニターに視線を落とす。
地上も、空も、情報すらも混乱にある中、あたかもそれらを静観する人物が一人いる。
モニターの向こうのマリナ・イスマイールは、ゆっくりと顔を上げた。
気づかないうちに、呼吸は浅く、慌しいものになっている。
すでに視力を失った眼の奥で、血液の脈動を感じる。
膝に置いた固く握られた拳を、ゆっくりと緩める。
紅海への核攻撃による推定被害者数は、事前の概算値で15,137名。
刹那のように兵士として訓練されていない彼女に、人の死を感じることはできない。
ただ、自らの意思で、一万五千もの命を刈り取ったのだという事実を改めて実感して、それが数値だけでないことに気づく。
一万五千の人々の人生を断ち切った。彼らにも家族や友人もいただろう。そういった彼らを取り巻く人々の人生すら壊してしまったのだ。
ともすれば、彼らと家族が将来育むであろう、新たな生命という可能性も断ち切り、その次の世代が創り出す未来すら、全て断ち切ったのだ。一万五千という命だけが亡くなったわけではないと気づいて、喉元に吐き気がこみ上げてくる。
呼吸を整えてそれを抑えたマリナは、顔を上げる。
「地上のみなさん」
事前に用意した台詞を読み上げる。
「わたくしは地球連邦軍の戦術ネットワークに関する制御を、量子コンピュータ・ヴェーダの能力によって掌握しました。これは、地上に現存する核兵器の80パーセント以上を制御下に置いたことを意味します」
当初、イケダからは演説部分のみ録画にしてはどうかと提案を受けた。
「地上のみなさんにお願いしたいのは、難しい事ではありません」
提案を退けたことに少し後悔しつつもマリナは続ける。
「わたくしたちアザディスタン王国と共に、争いの無い世界を目指して行きたい、そのように気持ちを一つにしていきたいだけなのです」
マリナの演説は引き続き全世界規模で放送されている。
静止衛星軌道上に配備されたメメントモリから移動する艦隊、その艦橋では、忙しく指示をとばすカティ・マネキン。
『けれど、お互いが完全に納得しあえて、心の軋轢が無くなるとも思いません。それは理想像でしかないのです。だから争うことは避けられない。けれどせめて傷つけあうことは止めるようにしたいのです。そのために、わたくしには、これら核兵器を任意の地域に使用する準備があります』
地球圏に向かうプトレマイオスUでは、スメラギ・李・ノリエガが艦長席のアームレストに片肘をつき、アニュー・リターナーを見つめている。
『もし仮に、あなたがたが起こそうとする争いがあったとして、その争いの対価として生まれるであろう犠牲とは、比較にならないほど甚大な犠牲をもってあなたがたに、争うことが無益であることを理解していただく』
ダブルオー・ライザーのコクピットでは、刹那・F・セイエイが静かにグリップを握る手に力をこめる。
『そういった準備があるという意味です』
歯を食いしばり、「何故だ」と小さく漏らす。
『世界のみなさん、是非、声を聞かせてください。わたくしは待っています』
刹那は再度、「何故なんだ」と呟いて機体を加速させた。
モニターから視線を外したカティ・マネキン大佐は、指揮官席のコンソールを苛立たしげに指で弾く。
「ぶち上げたものだな、女王陛下様は……!」
ブリッジにたどり着いたルイス・ハレヴィ准尉が、わき目も振らずにマネキンの傍らにやってくる。
マネキンは視線を交わすと、黙って首肯しインカムをオンにする。
「情報部のハーキュリー大佐を」
地球連邦軍情報部局への連絡は、諜報などの情報戦を任務とする特性上、他の部局よりも厳重にチェックされる。
一度、情報部本部へ通信依頼として送付され、マネキンの階級承認とともに、秘匿回線を経由してハーキュリー大佐に配布された個人端末に通信が接続される。
個人端末に接続された時点で、ハーキュリー大佐の階級権限により秘匿レベルは最高値に設定され、同じ情報部内であっても傍受は難しい。
『状況はトレースしている。どうするつもりだね、マネキン大佐?』
低音でよく通る声音のハーキュリーの問いかけに、マネキンは手元のコンソールを操作しながら答える。
「予定を前倒しにします。メメントモリは稼動状態にある。このままでは、全て無かったことにされてしまう」
コンソールのモニタに表示されたのは、巨大自由電子レーザー掃射装置、通称メメントモリの詳細情報だ。
連邦軍内部でもほとんど開示されていない仕様が表示されている。
それをハーキュリー宛に転送する。転送ゲージが動き出す。
メメントモリの情報は、マネキンが宇宙軍に転属してからの成果の一つだ。ルイス・ハレヴィ率いるハレヴィ財団の資金力と、旧知である情報部のハング・ハーキュリー大佐の情報力を駆使した結果でもある。
傍らでコンソールを覗き見るルイスも、すでにメメントモリの情報は知っている。
知っていてもなお、改めて見るスペックシートに驚愕させられる。
大気圏外において直接的かつ無尽蔵な太陽光をエネルギー源として、メメントモリは、あらゆる波長に変換できる自由電子レーザーを地表に照射する。熱源兵器としては最も短時間に、最も広範囲に、最も高威力に機能するとされている。
その威力は、戦術核兵器を都市攻略兵器とカテゴライズされるに対して、メメントモリは国土攻略兵器に位置づけられるほどだ。
転送の完了とほぼ同時にハーキュリーが応答する。
『同感だ。今私は天柱にいるが、3つの軌道エレベータを仲介し、限定的ではあるが地表への放送回線の確保はできている』
マネキンは厳しい表情で首肯した。
「恐れ入ります」
強張った肩の力を抜いて、スメラギ・李・ノリエガは指揮官席に座りなおした。
「ぶち上げたものね、マリナ・イスマイール」
呆れた風につぶやいて、正面に立つアニュー・リターナーに視線を戻す。
彼女はといえば、さきほど組み伏せたラッセも解放していて、今は操舵席の背もたれに腰を預けて腕組みなどしてスメラギを見つめている。
ティエリアも銃を下ろし、他のクルーも事の成り行きを見守っている。
「ヴェーダを独占する理由はすでに無くなっていた、というのが正直なところだね。トリニティを使うまでは必要な要素であったのだけれど、優先順位が高くなくなったのさ、正直忘れていた。ソレスタルビーイングの役割は、人類が一つのベクトルにまとまるまでの抑止力として機能する事だ。紛争根絶というのは、その過程が生み出す結果の一つにすぎない」
黙って聞いているスメラギは、今しがたのマリナ・イスマイールの演説に何ら反応しないアニューを見て、彼らのシナリオ通りに事が進んでいるのだと改めて認識した。
「今回の件が片付けばキミ達の役回りも終わりだ。むしろ今まで、キミ達が牙を向けずに大人しくしていたことを評価するよ」
口元を歪めて笑うアニューを受けて、スメラギが疑問を口にする。
「分からないわ。わざわざ解雇通告に来てくださったというわけ?」
皮肉を込めたスメラギの言に、意外にもアニューは一瞬表情を曇らせる。
「いや、言い方がまずかったようだね。役割が終わったわけではない。そう、変わったというべきだね。僕らイノベイドは、来るべき外宇宙への進出を主軸とした人類の構造変革を促すために準備された。ソレスタルビーイングとそれらに付随する組織が、その実行部隊であることは、今もこれからも変わらないのさ」
アロウズはもちろんのことトリニティの一件を含めて、スメラギたちと敵対関係にあったのは明白だ。それらを背後で操っていたという首魁がわざわざこの場に現れた理由を、スメラギは概ね理解した。
理解したうえであえて逆らうような疑問を言ってみせる。
「軍門にくだれと?」
そのように問えば相手は本来の理由を言わざるえない。アニューは軽くため息をつく。
「むしろ、聞きたいのはこちらのほうさ。ヴェーダの一件は申し訳なかった。アザディスタンの製造が忙しくてそれどころではなかったんだ。ともあれ、我々と敵対する意味はもはや無いと思うのだけど、ボクは間違ったことを言っているかな?」
ティエリアは驚きの表情を隠せない。他のクルーも同様だ。
この時点で、スメラギにとってリボンズとは、それほど利害関係に深刻ではない。
たしかにアロウズの非道は許せないが、ソレスタルビーイングは実害をこうむっていない。むしろアレルヤを奪還するため連邦施設を破壊損失しているくらいだ。
だから、スメラギがこの和解を拒否する理由はない。
「もちろん」スメラギは笑みを浮かべてみせる。
「私たちに断る理由なんてない」
ただ、彼らが唐突に和解を申し出る理由が分らなかった。
どういう経緯なのか想像の向こうであるが、マリナ・イスマイールがきっかけとなっているのは間違いなさそうだ。
スメラギの思惑とは別に、アニューはようやく安堵の表情を見せた。
一言、「ありがとう、理解が早くて助かる」と言うと再び表情を引き締めた。
「刹那・F・セイエイ、問題なのは彼だけだ。彼はソレスタルビーイングの思想とは異なるベクトルで行動している。現状がまさにそうだ。キミ達は今のやりとりで納得してくれたけど、彼は違う」
スメラギも意見は同じだった。刹那・F・セイエイの行動は、過去の経緯を振り返ってもソレスタルビーイングの行動と利害が一致していただけに過ぎず、ともすれば独善的であったのは明らかだ。
とりわけ彼の行動パターンはシンプルで、スメラギも分析を完了している。
「そういうことなのね、刹那は、マリナ・イスマイールなのね?」
「思考経路は違うかもしれないけど、求めるものは同じなのだろうね。だから彼は対峙するしかなかった」
行動パターンを分析できているといっても、思想が薄弱であるとか短絡であるというワケではない。
「争いのない世界……」
アニューは首肯する。
「彼女もそれは理解しているのさ。そして、覚悟も終わっている」
「え?」
アニューは再び口元を歪めて見せる。
「刹那・F・セイエイとの対決さ」
マリナ・イスマイールは、手元のコンソールを操作して、映像を切り替えると、カメラの撮影を切った。
肩の力を抜いて、シートに背中を預ける。
見上げるように顔を上げて呟く。
「これが貴方の視点なのですね」
バイザーで表情は伺えないながらも、口元は苦笑でゆがんでいる。
「なんという、貴方はこのような――」
警告音とともに、広域レーダーに接近する機影がマークされる。
マリナが顔を向けると、バイザーに光点が反射する。
「わたくしは今、一万五千もの命を奪い取りました。たしかに彼らはアザディスタンを蹂躙した人たちです。だから国民の苦しみ、シーリンの苦渋、そしてサーミャさんの死の代償。そのような気持ちも無かったとは言いません。いえむしろ、そのような気持ちがわたくしにあって、それを晴らすことができればよかったのかもしれない」
語りかけるようなマリナの周囲では、コクピット内の計器類が慌しく瞬きはじめ、息を吹き返したかのように機体の駆動音が高まる。
「けれど、そのような気持ちが瑣末事としか思えない、この感情はなんなのでしょう。貴方はこのような想いを背負っているのですね」
光点は急速にガンダム・アザディスタンとの距離を縮める。
「刹那・F・セイエイ……!」
コクピット内のコンソールのゲージが軒並み上昇し、機外ではGN粒子のきらめきが視認できるほど収束していく。
―― 続 ――
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連邦軍によるアザディスタン王国侵攻に対して、マリナ・イスマイールは反攻の一撃を下した。 シリアス路線。5話構成。 |
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